第二十話 奇襲の爆撃
盗賊たちを見失わないよう気を付けながらユーキたちは尾行を続ける。しかし、見失わないようにするためと言って距離を詰めすぎたり、急いで後を追ったりすると気付かれてしまうため、100mほどの間隔を空け、木の陰や草むらに身を隠しながら慎重に後を追った。
勿論、尾行している盗賊以外の盗賊と遭遇する可能性があるため、周囲の警戒も怠らなかった。尾行に集中しすぎて他の盗賊に気付かず、逆に自分たちが見つかってしまったら笑い話にもならない。ユーキたちは後ろや木の上などを確認しながら移動する。
尾行を始めてから十数分後、盗賊たちは後を付けられていることに気付かないまま、大きな建物がある広場に辿り着いた。ユーキたちは足を止めると近くにある木の陰に隠れて広場の様子を窺う。
広場の中には天井や壁に穴が開いた古い木製の倉庫のような建物が二つ建っており、その前では大勢の男たちが荷物を運んだり、武器の手入れなどをしている姿がある。男たちはユーキたちが尾行している盗賊たちと似た格好をしており、男たちの姿と場所の様子から、ユーキたちはそこが探していた盗賊たちの隠れ家だと確信した。
隠れ家は木製の柵で囲まれており、入口と思われる所には二人の見張りがいる。ユーキたちが尾行していた盗賊たちは見張りに挨拶をすると隠れ家に入っていく。彼らは最後までユーキたちに尾行されていることに気付かなかった。
「……遂に見つけたな」
隠れ家を見つめながらフレードは呟き、同じように隠れ家の様子を窺っているユーキたちも目を鋭くしている。隠れ家を見つけ、これから隠れ家にいる大勢の盗賊たちと戦うのだと感じたアイカは若干緊張しながら隠れ家を見つめていた。
「しかし、隠れ家だけあって流石に警戒厳重だな」
「ええ、入口や敷地の中だけじゃなくて、外にも何人が見張りがいます」
フレードの隣で姿勢を低くしていたユーキが隠れ家の外を見ながら呟き、それを聞いたアイカたちは隠れ家の周りを確認する。ユーキの言うとおり、入口の近くや柵の外側には剣や手斧を持った数人の盗賊が徘徊してる姿があり、近くに生えている木の上でも弓矢を持った盗賊が二三人いた。
遠くにいる大勢の盗賊たちは見てアイカたちは面倒そうな表情を浮かべる。そんな中、ユーキは混沌術を発動させて自身の視力を強化して隠れ家の中や周囲を確認した。
視力を強化したことでユーキは双眼鏡を使っているかのようにハッキリと隠れ家の中やそこにいる盗賊たちを見ることができるようになり、ユーキは少しずつ情報を集めていく。
しばらく情報を集めていたユーキは混沌術を解除して視力を元に戻す。そして、アイカたちの方を見ると軽く表情を歪めた。
「盗賊の人数を調べてみたんですけど、此処から見える奴だけでも十五人いました」
「確かなのか?」
「ええ、間違いありません。強化で視力を強化して調べましたから」
ユーキの言葉を聞いてフレードは納得した反応を見せる。フレードはユーキの混沌術の能力を理解しているため、ユーキの得た情報に間違いは無いと感じたようだ。
十五人もいる盗賊を相手にどのように戦うかユーキたちは考える。自分たちは混沌士で盗賊たちに負けない実力を持っているが、敵の中にはユーキたちと同じ混沌士がおり、盗賊が全部で何人いるのか、隠れ家がどんな作りになっているのか分からない。何も考えずに突っ込むのはリスクが大きいと四人は感じていた。
しかもユーキたちが今いる位置から隠れ家まで隠れる場所は殆どなく、高い木の上から周囲を見張る盗賊もいるため、見つかる可能性が高かった。
「どうします、パーシュ先輩? このまま近づいても盗賊たちに気付かれて護りを固められてしまう可能性がありますが……」
アイカはこの後どうするかパーシュの方を向いて尋ねる。パーシュは無言で盗賊たちの隠れ家を見つめ、しばらくすると視線だけを動かしたアイカの方を向いた。
「……少人数で攻める場合、敵に気付かれないように一人ずつ慎重に攻めていくのが普通だけど、こっちには混沌士が四人もいて、その中にはあたしがいるんだ。多少派手に暴れても問題だろうね」
「え? それって……」
「奇襲を仕掛け、混乱している所を一気に叩く」
パーシュから作戦を聞かされたアイカは目を見開き、ユーキは「ほぉ」と言いたそうな顔でパーシュを見る。フレードも普段冷静で慎重に仕事をするパーシュが珍しく大胆な行動に出ようとしているため、少し意外そうな顔でパーシュを見ていた。
「で、ですが先輩、敵の正確な人数や配置は分かっていません。そんな状態で攻撃を仕掛けるのは危険じゃないでしょうか? しかも敵の混沌士の能力も全然分かっていませんし……」
「いや、だからこそ奇襲を仕掛けるべきなんだよ」
アイカがパーシュを説得しているとユーキがパーシュの考えに賛同し、アイカはユーキの方を向く。今まで落ち着いて物事を判断していたユーキが真正面から攻撃を仕掛けると言ってきたため、アイカは意外に思ったようだ。
ユーキの言っていることが理解できないアイカは小首を傾げながらユーキを見つめる。ユーキはアイカが説明を求めていると気付くと隠れ家の方を見ながら口を開く。
「時間を掛けて敵を倒していけば気付かれる可能性は低いかもしれない。だけど、それだと何時かは敵側に仲間の数が減っていることを気付かれて警戒を強化されてしまう。そうなったらこちらも攻めにくくなり、何時かは敵に気付かれてしまう。そうなる前に一気に攻め込めば敵に護りを固められることもなく、短時間で制圧することができる」
ユーキの説明を聞いたアイカは軽く目を見開く。大胆で危険度の高い方法だが敵が態勢を立て直す前に大ダメージを与え、短時間で決着をつけることができると知って驚いていた。
パーシュはユーキの話を聞いてニッと楽しそうに笑みを浮かべる。どうやらパーシュもユーキと同じことを考えていたようだ。フレードもユーキが大胆な考え方をすると知ってパーシュと同じような笑みを浮かべていた。
「生け捕りにするっていうのなら、傷つけないように慎重に攻めるべきだが、こっちの目的は盗賊を討伐することだ。ロイガント男爵も可能なら生け捕りにしろって言ってたから、戦闘中に生き残った奴がいれば捕まればいい。とにかく俺たちは盗賊を倒すことを優先して戦えばいいんだ」
「そう言うことさ。よく分かってるじゃないか、ユーキ」
自分と同じ考え方をするユーキを見てパーシュはどこか嬉しそうな顔をし、ユーキもパーシュの顔を見て小さく笑う。アイカはユーキの説明を聞き、なぜパーシュが奇襲を仕掛けようとしているのか理由を知って感心しながらパーシュを見ていた。
「それにしてもどういう風の吹き回しだ? 普段は必要以上に警戒して慎重に行動するお前が人数の分からない敵に奇襲を仕掛けようとするなんてよ」
話を聞いていたフレードが木にもたれながらパーシュに声を掛ける。パーシュはからかうような口調で語り掛けてくるフレードを目を細くしながら見た。
「あたしは状況を分析して慎重に行動するべきかどうか判断してるんだ。普段から警戒しすぎてるわけじゃないよ」
「ハッ、そうかい」
鼻で笑いながら納得するフレードを見たパーシュは自分が小馬鹿にされていると感じてフレードに鋭い視線を向けた。二人の様子を見たアイカはまた口論が始まると感じ、慌てて話題を変える。
「そ、それでパーシュ先輩、どのようにして奇襲を仕掛けるのですか?」
アイカが声を掛けると、パーシュは不愉快そうな顔でフレードをしばらく見つめてから盗賊たちの隠れ家に視線を向ける。アイカは口論にならずに済んだとことに安心しながら隠れ家に視線を向け、ユーキとフレードも目を鋭くして隠れ家を見つめた。
「まず、あたしの魔法で入口前と木の上にいる盗賊たちを倒し、その後に魔法で隠れ家を攻撃しながら突入、敵が混乱している隙をついて倒していく」
「ですが、私たちが使う魔法では盗賊たちを倒すことはできても混乱させることはできないのではないでしょうか?」
自分たちの魔法では盗賊たちを混乱させるのは難しいと感じるアイカは不安そうな顔でパーシュに尋ねた。
メルディエズ学園の生徒の中で魔導士を目指す生徒は下級魔法だけでなく、強力な中級以上の魔法も習得できるように授業を受ける。しかし、戦士を目指す生徒は武器の使い方や接近戦での戦い方を優先して教わるため、魔法は下級魔法しか教わることができない。つまり、敵を混乱させるほど強力な魔法は習得できないのだ。
勿論、上級生であるパーシュもそのことは知っている。しかし、パーシュはアイカの方を向くと余裕の笑みを浮かべた。
「アイカ、忘れたのかい? あたしの能力を?」
「先輩の能力? ……あっ!」
何かを思い出したアイカはハッとし、フレードも話を聞いて「ああぁ」と言いたそうな顔をする。ユーキだけは何の話をしているのか理解できず、不思議そうな顔で会話を聞いていた。
「さて、それじゃあどうやって盗賊たちを倒すか、作戦を練るとするかね」
アイカが納得したのを見たパーシュはニッと笑みを浮かべながらどのように盗賊たちと戦うのか話し始め、ユーキたちは真剣な顔をしながらパーシュの話に耳を傾けた。
――――――
盗賊たちの隠れ家では大勢の盗賊たちが様々な作業をしていた。武器である剣や手斧の手入れをしている者や食材の肉などを調理している者、盗んだと思われる金品を確認したりしている者などがいる。
作業をしている盗賊以外の者は隠れ家の中を見回ったり、外を見張ったりなどしている。そこにいる者のほぼ全員が盗賊と言えるような人相の悪い顔をしていた。
隠れ家の奥には倉庫のような建物が二つ並んで建っており、その内の一つの中では二十人程の盗賊たちが騒いでいた。外で作業している盗賊たちと違い、こちらの盗賊たちは楽しそうに笑っている。どうやら彼らは外の盗賊たちと違って仕事はせずに休んでいるようだ。
樽の上に四角い板を置いただけの机の上には料理の乗った皿や酒の入った木製ジョッキや瓶が並んでおり、盗賊たちは机を囲んで飲み食いをしている。他にも銅貨や銀貨を賭けてカードゲームをしている者もおり、盗賊たちは楽園にいるかのようにはしゃいでいた。
盗賊たちが騒ぐ中、建物の奥で一人の女が少し高級そうな椅子に座ってくつろいでいる。女は葡萄色の短髪と緑色の目を持ち、赤い口紅を塗った三十代半ばぐらいの女で薄い茶色の長袖に薄黄色のショートパンツ姿で手袋をしており、他の盗賊たちと同じ革製の鎧を装備していた。ただし、彼女は鎧以外に鉄製のショルダーアーマーを両肩に装備しており、高級そうな剣も佩している。他の盗賊よりも明らかに装備が充実していた。
女は椅子に座りながら膝の上の木箱を開け、その中から美しく輝く宝石を取り出し、宝石を手に取るとうっとりしながら笑みを浮かべた。
椅子の右側には小さな木製の机があり、その上にはワインが入ったグラスが置かれてある。女は宝石を見つめながらワイングラスを取り、静かにワインを飲む。
ワインを一口飲むと女はワイングラスを机の上に戻す。ワイングラスには女の口紅が薄っすらと付いていた。
「この前襲った馬車は本当にいい獲物だったよ。貴族に宝石を届ける商人が乗ってたんだからね。おかげでこんないい宝石を手に入れることができた」
女は持っている宝石を木箱に戻すと別の宝石を取り出す。先程の宝石と比べると少し小さいが、より美しく輝いており、女は嬉しそうな顔で宝石を見つめた。
「コイツだけは売らずに残しておいて正解だったよ。おかげで目の保養になる」
「ディベリの姐御!」
宝石を見ながら笑っていると一人の盗賊がやって来た。ディベリと呼ばれた女は楽しんでいたところを邪魔されたためか、若干不快そうな表情を浮かべる。
「何だい、人がくつろいでいる時に」
「すんません。例の冒険者たちから手に入れた道具について確認しておきたことがありまして」
「数日前にこの森にやって来た冒険者たちかい?」
ディベリが確認すると盗賊は無言で頷く。
彼らは数日前に自分の討伐を依頼された冒険者たちとライトリ大森林で遭遇し、冒険者たちに勝利して彼らの装備品や道具を全て戦利品として手に入れたのだ。
「冒険者どもが使っていた装備の中で幾つか使えそうな武器があったんスけど、俺らが使っても構わないスか?」
「ああ、好きにしな。ただ、武器以外で売れば金になりそうな物はしまっておきな」
「ヘイ……あと、ヒポラングどもの解体も終わりました。今回の奴らは毛皮と牙がかなり立派な物でしたよ?」
「そうかい。なら、次に森の外に出る時に近くの町で売ってきな。例の冒険者たちから奪い取った物も一緒にね」
「分かりました」
「分かってると思うけど、売る町はモルキンの町以外にするんだよ? あの町の連中はあたしらを警戒してるからね」
「勿論分かってますよ。少し遠いですが此処から南に行った所になる町で金に換え……」
盗賊がディベリと話していると、突然建物の中に大きな音が響き、ディベリや盗賊たちは目を大きく見開いて驚く。
「何だい、今の音は!?」
ディベリは思わず立ち上がって天井を見上げる。ディベリが立ち上がったことで彼女の膝の上に置いてあった木箱は落ち、中の宝石が周囲に散らばった。しかし、ディベリは宝石のことなど気にせずに天井や周囲を見回す。
何が起きたのか分からずに盗賊たちが騒いでいると、一人の盗賊が慌てた様子で建物に入ってくる。盗賊はそのままディベリの下へ駆け寄り、近づいて来た盗賊に気付いたディベリと近くにいた盗賊たちは視線を駆け寄って来た盗賊に向けた。
「あ、姐さん、大変です! 隠れ家が攻撃を受けています!」
「何だって! どういうことだい!?」
自分たちの隠れ家が奇襲を受けたことが信じられないディベリは声を上げながら尋ねる。他の盗賊たちも飲食や遊びを中断し、立ち上がったりしながら驚愕していた。
「突然入口が爆発し、木の上で見張っていた奴らも攻撃を受けて落とされました。多分、何者かが魔法か何かを使って攻撃してるんだと思います」
「そんな馬鹿な、あたしらの隠れ家を見つけた奴がいるって言うのかい!?」
「ハ、ハイ、そういうことになります……」
「クッ! ……それで、敵はどんな奴だい? 冒険者なのかい?」
「い、いえ、それはまだ……」
「なら、さっさと確かめなっ!」
怒鳴るように指示を出すディベリに驚いた盗賊は慌てて外へ向かい、残っている盗賊たちは飛び出していった盗賊を無言で見ていた。すると、ディベリがワイングラスの乗っている机を蹴り倒し、倒れた音とワイングラスが割れる音を聞いた盗賊たちは一斉にディベリの方を向く。
「アンタたち、何時までのんびりしてるんだい! 敵襲だよ、さっさと武器を取って敵を迎え撃ってきな!」
険しい顔で命令するディベリを見て、建物の中にいる盗賊たちも急いで外に出て敵の迎撃に向かう。建物の中にはディベリ一人が残り、ディベリは落ちている宝石を見下ろしながら奥歯を噛みしめる。
「何処のどいつか知らないけど、あたしの隠れ家を襲うなんていい度胸してるじゃないか。血を吸う天使にちょっかいを出したらどういう目に遭うか、タップリと教えてやるよ」
自分の楽園と言える隠れ家を襲撃し、楽しい時間を壊した敵に腹を立てるディベリは拳を震わせる。そして、盗賊たちと同じように隠れ家を襲撃した敵の相手をするため、早足で建物から出ていった。
その頃、隠れ家の入口付近では大勢の盗賊が武器を手に周囲を警戒していた。入口は破壊され、その近くでは炎が燃えている。盗賊たちは動揺しながらも迎撃態勢に入って敵を探した。
入口の近くで二人の盗賊が剣を構えながら周囲を見回している。二人の近くでは入口を見張っていた盗賊たちが倒れており、その内の一人は火だるま状態で息絶えていた。
「クッソォ、敵は何処にいるんだ!?」
「分からねぇ。ただ、奥の方から何かが飛んできて入口や木の上にいる奴を吹っ飛ばしたのを見たぜ?」
「吹っ飛ばした? どういうことだ?」
「それが、俺もハッキリとは見てな……」
盗賊が喋っていると森の奥から火球が勢いよく飛んで来て二人の盗賊の間を通過し、隠れ家の奥へ飛んで行く。そして、火球は隠れ家の中にある木箱に命中し爆発した。
爆発した木箱を見て二人の盗賊は目を大きく見開き、火球が飛んで来た方角を確認する。その瞬間、再び森の奥から火球が飛んで来て盗賊たちの足元に命中し、爆発した。盗賊たちは爆発に巻き込まれて大きく吹き飛び、地面に叩きつけられてそのまま意識を失う。
入口から少し離れた所では他の盗賊たちが連続で起きる爆発に驚きを見せているが、すぐに落ち着きを取り戻して入口の護りを固めようとする。すると、森の奥から何かが隠れ家に向かって走ってくるのが見え、盗賊たちは一斉に武器を構えた。
走ってくるのは得物を抜いたユーキたちで、ユーキたちの姿を見た盗賊たちはどうしてこんな所に子供がいるのかと驚きながら疑問に思っていたが、現状から目の前にいる四人の少年少女が隠れ家を襲撃してきた犯人ではないかと感じていた。
盗賊たちが驚く中、ユーキたちは全速力で盗賊の隠れ家に向かって行く。ユーキとアイカは両手に愛用の刀と剣を握りながら鋭い表情で盗賊たちを見ており、パーシュとフレードも神刀剣を右手に持ってユーキとアイカの前を走っていた。
「盗賊どもが入口の護りを固めてやがる。パーシュ、さっさと吹っ飛ばせ!」
「言われなくても分かってるよ!」
パーシュは走りながらヴォルカニックを持たない左手を盗賊たちに向ける。同時に混沌紋を光らせて混沌術を発動させた。
「火球!」
集まっている盗賊に向かってパーシュは左手から火球を放つ。今まで盗賊たちの隠れ家に火球を放っていたのはパーシュだったようだ。
飛んでくる火球を見た盗賊たちは下級魔法なら警戒するほどでもないと思ったのか小さく笑みを浮かべ、一斉に散開して火球を避けようとする。火球は盗賊たちには当たらず、盗賊たちの足元に当たった。
だが、火球が地面に当たった瞬間に爆発が起きて周りにいる盗賊たちを吹き飛ばした。爆発を受けた盗賊たちは何が起きたのか理解できないまま地面に叩きつけられ、痛みを感じる間もなく絶命する。
ユーキたちが盗賊の隠れ家を攻撃する際の作戦はまずパーシュの魔法で隠れ家を攻撃し、その攻撃で盗賊たちが怯んだ瞬間を狙って隠れ家に突入し、盗賊たちが態勢を立て直す前に一気に制圧するという作戦だ。単純な作戦だが、隠れ家にいて油断している盗賊相手なら十分通用する作戦だった。
盗賊たちが吹き飛んだのを確認したユーキたちは走る速度を上げて隠れ家に突入した。隠れ家の敷地内に入ったユーキたちが得物を構えて周囲を警戒すると、無傷の盗賊たちが集まって来てユーキたちを睨みながら武器を構える。盗賊は確認できるだけでも十人はおり、ユーキたちは表情を鋭くして盗賊たちを睨み返す。
「おうおう、かなりの数が集まってきたな。こりゃあ倒し甲斐があるってもんだ」
「ふざけてないで戦いに集中しな! そんなこと言ってたら足元をすくわれるよ」
楽しそうにするフレードを注意しながらパーシュは左手を前にいる盗賊たちに向け、再び火球を放って攻撃する。火球は盗賊の足元に命中すると爆発し、近くにいた盗賊たちは吹き飛ばす。
盗賊たちは断末魔を上げながら吹き飛び、爆発に巻き込まれた仲間を見て他の盗賊たちは愕然とする。そんな盗賊たちにもパーシュは火球を放ち、火球の直撃を受けた盗賊は爆発によって消し飛ばされた。
フレードはパーシュが盗賊たちを吹き飛ばす姿を見て小さく笑いながらリヴァイクスを構え、近くにいる盗賊に向かって走り出す。そして、距離を詰めると袈裟切りを放って盗賊の一人を切り捨てた。
近くにいた二人の盗賊たちはフレードを見て一瞬驚くがすぐに険しい表情を浮かべて持っている剣や手斧を構えた。
フレードは周りにいる盗賊たちを見ながら不敵な笑みを浮かべる。その直後、二人の盗賊は剣と手斧を同時に振り下ろし、真正面からフレードを攻撃した。フレードは盗賊たちの振り下ろしを後ろに軽く跳んで回避する。
攻撃をかわしたフレードは素早く前に踏み込み、リヴァイクスを横に振って反撃する。盗賊たちはリヴァイクスで腹部を斬られ、そのまま崩れるように倒れて動かなかなくなった。盗賊を倒したフレードは近くにいる別の盗賊を見つけるとその盗賊に向かって走っていく。
「……凄いな、先輩たち」
パーシュとフレードから少し離れた所ではユーキが月下と月影を構えながら二人の勇姿を見ている。上級生である二人の戦う姿を見て、今まで見てきたメルディエズ学園の生徒とは違う何かを感じ取り、ユーキは驚くのと同時に感心していた。
ユーキのすぐ隣ではアイカがプラジュとスピキュを構えており、パーシュとフレードに見惚れているユーキを見て微笑んだ。
「二人とも強いでしょう? あれでもまだ本気を出していないのよ、先輩たち」
「やっぱそうだよな。流石は上級生だ……でも、一番驚かされたのはパーシュ先輩の能力だ」
そう言ってユーキは火球を放つパーシュに視線を向ける。パーシュが放つ火球があまりにも強力なことにユーキは驚いていた。
火球は炎属性の魔法の中で最も威力の低く、命中した敵を炎で呑み込んでダメージを与える。だが、炎で吞み込むことはできても爆発して敵を吹き飛ばすことはできない。にもかかわらず、パーシュの火球は命中した直後に爆発して盗賊たちを吹き飛ばすことができた。
ユーキがパーシュの戦う姿を見ているとアイカが構えたままパーシュの姿を見て口を開いた。
「あれがパーシュ先輩の混沌術、“爆破”の力よ」
アイカはパーシュの混沌術の能力名を口にし、ユーキは視線だけを動かしてアイカを見た後に再びパーシュの方を向いた。
パーシュの混沌術、爆破はパーシュが触れた無生物や魔法を爆発させたり、爆発効果を付与させることができる能力だ。爆発の威力や範囲はパーシュが自由に調整でき、敵が死なない程度の小さな爆発を起こしたり、即死させるほどの大爆発を起こすこともできる。爆発させるタイミングも決めることができ、念じれば爆発効果を付与した物を好きな時に爆発させることができるため、戦闘に優れた混沌術なのだ。
盗賊に放った火球が爆発したのはパーシュが魔法を発動する時に混沌術も発動させ、爆発しない火球に爆発効果を付与したからである。地面に刺さっている剣を見つけた時も拾った小石を爆発するようにし、空中で爆発させて盗賊たちをおびき寄せたのだ
「襲撃する前にパーシュ先輩の混沌術のことを聞かされた時はいまいち分からなかったけど、実際見たらよく分かったよ。確かにあれなら盗賊たちを混乱させられるな」
「しかも彼女は上級生の中でも魔力が高い方だから、魔法を何発でも撃つことができるの」
「……ホントに凄い人だな」
改めてパーシュが優秀な生徒だと知ったユーキは頼もしさを感じ、パーシュを見ながら小さく笑う。アイカもパーシュの勇姿を見て誇らしげに笑みを浮かべる。
ユーキとアイカがパーシュとフレードの方を見ていると前から手斧を持った盗賊が二人現れ、盗賊たちに気付いたユーキとアイカは盗賊たちの方を向いた。
「テメェら、よくもやってくれやがったな!」
「ガキがナメたことしたらどうなるか、たっぷり教えてやる!」
盗賊たちは険しい顔でユーキとアイカを威嚇するが、二人は盗賊たちに怯むことなく構え、鋭い目で盗賊たちを睨み返す。盗賊たちは動揺しない二人が気に入らないのか、手斧を振り上げて襲い掛かる。
ユーキは頭上から迫ってくる手斧を見上げ、手斧の刃が触れそうになった瞬間に左へ移動して盗賊の側面に回り込み、そのまま月下と月影を同時に振って逆袈裟切りを放ち盗賊を斬る。アイカも自分に襲い掛かって来た盗賊の手斧を左手に持つスピキュで払い、素早くプラジュを横に振って盗賊の胴体を斬った。
斬られた盗賊たちは苦痛の表情を浮かべながら倒れ、そのまま動かなくなる。盗賊たちを倒したユーキとアイカは素早く周囲を確認した。すると、前から一人の盗賊が槍を構えて走ってくるのが見え、ユーキとアイカは素早く構え直して迎撃態勢に入る。
盗賊は自分の存在が気付かれたにもかかわらず、勢いを落とさずにユーキとアイカに突撃し、二人は盗賊が何も考えずに突っ込んで来ていると感じて哀れむように盗賊を見つめる。そんな時、盗賊の後ろから何かがもの凄い速さでユーキとアイカに向かって飛んできた。
飛んで来た物に気付いたユーキは咄嗟に月下と飛んで来た物を叩き落す。落ちた物を確認すると、それは一本の矢だった。
矢を見た後、ユーキは矢が飛んで来た方角を確認し、五十mほど離れた位置から弓を構える盗賊を見つけた。
「チッ、隠れ家の中にも弓兵がいたのか」
隠れ家の外だけでなく、中にも弓矢を使う盗賊がいたことを知ったユーキは面倒そうな顔をし、アイカも目を鋭くして弓を構える盗賊を睨む。そこへ槍を持った盗賊が迫って来てアイカに向かって突きを放ち攻撃してくる。
盗賊に気付いたアイカは右へ移動して突きをかわして盗賊の左側へ回り込み、プラジュをを上段構えに、スピキュを右へ持っていき横に構える。
「太陽十字斬!」
力の入った声を出したアイカはスピキュを横切りを放ってからプラジュを振り下ろし、盗賊を十字に斬りつける。盗賊は攻撃をかわされた直後の反撃だったため、回避することができずに斬られ、槍を持ったまま前に倒れて絶命した。
アイカが盗賊を倒したのを確認したユーキは弓を持つ盗賊の方を向く。弓を持つ盗賊は弓矢を構え、再びユーキに矢を放とうとする。それを見たユーキは鬱陶しそうな顔をし、月影を持った状態で左手を盗賊に向けた。
「闇の射撃!」
ユーキの左手の前に紫色の靄のような物が出現し、弾状に形を変えると勢いよく盗賊に向かって放たれる。盗賊は向かって来る靄を見て驚き、回避しようとするが間に合わずにユーキの放った靄をまともに受けてしまう。
盗賊は体を靄で包まれながら苦痛の声を上げ、靄が消えると仰向けに倒れてそのまま息絶える。盗賊の体や服には焦げ跡や火傷などはなく、靄を受ける前と殆ど状態は変わってなかった。
ユーキが使ったのは闇属性の下級魔法で靄のような闇を弾に変えて撃ち出して攻撃する。下級魔法であるため、攻撃力も火球と同じくらいのものだ。ユーキはメルディエズ学園に入学してから魔法の授業も受けており、既に下級魔法が使えるようになっていた。
弓矢を持つ盗賊を倒したユーキは周囲を見回して他に盗賊がいないか確認する。ユーキたちが突入した時に敷地内にいた十数人の盗賊は全員が倒されており、その場にはユーキたちしかいなかった。
盗賊の殆どはパーシュの火球によって吹き飛ばされ、死体からは薄い煙を上げている。そして、パーシュの火球が命中した場所には大きな焦げ跡があり、そこからも煙が上がっていた。
「……とりあえず、あらかた片付いたようだな」
「ええ、でもまだ奥に大勢いるはずよ」
周囲を見回すユーキにアイカが近づいてまだ全ての敵を倒していないことを使える。ユーキも盗賊を全滅させたとは思っていないため、アイカの方を向いて「分かっている」と目で伝えながら小さく頷く。
離れた所で戦っていたパーシュとフレードもユーキとアイカに合流し、周囲を見回して他に盗賊がいないか確認する。念入りに確かめるがユーキたちから見える場所には盗賊の姿は無い。
「よし、此処らにはもう敵はいないようだから、もう少し奥へ行って敵がいないか調べてみるかね」
「ハイ」
パーシュを見ながらアイカは返事をし、ユーキとフレードも無言でパーシュを見つめる。情報では盗賊は二十人以上いるため、奥に行けは先程戦った盗賊たちと同じくらいの人数の敵がいるはずだと四人は確信していた。
「分かってると思うけど、敵はまだ大勢いるはずだし、敵の混沌士もまだ出てきたないんだ。油断して足元をすくわれないように気を付けな?」
真剣な顔で忠告をするパーシュを見ながらユーキとアイカは無言で頷く。フレードだけは返事をしたり、頷いたりなどせずに隠れ家の奥をジッと見つめていた。
「それじゃあ、残りの盗賊たちを探しに行くかね」
「……その必要は無さそうだぜ?」
フレードの言葉を聞いてユーキたちは一斉にフレードの方を向く。フレードは隠れ家の奥を左手で指差し、四人はフレードが指差す方を見る。
隠れ家の奥からは十数人の武器を持った盗賊が歩いて来るのが見え、盗賊たちの先頭には剣を握りながら険しい顔をするディベリの姿もあった。ディベリはユーキたちの姿と倒れている盗賊たちの姿を見ると更に表情を険しくしてユーキたちを睨む。
「アイツらがあたしの隠れ家を襲撃した奴らか。どんな連中かと思ったらまだ子供じゃないか、しかもたった四人でその内の二人は女だなんて……」
ディベリは剣を強く握りながら奥歯を噛みしめる。自分の隠れ家を襲撃してきた敵に対してディベリは怒りを感じていたが、敵が四人の少年少女でその四人に倒された部下たちにも腹を立てていた。
この怒りを目の前の四人の少年少女にぶつけてやる、そう思いながらディベリはユーキたちの方へ歩いて行き、後ろにいる盗賊たち目を鋭くしながらディベリの後をついて行く。
近づいて来るディベリと盗賊たちを見ながらユーキたちも警戒し、盗賊たちが襲ってきたらすぐに対応できるようにしていた。
「あれが残りの盗賊たちか……」
「間違い無いだろうね。んで、先頭にいる女、確かロイガント男爵は盗賊たちのリーダーである女が混沌士だって言ってたね」
「じゃあ、アイツが混沌士ってわけか……ヘッ、ならアイツの相手は俺がするぜ」
「敵のことを何も知らないのに勝手に決めるんじゃないよ。そもそもアイツがリーダーかどうかは分からない。他にも女の盗賊がいるかもしれないし、まずは相手の出方を見てからだ」
「チッ!」
フレードは不満そうな顔で舌打ちをし、パーシュはそんなフレードを見て呆れたような顔をする。
先頭にいる女盗賊が混沌士である可能性があると知ったユーキとアイカは自分たちの得物を握り、どんな混沌術を使うのだろうと予想しながら警戒した。




