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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第十二章~惨劇の女王蜂~
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第二百七話  北門の守護者


 北門でも激しい戦いが繰り広げられていた。メルディエズ学園の生徒、冒険者、警備兵たちは城壁をよじ登ろうとする下位ベーゼや蝕ベーゼたち、空中にいるルフリフたちを魔法と弓矢で攻撃して侵入を防いでいる。

 しかし、全てのベーゼの侵入を防ぐことはできず、数体のベーゼは城壁を上り切り、ルフリフたちも城壁の上空から生徒たちに襲い掛かり、生徒や冒険者も怯まずにベーゼを迎撃した。

 北門の見張り場の上ではロギュンが投げナイフを両手に二本ずつ持ちながら目の前にいる四体のルフリフを睨んでいる。ロギュンの近くには霊光鳥のメンバーがおり、構えながら羽ばたいているルフリフを見上げていた。


「空を飛ぶベーゼか、少し面倒な相手ね」


 チェンスィは両腕を胸の前まで持ってきて中段構えを取りながら呟く。

 モンクであるチェンスィは接近戦しかできないため、飛んでいるルフリフを攻撃することはできない。自分が攻撃できない以上、ルフリフの対処はウェンコウたちに任せるしかないと思うチェンスィは視線だけを動かして左隣にいるウェンコウを見た。

 ウェンコウはチェンスィの視線に気づくと同じように視線を動かし、チェンスィを見ると笑いながら右目でウインクをし、「任せておけ」と目で伝える。ウェンコウの意思を感じ取ったチェンスィも無言で頷き、ルフリフの相手を頼んだ。


「よし、飛んでいる奴らをちゃっちゃと片付けて、地上にいる奴らを片付けるぞ」

「そうね」


 杖を握るミッシェルがウェンコウの後ろで返事をし、ミッシェルの右隣にいるゴウレンツもメイスを構えながら真剣な表情を浮かべる。

 霊光鳥の魔導士であるミッシェルは数種類の魔法が使えるため、当然飛んでいるルフリフを攻撃することが可能だ。ゴウレンツも神官だが、光属性の攻撃魔法を習得しているのでルフリフを攻撃できる。そして、弓使いであるウェイコウは魔法を使うミッシェルとゴウレンツより速く攻撃することができた。

 ルフリフを見上げるウェンコウは視線を動かしてどのルフリフを攻撃するか考え、持っている弓を構えた。

 ウェンコウが持つ弓は普通の弓ではない。ローフェン東国でも有名なドワーフの武器職人が特別な素材で作った魔法の武器だった。名は“霊弓れいきゅうアルミース”、普通に矢を放つのは勿論、矢が無い状態でも使用者の魔力を使い、魔力の矢を作り出して放つこともできる物だ。

 チェンスィ以外の霊光鳥のメンバーは目の前で飛んでいるルフリフを見上げながら攻撃態勢に入る。するとウェンフたちの前にいたロギュンは左腕を横に伸ばしてウェンコウたちを止めた。


「お待ちください。皆さんは会長と同じで北門を護る部隊の重要な戦力、下位ベーゼ相手に体力を使う必要はありません」

「えぇ?」


 ルフリフとの戦いを止めるロギュンにウェンコウは意外そうな反応を見せ、チェンスィたちも軽く目を見開きながら背を向けるロギュンを見つめた。


「いやいや、ベーゼたちが城壁を越えようとしている状況でそんなこと言ってる場合じゃないだろう? ちゃっちゃと片付けて他のベーゼの対処をしねぇと……」

「大丈夫です。……彼らは私が相手をします」


 そう言うとロギュンは自身の混沌紋を光らせ、浮遊フローティングの能力を発動させる。するとロギュンが着ている制服が薄っすらと紫色に光りだし、ロギュンの体がゆっくりと上昇し始めた。

 ウェンコウたちは浮かび上がったロギュンに驚きながら彼女を見上げる。霊光鳥のメンバーは誰もロギュンの混沌術カオスペルの能力を知らないため、浮遊するロギュンに驚きを隠せずにいた。

 霊光鳥のメンバーたちが驚いている中、ロギュンはルフリフたちと同じ高さまで上昇し、両手に持っている投げナイフを二本ずつ目の前にいる二体のルフリフに向けて投げる。

 四本の投げナイフは薄っすらと紫色の光りながらルフリフたちに飛んで行き、二本は一体の顔に命中する。

 投げナイフを受けたルフリフは真っ逆さまに落下して空中で黒い靄と化し、刺さっていた二本の投げナイフも落ちていった。しかし、もう一体は左に移動して投げナイフを避け、反撃するためにロギュンに向かって行く。

 迫って来るルフリフを見たロギュンは鋭い目でルフリフを見つめながら右手の指を動かす。すると避けられた二本の投げナイフと落下していた二本が独りでに動き出し、真っすぐロギュンに迫るルフリフへと飛んで行く。

 ルフリフはロギュンに近づくと足の爪でロギュンを切り裂こうとし、見張り場にいたウェンコウはロギュンが攻撃されそうなのを見ると咄嗟にアルミースを構えてルフリフを撃ち落とそうとする。だがその直後、四本の投げナイフがルフリフの胴体や背中に命中する光景が目に入り、ウェンコウやチェンスィたちは目を見開く。

 投げナイフを受けたルフリフは鳴き声を上げながら落下し、黒い靄となって消滅する。ルフリフが消滅すると投げナイフは再び独りでに動いてロギュンの両手の中に戻った。

 ロギュンの浮遊フローティングは物に能力を付与した後にロギュンの手から離れてもしばらくは浮遊する効果が残っているため、避けられたり、落下した後もロギュンの意思で自由に操れる。そのことを知らない霊光鳥のメンバーたちは目の前の光景を見て軽い衝撃を受けていた。


「まずは二体、残るは……」


 戻った投げナイフを見たロギュンは素早く周りを確認した。ロギュンの左右にはルフリフ一体ずつ挟むように飛んでおり、鳴き声を上げながら威嚇している。

 ロギュンは落ち着いた様子で両手の投げナイフをルフリフ立ち向かって投げた。しかしルフリフたちは投げナイフを軽々とかわしてロギュンに反撃しようとする。だが、ロギュンは慌てることなく横に伸ばしていた両腕を交差させた。


浮遊剣の舞フロートダガー・ダンス!」


 かわされた四本の投げナイフはロギュンの下へ戻ると彼女の周りをもの凄い速さで舞うように飛び回り、近づいてきたルフリフたちを切り裂く。

 体中を切り裂かれたルフリフたちは出血しながら落下して北門の見張り場に叩きつけられる。そして、そのまま動かなくなって黒い靄となった。

 見張り場の上空を飛んでいたルフリフが全て倒されるとロギュンはゆっくりと見張り場に着地する。同時に浮遊フローティングの能力も解除され、ロギュンの体から光が消えた。


「終わりました」


 振り返ったロギュンは何事も無かったかのようにウェンコウたちに声を掛けた。


「すげぇなぁ……飛んでる奴をこんなにアッサリと、しかも一人で倒しちまうなんて」


 下位ベーゼとは言え、空を飛んでいたルフリフたちを瞬殺したロギュンにウェンコウは改めて驚き、チェンスィたちも流石はメルディエズ学園の生徒会副会長だと感心する。

 ロギュンがメルディエズ学園の副会長であることはウェンコウたちは既に知っている。だが、副会長がどれほどの実力を持っているかは分からなかったため、実際に戦う姿を見て確かめる必要があった。そして実際にロギュンがルフリフたちを倒した姿を見て、生徒会副会長がベーゼを難なく倒せるほどの力を持っていると知ったのだ。


「いいえ、私など会長と比べればまだまだです」


 軽く首を横に振って謙遜するロギュンはチラッと北門の右側の城壁の目をやり、ウェンコウたちも城壁の方を見た。

 城壁の上ではフウガを鞘に納めたカムネスが城壁を上って来た四体のモイルダーに四方から囲まれていた。その周りではメルディエズ学園の生徒や冒険者たちが城壁の下にいるベーゼと戦ったり、囲まれているカムネスを心配そうな顔で見ている。

 生徒会長であるカムネスがベーゼに囲まれているため、生徒たちは最初カムネスに加勢しようと思っていた。

 しかしカムネスは自分一人で相手をするから他のベーゼの相手をするよう指示し、生徒たちは後ろめたさを感じながらもカムネスの指示に従った。

 冒険者たちはメルディエズ学園の生徒の指示に従う必要は無いと思っていたのか、カムネスに加勢しようとは思わず城壁を越えようとするベーゼたちの対処を続けていた。

 逃げ場の無い状態にもかかわらず、カムネスは落ち着いた様子でモイルダーの位置を確認し、ゆっくりと膝を曲げながら左手でフウガの鞘を握り、右手を柄にそっと乗せて戦闘態勢を取った。

 モイルダーたちは周りにいる他の生徒や冒険者たちのことは気にならないのか、目の前にいるカムネスだけを見て爪を光らせている。その直後、四体のモイルダーは一斉にカムネスに跳びかかった。

 ウェンコウたちはカムネスがモイルダーたちに襲われそうになる光景を見て驚愕する。しかし、ロギュンだけは落ち着いた様子でカムネスを見つめていた。

 モイルダーの爪が迫る中、カムネスは右手でフウガの柄を握り、同時に混沌紋を光らせて反応リアクトを発動させた。


絶斬ぜつざんじん!」


 カムネスはモイルダーたちが間合いに入るとフウガを抜き、襲い掛ってきた四体のモイルダーをとてつもない速さで一度ずつ斬る。全てのモイルダーに攻撃すると元の体勢に戻ってフウガを納刀した。

 フウガを鞘に納めた直後、モイルダーたちの体に大きな切傷が生まれて血が噴き出る。モイルダーたちは鳴き声を上げながら一斉にその場に倒れ、そのまま息絶えて靄となった。

 モイルダーを全て倒したカムネスはモイルダーが倒れていた場所を興味の無さそうな顔をしながら無言で見つめる。

 一瞬でモイルダーたちを倒したカムネスを見ていた霊光鳥のメンバーたちは目を見開く。ロギュンはカムネスの勇士を見て「流石です」と思いながら笑みを浮かべた。

 カムネスは反応リアクトを発動してモイルダーたちの動きや攻撃に瞬時に反応できるようにしていたため、モイルダーたちに襲われるより先に攻撃を仕掛けて全滅させることができたのだ。 


(下位ベーゼと蝕ベーゼが相手なら問題無く戦える。だが、敵の中にはベーゼたちを指揮する上位ベーゼがいるはずだ。その指揮官が前線に出てきたら面倒なことになる……)


 相手の正確な戦力や情報が分からない状態で気を抜くのは自殺行為だと考えるカムネスは心の中で油断してはならないと自分に言い聞かせる。

 ただでさえ自分たちはベーゼたちよりも戦力が少ないため、犠牲を出して戦力が低下すれば勝率は下がってしまう。カムネスは一人の犠牲者も出さないつもりで戦う必要があると思っていた。

 カムネスは城壁で戦うメルディエズ学園の生徒や冒険者たちの様子を窺う。殆どが城壁に下に集まっているベーゼたちを攻撃しているが、中には上って来たモイルダーや頭上を飛ぶルフリフを迎撃している者もいた。

 城壁の戦況を確かめたカムネスは今の状態で戦い続けても大丈夫だと感じながら城壁の上で戦っている者たちを見ている。そんな時、カムネスの後ろから一体のルフリフが近づき、足の爪でカムネスを切り裂こうとした。

 カムネスは城壁を見ながらフウガの鯉口を切り、振り返ると同時に目にも止まらぬ速さで抜刀してルフリフの胴体を斬った。

 胴体を斬られて上半身と下半身が分かれたルフリフは鳴き声を上げることなく城壁に落ち、そのまま靄となって消滅する。

 消えるルフリフを見たカムネスはフウガを軽く振ってから再びフウガを鞘に納めた。


「やはり、これだけ数が多ければベーゼを倒した後、すぐに別のベーゼに目を付けられるか。敵を倒したからと言って気を抜けば命取りになる。他の生徒たちにも忠告しておいた方がいいかもしれないな」


 カムネスは戦いが終わるまでは常に厳戒態勢でいることを周りにいる生徒たちに伝えようとする。すると城壁の北門に続いている方角とは正反対の方から女性の叫び声が聞こえ、カムネスは声が聞こえた方を向く。

 叫び声が聞こえた方には右上腕部に傷を負い、そこから血を流す女子生徒の姿があった。女子生徒は広場に背を向けた状態で座り込みながら左手でを右腕の傷を押さえており、その前では二人の男子生徒が女子生徒を護るように剣を構えていた。

 現状から女子生徒はベーゼの攻撃で負傷したとカムネスは考え、女子生徒を襲ったベーゼを確認しようとする。だが不思議なことに女子生徒たちの近くにはベーゼの姿は無く、女子生徒や男子生徒たちのように何かを警戒する冒険者や警備兵、他の生徒の姿があった。

 カムネスは女子生徒がどんなベーゼに襲われたのか、目を鋭くしながら考える。そんな時、女子生徒を護る男子生徒の左側の風景が僅かに歪んでいるのが見え、風景の歪みに気付いたカムネスは走って女子生徒たちの下へ向かう。

 女性生徒が腕の痛みで表情を歪める中、男子生徒たちは構えを崩さずに周囲を見回す。警戒心は最大にしてはいるが、その顔からは焦りのようなものが感じられた。


「気を付けろ! どこから襲ってくるか分からないぞ!」


 男子生徒が隣にいる仲間に警告し、仲間の男子生徒も無言で頷く。その直後、警告した男子生徒の左側の風景が徐々に変わり始め、何も無かった場所からカメレオンのような顔をした中位ベーゼ、ユーファルが姿を現した。そう、女子生徒を襲ったのはユーファルで女子生徒を襲った後に体の色を変えて姿を隠したのだ。

 ユーファルに気付いた男子生徒は驚愕しながら目の前にいるベーゼを見上げ、もう一人の男子生徒と女子生徒も大きく目を見開く。周りにいた他の生徒や冒険者たちもユーファルに驚きながら警戒したり、後ずさりしていた。

 男子生徒を見下ろすユーファルは右腕を振り上げ、そのまま勢いよく振り下ろして爪で男子生徒を切り裂こうとする。気付くのに遅れた男子生徒はかわせないと悟って表情を歪めた。

 だがユーファルの爪が男子生徒を切り裂こうとした時、男子生徒から見て左の方から風の刃が飛んできてユーファルの右腕に当たり、攻撃を中断させた。

 攻撃を妨害されたユーファル、危機を脱した男子生徒は風の刃が飛んで来た方角を確認する。そこには右手を前に出しながら走って来るカムネスの姿があり、男子生徒はカムネスが風刃ウインドカッターを放って助けてくれたのだと知った。

 ユーファルはカムネスを見ると二つの大きな目をギョロギョロと動かしながら再び透明になって姿を消す。カムネスは男子生徒の前までやって来ると男子生徒に背を向けて抜刀する体勢を取った。


「大丈夫か?」

「ハ、ハイ……ありがとうございます、会長」


 男子生徒は若干動揺しながらもカムネスに礼を言う。カムネスは男子生徒の方は向かず、構えを崩さずに姿を消したユーファルを警戒し続ける。


「奴は僕が相手をする。君たちは彼女の手当てをするんだ」

「わ、分かりました」


 返事をした男子生徒は仲間と共に負傷した女子生徒を連れてその場を離れた。カムネスは視線を動かして女子生徒たちが移動したのを見ると、再び前を向いてユーファルの気配を探る。

 しかし透明化している敵を見つけるのは簡単ではなく、カムネスでもすぐに見つけることはできない。しかも周りには他の生徒や冒険者たちもいるため、急いで対処しないと犠牲者が出る可能性もあった。

 犠牲者が出る前にユーファルを何とかしなくてはいけないと考えるカムネスは再び反応リアクトを発動させて警戒する。カムネスが周囲を見回していると、左斜め前の風景がほんの僅かに歪み、それを見たカムネスは歪んだ風景に向かって大きく踏み込んだ。


「グラディクト抜刀術、巨兵断刀きょへいだんとう!」


 踏み込んだ瞬間にカムネスは抜刀し、風景が歪んでる場所に向けてフウガを右上に振り上げる。

 フウガを振り上げた直後、何もない所から血が噴き出すと同時に高い鳴き声が響く。そして、血が周囲に飛び散ったことで姿を消していたユーファルの胴体が浮かび上がり、やがて姿を消していたユーファル姿全体が見えるようになった。

 周りにいた生徒たちはユーファルが現れたのを見て驚きの反応を見せる。だが、それ以上に姿を消していたユーファルに攻撃を当てたカムネスに驚いていた。

 普段のカムネスでは姿を消していたユーファルを見つけるのは難しいが、反応リアクトを発動してあらゆる現象に瞬時に反応できるようになった状態なら見つけるのは簡単だった。

 カムネスはフウガを振り上げた体勢のままユーファルを睨む。胴体を斬られたユーファルは痛みに耐える様子を見せながら目の前にいるカムネスを見つめ、大きく口を開けるとカムネスに向けて先端の尖った舌を伸ばした。

 通常、攻撃した直後に反撃されれば防御や回避をするの困難で並の人間なら相手の反撃を受けてしまうだろう。だがカムネスは反応リアクトを発動し続けていたため、攻撃直後の体勢のままフウガを素早く。器用に操って迫ってきたユーファルの舌を左に払って防御した。

 舌を払ったカムネスはすぐに体勢を直し、フウガを両手で握るとユーファルに向かって勢いよく振り下ろす。カムネスの攻撃で頭部と胴体を両断されたユーファルはゆっくりと後ろに倒れ、仰向けになると靄となって消えた。

 ユーファルと倒したカムネスはフウガを払って刀身についている血を払い落とすと静かに鞘に納める。


「……ス、スゲェ、ユーファルを簡単に倒すなんて、流石は会長だ」

「あの人がいれば私たちは絶対勝てるわ」

「やっぱ、学園最強の生徒は違うなぁ!」


 生徒たちはカムネスの勇士を見てざわつく。中位ベーゼを倒せる存在が自分たちの傍にいてくれれば怖いものはない、生徒たちはそう思いながら笑みを浮かべる。冒険者や警備兵たちもカムネスの戦いを間近で見たことでメルディエズ学園にも凄い戦士がいるのだと理解した。

 カムネスは周りにいる生徒たちを無言で見つめる。自分の戦いを見て周囲の士気が高まるのなら問題は無いが、自分が共に戦うからと言って油断したり気を抜いたりするのは見過ごせなかった。


「皆、分かってると思うが油断はするな? 戦場では小さな油断が原因で命を落とすこともある。僕が共に戦うからと言って気を抜かないようにしろ?」


 カムネスの忠告を聞いて騒いでいた生徒たちは一斉に黙り込む。どうやらカムネスの予想どおり、生徒たちは油断していたようだ。

 生徒たちはカムネスの言葉で今がベーゼとの戦闘の最中であること、いざという時に頼れるのは自分の力だけだと言うことを思い出すと気を引き締め、真剣な表情を浮かべながらベーゼの迎撃を再開する。

 カムネスも生徒たちが戦いで大切なことを思い出したのを確認するとベーゼの迎撃に戻った。


「凄いわね、彼……」


 見張り場からカムネスの戦いを見ていたチェンスィは思わず呟く。ロギュンも凄かったが、メルディエズ学園の全ての生徒たちの代表であるカムネスはロギュン以上だと感じて驚いている。チェンスィだけでなく、ミッシェルとゴウレンツも目を丸くしていた。

 ロギュンはS級冒険者チームである霊光鳥のメンバーたちがカムネスの実力に驚く姿を見て、S級冒険者に認められたと感じる。同時に自分が尊敬するカムネスが認められたことを誇らしく思った。


「カムネスたちが頑張ってるんだから、俺らも気合い入れないとダメだな」


 チェンスィたちがカムネスを見ているとウェンコウが笑いながらアルミースを構える。自分たちより若いメルディエズ学園の生徒たちが必死に戦っているのだから、冒険者である自分たちも負けていられないと感じ、ウェンコウは闘志を燃やしていた。

 ウェンコウを見たチェンスィたちも現状と自分たちのやるべきことを思い出し、真剣な表情を浮かべながら気持ちを切り替える。驚くよりも目の前にいる侵略者たちを打ち倒さなくては、そう思いながらベーゼとの戦闘を再開した。

 ロギュンは霊光鳥のメンバーを見ると周囲を見回してベーゼに苦戦している生徒や冒険者がいないか探す。そして、見張り場の近くで城壁を越えたベーゼと交戦していると生徒たちを見つけると加勢するために彼らの下へ走った。


「まだ沢山居やがるな……」


 ウェンコウは見張り場から北門前に集まっているベーゼたちを見下ろす。北門の前では大量の下位ベーゼと蝕ベーゼが北門からレンツイに侵入しようと持っている武器で北門を攻撃している。

 下位ベーゼと蝕ベーゼの攻撃は弱く、一発や二発では強固な門を破壊することはできない。だが、力の弱い攻撃も長時間続ければダメージが蓄積され、いつか門は破壊されてしまう。現に北門もあちこちが凹んでおり、放っておけば何時かは突破されてしまう状態だった。


「このままだと門が壊される。城壁を越えようとする奴らを倒すのも大事だが、門を攻撃している奴らも何とかしないといけないな」

「だったら私に任せて」


 ミッシェルはウェンコウの隣に来ると持っている杖をベーゼたちに向けながら目を閉じる。するとミッシェルの足元に緑色の魔法陣が展開され、ウェンコウはミッシェルが魔法を発動させることに気付く。


乱気流の球タービュランス・ボール!」


 目を開けたミッシェルが叫ぶと足元の魔法陣が消え、正門前に集まっているベーゼたちの頭上に2mほどの大きさの風球が現れる。

 風球は真っすぐベーゼたちに向かって落下し、真下にいるベーゼたちに触れると弾けるように消滅して突風を発生させた。

 突風によって北門の前や近くにいた大量のベーゼが吹き飛ばされる。強烈な風はベーゼたちの体に鋭い痛みを与え、宙を舞うベーゼたちは鳴き声を上げながら地面に叩きつけられた。突風を受けたベーゼの殆どは下位ベーゼと蝕ベーゼで叩きつけられる同時に黒い靄となって消える。中位ベーゼも数体いたが、消滅することなく生き残った。


「風属性の中級魔法でもこれが限界かぁ……」


 ミッシェルは北門前を見下ろしながら呟く。中級魔法ならもっと多くのベーゼを倒すことができると思っていたが予想よりも少なかったため、若干不満に思っていた。

 しかし、一発の魔法でニ十体以上のベーゼを倒すことができたため、ベーゼ側の戦力を大きく低下させることができた。これは強力な魔法が使えるS級冒険者のミッシェルだからできたことだ。

 ウェンコウたちも一度に沢山のベーゼを倒してくれたミッシェルを見ながら仲間であることを頼もしく思っていた。

 ミッシェルの活躍にウェンコウたちが笑みを浮かべていると上空から三体のルフリフがウェンコウたちに向かって飛んで来る。ルフリフたちの接近に気付いたウェンコウたちは笑みを消し、鋭い目でルフリフたちを見上げた。


「今度は空から来ましたか」

「アイツらも私が何とかするわ」

「私も手伝います」


 ゴウレンツとミッシェルは魔法で迎撃しよう杖とメイスをルフリフたちに向ける。するとウェンコウが二人の前に立ってアルミースを構えた。


「アイツらの速さじゃあ、魔法の放つまでに距離を詰められちまう。……此処は俺に任せろ」


 ウェンコウは腰の矢筒から三本の矢を取り出し、飛んでくるルフリフたちに狙いを定めて三本同時に放つ。勢いよく飛ぶ矢は真っすぐルフリフたちに命中するかと思われた。

 しかし、飛んでいるルフリフたちはウェンコウの矢は難なくかわしてしまう。

 回避したルフリフたちを見てチェンスィたちは僅かに表情を歪める。だが矢を放ったウェンコウ本人は無言でルフリフたちを見ていた。


「やっぱり普通に射っても簡単にかわされるか。……だったら」


 ウェンコウは矢筒から新たに矢を三本取り出してルフリフたちを狙う。そして、狙いをつけると同時に自身の混沌紋を光らせ、混沌術カオスペルを発動させる。

 混沌術カオスペルが発動するとウェンコウが持つ三本の矢が薄っすらと紫色の光り出す。どうやらウェンコウは矢に混沌術カオスペルの力を付与したようだ。

 ルフリフたちは矢を放つウェンコウを目障りに思ったのか、チェンスィたちを無視してウェンコウに向かって行く。

 ウェイコウは迫って来るルフリフたちを無言で見つめ、光る三本の矢を放った。放たれた矢は先程とは比べ物にならない速さで飛んで行き、三体のルフリフの胴体に一本ずつ命中し、そのままルフリフたちを貫通する。

 胴体を貫かれたルフリフは鳴き声を上げる間もなく息絶えて落下し、空中で黒い靄となった。ルフリフたちを倒したウェンコウは静かに息を吐き、そんなウェンコウを見ながらチェンスィは小さく笑う。


「相変わらず凄い矢を放つわね」

「まぁな。……もっともあれは混沌術カオスペルの力を付与したおかげだから、俺自身が凄いわけじゃない」

「それでも混沌術カオスペルは貴方が使う力なんだから、もう少し胸を張っていいと思うわよ」


 近づいて微笑みかけるチェンスィを見てウェンコウも笑みを返す。二人の後ろでもゴウレンツとミッシェルが笑いながらウェンコウを見ていた。


「しかし、いつ見ても凄い力ですね。ありとあらゆる速度を上げる“加速ヘイスト”の能力は……」

「ええ、自分自身の移動速度だけじゃなく、放った矢の速度を上げることも可能で応用力がある。どんな状況でも使える能力だわ」


 戦闘だけでなく、あらゆることの役立つウェンコウの混沌術カオスペルにゴウレンツとミッシェルは感心し、加速ヘイストの使うウェンコウならどんな敵でも確実に射貫くことができると頼もしく思うのだった。


「あれがウェンコウ殿の混沌術カオスペルか……」


 城壁上で霊光鳥の戦いを見ていたカムネスはフウガを鞘に納めながら呟く。

 霊光鳥と出会ってからカムネスはウェンコウたちがどれ程の強さを持っているのか、どんな混沌術カオスペルを使えるのか気になっていたため、ウェンコウがベーゼと戦っていることに気付くと周囲を警戒しながら一部始終見ていたのだ。


「放った矢の速度を上げる混沌術カオスペルか……どこまで速度を上げられるか分からないが、速度のよっては強力なベーゼとも互角以上に戦えるかもしれないな」


 加速ヘイストを扱うウェンコウなら力の強い敵とも渡り合える、そう感じたカムネスはウェンコウがメルディエズ学園の生徒のようにベーゼと問題無く戦える冒険者になってく欲しいと思っていた。

 カムネスがウェンコウたちを見ていると、突然自分の左腕にはめられている伝言の腕輪メッセージリングの水晶が光り出す。水晶が光っているのに気付いたカムネスは伝言の腕輪メッセージリングを見つめて顔に近づける。


「会長、聞こえますか?」


 伝言の腕輪メッセージリングからユーキの声が聞こえ、カムネスはユーキから連絡が入ったことを少し意外に思いながら返事をする。


「ルナパレスか、どうした?」

「会長、ついさっき東門にタオフェンが現れました。もしかすると北門を攻めてるベーゼの中にもタオフェンがいるかもしれませんので気を付けてください」

「タオフェン……地中を移動できる下位ベーゼか」

「ハイ、アイツら、地中を掘って広場に侵入してきました。しかもタオフェンが掘った穴を通って外にいた他のベーゼも広場に侵入してきたんです」


 城壁を越える以外にレンツイに侵入する手段をベーゼが持っていると聞いたカムネスは厄介に思い僅かに目を細くする。

 現れたベーゼたちは全て城壁を越えたり、空を飛んだりしてレンツイに侵入しようとしていたのでカムネスも地中から侵入してくるとは予想していなかった。カムネスは自分の読みが甘かったことを反省しながらユーキの報告を聞く。


「侵入したタオフェンや他のベーゼは全て倒し、アイツらが掘った穴も塞ぎました。今は大丈夫ですが、また同じように穴を掘って侵入してくる可能性もあります。……会長たちも広場を様子を窺いながら警備してください」


 ユーキの忠告を聞いたカムネスは城壁の上から北門前の広場を見る。するとカムネスは広場の中央を見つめながら目を鋭くした。


「報告に感謝する。……ただ、少し遅かったようだ」

「は?」


 カムネスの言葉の意味が理解できないユーキは伝言の腕輪メッセージリングの向こう側で不思議そうな声を出す。その直後、北門の広場の中央に四体のタオフェンが地面を掘って現れた。

 広場に侵入したタオフェンたちを見てカムネスは眉間にしわを寄せる。ユーキと通話している最中にカムネスは広場の中央で地面が僅かに盛り上がっていることに気付き、タオフェンが既に広場の真下に来ているのではと予想していた。その直後、カムネスの予想は当たって地中を移動してきたタオフェンが広場に侵入したのだ。


「北門にもタオフェンが侵入した」

「えぇっ!?」


 伝言の腕輪メッセージリングからユーキの驚く声が聞こえてくる。カムネスはユーキの声を気にもせず、城壁の状況と広場に下りる階段の場所を確認した。


「これから侵入したタオフェンの対処をする。切るぞ」


 そう言うとカムネスはユーキの返事を聞かずに伝言の腕輪メッセージリングを止めて通話を終了し、見張り場にいる霊光鳥の方を向いた。


「ウェンコウ殿、ベーゼが広場に侵入しました」

「何だって!?」


 驚いたウェンコウは見張り場から広場を覗き、チェンスィたちも広場を確認する。確かに広場の中央には黒い昆虫のような生物が四体侵入しており、それを見たウェンコウたちは「しまった」と言いたそうな表情を浮かべた。


「僕は奴らの対処に当たります。すぐに戻りますので、皆さんは引き続き城壁を越えようとするベーゼたちを迎撃してください」


 カムネスは城壁の防衛をウェンコウたちに任せると広場に下りるため、一番近くなる階段に向かって走った。

 ウェンコウたちはカムネスが階段へ向かう姿を見た後、引き続きレンツイに侵入しようとするベーゼたちを迎撃しようとする。そんな時、他の生徒たちの加勢に向かっていたロギュンが見張り場に戻ってきた。


「先程、広場にタオフェンが侵入するのを見ましたが、会長はどちらですか?」

「彼なら広場に侵入したベーゼたちの対処に向かったわ」


 チェンスィからカムネスのことを聞いたロギュンは広場を確認し、城壁の真横にある階段を駆け下りているカムネスを見つける。

 ベーゼが広場に侵入し、カムネスがベーゼの対処に向かったのなら共にベーゼを倒しに行くべきだと普通は考えるだろう。だが、ロギュンはカムネスがタオフェン如きに後れを取るわけないと確信しているため、加勢に向かう必要は無いと思っていた。

 ロギュンは城壁の外側を向くと持っている投げナイフを構えた。


「では、私たちはベーゼの迎撃を続けましょう」

「彼の後を追わなくてもよろしいのですか?」

「ええ、会長から広場のベーゼの何とかするよう指示を受けていませんし、外にいるベーゼたちの対処の方が重要です。何よりも、会長が下位ベーゼ相手に苦戦するわけがありませんから」


 カムネスの力を信じているロギュンを見たゴウレンツは本当にカムネスを信頼しているのだと知って感心する。ロギュンがここまで信じているのだから、自分もカムネスを信じなくてはいけないと感じたゴウレンツはベーゼの迎撃に集中することにした。

 ウェンコウとミッシェルもレンツイの外に集まっているベーゼへの攻撃を続ける。そんな中、チェンスィだけはどこかつまらなそうな表情を浮かべて広場を見ていた。


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