第二百話 現状確認
長くて広い街道を移動しながらユーキたちは都市の奥へ向かう。移動している間、街道にいるレンツイの住民たちはユーキたちの姿を見て意外そうな表情や安心したような表情を浮かべている。住民たちの反応から、彼らもユーキたちがレンツイを訪れた理由を知っているようだ。
近いうちにベーゼの大群がやって来てレンツイを襲撃することに住民たちは皆恐怖と不安を感じていた。勿論、住民たちはベーゼが襲撃しても都市にいる冒険者や軍の警備兵たちが自分たちを護ってくれる思っている。
しかし、冒険者も警備兵もメルディエズ学園の生徒と比べるとベーゼとの戦いに慣れていないため、ベーゼが襲ってきても勝てるのかと住民たちは心配していた。
不安に思っていた時にユーキたちが来たことでベーゼとの戦いに勝つ可能性が高くなったと感じ、住民たちは少しだけ心に余裕が持てるようになっていたのだ。
ユーキや隣に座るアイカは荷馬車に揺られながら自分たちを見ているレンツイの住民たちを見て、全力でベーゼと戦い、彼らを必ず護り抜こうと思っていた。
街道をしばらく進むとユーキたちはレンツイの南西にある大きな広場にやって来た。広場の周りには無数の民家や武器屋、道具屋などが並んでおり、店の前には大勢の住民や冒険者が買い物をしている。そして、広場の中には民家や店よりも大きな建物が一軒あり、入口の真上には冒険者ギルドと書かれた看板が立て掛けられていた。
ユーキたちが乗る荷馬車は目的地である冒険者ギルドの前までやって来るとゆっくりと停車した。
広場にいる住民や冒険者たちはメルディエズ学園の生徒であるユーキたちに気付くと一斉に視線をユーキたちに向ける。特に冒険者たちはベーゼと戦うために共闘する商売敵を目を細くしたり、興味のありそうな表情を浮かべながら見ていた。
道案内をしたワンショウは馬から降りると冒険者ギルドの入口前まで移動してユーキたちの方を向く。
「それではご案内しますのでついて来てください。この時間ですと主はギルド長と戦いの対策について話しているはずです。ただ、流石に生徒の皆さんを全員お連れすることはできないので、代表であるザクロンさんとあと一名、どなたがご一緒に来てください」
「では、私が同行します」
ロギュンはカムネスの同行に志願すると荷台から降りる。同じ荷馬車に乗っていた生徒たちは副会長であるロギュンが同行した方が良いと思ったのか、自分がついて行くとは言わなかった。
カムネスもロギュンが同行する生徒に適していると思っているのか、反対せずに御者席から降りる。
ワンショウは冒険者ギルドに入る生徒が決まると真剣な表情を浮かべた。
「ギルド内に入った後は真っすぐギルド長の下へ向かいます。あと、私の傍から離れないようにしてください?」
突然真剣な表情を浮かべるワンショウをカムネスは無言で見つめ、ロギュンも目を僅かに鋭くしながらワンショウを見た。
「今回の依頼でメルディエズ学園と共闘することはギルド長や冒険者たちも承諾していますが、中にはまだ納得していない冒険者もいます。もしそんな者たちと遭遇したら因縁をつけてくるかもしれません」
現状から冒険者ギルドにメルディエズ学園と共闘することに反対する冒険者がいるのは仕方がない、そう考えるカムネスとロギュンは黙ってワンショウの話を聞く。
「ですからできるだけ冒険者たちとは目を合わせずに私の近くにいてください。
「分かりました」
カムネスは静かに返事をし、ロギュンも無言で頷く。二人には当然、冒険者たちと問題を起こす気など無いため、冒険者たちが因縁をつけてこない限りは大人しくしているつもりでいた。
ワンショウとの話を終えたカムネスは同行するユーキたちの方を向く。ユーキたちも目的地に着いたため、自分たちが乗っていた荷馬車から降りて広場を見回したり、体を伸ばしたりしていた。
「僕とロギュンはフォムロン殿とギルド長に挨拶をしてくる。君たちは僕らが戻るまで広場から出ずに待機していてくれ」
カムネスはユーキたちに聞こえるよう力の入った声で指示を出し、声を聞いたユーキたちはカムネスの方を向いて目で「分かりました」と伝える。
ユーキたちの反応を見たカムネスはワンショウの方を向き、カムネスと目が合ったワンショウは冒険者ギルドの建物に入る。カムネスとロギュンもその後に続いて建物に入った。
屋内に入ると広い部屋がカムネスたちの視界に入った。部屋の奥には依頼を受けるための受付があり、受付嬢が冒険者たちの対応をしている。受付のすぐ隣には掲示板があり、依頼が書かれた羊皮紙が何枚も張り出されていた。
受付と掲示板がある点はメルディエズ学園と同じだが、学園と違って部屋の中には冒険者や依頼人が使う机や椅子などが幾つも置かれてあり、飲み物を出す酒場のカウンターのような場所もあった。
カムネスは部屋を無言で見つめており、ロギュンは意外そうな表情を浮かべていた。通常メルディエズ学園の生徒が冒険者ギルドの建物に入ることは勿論、近づくことは殆ど無い。商売敵の拠点に近づけば揉め事になるのは確実だからだ。
メルディエズ学園の生徒会長、副会長であるカムネスとロギュンも今まで冒険者ギルドの建物に入ったことは無い。そのため、学園の受付ロビーに似た建物の中を見て二人は少し意外に思っていた。
カムネスとロギュンが部屋を見回していると部屋にいた冒険者たちが一斉に入口前に立つカムネスたちに視線を向ける。
冒険者の中にがカムネとロギュンの格好を見てすぐにメルディエズ学園の生徒だと気付く者もおり、ジッと二人を見つめていた。
今部屋にいる冒険者たちは全員、ベーゼと戦うためにメルディエズ学園の生徒と共闘することを知っており、その殆どが共闘を受け入れた冒険者たちだ。だがワンショウが説明したとおり、中にはまだ共闘を受け入れていない冒険者もおり、そう言った者たちはカムネスとロギュンを見ながら不満そうな表情を浮かべている。
冒険者たちの視線と部屋の雰囲気が僅かに変わったことに気づいたロギュンは思わず身構える。カムネスは視線を気にしていないのか、前を見ながら毅然とした態度を取っていた。
「主とギルド長は二階の会議室にいると思います。ついて来てください」
ワンショウはカムネスとロギュンに声を掛けると二階へ続く階段の方へ歩き出し、カムネスとロギュンはその後を付いて行く。
冒険者たちはワンショウがレンツイを管理する貴族の補佐を務めていることを知っているため、ワンショウと一緒にいるカムネスとロギュンがギルド長に客人だと知ると、騒いだりせずに階段を上がっていく二人を見ていた。
「……あれが今回、俺たちと一緒に戦うメルディエズ学園の生徒か」
「らしいな。どっちもまだ十代半ばぐらいの子供だったが、本当に役に立つのか?」
カムネスたちが二階へ上がったのを見た冒険者たちは近くにいる仲間の冒険者と小声で話し始める。中には窓から外で待機している別の生徒たちを見ている冒険者もいた。
「子供だが俺たちよりもベーゼのことに詳しく、戦闘経験も豊富だって話だ。戦いになったら役に立つと思うぞ」
「そうか? 俺は正直、アイツらのことを信用できねぇんだよなぁ。ホントにベーゼ相手に有利に戦えるか怪しいもんだ」
「まったくだ。そもそもあんなガキがいなくても俺らだけでベーゼどもを叩きのめせるっつうのに、何でわざわざ一緒に戦わないといけねぇんだよ」
メルディエズ学園と共闘に納得できていない冒険者たちは不満を口にしながら窓の外にいる生徒たちを見ている。
彼らは商売敵と共闘すること以外にも、メルディエズ学園の生徒である少年少女がベーゼとの戦闘を得意としていることに不満を懐いているようだ。
「よせよ、ベーゼとの戦闘経験が浅い俺らじゃあ奴らとどう戦っていいか分からない。ベーゼに勝つためにも、メルディエズ学園の連中の力が必要なんだ」
「そうよ。それにこの町にいる冒険者と警備兵だけじゃ、ベーゼの大群に勝つのは難しいわ。勝つためにも彼らの協力が必要なのは分かってるでしょう?」
共闘に納得している冒険者たちが説得すると納得していない冒険者たちは不満そうな顔をしながら黙り込む。どうやら冒険者の中にもメルディエズ学園の助力を求める者もいるようだ。
ただ、彼らも必要以上に生徒たちと関わろうとは思っておらず、あくまでも勝つための一時的な関係とだけ思っていた。
冒険者たちは様々な思いを懐きながら建物の外にいるメルディエズ学園の生徒たちを見ている。ベーゼからレンツイを護るため、今だけは協力し合って戦おうと思っていた。
――――――
二階に上がったカムネスたちは廊下を歩いて奥へ移動する。ワンショウに案内され、一つの部屋の前までやって来たカムネスとロギュンは扉を見つめた。
扉の前に立つワンショウが扉を軽くノックすると、扉の向こうから男性の声が聞こえてくる。
「誰だ?」
「ワンショウです。メルディエズ学園の生徒をお連れして戻りました」
「おおぉ、ワンショウか! やっと戻って来てくれたか。……入れ」
入室を許可されたワンショウは扉を開けて部屋に入り、カムネスとロギュンも続いて入室する。
部屋の中央には長方形の大きな机が置かれてあり、その上にはレンツイの地図とローフェン東国の北東部、つまりレンツイの周辺が描かれた地図が広げられていた。そして、机を囲むように三人の男性が立っており、入室したカムネスたちを見ている。
男性の内、一人は五十代半ばで身長170cm強、濃い緑の目と肩の辺りまである栗色の髪を持ち、袖と裾、首元が紺色になっている銀色の漢服を着ている。
二人目は四十代前半で身長175cmほどで濃い黄色の短髪に茶色い目をした男性。若干高級感が感じられる薄い茶色の長袖、山吹茶色の長ズボン姿をしていた。
最後の一人は他の二人と少し雰囲気が違っていた。二十代半ばぐらいの青年で身長は180cm弱、茶色の目に紺色のエアリーヘアをしており、深緑の長袖を着て土色の長ズボンを穿き、銀色のハーフアーマーを装備していた。そして、右手の甲には混沌士の証である混沌紋が入っている。服装と混沌紋から青年は冒険者のようだ。
「フォムロン様、遅くなり申し訳ございません」
「いや、よく無事に戻って来てくれた」
一礼しながら拱手をするワンショウを見つめながら栗色の髪をした男性は小さく笑みを浮かべた。二人の会話を聞いていたカムネスとロギュンは目の前にいる栗色の髪をした男性がレンツイの管理を任されているローフェン東国の貴族、カン・フォムロンだと確信する。
フォムロンは自分を見ているカムネスとロギュンに気付き、二人の服装を見てメルディエズ学園の生徒だと知ると真剣な表情を浮かべながらカムネスとロギュンの前までやって来た。
「遠い所からよく来てくれた。私がこのレンツイの管理者を務めているローフェン東国男爵、カン・フォムロンだ」
手を差し出して握手を求めるフォムロンを見たカムネスはフォムロンの顔を見ながら握手を交わした。
「カムネス・ザクロンです。今回の依頼に参加する生徒たちの指揮を務めています。……隣にいるのがロギュン・アードルです」
「よろしくお願いします」
カムネスに紹介されたロギュンは一礼してフォムロンに挨拶をし、フォムロンもロギュンを見ながら軽く頷いた。
「早速現状の説明をしようと思うのだが、その前にこの二人を紹介させてもらおう」
フォムロンはそう言うと黄色の短髪の男性と冒険者の青年の方を向いた。
「まず、そっちの黄色の髪をした者がジェンカン。レンツイの冒険者ギルドのギルド長を務めている」
「よろしく」
ジェンカンと呼ばれた男はカムネスとロギュンを見ながら軽く頭を下げる。彼はメルディエズ学園と共闘することに納得しているため、カムネスとロギュンを見ても嫌な顔はせずに挨拶をした。
カムネスとロギュンも同じように頭を下げてジェンカンに挨拶する。ギルド長であるジェンカンの態度を見た二人は彼がいれば冒険者たちと上手く共闘できるだろうと思っていた。
「そして彼が……」
フォムロンが次に冒険者である青年の紹介をしようとする。だが、フォムロンが喋る前に青年がカムネスとロギュンに近づいて笑みを浮かべた。
「俺はハク・ウェイコウ、冒険者チーム“霊光鳥”のリーダーを務めている。俺も今回の依頼に協力することになってる、よろしくな」
笑いながら挨拶をするウェンコウと名乗る青年をカムネスは無言で見つめ、ロギュンは若干砕けた感じのウェンコウを見てまばたきをしている。
今回の戦いで商売敵同士であるメルディエズ学園と冒険者ギルドが仕方なく共闘するということは冒険者たちは皆知っている。冒険者の殆どはレンツイを護るために渋々共闘を受け入れており、生徒とは親しくしようとは思っていないはずだ。
しかしウェイコウは商売敵であるメルディエズ学園の生徒であるカムネスに友人のように接してきているため、ロギュンはウェイコウの予想外の反応にキョトンとしていた。
ジェンカンは友達感覚でカムネスに挨拶をするウェイコウを見て軽く溜め息をつき、フォムロンは自分が紹介する前に名乗ったウェイコウを見ながら若干複雑そうな表情を浮かべていた。
「ウェイコウ君、フォムロン殿が紹介する前に名乗るんじゃない」
「あっ……ア、アハハハハ、すみません」
ウェンコウは気付かない内に失礼なことをしてしまったことに知ると苦笑いを浮かべてジェンカンに謝罪し、ウェンコウの反応を見たジェンカンは「やれやれ」と言いたそうに首を横に振った。
ジェンカンはフォムロンの方を向くと「失礼しました」と目で伝え、フォムロンはジェンカンの顔を見ると首を横に振って気にしていないことを伝える。
「霊光鳥……東国で活動するS級冒険者チームの?」
カムネスからウェンコウの階級を聞いたロギュンは目を大きく見開く。目の前にいるのが冒険者の最高峰と呼ばれているS冒険者だと知ってロギュンは衝撃を受けていた。
S級冒険者チームがレンツイにいるとはカムネスも予想していなかったため、意外に思いながらウェイコウを見ている。
しかもウェンコウが協力してくれると言うことは同じチームのメンバーもレンツイにおり、ベーゼ討伐に協力してくれると言うことになるため、冒険者側の戦力はかなり強力だとカムネスは考えていた。
「へぇ、俺たちのことを知ってるとは驚いたな」
ウェンコウはメルディエズ学園の生徒が冒険者に詳しいことを知って意外そうな顔をする。ギルド長であるジェンカンもカムネスを見ながら同じような反応を見せていた。
「有名な人物の情報は一通り頭に入れています。何かあった時に情報を持っていれば役に立ちますから。……それに例え商売敵だとしても、優れた冒険者のことは理解しておくのは同じ戦士として礼儀だと思っていますから」
落ち着いた様子で語るカムネスを見たウェンコウは少し驚いたような反応を見せる。
てっきりメルディエズ学園の生徒は商売敵である自分たちのことに無関心だと思っていたが、目の前にいるカムネスはちゃんと冒険者のことを理解し、実力も認めているため、ウェンコウはメルディエズ学園の生徒の中にも冒険者に関心を持つ者がいると知った。
「メルディエズ学園の中にも俺たちのことを理解しようとする存在がいるとは思わなかった。……俺たちも、もう少しメルディエズ学園のことを見習わないといけないな」
ウェンコウは目を閉じながら笑みを浮かべ、ジェンカンもメルディエズ学園の生徒についてもっと知るべきだと感じていた。
「それにしても、まさか霊光鳥がレンツイにいるとは思っていませんでした。皆さんはレンツイを拠点に活動されているのですか?」
ロギュンがウェイコウに尋ねると、ウェイコウは笑いながら首を横に振った。
「いや、俺たちは首都であるペーギントを拠点にしている。レンツイにはたまたま私用で来てただけだ。そんで、用を済ませて帰ろうとした時にベーゼが迫って来てるって話が飛び込んできて、レンツイの防衛に参加することにしたんだ」
「成る程……」
ウェンコウの説明を聞いてロギュンは納得する。私用でレンツイを訪れていた時にベーゼとの戦いに巻き込まれた霊光鳥をロギュンは心の中で気の毒に思う。
ただ、ウェンコウの口調から彼らは進んでレンツイの防衛に参加することにしたようで、ロギュンはレンツイを護るためにベーゼと戦うことを決意したウェンコウを立派な人間だと思った。
「……さて、挨拶も済んだことだ。早速、現状の説明をしても構わないか?」
フォムロンはカムネスを見ながら本題に入ってよいか尋ねると、カムネスはチラッとフォムロンの方を向いた。
「お願いします。可能であれば、ベーゼの情報をできるだけ詳しく聞かせてください」
カムネスは表情を変えずに返事をし、ロギュンはカムネスたちが依頼の話を始めようとすると、気持ちを切り替えてフォムロンの話を聞くことに集中する。
フォムロンは緊張した様子を見せずに冷静に対応するカムネスを見て、同じような経験を何度もしてきたのだろうと直感した。同時に貴族からの依頼を何度も受けるほどの生徒なら戦闘能力も高いため、ベーゼとの戦いでは活躍してくれるだろうと心の中で期待する。
「ではまず、ベーゼの現在位置について説明しよう」
そう言ってフォムロンは地図が広げられている机まで移動し、カムネスたちもそれに続く。五人は立ったまま机を囲み、レンツイの周辺が描かれた地図に注目した。
「我々はベーゼが北部の村を襲撃していることを知ってからレンツイの兵士たちを使ってベーゼが何処におり、どれだけの数になったのかなど情報を集める始めた。兵士たちが得た情報から計算したところ、ベーゼたちはレンツイから北東に10kmから20km離れた辺りにいると思われる」
フォムロンは地図のベーゼたちがいると思われる場所を指差し、カムネスとロギュンはフォムロンが指差す場所を見つめる。
「10kmから20kmとは曖昧ですね?」
「奴らも常に移動しているからな。それに兵士たちも情報をこまめに報告するため、ベーゼを発見次第レンツイに戻ってきている。移動時間などを考えると、正確な位置は特定することはできないのだ」
「成る程……」
ロギュンはフォムロンの話を聞いて真剣な表情を浮かべる。
敵の情報を遠くにいる仲間に瞬時に報告することができないのであればベーゼの正確な居場所を知ることは難しい。伝言の腕輪のような遠くにいる者と通話できるマジックアイテムを使用すると言う方法もあるが、伝言の腕輪の通話可能範囲は500m以内なので情報収集に使うことはできない。となると、足を使ってレンツイに情報を届けるしかないのだ。
情報を短時間で効率よく手に入れる方法が無い以上、徒歩や馬などを使って情報を得るしかないため、文句を言ってはいけないと感じたロギュンはベーゼの現在地についてそれ以上何も言わなかった。
カムネスも情報を得ることの難しさを分かっているのか、黙って地図を見つめている。
「我々の予想ではベーゼたちは今夜にもレンツイに辿り着くと思われる。君たちメルディエズ学園には冒険者たちと共に都市の北門と東門の守備に就いてもらいたい」
防衛する場所を告げたフォムロンはチラッとウェンコウとジェンカンを見て問題無いか目で尋ねる。フォムロンと目が合い、彼の意思を感じ取った二人は無言で頷いた。
「……防衛するのは北と東だけですか? 南と西の護りはどうなっているのでしょう?」
レンツイの入口は四つあるのに北門と東門だけを防衛することを不思議に思うロギュンはフォムロンに尋ねる。するとフォムロンやロギュンを見ると小さく笑った。
「南と西は問題無いだろう。奴らは北東の方角から進軍してきているのだ。わざわざ南西に回り込んで攻撃してくるとは思えない」
「そのとおりだ。そもそも奴らは知能が低い、そこまで考えて行動するとも思えんよ」
フォムロンに同意するジェンカンも笑みを浮かべながら南門と西門が襲撃されないだろうと語り、二人の返事を聞いたロギュンは難しそうな顔をする。
「……会長」
ロギュンはカムネスの意見を聞こうと声を掛けた。
カムネスは腕を組みながら無言でレンツイ全体が描かれた地図を見ており、しばらくすると顔を上げてフォムロンに顔を向けた。
「フォムロン殿、ベーゼの数はどれほどかご存じですか?」
レンツイの防衛ではなく、ベーゼの戦力について尋ねるカムネスを見てロギュンは反応する。だがカムネスのことだから何か理由があってベーゼのことを訊いたのだと考え、ロギュンは黙ってカムネスを見つめた。
フォムロンはベーゼのことを訊かれると笑みを消して僅かに表情を曇らせる。ジェンカンとウェイコウも深刻そうな顔をしていた。
「……ベーゼの正確な数は分かっていないのだ」
「しかし、先程ベーゼの情報を得るためにレンツイの兵士たちにこまめに情報収集をさせてると仰いましたが?」
「そのとおり。……だが、ベーゼの数と位置を確認するために偵察に向かった兵士たちが戻って来ておらず、現在ベーゼがどれ程の数になっているのか分からないのだ。本来なら昨日戻ってくるはずだったのだが……」
偵察部隊が戻って来ていないと聞いてカムネスは目を鋭くする。ベーゼを調べに向かって東国兵たちが戻ってくるはずの時間に戻って来ていない、このことからカムネスは一つの可能性に辿り着く。
「恐らく、偵察中にベーゼに見つかってやられたのでしょう」
「君もそう思うか……」
フォムロンも東国兵たちが戻ってこないことから、ベーゼに殺されたと思っていたらしく、カムネスを見ながら暗い声を出す。
ロギュンもカムネスとフォムロンの話を聞いて東国兵は既に殺されていると予想し、目を閉じながら俯く。
ベーゼの正確な戦力が分からないことを知ったカムネスはもう一度地図に視線を向ける。
「レンツイは東国の中でも大きく、人口の多い都市です。そこを襲撃するのですからベーゼたちもそれなりの数で攻めてくるのは間違いありません。私の予想では少なくとも二百体以上はいると思います」
「二百か……」
カムネスからベーゼの予想数を聞かされたジェンカンは低い声で呟き、ウェンコウも厄介そうな顔をしながらカムネスの話を聞いている。
「もしも二百体ほどであれば、ベーゼたちはフォムロン殿とジェンカン殿の予想どおり北門と東門のどちらか、もしくは両方を同時に攻めるでしょう。ですが、それよりも遥かに多い数、レンツイを包囲できるほどの数で攻めてくれば、南門と西門にも回り込み、四つの正門を同時に攻撃するかもしれません」
ベーゼが自分たちの予想を遥かに超える数で攻めてきた場合は南西にも回り込む可能性があるという話をカムネスから聞いたフォムロンとジェンカンは目を大きく見開く。
確かに戦力が多ければ近くにある北門と東門だけを襲撃するより、護りが手薄な場所にも戦力を送り込んで攻撃すれば効率よくレンツイを攻め落とすことができる。ローフェン東国や他の国の軍隊であればそのように行動するだろうとフォムロンたちは思っていた。
「だ、だが、ベーゼは知能の低い奴らだ。数が多くてもそこまで考えて行動するとは思えないのだが……」
「確かに下位ベーゼや蝕ベーゼは知能が低く本能で行動するため、敵の裏をかくような行動を取る可能性は低いでしょう。ですが、中位以上のベーゼは知能が高く、下位ベーゼと違って複雑な行動を取ることもできます。彼らが指示を出せば下位ベーゼたちも敵の裏をかくことが可能です」
カムネスの説明にジェンカンは表情を曇らせる。ベーゼに詳しいメルディエズ学園の生徒であるカムネスが言うため、説得力があり、本当にそうなるかもしれないとジェンカンたちは感じていた。
「それと、これはまだ可能性の話ですが、敵の中にベーゼたちを統率する指揮官がいる可能性があります」
「指揮官?」
ウェイコウが訊き返すとカムネスはウェンコウを見ながら小さく頷いた。
「ベーゼたちは幾つもの村を襲撃しながらこのレンツイに向かって移動しています。知能の低い下位ベーゼや蝕ベーゼでは幾つもの村を襲いながら目的地を目指すと言った行動は取れませんし、中位ベーゼにも大量の下位ベーゼたちを動かして都市を落とすだけの統率力はありません」
カムネスはベーゼたちの生態や力などを語りながらフォムロンたちに説明する。
フォムロンたちはカムネスがベーゼに詳しいことを知ってからは彼の知識は役立ち、信頼できると考えており、黙って話を聞いていた。
「中位ベーゼでは都市を落とすのは無理だとなるとそれ以上の存在、上位ベーゼが敵の中にいる可能性があると言うことになります」
「上位ベーゼが……」
ウェイコウは真剣な表情を浮かべながら低い声を出す。
ベーゼの中でも特に力が強く、高い知能を持った存在が今回の襲撃に関わっているかもしれないと知り、ウェイコウも気を抜いて戦うのは危険だと思っていた。
「ただ、これは先程もお話ししたように可能性の話で本当に上位ベーゼがいると決まったわけではありません。ですが、可能性は十分あります」
「……もしもベーゼどもの中にその上位ベーゼがいるとなると厄介だな」
ジェンカンは顎に手を上げながら軽く俯く。中位ベーゼ以上の戦闘能力と知能を持つ上位ベーゼともし戦闘になったら自分たちが不利になるのは確実だとジェンカンは考え、微量の汗を流していた。
「上位ベーゼに関しては我々も殆ど情報を持っておらず、どのような戦い方をするのかも分かっていません。もしも上位ベーゼと遭遇した場合は単独で挑まず、近くにいる者と共闘した方がいいでしょう。最悪の場合は撤退し、大勢の仲間と合流してから戦うべきかと」
「ああ、そうだな」
カムネスの案を聞いてジェンカンは頷く。
「それと、もしも上位ベーゼと戦闘になったら他のベーゼよりも上位ベーゼを優先して倒した方がいいでしょう。指揮官である上位ベーゼを倒すことができれば他のベーゼたちも混乱し、倒しやすくなるはずです」
「そうだな。運が良ければ混乱したベーゼどもがそのまま撤退してくれるかもしれんからな」
少しでも早く戦いを終わらせたいと願うジェンカンは指揮官を倒した後に知能の低いベーゼが逃げ出してくれることを祈った。
「では、次に防衛部隊の配置と編成について決めるとしよう」
上位ベーゼの話が終わるとフォムロンは次の議題を出し、カムネスたちは一斉のフォムロンの方を向いた。
「ベーゼの数によって奴らの攻め方が変わってくる。それらを考え、部隊の組み合わせを幾つか考えておいた方がいいと思うが、どうだ?」
「それがいいでしょう。ベーゼの数が分からない以上、我々はありとあらゆる可能性を考え、部隊を編制するべきです」
「うむ。では、まずはベーゼの数が少ない場合の編成だが……」
フォムロンは地図を見ながら何処にどんな部隊を配置するか語り、カムネスたちもどの部隊にどれだけの生徒と冒険者を入れるか考えながらフォムロンの話を聞いた。




