第二百十五話 激戦の終わり
爆炎によってヴァーズィンは蜂の頭部と額の顔の半分を失い、大きな音を立てて倒れる。パーシュの一撃が致命傷になったらしく、ヴァーズィンの体は動かなくなった。
パーシュは呼吸を乱しながらヴァーズィンを見つめる。渾身の一撃を叩き込んだとは言え相手は最上位ベーゼであるため、油断せずに警戒し続けた。そこへユーキもやって来てパーシュの隣で同じようにヴァーズィンを警戒する。
「あ……あり、得ねぇ……この私が、人間如きに……」
ヴァーズィンの額の顔は半分が吹き飛んだにもかかわらず言葉を発している。ユーキとパーシュは額の顔を見ながらとてつもない生命力だと内心驚いていた。
「私、は……最強のベーゼなんだ……ぞ? その……私が……こんなクズ同然の……ガキどもに……」
虫けらと見下していた人間に自分が負けたことが受け入れられないのか掠れた声を出しながらヴァーズィンは否定し続ける。そんなヴァーズィンを見て哀れに思ったのかユーキは呆れが表情を浮かべた。
「そのクズ同然のガキに負けたお前は何なんだ。……ガキだからって舐めるなよ?」
ユーキは目を細くしながらヴァーズィンを睨みつける。その隣に立つパーシュは小さく溜め息をつきながらヴァーズィンを見ていた。
「いい加減、現実を受け入れな。アンタは負けたんだ、見下していた人間にね」
「テ、テメェ……調子に……乗りやがってぇ……」
ヴァーズィンは目を鋭くしてパーシュを睨みつけ、ユーキに両断された右前脚を動かしてパーシュを襲おうとする。だが既にヴァーズィンには攻撃するだけの体力は残っておらず、パーシュを攻撃することもできない。
顔の半分を失ったにもかかわらず攻撃しようとするヴァーズィンを見たパーシュは呆れ果てる。
本来ならさっさと止めを刺すべきなのだが、ヴァーズィンの状態から何もせずとも、もうすぐ死ぬとパーシュは確信していたため、止めを刺そうとはしなかった。
「死ぬ前に一つ教えておいてやるよ。人間は自分の力を過信せずに仲間と力を合わせて戦い、最後まで諦めない強い意志を持ってる。アンタたちベーゼが思ってるほど弱い生き物じゃないんだ」
ヴォルカニックの切っ先をヴァーズィンに向けながらパーシュは人間の強さを語り、隣でパーシュを見ていたユーキは小さく笑っていた。
人間はベーゼやモンスターと比べると確かに力は弱い。しかしパーシュは弱い生き物でも勝ちたいという意志を持ち、様々な戦術や戦略を使えば強い存在にも勝てるということを改めて証明した。
今回の戦いはベーゼ側の戦力を削ぐだけでなく、人間でも最上位ベーゼに勝てると証明できる結果となったため、色んな意味で良い戦果になったとユーキは感じていた。
「ふ、ざけんなぁ……私は、まだ負けてねぇ……虫けら如きに……負けてなんか……い……ねぇ……」
表情を歪ませながらヴァーズィンは負けを認めずにいた。だが次第にヴァーズィンの声は小さくなっていき、遂には額の顔の目から光が消えて完全に動かなくなる。その直後、ヴァーズィンの大きな体は黒い靄と化して消滅した。
ヴァーズィンが消滅したことでユーキは深呼吸し、パーシュも強敵を倒すことができて安心したのか緊張を解いた。
しかし緊張を解いた瞬間、ヴァーズィンの爪で切り裂かれた傷から痛みを感じ、パーシュは奥歯を噛みしめながら膝をつく。
「先輩!? 大丈夫ですか?」
「あ、ああ、気を抜いたら急に痛みが強くなってね……」
心配するユーキを見ながらパーシュは苦笑いを浮かべ、ユーキは不安そうな顔をしながらパーシュの傷を確認した。
パーシュの体の傷は深くはないが思っていたよりも大きい。しかもヴァーズィンはパーシュを攻撃する際に苦痛で痛みを増幅させていたため、パーシュは心身ともにかなりのダメージを追っているとユーキは予想した。
痛みに耐えるパーシュは自分のポーチからポーションを取り出すと一気に飲み干す。ポーションを飲んだことで体と光球の爆発で付いた傷は消え、痛みも少し和らいだ。
体力が回復するとパーシュは立ち上がって街の方を向く。
「さぁ、休んでる暇はない。街へ戻るよ?」
「え? 先輩、大丈夫なんですか?」
「ああ、ちょっと体が怠いけど問題無い」
先程までの苦痛の表情を消して笑みを浮かべるパーシュを見てユーキは軽く目を見開いて驚く。
「敵の中で一番厄介なヴァーズィンは倒せた。だけど、まだトムリアたちの所や北門と東門にはベーゼがいる。戻って皆に手を貸してやらないとね」
「……そうですね」
自分よりも疲れているはずのパーシュが仲間の救援に向かおうとしているのだから自分もへばってはいられない。そう思うユーキは小さく笑いながら頷いた。
ユーキとパーシュはまずトムリアたちの下へ向かうため、広場の中を走って待機部隊がいる広場へ向かう。ヴァーズィンとの戦いで使用した倉庫はまだ燃え続けているが、周囲に燃え移る物が無かったため、二人は燃える倉庫をそのままにしても問題無いと感じて広場を出た。
――――――
東門ではアイカたちがベーゼの迎撃を続けている。少し前に街の中で起きた爆発で東門を護る者たちは困惑していたが、すぐに気持ちを切り替えてベーゼとの戦いに集中した。
城壁を上ったり、地中を掘ってきたベーゼはアイカたちが一体ずつ確実に倒しているため、東門には大きな被害も出ていない。ただ、生徒や冒険者の方には負傷者が何人も出ており、戦力的には互角と言える状況だった。
東門の見張り場の近くの城壁上ではアイカとミスチアは城壁を上ってきたベーゼスケルトンと交戦している。既に何体ものベーゼと戦っており、二人の顔には疲労が見えていた。
「サンロード二刀流、落陽斬り!」
「流星粉砕撃!」
アイカは交差させた両腕を勢いよく外側に向けて振り、ベーゼスケルトンの首をプラジュとスピキュで挟むようにして砕く。ミスチアも両手で握るウォーアックスを頭上から振り下ろしてベーゼスケルトンの頭部を粉砕した。
二人の攻撃を受けたベーゼスケルトンは活動を停止し、その場で骨の山と化す。その直後に黒い靄となって消滅した。
ベーゼスケルトンを倒したアイカとミスチアは僅かに呼吸を乱しながら周囲を見回す。すると二人の目に見張り場でモイルダーと戦うウブリャイの姿が飛び込んできた。
「うぉらぁーーっ!」
ウブリャイは声を上げながら右手に持つハンマーを右から勢いよく振ってモイルダーの頭部を側面から殴打する。この時、ウブリャイは衝撃を発動していたため、ハンマーの頭がモイルダーに触れた瞬間、頭部は破裂するように粉砕された。
頭部を失ったモイルダーはその場に倒れて黒い靄と化す。モイルダーを倒したウブリャイは見張り場を確認し、ベノジアや他の冒険者たちが無事なのを見ると軽く息を吐いた。
「もうかなりの数を倒しましたが、ベーゼたちの勢いは全然変わりませんね」
「ああ、連中も早く街に侵入しなくちゃいけねぇって必死なんだろうな」
「まったく、いい加減に諦めて帰ってもらいたいですわ」
アイカたちは城壁の下に集まるベーゼを見ながら表情を曇らせる。既に半分以上のベーゼを倒しているのにベーゼたちは後退しようとしない。アイカたちは仲間が大勢倒されても敵を倒すという本能だけで動いているベーゼが面倒な存在だと再認識させられた。
しかし面倒とは言え、襲ってくるのなら迎え撃つしかないため、アイカたちは得物をしっかり握りながら身構える。
だがそんな中、城壁の下にいたべーぜたちに変化が生じた。ベーゼたちは門の攻撃や城壁を上るのをやめて東門から離れ始めたのだ。
アイカたちは突然背を向けて離れていくベーゼたちを見て驚きの反応を見せる。目の前の敵を倒すために本能のまま行動するベーゼたちが攻撃をやめたのだから当然だった。
「ど、どうなってやがるんだ?」
「分かりません。……もしかすると、戦況が悪くなって撤退したのかもしれません」
「ですが、ベーゼたちは知能が低く本能だけで行動する連中ですわ。そんな奴らが数が減ったからと言って撤退するなんて思えませんわ。そもそも今更撤退すると言うのもおかしな話ですわ」
ミスチアの言葉を聞いてアイカは「確かに」と言いたそうにしながら俯く。するとアイカの伝言の腕輪の水晶が光り出した。
「サンロード、聞こえるか?」
伝言の腕輪からカムネスの声が聞こえ、アイカは顔を上げると伝言の腕輪をはめた左腕を顔に近づけた。
「会長ですか?」
「サンロード、東門の状況は教えてくれ」
「状況ですか? ……たった今、襲撃していたベーゼたちが突然攻撃をやめて退却しました」
「そっちもか……」
カムネスの低い声を聞いてアイカは反応し、ミスチアとウブリャイも伝言の腕輪に注目する。
「そっちもか、とはどういうことですか?」
「北門でも襲撃してきたベーゼたちが突然攻撃をやめて撤退を始めたんだ。既に北門の周辺にはベーゼは一体もいない」
「北門でもですか?」
北門でも同じようにベーゼたちが撤退したと知ってアイカは目を見開く。
現状から東門を攻めていたベーゼたちは戦力が低下して撤退したと考えられ、北門でも同じように戦力が低下したことでベーゼたちが撤退したのかもしれないとアイカは考えた。
しかしベーゼは本能で行動しているので自分たちの数が減ったから撤退しようと考えるほどの知能は無い。そのため、アイカはなぜベーゼたちが撤退したのか分からなかった。いや、そもそも本当に撤退したのかどうかも定かではない。
「……会長、なぜベーゼたちは攻撃をやめたのでしょうか?」
「まだハッキリとは分からない。ただ現状から考えるのなら、彼らの戦力が低下してレンツイを制圧するのが難しいと判断したからではないかと思われるな」
「ですがベーゼには自分たちが不利になったから撤退しようと考えるほどの知能は無いはずです」
「確かに下位ベーゼには知能は無い。だが、中位以上のベーゼには戦況からどのように動くべきか判断する知能はある。恐らく群れの中にいた中位ベーゼたちが撤退するよう周囲のベーゼたちに命じたのだろう。あくまでも僕の仮説だけどね」
カムネスの仮説を聞いてアイカは真剣な表情を浮かべながら納得する。アイカの両隣にいるミスチアとウブリャイも可能性はあると感じながらカムネスの話を聞いていた。
「いずれにせよ、ベーゼたちがレンツイの攻撃を中断したのは間違い無い。今夜はこれ以上襲撃される心配も無いだろう」
襲撃される心配は無いと聞かされたアイカは安心の表情を浮かべる。既に大勢の負傷者が出ているため、ベーゼたちが撤退してくれてよかったとアイカは思っていた。
「会長、この後はどうされますか?」
「とりあえず、門の状態や負傷者の人数などを確認しよう。確認が終わったらお互いに状況報告を行い、今後の方針を決める」
「分かりました」
今夜再び襲撃してくることは無いだろうが、ベーゼの脅威が完全に消えたわけではないため、カムネスはもしもの時のために被害などを確かめておく必要があると考えていた。
アイカもカムネスと同じことを考えており、被害状況などを確認しておくべきだと思っていた。
「ところで、ルナパレスとパーシュから連絡はあったか?」
カムネスの言葉にアイカは目を軽く見開いてフッと反応する。ユーキとパーシュが東門を出てから一度も連絡は無く、アイカは小さな不安を感じていた。
「……いいえ、まだです。恐らく今も例の混沌士と戦って――」
「アイカさん!」
アイカがカムネスと通話しているとミスチアが東門の広場を見ながら声を掛ける。
突然声を掛けられたアイカは驚いたような表情を浮かべながら一度ミスチアを見て広場の方を向く。アイカの視線の先、街へ続く広場の出入口の前にはボロボロの姿のユーキとパーシュ、そしてトムリアたちの姿があった。
広場に戻ったユーキとパーシュ、二人に同行したラーフォンとイーワン、そして生徒と冒険者たちはトムリアたち待機部隊を連れて戻ってきた。広場の生徒たちはユーキたちを見ると無事に戻ってきたことに喜んで笑みを浮かべている。
ユーキとパーシュはヴァーズィンを倒した後、待機部隊がいる広場へ戻った。その時、既に広場に現れたベーゼは全て倒され、勝利したトムリアたちは傷の手当てなどをしていたのだ。
待機部隊が無事な姿を見たユーキとパーシュは安心し、トムリアたちと情報交換を行った後にまだ傷の治療ができていない負傷者を手当てするため、彼らを連れて東門へ戻った。
「……会長、ユーキたちが戻ってきました」
アイカはユーキたちを見ながら微笑みを浮かべ、伝言の腕輪の向こう側にいるカムネスに報告する。
隣にいるミスチアもユーキを見ながら満面の笑みを浮かべ、ウブリャイもチームメンバーであるラーフォンとイーワンを見てニッと笑っていた。
「そうか。彼らが戻ってきたと言うことは例のマドネーとか言う混沌士と街に現れたベーゼも全て倒したのだろう」
「ええ、きっと」
小さく頷きながらアイカが返事をするとカムネスの小さな笑い声が伝言の腕輪から聞こえてくる。カムネスの声は先程と変わっていないが内心ではユーキとパーシュが無事なことを喜んでいるのだろう。
「状況報告を行う時に詳しく話を聞きたい。待機部隊の状態やどんな戦闘があったのかルナパレスとパーシュに訊いておいてくれ」
「ハイ」
カムネスはアイカが返事をすると同時に伝言の腕輪を切って通話を終わらせた。
通話が終わるとアイカはユーキたちに会いに行くため階段へ向かおうとするが、既にミスチアとウブリャイが階段に向かっており、置いていかれたアイカは慌てて二人の後を追う。
広場に下りたアイカはユーキたちと合流し、お互いに無事なことを喜んだ。その後、アイカはレンツイを襲撃したベーゼたちが撤退したことや防衛部隊に死者が出ていないことなどをユーキたちに伝える。
アイカの報告を聞いたユーキとパーシュは防衛に成功したことを知って笑みを浮かべる。だがすぐに真剣な表情を浮かべ、待機部隊を襲ったベーゼたちとの戦闘結果、そしてマドネーの正体や彼女とどのように戦ったのかを細かく伝えた。
「……」
東門から南に数km離れた所にある民家の屋根の上では腕を組むチャオフーが立っている。チャオフーは鋭い目で東門を見ており、しばらくすると何もせずに足元に紫色の魔法陣を展開させ、そのまま何処かへ転移した。
この時、レンツイから去ったはずのチャオフーがレンツイにいたこと、彼女が再びレンツイを去ったことは誰も知らない。
――――――
「それマジか?」
窓の月明かりだけで照らされた薄暗い部屋の中で一人の男が意外そうな表情を浮かべる。
深緑の長袖長ズボン姿で逆立った栗梅色の髪と茶色い目をしたいかつい顔の男、ガルゼム帝国将軍のアイビーツ・クリクトンだ。そしてその前には鉄扇を何度も開閉させるチャオフーが立っている。
「ああ、マジだ」
「ヴァーズィンがやられたとはな……」
アイビーツは腕を組んで窓から外を眺める。現在アイビーツとチャオフーがいるのはガルゼム帝国の首都である帝都サクトブークの皇城の一室だ。
数分前、アイビーツが帝国将軍の仕事をしていたところにチャオフーが現れた。アイビーツは人気の無い場所へ移動するとチャオフーからヴァーズィンがレンツイで倒されたことを聞かされたのだ。
「殺ったのは例のユーキ・ルナパレスと神刀剣の使い手であるパーシュ・クリディックだ。戦いを見物させてもらったが、苦戦を強いられながらもヴァーズィンに勝利した。それを確認した後、私はレンツイを襲撃していたベーゼたちを撤退させた」
「噂の児童剣士が相手とは言え、最上位ベーゼがたった二人の人間にやられちまうとはなぁ。……まぁ、しゃーねぇか。アイツ五凶将の中で一番弱かったし……」
同じ五凶将が戦死したにもかかわらず、アイビーツは平然とした態度を取っている。まるで仲間が死んだことに何も感じていないような様子だった。
チャオフーも無言で鋭い表情を浮かべている。一見、仲間であるヴァーズィンを倒されたことに腹を立てているように見えるが、実際は人間相手に敗北したヴァーズィンをベーゼの面汚しと思って気分を悪くしていた。
「て言うか、お前はヴァーズィンがやられそうになった時に加勢しなかったのか?」
「アイツの性格だ、加勢すれば『余計なことをするな!』などと言って加勢を拒んでいただろうからな。それに私が加勢してチェン・チャオフーがベーゼと繋がっていることを奴らに知られるわけにはいかない」
「成る程、それなら加勢するわけにはいかねぇな。……それでこのことはベギアーデのおっさんや他の連中の耳には入ってるのか?」
「ああ、此処に来る途中に知らせてきた。勿論、大帝陛下もご存じだ」
「と言うことは、今頃大帝陛下はお怒りになられてるだろうな」
ベーゼ大帝が機嫌を悪くしているのを想像するアイビーツは小さく苦笑いを浮かべる。チャオフーは静かに息を吐くと鉄扇を高い音を立てて閉じた。
「今回のヴァーズィンの死でこちらの計画は大きく狂ってしまった。ヴァーズィンは人間たちの前でベーゼの姿に変わり、その時に自分が五凶将であることもハッキリと口にした」
「つまり、ベーゼの中に人間に化けて潜伏している最上位ベーゼがいるってことがメルディエズ学園に知られちまったってことか」
アイビーツが僅かに低い声を出して確認するとチャオフーは無言で頷く。感情に流されて自分の秘密を敵に教えたヴァーズィンの愚行にアイビーツは僅かに腹を立てていた。
「……で、これからどうすんだ?」
「ベギアーデから大帝陛下のご意思を聞いた。……早急に例の作戦の準備を進め、近日中に実行するそうだ」
「例の作戦をか……」
チャオフーを見ながらアイビーツは低い声のまま呟く。
「私たちの情報が漏れてしまった以上、これまでどおり活動するのは難しい。いずれ人間たちは私たちの正体に辿り着く。そうなる前にこちらが先に動くべきだと大帝陛下はお考えになられたのだ」
「まぁ、この状況ではそうするべきだろうな」
計画の内容を理解しているアイビーツはベーゼ大帝の決断に不満を抱くことなく納得する。
本来ならもう少し時間を掛けてから次の段階へ進む予定だったのだが、ヴァーズィンが予定外の言動を取ったため、ベーゼ側は計画を前倒しすることになったのだ。
納得するアイビーツを見たチャオフーは背を向けて足元に紫色の魔法陣を展開させる。魔法陣の光で薄暗い部屋は紫色に染まった。
「作戦の詳しい内容は後日ベギアーデから報告があるはずだ。それまでにやるべきことを済ませておけ?」
「ああ、了解だ」
アイビーツの返事を聞いたチャオフーは転移してその場から消える。残ったアイビーツは窓から帝都の街を眺めた。
「遂に実行の時が来たか。フフフフッ、どうなるか楽しみだぜ」
不敵な笑みを浮かべながらアイビーツは楽しそうな口調で呟いた。
――――――
夜が明け、レンツイに朝が訪れると住民たちは外に出て深夜のベーゼとの戦いはどうなったのか、レンツイで何が起きたのかなどを確かめた。
冒険者や警備兵に尋ねたり、近所の住民たちと情報交換などをする者が多く、早朝にもかかわらずレンツイは騒がしかった。ただ、無事に朝を迎えられている点からベーゼとの戦いには勝利したと言うことは理解しており、住民たちの中にはレンツイが無事なことを喜んでいる者もいる。
冒険者ギルドのギルド長室ではレンツイを管理するフォムロンや冒険者ギルド長のジェンカン、霊光鳥のリーダー、ウェンコウが立っている。その近くにはカムネスとユーキの姿もあった。
ユーキの体からは昨晩の戦闘で受けた傷も治っており、制服もミスチアの修復の能力で元に戻っていた。
カムネスやレンツイの管理者、冒険者ギルドのトップが集まっているのを見てユーキは自分が場違いなのではと思いながら黙っている。今回ユーキはフォムロンたちに重要な話をするため、カムネスに言われて同行させられていた。
「今回は本当にご苦労だった。君たちのおかげでベーゼたちからこのレンツイを護り抜くことができた。管理する者として心から感謝する」
フォムロンは集まっているユーキたちに向けて深く頭を下げて感謝する。
貴族であり、都市の管理者であるフォムロンが頭を下げるのを見てジェンカンは照れているのか小さな笑みを浮かべ、ウェンコウもニッと笑っていた。
カムネスは貴族に感謝されることに慣れているのか表情を変えずに黙っており、ユーキはジェンカンと同じように小さく笑っていた。
ベーゼたちが去った後もユーキたちはレンツイの周辺を見張っていたがカムネスの予想どおりベーゼたちが再び襲撃してくることは無く、大きな問題も起こらずに朝を迎えることができた。
顔を上げたフォムロンは真剣な表情を浮かべ、フォムロンの顔を見たユーキたちはこれから重要な話をすると感じて一斉に表情を鋭くした。
「ベーゼは昨夜の戦いで一度撤退した。だが、奴らがレンツイを諦めたと断言はできない。しばらく経てば戦力を立て直して再び襲撃してくる可能性がある。君たちにはベーゼの脅威が完全に消えるまでレンツイを防衛してもらいたい」
「勿論です。再び襲撃して来ても全力で対処します」
「ええ、返り討ちにしてやるますよ」
気合いの入った口調で語るジェンカンの隣でウェンコウは笑いながら返事をする。相変わらずフォムロンに軽い口調で話すウェンコウを見てジェンカンは呆れたような顔をした。
フォムロンはウェンコウを頼もしく思い、小さく笑いながらウェンコウを見つめる。ウェンコウとジェンカンの返事を聞いたフォムロンは次に自分を見つめるカムネスの方を向いた。
「ザクロン会長、メルディエズ学園にも改めて協力を頼む。レンツイにいる間は不自由はさせないし、望む物があれば提供しよう」
「ありがとうございます」
カムネスは静かに返事をしながら頭を下げる。ユーキは表情一つ変えずに対応するカムネスを見て「流石」と言いたそうな顔をしていた。
メルディエズ学園と冒険者ギルドに協力を頼んだフォムロンは今後の方針について話そうとする。するとカムネスはフォムロンが喋る前に口を開いた。
「皆さん、今後の方針について確認する前にこのユーキ・ルナパレスから重要な話があります」
顔を上げたカムネスはフォムロンたちを見ながらユーキのことを話し始め、ユーキはカムネスの言葉を聞いて反応する。
ユーキがフォムロンたちに伝える重要な話と言うのは昨夜の戦闘で倒したヴァーズィンのことだった。
ヴァーズィンのことはパーシュと共に東門を護っていたアイカたちや指揮を執るカムネスとロギュンには話していたが、冒険者ギルドやフォムロンにはまだ話してい無いため、話し合いの場を借りて説明することになった。
フォムロンたちはどんな話をするのか気になり、全員がユーキに注目する。ユーキはフォムロンたちが見つめる中、一歩前に出て真剣な表情を浮かべた。
「実は今回の戦闘でベーゼに協力する混沌士と戦いました」
「ベーゼに協力する混沌士?」
「ハイ、マドネーと言う女です」
聞き返すフォムロンを見ながらユーキは小さく頷く。
「最初は普通の混沌士だと思っていたんですが、マドネーの正体は最上位ベーゼだったんです」
「なっ、何だと!?」
予想外の内容にフォムロンは驚愕の表情を浮かべ、ウェンコウとジェンカンも目を大きく見開く。
フォムロンたちにとって混沌術は人間や亜人だけが開花する能力だと思っていた。しかしユーキの話を聞いて侵略者であるベーゼも混沌術を使えると知って全員が衝撃を受ける。
驚くフォムロンたちをユーキは無言で見つめ、カムネスを腕を組みながらユーキを見ている。カムネスは昨夜にユーキからヴァーズィンのことを聞かされていたため、驚くことなく話を聞いていた。
「マドネーと名乗っていたベーゼは自分をヴァーズィンと名乗り、ベーゼの姿になった後も普通に混沌術を使ってきました。苦戦を強いられましたが、何とか倒すことができました」
ユーキは昨夜の戦闘を思い出して表情を歪ませる。ヴァーズィンに勝つことはできたがそれは共にパーシュが戦ってくれたからだ。もしもパーシュがいなかったら自分は負けていたかもしれない、そう思いながらユーキは小さく俯く。
フォムロンはジェンカンやウェンコウを見ながら困惑したような顔をし、ジェンカンとウェンコウも若干表情を暗くしている。
カムネスはフォムロンたちを見ると静かに口を開く。
「ルナパレスが手に入れた情報からベーゼの中には人間に姿を変えて潜伏している存在がいることが分かりました。そして、その潜伏しているベーゼは五凶将と呼ばれている上位以上のベーゼのようです」
「五凶将か。……名前からして全部で五体いるようだな」
ウェンコウが五凶将の数を予想するとカムネスはウェンコウの方をチラッと見る。
「私もそう思います。ただ、一体はルナパレスとパーシュが倒しましたので残るは四体だと思われます」
「あと四体も人間に化けてる上位ベーゼがいるってことか。なかなか面倒な話だな……」
もしかすると身近にいる存在が五凶将かもしれない、そう思いながらウェンコウは僅かに顔を険しくした。
「……我々メルディエズ学園としては今回の情報を学園長や教師に報告し、五凶将と思われる存在を見つけるつもりです。皆さんも何かしらの対抗策を練った方がよろしいと思います」
「承知した。我が帝や他の東国貴族たちに報告しておこう」
報告を約束するフォムロンを見てカムネスは「お願いします」と目で伝えながら頷く。ジェンカンとウェンコウも他の冒険者たちに報告して警戒を強めようと思っていた。
(ベーゼは俺たちが思っていた以上に狡猾な手を打っていたみたいだ。……五凶将が人間に化けてる理由っていったい何なんだ? ただ人間や亜人の情報を集めるためだけに化けてるのか?)
カムネスの隣ではユーキが話し合うカムネスやフォムロンたちを見つめながらベーゼの狙いが何なのか考えている。
ベーゼの中で最も力が強く、知能の高い最上位ベーゼを潜伏させたのだから重大な目的があるはずだとユーキは確信していた。しかし今はまだ手掛かりが少なく、ベーゼの狙いがまったく分からない。
ユーキは今後、五凶将を探しながら目的を暴くために手掛かりを集めないといけないと思っていた。
「五凶将に関する報告は以上です。次に昨晩の戦闘による戦果と我々の被害について報告させていただきます」
カムネスが話題を変えるとユーキたちは一斉にカムエスに注目する。五凶将の情報が殆ど無い状態で目的などを考えても分からないため、考えるのは一度やめて今やるべきことをやろうと全員が思っていた。
それからユーキたちは昨夜で倒したベーゼの数や負傷した者の人数、北門と東門の被害などの情報を交換しながらレンツイ防衛の方針を話し合う。ユーキも五凶将を倒した存在であるため、五凶将の報告が済んだ後も一緒に考えるようカムネスに言われ、引き続き話し合いに参加することになった。
難しいことが苦手なユーキにとってこの話し合いはある意味で地獄のような時間だったため、話し合いが終わる頃にはユーキは精神的に強い疲労を感じていた。
その後、ユーキたちメルディエズ学園の生徒たちは予定どおり冒険者たちと共にレンツイに留まってベーゼの襲撃を警戒した。
二日間警戒し、ベーゼが襲撃してくる可能性が低いと判断されるとユーキたちはメルディエズ学園へ帰還する。
今回の依頼で生徒たちは冒険者との距離を少しだけ縮めることができ、生徒の中にはできるだけ冒険者と協力し合おうと考える者も出てきていた。
今回で十二章が終了します。もう少し短めで終わらせるつもりでしたが、予想していたよりも長くなってしまいました。
新しく登場した霊光鳥のウェンコウとチェンスィですがこの二人の名前にも由来があります。
ウェンコウは中国語で「温厚」を意味する「ウェイコウ」から来ています。
チェンスィは中国語で「純粋」を意味する「チェンツイ」が由来です。
ベーゼ側にも新しくタオフェンが登場しました。タオフェンの名前はドイツ語で「掘る」を意味する「タオヘン」が由来となっています。
今回も作品を読んでいただき、ありがとうございました。
あと、突然ですが次回が児童剣士のカオティッカー、最終章になります。
色々事情があり、次の章を最後にすることにしました。最終章と言うことで内容を考えるために今までより少し長めに間を空けてから更新するつもりです。
長くなってしまいましたが、今回はこれで失礼します。どうか最後までお付き合いください。




