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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第十二章~惨劇の女王蜂~
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第二百八話  魔を滅する格闘家


 北門の広場では侵入したタオフェンが鳴き声を上げながら周囲にいるメルディエズ学園の生徒や冒険者たちを威嚇している。

 生徒たちは武器を構えながらタオフェンを睨んでいる。だが冒険者たちは初めて戦うベーゼを目にして緊迫した表情を浮かべていた。


「敵は下位ベーゼが四体だけだ。一斉に攻撃して片付けるぞ!」


 生徒の一人が周りにいる仲間たちに声を掛け、他の生徒たちもタオフェンを攻撃するためにゆっくりとタオフェンに近づき始める。

 冒険者の中にはメルディエズ学園の生徒が仕切っている状況に小さな不安を感じているような者もいたが、ベーゼに関して殆ど知識が無い自分たちがベーゼと戦うなら生徒に従った方がいいと感じ、不満を口にせずに従うことにした。

 タオフェンの周りにいる生徒や冒険者たちは武器を構えながら距離を詰めていく。だがその時、タオフェンたちが掘った穴から新たにベーゼが四体現れた。

 現れたのは身長160cmほどで利休りきゅう色のボロボロの長袖、長ズボン姿に茶色い皮鎧、薄茶色のショルダーアーマー、錆びたケトルハット、丸い目と口に長い鼻の付いた黄土色のハニワのような仮面を装備し、大きな籠を背負った人型ベーゼ、ペスートだった。

 広場に侵入したペスートたちは暴れたりすることなくキョロキョロと周囲を見回す。タオフェンだけでなく、ペスートまで広場に侵入したのを見た生徒や冒険者たちは目を軽く見開いた。

 四体のペスートは周りの状況を確認すると背負っている籠から大きめの茶色い球体を取り出し、それぞれ別の方角に投げつけた。

 生徒と冒険者たちは投げられた球体を見ると咄嗟にその場を移動して球体から離れる。球体は地面に落ちると陶器が割れたような音を立てながら砕け、砕けた球体からは紫色の瘴気が出てきた。


「ヤバい、瘴気だ! 全員息を止めろ!」


 広がる瘴気を見て生徒たちは息を止めながら急いで距離を取る。メルディエズ学園の生徒である彼らはペスートが瘴気をばら撒くベーゼであることを知っているため、どう対処すればいいのか分かっていた。

 瘴気を吸わないように注意しながら距離を取った生徒たちはベーゼを警戒しながら自分のポーチに手を入れ、瘴壊丸を取り出すと一粒飲んだ。

 広場に瘴気を広げられたため、瘴気が充満する中で戦わないといけない。瘴壊丸を飲めば一定時間、瘴気を吸っても体が侵されることは無いため、生徒たちは急いで瘴壊丸を服用した。

 しかし冒険者やレンツイの警備兵たちは瘴気への対策方法が無い。そのため、瘴気の近くにいた者たちの何人かは瘴気を吸ってしまった。その結果、瘴気を吸った冒険者や警備兵たちはめまいや息苦しさに襲われ、その場で膝を付いたり、倒れたりして動けなくなっている。

 冒険者たちが瘴気に侵されていることに気付いた近くの生徒たちは慌てて駆け寄り、自分たちが持っている瘴壊丸のあまりを冒険者たちに差し出す。


「おい、早くコイツを飲め! 手遅れになるぞ」


 生徒の手の中にある丸薬を見た冒険者たちは何の薬なのか分からずにいたが、現状から自分たちの体を何とかする薬だと悟り、急いで服用する。すると飲み込んだ直後に体の不調が治り、瘴気に侵されていた冒険者や警備兵たちは驚いた。

 目の前の冒険者たちが回復すると生徒たちは次にまだ瘴気を吸っていない者たちの下へ向かい、万が一瘴気を吸ってしまった時に回復できるよう余っている瘴壊丸を渡した。

 生徒たちが瘴気の対処や体調を悪くした者たちの処置をしている間、ペスートたちは更に瘴気を広げようとと背中の籠から新しい球体を取り出して投げようとする。だが、そこへ城壁の上にいたカムネスが下りてきてペスートたちに向かって走り出す。

 カムネスはペスートが瘴気をばら撒いている光景を見ていたため、既に手持ちの瘴壊丸を服用していた。

 走るカムネスは納刀してあるフウガを抜き、瘴気の中にいるペスートたちを見つめる。そしてフウガを両手で握ると走ったまま脇構えを取り、フウガの刀身に風を纏わせた。


烈風壊波れっぷうかいは!」


 風を纏わせたフウガを勢いよく振り上げ、充満している瘴気の中心にいるペスートたちに向けて刀身の風を放つ。

 突風を受けたペスートたちは体勢を崩さないよう耐えていたが、周りの瘴気は全て吹き飛ばされた。

 瘴気が消えたことで広場にいる者たちが瘴気を吸うことは無くなったが、瘴気が消えてもまだ僅かに毒素が残っているため油断はできない。そのため、瘴気が無くなっても瘴壊丸を飲んでおく必要があった。

 充満していた瘴気が消えたことで視界が良くなり、ペスートたちの姿がハッキリ見えるようになった。カムネスは瘴気が消えるとフウガを素早く鞘に納め、走る速度を上げて一気にペスートたちに近づいた。


「グラディクト抜刀術、三連迅刀さんれんじんとう!」


 ペスートたちが間合いに入るとカムネスはフウガを抜き、目にも止まらぬ速さで居合切りを三回放つ。

 間合いに入っていたペスートの内、三体はカムネスの攻撃を受け、低い声を上げながら持っている球体ごとその場で黒い靄となって消えた。

 カムネスは続けて残っているペスートに視線を向け、素早く両手で上段構えを取ると逃げられる前に袈裟切りを放って攻撃した。

 攻撃を受けたペスートはゆっくりと後ろに倒れると背中を地面に叩きつける前に靄となって消滅した。

 侵入してきたペスートを全て倒したカムネスはフウガを鞘に納め、最初に侵入したタオフェンたちの方を向く。タオフェンたちカムネスから離れた所で他の生徒や冒険者たちと交戦していた。


「生徒たちなら問題無く対処できるが、冒険者たちでは倒すのに時間がかかるかもしれないな。……ここは冒険者たちに手を貸して早く倒した方が良さそうだ」


 カムネスは現状からベーゼを倒すのに時間がかかりそうな方に加勢するべきだと判断する。この時、カムネスは冒険者に手を貸そうと考えていたが、同時にタオフェンが掘った穴を防ぐための人手を得るためにも冒険者たちに協力した方がいいと思っていた。

 鞘に納めてあるフウガを握るカムネスはタオフェンと戦う冒険者たちの下へ向かおうとした。すると、何者がカムネスの左側を走って追い越し、走ろうとしていたカムネスは足を止めて追い越した人物を確認する。それは北門の見張り場にいるはずのチェンスィだった。


「チェンスィ殿?」


 カムネスは見張り場にいるはずのチェンスィがなぜ広場に下りてきているのか疑問に思いながらチェンスィの後ろ姿を見つめる。そんな中、チェンスィが走ったまま後ろにいるカムネスの方を向いた。


「冒険者の方は私が何とかするから、貴方は生徒たちに加勢してあげて!」


 そう言うとチェンスィは前を向いて冒険者たちの下へ向かう。カムネスは広場に下りてきた理由が分からずにいたが、チェンスィの言葉を聞いて今はタオフェンを倒すことを優先するべきだと考え、タオフェンと交戦する生徒の下に走った。

 チェンスィが見張り場から広場に下りて来た理由、それは見張り場や城壁の上では自分の出番は殆ど無いと思ったからだ。

 見張り場や城壁の上にいる者たちの役目は城壁を乗り越えようとしたり、空を飛んでいるベーゼを攻撃して侵入を食い止めることだ。だが、城壁を上って来るベーゼも空を飛んでくるベーゼも弓矢や魔法と言った遠距離攻撃でなければ倒せない。

 モンクで接近戦しかできないチェンスィがベーゼと戦うには見張り場か城壁にベーゼがやって来る必要がある。しかし今の段階では空中のベーゼが見張り場に下りたり、城壁に越えて来る可能性は低いため、チェンスィはウェンコウたちに広場に侵入したベーゼの対処に向かうと言って下りて来たのだ。


「クッソォ、何なんだこの化け物ども!?」

「こんな奴、どうやって戦えばいいんだよ!」


 二体のタオフェンを前に槍を持つ二人の冒険者は効果的な戦い方が分からずに悩んでいる。二人の周りでは同じように武器を構えながらタオフェンを警戒する冒険者や警備兵の姿があるが、全員が情報の無いベーゼに進んで戦おうとせず距離を取っていた。

 冒険者たちが攻撃できずにいると一体のタオフェンが鳴き声を上げて冒険者たちを威嚇する。鳴き声に驚いた冒険者の一人が驚いてその場で尻餅をついてしまう。その隙をついたタオフェンの一体が前足の爪を光らせながら座り込んでいる冒険者に襲い掛かる。

 迫って来るタオフェンを見て冒険者は座ったまま表情を歪めた。だがその時、チェンスィがジャンプしてタオフェンの頭上に移動し、勢いよくタオフェンの脳天を踏みつける。

 踏みつけられたタオフェンは鳴き声を上げ、冒険者も助けてくれたチェンスィを見ながら呆然とした。チェンスィは足に力を入れるとタオフェンの頭部をもう一度踏みつけ、その反動で跳び上がり、座り込んでいる冒険者の前に着地する。


「大丈夫?」

「あ、ああ、助かったよ」


 冒険者が無事なのを確認したチェンスィはもう一人の冒険者の方を向く。チェンスィと目が合った冒険者は無言で頷いて無事なことを伝える。

 チェンスィは冒険者たちを見た後、目を鋭くして振り返り、タオフェンたちの方を向いた。

 二体のタオフェンの内、一体はチェンスィを見つめながら前足の爪を光らせ、チェンスィに頭部を踏まれたタオフェンは踏まれたことに腹を立てているらしく、鳴き声を上げながら興奮している。


「アンタたちの相手は私がしてあげるわ。かかって来なさい!」


 挑発的な言葉を口にしながらチェンスィは左足を前、右足を後ろに動かし、右手を胸の前、左手を顔の前まで持ってきて格闘技の構えを取る。ベーゼ相手に素手で戦うなど無謀だと思われるが、モンクである彼女にとっては何の問題の無いことだった。

 チェンスィが挑発していることを理解したのか、頭部を踏まれたタオフェンが爪を光らせながらチェンスィに飛びかかる。真正面から向かってきたタオフェンを睨むチェンスィは軽く左へ跳び、跳んだ直後に飛びかかってきたタオフェンの腹部に右足で蹴りを入れた。

 蹴りをまともに受けたタオフェンは後ろに蹴り飛ばされ、腹を上にしたながら倒れる。周りにいる冒険者たちはチェンスィの蹴りで仰向けになるベーゼを見て驚き、大きく目を見開いていた。

 しかし、ただの蹴りでベーゼが倒れるはずもなく、蹴られたタオフェンは体勢を直すと再びチェンスィに向かって行き、もう一体も続いてチェンスィに迫る。

 タオフェンたちを見たチェンスィは構え直してタオフェンたちの出方を窺う。するとチェンスィから見て左側のタオフェンが前足の爪でチェンスィの足を攻撃した。

 チェンスィは高くジャンプしてタオフェンの爪をかわすとタオフェンたちの頭上を移動して背後に着地し、素早くタオフェンたちの方を向くと攻撃してきたタオフェンの背中にパンチを撃ち込んだ。

 拳は背中に深くめり込み、タオフェンはダメージを受けて鳴き声を上げる。

 だがそれでも動けないほどのダメージは受けておらず、パンチを受けたタオフェンはチェンスィの方を向いて爪で反撃する。チェンスィは咄嗟に後ろに跳んで攻撃をかわし、距離を取って構え直した。


「なかなかやるわね、しかも結構硬い。普通に攻撃しても倒すのに時間がかかりそうだわ……だったら!」


 チェンスィは両手を強く握ると右手の甲に入っている混沌紋を光らせて混沌術カオスペルを発動させる。混沌術カオスペルが発動するとチェンスィの体を薄っすらと紫色に光り出す。その直後、タオフェンの一体がチェンスィに跳びかかった。

 再び前から襲ってきたタオフェンを見てチェンスィは単純だと思いながら足を軽く曲げ、タオフェンが攻撃が届くところまで近づいた瞬間、体を前に出しながら腰を左に捻り、同時に右手でタオフェンの頭部にパンチを打ち込んだ。

 チェンスィのパンチが命中するとタオフェンはそのまま後方に殴り飛ばす。先程背中を攻撃した時とは明らかに違い、タオフェンの頭部は重い鈍器で殴られたかのように歪んでいた。

 頭部にダメージを受けたタオフェンは仰向けになりながら足をばたつかせる。チェンスィは反撃の隙を与えてはならないと考え、体を光らせたまま殴り飛ばしたタオフェンに向かって跳び、そのままタオフェンの頭部を勢いよく踏みつけた。

 踏みつけたことでタオフェンの頭部は更に歪み、それが致命傷となったタオフェンは動かなくなってそのまま黒い靄となって消滅する。

 冒険者たちはチェンスィがベーゼを倒した光景を目にして驚きの声を漏らす。苦戦を強いられることなくベーゼを倒すチェンスィの勇姿に流石はS級冒険者だと心の中で感心した。

 チェンスィはタオフェンが倒れていた場所を見下ろしながら静かに息を吐いて気持ちを落ち着かせようとする。だがそこへもう一体のタオフェンが後ろからチェンスィに跳びかかり、前足の爪でチェンスィの背中を攻撃した。

 背後に攻撃を受けたチェンスィを見て冒険者たちは緊迫した表情を浮かべる。S級冒険者でも後ろからまともに攻撃を受けてしまってはただでは済まない、誰もがそう感じながらチェンスィがやられたと思っていた。

 ところがタオフェンの攻撃を受けたチェンスィは苦痛の声を上げるどころか体勢を崩すことも無く、普通に立っている。微動だにしないチェンスィを見ながら冒険者たちは不思議そうな顔をしていた。

 タオフェンは攻撃を受けても倒れないチェンスィに再び跳びつき、背中にしがみつくと噛みついたり爪で何度も攻撃して体を光らせるチェンスィを始末しようとする。

 だが、やはりチェンスィは声を上げることも倒れることも無く、前を向いたまま立ち続けていた。それどころが攻撃されているチェンスィの体や服には傷すらついていない。


「気安く触らないでよっ!」


 険しい顔をするチェンスィは大きな声を出しながら背中にしがみついているタオフェンの腹部に左腕で肘打ちを打ち込む。

 まともに肘打ちを受けたタオフェンはチェンスィから離れて後ろに下がる。タオフェンが離れた直後、チェンスィは振り返りながら右足でタオフェンに蹴りを入れた。

 チェンスィの蹴りはタオフェンの左側面にめり込み、左前脚も蹴りを受けてあり得ない方向に曲がる。チェンスィはそのまま右足に力を入れてタオフェンを蹴り飛ばし、タオフェンは地面に強く叩きつけられるとそのまま靄となって消滅した。

 近くにいたタオフェンを全て倒したチェンスィは周囲を確認し、脅威が無いことを確認すると両腕を下ろしながら深く息を吐く。


「意外と面倒な相手だったわね。まさかこんな奴に“硬化ハードニング”を使うことになるなんて……」


 若干不満そうな口調で呟きながらチェンスィが自分の混沌紋を見つめる。

 チェンスィの混沌術カオスペルである硬化ハードニングは文字どおり硬化させる能力だ。自身の体を始め、身につけている物や触れている物など、あらゆる物の硬くすることができる。

 硬化ハードニングの能力を使えば簡単に折れてしまう木の棒なども重さや感触をそのままに鋼鉄のように硬くすることができるのだ。能力を解除したり、混沌士カオティッカーの手から離れてしまった物はすぐに硬度が戻ってしまうが、発動し続けたり触れ続けていれば硬度を保つことができる。

 タオフェンと戦っている時、チェンスィは普通に攻撃しても決定的なダメージを与えられないと考え、硬化バードニングを発動して自身の体を硬化させながら戦った。普通の拳よりも硬い拳で攻撃すればダメージも大きくなるため、硬化ハードニングを発動した後はタオフェンの顔を歪ませたり、足を折るほどの攻撃を放つことができたのだ。

 更にチェンスィは拳以外にも全身と服を硬化させていた。その結果、背後からタオフェンに攻撃されてもダメージを受けず、服にも傷一つ付かなかった。

 チェンスィはもう混沌術カオスペルを発動させる必要は無いと判断し、硬度ハードニングを解除する。解除すると彼女の体から光が消え、体と服も元の状態に戻った。

 戦闘が終わり、チェンスィは残りのタオフェンがどうなったのか周囲を見回す。すると落ち着いた様子でフウガを納刀するカムネスとその足元で消滅していく二体のタオフェンの姿が目に入った。

 カムネスの周りでは笑いながら彼を見ている生徒たちが数人おり、カムネスがタオフェンを倒したことに歓喜しているのが分かる。


「あっちも片付いたみたいね。流石はメルディエズ学園の生徒会長さん、と言ったところかしら」


 自分と同じくらいの早さでベーゼを倒したカムネスを見てチェンスィは微笑みながら感心した。

 チェンスィが笑っているとカムネスが歩いて来るのが見え、チェンスィもカムネスの方へ歩いて行く。ベーゼが広場に侵入したことで今後の戦いの流れなどが変わってくるかもしれないため、状況確認などをする必要があった。


「お疲れ様、そっちは大丈夫?」


 カムネスと合流したチェンスィが安否を確認するとカムネスはチェンスィを見ながら小さく頷く。


「問題ありません。生徒や冒険者の中にも負傷者は出ていないようです。ただ、何人かは瘴気を吸ってしまったらしく、こちらが用意した瘴壊丸を飲ませて瘴気を体から取り除く必要があります」

「瘴気を……それで、その瘴壊丸って言うのを飲めば助かるの?」

「ええ、服用すればすぐに瘴気が消えて体調も回復します。更にしばらくの間は新たに瘴気を吸っても体が毒されることはありません」

「そうなの、流石に便利な道具を持ってるわねぇ」


 やはりメルディエズ学園の生徒は冒険者である自分たちと違ってベーゼとの戦いに役立つ道具や知識を豊富に持っている、チェンスィはカムネスの話を聞きながらそう思った。

 チェンスィが感心しているとカムネスが自分のポーチから小さな袋を取り出し、その中から瘴壊丸を一つ取り出してチェンスィに差し出す。


「念のためにチェンスィ殿も瘴壊丸を飲んでおいてください。瘴気は消しましたがまだ毒素が広場に残っているはずですから」

「わ、分かったわ」


 毒素が残っていると聞いて少し怖くなったチェンスィは瘴壊丸をを受け取ると口に入れる。すると口の中に苦みが広がってチェンスィは表情を歪めた。


「苦いでしょうが我慢して飲んでください。あと、噛み砕いて飲んだ方が効き目が早いので噛み砕くことをお勧めします。その分、苦みも強くなりますが……」


 落ち着いた様子で説明するカムネスを見たチェンスィは苦みに耐えながら言われたとおり口の中の丸薬を噛む。

 噛んだ直後、カムネスが言ったとおりより強い苦みが口に広がってチェンスィは更に表情を歪める。その後、苦みに耐えながらチェンスィは瘴壊丸を飲み込み、飲み終えた後に深く溜め息をついた。


「うぇ~、キツかったぁ。……それで、この後はどうするの?」


 チェンスィは今後の戦い方についてカムネスに尋ねる。カムネスは僅かに目を鋭くしながらタオフェンが掘った穴に視線を向けた。


「まずはタオフェンが掘った穴を塞ぎます。放置しておくと外からベーゼたちが侵入してきますからね」

「それはいいけど、また新しい穴を掘ってくるかもしれないよ?」

「確かに新たに穴を掘られては塞いでも意味ないでしょう。ですが、何もせずに放置しておくよりはマシです」


 塞がずにいるよりは塞いでおいた方がいいと言うカムネスの考えを聞き、チェンスィは「確かに」と納得したような反応を見せる。


「ベーゼたちは力が強いですから軽い物で塞いでも簡単に突破されてしまいます。できるだけ重い物を穴の上に置いた方がいいでしょう」

「それなら武器や防具が入った箱なんかがいいかもしれないわね。警備兵たちに言って穴を塞がせましょう」


 チェンスィは周囲を見回し、手の空いている警備兵を見つけると穴を塞ぐ物を用意させるために走って警備兵たちの下へ向かう。

 カムネスも近くにいる生徒や冒険者たちに広場の護りやベーゼに対する警戒を強めるよう伝えようと考えていた。


(ここまでは大きな問題も無く戦えているが、またタオフェンのようなベーゼが現れる可能性がある。これまで以上に警戒しながら戦わなくてはならないな……)


 北門の見張り場や城壁の上を見上げながらカムネスは気を抜かずに戦わなくてはいけないと自分に言い聞かせるように心の中で呟く。

 現在、レンツイに侵入したのは先程戦ったタオフェンとペスート、城壁を越えたルフリフぐらいで戦況に大きな変化はない。しかし城壁の向こう側にはまだ大勢のベーゼがおり、そのベーゼたちが何かしらの方法でレンツイになだれ込んでくる可能性もある。一瞬たりとも気を抜くことはできなかった。


(それにしても妙だ。敵の中にはベーゼたちを指揮する存在がいるはずなのに、ベーゼたちはただ北門と東門を攻撃すると言った単純な行動しな取っていない)


 真剣な表情を浮かべるカムネスは小さく俯きながら考え込む。

 防衛戦が始まってから既に三十分以上経過しているが、ベーゼたちは北門と東門を攻撃するだけで後退して態勢を立て直したり、別の門に回り込んで攻撃を仕掛けたりしない。

 ベーゼたちの中に指揮官がいるのなら効率よくレンツイを制圧するために様々な戦略を取るはずだ。にもかかわらずベーゼたちは北門と東門を攻めるだけなので、カムネスはベーゼたちが指揮官から指示を受けていないのではと推測していた。


(これまでのベーゼたちの攻め方から、彼らが指揮官の指示を受けて攻めている可能性は低い。つまり、敵の指揮官はベーゼたちがレンツイを襲撃し始めた時からまともに指揮を執っていないということになる。もしそうだとしたら、なぜそんなことを……)


 ベーゼの指揮官の行動が理解できないカムネスは難しい顔をしながら考え続ける。そんな時、冒険者や警備兵たちが武器の入った木箱を数人で運びながらタオフェンが掘った穴に近づいており、冒険者たちに気付いたカムネスは顔を上げた。


「……今はタオフェンの穴を塞ぎ、ベーゼたちの迎撃をすることの方が重要だな。考えるのはベーゼとの戦いが落ち着いた後でいい」


 現状を思い出したカムネスはメルディエズ学園の生徒たちに警戒するよう呼びかけるために移動した。


――――――


 北門と東門の南西にある塔の屋根ではマドネーが座りながら北門と東門の戦闘を見続けていた。

 長い時間屋根の上から戦いを見物していたためか、マドネーはどこか退屈そうな顔をしている。紅茶も全て飲んでしまい、手の中のティーカップは空になっていた。


「……つまんないなぁ~。時間をかけて甚振りながら攻め込むようにとは言ったけど、ここまで侵入に時間がかかるとは思わなかったぁ」


 不機嫌そうな口調で語りながらマドネーはムスッとする。

 マドネーは戦いが始まった直後、ベーゼたちには時間をかけて侵攻するように指示を出し、それ以降は何も指示を出さずに塔の上から戦いを眺めていた。理由は大量のベーゼたちなら簡単に正門を突破したり、城壁を越えてレンツイに侵入できると思ったからだ。

 戦争などでは敵の力がどれだけのものか予想、計算して自軍の戦力を動かし、戦わせるのが常識だ。だが、いい加減な性格をしているマドネーはその常識を頭に入れておらず、ベーゼたちの力を過信していたため、攻撃命令を出しただけで何もしなかった。


「まったくぅ、あんな虫けらども相手に何を手こずってるのよ! ホンットに使えない奴らぁ!」


 自分の指示の悪さに気付いていないマドネーは苛立ちをアピールするかのように屋根に座りながら両足をバタつかせる。今のマドネーはベーゼたちを指揮する者には見えなかった。

 しばらく足を動かしていたマドネーはムッとしながら持っている空のティーカップを投げつける。ティーカップと皿は塔のすぐ隣にある民家の屋根に当たり、高い音を立てながら砕け散った。


「あ~もうっ! これ以上アイツらに任せても何も進展しないわ。こうなったら私も前線に出て、奴らの背後から奇襲してやる」


 マドネーは屋根の上に置いてある天子傘コポックを手に取るとゆっくりと立ち上がって北門と東門を見つめる。ろくに指揮も取っていないのに部下たちの戦いに苛立ち、自分の立場を忘れて最前線に向かおうとする今のマドネーは指揮官としては致命的と言えた。

 しかしマドネー自身は自分が指揮官として失格であることを自覚しておらず、ただ自分の好きなように行動しようと思っている。彼女にとってレンツイの戦闘は遊びに過ぎなかったのだ。

 マドネーは真下にある街道を見下ろすとスカートを片手で押さえながら一歩前に出て塔の屋根から勢いよく街道へ落下し、街道の中央に着地する。

 普通の人間なら怪我をする高さだが上位ベーゼであるマドネーにとっては問題の無い高さだった。


「さ~てと、必死に戦ってる虫けらどもに挨拶に行こうっと♪ 北門と東門、どっちにいこうかなぁ~」


 コポックを開いたマドネーはどちらに向かうか考える。暗い深夜の街道で日傘を差す少女の姿は異様と言えた。


「……やっぱり東門かなぁ。確かあそこにはあのユーキ・ルナパレスたちがいるはずだったし」


 これから向かう先に自分が痛めつけた存在がいると思うとワクワクするのかマドネーはニヤリと不気味な笑みを浮かべる。

 既にマドネーの頭の中にはレンツイを襲撃するベーゼたちの指揮を執ると言う考えはなく、ユーキたちを甚振りたいと言う狂気的な感情だけがあった。


「よし、目的地決定! さっそく東門に行こーっと♪」


 不気味な笑みを消してごく普通の少女のような笑みを浮かべるマドネーはスキップをしながら街道を移動し、東門へと向かった。


――――――


 北門と東門から南西に少し離れた場所には少し小さめの広場があった。そこには無数のテントが張られ、テントの近くには木箱や樽などが幾つも置かれている。広場には二十人から三十人のメルディエズ学園の生徒と冒険者が木箱の中身を確かめたり、レンツイの地図を見ながら話し合っていた。その中にはトムリアとジェリックの姿もあり、近くにいる冒険者と話をしている。

 広場にいるのは北門と東門の防衛部隊から救援があった時や北門と東門以外にベーゼが現れた際にその対処に向かう待機部隊で手元にある道具や武器などを確認しながら待機していた。

 ベーゼが北門と東門に現れたことは既に待機部隊の耳に入っており、生徒と冒険者たちは現状の確認をしながら臨戦態勢を取っていた。

 トムリアとジェリックは冒険者から北門と東門の戦況を聞いて少し緊張した表情を浮かべている。自分たちがこうしている間に仲間たちが命懸けの戦いをしていると思うと心配で仕方が無かった。


「今のところ、北門と東門の部隊は問題無くベーゼを食い止めているらしい。ただ、何人か負傷者が出てるそうだ」

「負傷者が……」


 冒険者から二つの門の戦況を聞かされたトムリアは小さく俯きながら呟く。仲間たちが傷ついて苦しんでいるのを想像すると胸が苦しくなる。


「あの、こっちに救援要請とかは来てないんですか? 負傷者を治療するために回復魔法が使える魔導士を送ってほしいとか……」

「いや、そう言った要請はない」


 冒険者が首を軽く横に振るとトムリアは再び小さく俯く。

 自分は回復魔法が使えるため、本当ならすぐにでも負傷している仲間の下へ向かい、傷を治してあげたいとトムリアは思っている。しかし自分たちには非常事態に備えて待機しているという役目があるため、勝手な行動は取ることはできなかった。


「何情けねぇ顔してるんだよ」


 トムリアが俯いていると隣にいるジェリックが呆れたような顔で声を掛ける。トムリアは顔を上げるとムッとしながらジェリックの方を向いた。


「情けないって何よ? 仲間たちが傷ついて苦しんでるんだから心配してるのよ。アンタは心配じゃないの?」

「心配したところで待機部隊の俺らにはどうすることもできねぇだろうが」

「何よそれ!」


 仲間の心配をしないジェリックの発言にトムリアは腹を立ててジェリックを睨みつけ、ジェリックもジッとトムリアを見つめる。

 先程トムリアと会話をしていた冒険者は喧嘩を始めた二人を見て僅かに表情を曇らせ、周りにいた他の生徒や冒険者も何人かがトムリアとジェリックに視線を向けていた。


「私たちが後方で待機している時にパーシュさんや会長たちは命懸けで戦ってるのよ。そんな人たちを心配するのは当然のことじゃない。アンタには仲間を心配する優しさってものが無いの?」

「失礼な奴だな。俺はそこまで冷酷な男じゃねぇよ」

「だったらどうしてさっきみたいなことが言えるのよ」


 声に少し力を入れながらトムリアはジェリックに尋ねる。ジェリックはしばらくトムリアを見た後、両手を腰に当てながら口を開く。


「信じてるからに決まってるだろう」

「信じてる?」

「ああ、会長や先輩たちなら必ずベーゼどもに勝って門を護ってくれる、俺はそう信じてるんだよ。負傷した奴らも同じだ。怪我をしてもアイツらは死んだりしねぇ、必ず生き残るって信じてるんだ」


 トムリアは少しだけ表情を和らげながら無言でジェリックを見つめる。ジェリックが心配していないのは戦っている仲間たちがベーゼに負けたりしないと信じているからだと知り、ジェリックなりに仲間のことを考えているのだとトムリアは知った。

 ジェリックの本心を知ったトムリアは先程の自分の言動を思い出す。仲間が負傷したと聞いて不安になり、自分でも気付かない内に仲間たちがベーゼに負けるのではと思っていたことを知ると自分が情けなく思え、ジェリックに情けない顔をしていると言われても仕方が無いと感じた。

 トムリアは気持ちを落ち着かせるために軽く深呼吸をし、ジェリックを見ると微笑みを浮かべる。


「確かに仲間たちを信じることは大切よね。負傷したからと言って心配し過ぎるのは、仲間たちを信じていないってことになっちゃうし、ある意味で仲間たちに対して失礼よね」

「おいおい、勘違いすんなよ? 仲間の心配をするのは悪いことじゃねぇ。ただ、心配し過ぎるのはよくねぇってだけのことだ」

「何よそれ、カッコつけてるつもりなの? だったら似合ってないわよ」


 笑いながら挑発するトムリアを見てジェリックは不機嫌そうな顔をする。

 周りにいる生徒や冒険者たちは二人のやり取りを見ながら肩を竦めたり、呆れたような反応を見せていた。


「あらあら~? こんな所にもメルディエズ学園たちがいたのねぇ~」


 突如広場に響く少女の声に言い合いをしていたトムリアとジェリックは反応し、二人は声が聞こえた方を向く。周りにいる者たちも同じ方を見て声の主を確認する。

 トムリアたちの視線の先には開いたコポックを左肩に掛けながら立っているマドネーがおり、満面の笑みを浮かべて広場にいるメルディエズ学園の生徒や冒険者たちを見ていた。

 

「これは、東門を襲撃する前の準備運動が出来そうね♪」


 マドネーはトムリアたちを見つめながら楽しそうな口調で語った。


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