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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第十二章~惨劇の女王蜂~
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第百九十九話  レンツイに近づく者たち


 暗闇に包まれたローフェン東国北部の大きな森、時間はもうすぐ日付が変わる頃で森に棲みついている動物などは眠りについている。僅かな月明かりだけで照らされるその森からは不気味さが感じられた。

 森の中には森を見下ろせる高台があり、そこでは五人のローフェン東国軍の兵士が野営していた。東国兵の内、二人は野営地の中で机の上に置かれた羊皮紙を見ており、残りの三人は野営地の外で望遠鏡を覗きながら森を眺めている。野営地のすぐ近くには東国兵たちが使っていたと思われる荷馬車が停められていた。

 東国兵たちはレンツイを拠点としている者たちでレンツイに向かっているベーゼの群れを監視するために今いる場所に派遣された。

 二日前から野営地を作り、今はベーゼたちがレンツイに向かうために必ず通ると言われている森を見張っていた。


「今夜も異常は無しだな。……本当にベーゼどもはこの森を通るのか?」


 望遠鏡を覗いていた若い東国兵が隣で同じように望遠鏡を覗いて森を見張るエルフの東国兵に声を掛ける。声を掛けられたエルフの東国兵は望遠鏡を下ろすとチラッと若い東国兵に視線を向けた。


「これまで奴らが襲った村と調査隊が襲撃された場所から考えるとレンツイに向かうためにこの森を通過するはずだ」

「だけどよぉ、二日前からずっと監視してるが一向に姿を見せないぜ?」

「ベーゼどもはかなりの数で移動してるそうだからな。群れで移動する場合は単体で移動するよりも時間がかかる。多分、移動のペースが悪くてまだ森に辿り着いていないんだと思うぞ」


 仲間を見ながら若い東国兵は納得したような顔をする。まだ森まで来ていないのなら、ベーゼたちを目撃できていないのも当然だと思っていた。

 しかし同時にベーゼがとてつもない数でレンツイに向かっていることになるため、そのことに若い東国兵は小さな不安を感じる。


「……なぁ、もしそれだけの数のベーゼがレンツイを襲ったら都市の住人たちはどうなるんだ? 全員、ベーゼに殺されちまうんじゃ……」

「おい、縁起でもないことを言うな」


 エルフの東国兵の言葉に若い東国兵は不安そうな顔をのまま仲間の方を向く。ベーゼの大群が自分たちの都市に迫って来るため、どうしても最悪の結果になることを予想してしまうようだ。


「確かに数は多いかもしれないが、レンツイには俺らみたいな軍の人間以外にも冒険者たちがいるんだ。しかもベーゼたちの襲撃に備えてフォムロン様とギルド長たちがメルディエズ学園に依頼を出したそうだ。彼らが加われば例え大量のベーゼが襲ってきても大丈夫さ」

「冒険者ギルドだけじゃなくてメルディエズ学園にも協力を要請したのか……だけど、学園とギルドって昔から不仲なんだろう? 一緒に戦って問題無いのか?」

「ああ、聞いた話だとレンツイを護るためにお互いに協力し合うことに同意したそうだ」


 メルディエズ学園と冒険者ギルドが手を組んでベーゼを迎え撃つと聞いた若い東国兵は驚きの反応を見せる。だが、心の中では優秀な戦士たちがレンツイのために力を貸してくれることを嬉しく思っていた。

 レンツイに迫って来ているベーゼの正確な数はまだ分かっていない。だが、かなりの数であることはメルディエズ学園と冒険者ギルドの双方に伝わっているはずなので、レンツイを護るために学園とギルドは大勢の生徒と冒険者を用意してくれると東国兵たちは予想していた。


「メルディエズ学園と冒険者ギルドが手を貸してくれるのなら、レンツイの護りは問題無い。だからベーゼに殺されるかも、なんて不吉なことを言うな。いいな?」

「……ああ、そうだな。……悪い」


 後ろ向きに考えていた若い東国兵は苦笑いを浮かべながら謝罪し、エルフの東国兵は元気になった仲間を見て小さく笑いながら仲間の肩を軽く叩いた。

 話が終わると東国兵たちは再び望遠鏡を覗いて森の様子を窺う。薄暗い夜に森の中にいるベーゼを見つけるのは簡単なことではないが、レンツイを護るために戦う者たちが少しでも戦いやすくなるようベーゼの情報を手に入れてレンツイに届けなくてはならない。東国兵たちは森を隅々まで調べてベーゼを探した。

 東国兵たちが監視を再開してしばらく経った頃、月が雲に隠れてしまった。

 月が隠れたことで僅かな月明かりで照らされていた周囲が更に暗くなり、東国兵たちは見難くなった森を見ながら表情を歪ませる。


「クッソ~、月が隠れたせいで余計に見難くなっちまった。遠くなんかはただでさえ見難いって言うのによぉ」

「仕方ないさ。こればっかりはどうすることもできない。月が早く雲から出てくれることを祈るしか……ん?」


 エルフの東国兵が望遠鏡で森の遠くを見ていると何かに気付き、若い東国兵は望遠鏡を下ろしてエルフの東国兵の方を向く。


「どうした?」

「今、あの辺りで何かが動いたような気がしたんだ」


 望遠鏡を覗きながらエルフの東国兵は自分が見ている方を指差し、若い東国兵も仲間が見ている場所を確認するために自分の望遠鏡を覗いた。

 若い東国兵が見たのは高台から北東に600mほど離れた所にある森の中心だった。暗いせいでよく見えないが徐々に目が慣れてきて東国兵は森の中を確認する。

 木と木の間から大勢のベーゼが森の中を移動している光景が目に入り、ベーゼの姿を見た東国兵は驚いて望遠鏡を下ろした。


「あ、あれって、ベーゼじゃねぇか!?」


 突然目にしたベーゼの群れに若い東国兵は思わず力の入った声を出し、エルフの東国兵は望遠鏡を覗いたまま緊迫した表情を浮かべている。周りにいる他の東国兵たちも驚いて若い東国兵の方を向いた。

 野営地にいる全ての東国兵が若い東国兵の近くまでやって来て自分の望遠鏡を使ってベーゼが確認された場所を覗く。

 確かに大勢のベーゼが森の中を南西に向かって移動しているのが見え、ベーゼたちを見た東国兵たちは衝撃を受ける。


「ほ、本当にベーゼじゃねぇか。真夜中だって言うのに進軍してるなんて……」

「数もハンパじゃない。……百、いや二百以上はいるぞ」


 ベーゼの予想外の行動と数に東国兵たちは僅かに取り乱す。若い東国兵も自分が予想していた以上に数を増やしていたベーゼたちを見て絶句した。


「落ち着け! まずは篝火を消すんだ。この暗さだと篝火の灯りも目立つ。消さないとベーゼたちにこちらの存在を知られてしまうぞ」


 現状では小さな灯りでも命取りになると考えるエルフの東国兵は周りにいる仲間たちに指示を出す。

 他の東国兵たちもエルフの東国兵と同じことを考えていたのか慌てて全ての篝火を倒し、足で踏んだり土をかけたりして火を消した。

 篝火が消えたことで野営地は暗闇に包まれてしまい、東国兵たちの視界も悪くなった。しかし、東国兵たちはベーゼたちに気付かれるよりはマシだと思っているため、辺りが暗くなっても不安や恐怖を露わにせず、落ち着いて姿勢を低くする。


「それで、これからどうするんだ?」

「当然、レンツイに戻ってこのことを報告する。ベーゼの数がこちらの予想以上だということを急いで伝えないといけない」


 姿勢を低くしながらエルフの東国兵は小声で自分たちが何をするべきか語り、若い東国兵たちは真剣な表情を浮かべながらエルフの東国兵を見ている。


「早く知らせるためには馬を使った方がいい。野営地はこのままにして荷馬車に乗って高台を下りるんだ」


 立ち上がるとベーゼたちに見つかる可能性があると考える東国兵たちは姿勢を低くしたまま荷馬車に向かおうとした。だがその時、荷馬車が停められている方から馬の鳴き声が聞こえ、東国兵たちは一斉に反応する。

 東国兵たちが荷馬車がある方を見ると倒れる馬の姿が目に入った。馬はピクリとも動かず、首には切傷が付いていてそこから血を流している。

 動かなくなった馬を見て東国兵たちは馬が死んだこと、そして荷馬車が使えなくなったことに言葉を失う。そんな中、野営地に高い女の声が響いた。


「こんばんわぁ~、兵隊さんたちぃ~」


 突然聞こえてきた女の声に東国兵たちは驚きの表情を浮かべ、立ち上がって腰の剣に手を掛けながら周囲を警戒する。

 立ち上がるとベーゼに見つかるかもしれないが、声の主が自分たちの敵である可能性が高いため、東国兵たちは身を護るために戦闘態勢に入ったのだ。

 東国兵たちが周囲を見回していると倒れた馬の近くに張られてあるテントの陰から肩出しドレスを着て日傘を差し、満面の笑みを浮かべた一人の少女が姿を現す。

 少女を見た東国兵たちは一斉に少女の方を向いて警戒心を強くした。


「な、何だお前は?」


 エルフの東国兵が尋ねると少女は東国兵たちの方を向き、開いている日傘を回し始めた。


「初めましてぇ、私はマドネーって言うの。よろしくねぇ~」


 笑いながら楽しそうに自己紹介をするマドネーを見て東国兵たちは思わず身構える。

 普通なら突然現れて笑いながら挨拶をする少女を見れば調子が狂うものだが、東国兵たちは真夜中に森の中に一人でいる少女は普通じゃないと感じて警戒し続けている。

 東国兵たちは現状から馬を殺したのは目の前にいるマドネーで自分たちに危害を加えようとしていると確信し、マドネーに気付かれないようゆっくりと剣を握っていつでも抜けるようにした。

 マドネーは東国兵たちが自分に敵意を向けていることに気付いていないのか、笑ったまま東国兵たちを見つめている。


「こんな夜遅くまでお仕事なんて大変だねぇ? あんまり無理したらダメだよぉ、体壊して倒れちゃうかもしれないから~」

「……マドネーと言ったな? お前は何者だ、なぜこんな所にいる?」


 エルフの東国兵が尋ねるとマドネーは笑顔を消し、不思議そうな顔をしながら問い掛けてきたエルフの東国兵を見る。


「どうしてそんなことを訊くのぉ? この状況なら言わなくても大体分かると思うんだけどなぁ~」

「……やはり、お前は我々の敵なのだな?」

「えっ? 分かっていたのに訊いてきたのぉ?」


 マドネーの言葉を聞いて小馬鹿にされていると感じたエルフの東国兵は軽く奥歯を噛みしめながら鞘から剣を抜いて中段構えを取る。他の四人も自分の剣を抜いて構えながらマドネーを睨んだ。


「お前がなぜ此処にいるのかは知らないが、我々は急いでいるんだ。邪魔をするのなら此処で斬るぞ?」

「キャア~、コワァ~い! か弱い女の子に向かって『斬るぞ』、とか言うなんて男としてサァイテェ~」


 高めの声を出しながらマドネーは体を左右に揺らして怖がっている素振りを見せる。

 しかし東国兵たちはマドネーの態度やこれまでの言動から本当に怖がってはおらず、演技でそう見せていると分かっていた。

 東国兵たちはマドネーの反応を見ても構えを崩さず、鋭い目でマドネーを睨みつける。マドネーは東国兵たちを見ると笑顔のまま体を揺らすのを止めた。


「本気だって言うのは分かってるけどぉ、貴方たちじゃ私は殺せないよぉ~? ……だって、貴女たち、もう囲まれてるもん♪」

「何?」


 マドネーの言葉の意味が分からないエルフの東国兵は反応し、周りの東国兵たちもマドネーを見つめながら疑問に思う。すると東国兵たちの周りの風景が僅かに歪み、そのことに気付いた東国兵の一人は目を見開く。その直後、東国兵たちの周りに四体の怪物が現れた。

 現れたのは身長180cmはある人型の怪物でカメレオンと頭部を持ち、頭部や全身を緑色の鱗で覆われている。背中は少し曲がっており、背骨に沿って無数の棘が生えていた。

 細い手足には四本の指が付いており、両手の指には太く鋭い爪が生えている。東国兵たちの周りに現れたのは中位ベーゼのユーファルだった。

 四体のユーファルは東国兵たちの左右斜め前、斜め後ろの四方向から取り囲む。マドネーが東国兵たちと会話している間に姿を消し、気付かれないように包囲したのだ。

 東国兵たちは突然現れて自分たちを取り囲むユーファルたちを見ながら驚愕の表情を浮かべいる。マドネーは驚いている東国兵たちを見ると楽しそうな顔をしていた。


「その子たちは中位ベーゼでと~っても強いのぉ。貴方たちじゃ絶対に倒せないよぉ?」

「ば、馬鹿な! どうしてベーゼが此処に!? いや、それ以前にどうしてお前はベーゼを前にしてそんなに平然としていられる!?」


 エルフの東国兵はユーファルたちを警戒しながら笑い続けているマドネーに尋ねると、マドネーはニコニコしながら口を開く。


「これから死ぬ人たちに話す必要なんて、無いと思うけど?」

「なっ!」

「皆ぁ……殺して」


 マドネーが不気味な笑顔を浮かべて指示を出すとユーファルたちは爪で切り裂いたり、口から先端の尖った舌を勢いよく伸ばしたりして一斉に東国兵たちを攻撃した。

 東国兵たちは抵抗することもできずにユーファルたちの攻撃を受けてしまい、静かな夜の森に東国兵たちに悲鳴が響いた。

 悲鳴は森の中を移動するベーゼの群れにも届いたが、ベーゼたちは悲鳴に反応することなく南西に向かって移動し続ける。

 東国兵たちを殺害したユーファルたちはマドネーの前に移動した。ユーファルたちの爪や口元には東国兵たちの血が付いているが、ユーファルたちはそんなことを気もせずにマドネーの方を向いている。


「ご苦労様ぁ♪ これでこっちの動きが人間たちに知られることは無くなったし、益々こっちが優勢になったねぇ~」

「相変わらず遊んでいるような感覚で動いているのだな」


 背後から低い男の声が聞こえ、マドネーはゆっくりと振り返る。そこには前後に伸びる黄土色の頭部と赤茶色の目を持ち、深緑の装飾が入った黒いローブを着たベーゼ、ベギアーデの姿があった。


「あれ~? ベギーちゃん、こんな所で何してるのぉ~?」


 マドネーはいきなり現れたベギアーデに驚いたりせず、緊張感の抜けた口調で尋ねる。ベギアーデはマドネーを見つめながらゆっくりと彼女の方へ歩いて行く。


「お前が何処まで来ているのか、どれだけ戦力を集めることができたのか様子を見に来たのだ」

「わざわざ見に来なくてもちゃんとやってるのにぃ~。私ってそんなに信用無いぃ~?」


 ムスッと不機嫌そうな顔をしながらマドネーは不満を口にする。

 ベギアーデはマドネーの反応を見ると興味が無いのか鼻を鳴らし、ユーファルたちを見た後に森を見下ろして移動するベーゼの群れを確認した。


「……数は問題無く増えているようだな。あれだけの数なら次に襲撃する虫けらどもの拠点も問題無く落とせるだろう」

「次の拠点ってレンツイって大きな町のことよねぇ~?」


 マドネーは真っ暗な夜空を見上げながら目的地を思い出す。ベーゼの数を確認したベギアーデは振り返ってマドネーを見た。


「ヴァーズィン、奴らは私がレンツイまで連れていく。お前は先にレンツイへ向かって都市内に潜入しろ」

「えぇ~? ベギーちゃんが戦力を増やしながらレンツイに向かえって言ったんでしょう? どうして今になって別行動を取らないといけないのぉ~?」

「状況が変わった。レンツイを管理する貴族がメルディエズ学園に救援を要請したのだ」


 メルディエズ学園と言う言葉を聞いたマドネーは意外そうな表情を浮かべる。だが、すぐに不敵な笑みを浮かべてベギアーデを見つめた。


「メルディエズ学園に要請したってことは、強い生徒がレンツイに来るってことぉ?」

「奴らはこちらが大戦力でレンツイを襲撃することを知っているようだからな、間違い無く実力のある生徒が来るだろう」


 間違い無く強い生徒が派遣されると聞かされたマドネーはどこか嬉しそうな表情を浮かべながらつま先で何度も軽くジャンプする。

 マドネーは他人を甚振るサディズムな性格をしており、戦場で敵を捕らえては痛めつけて楽しんでいる。特にメルディエズ学園の生徒のような若者を甚振ることに対して強い快感を覚えていた。

 これから襲撃するレンツイに生徒たちがやって来るとベギアーデから聞いたマドネーは生徒たちを甚振れることを楽しみにしていた。


「冒険者やレンツイにいる兵士だけならこのままで問題は無いが、メルディエズ学園の生徒どもが加わるとなると話は別だ。お前には先にレンツイに潜入し、どのような生徒がいるのか確かめてもらう」

「つまり、レンツイにいる人間たちの戦力を確かめて、その後にどう攻めるか作戦を練り直すってわけぇ?」

「そう言うことだ」

「フゥ~ン……そう言うことなら仕方ないねぇ~」


 自分だけレンツイに向かうことに納得するマドネーは開いているコポックをゆっくり回しながら足元に紫色の魔法陣を展開させて転移しようとする。


「レンツイには既にリスティーヒが入り、都市の防衛状況などを確認している。詳しい情報などはあ奴から聞け」

「ハイハ~イ」


 気の抜けた声を出しながらマドネーはベギアーデに向かって手を振り、転移してその場から消える。同時にマドネーの足元に展開されていた魔法陣も消滅した。

 マドネーが消えた直後、ベギアーデはユーファルたちに移動するよう命令し、四体のユーファルはベギアーデの指示に従って移動する。

 ユーファルたちが移動するのを見たベギアーデもマドネーと同じように足元に魔法陣を展開させて何処かへ転移した。


――――――


 雲が多めの青空の下にある平原の中をユーキたちが乗る数台の荷馬車が走っている。ユーキたちは荷馬車の荷台に乗って周囲を見回したり、荷馬車が進んでいる方角を見たりしていた。

 ユーキたちは現在、ローフェン東国の西部にある平原に入り、レンツイを目指している。メルディエズ学園を出発してから一日と八時間ほど経過しており、時間は昼過ぎ頃になっていた。

 当初の予定どおりユーキたちは少しでも早くレンツイに辿り着けるよう移動中の休息を少なくし、夜になっても進める所まで移動した。

 休息の回数が少なく、夜営をした翌日も朝早く移動を再開したため、生徒たちの中には疲れを露わにする者も何人かいる。しかし休む時間を少なくした結果、ユーキたちは移動時間を四時間も短縮することができた。


「此処までの移動時間とかを考えると、今俺たちがいるのはこの辺りかな」


 ユーキは荷馬車に揺られながら地図を指差して呟き、アイカとパーシュも地図を覗き込みながら自分たちの現在地を確認している。


「この調子だと、あと少しでレンツイに着くだろうね」

「そうですね。途中でゴブリンや狼の群れなどに遭遇して時間を取られてしまいましたけど、通常の移動時間よりは早く着けそうです」

「ああぁ、もしもゴブリンどもが現れなかったら、もう少し時間を短縮できたんだけどねぇ」


 アイカを見ながらパーシュは不満を口にし、アイカはパーシュを見ながら「仕方が無いですよ」と言いたそうに苦笑いを浮かべる。

 ユーキたちは国境を越えてローフェン東国に入国した直後にゴブリンの群れと遭遇し、その後も狼の群れと遭遇した。二つの群れと戦闘を行った結果、ユーキたちはレンツイに到着する時間が数十分延びてしまったのだ。

 幸い戦闘で負傷した生徒は一人も出ず、ユーキたちは移動時間が少し延びると言う最低限のリスクで済み、現在は遅れを取り戻すために急いで移動している。


「これ以上、レンツイに着く時間が延びるのはあたしらにとっても、レンツイの住民たちにとっても都合が悪い。此処から先、モンスターと遭遇せずにレンツイに辿り着けることを祈ろう」

「そうですね、今の俺たちにできるのはそれぐらいですから」


 予想外の問題が起こらないでほしいと思いながらユーキは荷馬車が走っている方角を見る。ユーキたちが乗る荷馬車や他の荷馬車は速度を落とすことなく、レンツイに向かって走り続けた。

 それからユーキたちはモンスターなどに遭遇したりすることなく移動し、十分ほど経った頃、見通しの良い場所に出た。そして広い麦畑とその中央にある都市がユーキたちの目に入る。

 都市はユーキたちから2kmほど離れた所にあり、外敵の侵入を防ぐための城壁に囲まれている。都市に気付いた生徒たちは驚きの表情を浮かべたり、荷台で膝立ちをしたりしながら都市を見つめた。


「見えました、あれがレンツイです」

「あれが……」


 先頭の荷馬車に乗るカムネスは隣で馬に乗っているワンショウの言葉を聞いて呟き、荷台に乗るロギュンも無言で都市を見ていた。

 レンツイは東西南北に四つの門があり、家具や食品、日用雑貨などを様々な物を生産している都市で国民たちからは「商業都市」と呼ばれている。特に小麦の生産に力を入れており、都市の周りにある麦畑から収穫した小麦を使って小麦粉やパンなどを作り、市場で販売しているのだ。小麦粉は他の都市や町にも送られ、ローフェン東国で使われている小麦粉の約六割はレンツイで作られた物と言われている。

 カムネスはレンツイの様子からまだベーゼはレンツイに辿り着いていないことを知り、視線だけを動かしてワンショウに視線を向けた。


「我々はこのままレンツイに入るわけですが、その後はどうするのです?」

「まずは冒険者ギルドへ向かってもらいます。そこでギルド長と会っていただき、今後の活動について話し合っていただきます」

「分かりました」

「あと、主であるフォムロンとも依頼について色々お話していただくことになると思いますので……」


 レンツイに着いた後の予定を聞いたカムネスは視線をレンツイに向けると馬の走る速度を上げる。

 カムネスたちが乗る荷馬車が速度を上げるとその後ろをついて来ていた荷馬車も速度を上げ、その後ろの荷馬車も次々と速度を上げた。

 ユーキたちが乗る荷馬車も速度を上げ、突然速くなった荷馬車にユーキは意外そうな表情を浮かべる。


「急に速くなったけど、どうしたんだ?」

「きっと、先頭のカムネスが馬を速く走らせたんだろう。目的地が見えたから少しでも早く到着させようと思ったんだろうね」


 何が起きたのか察したパーシュはユーキに説明し、ユーキや隣にいるアイカはパーシュの説明を聞いて納得する。一緒に乗っている他の生徒たちも、もうすぐレンツイに到着するのだと遠くに見えるレンツイを見つめた。

 レンツイを見つめるユーキは改めてベーゼと激しい戦いを繰り広げることになるだろうと考えて真剣な表情を浮かべ、アイカとパーシュもレンツイを見つめている。速度を上げた荷馬車は真っすぐレンツイに向かって行った。

 ユーキたちが乗る荷馬車は一列に並んで麦畑の中にある道を通り、レンツイの西門へ向かう。麦畑は視界を埋め尽くすほど広いが、どういうわけか農作業をしているレンツイの住民は少なかった。


「……広い畑で作業をするには農家が少なすぎますね。これでは効率よく小麦を収穫できないと思いますが……」


 ロギュンは荷台から麦畑を眺めながら効率の悪さを指摘する。すると御者席のカムネスが前を見ながら口を開いた。


「恐らくいつ襲ってくるか分からないベーゼに怯えてレンツイに籠っているのだろう。収穫している最中にベーゼが現れ、襲われてしまったら農家たちには抵抗する術が無い。それにもしも都市から離れた場所で収穫をしていたら逃げ切るのは困難だ。安全が保障されるまでは勇気のある一部の農家しか作業をしようとは思わないのだろう」

「成る程……」


 カムネスの推測を聞いたロギュンはチラッと荷馬車の隣で馬に乗っているワンショウの方を向く。

 ロギュンと目が合ったワンショウは何も言わずに暗い表情を浮かべており、ワンショウの反応を見たロギュンはカムネスの推測は間違っていないと思った。

 麦畑の様子を見たロギュンはレンツイの住民たちを護るだけでなく、彼らが安心して農業に営むためにもベーゼに勝たなくてはいけないと考える。

 他の生徒たちも麦畑の様子を見てロギュンと同じことを考えており、必ずベーゼを討伐しなくてはいけないと思っていた。

 ユーキたちが乗る荷馬車は麦畑を抜けるとレンツイの西門の前で停車した。西門前には数人の警備兵の姿があり、全員がユーキたちの荷馬車に視線を向ける。


「随分と人数が多いな。何処から来た?」


 警備兵の一人が先頭の荷馬車に乗るカムネスに近づいて身分を尋ねる。

 カムネスは自分たちが何者なんか証明するため、警備兵にメルディエズ学園の証明書を見せようとする。だがカムネスが証明証を見せる前にワンショウが馬に乗りながら警備兵に近づいた。


「彼らはメルディエズ学園の生徒です。レンツイに攻め込んで来るベーゼを討伐するために来てくださいました」

「こ、これはワンショウ殿!」


 警備兵はワンショウを見ると驚きの表情を浮かべ、他の警備兵たちも目を見開いてワンショウを見ている。

 ワンショウはレンツイを管理する貴族の補佐を務めているため、警備兵たちにも顔を知られていたのだ。


「で、では彼らがフォムロン様の依頼で呼ばれた者たちですか?」

「そのとおりです」


 カムネスや他の荷馬車に乗る生徒たちを見た後にワンショウは警備兵を見下ろしながら頷く。

 ベーゼとの戦いを得意とするメルディエズ学園の生徒たちがレンツイを護るため、それもベーゼが襲撃する前に来てくれたと知って警備兵たちの安堵の表情を浮かべた。


「私は彼らをフォムロン様と冒険者ギルドのギルド長の下へ案内しなくてはいけません。身分を確かめなくてはいけないのは分かっていますが、急いでいるので通していただけませんか?」

「も、勿論です。お通りください」


 警備兵は荷馬車から離れてカムネスたちに道を開け、仲間の警備兵たちに門を開けるよう合図を送る。レンツイの管理者の補佐をしているワンショウが同行しているのならメルディエズ学園の生徒で間違いないと思ったようだ。

 門の前で待機していた別の警備兵たちは門の隣にある小屋に入り、中にある開閉レバーを動かす。レバーを動かすと門が開き始めた。

 ユーキたちが見ている中、門はゆっくりと開いていき、全開するとカムネスは荷馬車を動かしてレンツイへ入る。ワンショウや他の生徒たちが乗る荷馬車もそれに続いてレンツイに入った。

 門を通過すると大きな広場がユーキたちの視界に入る。麦畑と違って都市内は安全だからか広場には大勢の住民の姿があり、人間以外にも様々な種類の亜人がいた。

 ユーキたちは賑わっている広場を見ながら少し驚いたような反応を見せ、カムネスも視線を動かして確認している。


「では、早速冒険者ギルドまでご案内します」

「お願いします」


 ワンショウがカムネスに声を掛けると、カムネスは視線をワンショウに向けて頷く。

 ベーゼとの戦いに備えて今いる広場やレンツイがどんな造りになっているのか確認しておきたいとカムネスは思っているが、レンツイの管理者やギルド長に会うことの方が重要なため、レンツイの下調べは後回しすることにした。

 ワンショウはカムネスの返事を聞くと馬を走らせて広場の東側にある街道へ向かい、カムネスもワンショウの後を追って荷馬車を走らせる。

 ユーキたちもカムネスの荷馬車に続き、街の奥へと移動した。


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