第二百十二話 広場の攻防
広場の片隅ではトムリアとジェリックが座り込んで休んでいる。マドネーに付けられた傷はポーションで治っているが疲労は残っているため、体を休める必要があった。
二人の周りには同じように休んでいる生徒や冒険者が何人もおり、意識を失っている者もいる。意識の無い者はいるが死者は一人もおらず、全員が体を休めているだけだった。
「少しずつだけど、戦況はこっちに傾いてきているな」
座り込んでいるジェリックは遠くでベーゼと戦っている仲間たちを見ながら呟き、隣に座るトムリアも同じように広場の戦いを見ている。
ユーキたちが合流したことで待機部隊は戦力が増えると同時に士気も高まり、中位ベーゼに苦戦を強いられることなく戦うことができるようになった。現に中位ベーゼのフェグッターたちは合流したいラーフォンやイーワンたちに押されている。
このままベーゼたちを押し切ることができれば自分たちが勝つことができる、ジェリックだけでなく広場にいる生徒や冒険者の殆どがそう思っていた。
「ベーゼの数は減ってきてるけどまだ油断はできないわ。私たちも体力が回復したらすぐに前線に戻るわよ?」
「ああ、分かってる。……そう言えば、あのマドネーとか言うイカれ女は今何処にいんだ?」
ジェリックは自分とトムリアを苦しめた混沌士の女の現状が気になり、広場を見回しながらトムリアに尋ねる。
トムリアもマドネーのことが気になって広場を見回す。しかし、広場の何処にもマドネーや彼女と戦っているはずのユーキとパーシュの姿は無かった。
「おい、あの女、何処にいやがるんだ?」
「分からない。さっきまで広場の真ん中辺りでパーシュさんたちと戦っていたはずなのに……」
「そういやぁ、ルナパレスとクリディック先輩もいねぇぞ。……まさかあの二人……」
嫌な予感がしたジェリックは小さく俯きながら暗い表情を浮かべる。ジェリックの顔を見たトムリアは不満そうな顔をしながらトムリアの後頭部を軽く叩いた。
「縁起でもないこと言わないでよ! あの二人が負けるはずないじゃない」
「だ、だけどよぉ、あの女かなり厄介そうだったぜ? アイツの強さを考えるとあり得ねぇことじゃねぇだろう」
後頭部を擦るジェリックは不安そうな様子を見せながらトムリアの方を向く。トムリアもジェリックの言葉を聞き、小さく俯きながらマドネーとの戦いを思い出す。
マドネーは自分とジェリックの二人を相手にしながら一撃も攻撃を受けずに自分たちを戦闘不能になるまで追い詰めた。その後もユーキとパーシュを相手に互角の戦いを繰り広げており、トムリアはマドネーが想像以上の力を持っていたと改めて理解する。
トムリアはマドネーの強さを思い出すとジェリックの言うとおり、ユーキとパーシュが既にやられているのではと不安を感じ始める。すると、トムリアの伝言の腕輪の水晶が光り、水晶が光っていることに気付いたトムリアは伝言の腕輪に視線を向けた。
「トムリア、聞こえるかい?」
「パーシュさん? パーシュさんですか?」
伝言の腕輪から聞こえてきたパーシュの声にトムリアは驚きの表情を浮かべる。パーシュの声が聞こえたことでパーシュとユーキがマドネーにやられたと言う最悪の可能性が消え、トムリアは内心ホッとしていた。
トムリアの隣に座っていたジェリックもパーシュの声を聞くとマドネーに殺されていないと知って安心した様子を見せている。
「トムリア、そっちは今どんな状態だい?」
「え? あ、ハイ。……既に広場にいるベーゼの殆どを倒しており、残っているのは少しだけです。こちらも負傷者は出てますが死者は出ていません」
広場の様子を確認しながらトムリアは伝言の腕輪の向こう側にいるパーシュに報告する。
トムリアの言うとおり、待機部隊を襲ったベーゼの殆どが倒されており、残っているのは三体のインファと四体のフェグッターだけだった。
六体いたフェグッターの内、二体を倒したことで生徒と冒険者たちの士気は高まり、戦力的にも精神的にもトムリタたちが有利な状態だった。このまま戦い続ければトムリアたちは間違い無くベーゼたちに勝つことができる。
「そうかい。……それじゃあ、そっちはアンタたちに任せるよ」
パーシュの任せるという言葉を聞いたトムリアは小さく笑みを浮かべる。しかしすぐに驚いたような表情を浮かべ、伝言の腕輪を見つめながら口を開く。
「そ、それよりもパーシュさんは今何処にいるんですか? 広場の何処にもいませんが……」
「あたしは今ユーキと一緒にマドネーを人気のない所に誘導している。誘導したらそこでマドネーと戦うつもりだよ」
気付かない内にパーシュがマドネーを広場から連れ出したことを知ってトムリアとジェリックは意外そうな顔をした。
「でも、どうしてわざわざマドネーを広場から連れ出したんですか?」
「アイツを倒すのにはあたしとユーキも全力で戦わないといけない。だけどその広場は狭く、近くに仲間もいるから全力で戦ったらアンタたちを巻き込んじまう。仲間を巻き込まずに全力で戦うために移動することにしたんだよ」
「そうだったんですね……」
マドネーは攻撃と防御の両方が優れており、弱い攻撃では倒すことは難しい。パーシュはそんなマドネーを倒すために誘導したのだと知ってトムリアは納得する。
「それで、パーシュさんは今何処なんでか?」
「レンツイの東に向かってる最中だよ。住民たちに被害が出ないよう、できるだけ広い場所を見つけて戦おうと思ってる」
パーシュの言葉から今もマドネーを誘導しながら移動しているとトムリアは予想する。
「とにかく、あたしとユーキはマドネーを何とかするからアンタたちは引き続き広場にいるベーゼの相手を頼むよ」
「分かりました、気を付けてください」
トムリアが返事をすると伝言の腕輪の水晶から光が消える。
通話が終わるとトムリアはジェリックの方を向き、ユーキとパーシュがマドネーを引きつけている間に広場にいるベーゼを全て倒してしまおうと目で伝えた。
ジェリックはトムリアの意思を感じ取ると急いで残っているベーゼを討伐しようと考える。まだ少し疲れているがマドネーを広場から離れている今がベーゼたちを押し切る絶好のチャンスだと感じているため、ジェリックは自分の体に鞭を打って戦うことにした。
隣に置いてある自分の剣を拾ったジェリックは立ち上がり、トムリアも杖を握って立ち上がる。遠くでベーゼと戦っている仲間たちに加勢するため、二人は全速力で走った。
――――――
トムリアたちがいる広場の東側にある街道の中をユーキとパーシュが東に向かって走っている。二人の後方10mの辺りではマドネーが走ってユーキとパーシュを追いかけていた。
ユーキは追ってくるマドネーを警戒しながら走り続け、その左隣ではパーシュが自分に伝言の腕輪を見つめながら走っている。パーシュは先程までトムリアに自分たちの現状を知らせるために通話していた。
「先輩、シェシェル先輩たちはどうでした?」
「向こうは問題無さそうだよ。ベーゼも殆ど倒せたみたいだしね」
「そうですか。じゃあ、俺たちも自分のやるべきことをやらないといけませんね」
ユーキは走りながら後ろを向いてマドネーを確認する。マドネーは不敵な笑みを浮かべながら右手に細剣、左手に閉じられたコポックを握りながら走って二人の後を追っていた。
マドネーが広場に戻ることなく追いかけて来ているのを見てユーキは上手く誘導できていると安心する。
もしもマドネーがユーキとパーシュを無視して広場に戻っていたらトムリアたちが襲われて大変なことになっていた。
「それでこの後はどうするんですか、先輩? 本気でマドネーを倒すためって言って広場を飛び出してきましたけど……」
何処でマドネーと戦うのかユーキはパーシュに尋ね、パーシュは速度を落とさず走ったまま前を向く。
マドネーと全力で戦うのなら被害が出ないよう先程までいた広場よりも広い場所で戦う必要がある。今自分たちがいる場所から最も近くにある広い場所は何処か、パーシュはレンツイの全体図を頭の中に思い浮かべながら考えた。
「……そうだ、あそこなら」
パーシュは全力で戦える場所が決まったのかフッと反応し、ユーキはパーシュを見て適切な場所を見つけたのではと感じていた。
「ユーキ、ついて来な。遅れるんじゃないよ?」
ユーキに声を掛けたパーシュは走る速度を上げてレンツイの東へ向かう。突然は速く走り出したパーシュにユーキは一瞬驚きの表情を浮かべるが、慌てることなく自分も速度を上げてパーシュの後を追った。
二人の後を追っていたマドネーは速く走り出したのを見て自分から逃げようとしていると思い、見失わないよう二人の後を追う。その間もマドネーは不気味に笑みを浮かべていた。
街道をしばらく走ったユーキとパーシュはレンツイの東側、東門から少し離れた所にある大きな広場に辿り着く。そこは昼間に霊光鳥に案内されて訪れたレンツイで採れた小麦を保存、製粉する風車小屋などがある広場だった。
「此処って、ウェンコウさんとチェンスィさんに連れていてもらった広場ですよね?」
走りながら自分たちがいる場所を確認するユーキは隣にいるパーシュに尋ねた。パーシュも走ったままユーキの方を見て小さく頷く。
「ああ、此処なら多少派手に戦っても他の連中を巻き込むことはない。全力でマドネーをぶっ飛ばさせる」
広場を見回すユーキは「確かにそうだ」と言いたそうな顔をしながら納得する。
今ユーキとパーシュがいる広場は広いだけでなく、複数の風車小屋と倉庫しかない見通しの良い場所でとても動きやすい。例え全力で戦ったとしてもレンツイの住民に被害が出る心配も無かった。
ユーキはこの場所なら周りを気にせずにマドネーと戦うことができると感じ、レンツイや他の場所で戦っている仲間たちのためにも必ず此処でマドネーを倒さないといけないと思った。
広場に入ってからもユーキとパーシュは走り続け、マドネーも引き離されることなく二人の後ろをついて来ている。
ユーキとパーシュは広場の奥に向かって走っていき、中央まで来ると急停止してマドネーの方を向く。マドネーは振り返った二人を見て止まり、数m離れた位置で笑いながらユーキとパーシュを見つめた。
「なぁに? もう追いかけっこは終わり? 私はもう少し続けていてもよかったんだけどなぁ~」
「ハッ、よく言うよ。本当はあたしたちを追いかけることに飽きてたんだろう?」
「あらら、バレちゃったぁ~?」
本心を指摘されても笑い続けるマドネーを見てパーシュは小さく舌打ちをする。ユーキも緊張感が無く、人を小馬鹿にするように笑い続けるマドネーを鋭い目で見つめていた。
マドネーはユーキとパーシュに睨まれる中、閉じていたコポックを開いて肩に掛け、細剣の切っ先を二人に向けた。
「此処なら貴方たちも全力で戦えるんでしょう? なら、宣言したとおり本気で攻撃してきなさい。悔いが無いようにねぇ~」
「言われなくても全力で戦ってやるよ。アンタこそ、後で吠え面かくんじゃないよ?」
パーシュはヴォルカニックを両手で握って中段構えを取り、その右隣でユーキも双月の構えを取る。
戦闘態勢に入ったユーキとパーシュを見たマドネーは地面を強く蹴り、二人に向かって走り出す。ユーキとパーシュも迎え撃つために同時にマドネーに向かって走った。
双方の距離は少しずつ縮んでいき、ユーキとパーシュは近づいてくるマドネーに意識を集中させ、ユーキは月下と月影、パーシュはヴォルカニックを握る手に力を入れる。
マドネーが間合いに入った瞬間、ユーキは月影で袈裟切り、パーシュはヴォルカニックで逆袈裟切りを放って同時にマドネーを攻撃する。マドネーはユーキとパーシュが攻撃してきたのを見ても慌てる様子を見せず、コポックで月影を防ぎ、細剣でヴォルカニックを止めた。
自分たちの同時攻撃をアッサリと止めたマドネーを見てユーキとパーシュは眉間にしわを寄せる。マドネーは相変わらず小馬鹿にするような笑みを浮かべながら二人を見つめていた。
目の前で悔しそうな顔をする二人を見ながらマドネーは細剣とコポックでヴォルカニックと月影を払い上げ、素早く細剣を右から横に振ってユーキとパーシュの腹部を同時に切ろうとする。だが二人も咄嗟に後ろに跳んで細剣を回避した。
細剣を避けたユーキはマドネーの左側面に回り込むと強化を発動させて両腕の腕力を強化し、マドネーに向かって大きく踏み込んだ。
「ルナパレス新陰流、朏魄!」
ユーキは月下と月影で同時に袈裟切りを放っ手マドネーを攻撃する。しかしマドネーは再びコポックでユーキの攻撃を難なく防ぐ。
さっきと違って強化で腕力を強化されているため、ユーキの攻撃は重かったがマドネーは笑みを崩すことはなかった。
「無駄無駄ぁ♪ そんな弱っちぃ攻撃、コポックの前じゃゴブリンの攻撃も同然だよぉ~」
高い声を出しながら祖父から教わった月宮新陰流を侮辱するマドネーをユーキは目を鋭くして睨みつけた。
「調子に乗ってると墓穴を掘るよ?」
マドネーがユーキを見ながら笑っているとパーシュがマドネーの右側面に回り込む。回り込んだ直後、パーシュはヴォルカニックの剣身に炎を纏わせた。
「焔の連撃!」
パーシュは剣身を燃やすヴォルカニックでマドネーに連続切りを放つ攻撃する。パーシュの攻撃に気付いたマドネーはコポックでユーキの攻撃を防いだまま、細剣で連撃を防ぐ。
連撃を防ぐこと自体は簡単だが、剣身に纏われている炎が熱く、マドネーは僅かに表情を歪ませていた。それでもマドネーは隙を見せることなく全ての攻撃を防いだ。
難なく攻撃を防ぐマドネーを見たパーシュはもっと威力のある攻撃じゃないと通用しないと感じ、連撃を中断して大きく後ろへ跳ぶ。
マドネーから離れたパーシュは左脇構えを取って再びヴォルカニックの剣身に炎を纏わせ、同時に爆破を発動させて剣身に纏われている炎を薄っすらと紫色に光らせた。
「あらあら~? 今度は何をするのぉ~?」
マドネーは距離を取ったパーシュを見ながら気の抜けたような声で尋ねる。
ユーキはパーシュの構え方と薄っすらと光るヴォルカニックの炎を見て、彼女が何をしようとしているのか気付き、強化で自身の脚力を強化すると大きく左に跳んでパーシュの直線上から移動した。
「突き出す爆炎!」
パーシュがヴォルカニックを右上に向かって勢いよく振り上げ、剣身に纏われている炎をマドネーに放つ。
炎は一直線にマドネーに向かって行き、迫って来る炎を見たマドネーは咄嗟にコポックを前に出して炎を防ぐ。炎はコポックに触れた瞬間に爆発し、コポックごとマドネーを呑み込む。
爆発によって轟音が響き、爆炎で薄暗い広場が一瞬照らされる。離れた場所で爆発を目にしたユーキは目を大きく見開いていた。
「相変わらず凄い爆発だな……」
ユーキは驚きながら呟き、煙が上がっている爆心地を見つめる。炎が爆発した時、マドネーもコポックごと爆発に呑まれたため、流石に只じゃ済まないだろうとユーキは思っていた。
パーシュも火球よりも強力な攻撃を放ったので今度こそダメージを与えられた確信しながらヴォルカニックを構え直す。
「いやぁ~今のはビックリしたわぁ~」
『!』
煙の中からマドネーの声が聞こえ、ユーキとパーシュは驚愕の表情を浮かべながら爆心地を見つめる。すると煙の中からコポックを肩に掛けるマドネーが笑いながら出て来た。
マドネーが持つコポックには小さな傷が幾つも付いており、薄い煙も上がっている。
防御力の高いコポックに傷が付いていることから、パーシュの突き出す爆炎がどれだけ強力だったのかが一目で分かった。しかしマドネー自身は無傷で余裕を見せながらユーキとパーシュを見ている。
「ば、馬鹿かな、突き出す爆炎すらも防ぎ切ったなんて……」
火球よりも威力のある技でもマドネーにダメージを与えられず、コポックも破壊できない現状にパーシュは驚きを隠せずにいた。
「さっきのはちょっと凄いと思ったよぉ~? でも、まだまだコポックを壊すには威力が足りなかったみたいねぇ~」
マドネーはコポックを前に出し、自慢するかのように驚いているパーシュに見せつける。パーシュはマドネーにダメージを与えられなかった悔しさとコポックを自慢する態度に腹を立てて表情を険しくした。
「私のコポックは最高の防御力を持つ無敵の盾なのぉ。貴方たちがこれを壊すなんて絶対に不可能よぉ~」
「チィッ! 言いたいこと言いやがって……」
パーシュはマドネーを睨みながらヴォルカニックを握る手に力を入れる。
高威力の突き出す爆炎でもコポックの護りを突破できないとなると、コポックで防がれないようマドネーの隙をついて攻撃するしかない。そう考えるパーシュはチラッとユーキの方を向き、もう一度同時攻撃を仕掛けるよう目で合図を送った。
ユーキはパーシュを見ると小さく頷き、月下と月影を構え直すとマドネーに向かって走り出す。走ったユーキを見たパーシュも少し遅れて走り出した。
マドネーは走って来るユーキとパーシュを見てまた同時に攻撃を仕掛けてくると察し、呆れた表情を浮かべる。
先程攻撃を防がれた時に普通の攻撃は通用しないことが分からなかったのか、そう思いながらマドネーは近づいて来る二人を見つめた。
距離を詰めたユーキはマドネーの左斜め前、パーシュは右斜め前からそれぞれ月下とヴォルカニックで攻撃する。マドネーはつまらなそうな顔をしながらコポックで月下、細剣でヴォルカニックを難なく防いだ。
「貴方たちねぇ、普通に攻撃しても私には届かないってことがまだ分からないのぉ~? もっと工夫をして攻撃した方がいいわよぉ~」
「余計なお世話だよ!」
パーシュは怒鳴るように言い返しながらヴォルカニックを引き、剣身に炎を纏わせて逆袈裟切りを放つ。だがマドネーは顔色一つ変えずに細剣でヴォルカニックを防ぎ、素早く払い上げると細剣を右から横に振って反撃する。この時マドネーは苦痛をしっかりと発動させて細剣に苦痛の能力を付与させていた。
迫って来る細剣を見たパーシュは咄嗟に後ろに下がって攻撃をかわす。しかしマドネーはかわされた直後に連続突きを放ってパーシュに襲い掛かった。
パーシュはヴォルカニックでマドネーの攻撃を防ごうとするが全ての突きを防ぐことはできず、右上腕部と左脇腹に切っ先が掠ってしまった。
「ううううぅっ!」
掠っただけなのに激しい痛みが伝わり、パーシュは奥歯を噛みしめながら声を漏らす。以前戦った時にもマドネーの苦痛の効力を体験していたが、今回痛みを感じたことでパーシュは改めて厄介な能力だと実感した。
「アハハハハッ、いいわよぉ。もっとも~っと苦しむ顔を見せてぇ~♪」
マドネーは楽しそうに笑いながら細剣を振り上げ、パーシュの頭上から勢いよく振り下ろす。
痛みで表情を歪めていたパーシュは振り下ろされた細剣を見ると痛みに耐えながらヴォルカニックを横にして振り下ろしを止めた。
振り下ろしを防いだことでパーシュは無防備状態となり、マドネーはパーシュの腹部に蹴りを入れようとする。
その時、ユーキがマドネーの背後に回り込み、強化で両腕の腕力を強化しながら月下と月影を振り上げてマドネーの頭部と同じ高さまでジャンプした。
ユーキはマドネーの背後から勢いよく月下と月影を振り下ろして攻撃する。だがマドネーは背後のユーキに気付くとコポックをユーキの方に向けて振り下ろされた月下と月影を防いだ。
「クソォ!」
「言ったでしょう? 普通に攻撃は私には当たらないって」
マドネーは笑いながら素早くユーキの左側に回り込むと跳び上がっているユーキに細剣で突きを放つ。
ユーキは咄嗟に月影で細剣を払って防御する。しかし防御した直後、マドネーは開いた状態のコポックを薄っすらと紫色に光らせて勢いよく前に突き出し、ユーキの胴体をコポックの生地の部分で殴打した。
「うあぁっ!」
体から伝わる痛みにユーキの表情が歪ませる。
マドネーはユーキに反撃する際にコポックにも苦痛の能力を付与していたため、コポックで殴打された時にユーキは重い痛みを感じていたのだ。それはまるで鉄製の盾を構えた敵に体当たりされたような感覚だった。
殴打されたユーキは後ろに押し飛ばされる。だがユーキは痛みに耐えながら空中でバク転して体勢を整え、両足が地面に付くと倒れないよう踏ん張った。
足を地面に擦り付けながら2mほど下がったユーキは停止し、素早く月下と月影を構え直す。
マドネーは構え直したユーキを追撃するため、ユーキに向かって走ろうとする。するとマドネーの右斜め後ろから火球が勢いよく飛んできた。
火球に気付いたマドネーはコポックを火球に向けて防御する。火球が飛んで来た方角を見ると左手を自分に向けて伸ばすパーシュの姿があった。
「何度やっても無、駄♪ 貴方たちの力じゃあコポックの護りは突破できないわよぉ~」
「チッ!」
パーシュは舌打ちをするとマドネーを警戒しながらユーキの下に走る。ユーキと合流したパーシュはヴォルカニックを構え直し、ユーキも双月の構えを取った。
「……先輩、この後はどうします?」
ユーキはマドネーに聞こえないよう小さな声でパーシュに声を掛け、パーシュも視線だけを動かしてユーキを見ると同じように小さな声を出す。
「正直、突き出す爆炎が効かなかったことには驚いた。あれを使えばコポックをぶっ壊してマドネーに決定的なダメージを与えることができると思ってたんだけどね……」
視線をマドネーに戻したパーシュは僅かに表情を歪ませながら本心を語る。ユーキもどうすればマドネーにダメージを与えられるのか分からず、微量の汗を流しながらマドネーを見た。
「突き出す爆炎でも突破できないとなると、それ以上の爆発を起こしてコポックを突破するしかないんだけど、簡単にはいかないだろうね」
「突き出す爆炎以上の爆発……んっ?」
何かに気付いたような反応をするユーキはマドネーに注意しながら素早く周囲を見回し、広場の南側にある倉庫を目にした。
倉庫を見つめるユーキは真剣な表情を浮かべ、パーシュは倉庫を見つめるユーキをまばたきをしながら無言で見つめている。
「先輩、ついて来てください」
ユーキはパーシュに声を掛けると全速力で倉庫の方へ走り出した。
「お、おいユーキ! 何処行くんだよ!?」
パーシュはユーキに問い掛けるが、ユーキは質問に答えることなく走っていく。意味が分からないパーシュは詳しい話を聞くため、走ってユーキの後を追った。
「あら、また追いかけっこぉ~?」
突然走り出したユーキとアイカを見ながらマドネーは意外そうな顔をする。二人はマドネーの声が聞こえていないのか、振り返ることなく走り続けた。
「何を考えてるか分からないけどぉ、逃がすつもりはないわよぉ~♪」
今のユーキとパーシュでは自分に勝つことはできない、そう確信しているマドネーな余裕の表情を浮かべながら二人の後を追う。追いついたらもう逃げられないよう二人の両足を切り落とし、その後に時間を掛けて甚振ってやろうとマドネーは思っていた。
倉庫の前にやって来たユーキは目の前にある木製の扉を見つめ、次にユーキは自分が走って来た方を向いてパーシュとその後を追うマドネーの姿を確認する。
二人を見たユーキは扉を開けて倉庫の中に入った。中には大量の麻袋が綺麗に積み重なって並べられており、倉庫の隅には熊手や鎌などの農具が置かれてあった。
ユーキは倉庫の奥へ進み、近くにある麻袋を月下の切っ先で少し切る。すると麻袋の中から白い粉がこぼれ出てきた。
「やっぱり中身は小麦粉か」
こぼれた白い粉を見ながらユーキは呟く。ユーキたちがやって来た広場にはレンツイで製粉した小麦粉を保存しておく倉庫が幾つもある。ユーキが入ったのは古くなり、食用として使えなくなった古い小麦粉を保存している倉庫だった。
ユーキは倉庫の中にある大量の麻袋を見て、その全てが古くなった小麦粉だと確信する。
「これだけあれば上手くいくかもしれないな……」
目を鋭くしながらユーキは月下と月影を強く握る。するとユーキの後を追っていたパーシュが倉庫に入ってきた。
「ユーキ、いったいどうしたんだい? 急にこんな所に来て……」
追いついたパーシュは改めてユーキに倉庫までやって来た理由を尋ねる。ユーキはパーシュの方を向くと月下で小麦粉の入った麻袋を指した。
「先輩、此処にある袋を全部切って中の小麦粉を倉庫の中にぶちまけてください」
「は? 小麦粉を? いったい何のために……」
「説明は後でします。とにかく、マドネーが来る前に早く!」
声を上げたユーキは近くにある麻袋を月下と月影で次々と切り始める。切ったことで大量の小麦粉がこぼれ、同時にこぼれ落ちた衝撃で宙を舞った。
パーシュはユーキが何を考えているのか未だに分からないが、ユーキが意味も無く小麦粉をばら撒くはずないと考え、とりあず言われたとおり麻袋を切っていく。
ユーキとパーシュは次々と積み重なっている麻袋を切っていき、倉庫の床は大量の小麦粉で真っ白になる。同時に舞い上がった小麦粉が倉庫の中に充満していった。
一通り麻袋を切ったユーキは月下と月影を下ろして倉庫を見回す。充満した小麦粉が鼻や口の中に入りユーキは軽く咳き込んだ。
「これぐらいならいいか。……先輩、一番奥にある窓から外に出てください」
ユーキはパーシュの方を向くと倉庫の奥にある窓を月影で指す。
パーシュはユーキの考えがまったく理解できず、とりあえず言われたとおり窓まで走る。パーシュが走るとユーキもその後を追って窓まで移動した。
窓の前までやって来たパーシュは窓を開け、外を確認してから倉庫の外に出た。ユーキは外には出ず、窓の前に立って倉庫の入口の方を見ている。
「……なぁ、ユーキ。そろそろ教えてくれないか? 何で倉庫まで移動して小麦後をぶちまけたりしたんだい?」
「マドネーに強烈な一撃をお見舞いするためですよ」
「は?」
サッパリ意味が分からずパーシュは小首を傾げた。ユーキは足元をチラチラと見回して何かを探し始める。そして、小さな石を三つ拾うとパーシュに差し出した。
「先輩、もうすぐマドネーが俺たちを追って倉庫に入ってくるはずです。マドネーが倉庫の中央辺りまで来たら小石に爆破を付与してマドネーに投げつけてください」
「小石を?」
「ハイ。そして小石を投げたらできるだけ倉庫から離れ、俺が合図したら小石を爆破してください。爆発は小さくても構いません」
「わ、分かったよ……」
真剣な表情を浮かべるユーキを見ながらパーシュは頷いた。
パーシュが頷くとユーキは再び倉庫の入口の方を向く。その直後、ユーキとパーシュを追っていたマドネーが倉庫に入って来た。
「いったい何のつもりぃ? 逃げたと思ったら倉庫の中に入り込んでぇ~?」
呑気な口調で喋りながらマドネーは倉庫の中に入り、ユーキの方へ歩いて行く。
ユーキは月下と月影を構えながらマドネーを睨み、パーシュも倉庫でマドネーを見つめながら小石に爆破の能力を付与する。
「それにしても、此処って何なのぉ? 随分汚れてるし、何か白い粉が舞ってるけどぉ~」
マドネーは歩きながら倉庫を見回す。マドネーは倉庫に大量の小麦粉が保存されていたこともユーキとパーシュが小麦粉をばら撒いたことも知らないため、最初から倉庫が今の状態だったと思っていた。
ユーキは何も知らなずに近づいて来るマドネーを見ている。ユーキが見つめる中、マドネーは倉庫の中央辺りまで移動し、それを見たユーキは外にいるパーシュの方を向く。パーシュはユーキと目が合うと爆破を付与した小石をマドネーに向かって投げつけた。
パーシュが投げた三つの小石は真っすぐマドネーに向かって行く。マドネーは小石に気付くとコポックを小石に向けて簡単に防いだ。
「えっ、何何? 魔法が通用しないからって石を投げて抵抗する気なのぉ~? だとしたら貴方たち、完全に頭がイカレちゃったんじゃないのぉ?」
ユーキとパーシュが愚かな抵抗をしていると感じたマドネーは小馬鹿にするように笑い出す。ユーキは防がれた小石がマドネーの近くに落ちるのを見ると窓から飛び出して倉庫の外に出る。倉庫から出たユーキは全速力で走って倉庫から離れ、パーシュも急いでその後を追った。
「先輩、小石を爆破してください!」
「あ、ああ!」
倉庫から30mほど離れるとユーキはパーシュに小石を爆破するよう指示し、パーシュは走りながら小石が爆発するよう念じた。
倉庫の中ではマドネーが逃げた二人を追いかけようと窓の方へ走ろうとしていた。そんな中、倉庫の床に落ちていた三つの小石が連続で小さく弾けるように爆発する。
「ん? 何の音ぉ?」
小さな爆発音を聞いたマドネーは足を止めて音が聞こえた方を向いた。だが次の瞬間、マドネーの視界が一瞬で白くなり、倉庫はマドネーを呑み込んで大爆発した。
「うわあああぁっ!!?」
背後からの爆音と爆風にパーシュは驚いて声を上げ、爆風に背中を押されたパーシュはバランスを崩して前に倒れる。ユーキも爆風に耐えられずに俯せとなり、倒れたまま後ろを向いた。
先程まで自分がいた倉庫は半分以上が吹き飛んでおり、倉庫全体が炎に包まれている。燃え上がる大きな炎によって暗い広場は照らしていた。
「……上手くいったか」
燃え上がる倉庫を見ながらユーキは呟いた。




