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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第十一章~髑髏の徘徊者~
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第百九十三話  死者を弄ぶ禁術


 圧倒的な力でジャイアントスカルを倒したユーキを前にトウジュンはようやく自分が追い込まれているのではと感じ始めた。

 目の前にいるのは本当に児童なのか、そう思いながらトウジュンはゆっくりと後ろに一歩下がる。


「青二才どもめ、たかが下級アンデッドを倒したくらいで調子に乗るな。私の禁術は使う魔力と生命力が多ければ多いほど強力なアンデッドを生み出すことができるのだ」


 ユーキとアトニイを睨みながらトウジュンは杖を掲げて呪文を唱え、杖と自分の体に黒い靄を纏わせた。

 トウジュンがまた禁術を使おうとしていると知ったユーキとアトニイは禁術の発動を阻止するため、トウジュンに攻撃を仕掛けようとする。

 しかしユーキとアトニイが動くよりも早く二人の周囲に落ちているジャイアントスカルやスケルトンの残骸がトウジュンに下に集まり、トウジュンの前で一体のスケルトンに姿を変えた。

 現れたスケルトンは通常のスケルトンと同じくらいの大きさだが、武装はスケルトンとは比べ物にならなかった。所々錆び付いているバルブータ、全身甲冑フルプレートアーマーを装備し、ボロボロの赤いマントを羽織っている。右手にはブロードソード、左手には小型のカイトシールドが握られ、今までユーキたちが戦ったスケルトンとは違う雰囲気を漂わせていた。


「あれは、スケルトンナイト!」


 現れたスケルトンを見てユーキは僅かに力の入った声を出す。アトニイもスケルトンを見ながら鬱陶しそうな顔で小さく舌打ちをする。

 ユーキとアトニイの前に立ちはだかるスケルトンナイトは中級モンスターで大きさこそスケルトンと変わらないが、その強さはスケルトンやジャイアントスカルよりも上だ。スケルトンのように敵に対して恐怖心を懐くことはないが、敵の動きを予想する知能と警戒心を持っているため、スケルトンと比べて戦い難いモンスターと言える。

 スケルトンナイトを睨みながらユーキは月影を抜いて双月の構えを取り、アトニイは中段構えを取って戦闘態勢に入る。スケルトンと同じ感覚で戦ったら足元を掬われる、そう思いながら二人はスケルトンナイトを警戒した。


「ハハハハッ、中級と下級は強さが全然違う。今度は先程のようにはいかんぞ」


 身構えるユーキとアトニイを見ながらトウジュンは笑みを浮かべる。中級アンデッドであるスケルトンナイトならメルディエズ学園の生徒にも勝てる、そう考えているトウジュンは勝利を確信していた。

 トウジュンは笑いながらユーキとアトニイを見ているが、その額からは大量の汗が流れており、呼吸も乱れて息苦しそうにしている。まるで長時間全速力で走った後のようだった。

 禁術は発動する際に使用者の魔力と生命力を消費し、強力なアンデッドモンスターを作り出すには消費する魔力と生命力の量も多くなる。トウジュンはスケルトンナイトを作り出すためにジャイアントスカルを作る時よりも多くの魔力と生命力を消費したため、強い疲労を感じていた。

 しかもトウジュンはジャイアントスカルを作り出す前にも六体のスケルトンを作るために禁術を使っている。既に連続で三回も禁術を使っているトウジュンの体力は限界近くまできていた。


(こちらの体力も魔力も僅かしか残っていない。このスケルトンナイトで必ずコイツらを仕留めてやる!)


 もう余裕は無いと感じているトウジュンは心の中でスケルトンナイトがユーキとアトニイを倒してくれることを願う。実際、今のトウジュンに残っている魔力と生命力ではスケルトンを二、三体作り出すのが精一杯だった。


「さぁ、スケルトンナイト! そこにいる青二才どもを血祭りに上げろ!」


 トウジュンが命じるとスケルトンナイトはユーキとアトニイに向かってゆっくりと歩き出し、近づいて来るスケルトンナイトを見て二人はすぐに動けるよう足の位置を変えた。


「今度の敵は手強そうですが、どうします?」


 構えを崩さずにアトニイはスケルトンナイトを見つめ、どのように戦うかユーキに尋ねる。

 アトニイにとって中級モンスターと戦うのは初めてなので、どう対処するのかよく分かっていない。そもそも下級生が中級モンスターと戦って勝つのも難しいと言える。


「確かにコイツはさっきまで戦っていたスケルトンたちよりも強い。正直、面倒な相手って言えるな」


 ユーキはアトニイの方は向かず、距離を詰めて来るスケルトンナイトを警戒しながら返事をする。アトニイはユーキの返事を聞いてユーキでも対処は難しいのかと感じていた。


「だけど……苦戦するような敵じゃない」


 そう呟いたユーキは双月の構えを取ったままスケルトンナイトに向かって走り出す。アトニイはスケルトンナイトに突っ込むユーキを見て軽く目を見開き、トウジュンはユーキの行動を愚かに思ったのか笑みを浮かべた。

 ユーキはスケルトンナイトと戦うのは今回が初めてだ。だが中級モンスターとの戦闘経験はあり、それ以上の力を持つ上位ベーゼを討伐した経験もあるため、中級アンデッドが相手でも問題は無いと感じていた。勿論、問題無いからと言って油断などせず、用心して戦おうとユーキは思っている。

 スケルトンナイトは走ってくるユーキを見ると持っているカイトシールドを前に出して防御態勢を取る。スケルトンと違って敵に対する警戒心を持っているため、防御しようと考えるようだ。

 ユーキはカイトシールドを前に出したスケルトンナイトを見ると目を僅かに鋭くし、走る速度を上げて一気に距離を詰める。そして、スケルトンナイトが間合いに入ると首に向かって月影を右から横に振って攻撃した。

 スケルトンナイトはユーキの峰打ちをカイトシールドで難なく防ぎ、ブロードソードでユーキに反撃しようとする。だが、スケルトンナイトが反撃する前にユーキが次の攻撃に移った。

 月影を防がれた直後、ユーキは月下でスケルトンナイトの左脇腹に峰打ちを打ち込む。月下はスケルトンナイトの全身甲冑フルプレートアーマーにぶつかって高い金属音を響かせた。

 鎧で護られたため、普通ならスケルトンナイトにダメージを与えられていないと思われるが、月下が全身甲冑フルプレートアーマーに当たったことで衝撃が発生し、スケルトンナイトの体勢を僅かに崩した。

 ユーキの狙いは最初からスケルトンナイトの体勢を崩すことだったため、月影がカイトシールドで防がれても問題は無かったのだ。

 スケルトンナイトが体勢を崩している間にユーキは再び双月の構えを取って素早くスケルトンナイトの右側面に回り込み、月下を左上から斜めに振り下ろしてスケルトンナイトの頭部を攻撃した。

 バルブータを被って頭部を護っているとは言え、全力で殴打すればダメージを与えられるはずだとユーキは思っていた。増してや相手は骨だけのスケルトンであるため、頭部を殴らればその衝撃で首の骨が折れて倒せる可能性もある。

 月下の峰打ちがスケルトンナイトの後頭部に直撃しそうになる。だが次の瞬間、スケルトンナイトが上半身を左に傾けて月下をかわした。


「……ッ!」


 スケルトンナイトが攻撃をかわしたのを見てユーキは小さく反応する。その直後、スケルトナイトは体をユーキの方に向け、ブロードソードを振り下ろして反撃した。

 ユーキはスケルトンナイトの反撃に対して慌てることなく、月影を横して振り下ろしを防いだ。だがスケルトンナイトは振り下ろしを防いだユーキに向けてカイトシールドを勢いよく突き出し、カイトシールドでユーキを殴打しようとする。

 迫ってくるカイトシールドを見たユーキは咄嗟に月下でカイトシールドを防ぐが、スケルトンナイトの攻撃が思ったよりも重く、ユーキは体勢を崩さないよう足に力を入れて踏ん張った。


「コイツ、思った以上に力が強いな」


 両腕に力を入れてブロードソードとカイトシールドを止めながらユーキは呟き、月下と月影を外側に向かって振り、ブロードソードとカイトシールドを払う。

 払った直後、ユーキは大きく後ろに跳んでスケルトンナイトから離れ、双月の構えを取って態勢を整えた。


「ハハハッ! どうした、先程と違って押されているではないか」


 ユーキが押されていると思ったのかトウジュンは愉快そうに笑いながら挑発する。ユーキは視線を動かし、トウジュンをジト目で見ながら「うるさいなぁ」と思った。


「言ったはずだ。禁術は使う魔力と生命力が多いほど強いアンデッドを作り出すことができると。そのスケルトンナイトを作り出す際、私は多くの魔力と生命力を使った。通常のスケルトンナイトと同じだと思ったら大間違いだぞ」


 笑いながら自分の作り出したスケルトンナイトが強いことを語るトウジュンを見て、ユーキは視線をスケルトンナイトに戻す。

 スケルトンナイトはカイトシールドを前に出し、防御態勢を取りながらユーキに近づいてきている。スケルトンナイトを見たユーキは構えを崩してゆっくりと月下と月影を下ろす。


「……成る程ね。それならこっちも戦い方を変えないといけないか」


 ユーキは静かに深呼吸をして気持ちを落ち着かせると混沌紋を光らせて強化ブーストを発動させた。強化ブーストで両腕の腕力と脚力を強化して攻撃力と移動速度を高めたユーキは構え直してスケルトンナイトを睨む。

 スケルトンナイトはユーキが構えると足を止め、カイトシールドを前に出しながらブロードソードを構えて迎撃態勢を取る。ユーキはスケルトンナイトが構え直した瞬間、地面を強く蹴って走り出した。

 脚力を強化したことでユーキは最初に攻撃した時よりも速くスケルトンナイトに近づき、距離を詰めた瞬間にスケルトンナイトの頭部に向けて月下を右上から斜めに振って攻撃する。

 スケルトンナイトはユーキの攻撃をカイトシールドで素早く防ぐ。だが腕力を強化したユーキの攻撃は重く、スケルトンナイトは攻撃に耐えられずに後ろによろめいた。

 この時、スケルトンナイトのカイトシールドは大きく凹んでおり、ユーキの攻撃がどれだけ重いかを物語っていた。

 ユーキの一撃でよろめいたスケルトンナイトを見てアトニイは驚き、トウジュンも目を大きく見開いて驚愕する。二人が驚いている中、ユーキはスケルトンナイトへの攻撃を続けた。

 体勢を崩すスケルトンナイトに近づいたユーキは大きく前に踏み込み、今度はスケルトンナイトの右脇腹を狙って月影を左から横に振った。

 ユーキの攻撃に気付いたスケルトンナイトは素早くブロードソードで月影を防いだ。止められた月影を見てユーキは左腕に力を入れる。するとブロードソードの剣身はユーキの力に耐えられず、真ん中から砕けるように折れた。

 ブロードソードが折れると月影はそのままスケルトンナイトに迫り、右脇腹に峰打ちが命中する。

 峰打ちが当たったことで全身甲冑フルプレートアーマーは凹み、その下にあるスケルトンナイトの肋骨も砕く。肋骨が砕けたことでようやくスケルトンナイトにダメージを与えることに成功した。

 攻撃を受けたスケルトンナイトは折れたブロードソードを落として片膝を付く。ユーキはこのチャンスを逃すまいと素早く月下と月影を左に倒して構えた。


「ルナパレス新陰流、雪月せつげつ!」


 ユーキは腰に力を入れて上半身を右へ回し、それと同時に月下と月影を左から勢いよく横に振る。月下と月影は体勢を崩したスケルトンナイトの右側頭部と右肩に命中した。

 月下と月影が直撃したことでバルブータの下にある頭部、全身甲冑フルプレートアーマーの下にある右肩の骨は砕けた。頭部が砕けたことでスケルトンナイトはその場に倒れてバラバラになり、全身甲冑フルプレートアーマーの下にあった骨も鎧の中から飛び出して周囲に散らばる。


「……フゥ、少し手間取っちまったな」


 バラバラに散らばった骨と砕けた頭部を見たユーキはスケルトンナイトを倒したことを確認すると月下と月影を下ろして静かに息を吐く。

 通常よりも強いとは言え、中級アンデッド相手に時間を掛けてしまったため、ユーキは自分がまだまだ未熟だと感じて苦笑いを浮かべた。


「ば、馬鹿な、私が作り出したスケルトンナイトが……」


 離れた所でスケルトンナイトが倒されたのを見ていたトウジュンは驚きのあまり小さく震える。多くの魔力と生命力を使って作り出した最高のアンデッドが相手に傷一つ付けることができずに倒されてしまったんだから驚くのは当然と言えた。

 トウジュンが驚く中、アトニイはユーキの実力を見て感心したような表情を浮かべる。最初はユーキと共にスケルトンナイトと戦おうと思っていたが、ユーキが中級アンデッドであるスケルトンナイトとどんな風に戦うか気になったので見守ることにしたのだ。

 スケルトンナイトを倒したユーキはトウジュンの方を向き、鋭い目で睨みつけた。ユーキに睨まれたトウジュンは悔しそうな顔をしながらユーキを睨み返す。


「これ以上続けてもアンタに勝ち目は無い。諦めて投降しろ」

「投降だと? ハッ、馬鹿なことと言うな。それに投降したところで私を逃がすつもりは無いのだろう?」

「ああ、さっきも言ったようにアンタは危険すぎるからな。グロズリアでの依頼を終えた後に近くの町に連れて行って警備兵に引き渡す」


 ユーキの言葉にトウジュンは奥歯を噛みしめる。ベーゼから人々を護るために禁術を開発した自分の意志を否定し、更に犯罪者として帝国軍に引き渡そうとするユーキにトウジュンは更に強い怒りを感じていた。

 何よりも長い時間をかけて完成させた禁術で作り出したアンデッドが一人の児童に倒されたことにトウジュンは納得できなかった。


「調子に乗るなよ小僧!? 私はこの世界に住む全ての生物をベーゼから護るために人生を懸けて禁術を開発した。その禁術で作り出されたアンデッドは私の正義そのもの、私の正義を否定するお前たちに投降する気など無い!」


 険しい顔で自分の正義を語るトウジュンをユーキは目を細くしながら見つめる。

 いくら人々を護るためと言って死者を冒涜するような行動が許されるはずがない。そのことに気付かないトウジュンをユーキは内心哀れに思っていた。


「私は自分の行動が正しいことを、禁術によって作り出されたアンデッドがこの世界を護る力になることを証明する。そのためにもお前たちを此処で始末する!」


 声を上げるトウジュンは杖を両手で握りながら掲げて禁術を発動し、杖と自分の体に黒い靄を纏わせる。魔力と生命力は僅かしか残っていないが、此処で何もせずにいるのはトウジュンのプライドが許さなかった。

 ユーキとアトニイはまた禁術を使おうとするトウジュンを見ると急いで捕まえようとする。だがその時、杖とトウジュンに纏われていた黒い靄が突風が吹くように周囲に広がり、スケルトンナイトの残骸や遠くにある大量のスケルトンの残骸を包み込む。


「な、何だ?」


 今までとは違う現象にユーキは驚き、アトニイも周囲を見回しながら警戒した。


――――――


 グロズリアの村の西門近くではウェンフが疲れた顔をしながら立っていた。

 ウェンフの周りには今まで彼女が倒したスケルトンたちの残骸が大量に転がっている。その殆どは雷電サンダーボルトの電撃によって黒焦げになっていた。


「フゥ、何とか全部倒したかな」


 軽く息を吐きながらウェンフは周囲を見回す。視界には動いているスケルトンの姿は無く、スケルトンを全て倒したことを確認したウェンフは肩の力を抜いた。

 自分の周囲を見た後、ウェンフはオルビィンが無事なのか気になり、グロズリアの村の西門の方を向く。

 西門の前では同じように疲れたような顔をしながらショヴスリを杖代わりにするオルビィンが立っている。オルビィンの周りにもスケルトンの残骸が幾つも転がっており、オルビィンがスケルトンと戦っていたこと物語っていた。

 疲れているオルビィンの左隣ではグラトンが座ってオルビィンを見つめている。オルビィンと違ってグラトンは疲れた様子を見せておらず、座りながら自分の出腹を掻いていた。


「オルビィン様、無事だったんだ」


 オルビィンの姿を見たウェンフは安心して笑みを浮かべる。暗い夜にスケルトンと戦うことを苦手としていながらも負傷することなくスケルトンたちに勝利したオルビィンにウェンフは感服していた。

 ウェンフはオルビィンの安否を確認した後、オルビィンと合流するために西門に向かって走っていく。周りにいるスケルトンを全て倒して危険は無くなったため、とりあえずお互いの現状を確認しようと思っていた。


「オルビィン様ー!」

「……ウェンフ」


 手を振りながら走ってくるウェンフを見たオルビィンは緊張が解けてどっと疲れたのか深く深呼吸をする。同時にウェンフが無事なことと仲間と合流できたことに安堵した。

 

「オルビィン様、大丈夫? 怪我しなかった?」

「ええ、大丈夫よ。暗い中で戦ったからちょっと大変だったけど、グラトンが一緒にいてくれたからね」


 そう言ってオルビィンはチラッとグラトンの方を向く。グラトンは不思議そうな顔をしながらオルビィンを見つめている。


「そっか。お疲れ様、グラトン」

「ブォ~~」


 微笑みながら労うウェンフを見てグラトンは大きく口を開けて鳴いた。


「そう言えば、ルナパレス先輩とアトニイは何処?」


 ウェンフと共に前線で戦っていたユーキとアトニイがいないことに気付いたオルビィンはウェンフの後ろを覗きながら尋ねる。


「最初は近くで戦ってたんだけど、途中から姿が見えなくなっちゃったんだ」

「見えなくなったって……まさか」


 オルビィンは最悪の状況を想像して僅かに緊迫した表情を浮かべる。するとウェンフはオルビィンを見ながら小さく笑った。


「大丈夫、先生はスケルトンなんかに負けたりしない。アトニイも強いから大丈夫だよ」

「だといいんだけど……」


 ユーキとアトニイが無事かどうか分からない現状にオルビィンは不安になり、そんなオルビィンをウェンフは笑いながら見ている。ウェンフの笑顔からはユーキとアトニイの実力を信じていると言う彼女の意思が感じられた。

 ウェンフとオルビィンはユーキとアトニイのことを話しながらこれからどうするか考える。そんな時、南西の方から黒い靄がもの凄い速さで地面を這うように二人に近づいてきた。


「な、何あれ!?」


 黒い靄に気付いたオルビィンは咄嗟にショヴスリを構えて後退し、ウェンフも靄に気付くと剣を握りながら左手に電気を纏わせて同じように後ろに下がる。グラトンは立ち上がると四足歩行状態で迫ってくる靄を睨んだ。

 ウェンフたちが警戒する中、黒い靄はウェンフたちの足元に広がり、足元の靄を見てウェンフとオルビィンは僅かに表情を歪ませる。だが、靄に触れても足に痛みなどは無かったため、二人はすぐに表情を和らげた。


「何なの? この黒い煙みたいなの……」

「分からない。だけど、私たちには何も害は無いみたいだし……」


 黒い靄の正体が分からないウェンフとオルビィンは不思議そうに靄を見下ろす。すると二人の周りに落ちていた大量のスケルトンの残骸が黒い靄に包まれた直後に独りでに動き出し、南西の方に転がり始めた。


「こ、今度は何よ、スケルトンの骨が勝手に動き出したわ!」


 次々と起こる理解できない現象にオルビィンは動転し、ウェンフは驚きながらも冷静にスケルトンの残骸が転がっていく方角を確認する。そして転がっていく先にユーキとアトニイがいることに気付いた。


「先生とアトニイ……もしかして、骨は二人の所に向かってる?」


 スケルトンの残骸がユーキとアトニイの方へ転がっていくことから何か悪いことが起きるのではと予想するウェンフは考え込み、しばらくすると驚いているオルビィンの方を向いた。


「オルビィン様、私は先生とアトニイの所に行くから、門の方はお願いね」


 ウェンフはオルビィンに西門の防衛を任せ、ユーキとアトニイの下に向かって走り出す。


「あっ、ちょっとぉ!」


 返事も聞かずに走り出すウェンフにオルビィンは呼びかけるが、ウェンフは振り返ることなくユーキとアトニイの所へ行ってしまった。

 一人残されたオルビィンはウェンフの後ろ姿を見ながら呆れ顔で溜め息をつく。普通ならウェンフの後を追うべきなのだが、スケルトンがまだ何処かにいる可能性もあり、ユーキからグロズリアの村の正門の防衛を任されているため、西門から離れることはできない。

 しかも一方的とは言え、ウェンフからも西門のことを頼まれたため、オルビィンはウェンフの後を追うことはできなかった。


「まったく、行くのはいいけどせめて返事を聞いてから行きなさいよねぇ」


 若干不満そうな顔をしながらオルビィンは文句を言い、そんなオルビィンをグラトンはまばたきをしながら見ていた。


――――――


 トウジュンが禁術で黒い靄を広げる姿をユーキとアトニイは警戒しながら見ている。これまで見た禁術とは少し雰囲気が違っているため、迂闊に近づくのは危険だと感じているユーキとアトニイはトウジュンに近づくことができずにいた。

 ユーキとアトニイが見ている中、トウジュンは杖を掲げながら表情を歪ませ、大量の汗を流している。

 禁術を連続で発動させて魔力と生命力を消耗しているのにその状態でまた禁術を使用したため、トウジュンは意識を失いそうな状態だった。


「私に残っている魔力と生命力をギリギリまで使い、最高のアンデッドを作り出す。……覚悟しろ? 先程のスケルトンナイトとは比べ物にならんぞぉ!」


 トウジュンはユーキとアトニイを睨みながら叫ぶように語り、二人はトウジュンを見つめながら得物を構える。

 ユーキとアトニイが構えた直後、グロズリアの村の方から大量のスケルトンの残骸がトウジュンの方に転がっていくのが見え、残骸を見たユーキは軽く目を見開いて驚く。


「何だ? 村の方からも骨が……」

「恐らく、ウェンフとオルビィン殿下が倒したスケルトンの残骸でしょう。二人が倒したスケルトンの残骸もあの黒い靄によって引き寄せられているんだと思います」

「あの靄、村の近くまで届いていたのか」


 禁術の影響範囲が思っていた以上に広いことをしてユーキは驚く。同時に黒い靄がグロズリアの村にまで届いたことを知り、ウェンフとオルビィン、グラトンが無事なのか気になった。

 ユーキがウェンフたちのことを考えていると、グロズリアの村の方からウェンフが走って来た。


「先生ぇー! アトニイー!」


 ウェンフの声を聞いたユーキとアトニイは声が聞こえた方を向き、駆け寄ってくるウェンフの姿を目にする。

 怪我なども無く、笑いながらウェンフが走ってくる姿を見たユーキはウェンフが無事だったことを知って小さく笑う。

 ユーキとアトニイの下にやって来たウェンフは走って来たせいで少し息を切らせている。しかしその顔からは疲れや辛さは一切見られなかった。


「二人とも、大丈夫?」

「ああ、俺もアトニイも大丈夫だ。……お前も大丈夫そうだな?」

「ハイ、スケルトンは全部倒せました。オルビィン様やグラトンも村に近づいたスケルトンと戦ったみたいですけど、なんとか勝てたみたいです」


 オルビィンが無事だと言う話を聞いてユーキは小さく息を吐く。前線に出ていないとは言え、夜にアンデッドと戦うことを苦手とするオルビィンがスケルトンと戦い、勝利した聞いて安心した。


「オルビィン様はグラトンと一緒に今も村の門を護っています」

「そうか、とにかく無事でよかったよ」

「ハイ……ところで、これってどうなってるんですか?」


 互いの安否を確認したウェンフは足元の黒い靄や独りでに動くスケルトンの残骸を見ながらユーキに尋ねる。周囲を確認した後、ウェンフは遠くで杖を掲げる魔導士の男に視線を向けた。

 黒い靄は男の持つ杖から放たれ、スケルトンの残骸も男の近くに集まっているため、ウェンフはこの状況は男が作り出したのだと確信する。


「私たちが倒したスケルトンの骨が勝手に動き出して追いかけて来たんですけど、何が起きてるんですか? と言うか、あの男の人は誰ですか?」

「説明は後でする。今はあの男を捕まえることが先決だ」


 ユーキは真剣な表情を浮かべるとトウジュンの方を向き、ユーキの返事を聞いたウェンフは魔導士の男が敵だと理解すると剣を構えて男を睨んだ。


「フッ、また一人増えたか。今更一人増えたところで状況は変わらん」


 禁術でスケルトンの残骸を集めていたトウジュンはユーキと合流したウェンフを見ると鼻を鳴らしながら笑う。例え相手の数が増えても、自分が不利になることはないと思っているようだ。

 トウジュンが笑っている間、大量のスケルトンの残骸はトウジュンの前に次々と集まって形を変えていく。

 集まった残骸は太い骨や鋭い爪のような形に変わり、ゆっくりと何かを構成し始める。独りでに動く骨を見たユーキたちは形を変えた残骸が別のアンデッドモンスターに変わっていくことに気付いて表情を鋭くした。


「ハハハハッ、いよいよ最強のアンデッドが作り出される! 限界近くまで魔力と生命力を持って行かれたが、コイツを作り出すためなら仕方が無いな」


 強い倦怠感と息苦しさを感じながらトウジュンは満足そうな笑みを浮かべた。アンデッドモンスターの作成が確実となったため、トウジュンは禁術の発動を解除しようとする。

 ところが、どういうわけか発動は解除されず、トウジュンは予想外の状態に驚きの表情を浮かべた。


「な、何だ、どうなっている? なぜ解けない?」


 トウジュンは驚きながらもう一度禁術の発動を解こうと念じるが一向に解除されず、トウジュンの体から魔力と生命力が減り続ける。

 強制的に魔力と生命力が減っていく現状にトウジュンは流石に焦りを感じて持っている杖を投げ捨てる。だが、杖を捨てても杖やトウジュンの体に纏われている黒い靄は消えず、トウジュンの魔力と生命力は減り続けた。


「な、なぜだ、なぜ解除できない!? 今まで問題無く発動できていたのに、なぜぇ!?」


 平常心を失ったトウジュンは声を上げる。生命力を多く失ったことで体の力が抜けたのか、トウジュンはその場で膝をつき、両手を地面に付けた。

 ユーキたちもトウジュンの様子がおかしいことに気付いて驚いたような顔をしながらトウジュンを見ていた。するとトウジュンの濃い赤茶色の髪が見る見る白くなり、顔や手からもツヤが無くなって痩せ始め、トウジュンの変化を目にしたユーキとウェンフは大きく目を見開く。


「な、何ですか、あれ?」

「分からない……もしかすると、使いすぎたせいで禁術が暴走したのかもしれない」


 トウジュンを見ながらユーキは何が起きたのかを推測し、話を聞いたウェンフは驚きの表情を浮かべたまま固まる。アトニイだけは驚いたりすることなく、鋭い目でトウジュンを見続けていた。

 膝をつくトウジュンは老人のような自分の両手を見ながら小さく震える。頬はこけ、白くなった髪も少しずつ抜け落ちていく。今のトウジュンはミイラに近い状態だった。


「な、ぜだ……なぜ、こんな……ことが……完璧、だったはず……どうし……て……」


 何が原因なのか分からないトウジュンは弱々しい声を出しながら両手を下ろし、そのまま上半身を前に倒して俯せの状態となった。


「わたしは……間違……てな……正義の……人々の……ため……」


 大陸の人々をベーゼから護るのために行動したことを訴えるようにトウジュンは呟く。やがて生命力が尽きたのか目から光が消え、トウジュンはそのまま息絶えた。

 トウジュンが死ぬと同時に彼と杖に纏われていた黒い靄は消滅する。そして、スケルトンの残骸から作られた無数の骨も一体のアンデッドモンスターに姿を変えた。

 ユーキたちの前に現れたアンデッドモンスターは体長3mはある骨のドラゴンだった。ドラゴンは太い二本の足で立ち、両手からは四本の鋭い爪が生えている。尻尾の骨は太く、竜翼も骨だけで出来ており、頭部には後ろに反れるように伸びる太くて鋭い角が二本生え、口には鋭い牙が並んでいた。そして、眼球が無いはずなのに赤い目が二つ光り、ユーキたちを見つめている。


「コ、コイツは!」


 骨のドラゴンを見上げながらユーキは驚愕の表情を浮かべる。


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