第百九十八話 集まった戦友たち
メルディエズ学園の正門前には大勢の生徒が集まっており、全員が剣や槍、弓矢、杖など様々な武器を持っている。
ワンショウの依頼に参加するために集められた生徒たちで全部で五十人おり、近くには数台の荷馬車が停められていた。
集まっている生徒たちはカムネスとロギュンが急いで集めた者たちで、ベーゼを討伐すること以外、詳しい依頼の内容を聞かされていない。そのため、何処へ向かい、どれだけのベーゼと戦うのか分からず、隣にいる友人と依頼について話し合ったりしている。その中にはユーキとアイカ、パーシュの姿もあり、周りの生徒たちを見回していた。
「こんなに集まったのか」
ユーキは周りの生徒たちを見ながら意外そうな顔をし、アイカとパーシュも同じように周りを見ている。
大勢の生徒が集まったことにも驚いたが、それ以上に短い時間で生徒たちを集めたカムネスとロギュンにユーキは驚いていた。
学園長室を出た後、ユーキとアイカ、パーシュは依頼の準備をするために寮に行き、カムネスとロギュンも依頼に参加する生徒を集めに向かった。
ガロデスから受け取った依頼書には参加する生徒は最低でも四十人は用意してほしいと書かれてあり、参加人数を知ったカムネスとロギュンは時間内に生徒を集めるためにすぐに行動に移った。
普通なら依頼を引き受けた直後に四十人以上の生徒、それも二時間以内に集めるなど困難だと思われる。だが、カムネスとロギュンは持ち前の頭脳と生徒会を使って効率よく依頼に参加できる生徒を集め、結果一時間で五十人の生徒を集めることに成功した。
まだ時間に余裕があるため、もう少し生徒を集めることも可能なのだが、あまり多くの生徒を集めると別の依頼に生徒を回せなくなるため、カムネスとロギュンはそれ以上生徒を集めなかった。
ユーキは集まっている生徒たちを見ながら、短時間で準備を済ませたカムネスとロギュンに感服する。しかもカムネスとロギュンは生徒を集めるだけでなく、移動手段である荷馬車や支給されるポーションなどの用意も済ませているため、ユーキは改めて二人の優秀だと感じていた。
「さっき生徒会の奴から聞いたんだけど、今回集まった生徒の殆どがベーゼとの戦闘経験が豊富な連中ばかりらしいよ」
「ほぼ全員が……それなら、余程不利な条件でない限り負けることはありませんね」
パーシュから話を聞かされたアイカは生徒たちを見ながら心強く思う。
ベーゼと戦うことに慣れている生徒と言うことは全員が中級生の中でも優秀な存在と言うことになる。五十人の生徒の戦力はラステクト王国軍の兵士百人分の戦力と同等であるため、アイカが心強く思うのも無理は無かった。ただ、今回はユーキたち混沌士も含まれているため、実際はもっと高い戦力と言えるだろう。
ユーキは共に依頼を受ける生徒の中にどんな人物がいるのか周囲を見ながら確かめる。そんな時、ユーキの背後から少女の声が聞こえてきた。
「ユーキ君、貴方も参加してましたのね~!」
聞き覚えのある声を聞いたユーキは振り返り、アイカとパーシュも同じ方を向く。
ユーキたちの視線の先には黄色い目を持ち、薄い橙色の右サイドテールにピンクのリボンを付けたハーフエルフの女子生徒、ミスチア・チアーフルが片刃のウォーアックスを右肩に掛けながら歩いて来る姿があった。
「ミスチア、君も参加してたのか」
「ええ、緊急の依頼が入ったから参加するようにと副会長から要請がありましたので」
ミスチアはユーキの前までやって来ると笑みを浮かべながらユーキに顔を近づけ、ユーキはミスチアを見て軽く目を見開く。
「久しぶりにユーキ君と同じ依頼に参加できて嬉しいですわ。最近は学園内で顔を合わせることはあっても、一緒に依頼を受けることはありませんでしたから」
「い、依頼に同行する生徒を探している時には、もう君は別の依頼を受けて学園にいなかったから誘えなかったんだよ。ごめんな?」
「あら、私は別に一緒に依頼を受けられないことに不満を懐いてるわけではありませんわよ? ただ、たまには一緒にお喋りとかもしたいなぁ~って思ってるだけですわ」
微笑みながら自分の気持ちを素直に伝えるミスチアを見てユーキは若干引いたような苦笑いを浮かべる。ミスチアは相変わらずユーキに対して好意的な感情を懐いているようだ。
「ユーキ君、今度時間がありましたら、一緒にお茶でもどうですか?」
「そ、そうだな、機会があれば……」
「キャアーー、嬉しいですわ。その時を楽しみにしていますわぁ!」
子供のようにはしゃぎながらミスチアは左手でユーキを抱き寄せる。ユーキの顔はミスチアに胸に押し付けられ、突然の出来事にユーキは驚きながら顔を僅かに赤く染めた。
ミスチアに抱き寄せられるユーキを見てパーシュはニヤニヤと楽しそうな表情を浮かべている。一方でアイカは二人を見ながら僅かに不満そうな顔をしていた。
以前からミスチアがユーキに好意的なことはアイカも分かっている。だがそれでも想い人であるユーキが自分以外の女性、それも好意的な感情を懐く者に抱きしめられるのを見ると不快な気分になってしまう。
「……ミスチアさん、ユーキが苦しそうにしてます。彼を放していただけませんか?」
不愉快そうな顔をするアイカはゆっくりとユーキとミスチアに近づいて声を掛ける。アイカの声を聞いたミスチアはアイカの方を向き、ユーキも抱きしめられたまま視線をアイカに向けた。
「あら、ごめんなさい。久しぶりにユーキ君と一緒に依頼を受けることが嬉しくてつい抱きついちゃいましたわ」
笑いながらアイカを見るミスチアはユーキを解放する。自由になったユーキは一歩下がると頬を染めたまま深呼吸をして乱れた制服を直した。
ユーキが解放されたのを確認したアイカはチラッとミスチアの方を向く。ミスチアは笑みを浮かべたまま不機嫌そうな顔をするアイカを見ている。
「できれば必要以上にユーキに抱きつくのは控えていただきたいのですが」
「あら、軽いスキンシップですわよ? それにユーキ君だって嫌がってませんでしたし、問題無いと思いますが?」
言い返すミスチアを見てアイカは目元をピクリと動かし、ミスチアも表情を崩さずにアイカを見つめる。一見冷静に話し合っているように見えるが二人はバチバチと見えない火花を散らせていた。
「ユーキは私と交際しているのです。目の前で好きな男性が他の女性に抱きつかれると気分が悪くなります」
「私は別に貴女からユーキ君を奪おうなんて思っていませんわ。少しだけ大胆に接しているだけ。……ただ恋人が抱きつかれたくらいで嫉妬するようでは、女性として器が小さいと思われますわよ?」
「私はそこまで立派な女ではありませんので……」
アイカとミスチアはお互いに一歩も引かずに言いたいことを言う。その光景を見ていたユーキは言い合うアイカとミスチアから恐怖のようなものを感じていた。
ユーキがアイカとミスチアを見ているとパーシュがユーキの隣までやって来て、肘で軽くユーキの腕を突いた。
「モテる男も大変だねぇ?」
笑いながらからかうパーシュを見たユーキは深い溜め息をつき、パーシュはユーキの反応を見ると楽しそうに笑った。
その後、パーシュがアイカとミスチアを止めに入ったことで二人も言い合いをやめた。
言い合いをやめる際にアイカは若干悔しそうな顔をしており、ミスチアは悪戯っぽく笑っていた。パーシュも二人の顔を見て面白いと思ったのかニヤニヤと笑みを浮かべた。
アイカとミスチアの問題が片付いてユーキは少しだけ気を楽にする。その直後、今度は新たに男子生徒と女子生徒がユーキに近づいて来た。
「やっぱり、ユーキ君だったのね」
「ん?」
女子生徒に名前を呼ばれたユーキは声が聞こえた方を向く。そこには茶色いショートボブヘアに山吹色の目を持ち、髪に黄色いヘアピンを付けた女子生徒と柳茶色のツーブロックヘアに濃い黄色の目、少し陰気そうな顔で制服の上着を腰に巻いた男子生徒が立っていた。
「シェシェル先輩にトルフェクス先輩」
女子生徒と男子生徒を見てユーキは名前を口にする。ユーキの前に現れたのはパーシュを尊敬する女子生徒の一人、トムリア・シェシェルとその幼馴染でフレードを尊敬する男子生徒、ジェリック・トルフェクスだった。
久しぶりに会う二人の先輩にユーキは笑みを浮かべ、現状からトムリアとジェリックもワンショウの依頼に参加するのだと悟った。
「お二人も今回の依頼に参加するんですね?」
「ええ、パーシュさんが参加するって聞いて私も力になろうって思ったの」
トムリアは両手で杖を握りながらやる気を露わにし、ユーキは回復魔法が得意なトムリアがついて来てくれることを頼もしく思った。
「俺は重要な依頼だって聞いたからフレード先輩も参加すると思って参加したんだけど、あの人がいないって聞いて少しやる気が失せちまってんだよ」
「だったら参加しなければよかったじゃない」
不満そうな顔をするジェリックにトムリアは目を細くしながら声を掛ける。すると、ジェリックは腕を組みながらチラッとトムリアを見た。
「一度参加するって言って、後からやめますなんて言えるわけねぇだろう」
「何それ? カッコ悪いって思われたくないから依頼に参加するってこと? 子供みたいな考え方ね」
「うるせぇ! クリディック先輩に良いところを見せようと思って参加するお前だって十分子供っぽいだろうが」
「何ですってぇ!」
「何だよぉ!」
トムリアとジェリックは向かい合って口喧嘩を始め、ユーキは目の前で睨み合う二人を見て苦笑いを浮かべる。
これまでユーキは何度かトムリアとジェリックが口喧嘩する光景を見てきたが、二人が口喧嘩を見る度に和やかさのようなものが感じていた。
「相変わらず仲が良いですね、先輩たち」
『良くない!』
トムリアとジェリックは声を揃えて否定し、ユーキは息の合っている二人を見ながら心の中で絶対に仲が良いと思う。
「前々から聞こうと思ってたんだが、どうしてお前は俺たちが仲が良いって思うんだよ?」
「いや、仲の悪い人たちはタイミングよく声を合わせるなんてことできませんって……」
ユーキが先程のトムリアとジェリックの発言を指摘すると二人は恥ずかしそうな顔をしながら薄っすらと頬を赤く染める。
「ぐ、偶然よ、偶然」
「ああ、コイツが勝手に俺に合わせて叫んだんだ」
「それはこっちの台詞よ」
トムリアがムスッとしながら呟き、ジェリックはトムリアに不機嫌そうな視線を向ける。ユーキは二人を見ながら複雑そうな表情を浮かべた。
以前、パーシュとフレードの故郷であるスイージェス村の依頼を受けた時、トムリアはジェリックに少しだけ素直な一面を見せ、ジェリックもトムリアの身を心配していた。
当時、トムリアとジェリックのやり取りを目撃していたユーキは自分の気持ちを素直に口にしたその時の二人こそが本当の姿なのではと思っていた。
どうしてお互いに素直になれないのだろう、ユーキはトムリアとジェリックを見ながら疑問に思う。するとそこに先程まで言い合いをしていたアイカとミスチア、二人を止めたパーシュがやってきた。
「トムリアさんにジェリックさん、お二人も依頼に参加されていたのですね」
「お久しぶり、サンロードさん」
アイカの顔を見たトムリアは先程まで見せていた不満そうな表情を消し、小さく笑いながら挨拶をする。ジェリックも共に依頼を受ける仲間を見て表情を少し和らげた。
「今回の依頼は大量のベーゼを相手にするから必ず負傷者が出るはずだ。トムリア、アンタたちが使う回復魔法が重要になってくるから頑張っておくれ?」
「ハイ、任せてください」
自分に期待をしているパーシュを見ながらトムリアは頷き、パーシュも笑みを浮かべながらトムリアの活躍に期待する。
トムリアに声を掛けたパーシュは続けて隣に立っているジェリックに視線を向けた。
「それにしても、フレードがいないのにアンタが参加するとは思ってなかったよ。どういう風の吹き回しだい?」
「……まぁ、色々事情があって参加したんスよ」
ジェリックはパーシュに目を合わせないようにしながら問いに答える。フレードを尊敬している者として、フレードと仲の悪いパーシュと目を合わせて話すことに少し抵抗を感じているようだ。
パーシュはジェリックの反応を見て彼の気持ちを察したのかどこか呆れたような顔をしながら肩を竦め、トムリアは真面目に挨拶をしないジェリックを不服そうな目を見ていた。
「色々な事情、ですか……もしかして、トムリアさんが心配で同じ依頼に参加したんじゃありませんのぉ?」
ミスチアは笑いながらジェリックに声を掛け、周りにいるユーキたちは一斉にミスチアに視線を向けた。
「……はああぁ!? ち、ちげぇよ、そんなんじゃねぇ!」
「そうでしょうか? 私の見る限り、貴方はトムリアさんのことが気になって仕方がないと思ってるんじゃありませんこと?」
「違うって言ってるだろうが!」
顔を赤くしながら否定するジェリックを見てミスチアはクスクスと笑い、続けてジェリックの反応に驚いているトムリアに視線を向けた。
「トムリアさんも、顔は嫌そうですけど、本当は心の中で嬉しく思ってるんじゃありませんのぉ?」
「ち、違うわよ。もう、からかうのはやめて!」
頬を染めながらジェリックと同じように否定するトムリアをミスチアは楽しそうに見つめる。ミスチアの言動から、彼女もユーキと同じようにトムリアとジェリックが本当な仲が良いと感じているようだ。
ユーキとアイカは場の空気を読まずに言いたいことをハッキリ言うミスチアを見て、無神経と思うと同時にハッキリと言える性格を少し羨ましく思う。
パーシュは照れているトムリアとジェリックの反応を見ながら笑っており、周りにいる他の生徒たちも騒いでいるトムリアとジェリックの声を聞き、何を騒いでいるのかと不思議そうに見ていた。
ミスチアがトムリアとジェリックをからかっていると、正門の前にカムネスとロギュン、依頼を出したワンショウがやって来て生徒たちの方を向く。近くにいた生徒たちはカムネスたちを見て何か重要な話をすると思い、全員カムネスたちに注目する。
「皆さん、こちらに注目してください!」
ロギュンが集まっている生徒たちに声を掛けると喋っていた生徒たちは全員口を閉じてロギュンに視線を向けた。ユーキたちもロギュンの声を聞いて会話をやめ、ロギュンやその隣にいるカムネスを見つめる。
「まもなく出発します。ですが、その前に会長からお話があるので聞いてください」
そう言ったロギュンはカムネスの方を向き、話してよいことを目で伝える。
カムネスはロギュンを見た後、一歩前に出て集まっている生徒たちを見ながら口を開いた。
「依頼参加の要請をした時に聞いていると思うが、僕らはこれからローフェンの都市であるレンツイへ向かい、都市の防衛と襲撃してきたベーゼの討伐に向かう。ワンショウ殿の話によれば、ベーゼたちはこれまでに幾つもの村を襲撃し、村人のほぼ全てを殺害したそうだ」
生徒たちに聞こえるようカムネスは力の入った声を出しながら依頼の内容について説明し、ユーキたちはカムネスの黙って聞いている。
集まった生徒の中にはベーゼたちがローフェン東国の村を襲撃したことを始めて聞いた者もおり、カムネスの話を聞いて表情に緊張を走らせる者もいた。
「ベーゼたちは村を襲撃しながら移動し、レンツイに向かって移動している。これまでの情報からベーゼたちがレンツイを襲撃するのは間違い無いとのことだ。ベーゼたちの正確な数は不明だが、村と違って規模の大きなレンツイを襲撃するため、かなりの数になると考えられる」
「かなりの数って、本当かよ?」
「こっちは全部で五十人なんだろう。俺らだけでそんな数のベーゼに勝てるのかよ?」
「数が分からないならもう少し生徒を集めるべきじゃない?」
生徒たちは自分たちの戦力を考え、数の分からないベーゼの大群と戦うのは無謀と感じながら仲間同士で小声で話す。
ユーキやアイカ、パーシュは周りの生徒たちの反応を見て不安になるのは無理もないと感じていた。
「皆さんお静かに! まだ会長の話は終わっていませんよ」
ロギュンがざわついている生徒たちに声を掛けると生徒たちは黙ってカムネスとロギュンの方を向き直した。
生徒たちが静かになるとカムネスは依頼の説明を再開する。
「確かにこちらの戦力はベーゼたちと比べると少ないだろう。だが、ベーゼと戦う際にはレンツイで活動する冒険者や町を護る東国軍の警備兵たちが協力してくれることになっている」
カムネスが協力者について語ると生徒たちは様々な反応を見せる。協力してくれる者がいると聞いて安心の表情を浮かべる者もいれば、商売敵である冒険者たちと共に戦うことに驚いている者もいた。
メルディエズ学園の生徒たちの中にも冒険者たちと同じように商売敵を嫌っている者がいる。そのため、生徒の中には冒険者と共闘することに小さな不安や抵抗を感じている者もいた。
「……君たちの気持ちは理解できる。商売敵である冒険者と共闘することに抵抗を感じる者もいるだろう。だが、僕たちだけでは迫って来るベーゼたちを倒すのは難しい」
カムネスは生徒たちに語りかけ、生徒たちはカムエスの言葉を聞くと視線をカムネスに注目する。
「僕らはベーゼと戦うために必要は情報や技術を持っているが、戦いの場となるレンツイがどのような都市なのか分からない。逆に冒険者たちはレンツイがどのような場所でどうすれば効率よく戦えるかを知っているが、ベーゼに関する情報は乏しい。僕たちと冒険者たちはお互いに必要な物を持っているということだ」
冒険者と共闘で重要なことをカムネスは表情を変えずに話す。すると生徒たちはカムネスの話を聞いている内に彼が何を言いたいのか徐々に気付き始める。
「ベーゼとの戦いに生き残り、勝利するためにも不仲である冒険者の協力を得る必要がある。何より、レンツイに住む人々をベーゼから護らなくてはいけない。そのためなら、私情を挟まずに冒険者たちと協力し合って戦うべきだと僕は思っている」
協力し合うことでレンツイの住民たちを護ることができ、メルディエズ学園と冒険者ギルドの被害も最小限に抑えることができる。生徒たちはカムネスの考えを理解すると真剣な表情を浮かべた。
商売敵とはできるだけ関わりたくないが、メルディエズ学園の生徒である自分たちには大陸に住む人々を護る使命がある。レンツイの人々をベーゼから護るためなら、プライドは捨てて冒険者と共闘するべきだと生徒たちは感じていた。
「レンツイの住民を護るため、冒険者と協力してベーゼの討伐に取り組んでくれ」
カムネスの話を聞いて、抵抗を感じていた生徒たちはレンツイで冒険者と共闘することを受け入れる。しかし、やはり冒険者と親しくしようとは考えられず、大半の生徒はレンツイに行っても必要以上に冒険者と関わらないようにしようと思っていた。
生徒たちの表情や反応を見たカムネスとロギュンは冒険者たちと共闘する点については大丈夫だと感じた。
今回の依頼では商売敵である冒険者ギルドと共闘することが一番重要だったため、共闘を受け入れてくれたことでベーゼと戦いやすくなるとカムネスは考え、同時に生徒から冒険者に喧嘩を売ると言った問題は起こさないだろうと思っていた。
「では次に、私たちの今度の方針について話します」
カムネスの話が終わるとロギュンがこれからの予定について話し始める。
「まず、学園からレンツイまでは普通に移動すれば一日半はかかります。現状からベーゼがいつレンツイを襲撃するか分からないため、少しでも早くレンツイに向かう必要があります」
ロギュンはのんびり移動することができないことを若干低めの声で語り、生徒たちは黙ってロギュンの話を聞いている。
「少しでも早くレンツイに着くため、辺りが暗くなり始めても行ける所まで移動し、移動ができなくなったらその場所で野営をして一夜を過ごします。そして、日付が変わったら明るくなり始めた頃に移動を再開します」
移動する時から既に大変だと聞かされた生徒たちは気合いを入れたのか険しい表情を浮かべる。だが、中には表情を僅かに歪ませる生徒も何人かいた。
ユーキたちもレンツイまでの道のりや、レンツイに到着した後のことを考え、思っていた以上に大変な依頼だと改めて感じる。特にユーキとアイカは依頼を終えて戻った直後に今回の依頼を受けたため、他の生徒以上に苦労するだろうと思っていた。
「今回の討伐依頼はベーゼの数が分からないことから長期戦になることを予想し、予備の武器やポーション、瘴壊丸、伝言の腕輪と言ったアイテムを多く用意しました。状況によっては惜しまず配布しますので、必要な人は申し出てください」
全ての生徒が全力で戦えるよう支給品などもしっかり用意されていると知った生徒たちは厳しい戦いになるかもしれないと予想する。だがそれ以上に必ずベーゼたちに勝ってやるという意思が強かった。
「依頼やレンツイまでの道のりに関する説明は以上です。何か質問はありますか?」
説明を終えたロギュンが生徒たちに訊きたいことはないか確認する。集まっている生徒たちは依頼の内容を理解したのか誰も手を上げたりせず、黙ってカムネスとロギュンを見ていた。
ユーキたちも学園長室で既に話を聞いていたため、質問せずに黙っている。
ロギュンは生徒たちを見て質問が無いことを確認するとカムネスの方を向いて頷く。カムネスはロギュンを見た後、もう一度生徒たちの方を向いて僅かに目を鋭くする。
「レンツイに向かう。全員荷馬車に乗れ」
指示を出したカムネスは荷馬車に向かって歩いていき、先頭に停められている荷馬車の御者席に乗る。ロギュンもカムネスと同じ荷馬車の荷台に乗り、二人の近くにいたワンショウも自分がレンツイから来る時に乗ってきた馬に乗った。
他の生徒たちも次々と荷馬車に乗り始め、一台の荷馬車に五人から六人が乗り込んだ。用意された荷馬車の内、一台は支給品のアイテムや食料、野営用の道具などが積まれており、その荷馬車は御者だけが乗ることになった。
ユーキもアイカ、パーシュと共に荷馬車の荷台に乗り、ミスチア、トムリア、ジェリックもユーキたちとは違う荷馬車に乗る。
ミスチアはユーキと同じ荷馬車に乗りたいと思っていたが、乗ろうとした時には既に別の生徒が乗ってしまったため、仕方なく別の荷馬車に乗ることになった。
カムネスは依頼に参加する生徒が全員乗り込んだのを確認すると、荷馬車の隣で馬に乗っているワンショウの方を向いた。
「準備が整いました。ワンショウ殿、レンツイまでの道案内をお願いします」
「分かりました。少し速く移動しますので、遅れないよう気を付けてついて来てください」
ワンショウは手綱を握ってメルディエズ学園の正門の方を向く。正門はワンショウが前を向いた直後にゆっくりと開き、正門が完全に開くとワンショウは馬に指示を出して歩かせる。
カムネスはワンショウの馬が動いたのを見ると後ろを向き、別の荷馬車に乗っている御者の生徒たちに合図を送ってから馬に指示を出して自分が乗る荷馬車を動かす。
先頭の荷馬車が動き出すと、それに続いて他の荷馬車も順番に動き出し、一台ずつ正門を通過してメルディエズ学園の外に出た。
ユーキたちが乗る荷馬車も正門を通過し、ユーキは荷台に乗りながら進む先を見つめている。
「今回の依頼、もしかすると思っている以上に大変な依頼かもしれないな」
「どうしてそう思うの?」
隣に座っているアイカが尋ねるとユーキはアイカの方を向いて口を動かす。
「学園長やワンショウさんから聞いた話ではベーゼたちは群れを成して村を襲い、その後にまた別の村を襲った。そして次はレンツイを襲撃しようとしている。まるで侵攻する軍隊みたいだ」
「言われてみればそうね……」
此処までの情報を思い出したアイカは納得の表情を浮かべる。パーシュも難しい顔をしながらユーキの話を聞いていた。
「こっちの世界にいるベーゼの大半は下位ベーゼや蝕ベーゼと言った知能の低い奴らだ。そんな奴らに村を襲撃しながらレンツイを目指す、なんて複雑な行動が執れるとは思えない」
「つまり、アンタはこう思ってるのかい?」
パーシュがユーキに声を掛けるとユーキとアイカはパーシュに視線を向ける。
「レンツイに向かっているベーゼたちの中に、ソイツらを統率する指揮官のような奴がいるって」
「……ハイ。それも大勢のベーゼをまとめるだけど知能と統率力を持った奴だと思っています」
ユーキの言葉にパーシュは僅かに目を鋭くし、アイカも軽く目を見開く。ユーキたちと同じ荷馬車に乗っている他の生徒たちも会話を聞いて少し驚いたような反応を見せていた。
「勿論、これは俺の予想であって本当にそんな奴がいるとは断言できません。だけど、可能性はあると思います」
「確かにね。もしベーゼたちを指揮する奴がいるのなら、ソイツはきっと知能の高い上位ベーゼだろうね」
最強のベーゼが指揮を執っているかもしれないと言うパーシュの言葉にユーキとアイカは反応し、他の生徒たちは不安そうな表情を浮かべた。
「……まぁ、今の段階だ何とも言えないね。本当に指揮官みたいな奴がいるのかどうかは、レンツイに行ってベーゼの詳しい情報を聞けば分かるかもしれない」
「そうですね……」
荷馬車に揺られながらユーキは小さな声で呟く。アイカは真面目な表情を浮かべているユーキとパーシュを見つめていた。
メルディエズ学園を出たユーキたちはバウダリーの町へ向かい、町の正門から外に出るとローフェン東国に向かうため、東に向かって荷馬車を走らせた




