第一話 転生
小鳥の鳴き声が響く森、木の木の間からは青空が見え、優しい風が枝を揺らしている。静かでとても心が安らぐ場所と言えた。
「……う~ん」
大きな木の根元で仰向けになっていた勇樹は目を覚まし、視界に映る木と青空を目にする。先程までフェスティと共に転生空間にいたはずなのに気付いたら見知らぬところにいたので少し驚いていた。
「……どうやら、無事に転生できたようだ……ん?」
転生が成功したことを確認していた勇樹はある違和感を感じて勢いよく起き上がって自分の喉元に手を当てる。
「何だ? 声が高くなっているような気が……んんっ!?」
勇樹は自分の声が転生空間にいた時と違うことに気付き、もう一度声を出して確認するが、やはり自分の口から高い声が出ており、勇樹は目を見開いて驚く。
転生したことで声に何か異常が出たのかと思い、勇樹は驚きながら自分の体を確認する。格好はトラックにはねられる前と同じ服とズボンだったが、明らかに違うところがあった。
「……何だか俺の体、少し小さくなっているような気が……」
声だけでなく、体にまで変化があることに気付いた勇樹は混乱し始める。自分の身にいったい何が起きたのか、状況が理解できない勇樹は体や顔を触りながら周囲を見回す。すると、少し離れた所に小さな川があるのを見つけ、勇樹は立ち上がって川に駆け寄り、水面の反射を利用して自分の顔を確認した。
水面を覗き込むと、そこには銀色のショートヘアにくの字のアホ毛を生やし、青い目をした十歳ぐらいの児童の顔があった。水面に映る顔を見た勇樹は驚いてまばたきをし、それと同時に水面に映る児童もまばたきをする。
勇樹は水面の顔が自分と同じ動きをしているのを見て思わず乗り出している体を後ろに下げる。まばたきをしたのを見て嫌な予感がした勇樹はもう一度体を前に出して水面を覗き込む。水面には先程の銀髪の児童の顔が映っていた。
「ま、まさか……これが、俺の顔……?」
目を疑う勇樹は自分の顔を両手で触る。水面の顔も自分と同じように顔を両手で触り、それを見た勇樹は本当に自分の顔が児童の顔に、いや、自分が十歳ぐらいの児童になっていることに気付いた。
「……何だよこれ~~~~っ!!?」
上を向きながら勇樹は腹の底から声を上げる。静かな森の中には声変わりする前の児童の声だけが響いた。
――――――
何とか落ち着きを取り戻した勇樹はその場に座り込んで自分の身に何が起きたのか確認することにした。なぜ自分が銀髪の児童の姿になってしまったのか、勇樹は俯きながら考える。
「フェスティさんは俺が特典を得て剣の才能を生かせる世界に転移させると言ってたけど、姿が変わることは何にも言っていなかったぞ? どうして俺はこんなちっちゃい子供の姿になっちまってるんだ?」
勇樹は胡坐をかきながらフェスティと出会った時からここまでの流れ、フェスティとの会話の内容を一つずつ思い出す。しかし、いくら考えても答えが見つからず、勇樹は頭を掻きながら険しい表情を浮かべる。
「クッソォ~、本当に何が起きたんだ……まさか、何かが原因で転生に失敗し、訳の分からない世界に飛ばされたんじゃないだろうな? だから俺もこんな姿に……」
折角転生したのに自分の才能を生かせない世界に飛ばされてしまったかもしれない。最悪の状況を想像し、勇樹は僅かに顔を青くする。
勇樹は焦りを感じながら周囲を見回す。すると、自分が倒れていた場所に何かが落ちているのが見え、勇樹は立ち上がって倒れていた場所に戻った。
倒れていた場所にやって来ると、木の根元に見慣れた物が置いてある。金色の月と雲が描かれた黒い鞘に納められた喰出鍔の二本の刀、月下と月影だった。
「月下と月影……コイツらがあるってことは特典で願ったことは叶ってるってことになるな」
大切な刀を見て特典の方は問題無いと知って勇樹はホッとする。しかし、まだ自分の姿が変わってしまった理由と今いる場所が剣の才能を行かせる世界なのかが分からないため、安心することはできなかった。
月下と月影におかしなところは無いか調べるために勇樹が二本を手に取ろうとすると、一つの封筒が視界に入り、勇樹は愛刀を取るのを止めて封筒を拾った。
封筒を取った勇樹は不思議そうに裏表を確認する。すると、封筒の裏側の隅っこに小さく日本語で“フェスティより”と書かれてあるのを見つけ、差出人がフェスティからだと知った勇樹は中身を確認した。
中には一枚の手紙が入っており、そこには綺麗な字でフェスティからのメッセージが書かれてあった。
ハァ~イ、勇樹君。この手紙を読んでるってことは、無事に転生できたってことね? とりあえずは転生おめでとう。
さて、早速だけど貴方に伝え忘れたことがあるので、そのことを説明するわね。まず、目を覚ましたら姿が違っていたから驚いたんじゃないかしら? でも安心してね、それは転生の失敗でも何でもないの。
実は神恵の儀を受けた子は以前と全く違う姿になって転生することになっているの。転生前は可愛い女子高生だった子が転生したらカッコいい男の子になってたり、十二歳の男の子が生まれたばかりの赤ちゃんになっちゃうかもしれないのよ。だから、勇樹君が前と違う姿になっていても転生に失敗した訳じゃないから安心してね。因みに転生する前より歳を取った姿にはならないから大丈夫よ。
次に貴方が特典で転生先に持って行きたいって言っていた月下と月影だけど、貴方がどんな姿になっても上手く扱えるように少し手を加えておいたわ。
その二本の刀は触れた人の体に合わせて大きさが分かるようになっているの。だから、もし勇樹君が以前より大きな体や小さな体で転生しても、その体で上手く扱えるような大きさが変わるから安心してね。
ちゃんと貴方の剣の才能を生かせる世界に転移させてあるし、貴方自身の身体能力の強化と月下と月影が絶対壊れないようにしてほしいっていう特典もちゃんと叶っているから大丈夫よ。
あと、その世界での生活に困らないようにその世界の文字は理解できるようになっているわ。だから、文章の読み書きも問題無くできるわよ。あ、これは神恵の儀を受けた子全員に与えられるおまけみたいなものだから気にしないでね。
以上で転生空間で伝え忘れちゃったことの説明を終了します。私は貴方がその世界でどんな風に生きていくのか、たまに見物させてもらうから。それじゃあ、頑張ってねぇ~。
手紙の内容全て黙読し終えた勇樹は自分の姿が変わっているのが転生に失敗したからではないと知ってとりあえず安心する。だが、同時に大事なことは前もって伝えておけ、と心の中で苛立ちを感じており、ジト目をしながら不機嫌そうな表情を浮かべた。
フェスティのいい加減さに腹を立てながら勇樹は手紙を封筒にしまう。すると、手紙を封筒に入れた途端に封筒は水色の光となって消滅する。どうやら読み終わると自動的に消滅するようだ。
封筒が消えたのを見届けた勇樹は落ちている月下と月影に視線を向ける。どちらも黒い鞘に納められた打刀だが、鞘に描かれている絵に若干の違いがある。月下の方は月の下に雲がある絵で、月影の方は満月が雲に隠れている絵だった。
勇樹は右手で月下を、左手で月影を手に取る。すると、月下と月影が突然水色に光り出して見る見る小さくなっていく。そして、児童姿の勇樹が扱うのに丁度いい位の大きさにまで小さくなると光が消える。
「へぇ~、本当に今の俺にピッタリの大きさになっちまった」
大きさの変わった月下と月影を見て勇樹は意外そうな顔をする。大きさが変わる前の月下と月影は今の勇樹が持つには大きすぎ、手に取れば大人が大太刀を持つような状態になってしまう。だが、今の大きさなら大人が普通の打刀を持つような状態になっているので勇樹にはとても扱いやすい大きさだった。
勇樹は大きさが変わった月下と月影を腰に差そうとする。だが、今の勇樹の恰好では月下と月影を腰に差すことはできないため、勇樹は何か腰に巻く物は無いか周囲を見回す。
辺りを探していると、近くの木に少し太めの蔓が巻きついており、勇樹は蔓を引きちぎってそれを腰に巻いてベルトの代わりにする。蔓を巻くと、腰と蔓の間に月下と月影を差し、侍が日本刀を佩するような姿になった。
「よし、これで持ち運びしやすくなったし、何か起きればすぐに抜刀できる。……念のため、ちゃんと振れるか確かめてみるか」
勇樹は右手で月下、左手で月影を抜き、刀の重さ、握り心地、感覚などを確認する。両手の刀は意外と軽く、しっくりと来る握り心地だった。重さと握り心地に問題が無いことを確認すると、勇樹は二本を交互に素早く振って素振りをする。
昔、一度だけ祖父の許可を得て月下と月影を持たせてもらったのだが、重さや感覚はその時と同じだったため、月下と月影は昔と何も変わっていない勇樹は感じた。素振りが終わり、武器として使えることを確認した勇樹は静かに二本を鞘に納める。
「……よし、これなら大丈夫だな」
剣士として実力を発揮できると知った勇樹は改めて周囲を確認する。周りはとても静かで自分以外の生き物の気配は感じられない。自分にとって未知の世界で生き物がいない場所のいると言うのはある意味で気味の悪いことだと言える。
「そう言えば、この世界にはモンスターとかがいるってフェスティさんは言ってたな。もしモンスターと遭遇したらコイツらを使って戦わないといけないってことだよな」
佩してある月下と月影の柄の頭に手を乗せながら勇樹は呟く。今、自分がいる世界は転生前に住んでいた世界とは違って平和な世界ではない。モンスターという危険な生物と遭遇し、下手をすれば殺されるかもしれない危険な世界だった。
「此処は地球と違う、常に死と隣り合わせと言ってもいい世界なんだ。前の世界にいた時と同じ感覚でいたらすぐに殺されちまう。今の内にしっかりと気持ちを切り替えておかないといけないな……」
何時までも平和な世界に住む高校生のままではいられない、もう自分は地球とは違う異世界の人間なのだから、一人の剣士として物事を考えないといけないと自分に言い聞かせ、勇樹は真剣な表情を浮かべる。
勇樹は異世界の人間として生きていくことを改めて決意し、もう一度周囲を見回してこれからどうするか考える。いくら無事に転生できても森の中にいつまでも一人でいるわけにはいかなかった。
「さ~て……いつまでも此処で突っ立てるわけにもいかないし、とりあえずは森から出ないとな。今後どうするかはそのあと決めればいいや」
何かをするにしてもまずは人に会って情報を集めることが重要だと判断した勇樹はとりあえず移動することにした。しかし、周りは似たような風景が広がっているため、どっちに進めばいいのか分からない。
「全部似たような風景だからどっちに進めばいいか分かんねぇなぁ。此処からだと太陽も見えないから方角もサッパリだし……ハァ、仕方ない。とりあえず真っすぐ進むか」
考えてもいい案が浮かばないため、勇樹は適当に歩いてみることにした。転生した児童剣士は森を抜けるため、人と出会うために一人で森の中を移動する。
――――――
でこぼこした足場に注意しながら勇樹は一人森の中を歩き続ける。森の中は相変わらず鳥の鳴き声が聞こえるだけの静かな空間だった。
「クソォ~、歩いても歩いても木や岩ばっかりじゃないかぁ……」
情けない声で愚痴をこぼしながら勇樹は真っすぐ歩いて行く。歩き始めて既にニ十分ほど経っているが、森から出られるどころか生き物にすら遭遇していない。同じ風景が続く森を歩き続けているせいか、勇樹の顔にも徐々に疲れが出始めていた。
森の中は似たような風景が広がっているため、長いこと歩いていれば方向感覚が狂ってしまう。勇樹は自分も方向感覚がおかしくなって迷ってしまったのではと最悪の状況を予想する。
迷ってしまったのなら最初に目を覚ました場所に戻るべきだが、既にニ十分近く歩いているため、どの道を通ってきたのか分からなくなっており、戻ることはできない。何より、最初に目を覚ました場所が森の何処なのかも分かっていないため、戻ったところで上手く森を抜け出せる保証は無かった。
戻っても何も分からないのなら、このまま戻らずに移動し続けた方がいいと勇樹は考え、前を向いたまま歩き続けた。
「こんなことだったら、特典の一つをこういった時に役に立つものにしとくべきだった」
特典の選択を間違えたのではと後悔する勇樹だったが時すでに遅し、現実を受け入れて歩き続けた。
しばらく歩き、勇樹は上り坂の前に辿り着いた。通常の十歳児には少々しんどい坂かもしれないが、勇樹の場合は体は児童でも身体能力は転生前よりも高めの状態なので何の問題も無い。勇樹は楽々と坂道を上っていく。
「一番上まで上がれば周囲がどうなってるか確認できるはずだ。そこからどっちに進むか決めよう」
運が良ければ森の出口がある方角が分かるかもしれない、小さな希望を胸に勇樹は上り続ける。そして、坂道の一番上までやって来ると深呼吸をした。
「さてと、一番上に着いたわけだし、早速周囲の確認を……」
勇樹は前を見ながら一歩前に出る。だが、右足を出した瞬間、勇樹は足が滑らせてしまい、目の前にある下り坂をもの凄い勢いで滑り落ちてしまう。
「のわあああぁっ!?」
突然の出来事に勇樹は驚きの声を上げながら坂を滑っていく。何とか体勢を立て直すとするが、坂を滑っている最中なので止まることができない。倒れて転がり落ちないようにバランスを保とうとするが、思うように動くこともできず、滑りながらバタバタと両腕と両足を動かすことしかできなかった。
高い所から勢いよく滑り落ちたため、速度は徐々に上昇していき、下手に動けばバランスを崩して倒れてしまうような状態だった。勇樹は倒れないように気を付けながら滑り続け、気付いた時にはかなり下まで移動していた。
これなら一番下まで倒れることなく移動して止まることができると勇樹は安心する。ところが、滑る先にある石に足が引っかかり、その反動で勢いよく前で飛ばされてしまう。
「だあああぁっ、待て待て待てぇ~!」
勇樹は叫び声を上げながら飛ばされ、そのまま地面に叩きつけられた。俯せの状態で倒れる勇樹は顔面や体の痛みに小さく声を漏らし、痛みが引くと土や草が付いている顔を上げる。
「イッテテテテ、古いギャク漫画みたいになっちまった。まったく、転生して早々酷い目に遭っちま……ん?」
文句を言いながら前を見ると勇樹は何かに気付いて口を閉じる。勇樹の視線の先には少し離れた位置からこちらを睨み一体の獣の姿があった。その獣は黒い毛をした狼のような姿をしており、大型犬と同じくらいの大きさをしている。
狼のような獣は勇樹を睨みながら唸り声を上げており、その様子からは明らかな敵意が感じられた。勇樹は睨んでくる獣を見ながらゆっくりと立ち上がり、顔や服に付いている土や草を払い落とす。
「何だコイツ? スゲェ怖い顔をしてこっちを睨んでるな……」
勇樹は獣を見ながらそっと左手を腰の月下と月影の鞘に当てる。すると、勇樹の右斜め前と左斜め前にある茂みから更に二体、同じ獣が姿を現して正面にいる獣と同じように勇樹を睨みながら唸り声を出す。
新たに現れた二体を見て、勇樹は自分が獣たちの縄張りに入ってしまい、獣たちが自分を襲おうとしていると気付いて面倒そうな顔をする。
「……まさかコイツらと戦えっての?」
勇樹は現状を確認するかのように呟きながら視線を動かして獣たちの位置を確認する。獣たちは唸り声を上げたまま一歩ずつ勇樹に近づいて距離を縮めていく。勇樹は獣たちの様子から戦うしかないと考え、両手で月下と月影を抜いた。
右手で月下を、左手で月影を握りながら勇樹は表情を鋭くし、両手を前に出して顔と同じ高さに持ってくる。右手は左手よりも少し後ろの位置にあり、二本の刀を僅かに右に傾けるという変わった構えを取りながら勇樹は獣たちを睨む。
勇樹が取った構えは月宮新陰流の裏の型の構えの一つである“双月の構え”という構えで他の流派では見ることができない珍しい構えだ。構えを取った勇樹は先程とはまったく違い、一人の剣士のような雰囲気を出していた。
「異世界に来て最初に戦う相手がモンスターでもない狼とはな。だけど、実戦の感覚を知るには丁度いい相手か」
実戦経験の無い状態でいきなりモンスターと戦うことにならずに済んだのはある意味で運がいいと感じ、勇樹は目の前にいる獣たちとの戦いに集中する。モンスターと戦う時に動揺することのないよう、今の内に命を懸けた戦いというものを経験しておこうと勇樹は心の中で自分に言い聞かせた。
勇樹が戦う覚悟を決めた直後、正面にいた獣が勇樹に向かって走り出し、目の前まで近づくと勇気に向かって飛び掛かった。
獣が飛び掛かってくる時、勇樹の目には獣が動きがゆっくりに見え、獣の動きが遅いことに勇樹は目を軽く見開いて驚く。どうやらフェスティからの特典で身体能力が強化されたため、相手の動きを見切る能力も強化されたようだ。
勇樹は迫ってきた獣を見ながら素早く中腰になり、前に出していた両手を付かず離れずの状態で動かして自分の右側まで移動させ、月下と月影も右に倒して横構えの状態にする。
構えを変えた勇樹は自分から見て獣の左側に踏み込むように移動し、同時に横にしていた月下と月影で横切りを放ち、獣の胴体を斬った。月下と月影の刃は獣の体を包丁で野菜を切るかのように簡単に切り裂き、斬られた獣は鳴き声を上げる間もなく息絶えて地面に落ちる。
勇樹が使っている月宮新陰流の裏の型は攻撃に力を入れた殺人刀であるため、自分から攻めて敵を倒す。しかし、裏の型だからと言って殺人刀のみを使う訳ではない。どんな状況でも対応できるよう活人刀も使えるようになっているため、攻めてきた敵や飛び掛かってきた獣を返り討ちにすることも可能なのだ。
仲間が倒された光景を見た他の二体は一瞬驚いたような反応を見せるが、すぐに勇樹を睨み付ける。一方で勇樹は獣を倒すと素早く最初の構えを取って残りの二体を警戒した。
獣たちは横に移動しながら勇樹の動きを窺い、勇樹も構えは崩さずに視線だけを動かして獣たちの位置を確認する。そんな中、勇樹の左側にいる獣が勇樹に向かって走り出し、それに気付いた勇樹は左側の獣の方を向く。
だが、その直後に右側にいたもう一体の獣も勇樹に向かって走り出す。どうやら一体が勇樹の気を引いて、もう一体が隙をついて襲い掛かる作戦のようだ。だが、勇樹はもう一体の獣の行動に気付き、慌てる様子を見せずに対応する。
勇樹は構えを崩すと左側の獣を月影で斬り捨て、素早く月下で右側の獣に横切りを放ち、もう一体の獣も斬った。獣たちは勇樹に傷一つ付けることができないまま倒れ、勇樹は獣たちを倒すと月下と月影を払って刀身に付いている血を払い落とす。
「……フゥ、何とか倒せたな」
軽く息を吐きながら勇樹は倒れている獣たちを見下ろす。もしかするとまだ生きている可能性がるため、警戒しながら月下で獣の体を足で突く。何度か突いて死んだのを確認すると、月下と月影を鞘に納めた。
「静かで居心地のいい森かと思ってたけど、こんなおっかない狼がいるとはな。しかもコイツら、一体がこっちの気を引いている間にもう一体が襲い掛かろうとしやがった。連携を取り、タイミングを計って襲ってくるなんて、普通の狼よりも賢いのか?」
勇樹はしゃがんで目の前にある獣の死体を見つめる。今回は勝つことができたが、もし群れと遭遇したらどうなっていたか、想像した勇樹は軽い寒気を走らせた。
とりあえず危険は去ったので、勇樹は立ち上がって出口探しを再開しようとする。すると、遠くに小さく光が見え、それを見た勇樹は目を見開いた。
「あれ? 小さな光が見えるけど……もしかして、出口か!?」
坂を滑り落ちたことで出口かもしれない場所が見つかり、勇樹は笑みを浮かべる。獣たちと戦うことになってしまったが、実戦の感覚を掴むことができ、森を出られる可能性を得ることができたので勇樹は文句を言うことはなかった。
「まだ出口かどうかは分からないが、行ってみる価値はあるな」
光が何なのかを確かめるため、勇樹は光に向かって移動する。途中で先程のように足を滑らせたり、獣と遭遇しないよう、勇樹は周囲を警戒しながら光の方へ向かった。
長い道を移動し、勇樹は遂に光が見えた場所に辿り着く。そこは探し求めていた森の出口で森の外のは一本の道があった。外に出られることを知った勇樹は笑みを浮かべながら森を飛び出して道の真ん中に立つ。
「よっしゃーっ! やっと森から出られたぁーっ!」
上を向きながら勇樹は歓喜の声を上げる。外も森の中と同じように小さな鳥の鳴き声が聞こえるぐらい静かだった。
森に出た勇樹は早速状況を確認するために周囲を見回す。勇樹が立つ一本道は左右から森に挟まれており、他には目立った物は何もない。空は青く、僅かな雲と太陽が見えた。
「……森の外には何も無いな。建物は愚か、人の姿も無い。ちぇ、森の中にいる時と状況はあまり変わらないな……まぁ、方角が分からなくなる森の中よりはずっとマシか」
人に会ったり、いい情報を得ることはできなかったが、一番の目的である森を抜けることができたのだからいいと勇樹はそれ以上文句を言うのを止めた。寧ろ森から出られたのだから、人に出会ったり町を見つけられる可能性が高くなったはずだ、と前向きに考える。
勇樹は左右を確認して一本道のどっちを進むか考える。道の先には村や町など人が住んでいる場所がある可能性が高い。村や町が無かったとしても、何かしらの建物があるかもしれないし、誰かとすれ違う可能性もあった。
「どっちに進んだ方がいいかねぇ。どっちの方角に何があるか分からない以上、悩んでもしょうがないんだけど……」
どちらを選ぶべきか勇樹が悩んでいると、足元に一本の枝を落ちており、それを見つけた勇樹は枝を拾い上げる。勇樹は拾った枝を地面に立ててそっと手を離す。すると、枝は左に倒れた。
「よし、左にしよう。原始的は方法だが、迷った時はこれがいい」
進む方角が決まると、勇樹は道なりにそっと歩き始めた。
――――――
心地よい風が吹く中、勇樹は長い一本道の真ん中を歩いていく。森を出て歩き始めてから十分ほど経過しているが、町や村は見えず、人とも出会っていない。
予想していた以上に誰とも出会わないことに勇樹は小さなショックを受ける。幸い、長い時間歩いていても疲れず、森にいた時と違って遠くが見えるのでストレスが溜まることも無かった。
「あ~あ、こんな調子じゃ、日が沈む前に町や村を見つけるのは無理そうだな。野宿を覚悟しておいた方が良さそうだ……」
ベッドの上で寝るのは難しいと感じ、勇樹は深く溜め息をつく。もし野宿をすることになったらどのようにして一夜を過ごすか、食べ物はどうやって手に入れるか、勇樹は歩きながら考える。
勇樹が暗い顔をしながら歩いていると背後から音が聞こえ、勇樹は顔を上げて振り返った。自分がやって来た方角から一台の馬車が走ってくるのが見え、それを見た勇樹は目を丸くする。
「馬車、この世界では馬車を移動手段にしているのか。まぁ、モンスターとかが出るファンタジー風の世界なら、馬車があってもおかしくないよな。……いや、そんなことよりも、馬車ってことは、人が乗ってるってことじゃねぇか!」
この世界で初めて人間と遭遇したことに勇樹は笑顔を浮かべた。馬車に乗っている者、もしくは御者に近くに町か村が無いか尋ねれば迷わずに辿り着くことができ、野宿を免れることができる。運が良ければ馬車に乗せてくれるかもしれないので、勇樹はこのチャンスを絶対に逃してはならないと強く思った。
勇樹は近づいてくる馬車の方を向いて大きく手を振る。すると、御者と思われる二十代くらいの男が手を振る勇樹に気付き、御者席のすぐ後ろにある小さな窓から馬車の中を覗き込んだ。
「学園長」
「どうしました?」
御者に声を掛けられ、馬車の中の学園長と呼ばれた男は返事をする。男は五十代前半ぐらいの男で薄い茶色のショートヘアをしており、同じ色のどじょう髭を生やしていた。目は緑色で白や黄色が入っている青い高級感のある服装をしている。その見た目はまるで中世ヨーロッパの貴族のようだった。
「進行方向にこちらに向かって手を振っている者がいます。どうやら子供のようです」
「子供ですか? ……どんな子供です?」
「銀色の髪をした十歳ぐらいの子供です。変わった恰好ををしており、腰には二本の剣を差しております」
「剣を持った子供……他に誰かいますか?」
「いいえ、その子供だけです」
男は人気のない道に幼い子供が一人でいると聞いて意外そうな表情を浮かべる。十歳ぐらいの子供であれば、近くに親か兄弟がいるはずなのに他に誰もいない。しかも変わった恰好をして武器まで持っているのだから不思議で仕方がなかった。
「いかがいたしますか?」
「そうですね……」
腕を組みながら男は考え込む。普通に考えれば、人気のない場所に幼い子供が一人でいれば迷子になっていると考えられるが、武器を持っている子供が迷子という可能性は低い。もしかすると、子供の姿をした盗賊か何かで自分たちを襲うために誘っているのかもしれないと想像する。
しかし、何の確証も無いのに盗賊だと決めつけて無視するのは抵抗があった。もし本当に迷子だったら、迷子の子供を見捨てることになってしまうため、後味の悪い結果になってしまう。男は腕を組みながら難しい顔で考え続ける。
「……停まってください」
悩んだ末、男は馬車を停めるよう御者に指示を出した。
「よろしいのですか?」
「ええ。ただ、何か起きた時のためにすぐに馬を走らせることができる状態にしておいてください」
「分かりました」
指示を受けた御者は手綱を引き、走る馬の速度を落とす。馬車の中の男は前を向きながらその子供がただの迷子であってほしいと願った。
馬車は少しずつ減速し始め、それを見た勇樹は自分に気付いてくれたのだと笑みを浮かべる。しかし、馬車が停まったから大丈夫という訳ではなく、上手く交渉して情報を得るまでは安心できない。上手くいけば馬車に乗ることができるため、勇樹は慎重に話し合った方がいいと考えた。
勇樹の前までやって来た馬車は静かに停車し、御者は勇樹を見下ろす。その表情から御者が勇樹を警戒しているのが分かり、勇樹も児童が一人で馬車を停めたのだから疑われてもおかしくないと心の中で納得していた。しかし、疑われているからと言って何もしないわけにはいかず、とりあえず話をしてみることにした。
「あの、ちょっとお聞きしたいことがあるですが……」
「何かな?」
苦笑いを浮かべながら話しかけてくる勇樹を見つめながら御者は答え、御者が返事をしたことから言葉は通じると知った勇樹は問題無く会話ができると知った。
「この辺りに町か村はありませんか? 旅をしている最中で何処か休める場所を探しているんです」
「旅?」
幼い子供が旅をしていると聞いて御者は意外そうな顔をし、馬車の中にいる男も外から聞こえてくる勇樹の言葉を聞いて同じような反応をした。
男は馬車の扉に付いている小窓を開け、馬車の中から顔を出す。勇樹も馬車の中にいる男に気付いて男の方を向いた。
「君は旅をしているのですか?」
「ええ」
「ご両親は一緒じゃないのですか?」
男は誰か共に旅をしている者はいないのか勇樹に尋ねると、勇樹は小さく目元を動かした後に首を左右に振る。
「俺に家族はいません。皆、死にました」
「何?」
微かに寂しそうな声で語る勇樹を見て男は目を僅かに細くする。勇樹は転生前に両親と死別し、育ててくれた祖父も病死したため、男に対して嘘はついていなかった。
家族のいない児童が一人旅をしているのであれば、人気の無い一本道を歩いていても不思議ではないし、身を護るために武器を所持しているのではと男は考えた。そして、目の前の児童が自分たちに害をもたらす存在ではないのかもしれないと感じ始める。
「それは、悪いことを聞いてしまいましたね」
「いいえ、気にしないでください」
謝罪する男を見ながら勇樹は小さく笑う。男は辛いことを思い出させてしまったのに笑って許す目の前の児童を見て、児童とは思えないくらいしっかりしていると感じた。
「それで、この近くに町か村はあるんでしょうか?」
「町か村、ですか? そうですね……」
改めて尋ねてくる勇樹を見て、男は本題を思い出す。目の前にいる児童は危険な存在ではないと考えた男は自分の知る情報を勇樹に教えようとする。
男が勇樹に情報を提供しようとしたその時、道の左側の森から一本の木が倒れて馬車の進路を塞いでしまう。突然倒れた木に勇樹や馬車の中にいる男、御者は驚いて全員が倒れた木に注目した。
「な、何だ!? どうして木が……」
「よっしゃぁっ! 上手く道を塞げたぜ!」
御者が倒れた木に驚いていると何処からか男の声が聞こえてくる。勇樹たちが周囲を見回していると、道の左側の森からみすぼらしい恰好をしたガラの悪い男が二人、右側の森から同じような男が二人現れて倒れている木と馬車の間に移動した。更に馬車の後方にも同じような姿の男が二人現れ、馬車のすぐ後ろに移動して馬車を挟んだ。
現れた六人の男は全員が三十代で人相の悪い顔をしており、手には剣や手斧を持ち、ボロボロの革鎧を身に付けている。勇樹は現状と男たちの姿から、自分たちを取り囲んでいる連中が盗賊だとすぐに気付いた。
(おい、待ってくれよぉ。折角情報を得られると思ってたのに、何で次から次へと問題が起きるんだぁ~!)
森で獣に襲われたと思ったら、今度は盗賊の襲撃に遭うという状況に勇樹は面倒そうな顔をしながら心の中で叫んだ。