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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第十二章~惨劇の女王蜂~
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第二百十話  選ばれる者たち


「クソォ、とんでもないことになっちまった!」


 東門の城壁の上にいたパーシュは自分の腕に嵌められている伝言の腕輪メッセージリングを見ながら奥歯を噛みしめる。

 待機していたトムリアたちの部隊がベーゼの奇襲を受け、現れたベーゼの中にマドネーがいると知って焦っていた。


「先輩、どうしたんですか?」


 近くでベーゼを迎撃していたユーキがパーシュの異変に気付いて声を掛ける。話しかけられたパーシュは緊迫した表情を浮かべながらユーキの方を向く。


「ついさっきトムリアから連絡があったんだ。街中に突然ベーゼが現れて奇襲を受けてるって」

「街の中にベーゼ!?」


 予想外の事態にユーキも驚いて声を上げ、近くにいたアイカや武闘牛も声を聞いて一斉にユーキとパーシュの方を向く。

 アイカたちもユーキの表情とパーシュの様子から何か問題が起きたのではとすぐに悟った。


「どうしてレンツイの中にベーゼがいるんですか?」

「分からない。だが、トムリアたちがベーゼたちの襲撃を受けているのは確かだ。しかもベーゼの中にはあのマドネーがいるみたいだよ」

「マドネーが!?」


 以前、パーシュとフレードの故郷であるスイージェス村でマドネーと戦い、苦戦を強いられたことを思い出したユーキは僅かに表情を歪める。

 マドネーの戦闘技術、天子傘コポック、そして彼女の混沌術カオスペルである苦痛ペイン、その全てがとんでもないものであることを実際に戦ったユーキは理解しているため、マドネーがベーゼと共に待機部隊を襲っていると知って厄介に思っていた。


「ヤバいですよ? アイツは混沌士カオティッカーである上に敵を痛めつけることを楽しむヤバい女です。しかも単純に強いですから普通の生徒や冒険者では勝ち目がありません」

「ああ、分かってる。トムリアやジェリックは強いけど、マドネーの相手はするのは流石にキツい。だから、あたしはこれから何人か連れてトムリアたちの救援に向かうつもりだ」

「先輩がですか?」


 東門を防衛するメルディエズ学園の生徒たちの指揮を執るパーシュが救援に向かうと聞いたユーキは思わず訊き返す。

 指揮を執るパーシュが東門から離れれば生徒たちが効率よく動けなくなり、ベーゼに押されて不利になる可能性が高い。いくらトムリアたちを助けるためとは言え、パーシュが離れるのは得策ではないとユーキは思っていた。


「……ユーキ、アンタの言いたいことは分かってる。他の生徒たちの指揮を執るあたしは此処を離れるべきじゃないって思ってるんだろう?」


 ユーキが考えていることを察したパーシュはユーキを見つめながら声を掛け、ユーキは真剣な表情を浮かべながらパーシュを見上げる。


「確かにあたしが此処を離れれば東門の防衛力は低下しちまうだろう。だけど、マドネーが現れた以上はアイツと戦ったことのあるあたしが救援に行くべきだ。何よりもこのまま何もせずにいれば待機部隊は壊滅し、あたしらは背後からベーゼたちの襲撃を受けることになっちまう」

「だからと言って指揮を執る先輩が救援に向かうのはマズいですよ」

「じゃあ、他に良い方法があるのかい?」


 パーシュが尋ねるとユーキは難しい顔をしながら俯いてどうするか考える。するとそこへアイカとミスチア、ウブリャイがやってきた。


「ユーキ、どうかしたの?」

「ん? ……ああぁ、実は……」


 ユーキは何も知らないアイカに詳しく説明する。マドネーが現れたこと、ベーゼたちが待機しているトムリアたちの部隊を奇襲していることを伝え、話を聞いたアイカは驚愕した。


「マドネーが此処にいるなんて……」


 嘗て自分を追い詰めた女がレンツイに来ていることを知ったアイカは僅かに表情を歪ませる。

 ミスチアとウブリャイはマドネーがどんな存在なのか知らないため、ユーキの話を聞いても重大さが理解できなかった。


「今もマドネーはベーゼと一緒にシェシェル先輩たちを襲撃しているはずだ。急いで彼女たちを助けに行かなきゃならない」

「それに待機部隊がやられたらマドネーたちはこの東門が北門を襲撃する可能性が高い。そうなったら挟み撃ちにされてあたしらもマズいことになる」


 話を聞いたアイカたちは待機部隊だけでなく、自分たちも危機的状況にあることを理解する。

 トムリアたちを救い、ベーゼたちから挟撃されることを防ぐためにも街に現れたマドネーとベーゼを倒さなければならなかった。


「それで、トムリアさんたちの救援には誰が向かうのですの?」


 ミスチアがポールアックスを肩に掛けながらユーキとパーシュに尋ねる。


「あたしが数人の生徒を連れて行こうと思ってたんだけど、ユーキが指揮を執るあたしが行くのはマズいって反対してるんだよ」


 パーシュは不満そうな顔をしながらチラッとユーキの方を向き、ユーキもパーシュと目が合うと「当然でしょう」と言いたそうに呆れた表情を浮かべる。

 ミスチアもユーキの言うとおりだと思っているのか目を細くしながらパーシュを見た。


「だがよぉ、そのマドネーとか言う女は混沌士カオティッカーでかなり手強いんだろう? 指揮官の嬢ちゃんが離れられないからって他の奴らを向かわせるのもマズいんじゃねぇか?」


 話を聞いていたウブリャイが他の生徒を向かわせて問題無いのかユーキたちに尋ね、ユーキたちはウブリャイの方を見た後に黙り込む。

 指揮を執るパーシュが東門を離れられないのなら、他の生徒を救援に向かわせるしかない。だがマドネーはユーキやパーシュが苦戦するほどの強者、並の生徒が挑んでも返り討ちに遭い、逆に被害を大きくすることになる。

 少しでも勝つ確率、救出に成功する確率を上げるのなら、やはりユーキのような実力者を救援に向かわせるべきだ。


「……やっぱり、マドネーとの戦闘経験があって、実力のある奴がトムリアたちのところへ行った方がいいね」

「それなら俺が救援に行きます。俺もマドネーと戦ったことがありますし、先輩は此処に残ってアイカたちの指揮を執ってください」

「馬鹿を言うんじゃないよ。アイツと戦ったことがあるのなら知ってるだろう? アイツはあたしとアンタ、アイカとフレードの四人がかりでも倒せなかった奴だ。そんな奴にアンタが一人で挑んだところでどうすることもできないよ」

「それは先輩も同じじゃないですか」


 危機的状況と最善の策が思いつかないことからユーキとパーシュは少し苛立っているのか、揉めるような口調で話している。


「二人とも、落ち着いてください」


 アイカはユーキとパーシュが焦っていると感じたのか二人を宥めるために声を掛ける。アイカに声を掛けられたユーキとパーシュはフッと反応し、冷静にならなくてはならないと気持ちを落ち着かせた。


「ウブリャイさんの言うとおり、マドネーがいる所に普通の中級生を向かわせるのは危険です。ここはやはり実力があり、彼女と戦ったことのある人が救援に向かうべきだと思います」

「アイカもそう思うかい? ならやっぱり、あたしが行くべきだよ」

「いや、だから指揮を執る先輩が行くのはマズいですって」


 志願するパーシュをユーキは再び呆れ顔で止めようとする。すると、アイカは次にユーキの方を向いた。


「ユーキ、私はパーシュ先輩に行ってもらった方がいいと思うわ」

「は? だけど、指揮を執る先輩がいなくなったら他の生徒や冒険者たちが上手く戦えなくなっちまうぞ?」

「分かってるわ。……他の人たちの指揮は私が執る」


 アイカの口から出た言葉にユーキは驚いて目を見開き、パーシュやミスチア、ウブリャイも意外そうな顔でアイカを見ている。


「私ね、戦いが始まってから他の生徒や冒険者の人たちがどんな風に戦って、何処にどんな人がいるのか確認しながら戦ってたの。もしもパーシュ先輩が指揮を執れなくなったりした時に代わりに指揮が執れるように……」

「そ、そうなのか?」


 ユーキはベーゼと戦いながら東門の防衛状況を把握していたアイカを見て軽い衝撃を受ける。

 自分が戦いだけに集中している中、指揮官が動けなくなることを予想して戦況を把握していたアイカにユーキは心の中で感服した。


「ただ、私も一人で東門の状況を全て把握するのは難しかったから、ミスチアさんに手伝ってもらったわ」

「そのとおりですわ」


 アイカの隣に立っているミスチアは胸を張りながらドヤ顔を見せる。得意げな表情を浮かべるミスチアをユーキとウブリャイは目を細くしながら見ていた。

 パーシュは知らないところで自分と同じように東門の状況を理解していたアイカを見てどこか嬉しそうな笑みを浮かべている。


「東門に攻めて来たベーゼの大体の数や防衛部隊こちらの状態もある程度把握しています。ですからパーシュ先輩、此処の指揮は私が執りますからトムリアさんたちの下へ行ってください」

「アイカ……」


 自分をトムリアたちの救援に向かわせるために代役を買って出るアイカを見て、パーシュは自分にこれほど頼もしい後輩がいることを誇らしく思った。

 ユーキはアイカが指揮官を引き継ぐことができると知ると救援に向かおうとするパーシュを引き留める必要は無いと考え、パーシュの好きにさせてあげようと思った。


「アイカが指揮を執ってくれるのなら、何も問題はありません。先輩、行ってください」


 パーシュは先程まで反対していたユーキが自分を行かせようとするのを見て一瞬意外そうな表情を浮かべる。だがすぐに小さく笑ってユーキや周りにいるアイカたちを見た。


「……ありがとね。じゃあ、此処はアンタたちに任せるよ」

「ハイ!」


 ユーキは頷きながら力強い声で返事をする。パーシュが離れる分、自分がこれまで以上に防衛に力を入れなくてはいけないとユーキは思った。


「待って、ユーキ。貴方もパーシュ先輩と一緒に行って」

「えっ?」


 再び予想外の言葉を口にしたアイカにユーキは思わずアイカの方を向く。周りにいるパーシュたちも一斉にアイカの方を見た。


「ちょ、ちょっと何を言ってるんですの、アイカさん。ユーキ君をクリディック先輩と一緒に行かせるってどういうわけですの?」


 アイカの考えが理解できないミスチアは詳しい説明を求める。

 大量のベーゼから東門を防衛しなくてはならない状況で戦力を削ぐことに納得できないと普通の人なら考えるだろう。ただミスチアの場合は自分が気に入っているユーキと共に戦えず、パーシュと一緒に救援に向かうことが不満だという気持ちがあった。


「以前、私とユーキ、パーシュ先輩、フレード先輩の四人でマドネーと戦った時、私たちは苦戦を強いられました。パーシュ先輩には失礼ですが、四人でも苦戦した相手に先輩が一人で戦って勝てるとは思えません」

「……確かにね。正直、あたしも一人であのイカレ女と戦うのはキツいと思ってたんだ」


 スイージェス村での戦いを思い出すパーシュはアイカの考えを否定せずに納得する。ユーキも前の戦いを思い出し、難しい表情を浮かべた。

 救援にはパーシュ以外にあと数人を連れて行くつもりだが、その全員がユーキやパーシュよりも弱い中級生であるため、彼らがマドネーに挑んでも勝つのは無理だとユーキは確信していた。


「マドネーを何とかしないと例え街に現れたベーゼを全て倒しても部隊は壊滅してしまうし、北門と東門の部隊も挟撃を避けられません。この状況を打開するにはマドネーを倒すしか方法は無いと私は思っています」

「つまりレンツイを護るため、そしてマドネーを倒す確率を少しでも上げるためにユーキにもトムリアたちの救援に向かってほしいってことだね?」

「ハイ」


 頷きながら返事をするアイカを見てパーシュとユーキは納得する。

 アイカの言うとおり、ベーゼの協力者であるマドネーを何とかしないとレンツイに侵入したベーゼを全滅させても脅威は消えない。安心してレンツイの外側にいるベーゼと戦うためにも内側にいるマドネーを何とかする必要があった。


「分かった、そう言うことなら俺も先輩と一緒に行くよ」


 ユーキがパーシュに同行することを承諾するとアイカはユーキを見つめて「お願い」と目で頼む。

 不満そうにしていたミスチアもアイカの話を聞くと仕方が無いと思ったのか反対せずに黙った。ウブリャイは敵を倒すためなら文句は無いと思っているのか何も言わずに話を聞いている。

 話がまとまるとパーシュは城壁上や広場を見て救援の同行する者を選ぼうとする。トムリアからの連絡で街中に現れたベーゼの中には中位ベーゼもいることを知ったパーシュは中位ベーゼとも互角に戦える者を連れて行こうと思っていた。


「待機部隊を襲っているのはマドネー以外に十数体のベーゼ、その内の六体は中位ベーゼだ。できるだけ強い奴を連れて行かないとね……」

「なら、うちの連中を連れていけ」


 ウブリャイが見張り場にいるベノジアたちを親指で指しながらパーシュに声を掛け、パーシュやユーキたちはウブリャイの方を向いた。


「ウブリャイのおっさん、いいのか?」

「ああ、状況を考えるなら俺が行くべきなんだろうが、俺は此処にいる冒険者どもの指揮を執らねぇといけねぇ。別の奴に代役を任せるにしても、サンロードの嬢ちゃんみたいに戦況を把握してる仲間はいねぇからな」


 自分は一緒に救援には向かえないと語るウブリャイを見てユーキは「それは仕方がない」と言いたそうな顔をする。

 ユーキとしては混沌士カオティッカーであるウブリャイが来てくれれば心強いのだが、冒険者たちの指揮を執ってもらうためにも連れて行くわけにはいかなかった。


「それなら、わたくしが同行しますわ! ユーキ君やクリディック先輩と互角に戦う女がどれほどの実力者か見てみた――」

「ミスチアさんは残ってください」


 手を上げながら救援に向かうことを志願しようとするミスチアをアイカは止め、ミスチアはアイカの方を向くと不満そうな顔をする。


「何でわたくしはダメなんですの?」

「私はミスチアさんと一緒に戦況を確認してようやく全てを理解できたんです。私の知らない情報を持っているミスチアさんには此処に残ってもらわないと困ります」

「なら、今からわたくしの知っている情報を全て教えますから、アイカさんが一人で指揮を執ってください」

「それでは時間が掛かってしまいます。わざわざ時間を掛けて情報を教えるよりは一緒に指揮を執った方が時間も無駄にならずに済むでしょう?」

「ぬぅ~~」


 ユーキと共に救援に向かえないことにミスチアは不満そうな声を出す。アイカとミスチアの会話を聞いていたユーキはミスチアを見ながら軽く溜め息をついた。


「とりあえず、あたしとユーキ以外では武闘牛の冒険者とあと数人、腕の立つ奴を連れて行くってことでいいね?」

「ハイ」


 パーシュが確認するとユーキは返事をし、ウブリャイも無言で頷く。アイカも真剣な顔でパーシュを見ており、ミスチアは納得できない顔をしていた。


「俺はラーフォンとイーワンにお前らと同行するよう伝えてくる。お前らは広場に下りて連れて行く奴を決めとけ」


 ウブリャイはそう言って見張り場にいるベノジアたちの下へ向かった。


「じゃあ、あたしらも行ってくる。アイカ、此処は任せたよ?」

「ハイ」


 パーシュは防衛部隊の指揮を頼むと階段を下りて広場へ向かう。

 ユーキもパーシュの後を追って階段を下りようとする。だが、階段の前まで来ると足を止めてアイカの方を向いた。


「アイカ、無理はするなよ?」

「貴方もね」


 微笑むアイカを見てユーキも笑みを返す。アイカの声を掛けた後、ユーキはミスチアの方を向いた。


「ミスチア、アイカを頼む」

「……ハァ、了解ですわぁ」


 まだユーキと救援に向かえないことに不満を抱いているのか、ミスチアは若干やる気の無さそうな声で返事をする。

 普通はやる気の無い返事をされれば信頼できないと思うが、ユーキはミスチアがイザという時はちゃんとやってくれると知っているため、やる気の無い声を出してもミスチアを信じていた。

 ミスチアの返事を聞いたユーキは階段を駆け下りて広場へ向かい、ユーキを見送ったアイカとミスチアはベーゼの迎撃に戻った。

 その後、ユーキとパーシュは救援に連れて行く生徒や冒険者を決め、その際にパーシュは北門を防衛するカムネスにも待機部隊が襲撃を受けていることを伝えた。

 連絡を入れた時、カムネスから北門の戦力も待機部隊の救援に向かわせるよう言われた。だがパーシュは自分たちだけで待機部隊を助けるから動かせる戦力を東門に向かわせて自分たちが抜けて低下した戦力を補ってほしいと頼んだ。

 結果、カムネスはパーシュの頼みを聞き、北門の戦力の一部を東門に向かわせるようパーシュに伝えた。

 カムネスとの通話が終わるとラーフォンとイーワンが城壁から下りて来た。二人が合流し、救援に連れて行く者が決まるとユーキとパーシュはラーフォンたちを連れて待機部隊の下へ向かう。


――――――

 

 待機部隊はマドネーが召喚したベーゼたちと交戦を続けていた。生徒や冒険者は必死に戦っているがその大半は負傷して後退し、回復魔法を使える魔導士の治療を受けたり、手持ちのポーションを使って傷を癒している。

 ベーゼ側も生徒や冒険者によって数が減っているが下位ベーゼはまだ数体生き残っており、中位ベーゼであるフェグッターに至っては一体も倒されていない。やはり下位ベーゼよりも力が強いフェグッターに防衛部隊も苦戦しているようだ。

 フェグッターは大剣を振り回して生徒や冒険者たちを攻撃し、生徒や冒険者たちも大剣を避けながら反撃の隙を窺っている。そんな中、トムリアとジェリックはマドネーとの戦いでボロボロになっていた。

 体中に無数の切傷を付けながらトムリアは膝を付いており、ジェリックもトムリアの右隣で剣を構えながら3mほど離れた所に立つマドネーを睨んでいる。二人とも奥歯を噛みしめながら全身の痛みに必死に耐えていた。

 トムリアとジェリックの傷の殆どは浅いが、マドネーの苦痛ペインの能力で痛みが増加しているため、二人は攻撃を受けるために激痛を感じていた。


「ハッ、無様だなぁ? 私に生意気な口を利くからそんな目に遭うんだよ」


 マドネーは笑いながら左手に持つコポックを肩に掛け、右手に持つ細剣の切っ先をトムリアとジェリックに向ける。マドネーは二人と違って一度も攻撃を受けておらず無傷の状態だった。

 ジェリックは戦いが始まってから一度も攻撃を当てられていないことを悔しく思いながら剣を握る手に力を入れる。


「クゥゥ……キ、癒しの聖光陣キュア・サークル


 痛みに耐えながらトムリアは魔法を発動させ、自分とジェリックの足元に白い魔法陣を展開させる。二人が魔法陣の中に入った直後、魔法陣が光り出してトムリアとジェリックの全身の傷が消えていく。

 二人の傷が全て治ると魔法陣は消え、トムリアはゆっくりと立ち上がって杖を構えた。


「ほぉ~、中級魔法で傷を癒したか。……だけどよぉ、そんなことして意味あんのかよ? テメェらの傷は全部浅い傷で命の関わるようなもんじゃねぇ。そんな傷を治すためにわざわざ中級魔法を使うなんて馬鹿じゃねぇのか?」

「私は貴女と万全の状態で戦うために小さい傷でも治すべきだと思っただけよ」

「フン、まだ分かってねぇみてぇだな? 万全の状態にしたところでテメェらじゃ私には絶対に勝てねぇんだよ」

「勝負に絶対なんて無いわ! 光の矢ライトアロー!」


 トムリアは杖の先をマドネーに向けて白い光の矢を放つ。マドネーは抵抗するトムリアを鬱陶しそうに見ながらコポックを前に出し、飛んできた光の矢を防ぐ。

 防御に成功したマドネーは反撃するためにトムリアに近づこうとする。だがマドネーが動こうとした時、コポックの陰からジェリックが飛び出してマドネーの左側面に回り込んだ。ジェリックはマドネーがコポックで魔法を防いだ時にコポックの陰に隠れながら近づいたのだ。

 距離を詰めたジェリックの方を向きながらマドネーは舌打ちし、そんなマドネーにジェリックは剣を振り下ろして攻撃した。

 マドネーは後ろに跳んでジェリックの振り下ろしをかわすと細剣で反撃しようとする。しかしマドネーが動くよりも早くトムリアが再び光の矢を放って攻撃した。

 トムリアの魔法に気付いたマドネーはコポックをトムリアの方に向け、先程の同じように光の矢を防いだ。


「テメェら、調子に乗んじゃねぇ!」


 険しい顔で声を上げるマドネーは左手に持っているコポックを真上に向かって投げる。トムリアとジェリックは盾の役割があるコポックを投げたマドネーに驚きながらコポックを目で追った。

 マドネーは二人の視線がコポックに向けられている間に苦痛ペインを発動させて細剣の剣身を光らせ、トムリアに向かって走る。そして、トムリアの目の前まで近づくとコポックを見て隙だらけになっているトムリアに細剣で袈裟切りを放った。

 トムリアはマドネーの接近に気付き、慌てて後ろに跳んで距離を作ろうとする。だが、反応が遅れてしまったため、かわし切れずに胴体を斬られてしまった。


「あああああああぁっ!!」


 体に伝わる痛みにトムリアは声を上げる。普通に斬られただけでも激しい痛みを感じるのが、マドネーは苦痛ペインを発動させて攻撃したため、トムリアは遥かに強い痛みを感じていた。


「トムリア!」


 マドネーに斬られたトムリアを見てジェリックは驚愕する。

 トムリアを斬ったマドネーは素早くジェリックの方を向き、細剣をジェリックに向かって投げた。細剣はもの凄い速さで飛んで行き、ジェリックの左大腿部に突き刺さる。


「ぐあああああぁっ!!」


 細剣が刺さったことでジェリックも激痛に襲われて持っていた剣を落とし、その場に倒れてしまう。

 今まで感じたことの無い痛みにジェリックは歯を噛みしめながら痛みに耐える。するとマドネーが倒れているジェリックに近づき、左大腿部に刺さっている細剣を引く抜いた。

 引き抜かれる時にもジェリックは痛みを感じ、痛みに耐えながら左大腿部の傷を左手で押さえる。マドネーは痛みで苦しむジェリックを見下ろしながらニヤリと笑った。


「いいなぁ♪ 私はそんな今にも死にそうなツラが見たかったんだよ。テメェやあの女の苦しむ顔を見るとスゲェ気分が良くなるんだよぉ」

「テ、テメェ……狂ってんのか?」

「ああぁ? 誰が狂ってるだぁ?」


 倒れるジェリックの腹部にマドネーは蹴りを入れ、腹部を蹴られたジェリックは激痛に表情を歪ませた。マドネーは苦痛ペインを発動したままなので蹴りの痛みも通常よりも強かったのだ。


「死にぞこない分際でよくそんな口が利けるなぁ? どうやらまだお仕置きが足りねぇみたてぇだな」


 マドネーは細剣をジェリックの顔に向け、ジェリックの頬に切っ先を僅かに突き刺す。

 切っ先が刺さるとジェリックは苦痛の表情を浮かべ、ジェリックの反応を見ながらマドネーは頬に刺さっている細剣の切っ先を抜いて鼻で笑う。


「分かっただろう? テメェらじゃ私には勝てねぇ。他の奴らもベーゼどもに押されて追い込まれているみてぇだしな」


 マドネーがそう言って周りを見回し、ジェリックも痛みに耐えながら戦っている仲間たちを確認する。確かに仲間の生徒や冒険者たちは数体のインファやモイルダー、そして六体のフェグッターに対して防戦一方の状態だった。


「どうやらこの部隊の連中は中位ベーゼにも勝てねぇザコばかりだったようだな。そんな虫けらどもが私らに勝つつもりでいたんだから、馬鹿としか言いようがねぇよなぁ?」

「こ、この野郎……」


 言いたいことを言うマドネーをジェリックは痛みに耐えながら睨みつける。

 今すぐにでも目の前の異常な女を倒してやりたいと思っていたが、自分ではマドネーを倒すことはできない。ジェリックは自分の力の無さを悔しく思った。


「さぁて、テメェはじっくり甚振ってから殺すことになってるし、今度はもう少し力を込めてぶっ刺してやるかなぁ」


 ジェリックの方を向き直したマドネーは再び細剣の切っ先をジェリックに向ける。ジェリックは拷問を始めようとするマドネーを見ながら奥歯を噛みしめた。


火球ファイヤーボール!」


 広場に声が響くと同時にマドネーに向かって火球が飛んで行く。背後からの火球に気付いたマドネーは目を見開き、咄嗟に右へ跳んで火球を回避した。

 火球をかわしたマドネーは投げ捨てたコポックの下へ走り、コポックを拾って火球が飛んできた方を向いた。

 マドネーの視線の先、広場の北にある街道には右手でヴォルカニックを握りながら左手を自分に向けるパーシュと得物を握るユーキ、ラーフォン、イーワン、計十人のメルディエズ学園の生徒と冒険者の姿があった。


「アイツらは……」


 ユーキとパーシュの姿を見たマドネーは目を鋭くしながら意外そうな反応を見せる。


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