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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第十二章~惨劇の女王蜂~
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第二百三話  激戦前の情報確認


 騎士たちと合流したチャオフーはそのまま広場を後にする。ユーキたちは小さくなっていくチャオフーたちを見ており、周りにいる他のメルディエズ学園の生徒の中にも何人かチャオフーたちを見ている者がいた。

 チャオフーたちが去った後、生徒たちは会話などを始める。ユーキたちも冒険者ギルドの建物を見てカムネスとロギュンが戻って来るのを待つ。すると建物の扉が開いてカムネスとロギュンが出て来た。

 二人が出てくるとユーキたちは反応し、会話をしていた生徒たちも一斉にカムネスとロギュンの方を向く。


「全員、こちらに注目してくれ」


 カムネスが生徒たちに向かって声を掛け、ロギュンはカムネスの隣で生徒たちを見つめる。

 生徒たちがカムネスとロギュンに注目していると、二人の後ろから霊光鳥のリーダーであるウェンコウが姿を現し、冒険者ギルドから離れていく。

 ウェンコウを見たチェンスィたちは小さく笑い、ユーキたちの方を向いた。


「それじゃあ、私たちはもう行くわ。ウチのリーダーも出て来たわけだしね」


 チェンスィの言葉を聞いてユーキたちは反応し、カムネス、ロギュンと一緒に建物から出て来た冒険者が霊光鳥のリーダーだと知った。


「本当は紹介しておきたかったんだけど、そっちはこれから大切な話をするみたいだから、またの機会ってことで」

「まあ、仕方がないだろうね」


 少し残念に思ったのかパーシュはチェンスィを見ながら苦笑いを浮かべる。チェンスィたちを束ねる冒険者であるため、どんな人物なのか非常に興味があるが流石に今から会って話をするのは無理だとパーシュは思っていた。


「ベーゼを倒すまではお互いレンツイにいるわけだし、すぐにまた会えるわ。その時に改めてウチのリーダーを紹介するから」

「ああ、楽しみにしてるよ」


 パーシュの返事を聞いたチェンスィはニコッと笑いながらユーキたちに背を向けて広場の出口がある方へ歩いて行く。

 ミッシェルとゴウレンツもユーキたちに笑みを向けた後、チェンスィの後を追うようにユーキたちから離れていった。

 霊光鳥のメンバーたちが去っていく姿をユーキたちは黙って見送る。ほんの少しの間だが、会話をしたことで彼らがどんな人物なのかよく分かったユーキたちは霊光鳥とならベーゼとの戦いが終わった後も友好的な関係を築けるだろうと思っていた。


「さ~て、それじゃあ俺も行くとすっか」


 ウブリャイもユーキたちが今後のことについて話し合いをすることを知り、空気を読んで立ち去ろうとする。ウブリャイの声を聞いたユーキは視線を霊光鳥からウブリャイに向けた。


「今回、俺ら冒険者はお前らメルディエズ学園と共闘することを受け入れているが、街にはさっきのダンシャーのように共闘を受け入れていない奴が何人かいる。目立つことをしてそんな連中に目を付けられないように気を付けるんだな」

「ああ、覚えておくよ」


 ユーキは笑いながら忠告するウブリャイを見上げる。ウブリャイは軽く鼻を鳴らしながら笑い、手を振りながら武闘牛の仲間の下へ向かった。

 去っていくウブリャイの後ろ姿をユーキは無言で見つめ、隣で話を聞いていたアイカも微笑みながらウブリャイを見ている。

 ウブリャイの態度から彼は商売敵であるメルディエズ学園の生徒を信用していないように見えるが、ユーキとアイカの力を認め、忠告までしてくれる点からそれほどメルディエズ学園の生徒を嫌っているわけではないのかもしれないとユーキとアイカは思っていた。

 霊光鳥とウブリャイが去るとユーキたちはカムネスとロギュンの方を向く。他の生徒たちは全員二人に注目して話を聞く状態に入っており、ユーキたちも話を聞くことに集中する。

 カムネスは集まっている生徒たちを確認すると真剣な表情を浮かべながら口を開いた。


「冒険者ギルドからレンツイの現状とベーゼの情報を聞いたので、これから詳しく説明する」

「重要なことですから、皆さんしっかり聞いてください?」


 ロギュンから真面目に聞くよう言われた生徒たちは周囲を見回したり、友人と会話したりすることなく黙ってカムネスとロギュンの話に耳を傾ける。

 ユーキたちもこれから起こるベーゼとの戦いで有利に戦うため、会話の内容をしっかり頭に叩き込もうと思っていた。

 カムネスはユーキたちを見ながらフォムロンやジェンカンから聞いた情報を説明し始める。ベーゼが今日の夜にはレンツイに到達する可能性があること、どれ程の数で攻めてくるのか不明なこと、ベーゼが近づいてくる方角から北門と東門の護りに力を入れる予定でいることなど、一つずつ丁寧に話していった。

 説明を聞いていた生徒たちはベーゼの数が不明なことや今夜にもレンツイに辿り着くことなどを聞いて緊張の表情を浮かべる。特にベーゼの正確な数が分からないことに対して生徒たちは不安を感じていた。

 もしもベーゼの数が自分たちや冒険者たちよりも多かったら自分たちは勝てるのだろうか、そんなことを思いながら生徒たちは小声で隣にいる友人と話す。


(皆、不安になってるな。……まぁ、敵の数や居場所が分からないんじゃ当然だよな)


 ユーキは周りでざわつく生徒たちを見ながら難しい表情を浮かべる。戦いにおいて敵の情報をしっかり把握しておくことが重要だと言うことはユーキもよく分かっていた。

 転生前の世界でも戦争では味方や敵の情報が重要でそれらを元に作戦を練ったり、どのように行動するか考える。情報が無ければ良い作戦を思いつくことも敵の対策をすることもできないため、今のユーキたちはある意味で不利な状態と言えるだろう。


(俺が前いた世界の軍隊とかは通信機やレーダーと言った道具を使って敵の正確な情報を得ていたけど、この世界にはそんな便利な物は無いもんなぁ……)


 遠くの情報を短時間で手に入れることができないことにユーキは少し表情を曇らせる。隣にいるアイカは表情を変えるユーキを見て、何を考えているか気になるのかまばたきをしていた。


「皆さん、お静かに! まだ会長が説明している最中ですよ」


 ざわついている生徒たちに向かってロギュンが力の入った声を出す。ロギュンの声を聞いた生徒たちは一斉に反応し、口を閉じてロギュンの方を向いた。

 生徒たちが静かになるとロギュンはチラッとカムネスの方を向いて「どうぞ」と目で伝える。カムネスはロギュンを見ると説明を続けるために再び視線を生徒たちに向けた。


「……説明を聞いて分かったかもしれないが、現在我々は曖昧な情報しか得られてない。敵の数によっては防衛する場所が増えて戦い難くなるだろう。だが、決してこちらが不利と言うわけではない」


 カムネスは暗い表情などを見せずに生徒たちに語り掛け、生徒たちはカムネスに注目する。


「レンツイは城壁が高く簡単に越えることはできない。こちらには我々だけでなく優れた冒険者が大勢おり、今回はS級冒険者チームも参戦する。彼らと共に戦えば数で劣っていたとしても勝機はある」


 決して自分たちが劣勢だの負けるかもしれないなどと、後ろ向きな言葉は口にせずに勝利するという考えだけを口にするカムネスを見て生徒たちは一瞬驚きの反応を見せる。生徒会長であるカムネスが勝機があると言うのだから、勝てるかもしれないと生徒たちは感じるようになっていった。

 カムネスの言葉で生徒たちの顔から不安が消えていく。ロギュンは生徒たちの反応を見た後に生徒たちの士気を高めたカムネスの方を向いて「流石です」と心の中で呟く。

 ユーキも遠くからカムネスを見て彼のカリスマ性に感心していた。


「戦いで最も重要なのは戦士の実力や敵を倒すための戦略などではない。生きる、そして勝つと言う意志だ。ベーゼたちに勝つため、生きて学園に戻るために君たちもそのことを忘れないようにしてくれ」


 士気が高まった生徒たちにカムネスは改めて諦めずに戦うことを伝え、生徒たちは闘志の宿った目でカムネスを見つめる。ユーキやアイカたちもカムネスを見ながら必ずベーゼたちからレンツイを護ると心に誓う。


「……次にレンツイの防衛について説明する」


 生徒たちの反応を見たカムネスは続けてベーゼと戦う時の護りについてを話し始める。生徒たちもカムネスが次の話を始めると説明を聞くことに集中した。


「さっきも話したようにベーゼの正確な数は分かっていない。もしも想定以上の数で攻めてきた場合は北門と東門だけでなく、西門と南門の防衛も行うことになる」


 北と東だけでなく、西と南も護ることになるかもしれないと聞いた生徒たちは反応する。

 四つの正門を全て護ると言うことはレンツイを包囲できるだけの数で攻めてくる可能性があると言うことなので、生徒たちの中には緊迫した表情を浮かべる者もいた。


「しかし、ここまでの情報からベーゼがレンツイを包囲できるだけの数で攻めてくる可能性は低い。とは言え、絶対に少ないとも言い切れない。包囲される可能性もあると言うことを覚えておいてくれ」


 確かに可能性はゼロではないため、生徒たちは油断せずに迎え撃とうと思っている。しかしレンツイが包囲される可能性は低いと聞くと少しだけ安心していた。

 それからカムネスは自分たちが何処の防衛に就き、どの生徒をどのように配備するかなどを説明する。ユーキや他の生徒たちは自分たちが担当する持ち場を忘れないようしっかり覚えながらカムネスの話を聞いた。

 その後、カムネスのレンツイ防衛の話が終わり、真面目な話が終わったことで生徒たちは少しだけ気を楽にする。

 楽にしてはいるがカムネスから聞かされた話の内容はしっかりと覚えているため、生徒たちはあとで仲間と確認しあったり、自分の持ち場の下見などもしようと思っていた。


「説明は以上だ。我々はこのままフォムロン殿が用意してくださった宿に向かう。全員荷馬車に乗ってくれ」


 説明が済むとカムネスはこの後の予定について語り、話を聞いたユーキたちはそれぞれ自分たちが乗ってきた荷馬車に乗っていく。

 荷馬車に乗ったユーキは宿屋がどの方角にあるのか気になって広場を見回す。既に広場には自分たちの様子を見に来ていた冒険者の姿は無く、僅かに住民の姿しかなかった。


「宿屋に着いた後は夕食まで自由行動とします。その間に街にどのよう場所があるのか調べたり、戦いで自分たちが担当する場所を見に行くなど自由になさってくださって結構です。もしも道案内が必要でしたら、ギルド長であるジェンカン殿が冒険者に道案内をさせるそうなので私に仰ってください」


 ロギュンから道案内を冒険者がすると聞いた生徒たちは反応し、意外そうな顔や不安の表情を浮かべる。共闘を受け入れたとはいえ、やはり生徒の中には商売敵である冒険者に街を案内されることに小さな不安を感じるようだ。

 生徒の中には不安を感じていなくても、冒険者と上手く接することができるのかと緊張している者もおり、生徒たちは様々な思いを抱きながら冒険者に道案内を頼むか悩んでいた。

 ユーキもレンツイを見て回るために冒険者に道案内を頼むか考えている。冒険者に頼むのであれば、ウブリャイたち武闘牛に頼もうと思っているのだか、都合よく武闘牛に頼めるだろうかと小さな不安を感じていた。

 しかも既にミスチアから街を見て回らないかと誘われており、ユーキはミスチアと共に行くか、冒険者に頼むか悩んでいた。


「それでは、宿屋へ向かいます。皆さん、ついて来てください」


 ロギュンが生徒たちに声を掛けると御者席に座るカムネスが馬を走らせて荷馬車を動かす。他の荷馬車もカムネスたちが乗る荷馬車の後を追って走り出した。

 広場を出たユーキたちは用意された宿屋に向かうため、レンツイの南東に向かう。


――――――


 レンツイの西にある民家が並んで建っている街道。大勢の住民が笑いながら友人と並んで歩いたり、立ち止まって会話などをしており、その光景は近々ベーゼが襲撃に来る場所とは思えないくらい和やかな様子だった。

 住民たちは冒険者やメルディエズ学園の生徒たちが自分たちを護ってくれると信じているからこそ笑うことができるのだろう。

 そんな街道の隅にある狭くて薄暗い脇道に二つの人影があった。一人は天子傘コポックを閉じて杖代わりにしているマドネー、もう一人は顔の前で鉄扇を開閉しているチャオフーだ。二人は静かな街道の真ん中で向かい合っている。


「……以上が現在のレンツイの防衛状況だ」

「へぇ~、思っていたよりも敵の数が少ないんだねぇ~?」


 マドネーはチャオフーの話を聞いて意外そうな表情を浮かべる。チャオフーはマドネーの反応を見ると軽く溜め息をつきながら鉄扇を閉じた。


「数が少ないからと言って油断するな? 奴らはこちらを迎え撃つために腕利きの冒険者を用意している。数が少ないからと言って気を抜いていたら痛い目に遭うぞ」

「大丈夫、大丈夫ぅ~♪ 所詮はアイツらは私たちのことを何も知らない木偶の棒。簡単に捻り潰して可愛いベーゼたちの餌にしちゃうから~♪」

「だから、油断するなと言っているだろ……」


 ヘラヘラと笑いながら余裕を見せるマドネーを見てチャオフーは呆れ顔になる。そんなチャオフーに気付いていないマドネーは笑ったまま踊るようにクルッと回った。

 現在、マドネーはレンツイの防衛状況を確認するために潜入していたチャオフーと密会し、レンツイの戦力や都市に関する情報を聞いている最中だった。

 マドネーはレンツイに着いた直後にチャオフーを見つけて情報の提供を求め、チャオフーもマドネーがレンツイに来ていることを知ると同行していた騎士たちと別れ、情報を話すためにマドネーと共に今いる脇道にやって来てたのだ。


「冒険者の中にはS級冒険者もいる。奴らは我々上位ベーゼとも互角に戦えると言われている存在だ。ソイツらの対処方法も考えておいた方がいいぞ?」

「S級冒険者ねぇ……噂じゃあ、あの五聖英雄に匹敵する戦士だって話だけど、それもホントかどうか分からないんでしょう~? だったらいちいち警戒する必要も無いと思うんだけどなぁ~」


 ベーゼたちの指揮を取るマドネーはレンツイを効率よく攻め落とすためにチャオフーの話をしっかり聞くべきなのだが、マドネーは真面目に話を聞かずにコポックを肩に掛けながら呑気な態度を取っていた。


「……さっきも言ったはずだ。油断するなと」


 緊張感の無いマドネーを鋭い目で見つめながらチャオフーは僅かに低い声を出す。その声からはマドネーの不真面目な態度に対する苛立ちが感じられた。

 チャオフーの声を聞いたマドネーは笑みを消し、視線だけを動かしてマドネーを見つめる。マドネーは気に入らない物を見るかのような目をしており、マドネーとチャオフーが見つめ合うことで薄暗い脇道の空気が僅かに張り詰めたような感じになった。

 静寂に包まれた脇道の中でマドネーとチャオフーは無言で見つめ合う。しばらくするとマドネーはチャオフーを見ながら満面の笑みを浮かべた。


「もぉ~分かってるってばぁ~♪ だからそんなに怖い顔しないでよ。ねっ?」


 先程までの冷たい表情を消したマドネーは楽しそうにする。チャオフーはマドネーを見ると僅かに表情を和らげ、目を閉じながら再び溜め息をついた。


「とにかく、奴らの中にかなりの手練れがいるのは間違い無い。此処レンツイを襲撃するベーゼの数は増えているがその殆どが下位ベーゼと蝕ベーゼだ。よく考えて指揮を執らなければあっという間に全滅させられる。それを頭に入れておけ?」

「分かってま~す♪」


 コポックを持たない左手を上げながらマドネーは明るく返事をする。チャオフーは閉じていた鉄扇を開くと視線を動かして北東の方を見た。


「奴らはベーゼたちが向かって来る方角から北門と東門に戦力を集中させるだろう。現在のベーゼの数ではレンツイ全体を包囲することは難しいだろうな」

「やっぱりぃ? ……ねぇ、もっと効率よく戦力を増やせないのぉ? この前ベギーちゃんが見つけた人間の死体をアンデッドに変える魔法とか使ってさぁ~」

「あれは人間の死体が無ければ使えない。それに魔法を使うためには魔力が必要だ」

「それはテキトーに人間の魔導士とかを捕まえて使わせればいいじゃん。その後に瘴気を使って蝕ベーゼにしちゃえば問題無しでしょう?」

「簡単に言う奴だな」


 事情や苦労なども気にせずに勝手なことを言うマドネーにチャオフーは再び呆れた顔をする。チャオフーの反応を見たマドネーは自分が馬鹿にされていると感じたのか頬を膨らませて不機嫌そうにした。


「それで、他に何か質問はあるか?」


 チャオフーはレンツイ襲撃のために訊きたいことはないかマドネーに尋ね、マドネーは不機嫌そうな顔のまま俯いて考え込む。すると、マドネーは何かを思い出したのか、ハッとしてから顔を上げた。


「そう言えば、メルディエズ学園の連中も此処に来てるんでしょう?」

「メルディエズ学園?」

「うん、ベギーちゃんから聞いたの。ねぇねぇ、どんな生徒がいるのぉ?」


 笑みを浮かべながら顔を近づけてくるマドネーを見て、チャオフーは若干鬱陶しそうな顔をする。チャオフーはマドネーが見つめる中、少し前に会ったメルディエズ学園の生徒のことを思い出す。


「……確かユーキ・ルナパレスがいたな。あとはアイカ・サンロードもいたか」

「えっ、ホントォ!? あの子たちも来てたんだぁ~♪」


 マドネーは名前を聞くと頬を薄っすらと赤くして酔いしれるような顔をする。マドネーにとってユーキとアイカはメルディエズ学園の生徒の中でも甚振ってやりたいと思っている存在なので、その二人がレンツイに来ていると聞いて少し興奮していた。

 チャオフーは嬉しそうな顔をするマドネーを目を細くしながら見つめ、他の生徒のことを思い出す。


「あとは赤い髪の女がいたな。混沌士カオティッカーで赤い剣を佩していた」

「!」


 マドネーはユーキたちと一緒にいた生徒の特徴を聞くとうっとりした表情を消す。チャオフーは表情を変えたマドネーを見てフッと反応した。


「ソイツってもしかして、胸が馬鹿みたいにデカい女ぁ~?」

「……ああぁ、そうだったような気がするぞ」


 チャオフーが頷くとマドネーは小さく俯き、しばらくするとゆっくりと顔を上げてニヤリと狂気に満ちた笑みを浮かべた。


「そおぉ~、アイツも来てたんだぁ~」


 先程とは明らかに雰囲気の違う笑顔を浮かべるマドネーはチャオフーは無言で見つめる。

 マドネーの反応からその赤い髪の女子生徒はマドネーと何かしらの因縁があるのだとチャオフーは感じていた。

 チャオフーが見つめる中、マドネーはコポックの両手で握り、右手でハンドルを握ると軽く捻って仕込まれている細剣を少しだけ抜き、銀色の剣身を見つめる。


「アイツには前にコケにされたからねぇ……この手でじっくりと時間を掛けて甚振って、最後に泣きながら、殺してください~って言わないと気が済まないんだぁ~」


 狂ったように笑うマドネーをチャオフーは無言で見つめる。この時、チャオフーは前に五凶将が全員集まった時に聞いたマドネーが倒し損ねたメルディエズ学園の生徒たちの話を思い出し、赤い髪の女子生徒がその一人なのではと予想した。

 チャオフーは楽しそうにしているマドネーを見ると鉄扇を閉じ、自分の左手を鉄扇で軽く叩いた。


「まぁ、お前がその女をどうするかは自由だ。ただ、与えられた役目は忘れるんじゃないぞ?」

「……分かってるよぉ~♪ そんなに心配しないでぇ~」


 マドネーな細剣を納めるとチャオフーの方を向きながら狂気に満ちた笑みを消していつもの笑顔を浮かべる。ころころと表情を変えるマドネーを見てチャオフーは肩を軽く竦めた。


「ねぇねぇ、メルディエズ学園の連中は全員殺してもいいんだよねぇ? ユーキ・ルナパレスとか、アイカ・サンロードとかぁ」

「……ああ、好きにすればいい」

 

 興味の無さそうな顔をしながらチャオフーは答え、返事を聞いたマドネーは嬉しそうにつま先で何度も飛び跳ねた。

 チャオフーは今回レンツイを訪れたメルディエズ学園の生徒の中でもアイカに興味を抱いており、いつか彼女が親の仇である自分に挑んで来ることを楽しみにしている。

 だが、アイカはこれからマドネーが指揮するベーゼの群れと戦うことになり、もしかするとマドネーに殺されるかもしれない。

 自分が興味を持っているアイカがマドネーや弱いベーゼに殺されることはチャオフーにとって少々つまらないことだった。

 しかしチャオフーにとってはアイカと戦うことよりもベーゼの野望を達成することの方が重要であるため、マドネーがアイカを手に掛けることになるとしても不満は感じなかった。


(……ここでヴァーズィンに倒されるようでは、アイカ・サンロードの仇を討ちたいと言う意志はその程度のものだったと言うことだな)


 鉄扇を何度も開閉するチャオフーはアイカの意思の強さについて心の中で呟く。その隣ではマドネーが未だに嬉しそうに飛び跳ねていた。


「他に何か訊きたいことはないのか?」

「うん、大丈夫ぅ♪」


 飛び跳ねるのを止めたマドネーはチャオフーを見ながら頷き、返事を聞いたチャオフーはマドネーに背を向けて脇道の出口がある方を向いた。


「なら私はもう行くぞ? 騎士たちを待たせているし、そろそろぺーギントに戻らなくてはならないのでな」

「分かった。私は予定どおり、此処に残ってレンツイの制圧をするねぇ~」

「フッ……精々頑張ってくれ」


 そう言ってチャオフーは出口の方へ歩いていき、そのまま脇道から出て行った。

 残されたマドネーはコポックを開くとチャオフーが行った方とは逆の方を向き、鼻歌を歌いながら歩いて行った。

 

――――――


 広場を出て街中を移動するユーキたちは用意された宿屋に辿り着く。宿屋はレンツイに存在する宿屋の中でも一、二を争うほど立派な所で五十人の生徒全員が問題無く入れるほどの大きさだった。

 荷馬車から降りた生徒たちは自分たちの荷物やメルディエズ学園から支給された道具などを宿内に運ぶ。その後、カムネスから夕食の時間や行動の制限などを聞かされ、生徒たちは解散した。

 ユーキは宿屋に入ると真っすぐ二階にある自分の使う部屋に向かう。ユーキが使う部屋は二人部屋でジェリックが同じ部屋を使うことになり、ジェリックもユーキと一緒に部屋へ移動する。

 部屋に到着し、二人が中に入ると二つのベッドと小さな机と椅子、窓があるだけの狭い部屋が目に入る。良い部屋とは言えないが休むだけの部屋なのでユーキとジェリックは狭くても気にしていなかった。


「フゥ、やっと落ち着ける……」


 ユーキは自分の荷物を床に下ろすと溜め息をつきながら自分のベッドに座る。

 メルディエズ学園を出てからレンツイに着くまで殆ど休めずに移動し、レンツイに着いた後も色々なことがあって気の休まる時が無かった。そのため、宿屋に着いて自由な時間を得られたことでようやく気を楽にすることができたのだ。

 ジェリックも剣や荷物をベッドの上に置くと僅かに表情を歪ませながら背筋を伸ばす。ここまでの長い旅で疲れているようだ。


「同じ体勢で荷馬車に揺られてたから体が固くなっちまった。まったく、もっと楽で早く目的地に辿り着ける方法があればいいんだがなぁ」

「アハハハ、そうですね……」


 ジェリックを見ながらユーキは苦笑いを浮かべる。

 ユーキとジェリックは過去に何度か同じ依頼を受け、メルディエズ学園でもよく会話をしていたのでそれなりに仲が良い。だから同室になった時も他の生徒と違って気兼ねなく接することができるのでお互いによかったと思っていた。


「ところで、先輩はこれからどうするんですか?」

「しばらくは部屋でのんびりさせてもらうわ。その後に街の中を見て回ろうと思ってる。……お前はどうすんだ?」

「俺はこれから自分の担当する場所の下見をしてきます。ついでに街の何処に何があるのか見てこようと思ってます」

「相変わらず真面目な奴だな、お前は?」


 自分と違って戦いの備えて行動するユーキにジェリックは感心し、ユーキは少し照れるような顔をしながら立ち上がった。

 生徒の中にはベーゼとの戦いで自分たちが護る場所を見るために街へ出たり、ジェリックのように自室で待機したりする者もいる。ただ生徒の殆どはレンツイに初めて来たため、街の何処に何があり、どの道を通れば目的地に辿り着けるか分からなかった。

 レンツイに初めて来た生徒たちはレンツイに来たことのある生徒に同行したり、ロギュンに言われたように冒険者に案内を頼んだりなどして街を見て回ることになる。

 ユーキはミスチアと街を見て回るか考えた結果、ハッキリと一緒に回ると言ったわけではないため、冒険者に案内してもらうことにした。


「それじゃあ、俺は行きますね」

「ああ、行ってこいよ」


 ジェリックはユーキを見ながら軽く手を振り、ユーキは月下と月影、必要最低限の道具だけを持って部屋を出て行った。

 ユーキは一階に下りてエントランスへやって来た。そこには大勢の生徒たちが友人と喋ったり、街を見て回るか相談している姿がある。

 エントランスを回すユーキは外に出るために玄関へ向かおうとした。


「ユーキ!」


 右側からアイカの声が聞こえ、ユーキは足を止めて右を向く。そこにはアイカとパーシュ、ミスチア、トムリアの姿があった。


「よぉ、もしかしてアイカたちも下見に行くのか?」

「ええ、戦いが始まる前に街がどんな構造で何処に何があるのかとか、確かめておきたいから」

「そっか。……なら、俺も一緒に行っていいか?」

「勿論」


 笑いながら頷くアイカを見てユーキも小さく笑みを返す。一人で行くよりも大勢で行った方が道を覚えやすいため、ユーキはアイカたちと会えて良かったと思っていた。

 パーシュとミスチアもユーキが同行することに賛成らしく笑いながらユーキを見ている。特にミスチアは前からユーキと街を見て回る気でいたため、嬉しそうな反応を見せていた。

 ミスチアの顔を見たユーキは結局彼女と一緒に街を見て回ることになったか、と思いながら小さく苦笑いを浮かべる。

 ユーキがアイカたちを見ている中、トムリアは不思議そうな顔をしながらユーキの後ろや周りを見ていた。


「……ユーキ君、ジェリックは一緒じゃないの? 確か、貴方とジェリックは同室だったわよね?」

「トルフェクス先輩ですか? 先輩は少し休んでから街を見て回るって言ってましたよ」

「何ですってぇ? 自由時間が限られてるのになんて呑気な奴なの!?」


 マイペースな幼馴染にトムリアは呆れ果てた。


「パーシュさん、私、ジェリックを呼んできますから先に下見に行ってください」

「先に? いや、大丈夫だよ。アンタたちが来るまで此処で待ってるからさ」

「いいえ! アイツ絶対にゴネて下見に行くのを嫌がるはずですから、連れてくるのに時間がかかると思います。それに連れてくるついでに説教もしてやりたいですから先に行ってください」

「そ、そうかい?」


 迫力のあるトムリアを見てパーシュは少し驚いた表情を浮かべる。ユーキとアイカもトムリアの顔を見て軽く目を見開いていた。

 トムリアはジェリックを呼びに行くため、がに股で二階へ続く階段の方は歩いて行き、その後ろ姿がユーキたちは見つめていた。


「あの様子だとトムリアさん、ジェリックをメチャクチャ怒ると思いますわぁ」

「間違いないだろうね。それにしても、仲の悪い幼馴染を持つのも大変だね」


 パーシュはトムリアに同情しながら腕を組む。周りにいたユーキたちはパーシュの方を向くと「貴女がそれを言いますか?」と心の中で呟いた。


「それじゃあ、トムリアも時間がかかるって言ってたし、先に下見に行こうかね」


 ユーキたちの視線に気づいていないパーシュは玄関の方へ歩き出す。ユーキたちはそんなパーシュを見つめながら後をついて行った。


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