第百八十八話 護送
コリーは広場の中央でルタと合流するとルタを抱きしめる。妹が無事なことを誰よりも強く願っていたため、無事にルタを見つけることができたコリーは思わず腕に力を入れてしまう。
ユーキたちは無事に再会できた姉妹を囲むように立ちながら見つめていた。
「お姉ちゃん……」
「馬鹿! 勝手に一人で村の外に出て……心配したんだらかっ!」
「ごめんなさい……」
叱咤するコリーの腕の中でルタは小さな声で謝罪する。ルタも幼いとは言え、自分の行動が原因でコリーを心配させたことは理解できるため、コリーに対して罪悪感を懐いていた。
コリーは腕の力を抜いてゆっくりとルタから離れると彼女が持っている紫色の花に視線を向けて呆れたような表情を浮かべる。
「やっぱりシューレインを摘みに来たのね?」
「うん……」
ルタは頷きながらシューレインの花を握り、コリーはルタを見ながら小さく溜め息をついた。
コリーとルタの会話を聞いていたユーキはルタの握る紫色の花がルタを見つける直前にコリーから聞かされたシューレインの花だと知る。
「今、墓地にはスケルトンが沢山出るから近づいちゃダメだって父さんや村長から言われたはずでしょう?」
「だって、このお花、もうすぐ摘めなくなっちゃうから……」
「そうかもしれないけど、花よりも自分の命を大切にしないとダメよ」
俯くルタを見ながらコリーは間違いを指摘し、ルタは暗い顔をしながら黙り込む。
周りにいるユーキたちはコリーとルタが何の話をしているのか理解できず、小首を傾げたりしながら不思議そうにしていた。
「えっと、話してるところ悪いんだけど、質問してもいいかな?」
ユーキは詳しく話を聞こうとコリーに声を掛け、ルタを叱っていたコリーはフッと反応してユーキの方を向いた。
「あ、ハイ。何でしょうか?」
「ルタちゃんはそのシューレインって花を摘むためにこの墓地に来たんだよな?」
「ええ」
「どうしてルタちゃんはわざわざ危険な墓地に花を摘みに来たんだ? そもそも、その花はいったい何だんだ?」
疑問に思っていることをコリーに尋ねると、コリーはチラッとルタが握るシューレインの花に視線を向け、しばらく花を見つめた後にゆっくりと口を開いて説明し始めた。
「シューレインはこの辺りではこの墓地にしか咲かない花なんです。この花はある一定の時期しか花を咲かさず、時期が過ぎると花が閉じてしまうんです。次に花を咲かすのは三、四ヶ月後なんです」
「成る程ねぇ……それは君たちにとって特別な花なのか?」
「特別な花か、と訊かれるとちょっと複雑ですね。この花は私たちじゃなくて、私たちの母にとって特別な花なんです」
「お母さんの?」
コリーの口から出た言葉にユーキは意外そうな反応を見せる。話を聞いた直後は意外に感じたが、コリーがシューレインの花の話をしている時、自分の母親について何か話そうとしていたのを思い出したユーキは納得したような反応を見せた。
ユーキはコリーから聞いた話とこれまでに得た情報からどうしてルタが危険な墓地にシューレインの花を摘みに来たのか俯きながら考える。
ウェンフやオルビィンは難しい顔で考え込むユーキを見ながらまばたきをしていた。しばらくするとユーキは答えを見つけたのか顔を上げてコリーとルタの方を向く。
「もしかして、そのシューレインってお母さんへのプレゼントか何かかい?」
ユーキが自分の推測が合っているか確認するように尋ねると、コリーは小さく反応してからチラッとルタが持つシューレインの花に視線を向けた。
「ハイ……さっきは言いそびれてしまいましたが、もうすぐ母の誕生日なんです。シューレインは母にとって特別な花らしいので、私たちはずっと前から誕生日にシューレインを母にプレゼントしようと決めていて、花が咲く頃にこっそり摘みに来ようと計画していました」
母親のためにわざわざ遠い墓地まで花を摘みに行こうと考える姉妹を見てユーキは「成る程」と言いたそうな顔をする。
この時のユーキは母親の誕生日プレゼントを用意するコリーとルタの行動に感心しており、同時に母親の誕生日を祝える二人を羨ましく思っていた。
「……ですが、少し前からスケルトンが墓地や村の近くを徘徊するようになり、危険な状態になったので花を摘みに行くのは諦めようと思っていたんです。でも妹はどうしても母にシューレインをプレゼントしたいと言って諦めようとしませんでした」
コリーは表情を曇らせながら話し、黙ってコリーの話を聞いていたルタも同じように暗い顔をする。
「流石にスケルトンがいる場所に行くわけにはいかないと考えた私は妹を説得し、妹も納得してくれました。でも……」
「やっぱり花を諦めきれなかったルタちゃんは花を摘むために君や両親、村の人たちにも内緒でこっそり村を出てこの墓地にやって来た。そして花を見つけて村に戻ろうとした時にスケルトンと遭遇してしまった、と言うことか」
ユーキがルタを見つけるまでの経緯を想像しながら語り、コリーはユーキを見ながら「だと思います」と言いたそうな顔で頷く。
ルタの母親のためにプレゼントの花を摘みに行こうとする行動力は見上げたものだとユーキは思っている。しかし、危険な場所に行ってはいけないとコリーたちから言われていたのに一人で墓地に向かったことは感心できなかった。
俯いているルタを見ながらユーキはルタの右側に移動し、隣まで来るとルタの肩にそっと手を置いた。
「お母さんに花をプレゼントしたいって言う気持ちは分かる。だけど、そのためにモンスターがいる危険な場所に一人で来たのは間違ってるぞ。下手をすれば君はモンスターに襲われて死んでたかもしれないんだ。現にさっきもスケルトンに殺されかけていたしね」
「うん……」
「それにもし、君が花を摘みに行ってモンスターに殺されてしまった場合、それを知ったお母さんはどうなると思う?」
「……?」
ユーキの言葉の意味が理解できないルタはユーキを見ながら小首を傾げる。一方でコリーはユーキの言いたことを察し、僅かに表情を歪ませた。
「自分の誕生日プレゼントを取りに行ったことで娘が命を落とした、それを知ったらお母さんはきっとショックを受けるんじゃないか? 自分が原因で家族が死んでしまった、お母さんは強い罪悪感を感じて自分を責めると思う」
真剣な表情で語るユーキを見て、ルタは思わず目を見開く。自分が命を落としていたら母親が悲しんでいた、ルタはユーキに言われて自分がとんでもない行動を取っていたことに気付いた。
ルタは暗い顔で俯きながら自分の軽はずみな行動を反省し、コリーも自分の過ちに気付いたルタは黙って見つめている。
ユーキはルタの顔を見て間違いに気づいてくれたことを知ると小さく笑みを浮かべる。
「お母さんのことを想うのはいいけど、これからはもう少し考えて行動した方がいいよ?」
「……うん、ごめんなさい」
理解してくれたルタを見てユーキはそっとルタの頭を撫でる。コリーも反省してくれたルタを見て小さく苦笑いを浮かべていた。
「ルタ、理由はどうあれ勝手に村を出てきちゃったのは事実だから、帰ったらちゃんと母さんたちに謝るのよ? 私もちゃんと理由を説明してあげるから」
「うん、分かった」
ルタは先程まで浮かべていた暗い顔を消して微笑みながら返事をし、コリーはルタを見ながら頷く。そんな二人をユーキたちは静かに見守る。
「ルナパレス先輩、これからどうします?」
アトニイが今後の予定について尋ねるとユーキは簡単に周囲を見回してからアトニイの方を向いた。
「まだ墓地の全てを確認したわけじゃないから、此処にある墓場を全部調べてスケルトンを倒してから村に戻るべきなんだけど、ルタちゃんが見つかったから一度村に戻った方がいいな」
このままコリーとルタを同行させてスケルトンの討伐を続けると二人がスケルトンに狙われる可能性があると考えたユーキはコリーとルタをグロズリアの村ヘ連れて行こうと考える。
ウェンフたちもユーキと同じことを考えていたのか誰も異議を上げることなくユーキを見ていた。
「あ、あのぉ、私と妹は大丈夫ですから、皆さんはお仕事を続けてください」
コリーはユーキたちを見ながら申し訳なさそうな口調で声を掛ける。自分とルタはグロズリアの村へ送ればユーキたちが効率よくスケルトンの討伐ができないと感じ、迷惑を掛けないためにもこのまま討伐を続けてほしいとコリーは思っていた。
ルタも自分のせいで迷惑が掛かってしまったと思っているのか、コリーの同行するという提案に反対せずにユーキたちを見ている。ただ彼女の場合は姉であるコリーと一緒なら怖くないので同行してもいいと思っているかもしれない。
「いや、そうはいかない。依頼を出してくれたグロズリアの村人である君たちを危険な目に遭わせることなんてできない」
「でも、それだと皆さんの仕事が……」
「大丈夫、君たちを送った後に墓地に戻ればいい。それにもし墓地に戻る時間が無かったとしても、明日また討伐に来ればいいからな」
依頼を完遂するまでの期間を考えれば慌てること無いと考えているユーキは笑みを浮かべ、コリーはそんなユーキを見ながら若干複雑そうな表情を浮かべる。
コリーとルタをグロズリアの村に送った後にもう一度墓地へ向かうと言うのは効率の悪いやり方だが、二人の命の方が重要なため、ユーキは多少時間が掛かることになったとしてもそれで構わないと思っており、ウェンフたちも同じ気持ちだった。
ユーキたちはコリーとルタをグロズリアの村へ送るため、来た道を戻って墓地の出口へ向かう。ユーキたちはコリーとルタの前を歩き、グラトンは二人の背後を護るようについて行く。
墓地に来た時はスケルトンと遭遇しなかった場所にもスケルトンが現れる可能性があるため、ユーキたちは気を付けながら出口を目指した。
林道を抜け、コリーと出会った墓場まで戻ってきた。幸い新たなスケルトンと遭遇することは無く、ユーキたちは真っすぐ出口に続く道を歩いて行く。
移動中、コリーはいつ現れるか分からないスケルトンに不安を感じており、ルタもコリーにしがみ付きながら歩いていた。
前を歩くウェンフは後ろで不安を露わにするコリーとルタに気付くと歩きながら二人の方を向いて微笑んだ。
「大丈夫だよ、私たちがちゃんと二人を護るから」
「あっ、ハイ……ありがとうごさいます」
勇気づけてくれるウェンフを見たコリーは苦笑いを浮かべながら返事をした。
コリーの反応を見たウェンフはコリーがまだ不安に思っていることに気付き、どうにか元気づけてあげられないかと考えていた。
「そんなに不安にならなくても平気だよ。ユーキ先生がいるから例え沢山のスケルトンが出てきてもあっという間にやっつけちゃうから」
「は、はあ……」
少し力の入った声を出しながらウェンフはユーキのことを自慢するように語り、話を聞くコリーは小さく頷きながら返事をする。
ウェンフの右隣を歩くユーキは自分のことを高く評価するウェンフを困ったような顔で見ている。優秀な人材だと言われ、周囲から必要以上に期待されることをユーキは避けたいため、心の中でやめてくれと思っていた。
「それにユーキ先生だけじゃなくて、オルビィン様やアトニイも強いから安心して。まぁ、先生と比べたらまだまだだと思うけど」
「悪かったわね」
左隣を歩くオルビィンが低い声を出しながらジト目でウェンフを見つめ、ウェンフは驚いた顔をしながらフッとオルビィンの方を向いた。
「あ~、えっとぉ……」
自分の発言でオルビィンの機嫌を損ねてしまったことに気付いたウェンフは苦笑いを浮かべながら言い訳の言葉を考える。
オルビィンはウェンフの顔をジッと見つめており、ユーキの右隣を歩いているアトニイは小さく笑いながらウェンフとオルビィンを見ていた。
不機嫌そうな顔をするオルビィンとオロオロするウェンフをコリーとルタは目を丸くしながら見つめている。だがしばらくするとコリーは二人のやり取りが面白いのか、クスクスと笑い出す。ルタもコリーが笑ったことでつられるように笑った。
コリーとルタが笑っていることに気付いたウェンフとオルビィンはフッと二人の方を向いた。
「ホ、ホラ、アンタのせいで笑われちゃったじゃない」
「え、ええぇ? 私のせいなのぉ?」
恥ずかしそうにしながら怒るオルビィンを見てウェンフは目を見開く。そんな二人が面白いのかコリーとルタは笑い続ける。そこには先程まで見せていた暗い表情は一切見られなかった。
後ろを歩くコリーとルタの笑い声を聞いて、ユーキは少しだけ二人が元気になってよかったと感じ、前を見ながら笑みを浮かべた。
ウェンフたちが喋っている間にユーキたちは林道を抜けて最初に訪れた墓場のある広場に出た。この広場を出れば墓地の出口はすぐそこだ、そう思いながらユーキたちは出口へ続く道がある方を向く。
しかし道がある方を向いた瞬間、ユーキたちは一斉に立ち止まる。数十m先にある道の入口前に六体のスケルトンの姿があったのだ。
スケルトンは全て剣を持っており、ユーキたちに気付いていないのか入口前を歩き回っていた。
「やっぱり出て来たか」
予想していたとおり、最初はいなかった場所にスケルトが現れたことでユーキは面倒そうな声で呟いた。
ユーキはスケルトンを見つめながら月下と月影を抜き、ウェンフとアトニイは鞘に納めた状態の剣を構える。オルビィンもショヴスリを両手でしっかり握りながら戦闘態勢に入った。
コリーはスケルトンを見つめながらルタを抱き寄せ、ルタは少しだけ暗い顔をしながらスケルトンを見ている。
二人とも先程ウェンフとオルビィンのやり取りを見て元気になったからか、スケルトンを目にしても怖がる様子は見せなかった。
「あのスケルトンを倒さないと墓地から出られない。ちゃっちゃと片付けて出口へ行くぞ」
『ハイ』
ウェンフ、オルビィン、アトニイの三人は声を揃えて返事をするとユーキは目を鋭くしながら月下と月影を構える。
「グラトン、お前はコリーとルタちゃんを護れ。スケルトンが近づいて来たら自分から向かって行かず、二人の傍を離れないようにして戦うんだ」
「ブオォ」
グラトンは大きく口を開けて鳴き、グラトンを見たユーキはスケルトンの方を向く。ユーキがスケルトンの方を向いた直後、歩き回っていたスケルトンたちはユーキたちに気付き、剣を振り上げながらユーキたちに向かって走ってきた。
「こっちに気付いたか。皆、行くぞ!」
走ってくるスケルトンたちを見たユーキたちは迎え撃つために走り出そうとした。その時、ユーキたちの真上を何かが勢いよく通過してスケルトンたちの方へ飛んで行く。
頭上を何かが通過したことに気付いたユーキたちは一斉に立ち止まり、飛んで行ったものを確認する。なんとそれはボロボロの墓石で回転しながら空中を移動し、向かって来ているスケルトンの一体に命中した。
墓石の直撃を受けたスケルトンは粉々になって動かなくなり、墓石も地面に落ちて砕けてしまう。墓石が命中した時にスケルトンの頭部が破壊されたため、蘇る心配は無かった。
スケルトンが倒されたのを見たユーキたちは墓石が飛んで来た方角を向いて何が起きたのか確認しようとする。するとユーキたちの目に長い尻尾で右隣にある墓石を掴むグラトンの姿が飛び込んできた。
グラトンはスケルトンが走ってきたことに気付くとその場を動かずにスケルトンを攻撃するために近くにある無数の墓の中から使えそうな墓石を見つけ、尻尾で投げやすい大きさに砕いて投げていたのだ。
因みにその場を動かずにいるのはユーキに言われた「二人の傍を離れないようにして戦え」と言う命令を守っていたからである。
「お、おい、グラトン! 何やってんだよ!?」
ユーキはグラトンが墓石を壊し、その欠片を投げたことを知ると驚きながら声を掛ける。ウェンフたちやグラトンの近くにいるコリーもグラトンの行動に驚いて目を丸くしていた。
墓は亡くなった者が眠る場所で決して汚したり、壊してはならない物。それを普通に壊してスケルトンの攻撃に使用するグラトンにユーキたちは驚きを隠せずにいた。
ユーキたちが驚く中、スケルトンたちは走る速度も落とすことなくユーキたちに向かって行く。仲間がやられたとしてもアンデッドであるスケルトンたちは動揺したりせず、目の前の敵を攻撃することだけを考えている。
スケルトンたちが迫って来ているのを見てユーキたちはスケルトンの方を向き直す。そんな中、グラトンは落ちている墓石の欠片を尻尾で掴み、スケルトンに向けて投げつけようとした。それに気付いたユーキはグラトンの方を向いて目を見開く。
「グラトン、アイツらは俺たちが倒すから大人しくしてろ。……それと、墓石を投げるのはやめろよ?」
「ブォ」
グラトンが軽く鳴き声を上げるとユーキやウェンフたちは改めてスケルトンたちの迎撃に向かおうとする。
スケルトンを睨むユーキは走るために地面を蹴ろうとする。だが走り出そうとした瞬間、再びユーキたちの頭上を墓石の欠片が通過してスケルトンたちに向かって飛んで行き、それを見たユーキは思わずよろけて転びそうになった。
墓石の欠片は再びスケルトンの一体に命中してスケルトンを粉々にする。最初に倒されたスケルトンと同様頭部が破壊されたため、動き出すことは無かった。
ユーキは体勢を直すと振り返り、尻尾で新しい墓石の欠片を拾うグラトンを目にする。どうやらグラトンはユーキの指示を理解していなかったようだ。
グラトンは近づいて来るスケルトンたちを見るとまた尻尾で掴んでいる墓石の欠片を投げようとした。
「やめろっつてんだろ、この罰当たりがぁ!」
ユーキはグラトンの方を向くと声を上げ、グラトンはユーキを見ると怒っている理由が分からず、不思議そうに小首を傾げる。ユーキとグラトンの近くでは二人のやり取りを見ていたコリーとルタは呆然としながらやり取りを見ていた。
ウェンフたちもユーキとグラトンを見ながらキョトンとしていたが、スケルトンたちが距離を詰めて来ていることに気付くと気持ちを切り替え、スケルトンたちの迎撃に向かった。
その後はユーキが怒ったことでグラトンが墓石を投げることは無く、残ったスケルトンたちもウェンフ、オルビィン、アトニイの三人によって倒された。
――――――
スケルトンを倒し終えるとウェンフ、オルビィン、アトニイは広場を見回して他にスケルトンが隠れていないか確認する。
ウェンフたちが確認をしている間、ユーキは座っているグラトンの前に立ち、両手を腰に当てながらグラトンを睨んでいた。
「まったく! 投げるなって言ってるのに何で投げるんだよ」
「ブオォ?」
再び小首を傾げるグラトンを見てユーキはカチンと来たのか目を細くしながら苛立ちを露わにする。
苛つくユーキと不思議そうにするグラトンの近くではコリーが苦笑いを浮かべながら二人を見ており、ルタはコリーの隣に立ちながら不思議そうに見ていた。
グラトンはゆっくりとまばたきをしながらユーキを見つめており、そんなグラトンの顔を見たユーキはこれ以上怒っても意味は無いと感じたのか、疲れたような顔をしながら深く溜め息をついた。
「……コリー、すまない。墓を壊してしまって」
「い、いえ、そんな……」
コリーは頭を下げてグラトンの行いを謝罪するユーキを見ながら目を首を横に振った。
「さっきその子が壊したお墓、墓石の状態からかなり古い物で、もう遺骨とかも残ってない空っぽのお墓だと思います。ですから壊してしまっても大丈夫、だと思います……」
グラトンによって墓石を砕かれた墓を見ながらコリーは苦笑いを浮かべて問題無いと語る。確かにコリーの言うとおり、墓石を壊れた墓は周りに大量の雑草が生え、墓石に刻まれた文字も擦り減っていて読めなくなっていた。
更に墓石の前、遺体が埋葬されていると思われる場所には掘り返されたかのような浅い穴があり、何も知らない者が見たら墓として使われているかどうか分からないくらいボロボロの状態だった。
ユーキはボロボロになっている墓を見て、コリーの言うとおりもう墓として使われていないと感じ、グラトンが墓石を壊したことに対して少しだけ気が楽になった。しかし、それでもまだ少しだけ罪悪感が残っており、曇った表情で墓を見ている。
「仮に使われていなかったとしても、グロズリアが管理する墓地の墓を壊しちゃったことは事実だし、村に戻ったら村長さんに謝るよ」
「まぁ、報告はしておいた方がいいかもしれませんね」
疲れたような顔をするユーキをコリーは苦笑いを浮かべたまま見つめる。グラトンはユーキを見ながら自分の出腹を掻いていた。
ユーキたちから少し離れた所ではウェンフも苦笑いを浮かべながらユーキを見ており、アトニイは小さく笑いながらユーキを見ていた。オルビィンは目を細くしながら呑気に出腹を掻くグラトンを見て呆れている。
「とりあえず、出口に向かおう。いつまでも此処でジッとしていたらまたスケルトンが現れるかもしれないからな」
ユーキはウェンフたちと同じように広場を見回しながらコリーに声を掛け、コリーも少しでも早く墓地を出た方がいいと思っており、ユーキを見ながら無言で頷いた。
コリーの反応を見たユーキはウェンフたちの方を向いて手を振り、出発することを伝える。ウェンフたちも手を振るユーキを見ると何を伝えようとしているのか察した。
広場にいる全員が墓地の出口へ続く道がある方に向かって歩き出し、グラトンも立ち上がってユーキとコリーの後をついて行く。そんなグラトンをルタはコリーの隣を歩きながら見ていた。
「……ねぇねぇ、あの子って大人しい子なの?」
ルタはユーキにグラトンの性格について尋ね、声を掛けられたユーキは歩きながらルタの方を向いた。
「大人しいと言えば大人しいかな。ちょっと好奇心が強いところがあるけど、自分から人に害を加えることは無いし、俺の言うことも聞くよ。……さっきは言うことを聞かずに墓石を投げてたけど……」
苦笑いを浮かべながらユーキはボソボソと呟き、ユーキの説明を聞いたルタは「ふ~ん」という顔をしていた。
何でルタがグラトンの性格を訊いてきたのか分からないユーキは不思議に思いながらルタを見ている。するとルタはユーキを見ながら笑ってグラトンを指差した。
「この子の背中に乗ってみたい」
「えっ、グラトンの背中に?」
「ちょ、ルタ、何を言い出すのよ」
ルタの口から出た意外な言葉にユーキは軽く目を見開きなら立ち止まり、コリーも足を止めてルタを見ながら聞き返す。ユーキはともかく、コリーは妹が突然モンスターであるグラトンの背中に乗りたいと言い出したため、かなり驚いていた。
まだ幼いルタは大人しく人間と共に行動し、スケルトンと戦うグラトンに興味が湧いて一度背中に乗ってみたいと思ったようだ。
「だってこの子、大きくてモフモフしてるから乗ってみたいんだもん」
「乗ってみたいんだもんって、この子はモンスターなのよ? 背中に乗せてくれるはずないでしょう」
グラトンが人間を背中に乗せたりしないと考えるコリーはルタを説得しようとし、ルタはコリーを見ながら若干不満そうな顔をしていた。
「いや、大丈夫だよ」
コリーとルタの会話を聞いていたユーキは乗っても問題ないことを伝え、ユーキの言葉を聞いたコリーは驚き、ルタはパッと笑みを浮かべてユーキの方を向いた。
「えっ、大丈夫って……乗ってもいいんですか?」
「ああ、俺もよく乗せてもらってるし、コイツは背中に乗ったくらいで暴れたりしない」
ユーキがグラトンを見ながら説明すると、ルタは笑いながらコリーの方を向いた。
コリーはルタの目を見ると、「大丈夫だから乗りたい」というルタの意思を感じ取り、軽く息を吐いてからユーキの方を向いた。
「すみません、少しだけ妹をこの子に乗せてあげてくれませんか?」
「勿論」
微笑むユーキはルタに近づき、グラトンに手招きして自分とルタの下に来させる。
グラトンが目の前にやって来るとユーキはグラトンの腕を軽く叩いて姿勢を低くするよう指示を出し、グラトンは姿勢を低くしてルタが乗りやすい体勢を取った。
ルタはユーキの力を借りながらグラトンの背中に乗り、ルタが背中に乗るとグラトンはゆっくりと体勢を直した。
グラトンが体勢を直したことでルタの視座も高くなり、ルタは普段では見れない高さから周りを見たことで少し興奮したような顔をする。
「わぁ~~、凄い凄い!」
周りを見回しながらルタは満面の笑みを浮かべ、ユーキもルタを見上げながら微笑んでいる。コリーはルタが落ちるのでと若干心配そうにしていた。
「グラトン、体を大きく動かしてルタちゃんを落とすんじゃないぞ?」
「ブォ~~」
グラトンは大きく口を開けて鳴き声を上げ、ルタはグラトンを見ながら笑って背中を撫でた。
ユーキはグラトンの背中で楽しそうにするルタを見ると小さく笑いながらウェンフたちの下へ歩いて行き、グラトンもルタを乗せながらユーキの後をついて行く。コリーは万が一ルタが落ちてもすぐに受けとめられるよう、グラトンの隣について歩いた。
それからユーキたちとウェンフたちは合流し、墓地の出口へ続く道へ入っていく。出口に向かうまでの間、ウェンフたちはグラトンの背中に乗っているルタがはしゃぎすぎて落ちるのではと心配しながら歩いていた。
「……何なんのだ、あ奴らは」
ユーキたちが広場を去った直後、広場の片隅にある木の陰から一人の壮年の男が姿を見せた。
その男は身長170cm強で濃い赤茶色の短髪に茶色い目をしており、五十代後半ぐらいで薄汚れた黒いフード付きローブを着ている。右手には身長と同じくらいの長さの木製の杖が握っていた。
「あの小僧ども、いったい何者なのだ? 何処かで見たような服装をしていたが……まぁ、そんなことはどうでもよい。重要なのはあ奴らがスケルトンたちを破壊したということだ」
男は不満そうな表情を浮かべながら杖を握る手に少し力を入れる。男の発言から彼はユーキたちが倒したスケルトンたちに何らかの繋がりを持っているらしい。しかも男はスケルトンを倒されたことに腹を立てているようだ。
「スケルトンを倒したと言うことは、あ奴らは私の計画を邪魔するために軍が差し向けた連中か? だが、あ奴らは村娘どもを救出したらさっさと出て行きおった。と言うことは軍の奴らではない?」
難しい顔をする男はブツブツと呟きながらユーキたちの正体を考えるが、情報が無いためまったく分からなかった。
「……正体が分からないのなら調べるしかないな。調べてもし軍の奴らなら始末するだけだ」
男は顔を上げると目を鋭くしながらユーキたちが歩いていった方角を見つめる。
「村娘を連れて行ったとのなら、近くの村へ向かったはず。此処から一番近いのはグロズリアだな……では、今夜にでも挨拶に行くとしよう」
不敵な笑みを浮かべる男はユーキたちが歩いていった方角とは正反対の方角に歩き出して広場を後にした。




