第二百十四話 女王蜂駆除
爆発による痛みと熱さでユーキとパーシュは苦痛の表情を浮かべながら俯せになっている。しかも苦痛の能力によって痛みが増幅しているため、二人は今まで感じたことの無い激痛を感じていた。
(ク、クソォ、何だよこれ! 痛みが酷すぎてどうにかなりそうだ……)
ユーキは全身の痛みに奥歯を噛みしめながら立ち上がろうとする。
転生前の世界で月宮新陰流の修業中にユーキは何度も怪我をし、その度に強い痛みを感じていた。そのため、ユーキは多少の痛みなら我慢できるほどの精神力を持っている。
しかし今はそんなユーキでも動けなくなるほどの痛みを感じており、体を動かすたびに痛みが全身に走るような状態だった。
少し離れた所ではパーシュが同じように俯せの状態で痛みに耐えている姿がある。パーシュも過去に何度も怪我をしていたため、並の痛みには慣れていたが今はまともに動けなくなるほどの痛みを感じていた。
「ほほぉ? 苦痛を付与した攻撃を受けても立ち上がろうとするか。虫けらのくせに大した精神力を持ってやがるな」
空中ではヴァーズィンが倒れているユーキとパーシュを見下ろしながら意外そうな反応をしている。
ヴァーズィンは先程の光球で二人が動けなくなるほどのダメージを受けたと思っていた。だが爆発を受けても立ち上がろうとするユーキとパーシュの姿を見てヴァーズィンは内心驚いている。
同時に自分の攻撃を受けても戦意を失っていない二人にヴァーズィンは苛ついていた。
ヴァーズィンが見下ろす中、ユーキとパーシュは体中の痛みに耐えながらなんとか起き上がる。二人の姿を見て、ヴァーズィンの額についている顔が不満そうな表情を浮かべた。
「苦痛で痛みが増した攻撃を受けても折れずに戦おうとしやがるのか。……気に入らねぇ、虫けら如きがこのヴァーズィン様の攻撃に耐えるなんて、生意気なんだよぉ!」
声を上げるヴァーズィンは臀部の針をユーキとパーシュに向けると紫色の光らせる。
「……ッ! 先輩、避けてください!」
ヴァーズィンの針が光っているのを見たユーキはまた光の針を撃ってくると知ってパーシュに声を掛ける。
パーシュはユーキの声でヴァーズィンが攻撃してくることに気付くと痛みに耐えながら立ち上がって走り出し、ユーキもパーシュと共に急いでその場から離れた。
ユーキとパーシュが走り出した瞬間、ヴァーズィンは二人に向けて千の苦痛針を撃つ。当然、苦痛の能力も針に付与して痛みは増加させている。
紫色に光る針から無数の光の針が放たれ、ユーキとパーシュが倒れていた場所に刺さる。しかしユーキとパーシュには命中しなかった。
攻撃を避けられたヴァーズィンは小さく舌打ちし、臀部の針を走るユーキとパーシュに向ける。針が向きを変えたことで光の針は二人の後を追うように放たれ、地面に刺さりながら二人に迫っていく。
光の針が迫る中、ユーキとパーシュは体中の痛みに耐えながら走った。爆発を受けた直後に比べると痛みは少し和らいだがまだ鈍い痛みが残っており、体を動かすたびに痛みが走って二人や表情を歪ませる。
しかし痛いからと言って立ち止まることはできない。立ち止まればヴァーズィンが放つ光の針を全身に受けることになってしまうため、ユーキとパーシュは走り続けた。
ユーキとパーシュは光の針に追いつかれないよう必死に走り、走った先にあった風車小屋の陰に隠れる。風車小屋に隠れたことで光の針はユーキとパーシュには当たらず、風車小屋の壁に刺さった。
ヴァーズィンは隠れたユーキとパーシュを見て再び舌打ちをする。ヴァーズィンがいる位置からでは風車小屋が壁になって二人の姿は確認できない。だがヴァーズィンは例え隠れたとしても反対側に回り込めば問題無いと思っており、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
羽音を立てながらヴァーズィンは右に移動して風車小屋の反対へ回り込む。回り込んでユーキとパーシュを見つけた瞬間、ヴァーズィンは二人に光球を撃ち込んで粉々に吹き飛ばしてやろうと思っていた。
風車小屋の反対側に回り込んだヴァーズィンは六本の脚を紫色に光らせて光球を撃とうとする。ところが風車小屋の裏にはユーキとパーシュの姿は無かった。
「あぁ? アイツら何処に行きやがった?」
ヴァーズィンは風車小屋の周りを探すが何処にもユーキとパーシュの姿は無い。二人が隠れてからずっと風車小屋から目を離さずにいたため、気付かない内に逃げられたなんてことは無いとヴァーズィンは確信していた。
何処にも姿が無いユーキとパーシュに苛立ちを感じながらヴァーズィンは風車小屋の周りを調べる。すると風車小屋の出入口である扉が半開きになっているのが目に入った。
「扉が開いている……と言うことは……」
ユーキとパーシュの居場所を察したヴァーズィンはホバリングしたまま風車小屋をジッと見つめる。
ヴァーズィンが風車小屋を睨んでいる時、風車小屋の中ではユーキとパーシュが部屋の隅に置かれている木箱にもたれながら座って休んでいた。体が痛む状態で全速力で走ったため、二人は息を切らしている。
「……ハアァ、危なかったねぇ。……ユーキ、大丈夫かい?」
「ええ、体の痛みも引いてきましたし、何とか戦えます」
苦痛の力が弱まって強い痛みを感じなくなったユーキは月下と月影を拾うとゆっくり立つ。隣で座っていたパーシュも軽い痛みを感じながら立ち上がり、風車小屋の中を見回す。
風車小屋の中央には製粉機があり、周りには空の麻袋、製粉機を整備するための道具などが置かれた机がある。二階へ上がるための梯子があり、二階には窓や製粉機と風車を繋ぐ太い木製の柱があった。
「さてと、これからどうするかね。向こうは飛んでる上に遠距離攻撃ができる。このまま戦ってもさっきと同じようになるだけだ」
「ええ、しかもアイツは大きな羽音を鳴らして攻撃してきます。あれのせいでこっちは動きを封じられる上に頭が割れるような痛みに襲われます。あの羽音攻撃をなんとかしないこっちはまともに戦えませんよ」
「分かってる。だけど音ばかりはどうすることもできない。普通の攻撃なら避けたり防御すれば何とかなるけど、音は避けることも防ぐこともできないんだからね」
ヴァーズィンの羽音への対抗策が思い浮かばないパーシュは困り果てたような顔をする。
耳を手で塞げば多少は音を小さくすることはできるが、それでも完全に音を聞こえないようにすることはできない。
少しでも音が聞こえれば痛みを感じてしまうため、どうすればいいのかパーシュは考える。
ユーキも風車小屋の中を見回しながら対策がないか考えていた。するとユーキは近くのあって机の上に置かれたある物を見て軽く目を見開く。ユーキは机に近づくと置いてある物を手に取って真剣な表情を浮かべた。
「ユーキ、どうしたんだい?」
対策を考えていたパーシュがユーキに声を掛け、ユーキはパーシュの方を向いて持っている物を見せる。それは小さく丸められた布切れだった。
「何だい、そりゃあ?」
「耳栓ですよ」
「耳栓?」
丸められた布が何なのかを聞かされたパーシュは意外そうな顔をする。だが、自分たちが今いる場所を思い出すとすぐに納得した表情を浮かべた。
ユーキとパーシュがいる場所は小麦粉を作る場所で製粉機を動かせば近くにいる者は製粉機が立てる大きな音を聞きながら作業することになる。
近くで大きな音を聞きながら作業をすればいつかは気分が悪くなって作業ができなくなる。かと言って耳を手で塞げば作業ができない。
何とか作業率を下げることなく、気持ちよく作業をしたいと思った作業員たちは丸めた布を耳栓にし、それを耳に詰めて作業することにしたのだ。
「これを耳に入れれば手で塞ぐよりも聞こえる羽音を小さくすることが出来るかもしれません」
「成る程ね。……だけど、耳栓をするのと手で塞ぐのって大きな違いがあるのかい? そもそもそれって此処で働いてる誰かが使ってた物だろう? それを耳に入れるって言うのは……」
「贅沢は言ってられませんよ? 他に耳栓に使えそうな布はありませんし、時間もありません。音や頭痛も完全に防ぐことができないと思いますが、耳栓をすれば両手が自由に使えるようになりますから手で塞ぐよりはマシですよ」
最初にヴァーズィンの羽音を聞かされた際、ユーキとパーシュは手と肩を使って音を聞かないようにしていた。あれでは片手が使えず、顔を肩に当てたまま戦わなくてはならないため、非常に戦い難い。
少しでも自分たちが戦いやすい状態にするのなら他人の耳栓でも使った方がいいとユーキは思っていた。
パーシュも少し前のことを思い出し、耳栓を使わずに戦い難い体勢で戦うよりは耳栓を使って全力で戦える状態にした方がいいと思い、風車小屋にあった耳栓を使うことにした。
ユーキは持っている耳栓をパーシュに渡すと机の上に置かれてある別の耳栓を手に取った。
「それで、羽音の方はこれで何とかするとして、アイツとどう戦う?」
「まずはアイツを空中から引きずり下ろさないといけません。奴が飛んでいる間はこっちはまともに戦うことができませんからね」
「なら、アイツの羽を攻撃して空を飛べないようにした方がいいね。何とかこっちの攻撃を羽に当てる方法を見つけないと……」
パーシュは耳栓を握りながら空中のヴァーズィンに攻撃を当てる方法を考える。その時、風車小屋の中に大きな不快音が響く。
音を聞いたユーキとパーシュは大きく目を見開き、同時に強い頭痛が二人を襲う。
「ううううぅ!? こ、これは……」
「ま、まさか!?」
嫌な予感がしたパーシュは持っている耳栓を両耳に入れながら近くの窓へ向かう。耳栓を入れたことで聞こえてくる音は手で塞ぐより小さくなり、頭痛も少しだけ和らいだ。パーシュはこの時、聞こえる音が小さければ頭痛も小さいのだと知った。
頭痛が和らぎ、自由に体を動かせるのを見てパーシュはユーキの言うとおり耳栓をしてよかったと感じる。
耳栓のおかげで少し気分が良くなるとパーシュはそっと窓から外の様子を窺う。外では飛んでいるヴァーズィンが羽音と大顎を鳴らしながら風車小屋を見ている姿があった。
「やっぱり! ユーキ、アイツまたあの羽音を鳴らす攻撃をしてるよ!」
ユーキの方を向いたパーシュは少し大きめの声で何が起きているのか伝える。不快音を防ぐためにユーキも既に耳栓をしていると考えたパーシュは耳栓をした状態でも聞こえるよう大きめの声で語り掛けたのだ。
パーシュの声を聞いたユーキは表情を鋭くしながらパーシュを見る。パーシュが予想していたとおり、ユーキは耳栓をしていたため、大きめの声を出して丁度いい状態だった。
「なら、俺が外に出てアイツの注意を引きます。その間に先輩は何とか奴を落としてください!」
ユーキも大きめの声で返事をし、パーシュはユーキの声を聞き取るとヴォルカニックを握りながら強く頷く。
パーシュの反応を見たユーキは軽い頭痛に耐えながら風車小屋の出入口から外に飛び出す。外に出るとユーキは飛んでいるヴァーズィンを見上げながらヴァーズィンの右側に回り込むように走る。
「はっ! やっぱり風車小屋に隠れてやがったか。……あ? パーシュがいねぇじゃねぇか」
風車小屋から出てきたのがユーキだけだと知ったヴァーズィンは不思議そうな反応をする。
これまでの情報とユーキだけが風車小屋から出てきたことから、パーシュはまだ風車小屋に隠れているのではとヴァーズィンは推測した。
「まだ風車小屋に隠れているのならこのまま風車小屋をぶっ壊してパーシュを瓦礫の下敷きにしてやるのもいいかもな。……だが、それじゃあアイツが苦しむ姿を見ることができねぇ。奴はそんなつまらねぇ殺し方はせず、私の手でズタズタに引き裂いてやる」
ヴァーズィンは不敵な笑みを浮かべると羽音を大顎を鳴らすのをやめて右側に回り込んだユーキの方を向く。
走るユーキは不快音が聞こえなくなるとヴァーズィンの方を向き、わざわざ羽音と大顎を鳴らすのをやめて自分の方を向くヴァーズィンを見て意外に思った。
(アイツ、何でいちいち羽音を消してこっちを向いたんだ? 羽音を立てながら向いた方がダメージを継続的に与えられるはずなのに……)
ユーキはヴァーズィンの行動の意味が理解できず、心の中で疑問に思う。だが不快音が消えたことで頭痛が弱まったのでユーキには都合が良かった。
ヴァーズィンの右側に回り込んだユーキは急停止し、右手に月下を持つと左手をヴァーズィンの方に向ける。同時に強化を発動させて自身の魔力を強化した。
「闇の射撃!」
ユーキはヴァーズィンに向けて闇の弾丸を放つ。強化で魔力を強化していたことで闇の射撃の威力は通常よりも高くなっていた。
飛んでくる闇の弾丸を見たヴァーズィンは鼻を鳴らしながら右へ移動して闇の弾丸をかわす。
攻撃をかわしたヴァーズィンを見てユーキは悔しそうな顔をしながら続けて三発の闇の弾丸を放つ。しかしヴァーズィンはその三つの魔法も左右交互に動いて全て回避した。
「何度も言わせんじゃねぇよ。正面からの攻撃は私には当たんねぇんだよ! 地獄の不快音!」
ユーキを嘲笑いながらヴァーズィンは苦痛を発動させ、再び羽音と大顎を鳴らしてユーキに攻撃した。
不快音によってユーキは頭痛に襲われる。耳栓で聞こえる音が小さいため、頭痛も最初に受けた時と比べて小さくなっているが、それでも頭の奥を突き刺すような鋭い痛みを感じていた。
ユーキは痛みに耐えながら月下を両手で握って上段構えを取る。今は頭痛も軽く自由に動ける状態なのでユーキはもう一度湾月を放とうと思っていた。
ヴァーズィンを睨みながら強化で腕と肩の力を強化し、月下を握る手に力を入れる。頭痛は続いているが湾月を撃つのには問題は無かった。
「あの野郎、またあの斬撃を放つつもりか? そうはさせねぇぞ!」
大技を撃たせまいとヴァーズィンは針を光らせ、ユーキに向けて千の苦痛針を放つ。
光る針から飛ばされる無数の糸状の光の針は構えるユーキに向かって行き、飛んでくる光の針を見たユーキは咄嗟に左手で鞘に納めてある月影を抜く。そして強化の力を全て動体視力の強化に使った。
動体視力が強化されたことでユーキには飛んでくる光の針がとても遅く動いているように見える。ユーキは月下と月影を素早く振って迫って来る光の針を次々と叩き落とした。
「機銃の弾みたいに飛んでくる針を刀で叩き落すなんて、アニメや漫画の世界だけかと思ったよ!」
自分の現状に軽い衝撃を受けながらユーキは飛んでくる光の針を防いでいく。飛んでくる速度は遅いが数が多すぎるため、気を抜いたりすれば防御に失敗しそうな状態だった。
「あのガキ、私の針をあんな細長い物で叩き落してやがる。チイィ! ムカつくことしてんじゃねぇ!」
ヴァ―ズンは自分の攻撃を防ぐユーキを鬱陶しく思いながら羽音と大顎による不快音と光の針による攻撃を続けた。
必死な表情を浮かべるユーキは防御を続けている。不快音の頭痛に耐えながら光の針を防ぐのは思っていた以上にしんどく、月下と月影を振る速度が徐々に遅くなってきていた。
ユーキは微量の汗を流しながら月下と月影を振り続ける。そんな中、一本の光の針を防ぎ損ねてしまい、光の針はユーキの左大腿部に刺さってしまった。
「ううぅっ!」
左足から伝わる痛みにユーキは表情を歪める。更に足の痛みで防御に一瞬隙ができてしまい光の針を叩き落すのに失敗してしまう。その結果、ユーキの体に無数の光の針が刺さってしまった。
「ぐあああああぁっ!!」
痛みに声を上げるユーキは態勢を崩して仰向けに倒れ、ユーキが倒れると同時にヴァーズィンの攻撃も治まった。
光の針はユーキの両腕両足、胸、脇腹、肩などに十一本も刺さっている。頬にも光の針が掠ったのか小さく切傷が付いていた。運よく急所には刺さっていないが、光の針を受けたことでユーキは激痛に襲われ動けなくなっている。
全身の痛みに耐えながらユーキは上半身を起こそうとする。光球の爆発を受けた時の痛みと比べればまだ軽いがそれでも上手く体を動かせないほどの痛みを感じていた。
刺さっていた光の針は自然消滅したが刺さっていた箇所からは血がにじみ出ている。
「アハハハハハッ! いい様だなぁ、私をコケにした虫けらに相応しい姿だ」
倒れるユーキが愉快なのか、ヴァーズィンの額についている顔は大きく口を開けて笑っている。
ユーキはヴァーズィンの笑っている顔を見上げながら奥歯を噛みしめていた。
「だがなぁ、テメェらから受けた私の心の傷はそんなもんじゃねぇんだよ。テメェとパーシュには最高の痛みを与えてぶっ殺してやるよぉ!」
自分を被害者のように語るヴァーズィンはユーキに向けて地獄の不快音を放った。苦痛を付与した羽と大顎の不快音で倒れているユーキを攻撃し、ユーキは全身が痛む状態で頭痛に襲われて表情を歪める。
「うううううっ、クソォ……」
「まだまだ、そんなもんじゃ済まねぇぞ? もう一度千の苦痛針をぶっ放って針山にしてやらぁ!」
ヴァーズィンは動けない状態のユーキに臀部の針を向けて紫色に光らせる。今の状態でヴァーズィンの攻撃をかわせないと感じるユーキは奥歯を噛みしめながら緊迫した表情を浮かべた。
「それぐらいにしておきな!」
「ああぁ?」
背後から聞こえてきた声にヴァーズィンは振り返る。ヴァーズィンの視界には風車小屋の二階の窓から自分を見ているパーシュの姿があった。
「これ以上、あたしの後輩を虐めさせないよっ!」
怒号を上げながらパーシュは爆破を発動させ、左手をヴァーズィンの背中に向けると爆破を付与した火球を放った。
火球を見たヴァーズィンは驚きの表情を浮かべると地獄の不快音を止めて回避行動を取ろうとする。
しかし反応が遅かったため、火球は不快音を止めた瞬間にヴァーズィンの羽の根元に命中して爆発した。
「があああぁっ!」
背中の高熱と痛みにヴァーズィンは声を上げながら落下し、大きな体は地面に叩きつけられた。
パーシュは落下したヴァーズィンを見て「よし!」と笑みを浮かべながら左拳を握る。今まで一度も攻撃を当てることができなかったため、火球を当てることができてスカッとしたようだ。
パーシュは二階の窓から外に飛び出すと真下にある屋根に着地し、そこから地上へ飛び下りてユーキの下へ走った。
「ユーキ、大丈夫かい!?」
「え、ええ、何とか……」
まだ僅かに残っている痛みに耐えながらユーキはゆっくりと立ち上がった。パーシュはユーキが動ける状態なのを確認すると安心する。
「テ、テメェ……」
ヴァーズィンは目の前に立つパーシュを睨みながら掠れた声を出す。背中に爆発を受けてかなりのダメージを受けたようだ。
普段なら攻撃を受ける直前に苦痛で自身が受ける痛みを和らげていたのだが、今回は完全に隙を突かれていたため、苦痛を使うことができなかった。
「アンタ、あの羽音を出す攻撃をしている時は移動することができないだろう?」
「はあ?」
真剣な顔で語り掛けてくるパーシュを見ながらヴァーズィンを訊き返す。そんなヴァーズィンを気にせずにパーシュは喋り続けた。
「ユーキが小屋から飛び出してアンタの側面に回り込もうとした時、アンタはわざわざ羽音の攻撃を中断してユーキの方を向いた。あたしは小屋の中でそれを見ていた時、アンタは羽音の攻撃をしている間は移動や方向転換ができないんじゃないかって考えたんだ」
「へっ……そんなもんは所詮仮説だろう。本当にそのとおりだって根拠も何もねぇじゃねぇかよ」
「確かにさっきまではそうだった。だけど、さっきあたしがアンタに火球を撃った時、アンタはあたしの存在に気付いていたにもかかわらず、すぐにあたしの方を向かなかった。そして、あたしが火球を撃った直後に慌てて羽音を鳴らすのをやめて避けようとした。あれが羽音を立てている時は回避行動が取れないって証拠だ。もし動けるのなら羽音を出したままあたしの方を向くはずだからね」
パーシュの推測を隣で聞いているユーキは納得したような表情を浮かべてパーシュを見る。
ユーキも風車小屋から飛び出した時にヴァーズィンが羽音と大顎を鳴らすのをやめたのを見て不思議に思っていた。しかしパーシュの話を聞いてヴァーズィンが羽音を鳴らしている時は体を動かせないのだと知ったのだ。
ヴァーズィンは自分の弱点を見抜かれたことを悔しく思っており、額に付いている顔を険しくしていた。ベーゼの姿になった自分の体に傷をつけたパーシュに怒りを感じながらヴァーズィンは体勢を直して飛び上がろうとする。だがいくら羽を動かしても体は浮かばなかった。
変に思ったヴァーズィンは蜂の頭部を動かして自身の羽を見る。すると左の羽の根元が爆発によって僅かに吹き飛んで上手く動かせない状態になっていた。
羽の傷を見たヴァーズィンは一瞬驚きの反応を見せるが、すぐに険しい表情に戻ってパーシュの方を向く。
パーシュはヴァーズィンと目が合うと小さく笑った。
「さっき火球でアンタの羽を壊しておいた。これでもう空には飛べないだろう?」
「テメェ、やってくれたなぁ。私の自慢の羽をこんなんにしやがって、ただで済むと思うなよぉ?」
「はっ、似た台詞をもう何度も聞いたよ。そう言うことはあたしに勝ってから言いな。とは言っても、空を飛べなくなったアンタは実力の半分も出せないだろけどね」
「舐めるなよ? 例え空を飛べなくてもテメェらをぶっ殺すことぐらいはできるんだよ!」
ヴァーズィンは六本の脚を器用に動かしてユーキとパーシュに突撃する。勢いよく迫って来るヴァーズィンを見たユーキとパーシュは得物を構えて迎撃態勢を取った。
身構えるユーキとパーシュを見たヴァーズィンは走りながら左右の前脚を二人に向けて混沌紋を光らせる。それと同時に両方の前脚の先を光らせて二発の光球を放ってユーキとパーシュを攻撃した。
光球はユーキとパーシュに一発ずつ飛んで行き、迫って来る光球を見た二人は同時に左右に跳んだ。ユーキはヴァーズィンから見て右に跳び、パーシュは左に跳んでそれぞれ光球を避ける。
回避に成功した二人は反撃するために走ってヴァーズィンの側面に回り込む。
ユーキとパーシュが側面に回り込んだのを見たヴァーズィンは急停止し、右の前脚と中脚をユーキに、左の前脚と中脚をパーシュに向けると光球を放って迎撃する。
飛んでくる二つの光球を見たユーキは強化で脚力を強化すると右に大きく跳んで光球を回避し、そのままヴァーズィンに向かって走る。
パーシュも光球の一発を左に跳んで避け、もう一発は火球で撃ち落として防いだ。全ての光球を凌ぐとユーキと同じようにヴァーズィンに向かって行く。
「舐めるなガキどもぉ!」
ヴァーズィンは走って来るユーキとパーシュを見ると大きな体を勢いよく左に回転させて体の向きを変える。
体の向きが変わったことでヴァーズィンの臀部はユーキの方を向く。ただ臀部からは針が飛び出しており、針は勢いよくユーキに迫って彼の小さな体を刺し貫こうとする。
針の接近に気付いたユーキは急停止し、大きく後ろに跳んで迫ってきた針をかわした。ユーキは突然の針に驚いたがすぐに目を鋭くしてヴァーズィンを睨んだ。
一方、ヴァーズィンの頭部はパーシュの方を向いており、走るパーシュと向かい合っている。ヴァーズィンはヴォルカニックを構えながら走って来るパーシュを睨みながら両前脚をパーシュに向けて二発の光球を放って迎撃した。
パーシュは飛んでくる光球を走りながら左右に移動してかわし、回避に成功すると左手をヴァーズィンに向け、火球を二発放って反撃した。
火球はヴァーズィンに飛んで行き、ヴァーズィンの蜂の顔や胴体に命中すると爆発する。
火球には爆破が付与されており、命中すればヴァーズィンに大きなダメージを与えることができるとパーシュは思っていた。ところがヴァーズィンは苦しんだり痛みを感じている様子は見せず、普通に体を動かしている。
「アイツ、苦痛で自分が受ける痛みを和らげたな」
ヴァーズィンが何かをしたのか察したパーシュは悔しそうな顔をする。
痛みを感じていないヴァーズィンには決定的なダメージを与えられていないと普通は考えるだろう。だが、苦痛はあくまで痛みを操作するだけで傷を小さくしたりできるわけではない。
パーシュは痛みを感じていなくても肉体には間違い無く大きなダメージを与えられているはずだと考え、怯まずに攻撃を続けようと思っていた。
走るパーシュはヴァーズィンとの距離を縮めながら再び火球を放とうとする。そんなパーシュにヴァーズィンは右の前脚を向け、光球を放って応戦した。
パーシュは走りながら右に移動して光球をかわして一気にヴァーズィンに近づく。そして2mほど前まで近づくと左手を目の前にあるヴァーズィンの額の顔に向けて火球を撃ち込もうとした。
だがパーシュが火球を撃とうとした瞬間、ヴァーズィンは左の前脚を頭上からパーシュに向かって振り下ろす。
前脚に気付いたパーシュは咄嗟に後ろに跳んでかわそうとする。だが一瞬回避が遅れてしまい、前脚の鉤爪に胴体を切り裂かれてしまった。
「うああああああぁっ!!」
体に走る激痛にパーシュは断末魔と言っていい声を上げる。この時ヴァーズィンは左前脚に苦痛を付与し、鉤爪で与える痛みを増幅していた。
倒れるパーシュはあまりの激痛に涙目になりながら奥歯を噛みしめる。爆発を受けた時以上の痛みに襲われ、パーシュは必死に痛みに耐えることしかできなかった。
「ギャハハハハハハッ! そうだよ、その面だよぉ! 私はテメェのそんな情けねぇ面がずっと見たかったんだよ。私の攻撃で泣きながら苦しむ馬鹿な顔、見てるだけで晴れ晴れとする!」
ヴァーズィンは体を僅かに丸めながら苦しむパーシュを見ながら楽しそうに笑い、パーシュは涙目でヴァーズィンを睨みつけた。
パーシュは痛みを我慢しながらゆっくりと上半身を起こして態勢を立て直そうとする。だが今回の痛みは酷く、すぐには態勢を直せない状態だった。
座り込むパーシュは痛みに耐えながらヴォルカニックを構え、そんなパーシュを見たヴァーズィンは鼻で笑った。
「おいおい、まだ戦う気かよ。そんな状態じゃあもう私の攻撃を避けることもできねぇだろう? 無意味な抵抗はやめて大人しくしな。そうすれば情けで苦しまねぇように殺してやっからよぉ」
「今まで甚振るだの、後悔させてやるだの言ってたくせに何言ってるんだい。今更そんな言葉なんて信じられるわけないだろう! ……何よりも、あたしは死ぬ気なんてないし、最後まで諦めないよ」
涙目だが闘志の消えていない目を向けるパーシュを見てヴァーズィンは笑みを消す。圧倒的に自分が有利な状況なのに諦めていないパーシュを見たヴァーズィンは気分を悪くしていた。
「……そうかよ。だったら予定どおり最高の痛みを味あわせながらぶっ殺してやるよ!」
ヴァーズィンは右前脚を振り上げ、鉤爪でパーシュを切り裂こうとする。当然苦痛は発動させており、右前脚の鉤爪は薄っすらと紫色に光っていた。
パーシュはヴォルカニックを両手で握りながら振り上げられた右前脚を見上げた。その時、ヴァーズィンの後ろからユーキが高く跳び上がる姿は目に入り、パーシュはジャンプしたユーキに気付いて目を軽く見開く。
5mほどの高さまで跳び上がたユーキはパーシュとヴァーズィンを見下ろしており、月影を鞘に納め、月下を両手で握っていた。
「先輩を追い詰めて俺の存在を忘れてるみたいだな。戦場ではそう言う小さな油断が命取りになるんだよ!」
ユーキは背を向けるヴァーズィンに言い放ちながら月下を振り上げて上段構えを取り、強化で両腕と肩を強化した。
「さっきは撃てなかったけど、今度は撃たせてもらうぜ! ……湾月!」
勢いよく月下が振り下ろされ、刀身から月白色の斬撃をヴァーズィンに向けて放たれる。斬撃は勢いよく飛んで行き、振り上げられたヴァーズィンの右前脚を真ん中から両断した。
「ぐがあああぁっ!?」
突然右前脚を両断されたヴァーズィンは驚きと苦痛で声を上げる。座り込んでいたパーシュはユーキが湾月で右前脚を斬った光景を見て「流石」と思い、同時に助かったと心の中でユーキに感謝した。
ユーキはヴァーズィンの右前脚を切り落とすともう一度月下を振り上げ、そのまま勢いよく振り下ろして再び湾月を放つ。新たに放たれた斬撃はヴァーズィンの左前脚に命中して右前脚と同じように両断する。
右前脚に続いて左前脚まで両断されたヴァーズィンは声を上げて苦しむ。パーシュに激痛を味あわせるために苦痛を鉤爪の痛み増幅に使っていたヴァーズィンは自分が感じる痛みを和らげることができず、脚を切断された痛みをそのまま感じてしまっていた。
「先輩、今です!」
ユーキは空中から地上にいるパーシュに攻撃するよう伝えた。ユーキの声を聞いたパーシュはハッとすると目の前のヴァーズィンを見つめる。
両方の前脚を失って攻撃できなくなった今がチャンスだと感じたパーシュを体の痛みに耐えながら立ち上がり、ヴォルカニックを構え直すと剣身に炎を纏わせる。
パーシュが体勢を立て直したのに気付いたヴァーズィンは驚いた様子でパーシュを見た。
「……ヴァーズィン、アンタは自分が楽しむために何の罪も無い人を大勢手に掛けてきた。アンタみたいな危険な存在をこのまま放っておくわけにはいかない。増してやアンタはベーゼ。メルディエズ学園の生徒として、アンタは此処で倒す」
「テ、テメェ、動けない相手を攻撃するなんて情けねぇと思わねぇのかよ!」
自分がこれまでにやったことを棚に上げて勝手なことを言うなヴァーズィンを見てパーシュは眉間にしわを寄せて両手に力を入れた。
「アンタも戦士なら、潔く腹ぁ括りな! 突き出す爆炎!」
声を上げるパーシュはヴォルカニックを右下から勢いよく左上に振り上げ、剣身の炎をヴァーズィンの頭部に向けて一直線に放つ。炎はヴァーズィンの蜂の頭部と額に付いている顔の半分を呑み込んで爆発した。
「がぎゃああああああぁっ!!」
爆音と同時にヴァーズィンの断末魔が広場に響く。




