第百八十六話 台地の墓地
ヘクターの家を出たユーキたちは自分たちが乗ってきた荷馬車の方へ歩き出す。荷馬車の前ではグラトンが座りながら自身の出腹を掻いており、ユーキたち戻って来たのを見るとゆっくりと立ち上がる。
「待たせたなグラトン。これからスケルトンを討伐に行くからついて来い」
「ブォ~」
大きく口を開けて返事をするグラトンを見たユーキは頼りにしているのか、ニッと笑いながらグラトンの腕をポンポンと軽く叩く。
ウェンフもユーキと同じようにグラトンが活躍してくれることを期待しているらしく、ユーキの隣で微笑みながらグラトンを見つめていた。
ユーキたちから少し離れた所ではグロズリアの村の村人たちがユーキたちを不安そうな表情で見ている。派遣されたメルディエズ学園の生徒の中に児童であるユーキがおり、モンスターであるグラトンもいるため、ちゃんと依頼を熟してくれるのか、あのヒポラングは大丈夫なのかなど不信感を懐いているのかもしれない。
遠くから見つめる村人たちの視線に気付いたユーキはチラッと村人たちを見ながら苦笑いを浮かべる。自分とグラトンが初めて訪れる場所ではいつもそこにいる人たちから同じような反応をされるため慣れてはいるが、やはり不安に思われるのは気分がいいものではないので複雑な心境になってしまう。
「先輩、墓地までは荷馬車に乗っていくんですか?」
オルビィンが移動手段についてユーキに尋ねると、声を掛けられたユーキはフッと我に返った。
今は依頼中であるため、依頼を熟すことに集中しなくてはいけない。ユーキは気持ちを切り替えてオルビィンの方を向いた。
「いや、さっき地図を見て分かったんだけど、墓地は少し高い場所にあるみたいなんだ。しかも墓地がある場所に入るための道は狭いみたいだから荷馬車では進めない」
ユーキの言葉を聞いたウェンフは意外そうな反応を見せ、先程受け取った地図を広げて確認し、オルビィンとアトニイもウェンフの隣に来て地図を覗き込む。
確かに地図には台地と思われる場所が描かれ、その中に墓地があると小さな文字で書かれてある。そして墓地までの道も細く描かれてあった。
地図に描かれてある道の細さからウェンフたちは人が歩けるくらいの道幅なのだと知り、荷馬車では通れないことに納得の表情を浮かべた。
荷馬車で直接墓地に行けないのなら、行ける所まで荷馬車で移動した方がいいと思われるが、スケルトンの出現率が高い場所の近くに荷馬車を停めておいたら馬がスケルトンに襲われる可能性がある。
馬がスケルトンに襲われて、もしも殺されたり傷つけられて動けなくなったらユーキたちがメルディエズ学園に戻れなくなってしまう。
依頼完遂後に問題無くメルディエズ学園に戻れるためにも、荷馬車はグロズリアの村に置いておいて徒歩で墓地に向かった方がいいだろうとユーキたちは考えた。幸い墓地は歩いて行ける距離にあるため、徒歩でも問題は無い。
ユーキたちは荷台からポーションなど必要な道具をポーチに入れるとも墓地に向かうため、西門の方へ歩き出し、グラトンもユーキたちの後をゆっくりとついて行った。
村人たちは西門へ向かうユーキたちを無言で見つめている。そんな中、ヘクターの家からヘクターとライアナが出てきてスケルトンの討伐に向かうユーキたちの後ろ姿を見つめた。
「……大丈夫かしらねぇ、あの子たち?」
ライアナはどこか不安そうな表情を浮かべながら隣に立つヘクターに声を掛ける。
「一人だけ小さな男の子がいるし、モンスターも連れていたけど、ちゃんとスケルトンを討伐できるのかしら?」
小さくなるユーキたちを見ながらライアナは呟く。どうやらライアナも本心では他の村人と同じようにユーキたちがスケルトンを討伐してくれるかどうか不安を感じていたようだ。
ヘクターは本音を口にするライアナを見ると苦笑いを浮かべながらライアナの肩にそっと手を置いた。
「そんなことを言ってはいかんよ。彼らは私たちを救うためにわざわざ遠い所から来てくれたんだ。メルディエズ学園も強く、頼りになる生徒を派遣してくれたはずだ。例え幼い少年が来ても、例えモンスターが同行していたとしても信じてあげないといけない」
「それは、そうですが……」
夫のヘクターがユーキたちを信じるのなら自分も信じるべきだとライアナは考えるが、やはり不安なのか表情を曇らせたまま俯く。
ヘクターはライアナが不安に感じるのも仕方が無いと思っているのか、何も言わずにライアナを見つめる。
「村長!」
妻を見つめるヘクターの下に二人の村人が駆け寄ってくる。一人は身長170cmほどで三十代半ばの濃い橙色の短髪と黄色い目をした男性。もう一人は男性と同じくらいの若さで身長は男性より少し低め、紺色の長髪に青い目をした女性だった。
「ウォルクス、それにソフィア、どうしたんだ?」
ヘクターは男性をウォルクス、女性をソフィアと呼びながら不思議そうな顔をする。ウォルクスとソフィアという男女はグロズリアの村の住人で二人の子供と暮らしている夫婦だった。
駆け寄ってきたウォルクスとソフィアは僅かに息を乱しており、焦っているような表情を浮かべている。
「ルタが、ルタがいないんです!」
「ルタが?」
ウォルクスの言葉にヘクターは反応し、ライアナも軽く目を見開く。ルタとはウォルクスとソフィアの下の子供で七歳の女の子のことだ。
グロズリアの村の人口は約八十人で、その殆どが大人で子供は十数人程しかいない。ルタはそんな数少ない子供の中でも十歳以下の子供の一人でヘクターとライアナからも可愛がられていた。
「少し前に遊びに行くと言って家を飛び出していったんですが、全然帰って来ないんです」
「あの子が行きそうな場所は探したのか?」
「全部探しました。ですが何処にもいなくて……」
村中を探し回ったことをソフィアはヘクターに伝え、ヘクターは驚いたような顔をする。
グロズリアの村は他の村と比べると広い方だが子供の遊び場になりそうな所は少ない。だから子供がいなくなっても見つけ出すのはそれほど難しくなかった。
しかし子供たちが遊び場にしている場所にも、ルタが行きそうな場所にも姿が無かったと言われてヘクターは真剣な表情を浮かべる。
「他の子供たちの家で遊んでるんじゃないのかしら?」
会話を聞いていたライアナは他の子供の家にいる可能性があると考えてウォルクスとソフィアに声を掛ける。するとウォルクスはライアナの方を向いて首を横に振った。
「いいえ、ルタの友達の家にも行ってみましたが、あの子はいませんでした」
「そんな、じゃあ何処へ……」
友人の家にもいないと聞かされ、ヘクターとライアナも流石に不安になってきた。ウォルクスとソフィアも娘に何か遭ったのではと感じて深刻な表情を浮かべながら俯く。
「いなくなったのはルタだけか? コリーや他の子供たちはいるのか?」
ヘクターがウォルクスとソフィアに他にいなくなった子供はいないか尋ねるとウォルクスは顔を上げてヘクターの方を向いた。
「ハイ、全員いました。コリーはルタを探してくれています」
他に行方不明になった子供はいないと聞かされたヘクターは少し安心した反応を見せた。因みにコリーとは十五歳の少女でルタの姉のことである。
コリーは妹想いの優しい姉でルタがなかなか帰ってこない時も両親よりも心配しており、ルタを探しに行こうと進言した。
ヘクターたちはルタが何処に行ってしまったのか不安そうに顔をしながら考える。そんな時、一人の中年男性がヘクターたちに近づいて来た。
「おい、どうしたんだ?」
「ルタがいなくなったんだ」
「何だって?」
男性はウォルクスの言葉に驚いて目を見開く。
「いなくなったって、何時からだ?」
「メルディエズ学園の生徒たちが来る少し前だよ。ずっと探してるんだけど、村の何処にもいないんだ」
ウォルクスは落ち着かない口調で説明し、男性は心配そうにウォルクスと隣にいるソフィアを見ている。すると男性は何かを思い出してフッと反応した。
「もしかして、コリーが村を出たのはルタを探すためだったのか?」
「えっ?」
男性の言葉にウォルクスは反応し、周りにいるヘクターたちも一斉に男性の方を向いた。
「それはどういうことだ?」
ヘクターが尋ねると男性はヘクターの方を向いて説明し始める。
「実はメルディエズ学園の生徒が来る直前にコリーが南側の裏口から村の外に出て行くのを見たんです。てっきり村の近くに花を摘みに行ったのかと思ってたんですが……」
男性の説明を聞いたヘクターたちは衝撃を受ける。子供が一人で村の外へ出て行ったと聞かされたのだからヘクターたちが驚くのも無理はない。しかもコリーがルタを探すために村の外へ出たということは、ルタも村の外にいる可能性があると言うことになるため、ウォルクスとソフィアは驚きを隠せなかった。
ウォルクスは男性に近寄ると驚いた様子のまま男性の肩を掴んだ。
「コリーは、コリーはルタを探しに外へ行ったのか!?」
「わ、分からねぇ。ただ、現状から考えるとその可能性はあると思うぞ?」
「何処へ行ったか知らないか!?」
「さ、さあ? 俺は裏口から出て行くのを見ただけだから……」
コリーの行き先が分からないことにウォルクスは更に驚いた表情を浮かべた。ルタがいなくなった状況でコリーまでも村の外に出てしまった事態にウォルクスは言葉を失い、ソフィアも口を両手で押さえる。
現在はスケルトンが村の近くに現れると言う最悪の状態であるため、村の外に出ればスケルトンと遭遇し、襲われる可能性もあった。ウォルクスとソフィアは娘たちがスケルトンに襲われると言う状況を想像して青ざめてしまう。
ウォルクスとソフィアを見ていたライアナはヘクターの方を向き、コリーを探しに行かなくてはと目で伝える。
ヘクターも何をするべきか理解しており、ライアナを見て頷いてからウォルクスと男性の方を向いた。
「コリーとルタを探しに行くから若い男たちをできるだけ多く集めてくれ。外に出ればスケルトンと遭遇する可能性もある。武器になりそうな物を持っていくことも忘れないように伝えておいてくれ」
「ハ、ハイ!」
男性は返事をすると他の村人たちに知らせに向かう。勿論、父親であるウォルクスも捜索に加わる気でいるため、準備をしに自宅へと走り、ソフィアもその後を追った。
「ライアナ、私も村の外を探しに行く。お前は念のため、村に残っている者たちと一緒に村の中にルタがいないか探してくれ。外に出ておらず、村の中にいたのならそれが一番だからな」
「分かりました」
ヘクターは早足で自宅の中へ戻り、ライアナも村にいるかもしれないルタを探すため、他の村人たちに声を掛けに向かった。
――――――
グロズリアの村を出たユーキたちはスケルトンが出現すると言われる墓地を目指し、南へ向かって歩いている。途中幾つか分かれ道があったが、ヘクターから借りて地図のおかげでユーキたちは道や方角を間違えたりすることなく移動できた。
ユーキたちがいる場所は周りに小さな林や平原があり、ユーキたちはその中にある道を固まって歩いていた。
スケルトンは墓地だけでなく、グロズリアの村の近くにも出現すると聞いたため、ユーキたちはスケルトンと遭遇してもすぐに戦えるよう注意しながら移動している。幸い村を出てから今いる場所に来るまでの間、スケルトンや他のモンスターにも遭遇しなかった。
「もうそろそろ墓地ですか?」
「ああ、あと少し行けば墓地がある台地が見えてくるはずだ」
オルビィンの問いかけに先頭を歩くユーキが答え、すぐ後ろを歩いているウェンフは地図を見ながら自分たちの現在地を確認している。
アトニイは周囲を見回してモンスターなどがいないか確認しており、最後尾のグラトンは前だけを見ながらゆっくり歩いていた。
既にグロズリアの村を出てから数分が経ち、ユーキたちは村と墓地の中間辺りまで来ている。僅か1kmほどの距離なため、ユーキたちは疲れを感じることなく此処までやって来れた。
周囲に気を配りながらユーキたちは歩き続け、やがて遠くを見渡せるくらい見通しのよう場所にやって来た。すると南に数百m離れた場所に周りよりも高い台地があるのが目に入り、ユーキたちは立ち止まって視界に入った台地が目的地だと予想する。
「あれが墓地のある台地か?」
「うん、間違い無いと思う」
台地を見るアトニイの疑問にウェンフが同じように台地を見ながら答える。オルビィンも目を凝らして遠くにある台地を見ていた。
ウェンフたちが台地を見ているとユーキも混沌紋を光らせて強化を発動させ、自身の視力を強化して台地を見る。
視力を強化したことでユーキは台地をハッキリと見ることができ、台地がどんな状態なのか確かめた。
台地のあちこちには木が生え、木が集まった林のような場所もある。他にも木製の柵が立てられ、その近くには丸石が一定の間隔を開けて置かれてあった。
丸石を見たユーキはそれが墓石だとすぐに気付く。
「確かに墓場があるのが見えるな。だけど、スケルトンの姿は何処にも無い」
ユーキは現在地から見える場所にスケルトンがいないことをウェンフたちに伝えるように呟いた。
オルビィンとアトニイはユーキの言葉を聞いて遠くからでも墓地を見ることができるユーキに驚く。ウェンフはユーキが混沌術で視力を強化できることを知っているため、オルビィンやアトニイのように驚いたりはしなかった。
「姿が無いってことは、どこか別の場所に行ってるんでしょうか?」
「いや、そうとは限らない。此処からじゃ見えない場所にも墓場があって、そこにスケルトンがいるのかもしれない」
墓地に近づいて確認しないと分からないことを聞いてウェンフはユーキに視線を向ける。
確かに姿が無いからと言って墓地にいないと断言はできない。ウェンフは単純な考え方はせず、他の可能性も考えながら判断できるよう努力しようと思った。
ユーキは墓地の確認を終えると強化を解除してウェンフたちに方を向く。
「とりあえず行こう。此処で観察しても大した情報は得られないからな」
自分たちの目的は墓地の観察ではなく、スケルトンの討伐なのでさっさと墓地へ行こうと言うユーキの提案にウェンフたちは無言で頷く。ユーキは墓地に向かって歩き出し、ウェンフたちもユーキの後に続いて墓地へ向かった。
台地までやって来たユーキたちはスケルトンに遭遇することを警戒しながら坂道を上がっていく。台地の道はユーキが言っていたとおり荷馬車では通れないくらい細く、しかも凸凹しているため若干歩き難い道だった。
しかしメルディエズ学園で訓練を受けているユーキたちは難なく台地を上がっていき、墓場がある場所に辿り着いた。
墓場がある場所は広場になっており、あちこちに墓石が置かれてある。墓石の中には新しい物もあるが、殆どが汚れてボロボロになっている物だった。ユーキたちは墓場を見て随分前に作られたのだろうと感じる。
「遠くから見た時は分からなかったけど、思っていたよりも広いお墓だね」
ウェンフは周囲を見回しながら墓場の広さに驚く。ただ、ユーキたちがいる場所はグロズリアの村が管理する墓地の一部に過ぎなかった。
ユーキたちがいる台地そのものが墓地となっており、奥に進めば更に多くの墓場があることをこの時のユーキたちは知らなかった。
「……何だか、少し寒い気がするんだけど、気のせいかしら?」
オルビィンは両手でショヴスリを握りながら呟き、それを聞いたユーキたちは墓場を見回しながら雰囲気を感じ取る。
「……確かにちょっとひんやりしますね。大きな墓地は山のような高い所に作られることが多いので墓地に入ると寒さを感じると言われています。この墓場も台地の高い所にあるから、寒さを感じるのはそのせいかもしれません」
「そう、なんですね……」
「あと、幽霊みたいな霊的なものが彷徨っていて、それが近くにいると寒さを感じるとも言われていますよ」
「へ、変なこと言わないでください」
ユーキの話を聞いて更に寒気を感じたオルビィンは顔色を悪くする。ユーキは怖がっている様子のオルビィンを見ると苦笑いを浮かべながら「すみません」と目で謝罪した。
墓場の雰囲気についてユーキとオルビィンが話している間、アトニイは無言で墓場の中や周囲にある茂みなどを見回してスケルトンを探す。しかしユーキたちの近くにはスケルトンの姿は無く、生き物の気配も感じられなかった。
「ルナパレス先輩、この辺りにはスケルトンはいないようです。もう少し奥を調べてみたらどうでしょうか?」
声を掛けられたユーキはチラッとアトニイを見た後、改めて墓場を見回す。そして、自分たち以外に誰もいないことを確認したらもう一度アトニイの方を向いた。
「……そうだな。此処は俺たちが思っていたよりも広いみたいだし、まずはスケルトンを探しながら墓地を一回りしよう」
ユーキの言葉にウェンフたちは無言で頷く。スケルトンを討伐するにしても墓地の作りや広さなどを知っておいた方が討伐しやすいため、ユーキたちは台地にある墓場を一度全て見ておいた方がいいと思っていた。
スケルトンの捜索と墓地の状態を確認するため、ユーキたちは更に奥へ進む。最初に訪れた広場を出て短い林道を抜けるとユーキたちは別の広場に出た。
そこは最初の広場よりも狭いが幾つもの墓があった。しかしそこにもスケルトンはおらず、広場の先には更に奥へ進む道がったため、ユーキたちは先へ進んだ。
再び林道に入ったユーキたちは周囲に気を配りながらスケルトンの気配を探る。墓地に入ってから既にニ十分ほどが経過しているが、まだ一度もスケルトンに遭遇してはいなかった。
「結構奥まで来たのに見つからないなんて……もしかしてスケルトンたち、本当に墓地を出て何処かへ行ってしまったのかもしれないわね」
「まだ全部見たわけじゃないから分からないよ?」
「分かってるわ。あくまでも可能性として言っただけよ」
オルビィンとウェンフは歩きながら会話し、アトニイは二人の後ろでウェンフとオルビィンを無言で見つめている。
先頭のユーキは後ろでウェンフとオルビィンが会話をしていることから緊張はしていないと考え、スケルトンと戦うことになっても全力で戦えるだろうと思っていた。
それからユーキたちは静かな林道をしばらく歩いて別の広場に出た。すると広場に入った瞬間、ユーキは目を鋭くしながら立ち止まり、ウェンフたちは突然立ち止まったユーキに驚きながら立ち止まる。
「先生?」
ウェンフはユーキを見ながら不思議そうに声を掛ける。ユーキは返事をすることなく前を見ながら黙っており、ウェンフたちはユーキが見ている方角を確認した。
ユーキの視線の先、20mほど離れた所に無数の墓があり、その近くでは三体のスケルトンが徘徊していた。三体のスケルトンは全て首と腰にボロボロの布を撒いており、柄の長い草切り鎌を握っている。
スケルトンたちはユーキたちの方を向かず、違う方角を見ながら歩いている。どうやらユーキたちの存在に気付いていないようだ。
「いたぞ、スケルトンだ」
ユーキはスケルトンを見つめながら月下と月影に手を掛け、ウェンフたちもスケルトンを警戒しながら自分の武器を構える。
ウェンフとアトニイは昨晩ユーキに教えてもらったように剣を鞘に納めた状態で構え、オルビィンはショヴスリを振り回せる体勢を取った。グラトンはユーキたちの後ろで遠くにいるスケルトンをジッと見つめている。
「確認できるスケルトンは三体、持っている武器や外見から全部普通のスケルトンだな」
「どうします、ルナパレス先輩?」
アトニイが尋ねるとユーキはゆっくりと月下と月影を抜いて一歩前に出る。
「敵が三体だけとは限らない。まずは俺が様子を窺いながらスケルトンたちを攻撃する。もし俺がスケルトンと戦っている最中に別のスケルトンが出てきたら皆も動いてくれ」
「ハイ」
指示を聞いてウェンフは返事をし、オルビィンとアトニイは頷く。三人の反応を見たユーキはスケルトンの方を向き、しばらくスケルトンたちを見た後、地面を蹴って走り出した。
ユーキはスケルトンに向かって走りながら月下と月影を手の中で回し、峰の部分を外側に向けて峰打ちを打てる状態にする。
スケルトンは殴打攻撃に弱いため、普通に斬るよりも殴打攻撃ができる峰打ちで攻撃した方が効果的だと考えたユーキは峰打ちで攻撃することにしたのだ。
走る速度を落とさないユーキは一気にスケルトンたちの数m前まで近づく。ユーキが近づいたことで流石のスケルトンたちも気付き、ユーキの方を向きながら持っている草切り鎌を振り上げて迎撃しようとした。
だがスケルトンが迎撃するよりも早くユーキが一番手前にいるスケルトンに近づき、月下を横から振ってスケルトンの胴体に峰打ちを打ち込んだ。
峰打ちはスケルトンの左側の肋骨に命中し、肋骨を粉々に砕いた。攻撃を受けたスケルトンは横に飛ばされて、そのまま地面に倒れる。
スケルトンを攻撃した時、ユーキは肋骨が簡単に砕けたことと、スケルトンが倒れたのを見て意外そうな顔をした。自分が思っていた以上にスケルトンが脆く、軽かったため内心驚いていたのだ。
ユーキがスケルトンの弱さに驚いていると、倒れているスケルトンが立ち上がろうとしているのが目に入った。ユーキは素早くスケルトンに近づき、立ち上がる前に月下を振り下ろして頭蓋骨を砕いた。
頭蓋骨、つまり頭部を失ったスケルトンは崩れるように倒れ、全ての骨は散らばって動かなくなる。骨がバラバラになったのを見てユーキはスケルトンを完全に倒したと判断し、戦いを見ていたウェンフたちもスケルトンを倒したユーキを見て笑みや驚いたような表情を浮かべていた。
「まずは一体」
一体目のスケルトンを倒したユーキは次のスケルトンを倒すため、残っているスケルトンの方を向いた。
二体のスケルトンは草切り鎌を振り上げながら横に並んでユーキに向かって走って来ており、ユーキは素早く月下と月影を構え直して迎撃態勢に入る。体制を変えた直後、スケルトンたちはユーキに向かって草切り鎌を同時に振り下ろして攻撃した。
ユーキは草切り鎌を見ると素早く前に踏み込み、スケルトンたちの攻撃を避けると同時に懐に入り込んだ。
「ルナパレス新陰流、繊月!」
懐に入ったユーキは前に踏み込み、スケルトンたちの間を通過する瞬間に月下と月影で峰打ちを打ち込む。峰打ちはスケルトンたちの脊椎骨に命中し、低い音を立てながら脊椎骨を砕いた。
脊椎骨が砕けたことでスケルトンたちの体は上半身と下半身の二つに分かれ、その場に崩れるように倒れた。
しかしスケルトンたちは上半身だけの状態で動き続け、ユーキは振り返って動いているスケルトンたちを見ると月下と月影を振り下ろして頭蓋骨を破壊する。
頭蓋骨を砕かれたスケルトンは動かなくなり、骨はあちこちに散らばる。全てのスケルトンを倒したユーキは月下と月影を軽く振りながら静かに息を吐く。
ユーキが全てのスケルトンを倒すとウェンフたちが駆け寄ってきた。あっという間に三体のスケルトンを倒したユーキにウェンフは満面の笑みを浮かべ、オルビィンは意外そうな表情を浮かべる。アトニイもユーキの強さを見て頼もしく思ったのか小さく笑っていた。
「やっぱり先生は強いですね。スケルトンをあっという間に倒しちゃうんだから」
「そんな大したことじゃないよ」
自分を褒めるウェンフを見ながらユーキは苦笑いを浮かべる。
ユーキは今回の依頼でスケルトンと初めて戦った。普通は初めて戦う相手に苦戦することなく勝利すれば高く評価され、苦戦すれば初めて戦うのだから仕方が無いと思われるだろう。
だがユーキ自身は中級生である自分が下級モンスターであるスケルトンと初めて戦って勝利しても評価されるべきではないと思っている。そのため、ウェンフの誉め言葉に対して少し複雑な気分になっていた。
ユーキはスケルトンの残骸をもう一度見て動き出す気配がないことを確認すると周囲を見回して他のスケルトンがいないか確かめる。広場にはユーキたち以外誰もおらず、スケルトンの姿も見当たらなかった。
「……とりあえず、他にスケルトンはいないみたいだな」
「ハイ……だけど此処にスケルトンがいたということは、他の場所にスケルトンがいる可能性が高くなりましたね」
ショヴスリを肩に担ぐオルビィンはまだ墓地に大量のスケルトンがいると予想して目を鋭くし、ウェンフとアトニイも同じように真剣な表情を浮かべながら周囲を見回していた。
「スケルトンがいると分かったからには、この台地にある墓場を全て調べないといけないな。もしかすると、最初はいなかった場所にもしばらく経ったら現れるかもしれない」
「此処に来るまでに通ってきた広場や林道にもスケルトンが出現する可能性がある、と言うことですね?」
アトニイがユーキの言いたいことを理解し、確認するようにユーキに尋ねる。ユーキは察しのいいアトニイを見ながら小さく頷いた。
「そうだ。だから墓地を全て確認した後、もう一度同じ場所を見てスケルトンがいないか確かめた方がいい」
何処に現れるか分からないスケルトンを全て討伐する以上、念入りに墓地を調べた方がいいと言うユーキの提案にウェンフたちは納得の反応を見せる。三人もユーキと同じように墓地を細かく調べようと思っていたようだ。
今後どのように動くか決まるとユーキたちは別の場所を調べるために今いる広場を移動しようとする。すると、グラトンが突然顔を上げて何かの匂いを嗅ぎ始めた。
「グラトン、どうしたんだ?」
ユーキはグラトンが謎の行動を取っていることに気付くと声を掛け、ウェンフたちも不思議そうにしながらグラトンを見ていた。
グラトンはユーキたちが見つめる中、しばらく匂いを嗅いだ後に歩き出して広場の隅にある茂みに近づく。そして、茂みの前まで来ると鼻を近づけて再び匂いを嗅ぎ始める。
ユーキたちはグラトンの行動を見て、グラトンが何かの匂いを嗅ぎ取り、その匂いが茂みの中からすることに気付いたのではと予想した。
「キャアアアァッ!」
グラトンが茂みの匂いを嗅いでいると広場に少女の悲鳴が響き、同時にグラトンが匂いを嗅いでいる茂みから何かが飛び出す。
飛び出した物を見てユーキたちは咄嗟に身構える。てっきりモンスターとばかり思っていたが、飛び出してきたのは一人の少女だった。
少女は十五歳ぐらいで身長は160cm弱、黄色い目に背中の辺りまである橙色の三つ編みをしており、平民の女性がよく着るワンピースのような服装をしていた。
飛び出した少女を少し怯えた様子を見せながら目の前に立つユーキたちを見上げ、ユーキたちは少女を意外そうな表情を浮かべながら見ている。同時にユーキたちはグラトンが少女の匂いを嗅ぎ取り、少女が茂みに隠れていることに気付いて匂いを嗅いでいたのだと知った。
「え~っと、大丈夫か?」
「あ、ああ……」
ユーキが問いかけるも少女は小さく震えながらユーキを見ている。少女の格好からユーキは少女がグロズリアの村の村娘ではないかと考えた。
とりあえず少女を落ち着かせないといけないと思ったユーキは月下と月影を鞘に納め、少女の前で片膝をついた。
「落ち着け、俺たちは君に危害を加える気は無い」
ユーキが静かに声を掛けると少女はしばらくユーキを見つめた後、ゆっくりと目を閉じて息を吐く。どうやらユーキたちが敵でないと理解したようだ。
「落ち着いたか? まずはお互いに自己紹介からしようか?」
「ハ、ハイ……」
少女は地面に座りながら返事をする。
「俺たちはメルディエズ学園の生徒だ。この墓地に出没するスケルトンを討伐に来た。……君は?」
ユーキが少女の名を尋ねると少女は一度深呼吸をし、気持ちを落ち着かせてからゆっくり口を開いた。
「私はコリー、グロズリアの村の者です」
少女はユーキを見ながら自分が何者なのか話し、話を聞いたユーキは心の中で「やっぱりな」と思いながらコリーを見つめる。
ウェンフたちも現状からコリーがグロズリアの村の村娘ではないか考えていたため、コリーの自己紹介を聞いて納得したような反応を見せた。
「コリーか……とりあえず、疲れてるみたいだからもう少し休もう」
「ハイ……」
ユーキを見ながらコリーは小さな声を出して頷いた。




