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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第十二章~惨劇の女王蜂~
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第二百一話  共闘する者


 冒険者ギルドの前ではユーキたちがカムネスとロギュンが戻って来るのを待っている。カムネスに言われたとおり、全員が広場から出ずに大人しくしていた。

 待機している生徒の殆どは荷馬車から下りて友人と会話をしている。中には荷台に乗って休んだり、自分の武器の手入れなどをして退屈を紛らわしている生徒もいた。

 生徒たちの中でユーキは自分が乗っていた荷馬車の近くに立っており、その隣ではアイカが広場を見回している。そして、パーシュも腕を組みながら二人の前に立っていた。


「会長と副会長が中に入ってから随分経つけど、何を話してるのかしら?」

「多分、今後の方針について話してるんじゃないか? ベーゼが攻めて来た時にメルディエズ学園おれたちは何処を護ってどう対処するかとか、冒険者たちと共闘する際にはどうするのかとか、決めることが色々あるんだと思うよ」


 ユーキはアイカの方を見ながら答え、アイカは「成る程」と言いたそうな反応を見せた。

 ベーゼからレンツイを護るためにもレンツイの防衛状況やベーゼの情報を細かく知っておく必要がある。カムネスとロギュンも詳しく現状を知るために時間を掛けて話を聞いているのだとユーキは予想していた。

 レンツイの護りはどんな状態なのか、ユーキは空を見上げながら考える。するとそこへ別の荷馬車に乗っていたミスチア、トムリア、ジェリックがユーキたちの下へやってきた。


「ユーキ君♪ 長い時間、荷馬車に揺られて大変でしたでしょう? 気分転換に街を見て回りませんこと?」

「いや、会長が戻るまで待機してろって言ってたし、勝手に街に行くのはマズいだろう?」


 ユーキは笑いながら自分の腕を掴んで街へ連れていこうとするミスチアを見て困った表情を浮かべる。そんな時、アイカがムッとしながらミスチアに声を掛けた。


「ミスチアさん、会長はレンツイを護るために冒険者ギルドで詳しい話を聞いているのです。それなのに私たちが勝手な行動をするのはどうかと思いますよ? そもそも私たちは遊びに来ているわけじゃありません」

「あら、わたくしは別に遊びに行くわけではありません。今後の戦いに備えて街中がどんな作りになっているのか確かめようとしているだけですわ。そのついでに気分転換をしようと思っていただけですのよ?」

「それなら、会長と副会長が戻って来て話を聞いた後にすればいいではありませんか。今すぐ街に行く必要は無いと思いますよ」


 若干不機嫌そうな顔で話すアイカをミスチアは無言で見つめる。メルディエズ学園を出る直前と同じように張り詰めたような空気が漂い始め、ユーキは複雑そうな表情を浮かべた。

 トムリアとジェリックも向かい合うアイカとミスチアを見ながら居心地の悪そうな顔をしている。パーシュは向かい合うアイカとミスチアを見て「やれやれ」と首を左右に振った。

 しばらくアイカを見つめていたミスチアは小さく溜め息をつきながらユーキの腕をそっと離した。


「仕方ないですわね、会長たちが戻ったら街へ行くことにしますわ」


 素直に諦めたミスチアを見たユーキは安心したような表情を浮かべ、アイカも呆れた顔でミスチアを見つめる。

 アイカとミスチアの言い合いが治まったことでユーキたちの周りの空気から息苦しさが消えた。


「ユーキ君、会長と副会長が戻ったら一緒にレンツイを見て回りましょう?」

「えっ? あ~っと……考えておくよ」


 笑顔で誘って来るミスチアを見たユーキは苦笑いを浮かべながら目を逸らし、あやふやな返答をする。アイカはハッキリと断らないユーキをジト目で見つめていた。

 ユーキの反応を見ていたパーシュは楽しそうにニヤニヤと笑っていた。依頼中とは言え、自分の後輩たちがごく普通の少年少女のように会話する姿を見て楽しい気分になっているようだ。

 パーシュがユーキたちのやり取りを見ているとトムリアがパーシュに近づき、広場を見回しながら口を開いた。


「パーシュさん、なんか私たちが来た時と比べて広場にいる人が多くなってる気がするんですけど…」

「ん? 人が?」


 トムリアの言葉を聞いたパーシュは視線を動かして広場を見回す。トムリアの言うとおり、広場に来た時よりも多くの人が集まっており、遠くから自分たちを見つめている。しかもこちらを見ている者の大半は鎧やローブを着たり、武器を装備した冒険者ばかりだ。ごく普通の住民の姿もあるが、冒険者と比べたら少なかった。

 パーシュは冒険者たちが自分たちを見ていることに気付くと僅かに目を鋭くし、トムリアはパーシュの表情が変わったことに気付くと軽く反応する。


「こっちを見てるのは殆どが冒険者たちだね。大方、あたしらがレンツイに来たことを聞きつけて様子を見に来たんだろう」


 冒険者たちの目的を想像しながらパーシュは呟き、トムリアは視線を冒険者たちに向ける。

 ユーキたちもパーシュの言葉を聞いて冒険者が集まっていることに気付き、チラッと冒険者たちを見て様子を窺う。


「……何か、こっちを見てる連中の中に不満そうな顔をしてる奴がいますわねぇ」


 ミスチアが僅かに眉間にしわを寄せながら冒険者たちを見つめる。確かにユーキたちを見ている冒険者の中には鬱陶しそうな目をしたり、対抗心の籠ったような目をしている冒険者が何人かいた。

 ユーキたちは冒険者たちの様子を無言で見つめている。そんな中、ジェリックは両手を腰に当てながら口を開く。


「冒険者の中にはまだ俺らと一緒に戦うことに納得してない奴がいるんだろう? 文句を言うためにわざわざ見に来たんじゃねぇのか? それか喧嘩を売りに来たのか……」

「んまぁ~、だとしたらスゲェ幼稚な奴らですわねぇ」


 レンツイの冒険者ギルド長が共闘を受け入れたというのに未だにメルディエズ学園との共闘に納得していない冒険者がいることにミスチアは呆れると同時に腹を立てる。

 ジェリックもミスチアと同じ気持ちなのか遠くにいる冒険者たちを睨んでおり、トムリアは冒険者たちと揉め事が起きるのではと予想して不安そうな表情を浮かべている。ユーキとアイカ、パーシュも不満そうな顔をする者やそれ以外の冒険者たちを見つめていた。

 広場にいる冒険者の全員が共闘に不満を感じているわけではなく、喧嘩を売りに来たわけでもないことはユーキたちも理解している。だが、不満を露わにしている冒険者たちは問題を起こす可能性があるため、少し警戒をしておこうと思っていた。


「もしも街中を移動している時にああいう奴らと遭遇したら言いがかりを付けられたり、喧嘩を売られるかもしれないな」

「ありえるわね。下手をしたらベーゼと戦う前に怪我人が出るかもしれないわ……」

「その点は問題ねぇよ」


 ユーキとアイカが不安を感じていると低い男の声が聞こえてくる。声を聞いたユーキとアイカ、周りにいるパーシュたちが声が聞こえた方を向くと一人の冒険者がユーキたちの方に歩いて来るのが目に入った。

 冒険者は四十代後半、身長180cmほどの男でスキンヘッドに茶色い目をしている。左目には眼帯を付け、口を覆い隠すほどの灰色の髭を生やし、ガッシリとした肉体をしていた。服装は灰色の半袖に苔色の長ズボン、銀色のハーフアーマーを装備しており、右手の甲には混沌紋は入っている。

 近づいて来る冒険者の男を見たユーキとアイカは軽く目を見開く。目の前にいるのは過去に二人と接触し、自分たちを今回のベーゼ討伐依頼に参加させたウブリャイ・ブロックスだったのだ。


「ウブリャイのおっさん!」


 ユーキはウブリャイを見ながら名を口にし、アイカもウブリャイを見て軽くまばたきをしている。

 パーシュはユーキが口にした名前を聞いて目の前の男がユーキとアイカから聞いた冒険者チーム、武闘牛のリーダーだと知る。ミスチアは以前ユーキ、アイカと共にローフェン東国の依頼を受け、その時にウブリャイと接触していたため、驚いたりせずに目を細くしながらウブリャイを見ていた。

 トムリアとジェリックは近づいて来る冒険者を少し警戒する様子で見ており、周りにいる生徒たちも近づいて来る冒険者に気付いて様々な反応を見せていた。

 ウブリャイはユーキの前までやって来るとニッと笑いながらユーキを見下ろす。


「よお! やっぱり来たか、ルナパレス。お前なら依頼に参加してくれると思ってたぞ」

「よく言うよ。借りを返せと言わんばかりに俺とアイカを指名して参加させたくせに……」

「ガハハハハッ、そう言うなって。俺らに借りがあるのは事実なんだからよ」


 腕を組みながら不満そうな顔をするユーキを見てウブリャイは大きく口を開けて笑う。ウブリャイを見上げるユーキは溜め息をつき、アイカは軽く苦笑いを浮かべていた。

 メルディエズ学園の生徒であるユーキに砕けた感じで会話するウブリャイを見てパーシュは意外そうな顔をしており、他の生徒たちも少し驚いた反応を見せている。

 ウブリャイは最初こそメルディエズ学園の生徒であるユーキを軽く見ていたが、過去に上位ベーゼと共闘したことでユーキの戦士としての実力を認め、友人とまでは行かないが毛嫌いせずに接するようになった。それは仲間である武闘牛のメンバーたちも同じで彼らはメルディエズ学園の生徒を認める冒険者となったのだ。

 他の生徒たちがウブリャイの態度に軽い衝撃を受けている中、ウブリャイは周りの生徒のことを気にせずにユーキと喋っていた。


「確かに貸しがあるからお前らを指名したって言うのもある。だがな、お前らを実力のある戦士として認めてるのも事実だ。お前らが今回の戦いで役に立つと思ったから指名したんだよ」

「ハハッ、光栄だね。冒険者のアンタにそんな風に言ってもらえるなんて」


 ユーキは軽く笑いながらウブリャイを見つめる。それほど親しくはないが、商売敵である冒険者が実力を認めるというのはユーキにとってある意味で喜ばしいことだった。

 冒険者に認められれば大陸中の冒険者ギルドに名を知られ、もしも依頼の最中に冒険者の助力を必要とする際に問題無く助力を得られるかもしれない。

 ユーキは今後の活動のためにも、そして長年不仲であるメルディエズ学園と冒険者ギルドの間の溝を少しでも埋めるため、多くの冒険者に名を知られようと思っていた。


「なら、俺を信用してくれているアンタのためにも全力で今回の依頼を熟さないとな」

「フッ、当然だ。手を抜いたりしやがったら只じゃおかねぇからな」


 お互いにニヤッと笑いながらユーキとウブリャイは相手を見つめる。そんな様子を見ていたアイカは微笑みを浮かべていた。


「ウブリャイさん、私もできる限りのことはするつもりですのでよろしくお願いします」

「おう、期待してるぜ、嬢ちゃん」


 ウブリャイはアイカを見ながら軽く挨拶をする。ウブリャイはユーキだけでなく、アイカのことも戦士として認めており、今回の依頼で役に立ってくれることを期待していた。


「聞いた話では、皆さんがレンツイに来ていた時にベーゼが襲撃してくると言う情報が入ったため、今回の防衛に参加したと聞きましたが……」

「ああ、別の依頼でレンツイに来ていたんだが、依頼を終えて帰ろうとした時に警備の兵士に呼び止められたんだ。まったくいい迷惑だ」


 依頼に参加するまでの経緯を話すウブリャイを見ながらアイカは再び苦笑いを浮かべる。


「そう言えば、他の武闘牛の方々どちらに?」


 アイカは周囲を見回して他の武闘牛のメンバーを探す。ウブリャイは小さく笑いながら自分の背後を指差し、ユーキとアイカはウブリャイが指差す方を確認した。

 ウブリャイの後ろ、約300m離れた所に一軒の食堂と思われる店があり、その店の外にある木製のベンチには二人の冒険者が座っており、その隣にはウェアウルフが立っていた。

 ベンチの座っている冒険者の内、一人は肩の辺りまである金茶きんちゃ色の長髪に青い目、薄い褐色の肌をした二十代後半の女だった。クリーム色の半袖半ズボン姿で腹筋を露出させており、レザーアーマーと銀色のサークレットを装備している。武闘牛の紅一点であるラーフォンだ。

 もう一人は三十代半ばで金色の短髪に茶色の目、頬に十字の傷をつけた男だ。ガッシリとした体形で薄茶色の長ズボンを穿いて灰色の長袖を着ており、銀色の鎧を装備している。ウブリャイと同じガルゼム帝国出身の男、ベノジアだ。

 三人目のウェアウルフは身長195cmはある長身で濃い茶色の目に絹鼠きぬねず色の体毛を生やし、上半身裸で銀色のハーフアーマーを付けて苔色の長ズボンを穿いている。武闘牛唯一の亜人、イーワンだった。

 ラーフォンは自分を見ているユーキとアイカに気付くと小さく笑いながら手を振り、ベノジアは腕と足を組みながら目を細くしながら二人を見ている。イーワンもベノジアと同じように腕を組みながらユーキとアイカを見てニッと笑った。


「メルディエズ学園の生徒が到着したと聞いて、俺が様子を見に行こうとしたらアイツらも一緒に行くと言い出してな」

「そうですか」


 アイカは遠くにいる武闘牛のメンバーたちを見ながら小さな笑みを浮かべる。最初は悪い関係だったが今は少しだけ武闘牛との距離が縮まっているため、アイカは少し嬉しさを感じていた。

 ユーキも冒険者と共闘する中で自分のことを認めてくれる武闘牛がいれば、他の冒険者とも連携が取れ、これから起こるベーゼとの戦いも楽になるだろうと思っていた。

 冒険者と力を合わせて戦える、ユーキとアイカはそう思いながら遠くにいる武闘牛のメンバーたちを見ている。すると黙って会話を聞いていたパーシュがウブリャイに近づいた。


「アンタが武闘牛のリーダーか。ユーキとアイカから聞いていたけど、思っていたより話の通じる男みたいだね」

「ん?」

 

 ウブリャイは突然話しかけてきたパーシュを見るとユーキとアイカに視線を向けて「誰だ?」と目で尋ねる。

 ユーキはウブリャイと目が合うとこれから共に戦う者として自分の先輩であるパーシュを紹介しておいた方がいいと思った。


「彼女はパーシュ・クリディック、俺たちの先輩でメルディエズ学園の上級生だ」

「ほおぉ、と言うことはお前らよりも強いのか?」

「ああ、パーシュ先輩も混沌士カオティッカーで、しかも神刀剣の使い手なんだ」

「神刀剣?」


 聞いたことの無い言葉にウブリャイは訊き返す。熟練の冒険者であるウブリャイも神刀剣のことは知らないようだ。

 ウブリャイの反応を見たアイカは詳しく説明するため、パーシュが佩しているヴォルカニックを見つめる。


「神刀剣はメルディエズ学園が管理している四つの魔法の武器です。神刀剣は持ち主を選び、選ばれた生徒しか扱うことができない特別な物なんですよ。今パーシュ先輩が持っているヴォルカニックがその神刀剣の一つです」


 アイカの説明を聞いたウブリャイはパーシュが佩している赤い剣に目をやる。ユーキやアイカ、他の生徒が持っている剣とは明らかに雰囲気が違うことに気付いたウブリャイは興味のありそうな表情を浮かべた。


「魔法の剣か、まさかお前みたいな嬢ちゃんがそんなスゲェ武器の使い手とはな」

「それは褒めてるのかい?」

「一応な。……ただ、俺はお前が実際に戦ってる姿を見てねぇ。つまり、お前の実力もその赤い剣がスゲェ武器なのかも信じてねぇってことだ。ルナパレスやサンロードの嬢ちゃんが言うんだから嘘じゃねぇとは思うが、やはり直接見ないことにはな」

「まぁ、当然だろうね」


 パーシュは自分の目で見てないのだから信じられないと言うウブリャイの考え方にも一理あると感じ、反論せずにウブリャイを見つめる。

 会話を聞いていたユーキとアイカはウブリャイが冒険者であることやパーシュと初対面と言う状況から疑いたくなるのも無理はないと思い、二人の会話を見守っていた。

 ミスチアとジェリックも無言でパーシュとウブリャイを見ている。トムリアは自分が尊敬するパーシュの実力を疑うウブリャイを若干不満そうな顔で見詰めていた。


「まぁ、あたしができるどうかは実際に戦っているところを見て判断してくれればいいさ。こっちもアンタがどれだけできる冒険者かは分かってないからね」

「ハハハハッ、よく分かってる姉ちゃんだな。いいだろう、ベーゼどもと戦う時にたっぷりと見せてやるさ」


 ウブリャイは笑いながら右手で自身の左の掌を殴ってやる気を見せ、パーシュもそんなウブリャイを見ながら笑みを浮かべる。

 ユーキはパーシュとウブリャイを見て、お互いが相手に嫌な印象を懐くと言う最悪の出会いにならずに済んだと安心する。アイカもパーシュの性格ならウブリャイと悪い関係にはならないだろうと思っていた。


「改めて挨拶させてもらうよ。パーシュ・クリディックだ」

「俺はA級冒険者チーム、武闘牛のウブリャイ・ブロックスだ」

「A級?」


 武闘牛の階級を聞いたユーキは反応し、声を聞いたパーシュとウブリャイはユーキに視線を向けた。


「確か武闘牛はB級だったような……」

「おいおい、俺らがいつまでもB級だと思ってたのか? 活動を続けて功績を上げてれば何時かは昇格するさ」


 ウブリャイはユーキを見ながら呆れたような表情を浮かべ、ユーキはウブリャイの話を聞いて納得の表情を浮かべる。

 メルディエズ学園でも優秀な生徒は階級を上げていくため、冒険者たちにも同じことがあってもおかしくないことだ。


「それじゃあ、最後に俺とアイカと会った日の後におっさんたちはA級冒険者になったってことか?」

「ああぁ。とは言っても昇格してからまだ二、三ヶ月ほどしか経ってねぇがな」


 ユーキとアイカは武闘牛がA級冒険者になっていることに改めて驚きの反応を見せる。それと同時にA級の武闘牛がいればベーゼとの戦いを思っていた以上に有利に進められると感じた。

 パーシュも武闘牛が冒険者の中で数の少ないA級冒険者であることを知り、ウブリャイが自分が思っている以上の実力を持っているのかもしれないと感じる。


「あのぉ、冒険者のランクの話もいいですが、そろそろわたくしたちのこともかまってくれねぇですの?」


 蚊帳の外だったミスチアが不満そうな顔で声を掛け、その隣ではトムリアとジェリックが無言でパーシュとウブリャイを見ていた。


「おぅ、あん時のハーフエルフの嬢ちゃんか、また会ったな」


 ウブリャイはミスチアを見ると興味の無さそうな様子で挨拶をする。ミスチアはウブリャイの反応を見ると僅かに眉間にしわを寄せた。


「ちょっと、ユーキ君やアイカさんと話してる時と全然態度が違うじゃありませんの」

「んなこと言っても、俺はお前さんにそこまで興味はねぇからな。そもそも今回の依頼に嬢ちゃんは呼んでねぇから、いること自体知らなかったんだよ」

「ムッカー! わざわざ救援に来たのになんて失礼なオヤジですのー!」


 ミスチアは薄っすらと青筋を立てながらウブリャイを睨み、そんなミスチアはウブリャイは鬱陶しそうに見ている。

 ユーキとアイカは折角冒険者であるウブリャイとの距離が縮まったと思ったのに、興奮するミスチアを見てまた関係が悪くなるのではと感じる。

 パーシュも問題を起こさないようカムネスから忠告を受けたのにウブリャイと揉めるミスチアを見て軽く溜め息をつく。


「悪いな、おっさん。ミスチアはちょっと気が短くてすぐ怒っちまうけど、悪い子じゃないんだ」

「構わねぇよ。コイツが怒りっぽいっつうのはベンロン村で会った時から知ってるからな」


 ミスチアをフォローするユーキを見ながらウブリャイは気にしていないことを伝え、ユーキはウブリャイの返事を聞いて苦笑いを浮かべる。

 一方でミスチアは自分を小馬鹿にするウブリャイに苛つき、同時にフォローしてはいるが自分を短気だと思っているユーキに軽くショックを受けて複雑そうな顔をしていた。

 ウブリャイはミスチアへの挨拶が済むと次に黙って自分を見てるトムリアとジェリックに視線を向ける。二人はウブリャイと目が合うと驚いたのかピクッと体を動かした。


「そっちの二人はお前さんたちの友達ダチか?」


 パーシュの方を向きながらウブリャイはトムリアとジェリックについて尋ねる。声を掛けられたパーシュはチラッとトムリアとジェリックに視線を向けた。


「ああぁ。友達って言うかは、後輩だね。二人とも中級生の中でも優秀な子たちだよ」


 微笑みを浮かべるパーシュはトムリアとジェリックを紹介する。

 パーシュは自分を慕っているトムリアだけでなく、ジェリックのことも高く評価していた。仲の悪いフレードを尊敬する生徒だが、それは戦士としての実力を評価するのに関係は無い。パーシュはどんな生徒だろうと能力などを考えて正しく評価しているのだ。

 ウブリャイはパーシュの話を聞いて「ほほぉ」とトムリアとジェリックを見つめる。トムリアは凝視されて少し恥ずかしそうな顔をし、ジェリックは目を細くしながら若干鬱陶しそうにしていた。

 しばらく二人を見たウブリャイは自身の髭を撫でながら小さく笑う。


「まぁ、ベーゼの討伐に参加するくらいだからそれなりの実力はあるんだろう。……期待してるぜ?」

「ハ、ハイ」

「……ああ」


 トムリアとジェリックは小さな声で返事をする。冒険者であるウブリャイに期待されるのは少々複雑だが、ベーゼからレンツイを護るために来たからには全力で戦おうと二人は思っていた。

 ウブリャイとの話が終わるとユーキは小さく笑みを浮かべる。ここまでの流れから武闘牛と問題無く協力し合えるとユーキは感じ、自分たちの会話を見ていた他の生徒たちも冒険者に少しは心を開いてくれるだろうと思ったからだ。


「そんなガキどもと仲良しごっことは、冒険者のプライドというものが無さそうだな」


 突然ウブリャイの背後から男の声が聞こえ、ユーキたちは一斉に反応する。その中でウブリャイだけは鬱陶しそうな表情を浮かべて振り向り、ユーキたちもウブリャイの後ろを確認した。

 ユーキたちの視線の先には三人の男が立っており、一人は身長175cmほどで濃い茶色の短髪と濃い緑の目をした二十代前半の男だった。男は黄土色の長袖、茶色の長ズボン、茶色のレザーアーマーという軽装をしながら笑っている。

 男の後ろには180cm弱で同じように軽装をした三十代前後の男が二人おり、ユーキたちを無言で見つめていた。


「メルディエズ学園のガキどもの力を借りようとするとは、冒険者の風上にも置けない奴としか言えないな。いや、面汚しと言った方がいいか」


 二十代の男は挑発的な態度を取りながら笑い、後ろにいた三十代の男たちも笑い出す。ウブリャイは笑う男たちを見ながら小さく舌打ちをした。


「おっさん、何なんだコイツらは?」


 ユーキがウブリャイに男たちのことを尋ねるとウブリャイは面倒そうな顔をしながら視線をユーキに向ける。


「レンツイで活動するC級冒険者チーム“天剣”のリーダー、ダンシャーだ。後ろにいるのは同じチームの冒険者だ」


 男たちことを聞いたユーキは視線をダンシャーたちに向ける。

 ダンシャーと仲間の冒険者たちはまだ笑っており、相手を小馬鹿にするような態度を取るダンシャーたちをユーキは目を細くしながら見ていた。同時にC級冒険者でありながらA級冒険者であるウブリャイに挑発的な態度を取るなんて、どういうつもりなのだと疑問に思う。

 アイカやパーシュもいきなり現れて自分たちや同じ冒険者のウブリャイに失礼な態度を取るダンシャーを見ながら気分の悪そうな顔をしていた。


「どうして力しか取り柄の無いお前たち武闘牛がA級に昇格できたのか不思議に思っていたんだが、どうやら他人の力を借りて功績を上げて今の地位を手に入れたみたいだな?」

「失礼なことを言うんじゃねぇ。俺らは自分たちの力で手柄を立ててA級になったんだ」

「どうだろうな、口だけならどうとでも言える。野蛮なお前たちのことだ、他人の力を借りるだけでなく、他の冒険者の手柄を横取りすると言った姑息な手も使ったんじゃないのか?」

「テメェ……」


 自分やチームメンバーを侮辱するダンシャーを睨みながらウブリャイは低い声を出す。

 ウブリャイは今回のレンツイ防衛の依頼を受けた時に偶然ダンシャーと出会っただけの関係、つまり武闘牛と天剣は仲間と言えるほど親しい間柄ではないのだ。

 出会ったばかりで相手のことをよく理解もしていないのに平気で人を馬鹿にするダンシャーにウブリャイは苛ついていた。


「武闘牛もそうだが、メルディエズ学園も調子に乗らないで貰いたいものだな」

「……は?」


 パーシュは見下すような顔をする自分やユーキたちを見るダンシャーを見ながら訊き返す。近くにいたミスチアやトムリア、ジェリックも目を鋭くしてダンシャーを睨んでいる。


「ベーゼとの戦いに慣れているみたいだが、奴らなんてそこらのモンスターよりも少し力と知能が高いだけの連中だ。わざわざお前たちみたいなガキの力を借りなくても、我々冒険者だけでベーゼどもを蹴散らせる。救援を受けたからと言って調子に乗らないようにしろ?」

「随分と偉そうな口を利く男だね? そうやって他人を見下したり、自分の力を過信していると足元を掬われるよ?」

「何ぃ?」


 自分に偉そうな態度を取ったことが気に入らなかったのか、ダンシャーは笑うのをやめて言い返したパーシュを睨みつける。パーシュも怯むことなくダンシャーを睨み返す。


「生意気な口を利くなよ? 俺は寛大で心が広いから多少の無礼は許してやるが、あまり図に乗ってると只じゃおかないぞ」

「アンタ、言ってることが滅茶苦茶だよ? 寛大で心の広い奴はさっきみたいな挑発的な態度を取ったり、脅すような口を利いたりしない。一回自分の性格を見直した方がいいんじゃないかい?」

「な、何だとぉ!」


 再び偉そうな態度を取るパーシュにダンシャーは奥歯を噛みしめる。


「お前、俺が誰だか分かってるのか? 俺はカン・ダンシャー、このレンツイを管理する貴族、カン・フォムロンの息子なんだぞ!?」

「!」


 ダンシャーの正体を知ったパーシュは目を鋭くしたまま反応し、ユーキたちは意外そうな表情を浮かべる。ウブリャイはダンシャーの正体を知っているらしく、驚いたりせずにダイシャーを見つめていた。


「ウブリャイさん、彼の言っていることは本当なのですか?」

「ああ、間違いねぇ」


 アイカの質問にウブリャイはダンシャーの方を向いたまま頷いて答える。

 ウブリャイはレンツイで活動している冒険者ではないが、レンツイの防衛依頼に参加してからレンツイの冒険者や冒険者ギルドの情報をよく耳にするようになった。そのため、ダンシャーがレンツイを管理する貴族の息子であると言うことも知っていたのだ。

 パーシュは無言でダンシャーを睨み続けており、そんなパーシュを見てダンシャーは余裕の笑みを浮かべる。


「男爵の息子である俺がその気になればお前のような女、どうとでもできるんだ。俺に逆らわない方が身のためだぞ!」

「……何か勘違いしてるようだから教えておくけど、メルディエズ学園はラステクトが管理する組織なんだ。だからローフェンの男爵の権力は何の役にも立たない。当然、男爵の息子であるアンタにも何もできない」

「なっ!」


 ダンシャーは目を大きく見開いて驚く。それを見たパーシュやユーキたちはダンシャーが貴族である自分の権力は何にでも通用すると思い込んでいたと知って内心呆れていた。


「そもそも冒険者の世界では貴族としての地位や権力は役に立たないはずだよ。と言うか、他人の力を頼るのは冒険者の面汚しだってアンタ自身が言ったじゃないか」

「だ、黙れ! メルディエズ学園のガキが調子に乗るな!」


 自分の発言を棚に上げるダンシャーは感情的になってパーシュを黙らせようとする。パーシュは興奮するダンシャーを無言で見つめ、ユーキやアイカ、ウブリャイも見苦しい姿を見せるダンシャーを哀れに思う。

 ユーキたちの周りにいた生徒たちや遠くにいる武闘牛のメンバー、広場に集まっている冒険者とレンツイの住民たちもパーシュの発言を聞いてダンシャーが自分の立場を利用して傲慢になっていることを知る。

 全員がダンシャーを哀れんだり、軽蔑するような視線を向け、ダンシャーや彼の取り巻きである冒険者たちは周囲の視線に気づいて少しずつ余裕を無くしていった。


「な、何だお前たち? 俺は男爵の息子だぞ、俺をそんな目で見ていいと思てるのか!?」

「見苦しいな。これが人望も無く、権力を振りかざす男の姿ってわけか」

「お、お前ぇ、調子乗るなよぉ!」


 哀れむウブリャイを睨みながらダンシャーは声を上げる。ダンシャーのおかげで広場には緊迫した空気が漂い、いつ大騒ぎになってもおかしくない状態だった。


(おいおい、冒険者と問題を起こさないようにしてたのに結局騒ぎになっちまったよ。どうすればいいんだ、これ?)


 ユーキは困り顔になりながら騒ぎを治める方法はないか考える。ユーキが考えている間、パーシュとウブリャイは騒ぎの元凶であるダンシャーと睨み合っていた。


「ちょっと、そこで何をやってるの!」


 緊迫した広場の中に若い女性の声が響き、声を聞いたユーキたちは反応する。


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