第二百十三話 狂気の蜂
レンツイの東門ではアイカたちがベーゼたちと激戦を繰り広げていた。
防衛戦が始まってかなりの時間が経過しており、メルディエズ学園の生徒や冒険者、レンツイの警備兵たちの中には負傷して後退する者や疲れを露わにする者が出てきている。
しかしそれでもベーゼの数は確実に減ってきており、戦い始めた時と比べて遥かに少なくなっていた。
「サンロード二刀流、仄日斬!」
目の前にいるモイルダーにアイカは右手に持つプラジュで袈裟切りを放ち、続けてスピキュで逆袈裟切りを放って攻撃した。胴体を連続で斬られたモイルダーは鳴き声を上げながら仰向けに倒れ、黒い靄となって消滅する。
アイカの顔には小さなかすり傷が幾つも付いており、制服もあちこち汚れている。それはここまでベーゼと激しい戦いを繰り広げていた証拠だった。
モイルダーを倒したアイカは周囲を見回して戦況を確認する。城壁の上ではミスチアたちが城壁を上ってきたモイルダーやインファ、ベーゼスケルトンなどと交戦している姿があり、東門の見張り場でもウブリャイやベノジアたちが周りを飛んでいるルフリフたちと戦っていた。
東門の広場でも仲間たちが新たに地中を移動して侵入したタオフェンやベーゼゴブリンたちと戦っている。ユーキとパーシュが最初に侵入したタオフェンたちを討伐した後、対処の仕方を広場にいた生徒たちに教えたため、生徒たちは苦戦を強いられることなく戦えていた。
ユーキとパーシュが待機部隊の救援に向かってからアイカはミスチアと共に東門防衛する生徒たちの指揮を執って戦っている。東門の戦況をパーシュと同じくらい把握していたアイカは何処で何が起きても落ち着いて対処することができたため、防衛側には大きな被害は出ていない。
既に東門を襲撃してきたベーゼの数も当初の半分ほどにまで減っており、この流れならあと少しでベーゼたちを倒せるとアイカは感じていた。
「ベーゼは少しずつ減ってきています! 皆さん、このまま城壁を護り抜きましょう」
『おおぉっ!』
アイカが周囲にいる生徒たちに声を掛けると、生徒たちはアイカの方を向き、声を揃えて返事をする。近くにいた冒険者たちもアイカの方を見ながら気合いの入ったような顔をしていた。
防衛部隊に大きな被害が出ることなくベーゼの数を減らせているため、生徒や冒険者たちの士気はとても高まっている。ここまで有利に戦えているのだから必ず勝ってやる、そう思いながら生徒や冒険者たちがベーゼを迎撃した。
アイカが仲間たちの様子を確認していると右から離れた所で戦っていたミスチアがやって来る。ミスチアは刃の部分が欠けたポールアックスを肩に掛け、余裕の笑みを浮かべながら歩いてきた。
ミスチアがアイカの方へ歩いているとアイカの左の方からかは東門の見張り場にいたウブリャイが早足で近づいて来る。ウブリャイもベーゼと激しい攻防を繰り広げていたため、体中に小さなかすり傷や引っ掻き傷などを幾つも付けていた。
「城壁を上ってきたベーゼや空中にいた奴らは粗方片付いたぜ」
「こっちもですわ。この調子なら東門のベーゼどもはもうすぐ片付きますわね」
ウブリャイとミスチアは自分たちが担当していた場所の状況を報告するかのようにアイカに話し、アイカは真剣な表情を浮かべながら二人の話を聞いた。
「確かにベーゼは順調に倒せてますし、数も今ではこちらの方が上です。ですが最後まで油断しないでください? まだ北門にもベーゼがいますし、待機部隊を奇襲したベーゼたちも街の中にいるんですから」
「分かってますわ。何が起きるか分からないのが戦争ですものね」
笑いながらミスチアは肩に掛けてポールアックスを立て、戦闘で欠けた刃を見上げる。そして自身の混沌紋を光らせて修復を発動させ、欠けた刃を欠ける前の状態に修復した。
武器が直って万全の状態で戦えるようになったミスチアはアイカを見ながらニッと笑い、自分はまだ戦えると目で伝えた。それを見たアイカはミスチアの体力と修復の能力を頼もしく思う。
「そう言やぁ、ルナパレスとあの紅い髪の姉ちゃんたちは今どうしてるんだろうな」
ウブリャイがユーキとパーシュの話をするとアイカとミスチアはフッとウブリャイの方を向く。
「アイツらが東門を出てから結構経つが、こっちにはまだ何の連絡も来てねぇんだろう? ……アイツら、無事なんだろうな?」
街の方を見ながらウブリャイは若干不安そうな声で呟き、アイカも同じように街の方を見た。
ユーキとパーシュが待機部隊の救援に向かってからまだ一度も伝言の腕輪に状況報告の連絡が入っていない。
戦場では無事を知らせるため、そして戦況の報告をするためにある程度の間隔を空けながら連絡を入れるのが基本だ。しかしユーキとパーシュからはまだ何の連絡も無いため、ウブリャイはユーキたちの身に何か遭ったんじゃないのかと予想していた。
「恐らく、ユーキとパーシュ先輩はマドネーと交戦しているのだと思います。彼女は手強いですから、こちらに連絡を入れる余裕が無いのでしょう」
「そのマドネーっつうのは、ベーゼに加担する厄介な混沌士のことだろう? ソイツは状況報告をする余裕が無いくらい手強い奴なのか?」
「ええ、今レンツイを襲撃しているベーゼたちより強いのは確かです」
「おいおいおい、ホントにあの二人、大丈夫なのかぁ?」
マドネーの強さを聞かされたウブリャイは軽く目を見開きながら尋ねる。アイカは小さく俯きながら目を閉じ、しばらくすると目を開けて小さな笑みを浮かべた。
「大丈夫です、ユーキとパーシュ先輩は強いですから。以前は苦戦しましたが、今度は必ず勝つはずです」
「大丈夫って、何を根拠にんなことを……」
ユーキとパーシュが勝つことを信じるアイカをウブリャイは複雑そうな顔をしながら見つめる。すると近くで二人の会話を聞いていたミスチアがウブリャイを見ながら小馬鹿にするような笑みを浮かべて口を開く。
「あ~ら、貴方はユーキ君のことが信じられませんのぉ? 昼間はユーキ君に『お前を実力のある戦士と認めてる』とかぬかしやがったじゃねぇですか」
声を掛けられたウブリャイはチラッとミスチアの方を向く。ミスチアの口調から挑発されていると感じたウブリャイは僅かにムッとしながらミスチアを見つめる。
「認めてるぜ? だが、マドネーって女はアイツやサンロードの嬢ちゃんが以前戦って苦戦させられた相手なんだろう? そう言われればルナパレスでも勝つのは難しいって思うのは普通じゃねぇのか?」
「貴方はユーキ君の本当の強さを知らねぇからそう思うんですわ。あの子はとっても強い子です。何処の馬の骨とも分からない混沌士に負けたりはしませんわ」
「だから、その混沌士にルナパレスは苦戦させられたんだろうが。何を根拠に苦戦することなく勝てるのかって訊いてんだよ」
「だ~か~ら! ユーキ君は強い子ですの! 根拠なんか無くても私は勝つと信じていますわ」
「んな無茶苦茶な理由で納得でき……」
子供みたいな言い分をするミスチアにウブリャイは徐々に苛ついていき、力の入った声を出そうとする。だがその時、東門から西に数百m離れた街の中で大きな爆発が起き、爆音が東門にいるアイカたちに届いた。
「うああぁっ!?」
「な、何だぁ?」
言い合いをしていたミスチアとウブリャイは驚いて爆発が起きた方を向き、アイカも目を大きく見開いて同じ方を向く。見張り場にいたベノジアたちや城壁と広場を護っているメルディエズ学園の生徒、冒険者たちも驚きながら爆発が起きた場所を見ている。
爆発は暗いレンツイを照らし、一瞬だが街をオレンジ色に染めた。その明かりは東門だけでなく北門にも届いており、防衛に参加していた者全員が爆発に気付いた。
「な、何ですの今の大きな爆発は?」
「分かりません。一体何処で爆発が……」
爆発が起きた場所と原因をアイカは空に上がる煙を見つめながら考える。
「……確かあの辺りはレンツイで採れた小麦を保管したり、製粉したりする広場があったはずだ」
「それじゃあ、爆発はそこから?」
「分からねぇ。場所がそこに近いってだけで、ホントにその広場で起きたとは断言できねぇ」
アイカはウブリャイの話を聞いて緊迫した表情を浮かべる。いったい何が起きたのだろう、アイカはそう思いながら爆発が起きた方角を見つめた。
――――――
燃え上がる倉庫を見ながらユーキは立ち上がって落ちている月下と月影を拾う。隣ではパーシュも立ち上がっていたが驚きの表情を浮かべており、目を大きく見開きながら倉庫を見つめていた。
「な、何が起きたんだい?」
状況が理解できないパーシュはユーキの方を見ながら尋ねる。
これまでの情報から爆発の原因が自分が投げた小石にあるとパーシュは予想していた。だが小石の爆発は小さく大きな倉庫の半分を吹き飛ばすことなどできない。そのため、どうして大爆発が起きたのか分からずパーシュは混乱していた。
「粉塵爆発ですよ」
驚いているパーシュを見ながらユーキは何が起きたのは話し、パーシュはユーキの方を向く。実は倉庫の爆発はユーキが計画したもので、爆発もユーキが仕組んだことだった。
「な、何だい、そのふんじんばくはつって言うのは?」
ユーキの言葉の意味が分からず、パーシュは詳しい説明を求める。ユーキはパーシュを見ると燃える倉庫に視線を向けて口を動かす。
「充満した粉状の物に炎や火花が引火することで起きる爆発現象です。空中の可燃性の粉が小さく爆発し、その爆発で近くの別の粉も次々ともの凄い速さで連鎖的に爆発し、周囲を吹き飛ばすほどの大爆発を起こすんです。……まぁ、俺も詳しくは分からないんですけどね」
「な、成る程、ね……」
苦笑いを浮かべるユーキを見てパーシュはポカンとしながら納得する。納得してはいるが実際パーシュはユーキの説明をよく理解できていなかった。
ユーキは小麦粉が保存された倉庫に入ると粉塵爆発でマドネーを吹き飛ばす作戦を思いつき、大量の麻袋を切って中に入っている古い小麦粉を床にぶち撒けて倉庫内に充満させた。
その後に爆破の能力を付与した小石を倉庫内に投げ、マドネーが倉庫の中に入った瞬間、パーシュに小石を爆発させて粉塵爆発を起こしたのだ。
燃え上がる倉庫をユーキは無言で見つめている。内心では上手く粉塵爆発が起きてくれるのか不安に思っていた。だが作戦は成功し、マドネーを倉庫の爆発に巻き込むことができてよかったと安心している。
「もしかしてアンタ、コポックを持つマドネーに強烈な一撃をお見舞いするために倉庫を爆発させたのかい?」
「ええ。……倉庫全体を吹き飛ばすほどの爆発です。コポックでも防げないでしょうし、マドネー自身も只じゃ済まないでしょう」
「そうだね、いくらコポックの防御力が高くても、あれで護れるのは“一方向”からの攻撃だけだ。“全方向”から同時に爆発を受けちゃあ、流石に防ぎ切れないだろう」
倉庫の爆発でマドネーにダメージを与えられたはずだと考え、パーシュは少しだけスッとした気分になる。同時に日傘の形をしているコポックの弱点をついたユーキに感心した。
「マドネーの奴、どうなったでしょうね」
「いくら混沌士でもあんな大爆発に至近距離で巻き込まれればひとたまりもない。多分、体が吹き飛んでると思うよ」
パーシュの話を聞いてユーキは静かに息を吐く。
あの狂ったマドネーなら例え爆発を受けても生きているかもしれない、ユーキは心の隅でそう思っていたため、パーシュから死んだだろうと聞かされて少し気持ちが楽になった。
「よし、パーシュは片付けた。急いでトムリアたちの元に戻るよ」
「ハイ!」
今でもベーゼと戦っているだろう、トムリアたちの援護に向かうためにユーキとパーシュは街へ戻ろうとする。だがその時、倉庫の中で燃え上がる炎の中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「……何処行くんだ?」
『!?』
声を聞いたユーキとパーシュは緊迫の表情を浮かべながら足を止めて燃える炎の方を向く。二人は「まさか」と思いながら炎を見つめる。
ユーキとパーシュが見つめる中、炎の中から黒い影が浮かび上がり、影は少しずつ大きくなって人の形へと変わっていく。そして炎の中からボロボロのマドネーが現れた。
爆発を間近で受けたせいかマドネーは顔や腕、足に幾つもの火傷を負っており、その内の幾つかからは血が流れ出ている。濃い橙色の髪は一部が焼け焦げ、頭につけていた大きなリボンも爆発で吹き飛ばされたのか無くなっていた。
肩出しドレスも肩や腹部、裾が焦げたり破れたりしており、数分前までの美しさは感じられない。そして何より、マドネーが持っている細剣は剣身が真ん中から折れ、コポックも骨や中棒が曲がり、生地の半分が破れていた。
「テメェら……よくもやりやがったなぁ」
怒りで表情を歪ませながらマドネーはユーキとパーシュを睨みつけた。
ユーキとパーシュは殺意の籠った表情を浮かべるマドネーを見ながら驚き続けている。ただ、二人はマドネーの怒りに驚いているのではなく、マドネーが爆発に巻き込まれて生きていることに驚いていた。
「あ、あの爆発に巻き込まれて無事だったのか?」
「あり得ないよ。いくら混沌士でも至近距離で爆発を受けて生きてるはずがない」
絶対にあり得ない、パーシュは驚きながらそう思う。しかし実際にマドネーは生き延びて目の前にいるため、ユーキとパーシュは驚きながら現実を受け入れた。
ユーキとパーシュはどうしてマドネーが生きているのか考える。マドネーの姿と壊れているコポックから、コポックで爆発を防いだというのはまずあり得ない。
爆発する瞬間に倉庫から逃げ出したのではと思われたが、マドネーが倉庫の中心に来た瞬間に小石を爆発させた。つまり脱出する時間は無いため、倉庫から逃げたと言う線も薄い。
ユーキとパーシュは他にも色々な可能性を考えたが、どれも状況からあり得ないと考え、二人はマドネーは爆発をまともに受けて生き延びたのだと考えた。
「お前、いったい何をしたんだ。何であの爆発で無事だったんだ?」
「ああぁ? 何もしちゃいねぇよ。普通に爆発に耐えただけだ」
「普通の人間が何もせずに爆発に耐えられるはずがないだろう! それに爆発を受ければ全身ボロボロでまともに動けるはずがない」
「ギャアギャアギャアギャア、うるせぇなぁ! 耳障りな声で喚くんじゃねぇ!」
マドネーはユーキの質問に答えることなく怒号を上げる。怒りが頂点に達したのかマドネーは今までのように本性を隠そうとはしなかった。
ユーキとパーシュは得物を構えながら興奮するマドネーを見つめる。そんな時、二人の目に薄っすらと光っているマドネーの混沌紋が目に入り、マドネーが苦痛を発動していることを知った。
爆発を至近距離で受けたマドネーが普通に動けていることにユーキとパーシュは疑問を抱いていたが、苦痛を発動しているのを見て爆発の痛みを苦痛で和らげていたのだと知り、同時に今も全身の痛みを限界まで和らげているのだと予想する。
しかし、例え痛みを和らげることができても人間が爆発を受けて生きていられるはずがなく、ユーキとパーシュはどうしてマドネーが生きているのか、マドネーを警戒しながら考え続ける。
マドネーはユーキとパーシュを睨み続けながら二人の方へ歩き出す。手に持っている細剣とコポックはもう使い物にならないため、マドネーは歩きながら細剣とコポックを投げ捨てた。
「虫けら如きにこれほどの傷を負わされるとは思わなかった……こんな屈辱は今まで感じたことがねぇ」
低い声を出しながらユーキとパーシュに近づくマドネーは二人の数m手前まで近づくとゆっくり立ち止まる。ユーキとパーシュは近づいたマドネーを見てより警戒心を強くした。
「テメェらは時間を掛けてじっくり甚振ってやろうと思っていたが、やめだ。……テメェらは今すぐに捻り潰してやる。五凶将である最上位ベーゼ、ヴァーズィン様をコケにしたことを後悔させてやらぁ!」
ユーキとパーシュを指差しながらマドネーは処刑を宣言する。二人はマドネーを見ながら彼女が口にした幾つもの言葉に疑問を抱いていた。だが、現状からマドネーが襲ってくるのは分かっているため、考えるのは後にしてマドネーと戦うことに集中する。
マドネーは両腕を交差させて上半身を軽く前に傾ける。すると足元に明るい橙色の魔法陣が展開された。
突然の魔法陣にユーキとパーシュは身構える。以前マドネーが転移する際に足元に展開した魔法陣とは色も形も違っているため、何か攻撃を仕掛けてくるのではと予想していた。
だがマドネーは攻撃を仕掛けて来ず、足から薄い橙色の炎に全身を包まれる。予想外の出来事に二人は目を軽く目を見開いた。
炎はマドネーの姿が見えなくなるほども勢いよく燃え上がり、大きくなりながら形を変えていく。やがて炎の変形が止まり、掻き消されるように消える。炎が消えるとそこにマドネーの姿は無く、代わりに大きな蜂のモンスターの姿があった。
モンスターは体長が5mほどあり、濃い橙色の体には三つの鋭い鉤爪が付いた六本の脚が生えている。よく見ると右の前脚の甲の部分には混沌紋が入っていた。腹部には黒の縦じま模様が入っており、無数の赤銅色の小さな棘と鋭い針が付いている。
胸部からは飴色の大きな羽と後方に向かって反る黒い棘が二つ横に並んで生えていた。そして頭部は二つの鋭く大きな濃い黄色の目に二本の触覚、大顎を持ったススメバチのような顔をしており、額部分には萱草色のマドネーの顔が付いている。
ユーキとパーシュは突然現れた蜂のモンスターを見ながら緊迫した表情を浮かべる。マドネーの発言や現状から、目の前にいる蜂のモンスターこそがマドネーを名乗っていたベーゼ、ヴァーズィンなのだと二人が確信していた。同時に人間に成りすまし、人間の拠点に潜入して情報を集めていたのではと予想する。
恐ろしい敵を前にユーキとパーシュは軽い衝撃を受けながらも身構える。すると額部分についていた顔が動き、ユーキとパーシュを見ながら不敵な笑みを浮かべた。
「アハハハハッ! どうだ、この私の勇姿はよぉ? 人間でこの姿を見たのはテメェらが初めてだ、光栄に思えよ」
姿を変えても傲慢な態度は変わっていないヴァーズィンを見てユーキは呆れ果て、パーシュも可哀そうな物を見るような目をしていた。
「まぁ、私の姿を見ることができてもすぐに死んじまうんだから、意味ねぇんだけどなぁ!」
ヴァーズィンは二枚の羽をもの凄い速さで動かして上昇を始める。ヴァーズィンが上昇する際、強い風がユーキとパーシュに届き、二人は下半身に力を入れて体勢を崩さないようにした。
飛び上がったヴァーズィンは7mほどの高さで停止し、地上にいるユーキとパーシュを見下ろす。ヴァーズィンは飛び上がったことで静かな広場には蜂の羽音に似た音が響く。
一方で地上にいるユーキとパーシュはホバリングするヴァーズィンを見上げながら僅かに表情を曇らせていた。
ユーキとパーシュは主に刀と剣で戦うため、空を飛ぶことができる敵が相手だと必然的に不利になってしまう。しかも相手は上位ベーゼであるため、モイルダーのような下位ベーゼとは比べ物にならないくらい強い。二人は苦戦を強いられることになるだろうと感じていた。
「せいぜい無様な姿を晒して私の留飲を下げてくれよなぁ」
ヴァーズィンをそう言うと臀部の針をユーキとパーシュに向け、二人に向けられた直後に針は紫色の光り出した。
「千の苦痛針!」
臀部の針からもの凄い数の紫色に光る細長い糸状の針が機銃のように放たれてユーキとパーシュに向かって行く。
空中から迫って来る針の雨を見たユーキとパーシュは驚き、咄嗟に別々の方へ走ってその場を移動する。離れた瞬間、二人が立っていた場所には光の針が刺さった。
ヴァーズィンは走るユーキとパーシュを見て、光の針を撃ち続けながら体の向きをユーキの方へ向ける。すると光の針は地面に刺さりながらユーキの後を追い、走るユーキの背後から少しずつ迫っていく。
ユーキは走りながら後ろを向き、近づいて来る無数の光の針を見ながら「いいっ!」と驚いて目を大きく見開く。
追いつかれたら一瞬で針山にされる、そう思いながらユーキは全力で走った。
空中のヴァーズィンは走るユーキを光の針で攻撃し続ける。ユーキを攻撃してはいるが別の方向へ逃げがパーシュのことも忘れず、額についている顔でパーシュを確認していた。
パーシュは離れた場所で止まっており、飛んでいるヴァーズィンに向かって左手を伸ばしている。パーシュを見たヴァーズィンは魔法で攻撃してくると悟り、鬱陶しそうな表情を浮かべた。
「テメェらに攻撃する権利はねぇ。地上で私から一方的に攻撃されてりゃあいいんだよ!」
ヴァーズィンは左の前脚と中脚をパーシュに向けると鉤爪の部分から紫の光球をパーシュに向けて二発放った。
「何っ!?」
光球を見たパーシュは驚き、急いでその場から移動する。パーシュが移動した直後、二発の光球はパーシュが立っていた場所に命中して爆発した。
パーシュは光の針だけでなく、光球まで撃つことができるヴァーズィンを見上げながら厄介に思う。なんとか反撃するチャンスを得るため、パーシュは走って移動する。だが、ヴァーズィンは反撃させまいと空中からパーシュに向けて光球を撃ち続けた。
光球はパーシュの周りや走る先へ飛んで行き、地面に当たると爆発する。爆音と軽い突風にパーシュは表情を歪ませるが走ることはやめず、光球を避けながら反撃する隙ができるのを待った。
ヴァーズィンはパーシュだけでなくユーキにも光球を放って攻撃した。光の針から逃げるユーキに向けて右側の前脚と中脚を伸ばし、光球を二つ同時に放つ。光球は走るユーキの側面や斜め前に命中した。
「おいおいおいおい! 光の針だけじゃなくて光球まで撃って来るのかよ。あれじゃあ、まるっきり攻撃ヘリじゃねぇか!」
ユーキは走りながら後ろを向いて不満を口にする。
ヴァーズィンはホバリングした状態で臀部の針から光の針を、前脚と中脚から光球をユーキに向かって撃ち続けており、ユーキにはその姿が機銃とミサイルを撃つヘリのように見えていたのだ。
「クソォ、ただでさえ空から攻撃されてこっちは戦い難いって言うのに、あの攻撃をやめさせないとこっちは何もできない。何とか態勢を立て直さないと……」
パーシュと同じように反撃するためにもまずは態勢を整えるべきだと考えるユーキは周囲を見回す。すると走る先に風車小屋があるのが見え、ユーキは風車小屋の陰に隠れようと考えた。
ユーキはヴァーズィンの攻撃に気を付けながら走る速度を上げて風車小屋に向かう。その間もヴァーズィンはユーキへの攻撃を緩めなかった。
風車小屋に近づいたユーキは大きく跳んで風車小屋の陰に隠れる。ユーキが隠れるとヴァーズィンは光の針と光球を撃つのをやめ、上空から風車小屋を見下ろす。
「チッ、隠れやがったか。だったら風車小屋ごと吹っ飛ばしてやらぁ!」
額の顔を険しくしながらヴァーズィンは六本の脚を風車小屋に向けて六つの光球を撃とうとする。
風車小屋の陰から顔を出すユーキはヴァーズィンが光球で風車小屋を破壊しようとしていることを知ると眉間にしわを寄せた。
「あたしのことを忘れるんじゃないよ!」
地上にいるパーシュがヴァーズィンの左側に回り込み、爆破を発動させながら左手を飛んでいるヴァーズィンに向ける。その直後、パーシュは左手からヴァーズィンに向けて二発の火球を放った。
火球は真っすぐヴァーズィンに向かって飛んで行く。マドネーの時と違ってヴァーズィンにはコポックは無いため、火球を防ぐことはできない。パーシュは今の状態なら火球でもダメージを与えられるはずだと思っていた。
ヴァーズィンは飛んでくる火球を見ると鼻で笑い、後ろに移動して飛んできた火球を簡単に回避する。
「コポックが無いなら私に攻撃を当てられると思ってんのか? ハッ、防御できねぇなら避ければいいだけじゃねぇか。コポックを壊したからって勝った気でいるんじゃねぇよ」
「チィッ!」
パーシュはヴァーズィンが火球をかわしたのを見て悔しそうな顔をする。確かにヴァーズィンが言うとおり防御する術が無ければ回避すればいい。それは戦闘の常識と言えることだ。
しかしパーシュは今までマドネーに殆どの攻撃を防がれていたため、マドネーは防御力が優れている分、回避力が低いと思い込んでいたのだ。パーシュは勘違いしていた自分を情けなく思いながらヴォルカニックを構える。
今のヴァーズィンはマドネーだった時と違って空を飛ぶことができる。空を飛んでいる敵に攻撃を当てることは非常に難しく、簡単に攻撃を当てることはできない。パーシュはヴァーズィンを警戒しながら次はどのように攻めるか考える。
「テメェもルナパレスもちょこまかと逃げ回りやがって、大人しく私の攻撃を受けろっつうんだよ」
「冗談言うんじゃないよ。何処の世界に敵の攻撃を進んで受ける馬鹿がいるんだい。体だけなじゃくて頭の中まで虫と同じくらいになっちまったのかい?」
「口の減らねぇガキだなぁ。いいから大人しく殺されろっつうんだよ!」
ヴァーズィンは針をパーシュに向けると紫色に光らせて光の針をパーシュに放とうとする。
パーシュはヴァーズィンが針を向けるのを見てその場を離れようとした。そんな時、風車小屋の陰に隠れていたユーキが姿を見せる。
ユーキは素早く月影を鞘に納めて月下を両手で握ると上段構えを取り、強化を発動させて自身の両腕の筋力と肩の力を強化する。準備が整うとユーキは飛んでいるヴァーズィンを睨みながら月下を握る手に力を入れた。
「ルナパレス新陰流・湾月!」
ヴァーズィンに向けてユーキは月下を勢いよく振り下ろし、刀身から月白色の斬撃を放つ。斬撃は勢いを落とすことなくヴァーズィン向かって真っすぐ飛んで行く。
飛んでくる斬撃を見てヴァーズィンの額の顔は一瞬驚いたような表情を浮かべる。パーシュもユーキが放った斬撃を見て、今度こそ攻撃がヴァーズィンに当たると思っていた。
しかしヴァーズィンは素早く左へ移動し、ユーキの放った斬撃をギリギリで回避した。
「クッソォ! 隙を突いた攻撃したのに掠りもしないなんて」
攻撃が失敗したのを見たユーキは悔しそうな顔をする。かわされた斬撃は空中で静かに消滅し、パーシュも「惜しい」と言いたそうに指を鳴らした。
ユーキは次こそ攻撃を当てて見せると思いながら月下を構え、パーシュも左手をヴァーズィンに向けていつでも火球を放てる態勢を取る。
飛んでいるヴァーズィンは視界に入っているユーキとパーシュを見ると不機嫌そうな表情を浮かべた。
「本当に鬱陶しい連中だな。チョロチョロと逃げ回ると思ったから隙をついて攻撃してくる、こっちはテメェらと遊ぶつもりは微塵もねぇんだ! 逃げ回れねぇように大人しくしてもらうぞ?」
そう言ったヴァーズィンは羽に動かし方を気付かれないほど僅かに動かして羽音を大きくした。更に大顎をカチカチと鳴らし金属音のような音を響かせる。そして右の前脚の入っている混沌紋を光らせた。
「地獄の不快音!」
ヴァーズィンが喋った直後、羽音と大顎の音が大きくなり、広場に不快な音が響き渡る。
「うわあああああぁっ!? な、何だいこの音はっ!」
「があああぁっ! あ、頭が割れるぅ!」
ユーキとパーシュはヴァーズィンが発する大きな音を聞いて表情を歪ませる。更に不快な音によって頭痛に襲われ、頭と耳の中にも強烈な痛みが伝わった。
痛みで表情を歪めるユーキとパーシュは右手で得物を握りながら左耳を左手で塞ぎ、右耳は右の肩に押し付けて何とか音を聞かないようにする。しかしヴァーズィンの出す音は大きく、耳を塞いだくらいでは音は防げず、痛みも僅かに和らいだだけだった。
ヴァーズィンは音を発する時に苦痛を発動させて羽音と大顎を鳴らす音に付与していた。それにより、不快音を聞いたユーキとパーシュは強い痛みに襲われたのだ。
頭痛によりユーキとパーシュは軽い目眩まで感じるようになった。パーシュはその場で片膝をつき、ユーキも月下を杖代わりにして体を支える。
「へっ、いい顔してるじゃねぇか。そのまま地獄の不快音で苦しみながら死ね。……と言いてぇところだが、それじゃあ私の満足できねぇんだよ。テメェらは最高の痛みを味あわせから殺してやる!」
力の入った声を出すヴァーズィンは六本の脚を三本ずつユーキとパーシュに向け、紫の光球を三発ずつユーキとパーシュに向けて放つ。勿論、光球には苦痛の能力を付与させていた。
光球はユーキとパーシュに向かって真っすぐ飛んで行き、光球に気付いたユーキとパーシュは回避行動を取ろうとする。だが頭痛と耳の痛みに襲われている二人はまともに動くことができずにいた。
ユーキとパーシュは痛みに耐えながらその場を離れようとする。しかし間に合わず、三つの光球は二人の足元に命中して一斉に爆発した。
『うわああああああぁっ!!』
至近距離で爆発を受けたユーキとパーシュは体中の激痛に声を上げる。体から煙を上げながら吹き飛ばされ、二人は地面に強く叩きつけられた。




