第二百二話 霊光鳥
ユーキたちが声の聞こえた方を向くとそこには両手を腰に当てながら不機嫌そうな顔でこちらを見ている女性がおり、その後ろには神官風の男性と魔導士の姿をした女エルフが立っていた。
神官風の男性はがっしりとした体をした三十代前半くらいで身長は175cmほどあり、金色の短髪に緑色の目をしている。白いサーコートを纏ってその下にはチェインメイルを装備し、腰にはメイスを吊るしていた。
女エルフは身長170cm弱、二十代半ばくらいの美女で髪は水色の長髪と濃い青色の目を持ち、僅かに長く尖った耳をしている。高級感が感じられる紺色の長袖と灰色のスカート、紫色のとんがり帽子を被って同じ色のマントを纏った姿をしており、手には身長と同じくらいの木製の杖が握られている。どうやら彼女は魔導士のようだ。
そして、不機嫌そうな顔をしていた女性は二十歳くらいで身長は170cm弱、肩の辺りまである黒いツインテールで薄い茶色の目をしていた。袖の長い金茶色の武闘服を着て白いカンフーパンツのようなズボンを穿いており、首には黄色いスカーフを巻いている。格好からして女性は格闘家らしい。しかも彼女の右手の甲には混沌紋が入っていた。
ユーキは現れた三人を見て冒険者であるとすぐに気付く。しかも一番前にいる格闘家の女性は混沌士であるため、かなりの実力を持った冒険者ではないかと予想する。
「こりゃあ驚いたな。まさかここで霊光鳥のメンバーが出てくるとはな」
ウブリャイは現れた三人を見て意外そうな反応を見せる。一方でダンシャーとその取り巻きたちは恐ろしい物を見ているような表情を浮かべていた。
「おっさん、あの三人は何者なんだ?」
ユーキは格闘家の女性とその後ろにいる二人についてウブリャイに尋ねる。ウブリャイは一度ユーキの顔を見ると再び三人の方を向いてから口を開いた。
「アイツらは冒険者チーム、霊光鳥のメンバーだ。今回の戦いに参加する冒険者の中で唯一のS級冒険者チームだ」
「S級?」
目の前にいる三人が冒険者の中でも数が少なく、滅多に会うことができないと言われているS級冒険者だと知ったユーキは目を見開き、二人の会話を聞いたアイカやミスチアたちも驚いた。
まさかS級冒険者までもが今回のベーゼ討伐依頼に参加しているとは思っていなかったため、ユーキたちは小さな衝撃を受ける。だがS級冒険者がいれば自分たちは有利にベーゼと戦えるため、霊光鳥を頼もしく思っていた。
「ウブリャイ、これはどういうこと? 見たところ何か揉めてるようだけど?」
格闘家の女性は視線を動かして自分に注目しているユーキたちを見た後、状況を詳しく知るために同じ冒険者でA級であるウブリャイに尋ねる。ウブリャイは格闘家の女性を見ながら呆れた表情を浮かべながら溜め息をついた。
「この天剣のリーダー様が俺に喧嘩を売ってきたんだよ。メルディエズ学園の連中にも同じように喧嘩を売りやがったし、おまけに自分が不利になると貴族としての立場を利用して脅してきやがった」
ウブリャイが説明すると格闘家の女性や後ろにいる神官風の男性と女エルフは反応する。一方でダンシャーはウブリャイを見ながら「余計なことを言うな」と言いたそうに睨んでいた。
格闘家の女性は鋭い目でダンシャーを睨みながらゆっくりと近づき、女性が近づいて来ることに気付いたダンシャーは怯えたような表情を浮かべて女性を見る。
「ダンシャー、ウブリャイが言ったことは本当なの?」
「い、いや、その……」
先程まで自分の地位を振りかざして大きな態度を取っていたダンシャーは落ち着かない様子を見せており、格闘家の女性から目を逸らす。
ユーキたちは明らかに態度の違うダンシャーを見て不思議そうな顔をする。
「あのダンシャーと言う人、ウブリャイさんやパーシュ先輩と話していた時と全然態度が違いますが、どういうことなんですか?」
アイカはウブリャイにダンシャーの態度の変化について尋ねるとウブリャイは再び呆れたような顔をしながら腕を組む。
「霊光鳥はS級冒険者ってことから、今回の戦いで俺ら冒険者の指揮を執ることになってる。しかもレンツイの管理する貴族様からも強い信頼を得ているため、冒険者たちの管理も任されてるんだ。冒険者の中に今回みたいにな問題を起こす奴がいたら霊光鳥が止めることになってるんだよ」
霊光鳥の立場と役目を聞かされたアイカはダンシャーの方を向く。ダンシャーは格闘家の女性の威圧感に押されているのか、未だに女性から目を逸らしていた。
「レンツイの管理者、つまりダンシャーのお父さんから信頼されているため、ダンシャーも霊光鳥の前では大きな態度を取れないと言うことですね?」
「ああぁ、それ以外にも霊光鳥が強いから怖くて逆らえねぇっていうのもあるだろうな」
軽く鼻で笑いながらウブリャイはダンシャーを見つめる。アイカは霊光鳥のメンバーがS級冒険者に相応しい実力を持っていると知り、興味のありそうな顔をしながら格闘家の女性を見ていた。
格闘家の女性はダンシャーの態度とハッキリと否定しないところからウブリャイの言ったことは本当だと感じてキッとダンシャーを睨みつける。
「レンツイを護るためにベーゼと戦わなくちゃいけないって時に同じ冒険者だけでなく、協力してくれるメルディエズ学園の生徒たちに因縁をつけるなんて、何を考えてるのよ」
「お、俺は別に……」
「それにアンタ、貴族出身の冒険者が自分の地位や権力を悪用することは禁止されてるって知ってるわよね?」
「グッ……」
言い返すことができないダンシャーは奥歯を噛みしめながら表情を歪ませた。
目の前にいる格闘家の女性や同じ霊光鳥のメンバーが父親から信頼されていることはダンシャーも知っている。だが、それでも貴族である自分が他人から説教されることに納得できずに不満を感じていた。
「ア、アンタ、S級冒険者で父上に信頼されてるからと言ってあまり調子になるな? 俺がその気になれば……」
「その気になれば……何?」
目を鋭くしながら低い声で尋ねる格闘家の女性を見てダンシャーは寒気を感じる。
「知らないと思うけど、カン男爵からは息子であるアンタのことも頼まれてるの。もしもアンタが貴族としての地位を振りかざしたり、横暴なことをしたら遠慮なく罰してくれて構わないってね」
格闘家の女性はそう言って自身の右拳を鳴らし、暴力で解決することも可能であるとダンシャーに伝える。彼女は相手がレンツイの管理者の息子だろうと手加減する気など無かった。
「ヒッ!」
ダンシャーは格闘家の女性の迫力に驚いて思わず情けない声を出す。
目の前にいるのは父親から冒険者の管理を任された存在である以前に高い戦闘能力を持ったS級冒険者、下手に逆らえばただでは済まないとダンシャーは感じていた。
「……で、どうするの?」
格闘家の女性が尋ねるとダンシャーは視線を動かしてユーキたちを見る。
ユーキたちメルディエズ学園の生徒は情けないダンシャーを呆れた顔で見ており、ウブリャイは小馬鹿にするような笑みを浮かべていた。
「こ、今回はこれくらいにしておいてやる!」
勝ち目がなく、自分の立場が悪いと感じたダンシャーはユーキたちに背を向け、早足でその場を去る。取り巻きの冒険者たちも慌ててダンシャーの後を追った。
ユーキたちは負け惜しみを言ったダンシャーの後ろ姿を見ながら哀れに思い、止めに入った格闘家の女性も呆れ顔で離れていくダンシャーを見つめていた。
「ダンシャー! 今回のことはカン男爵やギルド長には黙っておいてあげるから、二度と同じようなことをするんじゃないわよ? あと、アンタも冒険者の端くれなら権力じゃなくて自身の力で勝負しなさい」
格闘家の女性はダンシャーに聞こえるよう力の入った声で語り掛け、ダンシャーは振り返ることなく広場から去っていく。
ユーキたちからは見えなかったが、ダンシャーは悔しそうな表情を浮かべながら前を向いていた。
ダンシャーが広場から去るのを見届けた格闘家の女性はユーキたちの方を向き、目が合ったユーキやアイカたちは思わず反応する。
格闘家の女性は真剣な顔をしながらゆっくりとユーキたちの方へ歩いていく。そしてダンシャーと揉めていたパーシュの目の前まで来ると表情を和らげた。
「仲間が迷惑に巻き込まれちゃったわね」
ユーキはパーシュに語り掛ける格闘家の女性の態度を見て意外そうな顔をする。先程まで険しい表情を浮かべていた女性が優しい口調で話しかけてきたのを見て少し驚いていた。
「二度と同じようなことが起きないよう他の冒険者たちにもしっかり言い聞かせておくから、許してくれないかしら?」
「別に気にしちゃいないよ。ああいうのに似た奴とよく喧嘩してるからね、慣れっこさ」
パーシュは小さく笑いながら返事をすると格闘家の女性はメルディエズ学園との共闘に支障が出ずに済んだと感じて笑みを返す。
レンツイを護るためにわざわざ救援に来てくれた者たちの機嫌を損ねてしまったら色々と問題になるため、格闘家の女性は大事にならずに済んで内心ホッとしていた。
ユーキたちもダンシャーの態度は気に入らなかったが、全ての冒険者に不満を抱く気など無いため、今までどおり冒険者たちと協力し合って戦おうと思っていた。
格闘家の女性がパーシュと話していると神官風の男性と女エルフもユーキたちの下へやって来る。それに気付いたユーキたちは霊光鳥の他のメンバーが気になって二人に視線を向けた。
「皆さん、今回はレンツイを護るために来てくださり、心から感謝いたします」
「ええ、貴方たちの力があればベーゼたちを打ちのめすことができるわ」
神官風の男性と女エルフは笑みを浮かべながらユーキたちに挨拶し、嫌な顔一つせずにユーキたちを歓迎する。ユーキや隣にいたアイカは霊光鳥のメンバーを見て意外に思った。
レンツイにいる冒険者たちの殆どはベーゼからレンツイを護るためにメルディエズ学園の生徒と共闘することを受け入れており、力を合わせて戦うことに納得していた。
しかし納得しているとしても殆どの冒険者は商売敵であるメルディエズ学園の生徒と必要以上に接したり、親しくしようとは思っておらず距離を置こうとしている。
冒険者たちが距離を置く中、霊光鳥のメンバーはウブリャイと同じように自らユーキたちに近づいて友好的な関係を取ろうとしているため、ユーキたちはどうして霊光鳥のメンバーが友好的に接してきているのか不思議に思った。
「冒険者って殆どが俺らメルディエズ学園の生徒を敵視してるのに、何であの姉ちゃんたちは俺らを毛嫌いせずに友達と話すみてぇに接してきてるんだ?」
格闘家の女性を見ていたジェリックが隣にいるトムリアに小声で尋ねると、トムリアは視線だけを動かしてジェリックを見た。
「S級冒険者になるには態度や人との接し方を評価する適性試験を受けさせられ、それに合格しないと昇格できないって聞いたことがあるわ」
「適性試験?」
「その試験に合格した冒険者はどんな相手とも友好的に接することができる人だって判断されるらしいわ。詳しくは分からないけど、S級冒険者でメルディエズ学園の生徒と問題を起こした人は一人もいないそうよ」
「つまり、S級冒険者は誰とでも仲良くできるほど中身のいい連中ばかりだから、商売敵であるメルディエズ学園ともあんな風に接することができるってわけか」
「そう言うこと。それぐらい理解しておきなさいよね」
「んなっ!?」
小馬鹿にするような発言をするトムリアを見てジェリックは反応し、トムリアは無言でそっぽを向いた。
霊光鳥の話をするトムリアとジェリックの前ではアイカが背を向けながら二人の小声の会話を聞いていた。アイカはトムリアとジェリックの会話を聞いて霊光鳥が友好的に接してくる理由を知り、納得したような表情を浮かべる。
ユーキにもトムリアとジェリックの声が聞こえおり、会話を聞いたユーキは以前S級冒険者チーム、黒の星と出会った時にカムネスから適性試験のことを聞かされていたことを思い出す。
パーシュとミスチアは適性試験のことを知っていたらしく、霊光鳥のメンバーがメルディエズ学園と友好的に接してきても不思議に思わなかった。
「あっ、そう言えばまだ自己紹介してなかったわね。私たちは……」
「S級冒険者チームの霊光鳥だろう? さっきそこのおっさんから聞いたよ」
小さく笑いながらパーシュはチラッとウブリャイの方を向き、格闘家の女性もウブリャイの方を向く。ウブリャイは格闘家の女性を見ながらニッと笑った。
「安心しろ、俺が教えたのはチーム名だけでお前らの名前は教えてねぇよ」
「何よそれぇ? 私たちのことを話したんなら、名前も教えといてくれればよかったのに……」
「それじゃあ、お前らが自分から名乗る機会が無くなっちまうだろう? 自己紹介をさせてやりたいっていう俺なりの親切だよ」
「何なの、その親切と言っていいのか分からない行動は!?」
ウブリャイの理解できない言動に格闘家の女性は思わずツッコミを入れ、神官風の男性と女エルフも目を細くしながらウブリャイを見ている。ユーキたちも目を丸くしたり、ジト目になったりしながらウブリャイを見つめていた。
不満そうな顔でウブリャイを見ていた格闘家の女性は咳をして気持ちを切り替え、自己紹介をするためにユーキたちの方を見く。
ユーキたちも咳を聞いて一斉に格闘家の女性の方を向いた。
「改めて……私はフォウ・チェンスィ、霊光鳥の前衛を務めているわ。見て分かると思うけど、モンクよ」
チェンスィと名乗る格闘家の女性はニッと笑う。その笑顔は素手で戦うモンクと言う職業を誇りに思っているように見えた。
アイカたちはチェンスィが武器を使わずに戦うことを知って反応する。メルディエズ学園では武器や魔法を使った戦い方を教わるため、アイカたちにとって素手で戦う戦士が珍しいかった。ただ、その中でユーキだけは興味のありそうな顔をしている。
転生前の世界でユーキはよく祖父に連れられて様々な流派の剣術や杖術と言った武術を見学してきた。その中には格闘技も含まれており、空手や柔道、中国拳法なども見学し、時には直接体験などもしていたのだ。
格闘技を体験した理由は月宮新陰流で使う無刀取りを使いこなせるよう体術を体験しておくためであり、刀が無い状態でも問題無く戦えるようにするためだ。
無刀取りを体得するために少しばかり格闘技を習っていたユーキにとってモンクは親近感のある職業であったため、ユーキはチェンスィがどんな戦い方をするのか気になっていた。
「そっちの二人はウチの魔法と回復担当よ。エルフの子が魔導士のミッシェル、もう一人が神官のゴウレンツよ」
ユーキが見つめている中、チェンスィはユーキの視線に気付かずに仲間の紹介する。紹介された神官風の男性、ゴウレンツと女エルフ、ミッシェルはユーキたちを見ながら小さく笑う。
「短い間ですが、よろしくお願いします。お互い全力でベーゼと戦いましょう」
「私たちは前線には出れないけど、一緒に戦う時は後方からしっかり援護するわ」
ゴウレンツとミッシェルが簡単な挨拶をするとユーキたちは二人を見ながら頭を軽く下げたりして挨拶する。
前線に出ないとは言え、S級冒険者が一緒に戦ってくれるのだからそれだけでも心強いとユーキたちは思っていた。
「あと一人、ウチのリーダーがいるんだけど、今はギルド長たちと今後の話し合いをしている最中なんだ」
この場にいない仲間のことを話しながらチェンスィは冒険者ギルドの建物の方を見た。
「それじゃあ、今度はあたしらが自己紹介をする番だね」
霊光鳥のメンバーの自己紹介が済むとパーシュはチェンスィを見ながら小さく笑みを浮かべ、ユーキたちはパーシュの方を向く。
相手が名乗ったのだから、自分たちも名乗るのが礼儀だとパーシュは思っており、ユーキたちもパーシュと同じことを考えていた。
「あたしはパーシュ・クリディック。メルディエズ学園の上級生だ」
「パーシュね、よろしく」
パーシュを見ながらチェンスィも笑みを浮かべる。歳が近くメルディエズ学園の生徒である少女と親しくなれたため、チェンスィは少し嬉しく思っていた。
「それで、こっちの子たちがあたしの後輩たちだ」
自己紹介を済ませたパーシュは次にユーキたちの方を向き、霊光鳥のメンバーたちはユーキたちに視線を向ける。するとユーキを見たチェンスィは意外そうな表情を浮かべた。
チェンスィは周りにいる他のメルディエズ学園の生徒たちを確認し、ユーキが他の生徒と比べて幼いことを知る。
「ねぇ、一人小さな子がいるけど、この子もメルディエズ学園の生徒なの?」
ユーキを見ていたチェンスィはパーシュの方を向くとユーキの身分を確認する。
他の生徒と同じようにメルディエズ学園の制服を着ているのだから、メルディエズ学園の生徒に違いないと普通は考えるだろう。だが、チェンスィは学園に通えるのは十四歳以上の少年少女だということを知っているため、十歳ほどの姿をしているユーキが本当にメルディエズ学園の生徒なのか疑っているのだ。
パーシュはチェンスィの質問を聞くと目を閉じながら小さく笑い、ユーキも苦笑いを浮かべる。
ユーキがメルディエズ学園に入学して間もない頃は依頼主やその関係者からユーキが学園の生徒なのか訊かれ、その度にユーキが特別に入学を認められた児童であることを説明していた。
しかし、最近はユーキがメルディエズ学園の生徒かどうか訊かれていなかったため、久しぶりに身分を訊かれたユーキとパーシュは懐かしさを感じて思わず笑ってしまった。
「ああ、その子は正真正銘、学園の生徒だよ。まだ十歳だけど特別に入学を許可された子なんだ。今回の依頼に参加した生徒……いや、今学園にいる生徒の中で一番若い子だけど、実力は上級生に匹敵する」
「この子が?」
パーシュの説明を聞いたチェンスィはユーキに視線を向け、ミッシェルとゴウレンツもユーキに注目する。
チェンスィたちに見られているユーキは苦笑いを浮かべたまま、自分の頬を右手の人差し指で掻く。
「ユ、ユーキ・ルナパレスです。よろしくお願いします」
ユーキは改めてチェンスィたちに挨拶をした。チェンスィたちは緊張した様子も見せずに挨拶をするユーキを見て、外見以上にしっかりしている児童だと感じる。
チェンスィたちがユーキを見ていると、三人はユーキの右手の甲に混沌紋が入っていることに気付いて目を見開く。幼いユーキが上級生と同等の実力を持っている上に混沌士であると知れば驚くのは当然だった。
「え~っと……他の子たちのことも見てもらっていいかい?」
パーシュがチェンスィたちに声を掛けると、三人はハッと我に返る。衝撃を受けてユーキに注目していたことに気付いたチェンスィたちは自分たちの行動を少し恥ずかしく思いながらも気持ちを切り替え、周りにいるアイカたちの方を向けた。
チェンスィたちと目が合ったアイカは自分が挨拶をする番だと思いながら軽く頭を下げた。
「アイカ・サンロードと申します。微力ながらもレンツイを護るために精一杯戦わせていただきます」
「えっと、トムリア・シェシェルです。よろしくお願いします」
「ジェリック・トルフェクスだ……」
アイカに続いてトムリアとジェリックも挨拶をする。トムリアは少し緊張した様子で挨拶をし、ジェリックは面倒そうな表情を浮かべながら挨拶をした。
ジェリックの態度に気付いたトムリアは「失礼でしょう」と言いたそうな顔でジェリックを睨む。
「私はミスチア・チアーフルと言います。よろしくお願いしますわ」
トムリアとジェリックの挨拶が済むと、最後にミスチアが一歩前に出て挨拶をする。チェンスィたちはミスチアを見ると彼女の尖った耳を見てミスチアがエルフだと気付く。
「貴女もエルフなのね」
同族に会えたことでミッシェルはミスチアに親近感を抱き、笑みを浮かべながら声を掛ける。ミスチアはミッシェルを見ると自分の右耳に視線を向けて手でそっと擦った。
「正確にはハーフエルフですわ」
「そう。実は私もハーフなの」
「あら、そうでしたの? ……それなら、仲良くなれそうですわねぇ」
ミスチアはミッシェルを見ながら微笑み、ミッシェルも笑ってミスチアを見つめる。二人を見たユーキたちは商売敵同士ではあるが、同じハーフエルフなので親しい関係になれるかもしれないと感じて笑みを浮かべていた。
しかし、ミスチア本人はユーキたちが考えているような親しい関係を築こうとは思っておらず、S級冒険者であるミッシェルと関係を持っておけば自分に都合の悪いことが起きた時に力を貸してくれるだろうという下心を抱いていたのだ。
だが、ミスチアも同じハーフエルフに出会えたことに少しは喜びを感じていたため、最低限の友好的関係を持とうとも思っていた。
ユーキたちはミスチアの本心に気付かずに向かい合うミスチアとミッシェルを見ている。すると、広場にローフェン東国軍の騎士が六人入って来た。
騎士たちに気付いたメルディエズ学園の生徒たちや広場にいた住民、冒険者たちは騎士たちに視線を向け、ユーキたちも騎士たちの方を向く。
騎士たちは全員二十代から三十代の男で青銅色のスケイルアーマーを身につけ、青いマントを羽織って腰には剣を佩している。そして、騎士たちの中心では一人の女性が歩いていた。
その女性は二十代前半、身長は160cm強で水色の目を持ち、左右に白いシニヨンを巻いた葡萄色の髪型をしていた。金色の装飾が入った赤いチャイナドレスを着ており、混沌紋が入った右手で開いた鉄扇が握っている。
騎士たちに囲まれて現れたのはローフェン東国の軍師を務めているチェン・チャオフーこと、最上位ベーゼのリスティーヒだった。
しかし周りにいる騎士たちは勿論、広場にいる者は誰一人彼女の正体に気付いていない。住民や冒険者たち、メルディエズ学園の生徒も興味のありそうな様子でチャオフーを見ていた。
「何なんだい、あれは?」
パーシュが突然広場に現れたチャオフーと騎士たちを見ながら呟くとウブリャイが意外そうな顔で騎士に囲まれているチャオフーを見た。
「コイツは驚いたな、まさか軍師様は此処に来てたとは……」
「軍師様?」
ユーキはウブリャイを見上げながら訊き返し、アイカやパーシュたちもウブリャイに注目した。
「ああ、騎士たちの真ん中にいる姉ちゃんだ。俺も昔遠くから見ただけで詳しくは分からねぇが、間違いねぇ」
「あの若さで軍師を任されてるのか」
驚くユーキは軽く目を見開きながらチャオフーに視線を向ける。すると今度はチェンスィがチャオフーを見ながら口を開いた。
「彼女はチェン・チャオフー。十代半ばの頃から優れた頭脳を持ち、周囲の誰もが認めるほどの天才だったそうよ。更に混沌術まで開花させたため、噂を聞きつけた軍上層部の人たちがスカウトしたらしいわ。軍に入ってからは幾つもの戦略を立てて功績を上げ、二十歳になる少し前には帝の信頼を得るようになって軍師に任命されたみたい」
チェンスィからチャオフーの経歴を聞かされたユーキたちは驚きながら遠くにいるチャオフーを見る。若くして軍師になったことには驚いたが、それ以上にローフェン東国を治める帝から強く信頼されていることにも驚かされた。
「でも、どうしてそんな人がレンツイにいらっしゃるのでしょう?」
アイカはローフェン東国の軍師がどうしてレンツイに来ているのか疑問を抱く。ユーキたちも同じことを考えており、チャオフーを見ながら考える。
「ギルド長から聞いたんだけど、ベーゼがレンツイに攻め込むって情報は首都にも届いているらしいの。それを聞いた軍上層部の人たちがレンツイの防衛状況の確認と改善をさせるためにチェン軍師を派遣したらしいわ」
チェンスィがアイカの疑問に答えるとユーキたちはチェンスィの方を向いて納得した表情を浮かべる。軍師が力を貸してくれるのであれば、レンツイを護りやすくなるとユーキたちは思っていた。
「お前、随分と詳しいんだな?」
ウブリャイがチェンスィに声を掛けると、チェンスィはチラッとウブリャイの方を向いた。
「S級冒険者になれば貴族だけじゃなくて軍からも依頼されることがあるの。以前軍から依頼を受けた時に上層部の人から彼女のことを色々教えてもらったのよ。ついでに言うと、チェン軍師ともその時に出会って話をしたわ」
「そうかい」
最後に自慢するかのように笑うチェンスィを見たウブリャイは興味の無さそうな顔で返事をする。
ユーキたちがチャオフーについて話している間、チャオフー本人は騎士たちと共に冒険者ギルドの建物の前に集まっているメルディエズ学園の生徒たちを見ている。どうやらレンツイにメルディエズ学園の生徒たちが来たと聞いて様子を見に来たようだ。
「結構な数の生徒だな」
「ハイ、情報では約五十人の生徒が派遣されたそうです」
騎士の一人が生徒たちを見ながらチャオフーに人数を教えると、チャオフーは「ほほぉ」と言う顔をしながら鉄扇を閉じる。
「ベーゼの正確な数はメルディエズ学園も分かっていない。数が分かっていない状態では五十人が多いのか、少ないのかも分からない。だから学園側は相手がどれだけの数で攻めて来ても対処できるよう、高い戦闘能力を持った生徒を多く派遣したはずだ」
「では、今の都市にいる戦力ならベーゼからレンツイを護り切ることは十分可能と言うことですね」
「そう言うことになるな……」
チャオフーの返事を聞いた騎士たちは安堵の表情を浮かべながら仲間たちを見る。ただ、騎士たちが安心する中、チャオフーだけは若干不満そうな顔をしていた。
正体がベーゼであるチャオフーにとって、これから行われる戦闘でメルディエズ学園や冒険者たちが有利に立つことは面白くないことだ。ベーゼたちが有利に戦える状況を作りたいと思ってはいるが、ローフェン東国の軍師を演じている今は人間側が有利に戦えるよう動かなくてはいけなかった。
ただ、チャオフーもこのまま人間たちが問題無く戦える状態にする気は無く、目立たない方法を使ってベーゼたちが有利に戦えるきっかけを作ろうと思っていた。
メルディエズ学園の生徒たちを見たチャオフーは簡単に周囲を見回す。すると、チャオフーの視界に自分を見ている霊光鳥とユーキたちの姿が入った。
(あれは、ユーキ・ルナパレス! 奴もレンツイを防衛するために派遣されていたのか。それに……)
チャオフーはユーキの隣に立っているアイカに視線を向け、小さく不敵な笑みを浮かべる。
視界に映る少女は親の仇である自分を追っている存在、チャオフーは自分を倒すためにメルディエズ学園の生徒となったアイカに興味を抱き、再び戦うことになれば全力で叩きのめしてやろうと思っていた。同時に目の前に仇がいるのにそれに気付いていないアイカを心の中でせせら笑った。
ユーキたちを見ていたチャオフーは騎士たちの間を通ってユーキたちの方へ向かって行く。騎士たちは一人で移動するチャオフーに気付くと一斉に視線を向けた。
「チェン軍師、どちらへ?」
「そこにいろ、すぐに戻る」
そう言うとチャオフーはユーキたちの方を向いたまま歩いていき、騎士たちは不思議そうにチャオフーの後ろ姿を見つめる。
「……何か、軍師さんが近づいて来てるね」
チャオフーに気付いたパーシュは意外そうな表情を浮かべており、ユーキたちもなぜこっちに来るのだろうと疑問に思いながらチャオフーを見ていた。
霊光鳥のメンバーは面識がある自分たちに挨拶をするために来たのかもしれないと思いながらチャオフーを見ている。
ユーキたちが見ている中、チャオフーはユーキたちの前までやって来た。そして、ユーキたちを見た後にチェンスィの方を向いて微笑んだ。
「久しぶりだな、チェンスィ?」
「ええ、お久しぶりです。チェン軍師」
「チャオフーでいいと言ったはずだぞ?」
「呼べませんよ。S級冒険者とは言え、この国で最高と言われている軍師を呼ぶ捨てにするなんて」
チェンスィは笑いながら砕けた口調で話し、チャオフーも閉じた鉄扇を口に当てながらクスクスと笑う。
二人の会話する姿を見たユーキたちはチェンスィとチャオフーは友人と呼んでもいいくらい親しい関係なのかもしれないと思っていた。
「今回はベーゼからレンツイを護るために協力してくれるそうだな。期待してるぞ?」
「軍師様に期待されてるなら、こっちも全力で戦わないとダメね」
「フフフ……こっちはレンツイの防衛に協力してくれるメルディエズ学園の代表の生徒たちか?」
ユーキたちの方を向きながらチャオフーはチェンスィに尋ねる。
チャオフーは既にユーキたちのことを知っているが、自分の正体に勘付かれないよう初対面のフリをしていた。
「代表、かどうかは分からないけど、派遣された生徒の中では実力のある生徒だそうです」
チェンスィが説明するとチャオフーはユーキたちの方を向き、一人ずつ顔を確認していく。ミスチア、トムリア、ジェリック、ユーキの順番に顔を見ていき、最後にアイカを見ると小さく笑ってアイカの前まで移動した。
アイカは正面に立たれたことに驚いたのか、軽く目を見開いてチャオフーを見る。チャオフーはしばらくアイカの顔を見ると再び微笑みを浮かべた。
「わざわざ遠い所からレンツイを護るために来てくれて感謝する。住民たちを護るために力を貸してほしい」
「あっ、ハイ。勿論です」
少し緊張したような顔をしながらアイカは返事をする。チャオフーはアイカを見ながら彼女の肩にそっと左手を乗せた。
「ただ、決して無理はしないでくれ? 人々を護るためと言って前に出過ぎたりすれば命を落としてしまうかもしれないのだ。だから、もし自分の身が危険だと感じたら、自分の身を護ることを優先してほしい」
「は、はあ……」
忠告をするチャオフーを見ながらアイカは返事をする。
チャオフーはゆっくりと目を閉じ、しばらくすると軽く俯きながら目を開けて不敵な笑みを浮かべながらアイカを見た。
「死んでしまったら、家族や友人が悲しんでしまうからな……」
「……ッ!!」
アイカはチャオフーの顔を見た瞬間に強烈な寒気を感じて驚きの表情を浮かべる。
ユーキやパーシュたちの立ち位置ではチャオフーの顔はハッキリと見えなかったため、不敵な笑みはアイカにしか見えていなかった。
チャオフーはアイカの反応を見た直後に不敵な笑みを消し、先程と同じ微笑みを浮かべながら後ろに下がってアイカから離れる。
「では、私は失礼する。まだレンツイの防衛状況を全て確認していないのでな」
そう言うとチャオフーはユーキたちに背を向けて騎士たちの所へ戻っていく。チェンスィは笑いながらチャオフーの後ろ姿を見ており、ユーキたちも突然やって来てすぐに去ってしまったチャオフーを見ながら不思議そうな顔をしていた。
ユーキたちがチャオフーを見ている中、アイカだけは驚いたままチャオフーを見ており、それに気付いたユーキはアイカの方を向いた。
「アイカ? どうしたんだ?」
声を掛けられたアイカはハッと我に返り、ユーキの方を向くと苦笑いを浮かべて首を横に振る。
「う、ううん、何でもないわ……」
「?」
アイカを見たユーキは小首を傾げ、再びチャオフーの方を向く。アイカもチャオフーに視線を向けて緊迫した表情を浮かべた。
(何なのあの人? 一瞬だけど、とても不気味な笑みを浮かべてたわ……それにあの顔、何処かで見たような……)
微量の汗を流しながらアイカは離れていくチャオフーを見つめる。チャオフーの不敵な笑みに見覚えがあったが、何処で見たのかどうしても思い出すことができなかった。
ユーキたちが見ている中、チャオフーは歩きながら鉄扇を開いて口を隠し、アイカに見せた不敵な笑みを浮かべていた。




