第十八話 モルキンの町
バウダリーの町を出たユーキたちはモルキンの町を目指して南東へ向かう。薄暗い町の外は静かでユーキたちが乗る荷馬車が走る音だけが聞こえ、その静寂からは僅かに不気味さが感じられたが、ユーキたちは顔色一つ変えずに移動する。
移動している最中に太陽が昇って明るくなり、周囲や空がハッキリと見えるようになる。太陽の光を見たユーキたちは新たな一日の始まりを感じ、同時に周囲が明るくなったことで心に余裕が出てきた。
モルキンの町までの距離は以前ユーキとアイカが行ったカメジン村よりも長いが、道中に坂道や森などは無いため、ペースを落とすことなくモルキンの町へ行けるとユーキたちは考えていた。だが、モンスターや盗賊などに遭遇する可能性もゼロではないため、最低限の警戒をしながら移動する。
ユーキたちは小さな川の前まで来ると荷馬車を停め、馬に川の水を飲んで休憩させる。ユーキたちも荷馬車から降りて川の水を飲んだり、まだ済ませていない朝食を摂ったりなどをして休んだ。
馬と違ってユーキたちは自分の足で歩いているわけではないので休憩する必要は無いと思われるが、朝食はきちんと摂る必要があり、同じ体勢で座り続けているのは想像以上に疲れるため、立ち上がったりなどして体勢を変える必要があった。
川の近くに座りながらユーキたちはメルディエズ学園から持ってきたライ麦パンや干し肉を口にする。今回のように早朝に出かける依頼の場合は学園側からポーションだけでなく、食料も支給されることになっているのだ。
「学園を出てから随分経ちましたけど、今はどの辺にいるんですか?」
大きめの石を椅子代わりにしながらユーキは干し肉をかじり、現在地をパーシュに尋ねる。パーシュはユーキの右側で同じように大きめの石に座りながらライ麦パンを食べていた。
パーシュの向かいにはアイカが座っており、アイカの左側ではフレードが座っている。二人も現在地が気になっているらしくパーシュの方を見ており、パーシュは三人が自分を見ていることに気付くと食事を止めて三人の方を向いた。
「今、あたしたちはバウダリーとモルキンの丁度中間あたりにいる。この調子なら予定どおり昼頃には到着するはずだよ」
「そうですか」
カメジン村での依頼と違って明るいうちにモルキンの町に到着できると聞かされたユーキはカメジン村の時のように夜に敵と戦うことは無いと感じて安心する。
しかし、昼頃に到着できると言うのは何の問題も無く移動できた場合の話で、もしモンスターや盗賊に遭遇してタイムロスしてしまった場合は予定時間に到着することができなくなるかもしれないため、ユーキは問題無くモルキンの町に辿り着けることを願った。
「何か問題が起きてモルキンへの到着が遅れたりすると、盗賊による被害が大きくなったり、こちらの仕事にも支障が出るかもしれません。もう少し急いだ方がいいのではないでしょうか?」
アイカが問題が起きた場合のことを計算し、移動するペースを速めた方がいいのではとパーシュに進言する。此処までは問題無く移動できたが、絶対に問題が起こらないと断言はできない。何か遭った時に備えて急いだ方がいいというアイカの考えも間違ってはいなかった。
「慌てることはないよ、アイカ」
パーシュはライ麦パンをかじりながらアイカを落ち着かせ、アイカの方を見ると小さく笑った。
「問題が起きるのを計算して急いだ方がいいというアンタの考えも分かるけど、こういう時こそ無理にペースを崩さずに移動した方がいいんだよ。下手に焦ったり急いだりすると何らかの失敗をしてますます遅くなっちまうかもしれないからね」
「はあ、そうなのですか?」
「ああ、だから無理はせずに今のペースで向かえばいいのさ」
焦ってもいいことは何も無いと語るパーシュを見て、アイカは納得したような表情を浮かべる。会話を聞いていたユーキもパーシュは冷静で慎重に物事を考える性格なのだと感じた。
「俺にはさっさと行った方がいいと思うがな」
アイカとパーシュが話していると、今まで黙って食事をしていたフレードが会話に加わり、パーシュの考えを否定するような発言をする。フレードの声を聞いたパーシュは視線だけを動かしてフレードを見つめた。
フレードが会話に参加したことで周囲の空気が若干変わり、嫌な予感がしたアイカはパーシュとフレードを交互に見ながら表情を曇らせる。
「依頼主の貴族様からは急いで来いって言われてるんだろう? だったら望みどおり早く行ってやればいいじゃねぇか」
「この先には何があるか分からないんだよ? モンスターに遭遇したり、急いで荷馬車が壊れたりしたらどうするんだい?」
「この辺りはモンスターが出る可能性は低いから平気だろう? 荷馬車も急いだくらいで壊れるほどボロくねぇよ」
ペースを速めても問題が起きる可能性は低いと語るフレードを見て、パーシュは深く溜め息を付く。パーシュは過去に何度もフレードの単純な言動を目にしており、今回も深く考えずに急ごうとするフレードを見て呆れ果てていた。
「前々から言おうと思ってたんだけどさぁ、アンタもう少し慎重に行動した方がいいんじゃないかい? そうやって何も考えず馬鹿みたいに突っ込んで行くと、何時か酷い目に遭うよ?」
「ハッ、余計なお世話だ。お前こそ、もう少し頭を柔らかくして考えた方がいいんじゃねぇか? 慎重に考えすぎると周りから腰抜けだと勘違いされるぜ?」
「あたしは後先のことをちゃんと考えて行動してるんだよ。頭の中が空っぽなアンタにゃ分かんないことだろうけどね」
「へえ~、頭の中ちゃんと入ってんのか? てっきり胸の方にばかり栄養が行って空っぽだと思ってたぜ」
挑発し合うパーシュとフレードは僅かに目を鋭くして正面に座る相手を睨む。まだモルキンの町に到着すらしていないのにまた喧嘩を始めた二人を見てアイカは焦り出す。
「お二人とも、落ち着いてください」
一触即発の雰囲気にアイカは立ち上がり、何とか二人を落ち着かせようとする。しかし、二人はアイカの声を聞いていないのか睨み合ったままだった。
「ユーキ、貴方も止めて」
自分だけではどうすることもできないと感じたアイカはユーキに助けを求める。ユーキはアイカを見た後に睨み合うパーシュとフレードを確認し、小さく息を吐きながら軽く肩を落とす。
「先輩たち、喧嘩するのは先輩たちの自由ですが、今は依頼を受けている最中ですよ? 喧嘩をするのなら、せめて依頼が終わった後にしてください」
冷静に二人を止めるユーキを見てアイカは目を軽く見開く。体は十歳でも精神は十八歳なので、精神年齢に合った止め方をするユーキにアイカは感心した。
幼いユーキに仲裁されたパーシュとフレードは恥ずかしくなったのか睨み合うのを止め、小さく俯きながら食事を続ける。しかし、顔にはまだ僅かに不満が残っているのか、パーシュとフレードはジッとお互いを見つめていた。
とりあえず大喧嘩にならずに済み、アイカは安心して石の上に座る。それから朝食を済ませたユーキたちは簡単に休憩をしてから出発の準備に取り掛かった。
ユーキたちは川の水を持参した革製の水筒に入れたり、地図を見てモルキンの町までの道のりを確認する。そんな中、川の水を水筒に入れているユーキの隣にアイカが静かにやって来た。
「ユーキ、さっきはありがとう。おかげで先輩たちが大喧嘩をせずに済んだわ」
「気にしなくていいよ。仕事に支障が出ると思ったからあの二人を止めただけさ。それに食事中に喧嘩されるのも嫌だったし」
謙虚な態度を取るユーキを見てアイカは大人だと思い微笑む。もしまたパーシュとフレードが口論を始めても、ユーキがいれば問題無く止められるかもしれないとアイカは感じていた。
「……というか、二人を見て思ったんだけど、先輩たちって本当は凄く仲が良いんじゃないのか?」
ユーキの言葉にアイカは目を丸くする。顔を合わせれば喧嘩ばかりするパーシュとフレードが仲が良いと言ったのだかアイカが驚くのも無理は無かった。
「えっ、いや……仲が良いって、先輩たちが?」
「ああ」
水筒に水を入れ終えたユーキは四人分の水筒を持って立ち上がり、荷馬車の方を向いて御者席で地図を確認するパーシュと少し離れた場所で周囲を警戒するフレードの姿を見た。
アイカは距離を空けて自分たちの仕事をしているパーシュとフレードをまばたきしながら見つめる。先程の口論や今までのことを考えると、どう考えても二人が仲が良いとは思えなかった。
「……私にはあの二人が仲が良いとはとても思えないけど、どうしてユーキはそう思うの?」
「だって、あそこまで言いたいことを言い合えるなんて、よほど相手のことを理解していない限り無理だろう? 本当に仲が悪かったり相手のことを知らなければ、口を利いたり干渉したりしないはずだし……それによく言うじゃないか、喧嘩するほど仲が良いって」
「それはそうかもしれないけど、あの二人の場合は……」
やはりパーシュとフレードが仲が良いとは思えないアイカは複雑そうな表情を浮かべて二人を見る。そんなアイカを見たユーキは小さく笑いながらパーシュとフレードの方を向く。
「多分、本人たちも気付いてないんだと思うよ……まあ、あくまでも俺の想像だけど」
「う、うん……因みに先輩たちには言わないの? 二人は仲が良いんじゃないですかって?」
「いや、あの二人の性格なら、言っても『絶対に違う!』って否定するに決まってるさ」
「ア、アハハハ……」
間違い無いと思ったアイカは苦笑いを浮かべ、ユーキに否定する二人の顔を想像したのか楽しそうに笑う。その後、ユーキたちは荷物や道の確認をしてから荷馬車に乗り、モルキンの町を目指して再出発した。
それからユーキたちは何度も休憩を取って道の確認や到着予定時間を確認した。その度にパーシュとフレードは口論を始め、二人が言い争う度にユーキとアイカはパーシュとフレードを宥めて喧嘩を止めた。
パーシュとフレードが口論する姿を見るたびにアイカは「よくここまで頻繁に喧嘩ができるな」と呆れ果て、逆にユーキは二人は本当に仲が良いのかもしれないと感じる。
短い休憩を何度も取りながらユーキたちは荷馬車を走らせて依頼主がいるモルキンの町へと向かった。
――――――
太陽が真上に来る頃、ユーキたちは目的地であるモルキンの町に到着した。町全体はバウダリーの町と同じように高い城壁に囲まれており、外部から敵が侵入できないようになっている。城壁の上の通路や間隔を空けて建てられている見張り小屋には町を護る警備兵たちがおり、町の外や遠くを見張っている姿があった。
ユーキたちが乗る荷馬車はモルキンの町の北側にある正門の前までやって来て停車し、ユーキたちは大きな正門を見上げる。バウダリーの町の正門と比べると小さいが、それでも十分高かった。
パーシュは御者席に座りながら周囲を見回し、正門の右側に小さな小屋があるのを見つける。その小屋が正門を開く兵士の待機所だと知ったパーシュは荷馬車を降りて待機所の方に歩いて行く。
待機所に着くと、パーシュは中にいた兵士に自分たちが何者なのか、何の用でモルキンの町にやって来たのか説明し、話を聞いた兵士は待機所の中にあるレバーなどを操作して正門を開けた。正門が開くとパーシュは御者席に乗って手綱を握り、荷馬車を走らせる。
「このまま依頼主である貴族の屋敷に向かう。そこで貴族から詳しく話を聞くから、アンタらも一緒に来てくれ?」
「分かりました」
「ハイ」
「……チッ」
ユーキとアイカはパーシュの方を見ながら返事をするが、フレードは小さく舌打ちをする。話は代表であるパーシュだけが聞けばいいのに自分まで話を聞くことに付き合わされ、面倒くさく思っているようだ。
パーシュは舌打ちをしたフレードを目を細くしながら見つめているが、注意などはせずに前を向いて荷馬車を走らせた。
ユーキたちが乗る荷馬車は人が多い街道の真ん中を走りながら町の中心にある依頼主の貴族の屋敷へと向かう。街道を移動する間、ユーキとアイカは賑やかな町の中を見回していた。
モルキンの町はラステクト王国に存在する小都市の一つで豚や鶏などを育て、食用肉にして他の町と取引している。モルキンの町の肉はどれも質が良く、バウダリーの町もモルキンの町から肉を買い取って調理したり、保存用の燻製肉に加工して販売しているのだ。バウダリーの町と比べると小さく、店や宿屋の数も少ないが住民たちは不自由せずに暮らしていた。
町の住民たちの中には知人同士で会話をしたり、明るいのに酒を飲んだりしている者など大勢いる。街道を移動するユーキたちを見て、メルディエズ学園の生徒が町にいることに気付く者もおり、ユーキたちを見ながら小声で話していた。
ユーキたちの荷馬車は住民たちに見られながら移動し続け、しばらく道なりに進んでいくと広い庭がある屋敷に到着する。屋敷は薄い赤レンガで出来た二階建てで、町の住民たちが暮らす民家よりも立派な作りだった。
庭もそれなりに広く、庭師と思われる数人の男たちが手入れをしている姿があった。庭師たちがユーキたちの荷馬車が庭に入ると作業を中断してユーキたちに注目する。荷馬車は屋敷の入口前で停車し、ユーキたちは荷馬車から降りて屋敷を見上げた。
「此処が依頼主の屋敷か。やっぱりデカいなぁ……」
貴族の屋敷を見上げながらユーキは意外そうな表情を浮かべる。メルディエズ学園で校舎や学生寮など大きな建物を見ているため、屋敷を目にしても驚くことはなかったが、校舎や学生寮と雰囲気が違っているので少しだけ関心があった。
ユーキが屋敷を見上げていると、屋敷の玄関が開いて中から六十代後半ぐらいの白髪の執事が現れた。アイカたちは一斉に執事の方を向き、ユーキも視線を屋敷か執事に向ける。
「メルディエズ学園の方々でいらっしゃいますね?」
「ああ」
執事が身分を確認すると代表であるパーシュが小さく頷く。執事はメルディエズ学園からやって来た生徒が僅か四人で、その内の二人が女子生徒、そして一人が児童であることを確認すると若干不満そうな表情を浮かべた。
「……お待ちしておりました。主がお待ちしておりますのでご案内します。お入りください」
不満を感じてはいるが、それを口にせずに仕事を続ける執事はユーキたちを屋敷に招き入れ、ユーキたちは黙って屋敷に入る。屋敷に入ると広いエントランスがユーキたちを出迎えた。
赤い絨毯と二階へ続く階段、少し小さめのシャンデリアが視界に入り、エントランスを目にしたユーキは「おおぉ」と目を軽く見開く。アイカたちは見慣れているのか、エントランスを見ても驚かず、無表情のままだった。
ユーキたちは執事に案内されて屋敷の中を移動し、一つの部屋の前までやって来る。執事はユーキたちを待たせると扉を軽くノックした。すると、扉の向こうから男の声が聞こえてくる。
「何だ?」
「旦那様、メルディエズ学園の生徒の方々がいらっしゃいました」
「……お通ししろ」
許可を得ると執事は扉を開けてユーキたち通す。代表のパーシュが先に部屋に入り、それに続くようにユーキたちも部屋に入る。中には一人の四十代後半ぐらいの男が部屋の真ん中に立っていた。
男は身長170cm強ぐらいの濃い金色の短髪で金と黒が入った白い貴族服を着ており、落ち着いた雰囲気をしている。どうやらこの男がモルキンの町を管理する貴族のようだ。
貴族は入室してきたユーキたちを見ると安心したのか小さく笑う。だが、派遣された生徒が四人だけで、しかもフレード以外の三人が女子生徒と児童であることを知ると笑顔が消えて期待外れのような表情を浮かべた。ユーキは貴族の反応を見ると、彼が何を考えているのか察して小さく肩を竦める。
「……よく来てくれた。とりあえず座ってくれ」
ユーキたちを見ながら貴族はすぐ近くにある長方形の机とそれを挟むように置かれたあるソファーを指差して座るよう指示を出す。ユーキたちはソファーの方に移動し、代表者のパーシュがソファーに腰かけ、ユーキたちはパーシュの後ろに立って待機する。
パーシュが座るのを見ると貴族は反対側のソファーに座ってパーシュと向かい合い、ユーキたちを案内した執事は貴族の後ろに移動して待機する。話し合いができる状態になると貴族がパーシュの方を向いて口を開いた。
「改めて名乗らせてもらおう。この町の管理を任されている男爵、ロイガント・ゲフォリオだ」
「あたしはパーシュ・クリディック、今回派遣された生徒たちの代表を任されている」
「パーシュ・クリディック?」
ロイガントはパーシュの名を聞くと反応し、小さく俯きながら考え込む。そして、何かに気付くと目を見開いてパーシュの顔を見た。
「まさか、あのパーシュ・クリディックか? メルディエズ学園の魔剣と言われている神刀剣に選ばれた生徒の?」
「へえ、あたしのことを知ってくれてるとは光栄だね。因みにあたしの後ろにいる馬鹿ヅラした男も神刀剣に選ばれたモンだよ」
「誰が馬鹿ヅラだ」
パーシュは左目でウインクしながら笑い、自分の後ろで待機しているフレードも親指で指す。フレードは依頼主の前でも馬鹿にしてくるパーシュに思わず言い返した。
ロイガントはパーシュ以外にも神刀剣に選ばれた生徒がいることを知って目を大きく見開きながらフレードを見た。だが、ユーキが視界に入ると再び不満そうな表情を浮かべる。
「……神刀剣に選ばれた生徒を二人も派遣してくれたことには感謝するが、人数がたった四人と言うのは少ないのではないか? しかも二人の内、一人はまだ十歳くらいの子供、いったいどういうことだ?」
人数が少ないこと、四人の中に児童であるユーキがいることに納得ができないロイガントは僅かに目を鋭くしてパーシュを見つめ、後ろにいる執事も僅かに不満を見せながらパーシュを見ていた。
パーシュはロイガントの反応を見て、彼が不満に思うのも無理は無いと思いながら落ち着いてロイガントを見つめる。そして、すぐに小さく笑みを浮かべながらユーキを親指で指した。
「見た目だけで判断しちゃいけないよ、男爵様。ユーキは確かに子供だけど、優れた戦闘能力を持ってるんだ。こっちのアイカも中級生の中でも高い実力の持ち主だよ」
パーシュは自慢するかのようにユーキとアイカを紹介し、ユーキは自分を買い被るパーシュを見ながら若干複雑そうな反応をし、アイカは少し照れくさそうにパーシュを見ている。
「しかも此処にいる全員が混沌士、四人だけだが盗賊どもと互角以上に戦えるだけの戦力はあると思うよ」
「何と、全員が混沌士……」
実力が高いだけでなく、強力な力を持つ混沌士だと聞かされ、ロイガントと執事は驚く。混沌士を四人もいるのであれば、人数が少なくてもそれを補えるだけの力があると感じたロイガントは納得し、それ以上文句を言うことはなかった。
ロイガントが黙るのを見て、納得したと感じたパーシュは再び小さく笑い、フレードも文句を言えなくなったロイガントを見たニヤリと笑っていた。
「それじゃあ、早速だけど、この町の近辺に出没してる盗賊のこと、詳しく聞かせてもらえるかい?」
「分かった」
本題に入ると驚いていたロイガントは真剣な顔でパーシュを見つめ、パーシュは待機していたユーキたちも盗賊の詳しい情報を聞くために話を聞くことに集中した。
「……既に知っていると思うが、盗賊たちはこの町の近くを通りがかった旅人や町の住民たちを襲い、金品や食料などを奪っている。何度も冒険者たちに盗賊たちの討伐を依頼したが、情報を持ち帰った者を除いて全員が殺されている」
「確か盗賊の中に混沌士がいて、ソイツが強すぎるからあたしらに依頼したんだろう?」
「そのとおり。盗賊たちは“血を吸う天使”と呼ばれており、二十人から三十人ほどの集団だそうだ。そして、その中のリーダーと思われる女盗賊が混沌士だと生き残った者から聞いた」
メルディエズ学園で聞かされていなかった情報を聞き、ユーキたちは目を僅かに細くする。盗賊たちが思っていた以上に面倒そうな存在で、倒すのには少々手間がかかるかもしれないと四人は感じていた。
盗賊が面倒な敵だと思っていると、ユーキの頭の中にある疑問が浮上する。人数やリーダーである女が混沌士であることまで分かっているのなら、なぜ冒険者たちは失敗し続けているのかユーキは不思議に思っていた。
「そこまで分かっているのになぜ冒険者たちはここまで失敗し続けているんだい?」
パーシュはユーキが疑問に思っていたことをロイガントに尋ね、ユーキは知りたがっていることが分かるかもしれないと感じてロイガントに視線を向けた。
ロイガントは小さく俯き、しばらく黙り込んでから顔を上げる。
「それは私たちにも分からない。何しろ送り込んだ冒険者たちは全員殺されてしまい、情報が一切入って来ないのだ」
情報が無ければ対策の練りようがなく、対策が無ければ上手く戦えずに返り討ちに遭ってしまう。ユーキとパーシュは冒険者たちが失敗し続けている理由を聞かされて納得した表情を浮かべる。
「……んで、盗賊たちはどの辺りに出没するんだい?」
パーシュが盗賊たちが現れる場所を尋ねると、ロイガントは執事の方を向き、目が合った執事は近くの棚から丸められた羊皮紙を取り出してパーシュとロイガントの間にある机の上に広げる。それはモルキンの町の周辺の地図だった。
広げられた地図をパーシュとユーキたちは覗き込み、ロイガントは地図に描かれているモルキンの町の近くの平原を指差した。
「連中は町の南西にある平原に現れて旅人や町の住民を襲っていた。だが、五日ほど前に平原から更に南西に移動した所にあるライトリ大森林から数人の盗賊が現れたのを見張りをしていた町の兵士が目撃した。恐らく、この森に連中の隠れ家があるのだろう」
地図に描かれている森を指差しながらロイガントは盗賊たちの隠れ家が森の中にあると語り、パーシュも盗賊たちが現れた場所や森から出てきたことを考えて森に隠れ家があると考えていた。
(……へぇ、ライトリ大森林ってモルキンの町よりも広いんだな? こりゃあ、身を隠すにはもってこいの場所だ)
ユーキはパーシュの後ろから地図を見て盗賊たちが隠れていると思われるライトリ大森林を確認し、隠れ家を作るにはピッタリの場所だと感じる。すると、地図を見ていたユーキはあることに気付いて軽く目を見開いた。
(あれ? この森、俺がこっちの世界に転生した時に目を覚ました森のすぐ隣の森じゃないか?)
地図に描かれてあるライトリ大森林の位置を見て、ユーキは自分が異世界に転生した時のことを思い出す。
ライトリ大森林の西側には大きめの道があり、その道を挟んだ反対側にはもう一つ、同じくらいの大きさの森がある。道を真っすぐ北に向かって進むとバウダリーの町があり、バウダリーの町とライトリ大森林の間には他に森はなく、ユーキは自分が目を覚ました時にいた森がライトリ大森林の隣にあった場所だと確信した。
(それじゃあ、俺が学園長と出会った時に襲ってきた連中は今回現れた盗賊の仲間なのか? ……いや、奴らは何の計画も無しに襲ってきた素人同然の連中だった。今回の敵は冒険者たちに何度も勝つほどの力があり、計画的に動いている。俺を襲った連中とは別組織の連中だな……)
自分を襲った盗賊たちと今回モルキンの町の近辺で暴れている盗賊が違う組織だと考え、ユーキは改めて警戒して戦わなくてはならないと自分に言い聞かせる。
パーシュはライトリ大森林の位置と大きさを確認すると地図を見ながら腕を組んで難しい顔をし、アイカとフレードも地図を見て黙り込んだ。
「盗賊に関する情報は分かった。それで、盗賊の隠れ家がある場所が何処か分かるかい?」
パーシュは視線だけを動かしてロイガントを見つめ、ライトリ大森林の何処に盗賊たちの隠れ家があるか尋ねた。
ライトリ大森林に盗賊たちの隠れ家があるのは間違い無い。しかし、広い森の中から隠れ家を見つけるのは非常に難しいことだ。パーシュは何か盗賊の隠れ家に関する手掛かりが欲しいと思っていた。
「随分昔になるが、あの森には伐採した木を保管しておく倉庫があると聞いた。もしかすると、その倉庫を隠れ家にしているかもしれない。勿論、私の予想だがな」
「その倉庫の位置は?」
「分からん、私がこの町の管理を任される前に使われなくなったからな。地図にも記さないようになってしまったのだ。ただ、森の東側の何処かにあったという話は聞いている」
「東側か……」
正確な位置までは分からないが、森のどの辺りにあるのかが分かればそれだけで探索範囲を絞ることができる。パーシュはユーキたちにとっては十分な情報だった。
「もう一つ訊いてもいいかい?」
「何だね?」
「あたしらより前に依頼を受けた冒険者たちはライトリ大森林に盗賊の隠れ家があることを知っていたのかい?」
「いや、そこまでは私も分からん。ただ、かなりの数の冒険者に依頼したからな。何人かは森の中に隠れ家があることに気付いて調べていたかもしれない」
「そうか、分かったよ」
答えを聞いたパーシュは目を僅かに細くしながら俯き、ロイガントはパーシュの質問の意味が理解できずに小首を傾げた。
質問が終わるとパーシュはゆっくりと立ち上がらり、座っているロイガントを見下ろした。
「それじゃあ、これからライトリ大森林へ行って盗賊どもを片付けてくるよ」
「そうか、よろしく頼むぞ。森までは私の部下に案内させよう」
「ど~も」
パーシュはロイガントに感謝しながら扉の方へ歩いて行き、そのまま部屋から出ていく。アイカとフレードのパーシュに続いて退室し、最後にユーキも部屋から出ていこうとする。だが、扉の前まで来たユーキは足を止めてロイガントの方を向いた。
「あの、一つ確認しておきたいんですが……」
「何かな?」
「依頼内容は盗賊の討伐ということでが、もし盗賊を生け捕りにできるのなら、生け捕りにした方がいいですか?」
ユーキに盗賊たちの生死について問われ、ロイガントは軽く目を見開く。これまで依頼した冒険者たちは盗賊たちの生死について聞かずぬただ指示に従って行動していた。しかし、目の前の児童はこちらが何も言わなくても自分から依頼の内容を確認してきたので少し驚いたようだ。
「そう、だな……連中はこれまで多くの住民や冒険者の命を奪ってきた。本来なら全員処刑にするべきなのだが、連中には色々と訊きたいことがある。可能であれば生け捕りにしてくれ」
「分かりました。パーシュ先輩にも伝えておきます」
そう言ってユーキは部屋を出ていき、残されたロイガントと執事は幼いのにしっかりしているユーキに感心にしていた。




