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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第十二章~惨劇の女王蜂~
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第二百六話  レンツイ防衛戦


 二手に分かれたベーゼたちは北門と東門に接近し、レンツイへ侵入しようとする。城壁を見上げながらよじ登ろうとするベーゼもいれば、正門を攻撃して突破しようとするベーゼもいた。

 メルディエズ学園の生徒や冒険者、警備兵たちは城壁の上から弓矢や魔法などで真下にいるベーゼたちを攻撃する。

 剣などの武器を持つ者は大きめの石やレンガなどを落として攻撃した。しかしベーゼの数が多く、いくら攻撃しても数が減っている様子は見られない。

 ベーゼたちは攻撃されても怯むことなく鳴き声を上げながら城壁上の生徒や冒険者たちを威嚇し、空を飛んでいるルフリフたちも城壁に近づいて攻撃しようとする。だが生徒や冒険者たちも勢いを弱めないベーゼを見ても押されたりせずに迎撃を続けた。


「おぉ~、始まった始まったぁ♪」


 北門と東門から南西に1kmほど離れた所にある高い塔の屋根の上でマドネーが座りながら北門と東門を見ている。手には紅茶の入ったティーカップとそれを乗せる皿があり、マドネーは紅茶を飲みながらメルディエズ学園の生徒と冒険者たちがベーゼと戦っている姿を見物していた。


「始まったばかりだけど、もうかなり盛り上がってるみたいねぇ~」


 楽しそうに笑いながらマドネーはティーカップを口に近づけて紅茶を一口飲んだ。

 マドネーがいる塔から北門と東門までは距離があるため、どのような戦いになっているのかは見えない。だが、聞こえてくるメルディエズ学園の生徒や冒険者たちの叫び声、ベーゼたちの鳴き声を聞けば激しい戦いになっているのかは分かる。マドネーは聞こえてくる声や音でどんな戦いになっているのか予想しながら北門と東門を見ていた。


「折角大勢で町を襲撃したんだから、アイツらを徹底的に怖がらせてあげないといけないよねぇ。だから、アッサリと勝負をつけずにじっくりと時間を掛けて遊んであげないとねっ♪」


 ティーカップを皿に乗せたマドネーは座ったまま目を閉じる。


(皆、聞こえるぅ? そのまま北門と東門を集中的に攻撃し続けてぇ~。でも、すぐに終わらせるとつまらないからゆっくり甚振りながら侵攻するようにしてねぇ?)


 マドネーは目を閉じたまま頭の中で誰かに語り掛ける。実は上位ベーゼの中でも能力が高い最上位ベーゼは念話することができるのだ。

 人間や亜人のように伝言の腕輪メッセージリングなどのマジックアイテムを使う必要がないため、連絡を取り合う点ではメルディエズ学園の生徒や冒険者たちよりも有利と言える。マドネーも北門と東門を襲撃するベーゼたちに指示を出すため、念話で語り掛けていたのだ。

 ただし、最上位ベーゼの念話は位の低い個体にしか使えず、最上位ベーゼが一方的に意思を伝えることしかできない。つまり、伝言の腕輪メッセージリングのようにお互いに会話をすることはできず、中位以下のベーゼにしか使うことができないのだ。

 更に距離がありすぎると意思を伝えること自体できないため、ある程度仲間のベーゼに近づく必要があった。

 自分の意思しか伝えられないのは不便だが、中位以下のベーゼ、特に蝕ベーゼは知能が低く自分の意思を伝えることすらできないので一方的に指示を出すことになっても問題は無かった。


(レンツイに侵入した後もいきなり奥へ進軍したりしちゃダメだよぉ? まずは門を開けて、その後に門を護ってる連中をギタギタにするの。街を襲うのはその後、分かったねぇ~?)


 気の抜けた口調でベーゼたちに指示を出したマドネーは念話を終了し、目を開けて北門と東門を確認する。

 どちらでも大勢の生徒や冒険者、警備兵たちが正門や城壁の上からベーゼたちを攻撃しており、彼らが必死に戦う姿をマドネーは面白そうに見つめた。


「さ~て、どれくらい楽しませてくれるのかなぁ~」


 笑みを浮かべるマドネーは再び紅茶を一口飲み、高みの見物を続けた。


――――――


 東門ではユーキたちが攻めて来たベーゼたちを迎え撃っていた。城壁の下を覗きながら壁をよじ登ろうとするベーゼたちに魔法や矢を放ち、一体ずつ確実に数を減らしていく。

 メルディエズ学園の生徒たちは大勢のベーゼとの戦いに慣れているため、怯むことなく城壁の下にいるベーゼたちを睨んでいる。一方で冒険者や警備兵の中にはベーゼの群れを目にして驚いている者が何人かいた。

 だが彼らも様々なモンスターと戦って来た存在であるため、驚きはしても戦意を失ったり、ベーゼを恐れたりはしていない。レンツイを護るために全力でベーゼたちを戦っている。


「お前ら、ベーゼが相手だからってビビるんじゃねぇぞ? 奴らも所詮はモンスターと大差ない存在だ、いつもどおりに戦えば問題ねぇ。冒険者の根性を見せてやれ!」


 見張り場にるウブリャイは東門を護る冒険者たちに活を入れながら持っている大きめの石をベーゼに向かって投げつける。ウブリャイが投げた石は城壁の前にいるインファの一体に命中し、石の直撃を受けたインファは鳴き声を上げながら倒れた。

 冒険者たちはウブリャイの言葉で士気が高まったのか、険しい表情を浮かべながらベーゼたちを見つめる。冒険者の誇りに懸けて必ずベーゼからレンツイを護って見せる、そう思いながら冒険者たちは攻撃を続けた。

 ウブリャイは冒険者たちを見ると小さく笑いながらベーゼに向かって石を投げ続ける。ベノジア、ラーファン、イーワンもレンガなどを投げつけてベーゼたちに攻撃した。

 武闘牛のメンバーは全員が戦士で魔法や弓矢などは使えず、石やレンガを投げるしか遠くにいるベーゼを攻撃する方法が無い。そのため、ベーゼたちが近くに来るまでは石やレンガを投げて攻撃するしかなかった。


「……へぇ、なかなかやるじゃないか、あのおっさん」


 武闘牛と同じように見張り場からベーゼを攻撃していたパーシュはウブリャイを見ながら意外そうな表情を浮かべていた。


「てっきり力で敵を倒すことだけ考えてるって思ってたけど、仲間を励ましたり士気を高めるといった指揮官らしいこともできるんだね」


 人は見かけによらないと感じたパーシュは小さく笑う。力だけでなく、頭も使うことからウブリャイがA級冒険者になれたこと、ユーキとアイカが信頼していることに納得した。

 冒険者であるウブリャイが仲間と共に奮闘しているのだから、自分も負けてはいられない。パーシュはそう思いながら城壁の下にいるベーゼたちに視線を向けた。

 下位ベーゼと蝕ベーゼは城壁を持っている武器で攻撃しており、その中には爪を城壁に引っかけてよじ登ろうとするモイルダーたちもいた。しかし、登っても生徒や冒険者たちの攻撃によってモイルダーは次々と落とされているため、まだ城壁を越えたベーゼは一体もいない。


「このまま攻撃を続けて城壁を越えさせなければレンツイに被害が出ることはない。一体も入れないつもりで戦わないといけな……」


 パーシュがベーゼたちを見下ろしながら呟いていると突然足元、つまり見張り場の真下にある東門から大きな音が響き、パーシュを含む見張り場にいる全員が真下を確認する。

 東門の前では大きな丸太の棍棒を持った三体のベーゼオーガが東門を破るために棍棒で門を攻撃していた。

 レンツイの正門は普通の町や村の正門と違って頑丈に作られているため、オーガの攻撃でも破壊することは不可能だ。しかしベーゼ化して通常のオーガよりも身体能力が高まっているベーゼオーガなら正門を破壊することができる。

 既にレンツイの正門はベーゼオーガの攻撃によってあちこちが凹んでおり、このまま攻撃されればいつかは突破されてしまう状態だった。


「アイツら、門をぶっ壊して一気に突入する気か」

「どうするんスか、ボス?」


 ベノジアがウブリャイに声を掛けるとウブリャイは黙ってベーゼオーガたちを見つめながら考える。しばらくするとウブリャイは腰にぶら下げているハンマーを手に取ってベノジアの方を向いた。


「正門前に行くぞ。奴らが門を突破した時に迎撃できるようにするんだ」


 指示を聞いたベノジアやラーフォン、イーワンは自分の得物を握りながらウブリャイを見つめる。

 今の状態では東門を破壊しようとするベーゼオーガたちを止めることはできないため、ウブリャイはせめて突破された後にベーゼたちが街に入らないよう広場で迎え撃とうと思っていた。

 ウブリャイたちは広場に移動するために階段へ向かおうとする。すると近くにいたパーシュが見張り場からベーゼオーガたちを見下ろす姿が目に入り、ウブリャイたちは足を止めてパーシュに注目した。


「ガンガンとやかましいね。ちょっと黙ってな!」


 パーシュはヴォルカニックを持っていない左手をベーゼオーガたちに向けると混沌紋を光らせて爆破バーストを発動させ、左手か爆破バーストの力が付与された火球ファイヤーボールをベーゼオーガたちに向けて放つ。

 火球は東門を攻撃するベーゼオーガの一体の頭部に命中すると爆発し、ベーゼオーガの頭部を吹き飛ばした。

 爆発で頭部を失ったベーゼオーガは後ろに倒れる。この時、ベーゼオーガの後ろには数体のベーゼゴブリンがいたが、全て倒れたベーゼオーガの下敷きとなった。

 倒れたベーゼオーガは黒い靄と化して消滅し、残っている二体のベーゼオーガは仲間が消滅したことに気付くと上を向き、自分たちを見ているパーシュを見上げた。

 パーシュは自分を見ている二体にも火球を放ち、ベーゼオーガたちの顔面に火球を命中させた。命中すると同時に火球は爆発し、致命傷を負った二体のベーゼオーガもその場で崩れるように倒れて消滅する。

 東門前にいたベーゼオーガを全て倒したパーシュは軽く息を吐き、ウブリャイたちはあっという間にベーゼオーガたちを倒したパーシュを驚いた様子で見つめていた。


「これで広場に下りる必要は無いだろう?」


 ウブリャイたちの会話を聞いていたのか、パーシュはニッと笑みを浮かべながらウブリャイたちを見た。


「……スゲェ攻撃だったな。……もしかして、さっきのがお前の混沌術カオスペルか?」


 パーシュの右手の混沌紋を見つめながらウブリャイは尋ねる。

 武闘牛は戦士だけで構成されているチームだが、多少は魔法の知識を持っている。火球ファイヤーボールが敵に命中しても爆発しないことを知っているウブリャイやベノジアたちは火球の爆発はパーシュの混沌術カオスペルが関係していると確信していた。


「まあね。あたしの爆破バーストは魔法や物に爆破の効果を付与することが可能で、普通は爆発しない火球ファイヤーボールも爆発させることができるんだよ」

「成る程な、どおりでオーガを一撃で倒せるほどの威力があるわけだ」


 ウブリャイはパーシュが下級魔法でベーゼオーガを倒せたことに納得し、伊達にメルディエズ学園の上級生を務めているわけではないと思った。

 納得するウブリャイの周りではベノジアたち武闘牛のメンバーが未だに驚いており、パーシュは驚いている三人を見ると静かに溜め息をつく。


「ほら、いつまでも驚いてないで迎撃するよ? ベーゼどもはこっちの都合なんて考えてくれないんだからさ」


 パーシュに声を掛けられたことでラーフォンとイーワンは現状を思い出して気持ちを切り替える。ベノジアはメルディエズ学園の生徒に注意されたことで若干不満そうな顔をするが、文句は言わずにベーゼの迎撃に戻った。

 ウブリャイはベノジアたちを見ると持っているハンマーを肩に掛けながらパーシュの方を向いた。


「一応礼は言っておくぜ、嬢ちゃん」

「礼なんて必要ないよ。あたしらは此処をも護るっていう同じ目的で戦ってるんだからね」


 パーシュは笑いながら首を横に振る。そんな時、空中から一体のルフリフがパーシュに向かって急接近して来た。

 ルフリフの存在に気付いたパーシュはヴォルカニックを構えて迎撃態勢を取り、ウブリャイもハンマーを構え直しながらルフリフを睨む。すると右の方から紫色の弾丸状の闇が飛んで来てルフリフに命中した。

 闇の弾丸を受けたルフリフは鳴き声を上げながら空中で怯む。パーシュとウブリャイが闇の弾丸が飛んで来た方を見ると、城壁で月下と月影を握り、月影を持つ左手を前に出すユーキの姿が目に入った。

 ユーキの姿を見たパーシュは先程のはユーキが放った闇の射撃ダークショットで自分を助けるためのものだったと悟った。

 闇の射撃ダークショットを受けたルフリフは飛んだまま体勢を立て直す。闇属性の魔法はベーゼには効き難いため、一撃で倒されることはなかった。

 しかし闇属性の魔法は効き難いと言うだけでベーゼにまったく効果が無いわけではない。多少ではあるがルフリフにダメージを与えることができた。

 ユーキはルフリフが体勢を整えたのを見ると強化ブーストを発動させて両足の脚力を強化する。そして、勢いよく跳んでルフリフに急接近し、月下で袈裟切りを放つ。斬られたルフリフは再び鳴き声を上げ、落下しながら黒い靄と化した。

 ルフリフが消滅するとユーキは見張り場に着地し、月下を軽く振ってからパーシュの方を向いた。


「大丈夫ですか、先輩?」

「ああぁ、助かったよ」


 パーシュは小さな笑みを浮かべながらユーキを見つめ、ユーキもパーシュを見ながら笑みを返す。

 ルフリフが襲って来た時、パーシュは問題無く対処できた。だが折角ユーキが助けてくれたのでパーシュは素直に感謝した。

 ユーキはパーシュの返事を聞くと戦闘に戻ろうとする。だがその時、ユーキの後ろにルフリフが回り込み、足の鋭い爪でユーキを切り裂こうとした。

 背後からの気配に気付いたユーキは素早く後ろを向いて迎撃しようとした。しかしユーキより先にパーシュがルフリフに左手を向け、爆破バーストの能力を付与した火球ファイヤーボールを放つ。

 火球はユーキを襲おうとしたルフリフに命中すると爆発し、ルフリフは全身を燃やしながら落下していった。

 ユーキは城壁の下を覗き、ルフリフが消滅したのを確認するとパーシュの方を向く。パーシュはヴォルカニックを肩に掛けながらニッと笑う。


「助けは必要だったかい?」

「……ええ、助かりました」


 先程の自分と似た言動を取るパーシュを見てユーキは小さく笑う。当然、ユーキも問題無くルフリフを倒すことができたが、パーシュと同じように助けてもらったことに感謝していた。

 ウブリャイは戦闘中にもかかわらず、余裕を見せながら会話と戦闘ができるユーキとパーシュを見て軽く目を見開く。ユーキとパーシュがお互いを心の底から信頼しているからこそ、不意を突かれても余裕を失わずに戦いができるのだとウブリャイは感じていた。


「空中にはルフリフが沢山います。まずは下にいる奴らを警戒しながら空を飛べるルフリフを片付けた方がいいかもしれませんね」

「ああ、城壁を越えられるだけじゃなく、空中から攻撃されて態勢を崩されるようなことになれば、下のベーゼたちが城壁を越える隙を与えることになっちまうからね」


 パーシュは目を鋭くしながら空中を飛んでいるルフリフたちを見上げる。パーシュも現状から地上にいるベーゼたちよりも空から簡単に城壁を越えられるルフリフの方が厄介だと思っていた。


「なら、さっさと飛んでいる奴らを片付けちまおう。そうすれば地上にいるベーゼどもと戦いやすくなる」


 少しでも有利に戦えるよう、ウブリャイはユーキとパーシュに声を掛ける。二人もウブリャイと同じことを考えており、ウブリャイを見ながら頷く。その時、広場の方から叫び声が聞こえてきた。


「どうした!?」


 振り返ったウブリャイは見張り場から広場を確認し、ユーキとパーシュも広場を見下ろす。

 広場の中央辺りには体長160cmほどで赤い目に海松茶みるちゃ色の体を持つオケラに似た生物が五体、地面から飛び出していた。

 広場にいた生徒や冒険者、警備兵たちはオケラに似た生物を見ながら驚きの表情を浮かべて武器を構えていた。


「な、何だありゃあ?」

「しまった! アイツら、地中を掘って来たか」


 オケラに似た生物を見るウブリャイの隣でパーシュが声を上げる。ユーキも広場に現れた生物を見ながら奥歯を軽く噛みしめた。


「おい、あの虫みてぇな奴は何なんだ?」

「アイツはタオフェン、地面を移動する下位ベーゼだよ。まさかアイツらまでいたとは!」


 広場に現れたベーゼを睨みながらパーシュは悔しそうな顔をする。ウブリャイも地中を移動できるベーゼだと聞かされて驚いていた。

 レンツイに侵入したタオフェンたちは高い鳴き声を上げて周りにいる者たちを威嚇した。

 生徒や冒険者はタオフェンを睨みながら攻撃するタイミングを窺う。するとタオフェンたちが出て来た穴から全身が黒いスケルトンで現れた。


「ベーゼスケルトン! アイツら、タオフェンが掘った穴を通って来たか」


 ユーキはタオフェンに続いてベーゼ化したスケルトンまで侵入してきたのを見て面倒そうな顔をする。城壁にいたアイカや他の生徒、冒険者たちもベーゼが侵入したことに気付いて驚きや焦りを露わにしていた。

 レンツイに侵入したのは五体のタオフェンと六体のベーゼスケルトだけで脅威とは言えない戦力だが、タオフェンが掘った穴を通って更に多くのベーゼが侵入してくれ可能性があるため油断はできない。

 ユーキたちはベーゼの侵入を防ぐためにも急いで穴を塞がなくてはいけないと思った。


「早いところ穴を塞がないと、どんどんベーゼたちが入って来ますよ」

「ああ、急いで塞ぐよ」


 パーシュは走って近くの階段に向かうと急いで広場へ下りていき、ユーキも強化ブーストで脚力を強化すると見張り場から広場に跳び下りる。


「結局下りることになっちまったとはな」


 ベーゼオーガが倒れ、東門を突破されずに済んだと思った矢先に広場へ向かうことになった状況を目にしたウブリャイは不満そうな声で呟く。

 見張り場から跳び下りたユーキは侵入したベーゼたちの近くに着地し、素早く月下と月影を構える。突然現れたユーキに近くにいた冒険者や警備兵は驚きの表情を浮かべていた。

 タオフェンとベーゼスケルトンはユーキに気付くと一斉にユーキに向かって行く。幼いユーキなら周りにいる者たちと違って苦労することなく倒せると本能で感じ取ったようだ。

 ユーキは向かって来るベーゼたちを睨みながら月下と月影を握る手に力を入れた。

 最初に攻撃を仕掛けたのはベーゼスケルトンだった。ユーキから最も近い位置にいるベーゼスケルトンは距離を詰めると持っている剣で真正面からユーキに袈裟切りを放つ。

 ユーキはスケルトンの剣を月影で払い上げて防ぐと月下を素早く手の中で回し、峰の部分を外側に向けるとベーゼスケルトンに峰打ちを打ち込んで反撃した。

 峰打ちはベーゼスケルトンの左の肋骨に命中し、攻撃を受けたベーゼスケルトンは軽くよろめく。しかしベーゼスケルトンは倒れず、峰打ちを受けた肋骨も僅かに欠けただけだった。


「堅い……ベーゼ化したことで防御力が上がったのか」


 通常のスケルトンなら峰打ちを受ければ一撃で粉々になるのだが、目の前のベーゼスケルトンは攻撃に耐えたため、ユーキはベーゼ化したモンスターは面倒な相手だと改めて理解した。

 ユーキは月影も手の中で回して月下のように峰打ちを打てる状態にすると強化ブーストで左腕の筋力を強化し、ベーゼスケルトンに向かって勢いよく月影を左から横に振った。

 月影はベーゼスケルトンの脊椎骨に当たると低い音を立てながら脊椎骨を砕く。強化ブーストで腕力を強化していたため、今度は難なくベーゼスケルトンの骨を砕くことができた。

 脊椎骨を折られたベーゼスケルトンはその場に倒れる。だが、まだ頭部が無事なため、上半身だけの状態でユーキの右足を掴んだ。


「倒れたんなら大人しくしてろ!」


 鬱陶しそうな顔でベーゼスケルトンを見下ろしながらユーキは左足で頭部を蹴る。まだ強化ブーストで脚力を強化したままだったため、ベーゼスケルトンの頭部は遠くに飛んでいった。

 頭部を失ったことでベーゼスケルトンは動かなくなり、ユーキの足を掴んでいた手も離れ、骨の体は黒い靄となって消滅した。勿論、蹴り飛ばされた頭部も地面を転がりながら黒い靄と化す。

 ユーキは残っているベーゼを倒すために月下と月影を構え直す。だがこの時、既にユーキは四体のベーゼスケルトンに前後左右から囲まれていた。

 ベーゼスケルトンたちの立ち位置を確認したユーキは小さく舌打ちをし、意識をベーゼスケルトンたちに集中させる。

 その直後、ベーゼスケルトンたちは持っている手斧を振り上げながら一斉にユーキに近づいて襲い掛かろうとした。


「ルナパレス新陰流、月待つきまち!」


 ユーキは四体のベーゼスケルトンが50cmほど前まで近づくと素早く月下と月影を振り、ベーゼスケルトンたちの頭部や首の骨に峰打ちを打ち込む。

 迎撃技である月待を使ったことでユーキはベーゼスケルトンたちが間合いに入った瞬間に攻撃することができた。

 強化ブーストで腕力を強化されたユーキの峰打ちはベーゼスケルトンたちの頭部と首を簡単に破壊し、首から上を失ったベーゼスケルトンたちの崩れて骨の山となる。その直後、骨の山は黒い靄となって消えた。

 ユーキは四体のベーゼスケルトンが消滅すると残っているベーゼスケルトンとタオフェンたちの方を向いた。

 残っているタオフェンたちは仲間が倒されても警戒する様子は見せずにユーキに向かって行く。警戒しないベーゼたちを見ながらユーキは知能の低いベーゼたちを哀れに思った。


「ユーキばかりに気を取られてるんじゃないよ!」


 広場に下りたパーシュはベーゼたちに向かって走りながら声を上げ、左手の中に炎を作り出してベーゼたちに向ける。

 左手を向けた瞬間、パーシュは爆破バーストの力を付与された火球を四つ放ってベーゼたちを攻撃した。

 火球はベーゼスケルトンと三体のタオフェンに命中すると爆発し、近くにいた火球を受けていないタオフェンを巻き込んだ。

 爆発によってベーゼスケルトンとタオフェンは全て吹き飛び、燃える体の一部が周囲に飛び散る。ユーキとパーシュによってレンツイに侵入したベーゼは全て倒され、周りにいる者たちは短時間でベーゼが倒されたのを見て呆然としていた。

 ユーキは月下と月影の持ち方を直すと軽く息を吐いて気持ちを落ち着かせる。そこへパーシュが駆け寄り、ユーキの隣にやって来た。


「大丈夫かい?」

「ええ、俺は平気です。それより、早くタオフェンが掘った穴を塞がないと……」


 ユーキとパーシュはタオフェンが掘った穴に視線を向ける。幸いタオフェンとベーゼスケルトンが現れてからベーゼはレンツイに侵入していないため、穴を塞ぐなら今がチャンスだった。


「アンタたち、穴を塞げそうな物を持ってきな。できるだけ大きくて重たい物を選んで穴の上に置くんだ」

「ハ、ハイ!」


 近くにいたメルディエズ学園の生徒は返事をすると走って穴を塞ぐ物を取りに向かい、他の生徒も一緒に取りに向かう。

 塞いでもまた新たに穴を掘られる可能性はあるが、放っておくとベーゼたちが確実にそこを通って侵入するため、とりあえず塞いでおくことにした。


(地中から侵入してくるなんてな……会長たちにもベーゼの中にタオフェンがいることを伝えておかないと……)


 東門を襲撃したベーゼの中にタオフェンがいるのだから、北門にもタオフェンがいるに違いないと考えるユーキは伝言の腕輪メッセージリングでカムネスに連絡を入れる。


「……とりあえず、侵入したベーゼは全て倒せたわね」


 城壁の上から広場を見下ろしていたアイカはベーゼが倒されたことでとりあえず安心する。

 だが、まだ戦いの最中なので気を抜くことはできない。アイカは気持ちを切り替え、迎撃に戻ると城壁の下を覗いてベーゼたちの様子を確認した。

 ベーゼたちは未だにレンツイの外で鳴き声を上げながら城壁を越えよとしており、下位ベーゼと蝕ベーゼは仲間の上に乗って山を作り、それを登って城壁を越えようとしていた。

 アイカはベーゼたちの行動を厄介に思いながらどう対処するか考える。そんな時、右の方から叫び声が聞こえ、アイカは声が聞こえた方を向く。

 数m離れた所では天剣のリーダーであるダンシャーが怯えた表情を浮かべながら座り込んでおり、その前では城壁をよじ登って来たモイルダーが二体、胸壁の上に立っている姿があった。

 モイルダーの周りにはダンシャー以外に彼の取り巻きである冒険者の男が二人、微量の汗を掻きながら剣を握ってモイルダーを睨んでいる。他にも若い冒険者が二人おり、槍や剣を構えながらモイルダーを警戒していた。


「お、お前たち、早くその化け物を何とかしろ!」

「ハ、ハイ」


 ダンシャーに命令され、取り巻きたちはゆっくりとモイルダーに近づく。しかし彼らはベーゼとの戦闘経験が無く、モイルダーとどう戦えばいいか分からない。不安と小さな恐怖を抱きながらモイルダーとの距離を詰めていく。

 取り巻きたちは警戒しながらモイルダーとの距離を縮めていき、1mほど前に近づく。だが次の瞬間、二体のモイルダーは鳴き声を上げながら取り巻きたちに跳びかかり、鋭い爪で取り巻きたちの顔面や胸部を皮鎧ごと切り裂いた。

 モイルダーの攻撃を受けた取り巻きたちは激痛に断末魔を上げながらその場に倒れた。顔面と胸部には大きな爪痕が付き、そこから鮮血が流れ出る。

 悶え苦しむ取り巻きたちの姿を見た周りの冒険者たちは驚きのあまり言葉を失った。


「ヒ、ヒイィィツ!!」


 冒険者たちの中でダンシャーは誰よりも驚き、恐怖の声を上げる。目の前の恐ろしい光景に体は震えており、今のダンシャーには昼間に見せて傲慢さはまったく感じられなかった。

 二体のモイルダーは倒れる取り巻きたちを見た後、震えているダンシャーに目をやり、ゆっくりと彼に近づく。どうやら次の狙いは動けなくなっているダンシャーのようだ。

 ダンシャーは近づいて来るモイルダーたちを見ると後ろに下がって距離を取ろうとする。だが今いる場所は城壁の上で後ろには道が無く、このまま下がれば城壁から広場に真っ逆さまに落ちてしまう。

 後ろに逃げ道が無いことを知ったダンシャーは固まり、震えながらモイルダーたちの方を向く。二体のモイルダーは血の付いた爪を光らせながらダンシャーとの距離を縮めていく。


「お、おい! お前ら何をしている!? 早く俺を助けろ!」


 ダンシャーは周りにいる冒険者たちに助けを求める。しかし冒険者たちは取り巻きが切り裂かれた光景を見て恐怖しているのか、それとも普段から傲慢な態度を取るダンシャーを助ける気など無いのか、誰もダンシャーを助けようとしなかった。

 誰一人動こうとしない現状にダンシャーは絶望したような表情を浮かべる。なぜ誰も助けない、自分はレンツイを管理する貴族の息子なのだぞ、そう思うダンシャーは恐怖しながら助けようとしない冒険者たちを心の中で恨んだ。

 ダンシャーが冒険者たちを見ている間にモイルダーたちがダンシャーの目の前までやって来た。ダンシャーから見て左にいるモイルダーが腕を振り上げ、爪でダンシャーを切り裂こうとし、ダンシャーはモイルダーを見上げながら恐怖する。

 だがその時、左の方からアイカが走って来て腕を上げるモイルダーの真横にやって来た。


「サンロード二刀流、太陽十字斬!」


 アイカは左手に持つスピキュを右から横に振ってモイルダーを攻撃し、続けてプラジュを振り下ろしてモイルダーを十字に斬る。アイカの攻撃を受けたモイルダーは鳴き声を上げながら倒れ、そのまま黒い靄と化した。

 モイルダーの一体が倒れ、残っているもう一体はアイカの方を向いて威嚇する。だがアイカは威嚇に怯むことなく、プラジュとスピキュを構えてモイルダーを見つめた。

 アイカがモイルダーを倒す姿を見て周りの冒険者たちは目を見開く。ダンシャーもしばらくアイカを無言で見つめていたが、しばらくすると助かったことで余裕が出たのか笑みを浮かべる。


「……ハ、ハハハハッ! いいぞ、そのままその化け物を片付けろ! ソイツを片付けたら他の化け物どもも皆殺しにするんだ。俺に恥を掻かせた化け物どもをこの世から一体残らず消し去――」

「うるせぇですわ!」


 ダンシャーが興奮しながら喋っているとミスチアが右からダンシャーの側頭部を踏みつけるように蹴る。

 蹴られたダンシャーは倒れて床に頭部をぶつけ、そのまま意識を失った。


「さっきからゴブリンみたいにギャーギャーと、少しは黙って戦いやがれってんですのよ」


 気を失ったダンシャーを見ながらミスチアは鬱陶しそうな顔をする。ミスチアは先程からダンシャーの自分勝手な発言に腹を立てており、ついに我慢できなくなって黙らせたのだ。

 周りの冒険者たちはレンツイの管理者の息子であるダンシャーを蹴ったミスチアを見て愕然とする。管理者の息子を足蹴にすれば何か罰があるのではと思い、全員が不安そうな顔をしていた。

 冒険者たちが不安に思う中、ミスチアはダンシャーの身分など気にしていないのか、蹴った後も平然としている。

 ミスチアがダンシャーを見ていると横からモイルダーの鳴き声が聞こえ、ミスチアは鳴き声が聞こえた方を向く。そこには消滅するモイルダーとプラジュとスピキュを振り下ろすアイカの姿があった。


「相変わらずいい腕ですわね、アイカさん?」

「いいえ、私なんてユーキやパーシュ先輩と比べたらまだまだです」


 アイカは苦笑いを浮かべながら謙遜し、ミスチアもアイカを見ながら小さく笑って持っているウォーアックスを肩に掛ける。

 ミスチアを見た後、アイカはチラッとダンシャーの方を向き、気絶して倒れているダンシャーを目にする。


「ダ、ダンシャーさん、どうしたのですか? まさか他のベーゼに……」

「いいえ、怖さのあまり気を失っただけですわ。まったくだらしない奴ですわよ」


 ミスチアは自分が気絶させたことを隠して嘘をつき、アイカはダンシャーが倒れている理由を聞くとまだ生きていると知って安心する。

 周りの冒険者たちは迷わずに嘘をつくミスチアを見ながらとんでもない性格だと感じていた。

 アイカとミスチアが話していると、新たに三体のモイルダーが城壁を上がってアイカとミスチアの前の現れた。更にルフリフも四体集まり、空中から二人を見下ろす。


「また来ましたね……」

「お喋りはここまでにして、ベーゼどものお相手をいたしましょう」


 ベーゼたちの方を向いてアイカとミスチアは自分の得物を構えて戦闘態勢に入る。周りの冒険者たちもアイカとミスチアを見て恐怖心が和らいだのか、ベーゼたちを見つめながら武器を構えた。

 アイカたちがベーゼの相手をしている間、気絶したダンシャーと負傷したダンシャーの取り巻きたちは近くにいた冒険者たちの手を借りて広場に避難した。


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