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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第二章~強豪の剣士~
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第十九話  盗賊捜索


 ロイガントとの確認を終えたユーキたちは屋敷の外に出ると荷馬車の前でライトリ大森林に着いたらどうするか話し合う。いくら自分たちが混沌士カオティッカーであっても、相手は人数が分からず、大勢の冒険者を倒した盗賊団なので油断はできなかった。

 しかも敵の中にも混沌士カオティッカーがおり、どんな能力を使ってくるのかも分からないため、ユーキたちはしっかり作戦を練って仕事をしようと思っていた。

 しばらくすると、屋敷の中からユーキたちをライトリ大森林まで案内するロイガントの部下の使用人が現れた。使用人はユーキたちに挨拶をすると、用意していた馬に乗ってユーキたちを森まで案内する。ユーキたちも自分たちの荷馬車に乗って使用人の後をついて行く。

 モルキンの町を出たユーキたちはライトリ大森林に向かうため南西に移動する。ライトリ大森林は正門がある位置から確認できるため、道を間違えたりせずに向かうことができた。

 静かで見通しの良い平原の中をユーキたちはライトリ大森林に向かって真っすぐ移動する。先頭の使用人は盗賊が現れるのではと不安を感じているのか、落ち着かない様子で周囲を見回していた。

 ユーキたちも盗賊たちに襲われることを警戒しながら移動する。幸い、今いる平原には障害物などは一切ないため、盗賊を見逃す可能性は低かった。

 町を出てから数十分後、ユーキたちは平原を抜けて目的地であるライトリ大森林の東側に到着する。運よく平原を移動している間に盗賊やモンスターの襲撃を受けることはなく、ユーキたちは無傷で森に辿り着くことができた。

 荷馬車を降りたユーキたちはライトリ大森林の大きな入口を見上げる。予想していたよりも大きかったため、ユーキとアイカは驚いていた。


「此処がライトリ大森林の東側の入口です。他にも入口は幾つも存在していますが、此処から入る道が東側で最も通りやすくなっています」


 使用人の説明を聞いたユーキたちはライトリ大森林の入口を確認すると、周りと違って茂みが小さく通りやすい道ができている。他にも獣道のような細い一本道もあり、ユーキたちは確かに通りやすそうだと感じた。


「モルキンの町の住民でこの森に用がある者は殆どがこの道を通って森の中に入っています。ただ、例の盗賊たちが現れてからは誰一人この森には近づかず、森の中にも入っていません。盗賊の討伐依頼を受けた冒険者たちを除いては……」

「成る程ねぇ……」


 パーシュは使用人の話を聞いて腕を組みながら納得する。モルキンの町の近くに盗賊が出没するような状況で盗賊と遭遇しやすいライトリ大森林に近づく者などいるはずがない。森の中には盗賊たちの隠れ家があるかもしれないと聞かされれば尚更だった。

 ユーキたちは入口や今いる場所から見えるライトリ大森林の奥を確認する。奥は薄暗くてよく見えず、近くに生き物がいる気配もしない。ユーキたちは入口の近くには盗賊はおらず、もっと奥にいるのだと感じていた。


「あの、盗賊たちはこの森に隠れ家を作り、そこに潜んでいるかもしれないと聞きましたが、やはり盗賊たちも此処を通った森の外に出るのでしょうか?」


 アイカは盗賊たちも今自分たちがいる入口を使うのか使用人に尋ねる。盗賊たちがどの道を通ってライトリ大森林の外に出ているか分かれば、モルキンの町へ向かうための道のり、旅人や町の住民を襲う時の手段などが分かるかもしれないとアイカは考えていた。


「いえ、そこまでは私たちにも分かりません。なにぶん情報が少ないので……ただ、盗賊たちは森の東側に隠れ家を作っている可能性がありますので、此処から森の外に出ているのかもしれません」

「そうですか……」


 ハッキリとは分からず、アイカは少し残念そうな顔をしていたが、盗賊が自分たちがいる入口を通って森の外に出ている可能性があると分かっただけでも十分だった。

 盗賊がユーキたちがいる入口を通っているかもしれないということは、盗賊たちが入口の近くをよく通っている可能性が高いということだ。よく通っているの道があるのなら、その近くに盗賊たちの隠れ家があったり、入口の近くに盗賊の一味がいるかもしれない。盗賊を討伐するためにもユーキたちは少しでも情報を得る必要があった。


「盗賊たちが此処を通っている可能性があるのなら、まずはこの入口の周辺を調べてみた方がいいかもしれませんね」

「ああ、もしかすると例に倉庫も近くにあるかもしれないからね」


 ユーキの入口の近くから調べてみようという案にパーシュは賛同し、アイカもそれがいいと感じたのか真剣な表情を浮かべてユーキを見ていた。


「とりあえず入ろうぜ。どの辺りを調べるかは森ん中に入ってから決めりゃいい」


 フレードはライトリ大森林の奥を親指で指しながらユーキたちに声を掛け、フレードの言葉を聞いたパーシュは「せっかちな奴」と言いたそうな呆れ顔でフレードを見つめた。


「それじゃあ、俺たちはこのまま森の中に入りますので、貴方は町に戻ってください」

「分かりました。どうか、お気を付けて」


 使用人はユーキの帰ってもいいという言葉を聞くと迷うことなく自分の馬に乗る。戦う術を持たない使用人が盗賊が出没する場所に何時までもいるのは危険なため、使用人の身の安全を考えるのならこの場に残すよりもモルキンの町へ帰すのが賢明と言えるだろう。

 馬に乗った使用人は手綱を引いて馬の向きを変える。そんな時、使用人は何かを思い出してユーキたちの方を向いた。


「皆さん、一つ言い忘れていたことがありましたが、このライトリ大森林には盗賊以外にもハンターウルフなど複数のモンスターが棲みついておりますので気を付けてください」


 ライトリ大森林にモンスターがいると聞かされたユーキたちは落ち着いた様子で使用人を見ている。大きな森である以上、モンスターが現れることは予想していたため、四人は驚いたりすることはなかった。


「心配ないよ。仮にもあたしらはメルディエズ学園の生徒だ。ハンターウルフのような下級のモンスターなら問題無く倒せる」

「俺らはそこらの冒険者と一緒にしてもらっちゃ困るな」


 パーシュとフレードは心配する使用人を見ながら余裕を見せ、ユーキとアイカも大丈夫だと言いたそうに微笑みながら使用人を見ていた。


「確かにハンターウルフ程度なら皆さんでも楽に倒せるでしょう。……ですが、この森には大量の“ヒポラング”が棲みついていると言われています」

「ヒポラングだって?」


 使用人が口にした名前を聞いたパーシュは僅かに目を鋭くし、フレードも同じような表情を浮かべる。アイカも意外そうに目を軽く見開いていた。


「アイカ、ヒポラングって?」


 聞いたことのない名前を聞いたユーキはアイカに小声で尋ねる。アイカはユーキの耳元に顔を近づけると小声で問いに答えた。


「ヒポラングは大きな口と黄茶色の毛を持った猿みたいなモンスターよ。雑食性で体も大きく、ゴブリンと比べるとずっと強いわ。主に森に生息していて、近くの村に現れては作物などを荒らしているの。この辺りではヒポラングの被害は出てないからいないと思ってただけど……」


 予想外の場所でヒポラングが目撃されたことを知ったアイカは意外そうな顔をしており、ヒポラングの情報を聞いたユーキは「へぇ~」という反応を見せながら使用人と話しているパーシュとフレードの方を向いた。


「ヒポラングはゴブリンや他の下級モンスターと比べるとそれなりに強いモンスターだよ? どうして盗賊たちはヒポラングが棲みついている森に隠れ家なんて作ったんだい?」

「そ、そこまでは我々にも……ただ、ヒポラングの毛皮や牙は道具や武器を作る素材として役に立つと言われているので、盗賊たちはヒポラングを狩り、その毛皮や牙を手に入れるためにこの森に隠れ家を作ったのかもしれません」

「毛皮や牙を売って金を得ようとしてるってわけかい?」

「恐らくは……」


 旅人やモルキンの町の住民を襲って物資や金を得るだけでなく、モンスターを狩ってその素材を売っているかもしれないと聞いたパーシュは盗賊たちは金銭を得るために手広く活動していると知り、同時に欲深い連中だと感じる。


「ヒポラングは複数で行動しており、一度敵だと認識すればしつこく追いかけてきます。運が悪ければヒポラングと盗賊の両方を相手にすることになるかもしれませので、気を付けてください?」

「ああ、分かってるよ。こっちも無益な殺生は望んじゃいない。というか、もしヒポラングどもが襲って来たら返り討ちにしてやるさ」


 上級生である自分ならヒポラングに襲われても楽に倒せるとパーシュは余裕の笑みを浮かべながら語り、使用人はそんなパーシュを見て意外そうな反応を見せる。フレードは余裕を見せるパーシュを見て呆れたような顔をし、彼女には聞こえないくらい小さく鼻を鳴らした。

 

「……それでは、盗賊の件、よろしくお願いします」


 使用人は改めてユーキたちに盗賊の討伐を頼むと馬を走らせてモルキンの町へ戻っていく。ユーキたちは町に戻っていく使用人を見送り、使用人が小さくなるとライトリ大森林の入口の方を向いた。


「さて、早速入って盗賊の隠れ家を探すとするかね」

「探すのはいいのですが、どのようにして探すのですか? 隠れ家と思われる倉庫が森の東側にあると言うのは分かってますが、東側もかなり広いですよ?」


 広いライトリ大森林の中からどのように倉庫を見つけるのか分からず、アイカはパーシュに尋ねる。ユーキとフレードもどうやって見つけるのか気になり、パーシュの方を向いた。

 ユーキたちが見ている中、パーシュは入口近くにある茂みを指差し、ユーキたちは一斉に茂みの方を向いた。


「森の中に生えている草むらや落ちている枝や石を見るのさ。草や枝を見て、もし踏まれていたらそこを誰かが通ったってことになる。その痕跡を見つけて辿っていけば倉庫を見つけることができるはずだ」

「ほ、骨が折れそうですね……」


 予想以上に時間の掛かりそうな方法にアイカは思わず苦笑いを浮かべ、ユーキとフレードは面倒そうな表情でパーシュを見た。


「仕方がないだろう? 倉庫の場所が分からない以上は地道に探していくしかないよ。……それに他にも盗賊たちの隠れ家を探す方法はある」

「他にも?」


 痕跡を辿る以外にも方法があると聞いたユーキは反応し、アイカも驚いたのは軽く目を見開いた。


「あたしらが依頼を受ける前に何人かの冒険者がこの森を調べていたかもしれないってロイガント男爵は言ってただろう? もし冒険者たちが森を調べていたのなら、盗賊の奇襲を受けた時にすぐに森を出られるよう、近くの木や岩に何かしらの目印を残しているはずだよ」

「……その目印を見つけることができれば、冒険者たちが調べていた場所が分かり、盗賊の手掛かりを見つけることができるかもしれねぇってことか?」

「そういうことだよ。アンタにしちゃあ珍しく勘が鋭いじゃない?」

「余計なお世話だ」


 喧嘩を売るような口調で褒めてくるパーシュを見つめながらフレードは低い声で返事をする。パーシュとフレードの様子を見たユーキとアイカは二人は余裕なのだなと感じながら苦笑いを浮かべた。

 盗賊たちが通った痕跡を探すだけでなく、冒険者たちが残していると思われる目印を見つければより盗賊の隠れ家が見つかる確率が高くなるとユーキとアイカも感じていた。しかし、どちらも見つけるのは大変であるため、時間が掛かることに変わりはない。


「それじゃあ、そろそろ行くとするかね」

「分かれて探さないんですか?」

「普通ならそうするんだけど、あたしらはこの森に始めてきたんだ。そんな場所でバラバラに行動するのは危険だろう?」


 固まって行動した方がいいというパーシュの答えを聞いたユーキは納得の表情を浮かべる。始めて訪れた森で分かれて行動したら道に迷って森から出られなくなるかもしれない。

 例え効率が悪くても一緒に行動した方が危険が少なくなるのならそれが一番だとユーキは感じ、パーシュの考え方は間違っていないだろうと感じた。

 アイカも固まって行動する方がいいと感じたのか、反対などはせずに無言でパーシュを見ており、フレードも今回はパーシュの言っていることが正しいと思ったらしく異議は挙げなかった。


「んじゃ、行くとするかね」


 全員が固まって行動することを承知したのを確認したパーシュはライトリ大森林に入っていき、ユーキたちもその後に続く。盗賊が潜んでいる森の中に四人は静かに入っていき、数分後にはユーキたちの姿は森の中へと消えた。

 静かで周囲を木々に囲まれたライトリ大森林の中をユーキたちは慎重に進んでいく。獣道や道とは言えないような場所を歩いているため、ユーキたちは足元に注意しながら移動した。勿論、迷ってしまわないように木や落ちている石などを使って目印を付けることを忘れないようにしている。

 パーシュを先頭となり、その後ろをアイカ、ユーキが続き、フレードは殿しんがりについて移動する。ユーキたちはいつ盗賊と遭遇しても対応できるよう警戒しながら歩いて行き、特に一番後ろのフレードは背後から奇襲されることを予想して特に警戒を強くしていた。


「……盗賊は現れませんね」

「そりゃまだ森に入ったばっかなんだ。簡単には姿を見せねぇよ」


 周囲を見回しながら歩くアイカにフレードがリヴァイクスの柄を握りながら語り掛ける。フレードは視線だけを動かして周囲を警戒し、盗賊が現れたらすぐにリヴァイクスを抜けるようにしていた。先頭のパーシュも佩してある炎闘剣ヴォルカニックを握りながら歩いており、ユーキは周囲だけでなく、上の方も見ながら歩いている。

 現在、ユーキたちはライトリ大森林の東側を北上しながら盗賊たちの隠れ家を探している。森まで案内してくれた使用人によると、盗賊たちが隠れ家にしていると思われる倉庫は伐採した木をモルキンの町に運ぶために森の中でも町に近い位置に建設されたのではないかと話した。

 倉庫は町に近い位置にあるかもしれないと聞かされたユーキたちはまず森の北東部を調べてみることにし、北に向かって移動していたのだ。

 しかし、いくら倉庫が森のどの位置にあるか分かったとしても、モルキンの町よりも広いライトリ大森林の中から倉庫を見つけ出すのは簡単ではない。ユーキたちは少しでも早く倉庫が見つかることを祈りながら移動した。

 ライトリ大森林に入ってからニ十分ほどが経過し、ユーキたちは休憩するために大きな木の前で止まり、根元に腰を下ろした。長い間、森の中を移動していた四人は汗を掻いており、モルキンの町に来る途中の川で汲んだ水を飲む。


「……此処まで盗賊に遭遇もしなかったし、冒険者たちが残した目印なんかもありませんでしたね」


 水を飲んでいたユーキは周囲を見回して人影や目印がないが探すが、それらしい物は見当たらない。森に入る前に使用人が言っていたヒポラングというモンスターや森に棲みついている動物とも遭遇していなかった。

 ユーキは現状から見当違いの方角を調べているのではと感じ始め、アイカとフレードも北東には隠れ家は無いのかもしれないと感じていた。


「もしかしたら、こっちには盗賊の隠れ家は無いのかもしれませんね」

「何言ってるんだい、まだ探し始めたばっかりじゃないか。もしかしたらもう少し北に行った所にあるかもしれないだろう?」


 パーシュは決めつけるのは早いとアイカに言うと自分の水筒の水を飲み、アイカは微妙な表情を浮かべながらパーシュを見て自分の水筒の水を飲む。

 確かにパーシュの言うとおり、まだ北上し始めたばかりで北東に隠れ家が無いと決めつけるのは早すぎる。もう少し調べてから北東には無いと判断するべきだが、ここまでの流れから考えると無い可能性が高いとアイカは考えていた。


「……んで、この後はどうすんだ? 北に移動し続けて森の端まで行くのか?」


 フレードは水を飲みながらパーシュに尋ねると、パーシュは水筒の飲み口から口を離し、フレードの方を向いて頷く。


「勿論。行ける所まで行って隠れ家を探し、もし見つからなかったら今度は南下して南東を調べるつもりだよ」

「ハァ、本当に面倒くせぇなぁ」

「仕方がないだろう、他に方法が無いんだから」


 文句を言うフレードを鋭い目で見つめながらパーシュは少し低めの声を出す。パーシュも効率の良い探し方があるのならその方法を使いたいと思っている。しかし、現状では他に方法が無いため、時間を掛けて探すしかなかった。

 休憩と水分補給を終えると、ユーキたちは水筒を仕舞って立ち上がる。時間を掛けると日が沈んで暗くなってしまい、広い森での探索がますます難しくなってしまうため、あまりのんびりとしていられなかった。


「よし、それじゃあこのまま北に向かって移動するよ。周囲に盗賊やモンスターがいないかしっかり見張るようにな」


 パーシュの指示を聞いたユーキとアイカは無言で頷き、フレードは面倒くさそうな顔をしながら鼻を鳴らした。


「……あら? あれは……」


 出発の準備をしていたアイカは遠くを見て何かに気付き、アイカの声を聞いたユーキたちは一斉にアイカの方を向く。


「どうした、アイカ?」

「あそこ、あの木の根元に何かがあるの」


 アイカが見つけた物を指差し、ユーキたちがアイカが指差す方を見ると、20mほど先に太めの木があり、その木の根元に光る何かがあるのを見つける。目を凝らして見てみると、それは汚れた剣で剣身の半分が地面に突き刺さっていた。


「あれは剣、ですね?」

「ああ、見た目からしてかなり安物の剣みてぇだな」

「どうして剣があんな所に?」

「さあな。使えなくなって捨てたもんなのか、それとも盗賊か冒険者が何らかの目印に刺した物なのか……」


 フレードは腕う組みながら剣を見つめ、ユーキも真剣な顔で剣を見つめる。落ちているのならまだしも、森の中で剣が木の根元に刺さっているのはどう考えても不自然だった。間違い無く、何か意味があるのだとユーキたちは感じていた。


「とりあえず、行って調べてみよう。近くに盗賊やモンスターがいるかもしれないから警戒していくよ?」

「お前に言われなくても分かってらぁ」


 忠告するパージュにフレードは喧嘩を売るように返事をし、パーシュはそんなフレードを軽く睨んでから剣の方は歩き出す。先に行くパーシュの後をフレードは無言でついて行き、残されたユーキとアイカも警戒しながら二人の後を追う。

 木の数m手前までやって来たユーキたちは一度立ち止まって周囲を確認する。木の周りには姿勢を低くすれば身を隠せるほどの草むらや茂みがあり、ユーキたちは周囲に生き物の気配がないかを警戒した。

 周りに誰もいないことを確認すると、ユーキたちは改めて刺さっている剣を確認する。剣は柄や鍔の部分が汚れており、刃にも小さな刃こぼれが幾つもあった。どう見ても戦いに使えそうな物ではなかった。


「ボロボロですね。きっと長いこと使われていて、使えなくなったので此処に残したのでしょう」


 アイカは剣の状態から誰かが捨てたのだと考え、ユーキたちも現状から誰かが残したと考える。だが、誰かが目印として置いていった可能性もあり、盗賊と冒険者のどちらが残したのかは分からないため、詳しく調べる必要があった。


「剣が刺さってるだけじゃ、誰が何のために残したのか分からない。一応、手に取って調べた方がいいかもね」


 パーシュは刺さっている剣を抜くために草むらの中を通って木の方へ歩き出す。アイカとフレードもパーシュに続いて草むらを進んでいく。


「ちょっと待った!」


 ユーキが真剣な表情を浮かべてアイカたちを止め、力の入ったユーキの声を聞いたアイカたちは立ち止まってユーキの方を向いた。


「どうしたの、ユーキ?」


 アイカが不思議そうにユーキを見ていると、ユーキは月下を抜いて切っ先を足元に向け、草むらの中を探るようにしながらゆっくりと剣の方へ進んでいく。アイカたちは変わった動きをしながら先に行くユーキを無言で見つめている。

 ユーキは慎重に草むらの中を進み、もう少しで草むらから出る所まで来た。すると、月下の切っ先に何かが触れたのを感じ取り、ユーキは足を止めてその場にしゃがみ込んで草むらをゆっくりと掻き分ける。すると、草むらの中で横に伸びている一本の細長い蔓を見つけた。

 蔓を見たユーキは目を鋭くし、周囲や頭上を見回す。アイカたちは突然しゃがんだと思ったら今度は周囲を見回すユーキを見て、「何をやっているんだ」と言いたそうな顔をする。


「おい、ルナパレス。お前さっきから何をやってん……」


 ユーキの行動が理解できないフレードは若干不満そうな顔をしながらユーキに近づこうとする。すると、ユーキは上を向いたまま左手をフレードに向けて伸ばし、無言で止まるよう指示を出した。

 フレードはユーキの手を見て思わず立ち止まり、ユーキはフレードが立ち止まったのを確認すると立ち上がって後ろに一歩下がり、月下で草むらの中に隠れていた蔓を素早く切る。その直後、頭上から縄で吊るされ大きな丸太が振り子のように振って来てユーキたちの前を勢いよく通過した。

 目の前を通過した丸太にアイカたちは目を見開いて驚く。ユーキは目の前で大きく左右に揺れる丸太を鋭い目で睨み付けた。


「……やっぱり罠が仕掛けてあったか」


 自分の予想が当たり、ユーキは低めの声を出して呟く。もし蔓に気付かずに剣に近づいていたらアイカたちは丸太の直撃を受けて重傷を負っていた。ユーキはアイカたちが罠に掛からずに済んだことに安心し、罠を仕掛けた者に対して不快感を感じる。


「ユ、ユーキ、これは……」

「恐らく盗賊たちが仕掛けた物だろう。剣を取ろうと近づいた瞬間に作動して丸太が襲って来る仕掛けさ。木の周りに草むらがあったからもしかしてと思って調べてみたら、やっぱり仕掛けてあった」


 ユーキの説明を聞いたアイカは驚愕し、パーシュとフレードも罠を目にして不愉快そうな表情を浮かべる。

 パーシュとフレードは上級生で戦闘能力は高いが、罠や複雑な仕掛けに関してはあまり詳しくない。そのため、罠を仕掛けた盗賊だけでなく、罠に気付けなかった自分に対して悔しさを感じていた。

 丸太の揺れは次第に小さくなり、丸太がハッキリと見えるようになってきた。丸太には僅かに赤黒いシミのような物が付いており、ユーキたちはそれが乾いた血であることにすぐに気付く。


「丸太に血が……」

「恐らく、あたしらよりも先に依頼を受けた冒険者もコイツに掛かってやられたんだろうね」


 今まで依頼を引き受けてきた冒険者たちの中に罠に掛かって命を落とした者がいると知ったユーキたちは今いる場所がとても危険な場所だと再認識し、より警戒して探索するべきだと考えた。

 ユーキたちは丸太が完全に止まると他に罠が仕掛けられていないか注意しながら草むらを進んで木に近づき、フレードが刺さっている剣を抜いて調べる。剣には汚れと錆び、刃こぼれ以外に目印のようなものは無い。


「何も変わったところはねぇな」

「多分、これは敵を罠に誘い込むために置かれた剣でしょうね」

「チッ、ただの囮かよ」


 フレードは不愉快そうな顔をしながら剣を投げ捨て、ユーキも何も情報を得らることができなかったため、つまらなそうな表情を浮かべた。


「……どうします、パーシュ先輩? 結局何も盗賊たちの手掛かりを得られませんでしたが……」


 アイカがパーシュにこの後のことを尋ねると、パーシュは腕を組んでしばらく考え込んでから視線を止まっている丸太に向けた。


「此処に罠が仕掛けられてるってことは、盗賊どもは罠の状態を確認するためによく此処に来るってことになる。と言うことは、今もこの近くに盗賊がいるかもしれないってことだ」

「確かに……」


 敵が自分たちの近くにいると聞かされたアイカは思わず周囲を見回して盗賊がいないか確かめる。幸い今は近くに盗賊の姿は無い。


「隠れ家も手掛かりも見つからない以上、地道に探していこうと思ってたけど、近くに盗賊がいるかもしれないならソイツらを見つけて隠れ家まで案内してもらえばいい」

「はあ? 何言ってんだお前は。盗賊どもが敵である俺らを隠れ家まで案内するはずがねぇだろう」


 フレードの言葉を聞いてアイカも複雑そうな顔をしながらパーシュを見る。確かにフレードの言うとおり、敵に自分たちの拠点を教える者などいるはずがない。

 聞いても答えるはずがなく、仮に案内されたとしても全く違う場所に案内される可能性が高かった。それどころが、仲間が集まっている所に連れて行かれて包囲されるかもしれない。ある意味で敵に案内させるのは危険な行為と言える。勿論、パーシュもそのことは理解していた。


「そんなことは分かってるよ。あたしだって盗賊たちが素直に連れて行ってくれるとは思ってないさ」

「じゃあどうやって案内させるんだ? 拷問でもするつもりか?」

「あたしはアンタみたいに野蛮なやり方はしないよ」


 フレードに言い返したパーシュは足元を見回し、落ちている小石を二つ拾い上げる。パーシュは右手の中にある小石を見て小さく笑いながら手を握った。すると、パーシュの右手の甲に入っている混沌紋が薄っすらと光り出し、ユーキたちはパーシュが混沌術カオスペルを発動させたことを知って軽く目を見開く。

 パーシュは持っている二つの小石を真上に向かって投げた。小石は数mの高さまで上がっていき、パーシュは小石を見上げながら何かを念じる。すると、二つの小石は軽く爆発するのと同時に高い音を立て、その音は静かな森の中に大きく響いた。

 爆発した小石は細かくなってユーキたちの頭上から降り注ぎ、降って来た小石にパーシュ以外の三人は思わず目を閉じる。すると、パーシュはその場を移動し、近くにある茂みの中に隠れた。


「早く隠れな、今の音を聞いて近くにいる盗賊たちが様子を見に来るはずだよ」


 突然隠れるよう指示され、ユーキとアイカは戸惑いを見せるが、フレードはパーシュの指示に従った素早く近くの茂みに身を隠し、それを見た二人もとりあえず言われたとおり隠れることにした。

 ユーキとアイカはパーシュが隠れている茂みの近くにある別の茂みに身を隠し、隠れた四人は見つからないように気配を消す。すると、遠くから足音が聞こえ、ユーキたちは剣が刺さっていた場所に注目する。

 その数秒後、革製の鎧を身に付けた長袖と長ズボン姿のガラの悪い男が二人現れる。その手には剣と手斧が握られており、ユーキたちは現れた二人が探していた盗賊、血を吸う天使のメンバーだと考えた。


「何だこりゃ? 罠が作動してるぞ?」

「デカい音が聞こえたから何かあったかと思って来てみれば、さっきのは罠が作動する音だったのか?」


 盗賊たちは吊るされている丸太を見ながら何があったのか予想し、丸太を見た後に周囲を見回して誰かがいないが調べた。

 先程の小石の爆発は盗賊たちをおびき寄せるためのもので、ユーキとアイカはパーシュの狙いに気付いて感心する。勿論、小石の爆発はパーシュの混沌術カオスペルによるものだということにも気付いていた。

 盗賊たちはユーキたちが隠れていることに気付かずに周囲を警戒し続ける。だが、誰もいないと感じた盗賊たちは警戒を解き、再び丸太に視線を向けた。


「何らかの拍子に罠が作動したとしても、あの音は何だったんだ?」

「分からねぇ。だけど、こうして罠が作動してるってことは誰かが罠に引っかかったんだろう。囮として置いておいた剣も無くなってるしな」

「だが、何処にも罠に掛かった奴の死体はねぇぞ?」


 手斧を持った盗賊が丸太の周りを見て罠に掛かったと思われる存在を探すが、死体は愚か、血なども一切見当たらない。盗賊は罠は作動したが掛かった存在は無事だと考える。


「死体がないとすると、相手まだ生きてるかもしれねぇな。もしかすると人間じゃないかもしれねぇ」

「もしかして、ヒポラングか?」

「分からねぇ……まぁ何にせよ、近くに何かがいるってことは確かだ。念のために調べてみる必要がありそうだ」

「なら、早速この辺りを調べてみるか」

「いや、一度アジトに戻った方がいいな。俺ら二人だけじゃ調べるのは大変だ。この作動しちまった罠も再設置する必要があるし三、四人呼んで来ようぜ」


 現状から人手が足りないと感じた剣を持った盗賊は隠れ家に戻ることにし、手斧を持った盗賊もそれがいいと考え、無言で頷く。隠れていたユーキたちは盗賊たちが隠れ家に向かうと知って目元を僅かに動かした。

 盗賊たちは隠れているユーキたちの存在に気付かず、背を向けて歩き出す。盗賊たちが離れて小さくなると茂みに隠れていたユーキたちが姿を現した。


「上手くいったね。あとはアイツらのあとを気付かれないようについて行けば隠れ家に辿り着けるってわけさ」

「成る程、案内してもらうというのはこういうことですか」


 パーシュの狙いを知ったアイカは納得し、ユーキとフレードも真剣な顔で遠くにいる盗賊たちを見つめた。

 盗賊たちを捕らえて案内させれば、まったく違う場所に連れて来られたり、罠にはめられる可能性がある。しかし、敵の存在に気付かずに隠れ家に戻っていく盗賊の後を追えば確実に目的地にたどり着くことが可能だ。敵に存在を気付かれることなく隠れ家に辿り着くことができる良い作戦だとアイカは感じていた。


「それじゃあ、連中の後を追うとしようかね。気付かれたら元も子もないから、一定の距離を空けて静かに後を追うよ?」

「んなこと分かってらぁ」


 フレードはパーシュの指示に対して鬱陶しそうな顔をしながら歩き出し、パーシュはフレードの背中を見てムッとしながら後を追う。

 ユーキとアイカもいよいよ盗賊たちの隠れ家に向かうのだと、警戒をより強くしながら盗賊の尾行を開始した。


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