第二百五話 闇夜から迫る邪悪
日が沈み、商業都市レンツイは暗闇に包まれる。昼間に見かけた大勢の住民たちは皆、自宅や借りている宿屋の部屋に戻って眠りについていた。
ただ、一部の住民は眠らずに布団を被って不安そうな表情を浮かべたり、部屋の隅で膝を抱えて座ったりしている。原因はこれからレンツイを襲う大量のベーゼに恐怖しているからだ。
ベーゼがレンツイを襲撃することはレンツイ全体に伝わっており、住民たちは暗くなり始めた頃にはベーゼに襲われないよう自宅に避難した。出店を出している者も急いで片付け、既に帰宅している。
眠ることができない住民たちはレンツイがベーゼによって滅ぼされるかもしれないと思っているのか、心の中で自分たちを救うよう神に祈り続ける。そして、メルディエズ学園の生徒、冒険者たちが必ず勝つよう願った。
レンツイの北門と東門ではユーキたちメルディエズ学園の生徒と冒険者、レンツイの警備兵たちがベーゼを迎え撃つために広場で武器や道具を運んで準備をしたり、正門や城壁の上に上がって周囲を警戒している。ベーゼがいつ襲撃して来てもおかしくない状況であるため、全員が真剣な表情を浮かべながら見張っていた。
「……まだベーゼたちは来てないみたいだな」
東門の防衛に就いているユーキは東門の見張り場から北東を見張っている。ユーキは強化で視力を強化し、更に夜目を利くようにしているため、他の生徒や冒険者たちよりも遠くを確認することができた。
強化の効力を知っているカムネスはユーキに見張りやすい門の見張り場から遠くや東門の周辺を確認し、伝言の腕輪を使ってこまめに定時報告をするよう指示した。ユーキもカムネスから重要な仕事を命じられた時、強化を使える自分にしかできないことだと感じて定時報告の役目を引き受けたのだ。
東門の上にはユーキ以外にパーシュと武闘牛がおり、篝火と月明かりを頼りに門前や東門の周りにある麦畑の中などを見張っている。他にも数人のメルディエズ学園の生徒と冒険者が城壁の上や広場にいる仲間たちの様子を窺ったりしていた。
遠くを見ていたパーシュは望遠鏡を下ろし、上着のポケットから懐中時計を取り出して時間を確認する。
「午前零時か……見張りを始めてから随分経つけど、一向に姿を見せないね」
「まだ遠くにいるのかもしれませんね。それとも近くまで来ているけどこっちの様子を窺っているのか……」
「いずれにせよ、奴らが今夜襲撃して来る可能性は高いんだ。油断せずに見張らないとダメだね」
簡単な会話をしたユーキとパーシュは周囲の見張りを続ける。二人の近くにいる生徒たちは突然ベーゼたちが現れたら上手く対処できるだろうか、と思いながら小さな不安そうな顔をしていた。
武闘牛も望遠鏡を使ってベーゼが来ていないか確認している。ウブリャイたちは今回と似た経験をしたことがあるのか、無駄な動きなどをせずに見張りをしていた。
「どうだ、そっちは何か見えたか?」
ウブリャイは望遠鏡を覗きながら別の方角を見ているベノジアたちに声を掛け、ベノジアたちは望遠鏡の下ろしてウブリャイの方を向く。
「何も見えないっスね。ベーゼどころかモンスターの姿すら見えやしねぇ。……ホントにベーゼどもは今夜攻めてくるんスか?」
「ギルド長たちの話では可能性は高いみてぇだ。ただ、奴らと俺らとでは認識の仕方や戦いの常識っつうものが違う。こっちが予想したとおりにベーゼどもが動いてくれるとは限らねぇ」
「チッ、メンドクセェ奴らだなぁ」
ベノジアは不満そうな顔をしながら再び望遠鏡を覗く。ラーフォンやイーワンもモンスターや盗賊などとは動き方が違うベーゼを面倒に思いながら見張りを続けた。
武闘牛の会話を聞いていたユーキとパーシュは視線を動かしてウブリャイたちを見る。ベーゼはこれまで武闘牛たちが戦ってきた敵と違うため、ベノジアが不満や苛立ちを感じるのは無理も無いと二人は思っていた。
各々が疑問を抱いたり、会話をしたりしていると見張り台の右側にある階段から城壁の上でレンツイの外を見張っていたアイカとミスチアが上がって来た。
「ユーキ、そっちはどう?」
アイカが声を掛けるとユーキはアイカの方を向きながら軽く首を横に振る。
「見えない。まだ近くに来てないのかもしれないな……そっちはどうだ?」
「こっちも似たようなものよ。ベーゼの姿は見られないわ」
返事を聞いたユーキは複雑そうな表情を浮かべ、パーシュも似たような顔でアイカを見た。
正門の上と城壁では高さや見ることができる角度が若干違うため、城壁上にいるアイカたちにしか確認できない場所や方角がある。ユーキはアイカたちなら何か見つけられると思っていたのだが、何も情報が得られてないことを知って残念に思った。
「ベーゼは確認できませんでしたわ。……ただ、別の問題は起きてますけど」
「別の問題?」
パーシュはミスチアの言葉を聞いて反応した。
いつベーゼとの戦闘が始まるかどうか分からない状況で問題が発生したと聞いてパーシュは僅かに目を鋭くし、ユーキは武闘牛のメンバーたちもミスチアに注目する。
「例の天剣とか言うチームのリーダーが生徒たちに真面目に見張れだの、こんな時間まで見張りをするのは面倒だの言ってうるさいんですのよ?」
「天剣のリーダー? ……ああぁ、ダンシャーか」
ユーキはダンシャーのことを思い出すと呆れた表情を浮かべ、パーシュやウブリャイたちは僅かに眉間にしわを寄せる。
昼間にチェンスィから忠告されたにもかかわらず、早速問題を起こしていることを知り、ダンシャーはまったく改心していないとユーキたちは感じていた。
「ったく、ベーゼどもがいつ攻めてくるか分からないって時に問題を起こすとは、本当にどうしようもない野郎だな」
「と言うか、冒険者の面汚しだね」
「ハッ、ちげぇねぇ」
呆れるウブリャイの後ろでラーフォンはダンシャーを罵り、イーワンはラーフォンに同意して鼻で笑う。ベノジアも鬱陶しそうな顔をしながら話を聞いていた。どうやらウブリャイだけでなく、武闘牛のメンバーは全員ダンシャーを嫌っているようだ。
「それで? ダンシャーの野郎は今どうしてるんだ?」
「今もギャーギャー文句を言ってるんじゃねぇんですの? 私とアイカさんが此処に向かう時も見張りをサボって他の生徒や冒険者たちに文句を言ってましたから」
肩を竦めながら言うミスチアを見たウブリャイは小さく舌打ちをして城壁の方を向く。すると、遠くで胸壁にもたれながら座り、周りにいる者たちに何かを言っている冒険者が目に入る。
顔はハッキリと見えないが、現状からその座っている冒険者がダンシャーだとウブリャイは確信していた。
「どうしようもねぇガキだ。……俺はあの野郎に喝を入れて来る。此処は任せたぞ」
ユーキたちに見張りを頼んだウブリャイは階段を下りてダンシャーの下へ向かった。
同じ冒険者が起こした問題は自分で片付けようと思っているのだろう。あと、昼間に馬鹿にされていたため、その鬱憤を晴らすためにダンシャーに文句を言ってやろうと思っているのかもしれない。
ベノジアたち武闘牛のメンバーはウブリャイの後ろ姿を見つめており、心の中で「ダンシャーを懲らしめてやってくれ」と思っていた。
「ウブリャイさんも大変ですね、よそのチームが起こした問題を解決しないといけないなんて……」
「あれはボスが勝手にやってることだから別に大変だとは思ってないさ」
ラーフォンは小さく笑いながら話すウブリャイの性格について語る。アイカはラーフォンの話を聞き、ウブリャイが外見と違って面倒見がいいのだと知って意外そうな反応を見せるのだった。
ユーキもウブリャイのこれまでの言動から仲裁や教えると言ったことを苦手としているのではと思っていたが、ラーフォンの話を聞いてウブリャイを見直すと同時に感心した。
「そう言えばユーキ、そろそろカムネスに報告をする時間じゃないのかい?」
「……あっ、そうだった」
パーシュに言われて定時報告の時間が近いことに気付いたユーキは左腕にはめている伝言の腕輪に視線を向けて起動させる。伝言の腕輪を顔に近づけ、水晶が光るとユーキはカムネスに呼びかけた。
「会長、ユーキです。聞こえますか?」
「ああ、聞こえている」
伝言の腕輪からカムネスの声が聞こえ、北門にいるカムネスに繋がったことを知ったユーキはレンツイの周囲を見回しながら説明を始める。
「東門の周辺にはベーゼはいません。北東にある森の方も見たんですけど、姿は確認できませんでした」
「そうか……こっちも似たようなものだ。遠くに姿は無く、周辺の麦畑にも隠れてはいないようだ」
北門も東門と同じ状況だと聞いたユーキは難しい表情を浮かべる。アイカやパーシュ、ミスチアもユーキの方を見ながら伝言の腕輪から聞こえるカムネスの声を聞いていた。
ユーキが定時報告をしている中、ベノジアたち武闘牛のメンバーはユーキがはめている伝言の腕輪を見て驚きの表情を浮かべていた。
ベノジアたちも遠くにいる人間と会話ができる伝言の腕輪のことは知っている。ただ、ベノジアたちは伝言の腕輪を500m以内にいる同じ伝言の腕輪を持った者としか会話ができないマジックアイテムと思っていた。そのため、1km以上離れた所にある北門にいる者と会話をしていることに驚愕していたのだ。
ユーキやカムネスが使っている伝言の腕輪はスローネがユーキから聞かされた彼の転生前の世界の情報を使って改良した物だ。少し前までは数km離れた所にいる者と会話が可能だったが、今では10km先まで離れた者とも通話が可能になっている。
スローネが伝言の腕輪の改良に成功した時、報告を聞いたガロデスや教師たちは通話可能範囲が広くなったことに驚いていた。だが同時に生徒たちが情報を得やすくなり、依頼成功率も大きく上がったと考え、ガロデスは改良したスローネを讃美し、感謝したのだ。
今回の依頼でもガロデスはレンツイの防衛とベーゼの討伐を成功させるため、ユーキたちに改良した伝言の腕輪を持たせて依頼に向かわせた。
因みに今回のレンツイの依頼では六つの伝言の腕輪が支給され、現在はユーキ、カムネス、アイカ、パーシュ、トムリアが装備し、残り一つは非常事態に備えて使わずに残してある。
「姿は確認できないが油断はするな? 既にレンツイの近くまで来て何処かに潜伏している可能性がある」
「ええ、俺もそう思います」
ユーキは東門の上から周囲を見回してベーゼが隠れていないか確かめる。今でも強化は発動し続けているため、ユーキはベーゼが近くで隠れているのならすぐに見つける自信があった。
「ベーゼが近くにいるかどうかは分かりませんが、もし現れたらすぐに連絡します」
「頼む。ベーゼが現れた際、どのように戦うかはパーシュと相談して決めてくれ」
「ハイ」
返事をしたユーキはチラッとパーシュの方を向き、目が合ったパーシュは無言で頷く。
東門に配備されているメルディエズ学園の生徒たちの指揮はパーシュが執ることになっているため、パーシュと相談してどのように戦うか決める必要があった。
「では引き続き、東門周辺の警備と防衛を任せる。こちらも何かあったら報告する」
「分かりました」
ユーキが返事をすると伝言の腕輪の水晶から光が消え、ユーキはカムネスとの通話が終わったことを知る。
いったいベーゼたちはどのタイミングでレンツイを襲撃するのだろとユーキは北東の方角を見ながら考えた。
――――――
レンツイの北東に2kmほど離れた所にレンツイの四分の一ほどの広さの森がある。森の中は夜と言うこともあって暗くて何も見えない。そんな暗闇の中から大量の目が遠くにあるレンツイを見つめていた。
森の中にいたのはレンツイを目指していた大量のベーゼだった。十数分前に森に辿り着き、見つからないよう身を隠しながらレンツイの様子を窺っている。
ベーゼたちの中に目を赤く光らせるベギアーデの姿があり、暗闇の中で真っすぐ立ちながらレンツイを見つめていた。
「北東に戦力を集結させているか。どうやら連中はこちらがレンツイを包囲できるほどの数ではないと読んでいたようだな。……フフフ、虫けらの中にも賢い奴がいると言うわけか」
敵に自分たちの戦力を読まれているにもかかわらず、ベギアーデは不敵な笑みを浮かべる。
どうやらベギアーデはレンツイの襲撃を遊びとして見ているらしく、人間が自分たちを出し抜いたことでより面白い戦いになると感じているようだ。
ベギアーデが引き連れて来たベーゼは約三百体でその全てが森の中に身を隠している。ベーゼの殆どが下位ベーゼと蝕ベーゼで唸り声を出したり、ヨダレを垂らしたりしながら待機していた。中位ベーゼもいるが、下位ベーゼや蝕ベーゼと比べたら遥かに少ない。
ベーゼたちに囲まれる中、ベギアーデはレンツイを囲む城壁を見つめる。腕を組みながら城壁の高さを想像し、城壁上にどれだけのメルディエズ学園の生徒と冒険者、レンツイの警備兵が集まっているか考えた。
「奴らがこちらの戦力を予想しているとなると、あの町にいる戦闘可能な人間どもを全て北門と東門に回しているはずだ。リスティーヒから情報から計算すれば……百前後と言ったところか」
ベギアーデは少し前にリスティーヒから得た情報を元にレンツイにいる人間たちの戦力を予想する。
計算どおり百前後だとすれば、三倍の戦力の自分たちの方が遥かに優勢だと考え、ベギアーデは再び不敵な笑みを浮かべた。
「奴らの中には混沌士もいるようだが、どれほど楽しませてくれるのだろうな」
この戦いはベーゼが勝つ、そう思うベギアーデはレンツイを見ながら呟く。もっとも今回の戦いではヴァーズィンがベーゼたちの指揮を執るため、ベギアーデには関係の無いことだった。
「さて、戦力をある程度増やして連れて来たわけだし、私の役目はここまでだな。ヴァーズィンに連絡を入れ、引き上げるとしよう」
レンツイの制圧はヴァーズィンの役目であり、加勢する気が無いベギアーデはレンツイに背を向けて転移した。
残ったベーゼたちはベギアーデがいなくなっても騒いだりせずにレンツイを睨んでいる。
――――――
北門の上にある見張り場ではカムネスとロギュン、二人の生徒、霊光鳥が周辺を見張っていた。
カムネスたちは望遠鏡を覗きながら北東を警戒し、ウェンコウたち霊光鳥のメンバーは北門の周辺にベーゼがいないか調べている。他の生徒や冒険者たちも城壁の上で見張りをしたり、広場で荷物の整理などをしていた。
ユーキの定時報告を受けてから少し時間が経過しているが、ベーゼの姿は見られず何も変化はない。だが、カムネスたちは気を抜いたりせずに警戒を続けていた。
「会長、そろそろ交代の時間です。見張りは私が続けますので少しお休みになってください」
遠くを見ていたロギュンは望遠鏡を下ろしてカムネスに声を掛ける。
防衛を始めてから既に数時間が経過し、メルディエズ学園の生徒や冒険者たちは交代で見張りをしながら休んでいた。
カムネスは最後の休憩から二時間も休まずに見張りを続けていたため、ロギュンはカムネスに休んでもらいたいと思っていたのだ。
「僕は大丈夫だ。戦っているわけでもなく、ただ見張りをしているだけなのだから疲れてはいない。それに見張りをしながらでも簡単な休息は取れるしな」
望遠鏡を覗くのを止めたカムネスは見張りを続けられることをロギュンに伝える。実際、北門の周辺や遠くを見張っているだけの作業なのでカムネスは疲れを感じておらず、見張りをしながらでも水分補給などもできるため、何の問題も無かった。
ロギュンはカムネスの返事を聞くと困ったような表情を浮かべる。例え疲労を感じていなくても休息を取るのは大切なので少しでも体を休めてほしいと思っていた。
霊光鳥のメンバーたちはカムネスとロギュンの会話を聞いて意外そうな顔や笑みを浮かべながら二人を見ている。
十代の少年でありながら休みたいなどと口にせず、防衛を続けようとするカムネスの姿を見て霊光鳥のメンバーたちは感心していた。特にウェンコウは真面目に役目を全うしようとするカムネスを見て少し驚いている。
「凄いなぁ、嫌な顔一つせずに見張りを続けようとするなんて……生徒たちの指揮を任されるだけのことはあるな」
「ウェンコウ、貴方も少しは見習った方がいいんじゃない?」
チェンスィが悪戯っぽい笑みを浮かべながらウェンコウに声を掛けると、ウェイコウはムッとしながらチェンスィの方を向いた。
「失礼だなぁ。俺だって警護や見張りの依頼の時は普段以上に真面目にやってるだろう?」
「確かに重要な依頼の時は真剣に取り組んでいますね。ですが……」
「モンスターや盗賊とかの討伐依頼では討伐が済むとすぐに気を抜いて後処理とかをいい加減にやってるじゃない」
ゴウレンツとミッシェルがウェンコウの普段の態度を指摘すると、ウェンコウは痛いところを突かれたのか僅かに表情を歪ませて黙り込む。その反応を見たチェンスィはクスクスと笑う。
S級冒険者であるウェンコウは依頼主や周りの人間とは問題無く接することができる。ただ、少々軽い性格をしているため、依頼主と接する時以外は砕けた態度を取り、モンスターを討伐後の処理と言った作業もいい加減に済ませることがあるのだ。
霊光鳥のメンバーたちはウェイコウの依頼の後処理のいい加減さに普段から呆れていた。だが、ウェンコウは戦闘能力は高く、人との接し方も上手いため、チェンスィたちもその点は頼もしく思っている。
そのため、ウェンコウの性格が多少軽くてもチェンスィたちは不満は抱いたりせず、ウェンコウの分までしっかり後処理をしているのだ。
ウェンコウは自分をからかうチェンスィたちを見ながら若干不満そうな表情を浮かべる。その様子をカムネスとロギュン、二人の近くにいたメルディエズ学園の生徒たちは見つめていた。
「彼らは何の話をしているのでしょう?」
「さあな、彼らの様子からして僕らには関係の無い内容のようだ」
カムネスはウェンコウたちの会話に興味が無いらしく、再び望遠鏡を覗いて見張りを続けた。ロギュンは休息を取ろうとしないカムネスを見て再び困ったような顔をする。
「会長、例え疲れを感じていなくても休むことは大切です。何かありましたすぐ呼びますので休んでください」
「……残念だが、休息する時間は無いようだ」
「えっ?」
望遠鏡を覗きながら低い声を出すカムネスを見てロギュンは思わず訊き返す。カムネスは目を鋭くしながら望遠鏡を覗いており、ロギュンはカムネスの様子から何かを見つけたのだと察して自分の望遠鏡を覗いてカムネスが見ている方角を確認した。
ロギュンの視界に入ったのは北東に2kmほど離れた所になる森だった。カムネスが何を見つけたのか気になるロギュンは森の周辺、特に北門から見える森の出入口付近を確認する。すると大量のベーゼがこちらに向かって走って来るのが目に入り、驚いたロギュンは驚愕しながら望遠鏡を下ろした。
「……ッ! 来ました!」
ベーゼが現れたことを周りにいる者たちに伝えるため、ロギュンは大きな声を出す。声を聞いた霊光鳥のメンバーたちや近くにいた生徒たちは一斉にロギュンの方を向く。
ウェンコウたちはロギュンを見て何が来たのかすぐに察し、自分たちの望遠鏡を使って北東を見る。そして、ベーゼの大群を目にすると鋭い表情を浮かべて望遠鏡を下ろす。
「ベーゼだ、ベーゼが来たぞぉ!」
北門の防衛に就いている者全員に聞こえるよう、ウェンコウは叫ぶようにベーゼが現れたことを伝えた。
ウェンコウの言葉を聞いて北門と繋がっている城壁や広場にいた冒険者たちは一斉に反応する。
遂にベーゼが現れ、冒険者の中には気合いを入れる者や緊迫した表情を浮かべる者もいた。だが、怖気づいた様子は見せておらず、急いで戦いの準備を始める。
メルディエズ学園の生徒や警備兵たちもベーゼが現れたことを知って真剣な表情を浮かべていた。カムネスは城壁、広場にいる生徒たちの様子を窺った後、伝言の腕輪を起動させる。
「パーシュ、聞こえるか?」
カムネスは東門の生徒を指揮するパーシュに連絡を入れる。東門にいるユーキたちもベーゼが北東の森から現れたことに気付いているかもしれないが、カムネスは念のために知らせておこうと思っていた。
「カムネス、どうしたんだい?」
伝言の腕輪からパーシュの声が聞こえ、カムネスは伝言の腕輪を見つめながら口を開く。
「北東の森からベーゼが現れた。かなりの数がこちらに向かって来ている」
「何だって?」
カムネスの報告を聞いたパーシュは訊き返す。どうやら東門にいるユーキたちはまだベーゼに気付いていなかったようだ。
「こちらの予想どおりなら奴らは戦力を二手に分け、北門と東門を同時に攻めてくるはずだ。……だが、どちらかの門に全ての戦力を集中させて攻めてくる可能性もある」
「確かにありえそうだね」
「もしも奴らがそっちに戦力を集中させた場合は後方で待機している部隊に連絡を入れろ。こちらも動かせる戦力をそっちに送る」
「分かったよ。そっちもベーゼたちの集中攻撃を受けたら同じようにしなよ?」
パーシュは伝言の腕輪の向こう側で笑っているのか余裕そうな口調で返事をした。
「森からレンツイまでの距離を考えると奴らが到達するのは約十分後だ。急いで全員のベーゼのことを伝え、防衛態勢に入れ」
「了解!」
パーシュが返事をするとカムネスの伝言の腕輪の水晶の光が消え、通話が終わったことを確認したカムネスはウェンコウたち霊光鳥の方を向いた。
「いよいよベーゼとの戦闘が始まります。一応確認しますが、問題ありませんか?」
「ああぁ、勿論だ。いつでも行ける」
笑みを浮かべるウェンコウは背負っている弓を手に取る。その弓は通常の弓と比べて少し大きく、濃い黄色の弓幹には四つの小さな赤い宝玉が付いていた。カムネスはウェンコウの弓を見てそれがただの弓ではないと気付く。
ウェンコウの後ろではチェンスィが自身の左手を右拳で殴りながら気合いを入れており、ミッシェルとゴウレンツも杖とメイスを持って戦闘態勢に入る。
カムネスはウェンコウたちの準備が整ったのを確認すると近くにいた二人のメルディエズ学園の生徒の方を向いた。
「君たちは城壁に上がっている他の生徒たちに戦う準備をするよう伝えて来てくれ。時間は限られている、できるだけ急いでくれ」
「ハイ!」
生徒の一人は返事をし、もう一人も真剣な表情を浮かべてカムネスを見つめる。二人はそれぞれ見張り場の左右にある階段から城壁に下り、まだベーゼが現れたことに気付いていない生徒や冒険者たちに戦いが始まることを伝えに向かった。
カムネスは生徒たちを見た後、ロギュンの方を向いて「準備はいいか?」と目で確認する。ロギュンはカムネスを見ながら小さく頷き、右大腿部のホルスターに納めてある投げナイフを二本抜く。
ロギュンが問題無いことを知ったカムネスは北東の方を向き、まだ遠くにいるベーゼの群れを睨みながら腰のフウガを握った。
北門と東門を防衛するメルディエズ学園の生徒、冒険者、警備兵たちは急いで戦闘態勢を整える。正門と城壁の上にいる者たちはベーゼに城壁を越えさせないよう気合いを入れ、広場にいる者たちも万が一、ベーゼが城壁を越えた際には迎撃できるようにした。
そして北門と東門から離れた所で待機しているトムリアやジェリックたちの耳にもベーゼが現れたことは伝わっており、彼らもいつでも動けるよう万全の状態で待機していた。
全員が戦闘態勢を整えた頃、ベーゼたちはレンツイまであと1kmという所まで近づいて来ていた。
ベーゼは地上と空中を移動しており、地上には下位ベーゼのインファ、モイルダー、ペスートなどがおり、それらと一緒にベーゼゴブリンやベーゼオーガ、ベーゼヒューマンなど数種類の蝕ベーゼが走っている。勿論、その中には中位ベーゼの姿もあった。
空中では大量のルフリフが翼をはばたかせながらレンツイに向かっている。地上にいるベーゼと比べると数は少ないが、それでも数十体は飛んでいた。
既に目で確認できる所まで近づいて来たベーゼたちを見ながら防衛に就いている全員が自分の武器を強く握る。
「これより、我々はベーゼを迎え撃つ! 弓を持つ生徒と魔導士の生徒は全員構えろ!」
カムネスは城壁の上にいる生徒たちに大きな声で指示を出す。弓矢を持つ生徒、魔導士の生徒は全員言われたとおり弓矢と杖を構え、攻撃するベーゼたちに狙いを定める。
「冒険者も弓と魔法を使う者は構えろ! 合図したら一斉に攻撃するんだ!」
ウェンコウも冒険者たちに同じ指示を出してベーゼを迎え撃つ体勢を取らせる。指示を受けた冒険者たちもメルディエズ学園の生徒に後れを取らないよう一斉に構えた。勿論、彼らと共に防衛に当たっている警備兵たちも弓矢を構えて攻撃の指示を待つ。
遠距離攻撃が可能な者たちが構え終わるとカムネスとウェンコウはベーゼたちに視線を向ける。予想どおりベーゼたちは途中で二手に分かれ、片方が北門に向かい、もう片方は東門に向かって移動していた。
カムネスは東門の方へ向かうベーゼの群れを見ながら東門を防衛するユーキたちのことを考える。
普通は別の場所を護る仲間のことを心配したりするものだが、ユーキたちを信頼しているカムネスは心配していなかった。
東門へ向かうベーゼたちを見たカムネスは視線を北門に向かっているベーゼたちに向けた。鳴き声や呻き声を上げなら少しずつ距離を詰めて来ているベーゼたちをカムネスは鋭い目で見つめる。
やがてベーゼたちは北門の500mほど前まで近づいた。
「放て!」
カムネスが声を上げると弓矢を持つ生徒たちは一斉に矢を放ち、魔導士の生徒たちも火球、水球、風の刃などを一斉に放ってベーゼたちに攻撃を仕掛けた。
「射てぇ!」
ウェンコウもカムネスに続いて冒険者と警備兵たちに指示を出し、彼らも生徒たちに続いて矢と魔法を放つ。そして、ウェンコウもベーゼに向かって矢を放って攻撃した。
メルディエズ学園の生徒、冒険者、警備兵たちが放った矢と魔法は一斉にベーゼたちに向かって行き、地上のインファやベーゼゴブリン、空中のルフリフたちに命中する。
頭部などの急所に攻撃を受けたベーゼたちはその場に倒れて黒い靄と化して消滅し、飛んでいたルフリフも落下しながら消滅した。
レンツイから攻撃されたことでベーゼたちは闘争本能に火がついたのか鳴き声を大きくしながら走る速度を上げた。相手を警戒することも、後退することもせずに北門に向かって突撃する。
カムメスたちは迫って来るベーゼたちを睨みながら闘志を燃やした。




