第二百十六話 平穏な学園
静かなメルディエズ学園の中庭でユーキはベンチに座りながら寛いでいた。右隣にはグラトンが座っており、欠伸をしながら自分の出腹を掻いている。
中庭にはユーキとグラトン以外にも数人の生徒の姿があり、友人と会話をしたり授業や訓練で教わったことの復習などをしている。何の変哲もない平和な光景と言えた。
「今日も平和だなぁ。こんな日は授業も依頼も受けずにのんびりと過ごしたくなる」
「ブォ~」
「これで天気も良かったら最高なんだけど……」
座ったまま両足を伸ばすユーキは若干不満そうな顔をしながら空を見上げる。中庭は静かで平和だったが空には薄い灰色の雲が広がっており、太陽も全く見えない状態だった。
折角心地よい気分になっても空が暗ければそれも台無しになってしまう。そう思ったユーキは小さく溜め息をつく。グラトンは曇っていても気にしないのか出腹や背中を掻き続けていた。
「この様子だと一雨来そうだな。今日はもう寮に戻ろうかな」
「その方がいいと思うわ」
誰かに声を掛けられたユーキは声のした方を向く。そこには校舎の方から歩いて来るアイカの姿があった。
アイカと目が合ったユーキは「よぉ」と軽く手を上げて挨拶する。
「ちょっと湿った空気がしているからあと一時間くらいで降ってくると思うわ」
「そうか……それじゃあ、やっぱり寮に戻った方がいいな」
降り始める前に戻ることにしたユーキは立ち上がって背筋を伸ばす。グラトンはユーキが立つのを見て移動すると理解したのかゆっくりと立ち上がって四足歩行状態になった。
「……そう言えば、ユーキがこっちの世界に来てもうすぐ一年になるわね」
「ん? 何だよ藪から棒に」
「ううん、ただあっという間だなぁって思っただけ」
アイカは小さく笑いながら中庭を眺め、そんなアイカをユーキは瞬きをしながら不思議そうに見つめる。
「あの時はこんな小さな子が私たちと一緒にベーゼと戦うなんて予想もしてなかったわ。しかも中身は別の世界から転生した歳の近い男の子だったんだから驚いたわよ」
ユーキは懐かしむような顔をしながら語るアイカを見て小さく笑い、両手を後頭部に当てながらアイカと同じように中庭を眺める。
「俺の正体を知った時のアイカ、凄く驚いて取り乱してたもんな」
「ちょっと、捏造しないでよ。確かに話の内容が凄すぎて少し混乱したけどそんなに驚いてないわよ?」
「ハハハ、ごめんごめん」
笑いながら謝罪するユーキを見てアイカは若干不満そうにする。だがすぐに微笑みを浮かべ、ユーキと一緒にいると楽しくなると感じた。
これからもユーキと支え合いながらベーゼと戦い、ベーゼとの戦いが終わった後も共に生きていこう。アイカはそう思いながらユーキを見つめる。
「……どうした?」
「ううん、何でもない」
笑いながら首を横に振るアイカを見ながらユーキは再び不思議そうな表情を浮かべる。グラトンはユーキとアイカの後ろで二人のやり取りを黙って見ていた。
「さてと、グラトンを厩舎に戻して寮に帰るか。アイカはこの後どうするんだ?」
「私も寮に戻るわ。今日は受けたい授業も訓練もないから」
「そっか。それじゃあ戻ったら一緒にお茶でもどうだ?」
「ええ、いいわよ」
笑いながら頷くアイカを見てユーキも笑みを返す。転生する前の自分は女子とお茶をするなどあり得ないことだったが、今では目の前にいる少女と恋仲になり、共にお茶を飲める存在になっていた。
ベーゼと命を懸けた戦いを繰り広げることになったが、アイカと出会い、共に生きるという以前とは違う人生をユーキは心の底から楽しんでいた。
「それじゃあ、俺はグラトンを戻してくるから先に中央館に行っててくれ」
「分かったわ」
アイカが返事をするとユーキはグラトンを連れて厩舎へ向かおうとする。すると校舎の方からウェンフが走って来るのが見えた。
「せんせー!」
手を振りながら走って来るウェンフを見たユーキは足を止め、アイカも立ち止まってウェンフの方を向いた。
ウェンフはユーキの前までやって来ると深く息を吐く。彼女の呼吸から此処まで全力で走って来たのだとユーキとアイカは悟った。
「どうしたんだ、ウェンフ?」
ユーキに声を掛けられたウェンフはチラッとアイカを見るとアイカに背を向け、ユーキにもアイカに背を向けさせる。
ウェンフの動きを不思議に思いながらアイカはウェンフの後ろ姿を見ていた。
「先生、ちょっと訊きたいことがあるんですけど……」
ユーキの耳元に顔を近づけたウェンフは小声で話しかけた。小声で話しかけてきたことからユーキは誰にも聞かれたくない内容なのではと予想する。
「先生はもう用意したんですか?」
「用意?」
「プレゼントですよ」
プレゼントと言う単語を聞いたユーキは意外そうな表情を浮かべた。
てっきり重要な話をするのかとユーキは思っていたのだが、平和的な内容なのかもしれないと感じた。ただ、ウェンフが何の話をしているのかはまったく分からず難しそうな顔をしながら小首を傾げる。
「プレゼントって何のプレゼントだよ?」
「何って、アイカさんへのプレゼントですよ」
「アイカへの?」
「そうですよ。明後日はアイカさんの誕生日でしょう?」
しばらくの沈黙の後、ユーキは大きく目を見開いてウェンフを見る。もうすぐアイカの誕生日なんてユーキは知らなかったし、誰からも聞かされていなかったためウェンフの話を聞いて衝撃を受けた。
「あ、明後日がアイカの誕生日?」
「そうですよ。……えっ、もしかして知らなかったんですか? 恋人なのに?」
「ヌゥッ!」
ウェンフの鋭い言葉が胸に刺さり、ユーキは思わず情けない声を出す。
ユーキの反応を見たウェンフは本当に誕生日を知らなかったのだと知って呆れたような顔をする。今まで恋人の誕生日を知らずに過ごしていたのだからウェンフが呆れるのも当然だった。
「ホ、ホントに明後日がアイカの誕生日なのか?」
「ハイ」
「どうして教えてくれなかったんだよ?」
「先生のことだから知ってると思ってたんですよ。それに私もついさっきクリディック先輩から聞かされたばかりだから……」
無知な自分を情けなく思うユーキは「あっちゃ~」と顔に手を当てた。チラッと後ろを向くとアイカが瞬きをしながら自分を見ている。幸いユーキが誕生日を知らなかったことには気付いていないようだ。
「それで先生、どうするんですか? アイカさんの誕生日プレゼント」
「当然買いに行くさ。自分の恋人の誕生日を知らなかっただけでも情けないのにプレゼントまで渡さなかったら男として最低だ」
「それじゃあ、今から町へ行きませんか? 私もプレゼントを買うために町へ行こうと思ってたんです」
「……同行させていただきます」
プレゼントを用意するためにユーキはウェンフと共にバウダリーの町へ行くことを決める。同時に誕生日を忘れていたことを心の底から反省した。
「二人とも、さっきから何をヒソヒソと話しているの?」
蚊帳の外にいたアイカが声を掛けるとユーキとウェンフはピクッと反応して振り返った。
「あ~いや、何でもない」
「ハ、ハイ」
誕生日プレゼントを用意することを悟られないようユーキとウェンフは苦笑いを浮かべながら誤魔化す。二人はアイカを驚かすためにプレゼントのことを隠すことにした。そもそもまだ誕生日でもないのに祝う人の前にプレゼントを用意するなんて言えるはずがない。
アイカは先程から様子がおかしいユーキとウェンフを見ながら不思議そうな顔をする。
「あ、あのさぁアイカ。俺ちょっと用事を思い出したから町へ行ってくる。お茶は町から戻った後でもいいかな?」
「ええ、構わないけど……」
「ごめんな、すぐに戻るから待っててくれ。……行くぞ、グラトン」
そう言うとユーキはバウダリーの町へ向かうために正門がある方へ走り、グラトンもユーキの後を追って走り出した。
「あっ! 先生、待ってくださいよぉ」
ウェンフは自分を置いて走り出したユーキの後を慌てて追いかけた。
一人残されたアイカは離れていくユーキと彼の後を追うウェンフを見て用事とはウェンフに関係あることなのだろうかと疑問に思う。
どんな用事なのか気になっていたが考えても分からないので、アイカはとりあえず中央館へ移動した。
――――――
アイカと別れたユーキはアイカに何をプレゼントするか考えながら正門に向かう。追いついたウェンフもユーキの横を走りながら考え込むユーキの顔を見ていた。
「それで先生、何をプレゼントするつもりですか?」
「そうだなぁ……正直、アイカぐらいの歳の女の子が何をあげれば喜ぶのか分かんないんだよなぁ」
「心が籠っていればどんな物でもいいんじゃないですか?」
「それはそうだけど、だからと言って安っぽい物はダメだ。……やっぱり指輪とか洋服とかがいいのか?」
ユーキは難しい顔をしながらブツブツと呟く。資金は豊富にあるため、大抵の物は買うことができる。しかし女性にプレゼントするなど転生前でも経験したことが無かったため、何がプレゼントとして一番いい物なのか分からずに頭を悩ませていた。
悩んでいるユーキの隣ではウェンフも同じようにアイカに何をプレゼントするか考えている。ウェンフの場合はユーキと違って資金が限られているため、高すぎる物は買えない。安くてアイカが喜びそうな物を用意しようと思っていた。
「お~い、ルナパレスゥ~」
誰かに声を掛けられ、ユーキとウェンフが足を止めて声が聞こえた方を向くとそこには自分の後頭部を掻きながらこちらを向いているスローネが立っていた。
「スローネ先生」
「よぉ、これから依頼かい?」
「いいえ、ちょっと町に用があるだけです」
ユーキの返事を聞いたスローネは小さく笑いながら小さく頷いて掛けているフェンチ型眼鏡を直す。相変わらず髪はボサボサで教師の制服も少し乱れており教師らしくない姿をしていた。
いつものように身だしなみが整っていないスローネを見たユーキは若干呆れたような顔をし、ウェンフは瞬きをしながらスローネを見ていた。するとそこへ三人の男子生徒がやって来てスローネと合流する。その中にはアトニイの姿もあった。
「スローネ先生、お待たせしました」
「遅いよ、アンタたち」
やって来た男子生徒を見ながらスローネは腕を組み、ユーキもアトニイと男子生徒たちの方を向いた。
「よぉ、アトニイ」
「どうも、ルナパレス先輩。これから依頼ですか?」
「いいや、町に行くところだ。……それより」
ユーキはアトニイや彼と共に来た二人の男子生徒の左腕に視線を向けた。
三人の左腕には生徒会の証である腕章が付いており、ユーキはやって来た男子生徒が生徒会のメンバーであることを知り、同時にアトニイも生徒会に入っていることを知って意外そうな顔をした。
「生徒会に入ったのか?」
「ええ。ここまでの実績が認められ、一週間前に生徒会に声を掛けれたメンバーになったんです」
「へぇ~、入学してまだ半年も経ってないのに凄いな」
アトニイはユーキを見ながら小さく笑い「大したことじゃない」と言いたそうに小さく首を横に振る。
入学当時から注目されていたアトニイは生徒会長であるカムネスやフレードたちからも注目されていたため、ユーキはアトニイならいつか生徒会にスカウトされても不思議ではないと思っていた。
しかし入学から半年も経たないうちにスカウトされるとは思っていなかったため、ユーキはアトニイが生徒会に入ったことを知って内心驚いていた。
ユーキだけでなく、同期であるウェンフもアトニイが生徒会に入ったことを知って驚いたような顔をしていた。自分と違って混沌士でもないのに短期間で生徒会に入ったアトニイにウェンフは敬服している。同時に普通の生徒でありながら生徒会に認められたアトニイに小さな嫉妬心を抱いていた。
「さてと、生徒会も来たわけだし、早速行こうかねぇ」
「先生、何処かへ出かけるんですか?」
生徒会を同行させるとなると何か重要な仕事をするのではと予想したユーキはスローネに尋ねる。自身の髪を軽く掻いていたスローネはユーキの方を見ながら首を横に振った。
「いんや、結界陣のチェックに行くだけだよ」
「結界陣?」
聞いたことの無い言葉を聞いたウェンフはスローネに聞き返す。
「そうだ。知ってると思うが、学園と隣接しているバウダリーの町の周りにはベーゼが侵入したり、近づいたりできないよう結界が張られている。その結界は校舎の地下にある魔法陣によって張られていて、私らはその魔法陣を結界陣と呼んでいるんだ」
スローネの説明を聞いたウェンフは「へぇ~」と興味のありそうな顔をし、その後ろにいるグラトンは大きく欠伸をしながら興味の無さそうな反応を見せている。
ユーキは結界や結界陣のことを既に知っているため、スローネの話を聞いても表情を変えたりせずに黙って話を聞いていた。
「結界は結界陣の一部が消えたり、異常が起きたりすると力が弱まったり、結界自体が消えたりしちゃうんだ。だから月に一度、生徒会のメンバーを連れて結界陣に異常がないか確認することになってるんだよ」
「そうなんですか。……同行させる生徒は生徒会の生徒って決まってるんですか?」
「ああ、結界陣は学園でも重要な物だからね。学園でも強い信頼を得ている生徒会の生徒しか結界陣のある地下にはいけないことになってるんだよ」
結界陣の重要性をスローネから聞かされたウェンフは生徒会の生徒でないといけないという説明を聞いて納得する。そして、そんな重要な役割を任される生徒会になったアトニイを改めて凄いと思った。
「今月はまだ結界陣のチェックをしてないからねぇ。生徒会は新人であり、今学園で注目されているアトニイ・ラヒートに結界陣を見せるために今回のチェックに同行させたそうだよぉ」
「そうなんですか。……頑張れよ、アトニイ」
ユーキは笑いながらアトニイに声を掛け、アトニイはユーキを見ながら無言で頷く。
「まだ未確定だけど、学園長は近々学園とバウダリーの結界を今以上に強くするつもりらしいよ」
先程までどこか抜けたような顔をしていたスローネが真剣な表情を浮かべながらユーキを見る。表情を変えたスローネを見たユーキはつられるように表情を鋭くしてスローネの話に耳を傾けた。
「数日前、アンタとクリディックたちはローフェンの商業都市レンツイでベーゼの幹部である五凶将の一体を倒した。それによってベーゼたちは大きな戦力を失い、同時に五凶将が人間に化けて潜伏している存在であることが分かった」
スローネの話を聞いてユーキはレンツイでヴァーズィンと戦った時のことを思い出す。
強大な力を持つ最上位ベーゼが人間に姿を変えて大陸の何処かに潜んで諜報活動などを行っているかもしれない。それは大陸に住む全ての人間や亜人にとって脅威と言えることだった。
「メルディエズ学園は大陸に存在する国、そしてそこに住んでいる人たちをベーゼから護るための重要な機関だ。学園が崩壊してしまったら私たちはあっという間に不利になってしまう。そんな最悪の状況を作らないためにも学園の護りを堅くする必要があると学園長は考えてるみたいだよ」
「だから近いうちに結界を強くして護りを強化するってことですね?」
「そうだ。残りの五凶将が何らかの方法で報復や襲撃してくるかもしれないからね。今の状態でも十分学園とバウダリーを護れるけど、予想もしていないことが起きて結界が外から壊されてしまうって可能性もある。そうならないためにも結界を強くしておいた方がいいかもしれない」
「そうですね……」
五凶将と言う予想外に敵がいるのだから、結界が破壊される可能性もゼロではない。ユーキは問題が起きても慌てずに対処できるよう万全の状態にしておくべきだと思っていた。
スローネの話を聞いてユーキは今後のベーゼとの戦いが激しくなると感じ、ウェンフも今まで以上にベーゼとの戦いに気合いを入れないといけないと思っていた。
「スローネ先生、そろそろ結界陣のチェックに向かった方がいいのでは?」
アトニイがスローネに声を掛けると自分たちの仕事を思い出したスローネはフッと顔を上げ、ユーキも表情を和らげてアトニイの方を向く。
「おっと、そうだねぇ。……それじゃあ、私らはもう行くよ。アンタたちもバウダリーへ行くんだろう?」
「ああぁ、そうだった。……それじゃあ、これで失礼します」
アイカへのプレゼントを買いに行くと言う当初の目的を思い出したユーキはスローネに軽く頭を上げてから走り出す。ウェンフも慌てて頭を下げてユーキの後を追い、グラトンも二人の後をついていった。
スローネはユーキたちが走っていく姿をニッと笑いながら見送り、ユーキたちが見えなくなると校舎の方へ歩き出す。アトニイと二人の生徒会の生徒もスローネの後をついていった。
――――――
校舎に入ったスローネたちは階段から地下へ移動する。結界陣のある部屋は地下二階にあるため、スローネたちは階段を下りて地下二階に向かった。
地下二階は殆ど人が訪れないため、廊下には最低限の灯りしかなく地上と比べて暗かった。少し不気味さが感じられる廊下をスローネたちは進んでいき、目的地である部屋の前までやって来る。
先頭のスローネはポケットから鍵を取り出して二枚扉の鍵を開け、開錠されるとスローネは部屋に入り、アトニイたちも後に続いて入室した。
部屋は広くて天井が高く、中央には大きな正方形の石台があり、端には四本の石柱が立っている。石柱には無数のルーン文字が細かく彫られ、石台の中央には大きな魔法陣が描かれていた。魔法陣とルーン文字は水色に光っており、薄暗い部屋を照らしている。
スローネは光る魔法陣をゆっくり近づき、魔法陣の前で足を止める。アトニイたちもスローネの後ろで立ち止まり、目の前の大きな魔法陣を見つめた。
「これが結界陣……」
アトニイは石台に描かれている魔法陣を見ながら驚いたような顔で呟く。同行している二人の男子生徒は初めて結界陣を見たアトニイの反応が面白いのか小さく笑っている。
「そうだよ。この結界陣が学園とバウダリーに結界を張っているんだ」
「これ一つで学園とバウダリーの両方に結界を張っているのですか?」
「ああ、魔法陣はそれほど大きくないけど、同時に二つの結界を張るだけの力があるんだ」
てっきりメルディエズ学園とバウダリーの町の地下に一つずつ結界陣があると思っていたが、スローネの説明で両方の結界を学園の地下にある結界陣一つで張っていると知ったアトニイは意外に思う。
メルディエズ学園の地下だけに結界陣がある理由は幾つか存在するが、主な理由は結界陣を管理するのがメルディエズ学園で自分たちの拠点の地下にある方が管理しやすいからだ。
スローネは結界陣を簡単に見た後、ルーン文字が彫られた石柱の一本に近づいてそっと手で触れる。
「結界陣があれば結界を張ることができるが、そのためには結界陣に魔力を送る必要がある。そのためにこの石柱から魔力を結界陣に送って常に結界が張られている状態にしてるんだよ」
「その石柱が魔力を作り出しているのですか?」
「そう。因みに学園が建設されたばかりの頃は数人の魔導士が結界陣に自分たちの魔力を送って結界を張っていたみたいだよぉ。でもそれだと魔導士たちが魔法陣から離れられなくなっちまうから魔導士たちが自由に動けるようこの魔力を作り出す石柱を設置したらしいよぉ」
石柱をポンポンと軽く叩きながら語るスローネをアトニイは黙って見つめる。生徒会の生徒たちも石柱が使われる以前ことは知らなかったため、スローネの話を興味のありそうな顔で聞いていた。
「さてと、早速チェックを始めるかねぇ。まずは結界陣がちゃんと描かれているかを確認し、その後に石柱が結界陣に送っている魔力の量を確かめるよ」
説明を終わらせたスローネは結界陣に近づくと姿勢を低くして結界陣に問題無いか調べ始める。
生徒会の生徒たちもスローネの手伝いをするために結界陣に近づき、アトニイはその後ろで作業するスローネたちを見ていた。
「……スローネ先生、結界陣は石柱から送られる魔力で結界を張っていると仰いましたが、四本の石柱から送られる魔力を全て使って結界を張っているのですか?」
「ん? ああ、そうだよぉ。全部の石柱の魔力を使わないと学園とバウダリーの両方に結界を張れないからねぇ」
「つまり、四本の石柱の内、一本でも使えなくなったら結界は消えてしまうと?」
「そう言うこと」
作業をしながらスローネはアトニイの質問に答え、スローネの返事を聞いたアトニイは小さく笑う。
「……そうか、質問に答えてくれて感謝する」
呟いたアトニイは背を向けているスローネに近づくと腰の剣を素早く抜いてスローネを背後から斬った。
「があぁっ!?」
突然の背中の痛みにスローネは思わず声を漏らす。何が起きたのか理解できず、スローネは結界陣の上に俯せに倒れる。
倒れた拍子にスローネが掛けていた眼鏡も外れ、高い音を立てながら結界陣の上に落ちた。
「ご苦労だったな。もうお前に用はない」
アトニイは不敵な笑みを浮かべながらスローネの血液が付着した剣を光らせた。
本日から投稿を再開します。
前回の投稿でお伝えしたように今回が最終章です。今までの章よりも長くなると思いますが、どうか最後までお付き合いください。




