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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第十二章~惨劇の女王蜂~
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第二百四話  下調べ


 宿屋を出たユーキたちは下見をするために冒険者に案内を頼むか、自分たちだけで街を見て回るか歩きながら考える。

 周りでは他の生徒たちが自分たちと同じようにどう下見をするか、これから何をするかなどを話し合っている姿があった。


「さ~て、これからどうするかねぇ。効率よく下見をするなら、やっぱりレンツイに詳しい冒険者に案内してもらうのがいいんだけど、素直に頼みを聞いてくれるとは思えないんだよねぇ……」


 パーシュは腕を組みながら面倒そうな顔で呟く。ユーキたちも共闘に納得しているとはいえ、冒険者が進んで協力してくれる可能性は低いと思っており、歩きながらパーシュを見つめていた。


「とりあえず、副会長に冒険者に案内を頼むことを言いに行きましょう? 確か副会長は荷馬車を停めるために厩舎きゅうしゃにいるはずです」

「そうね。とりあえず副会長の所へ行きましょう」


 ユーキの考えにアイカは賛同し、パーシュとミスチアもまずはロギュンの下へ向かった方がいいと思っていた。


「街を見て回るなら一緒に行かない?」


 聞こえてきた女性の声にユーキたちは反応し、一斉に声がした方を向く。そこには霊光鳥のメンバーであるチェンスィが立っており、その隣には先程冒険者ギルドの前で見かけた霊光鳥のリーダーの姿があった。

 ユーキたちは霊光鳥の二人を見て、どうしてこんな所にいるのだろうと疑問に思いながら少し驚いたような反応を見せる。


「チェンスィさん、どうして此処に?」

「貴方たちを案内するために来たの。ベーゼとの戦いに備えて下見をすると思ったからね」

「わざわざ俺たちを案内するために来てくれたんですか?」

「まぁね。……あと、貴方たちに興味が湧いて話がしたいっているのもあるけど」


 道案内以外にも理由があることを正直に話すチェンスィを見たユーキは彼女が素直な性格であることを知る。

 アイカもわざわざ自分たちを案内するために来てくれたチェンスィと霊光鳥のリーダーを見て、微笑みながら嬉しく思っていた。


「それでどうする? 君たちが嫌って言うなら無理強いはしねぇけど」


 霊光鳥のリーダーが改めてユーキたちに同行するか尋ねる。ユーキはチラッとパーシュの方を向いて霊光鳥に頼むか確認した。

 ユーキは案内を頼もうと思っているが、やはりアイカたちの意見を聞かないといけないと思い、最初に上級生であるパーシュの考えを聞こうと思っていた。

 パーシュはユーキの視線に気づくと視線だけを動かしてユーキを見つめ、無言で小さく頷く。彼女もS級冒険者チームである霊光鳥が案内するために来てくれたのだからその好意に甘えようと思っているようだ。

 ユーキはパーシュの意思を確認すると続けてアイカとミスチアを見る。アイカもユーキと目が合うと小さく笑い、案内を頼むことに賛成であることを目で伝えた。ミスチアはどちらでもいいのか興味の無さそうな顔でコクコクと頷く。


「それじゃあ、お願いします」


 三人の意思を確認したユーキはチェンスィとリーダーの方を向き、案内をお願いする。

 ユーキの返事を聞いたチェンスィはどこか嬉しそうな反応を見せた。どうやらチェンスィはメルディエズ学園の生徒であるユーキたちが冒険者である自分たちと同行することを嫌がって断るのではないかと思っていたようだ。

 しかしユーキたちが嫌がる素振りを見せずに案内を頼んできたため、チェンスィは内心喜んでいた。


「じゃあ、早速行きましょうか」

「おいおい、待ってくれよチェンスィ」


 チェンスィがユーキたちを案内しようとした時、霊光鳥のリーダーが少し慌てた様子でチェンスィを呼び止める。声を掛けられたチェンスィやユーキたちは一斉にリーダーに視線を向けた。


「まだ俺は彼らに自己紹介をしてないんだぞ? それに彼らのこともまだ何も知らない。案内する前に挨拶ぐらいさせてくれよ」

「ああぁ、そうだったわね。ゴメンゴメン」


 小さく笑いながらチェンスィは謝罪する。霊光鳥のリーダーは若干不満そうな顔でチェンスィを見た後、ユーキたちの方を向いた。


「改めて、俺は霊光鳥のリーダー、ハク・ウェンコウだ」

「よろしくお願いします」


 ユーキが挨拶を返すと、ウェンコウは興味のありそうな表情を浮かべながらユーキを見つめる。


「もしかして君が今回派遣された生徒の中で最年少の剣士っていう子か? ……本当に小さいなぁ」


 仲間たちから既にユーキのことを聞かされていたのか、ウェンコウは児童であるユーキを目にしても驚いたりしなかった。

 ユーキは自分を興味津々なウェンフを見上げながら若干恥ずかしそうな顔をする。


「えっと、ユーキ・ルナパレスです」

「ああ、よろしく。チェンスィから聞いたけど、上級生に匹敵する実力を持ってるそうじゃないか? 期待してるぜ」

「あ、ハイ」


 ニッと笑うウェンコウを見ながらユーキは頷く。ウェンコウの態度や口調から彼は少し軽い性格だと感じていた。だが、S級冒険者チームのリーダーを務めるくらいなのだから、戦闘やイザという時は頼りになる存在なのだろうと思っている。

 それからウェンコウはアイカたちにも挨拶をし、アイカたちも簡単な自己紹介をした。


「さて、挨拶も済んだし、下見に行きましょうか」


 挨拶が済むとチェンスィはレンツイを案内するためにユーキたちに声を掛け、挨拶を済ませたユーキたちもチェンスィの方を見た。


「そう言えば、他の二人はどうしたんだい?」


 パーシュが姿が見えないミッシェルとゴウレンツについて尋ねると、ウェイコウはパーシュの方を向く。


「あの二人には別のメルディエズ学園の生徒の案内を任せた。今頃、他の生徒と街を見て回ってるか、案内する生徒を探してるんじゃないか?」

「あら、そうでしたの」


 会話を聞いていたミスチアが残念そうな口調で呟く。同じハーフエルフであるミッシェルと話をしながら街を見て回りたかったのかもしれない。

 ユーキたちは軽い会話をしながら街道を歩き出し、防衛する北門と東門に向かった。

 

――――――


 霊光鳥に案内されて北門と東門、二つの正門の前の広場までやって来たユーキたちは構造や状況などを確認した。広場は大きく、あちこちに警備兵たちが使うテントが張られ、近くには武器などが入った木箱、樽などが幾つも置かれてある。

 広場だけでなく、城壁上の通路にも上がり、正門とレンツイの外側がどうなっているのかも確かめて戦闘が始まったらどのように動くか考えた。因みにメルディエズ学園と冒険者はベーゼと戦う際に戦力を三つに分けることなっている。

 三つの部隊の内、二つは北門と東門の防衛、残る一つは二つの正門から少し離れた所、都市の中心付近にある広場で待機し、北門と東門で苦戦を強いられている所に救援に向かうことになっている。

 待機する部隊には北門と東門の救援だけでなく、ベーゼが南門や西門など護りの薄い場所を攻めた際にそこの防衛に向かうと言う役目もあった。

 北門と東門の確認を終えたユーキたちはレンツイの東側に向かう。防衛する場所の下見が終わったので、ユーキたちは残った時間でレンツイにどんな場所があるのかを知るためにウェンコウとチェンスィに街中を案内してもらうことにした。


「北門と東門の護りに問題は無いな。あれならベーゼが攻めて来ても問題無く対処できる」

「そうね。だけど、ベーゼがどれだけの数で攻めてくるか分からない以上、油断はできないわ」

「ああ、分かってるよ」


 ユーキとアイカは横に並んで会話をしながらレンツイの東にある街道を歩き、パーシュとミスチアも二人を挟むように横に並んで歩いている。四人の前ではウェンコウとチェンスィが歩きながらユーキとアイカの会話を聞いていた。


「会長はベーゼの数は二百体ほどで、それ以下の数ならベーゼたちは北門と東門に戦力を集中させる可能性が高いって言ったよな。もしベーゼが北門と東門を攻める場合、奴らは戦力をどんな風に分けるんだろうな……」

「さあ……北門と東門の防衛力はどちらも同じくらいだから、どちらか片方に戦力を傾けるなんてことはしないと思うわ」

「ああ、恐らく戦力を平等に分けて同時に攻撃してくるだろうね」


 パーシュはユーキとアイカの会話に参加し、ベーゼたちがほぼ同じ数で二つの正門を攻撃するだろうと語る。ユーキとアイカはパーシュの意見を聞き、その可能性が一番高いと思っていた。

 今回の防衛でのユーキたちの持ち場は既に決まっており、問題無く防衛できるよう生徒たちの実力を計算して分けられていた。

 ユーキは東門の防衛に就くことになっており、アイカ、パーシュ、ミスチアも東門の防衛を任されることになった。

 北門の防衛はこの場にいないカムネスとロギュンが担当することになっており、トムリアとジェリックは都市の中央で待機する部隊に参加することになった。

 東門の防衛をユーキたち四人が任されるのに対して北門はカムネスとロギュンの二人だけと、戦力のバランスが悪いように思われるが、生徒会長と副会長であるカムネスとロギュンは実力がユーキたちよりも上なため、二人だけでも問題は無かった。

 冒険者側も実績や実力を計算して冒険者を分けており、霊光鳥は北門の防衛と北門を護る冒険者たちの指揮を執ることになった。

 東門にはウブリャイたち武闘牛とダンシャーのチームである天剣が配備され、東門に配備された冒険者たちの指揮は武闘牛が任されることになったのだ。

 待機する部隊にもバランスよく冒険者が回されており、冒険者ギルドは問題無くベーゼと戦えると確信していた。


「とりあえず、予想外のことが起こらない限りは今の状態でも問題無く戦えるってことですわね」

「そうだね。……だけど、アイカが言ったように油断はできないよ? 本当にベーゼが二百体ほどとは限らないだからね」

「ああ、そのとおりだ」


 前を歩いていたウェンコウがパーシュの意見に賛同し、パーシュたちはウェンコウに視線を向ける。


「軍の調べでベーゼがレンツイに向かっている間に少しずつ数を増やしていることが分かっている。今、どれ程の数なのかは分かってないが、俺たちの倍以上の数がいるのは間違い無い。もしかすると、レンツイを包囲できるほどの数になってるかもな」

「マジですの?」


 ミスチアが僅かに表情を歪めがなら尋ねる。するとウェンコウは歩きながら後ろを向き、真剣な顔でユーキたちを見た。


「かもしれないって話だ。だが、絶対にそうならないとも言い切れない。だから防衛する際はベーゼが俺たちよりも遥かに数が多いと考えて戦った方がいい」


 戦闘では何が起きるか分からないため、あらゆる可能性を考えた方がいいと言うウェイコウをユーキたちは黙って見つめる。

 宿屋の前で思ったとおり、ウェンコウは戦闘に関わることでは真面目になるため、ベーゼとの戦闘の際は活躍してくれるとユーキは思っていた。


「そう言えば軍で思い出したんだけど、あの軍師さんはどうしたんだい?」


 パーシュは冒険者ギルドがある広場で会ったチャオフーのことを思い出してウェンコウとチェンスィに尋ねる。

 チャオフーの話題が出るとアイカは反応して驚いたような表情を浮かべた。


「チェン軍師なら少し前にレンツイを出たそうよ。防衛状況の確認が終わったからぺーギントに戻ったみたい」


 既にローフェン東国の軍師はレンツイにいないと聞かされたパーシュはつまらなそうな顔をする。軍師がレンツイに残って作戦を練ってくれるのならよりベーゼと戦いやすくなると思っていたため、チャオフーがいなくなったことを少し残念に思っていた。

 パーシュの隣ではアイカが小さく俯きながら暗い顔をしている。数十分前にチャオフーが見せた不気味な笑みを思い出し、アイカは再び寒気を感じていた。


「……アイカ、大丈夫か? 何か顔色悪いぞ?」


 ユーキがアイカの異変に気付いて声を掛けると、アイカはハッとした後に小さく笑いながらユーキを見た。


「う、うん、大丈夫よ」

「そうか? ……何かあったら遠慮なく相談しろよ?」

「ありがとう」


 優しくしてくれるユーキを見つめながらアイカは礼を言う。自分を心から心配し、力になろうとしてくれるユーキを見てアイカは心の底から嬉しく思った。

 歩きながらお互いを見ているユーキとアイカを見て、ウェンコウとチェンスィは意外そうな表情を浮かべている。この時、二人はユーキとアイカがただの生徒同士と言う関係ではないのではと思っていた。


「……ねぇ、ユーキ君とアイカちゃんって随分仲が良さそうだけど、どういう関係なの?」


 チェンスィはパーシュの隣に来ると小声でユーキとアイカの関係を尋ねた。するとパーシュは二ッと面白がるような笑みを浮かべ、それを見たチェンスィは反応する。


「二人はね、付き合ってるんだよ」

「……えっ!?」


 パーシュの言葉にチェンスィは思わず驚きの声を出す。ウェイコウはパーシュとチェンスィの会話が聞こえなかったため、驚くチェンスィを不思議そうに見ている。


「付き合ってるって……それじゃあ、あの子たちって恋人同士なの?」

「まあね」

「へ、へぇ~、意外なカップルね……」


 チェンスィは驚きながらユーキとアイカの方を向く。ユーキとアイカはチェンスィの視線に気づくとチェンスィを見つめ、二人と目が合ったチェンスィは苦笑いを浮かべる。

 なぜチェンスィは笑っているのか分からないユーキとアイカはお互いを見ながら不思議に思った。

 パーシュからユーキとアイカの関係を聞いたチェンスィはウェイコウの隣に戻り、パーシュから聞いた話の内容をウェイコウに伝えた。

 ウェイコウはチェンスィから詳しく話を聞くと目を大きく見開いて驚く。彼も十歳ほどの児童と十代半ばくらいの少女が恋人同士だとは思ってなかったため、かなり驚いたようだ。

 それからユーキたちは世間話やベーゼとの戦闘の際、どのように戦うかなどを話しながら街道を移動する。しばらく歩くとユーキたちはレンツイの東側にある広場にやって来た。

 広場は北門や東門の前にあった広場の数倍の広さで民家や店などは建っていない見通しの良い場所だった。

 民家などは無いが倉庫のような大きな建物が幾つも並んで建てられており、その近くには無数の風車小屋が建っている。そしてその周りには荷馬車が何台も停められ、二十人程の住民が荷台に積まれている小麦の束を風車小屋に運んでいる姿があった。


「随分広い場所ですけど、此処は何なんですか?」


 ユーキが広場を見回しながら尋ねると、ウェンコウが同じように広場を見ながら口を開く。


「レンツイの外に大きな麦畑が幾つもあっただろう? 此処はその麦畑で採れた小麦を保存したり、小麦粉を作ったりする場所なんだ」

「小麦を……じゃあ、あの大きな建物が倉庫で、風車小屋が製粉する所なんですか?」

「ああ。因みに作った小麦粉も此処に保存しておくことになってるらしい」


 小麦粉を製粉、保存する場所と聞かされたユーキは「へぇ~」と広場を見回し、アイカたちも少し驚いた様子で広場を見た。

 レンツイは小麦粉の生産に力を入れている都市であるため、大勢の農家である住民が麦畑で採れた大量の小麦を広場に運び、風車小屋で小麦粉を作っている。

 普段は何十人もの農家が作業をしているのだが、現在はベーゼがレンツイに迫って来ていると言う状況から働いている農家が少なく、採れる小麦の量も少ない。そのため、広場にいる農家も二十人程しかいないのだ。

 ユーキは広場を見回しながらどれ程の小麦や小麦粉が保存されているのか考える。そんな時、倉庫が建てられている場所から少し離れた所に同じ倉庫が一つだけ建っているのを見つけた。


「あそこにも一つ倉庫がありますけど、あの中にも小麦粉とかがあるんですか?」


 離れた所にある倉庫を指差しながらユーキがウェンコウとチェンスィに尋ね、アイカたちもユーキが見ている倉庫を視線を向ける。


「確かにあれも倉庫よ。ただ、あそこにあるのは古くなって使えなくなった小麦粉だけみたい」

「古くなった小麦粉……どうして処分せずに残してあるのですか?」


 アイカが小首を傾げながらチェンスィに尋ねる。するとチェンスィの代わりにミスチアがアイカの問いに答えた。


「小麦粉には油を付着させる働きがありますの。ですから食用として使えなくなっても油汚れとかを掃除する時に使えますから取っておく人が大勢いるらしいですわよ」

「そうなのですか……」


 古い小麦粉に使い道があることを知ってアイカは意外に思う。ユーキも小麦粉が油汚れに利用できるとは知らなかったため、ミスチアの話を聞いて少し驚いていた。

 実際、厨房など油を使う場所を綺麗にする際に小麦粉を振りかけて掃除したり、溜まった油に大量の小麦粉を入れて破棄すると言った使い道があるため、レンツイの住民たちも古くなった小麦粉は処分せずに保存しているのだ。

 広場の情報を聞かされたユーキたちは倉庫や風車小屋を近くで見るため、ウェンコウとチェンスィに案内されて倉庫がある方へと歩いて行った。


「……ウフフフフ、いたいたぁ♪」


 ユーキたちから数百m離れた所にある民家の近くではコポックを開くマドネーが不敵な笑みを浮かべながらユーキたちを見ていた。

 実はマドネーはユーキたちが北門と東門の下見をしていた頃からユーキたちを見つけて尾行していたのだ。しかも自分の存在を悟られないようにするため、マドネーは常に一定の距離を空けて後をつけていた。

 

「リスティちゃんの言ったとおり、ホントにあの三人がいたわぁ♪ またあの子たちと戦えるなんて、私って超ラッキーねぇ。ウフフフフ」


 ニヤニヤと笑いながらマドネーは遠くにいるユーキたちを見つめる。

 以前戦った時にユーキとアイカが自分の攻撃で苦しむ姿を見てから、マドネーな再び二人の苦痛に歪む顔を見たいと思うようになっていた。

 ユーキとアイカを見た後、マドネーは二人と会話をしながら笑うパーシュを見つめ、自分の唇をゆっくり舐める。


「パーシュ、だったなぁ? テメェだけは楽には殺さねぇぞ? レンツイにいる虫けらどもを潰した後もテメェだけは生きたままとっ捕まえてじっくり拷問にかけてやるからなぁ!」


 不気味に笑い、残虐な本性を見せながらマドネーはパーシュに語り掛ける。早くレンツイを襲撃する時がきてほしい、マドネーはユーキたちを見ながら心の中でそう思っていた。

 しばらくユーキたちを見ていたマドネーは不気味な笑みを消し、ニコニコと笑いながらユーキたちに背を向ける。


「さてと、アイツらの姿も確認できたし、街の中を見て回ろっと。此処を襲撃したらお買い物とか、面白そうな場所を見ることができなくなっちゃうしねぇ~♪」


 明るい口調で喋りながらマドネーは街の方へ歩いて行った。


――――――


 夕方になった頃、自由行動できる時間が終わって街に出ていたメルディエズ学園の生徒たちは宿屋に戻ってきた。

 霊光鳥に案内されていたユーキたちも宿屋に戻り、生徒は全員受付前のエントランスに集まっている。そして、生徒たちの前にはカムネスとロギュンが立っていた。

 宿屋のエントランスは広く、五十人の生徒が全員集まっても問題は無かった。そもそもユーキたちがいる宿屋はメルディエズ学園の生徒しかいないため、他の客の邪魔になる心配も無い。


「全員集まっているな。では、今後の予定について説明する。一度しか言わないので、しっかり頭の入れておいてくれ」


 カムネスは生徒が集まったのを確認をすると予定について話し始め、隣ではロギュンが静かにカムネスの話を聞いていた。

 ユーキはカムネスが話す内容がこれから始まるベーゼとの戦いに関係あることだと確信し、真剣な表情を浮かべながらカムネスを見ている。その周りではアイカやパーシュ、ミスチアも同じようにカムネスの話に耳を傾けており、トムリアとジェリックもカムネスを見つめていた。

 トムリアはユーキたちと別れた後、真っすぐジェリックの下へ向かい、休んでいるジェリックを半ば強引に下見に同行させた。

 連れて行く際、トムリアの予想どおりジェリックは嫌がっていたが、メルディエズ学園の生徒としてベーゼからレンツイの人々を護らなければいけないとトムリアが強い口調で正論を話したところ、ジェリックは言い返すことができずに渋々納得して下見に同行したのだ。

 それからトムリアとジェリックは冒険者にレンツイの案内を頼み、自分たちが防衛する場所の下見をした。

 二人に同行した冒険者はメルディエズ学園との共闘に納得した冒険者だったため、トムリアとジェリックは冒険者と揉め事を起こすことなく下見をすることができた。

 その後、宿屋の戻ったトムリアとジェリックはユーキたちと再会し、カムネスから今後の予定を聞くためのエントランスに集まって現在に至る。


「やはりベーゼは今夜にもレンツイに辿り着き、襲撃してくる可能性が高い。我々は日が沈む直前に担当の場所へ移動し、ベーゼの襲撃に備える。君たちはそれまでに食事と戦いの準備をしませ、自分たちの担当する場所へ向かってくれ」

『ハイ!』


 ユーキたちは声を揃えて返事をする。生徒の中には気合いを入れる生徒もいれば、緊張した様子を見せる生徒もいた。


「準備が終わったら学園から支給されたアイテムを渡すので再びこのエントラスに来てほしい。ベーゼの中には瘴気をばら撒く個体がいる可能性がある。瘴壊丸しょうかいがんも忘れずに持って行くようにしろ」

「あと、一部の生徒には伝言の腕輪メッセージリングを渡しますので、支給アイテムと渡す時に持っていってください」


 ロギュンが伝言の腕輪メッセージリングを渡すことを伝えると生徒の中にざわつく生徒が出た。

 伝言の腕輪メッセージリングはメルディエズ学園でも実力のある者や仲間たちの指揮をする者に渡されるマジックアイテムだ。そのため、生徒の中には貴重なマジックアイテムを自分が使えるかもしれないと考え、興奮する者が出ていた。

 ざわつく生徒たちを見たロギュンは呆れた様子で静かに溜め息をつく。当然ロギュンやカムネスは貴重なマジックアイテムを使ってみたいと思うような生徒に伝言の腕輪メッセージリングを渡すつもりは無い。戦闘などでは報連相が重要なため、ベーゼとの戦いでしっかり情報を仲間に伝えることができる生徒に伝言の腕輪メッセージリングを渡そうと思っていた。

 生徒たちがざわつく中、カムネスはチラッと生徒たちの中にいるユーキに視線を向け、カムネスと目が合ったユーキは小首を傾げる。

 ユーキの反応を見たカムネスは目を閉じながら小さく笑い、カムネスがなぜ笑ったのか分からないユーキは不思議そうにカムネスを見ていた。


「説明は以上だ。各自、戦いの準備を進めてくれ」


 カムネスの話が終わると生徒たちは解散し、自分たちの部屋に戻ったり、宿屋にある食堂へ向かったりする。

 ユーキは解散する生徒たちを見ながら自分は何をするか考えていた。


「ユーキ、貴方はこれからどうするの?」


 アイカがユーキの隣に来て予定を尋ね、ユーキは腕を組みながらアイカの方を向いた。


「とりあえずは腹ごしらえかな。戦いが始まったらいつ食べれるかもわからないわけだし、それが済んだら準備とかをしようと思ってる」

「それじゃあ、今から一緒に行かない? パーシュ先輩たちも食堂に行くって言ってたから」


 そう言ってアイカはパーシュたちがいる方を向き、ユーキもパーシュたちの方を見た。

 パーシュはユーキを見ながら微笑み、ミスチアは誰よりもユーキと食事をしたいと思っているのか満面の笑みを浮かべている。

 トムリアとジェリックもパーシュの隣にいるため、一緒に食事をするようだ。


「……そうだな、一緒に行くよ」


 一人で食事をするよりも誰かと一緒の方が楽しいと思ったユーキは同行することを決め、ユーキの返事を聞いたアイカは小さく笑った。

 ユーキが一緒に食事をすることが決まるとアイカはパーシュたちの方へ歩いて行き、ユーキもアイカの後に続いて歩き出す。


(いよいよベーゼの大群との戦いが始まる。今回の戦いは今までの戦いとは比べ物にならないくらい激しいものになるはずだ。気を引き締めて戦わねぇとな……)


 これから始まるベーゼとの戦いのことを考えるユーキは表情を鋭くしながら立ち止まった。これまでカムネスに何度も油断してはいけないと忠告されたのを思い出し、ユーキは改めて気を抜いてはいけないと自分に言い聞かせた。


「ユーキ?」


 アイカが呼ぶ声が聞こえ、ユーキはフッと反応してアイカの方を向く。既にアイカはパーシュたちと食堂の入口前まで移動していた。

 置いて行かれたユーキは早足でアイカたちの下へ向かった。


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