第百八十四話 帝国までの旅路
メルディエズ学園を出発したユーキたちはバウダリーの町から外に出ると依頼主がいるグロズリアの村に向かうために南へ移動する。ただ村はガルゼム帝国にあるため、まずは帝国の国境を目指して荷馬車を走らせた。
ユーキたちの荷馬車は左右を森で挟まれた大きな一本道を走っており、グラトンも速度に合わせながら荷馬車の左隣を走っている。坂道なども無いため、ユーキたちは速度を落とすことなく順調に移動することができた。
「もう少し進んだら休もう。長い時間荷馬車に揺られるのはしんどいからな」
「そうですね、グラトンも休ませてあげないといけませんから」
ウェンフが御者席に座るユーキを見ながら笑って返事をし、ユーキもグラトンのことを気にかけるウェンフの言葉を聞いて小さく笑みを浮かべた。
バウダリーの町を出てから既に一時間が経過しており、ユーキたちは此処まで休息を取らずに移動してきた。荷馬車に乗るユーキたちは問題無いが、グラトンや荷馬車を引く馬は自分の足で移動しているため、こまめに休息をとる必要がある。
依頼主たちを少しでも早く助けたいのなら急いだ方がいいが、無理をしてグラトンや馬が動けなくなってしまったら意味が無い。ユーキたちはグロズリアの村の人たちを助けたいと言う気持ちを懐きながらも焦らずに村へ向かおうと思っていた。
しばらく進むとユーキたちは一本道の隅に小さな広が場あるのを見つける。荷馬車を停めるには丁度いい広さだったため、ユーキたちは広場で休息を取ることにした。
荷馬車を停めるとユーキたちは荷馬車を降り、背筋を伸ばしたりメルディエズ学園から持って来た水を飲んだりして体を休める。グラトンや馬にも水を与え、この後も問題無く走れるようしっかり休ませた。
少し体を休めた後、ユーキは地図を取り出して道や方角が合っているか確認する。ウェンフたちもユーキと一緒に見て、通る道やグロズリアの村までの距離を確かめた。
「……しばらくは道なりに進めばいいな。5kmほど行った先に分かれ道があるから、そこを左に進めば帝国の国境に行けるはずだ」
「5kmですか、結構ありますね」
ユーキの隣で地図を見ていたオルビィンは分かれ道までの距離を知って難しそうな表情を浮かべる。
荷馬車で移動しているとは言え5kmは長い。しかも分かれ道まで辿り着いてもその後に数十km移動しなければならないため、グロズリアの村に辿り着くにはまだ掛かるだろうとオルビィンは考えていた。
「このペースで進んだとして、グロズリアに着くのはいつ頃くなるのでしょう?」
アトニイがユーキに到着予定時間を尋ねるとユーキは難しい顔で考え込み、しばらく考えた後にアトニイの方を向いた。
「学園でも言ったけど、学園から村までは一日は掛かる。今のペースなら明日の昼頃には着くと思うな」
「やはり、それくらいは掛かるのですね」
少しでも早くグロズリアの村に向かいたいと思っているのか、アトニイは腕を組みながら僅かに表情を曇らせた。
しかし現時刻と村までの距離を考えるとどうやっても今日中に着くのは不可能だ。しかもグラトンや馬の体力も考えないといけないため、アトニイは仕方が無いと心の中で納得する。
現在地を確認するとユーキは地図を仕舞ってウェンフたちの方を向き、ウェンフたちもユーキに注目した。
「もう少し休んだら移動する。まだ先は長いからちゃんと休んでおくんだぞ?」
ユーキの指示を聞いたウェンフは微笑み、オルビィンとアトニイは無言で頷いた。
確かにグロズリアの村まではまだ距離があり、村に着くまでの間にモンスターと遭遇する可能性もある。ウェンフたちはユーキの言うとおり休める内に休んでおいた方がいいと思っていた。
話が終わり、ユーキたちは広場に座ったりなどして体を休めようとした。すると、座っていたウェンフがピクッと猫耳を動かし、軽く目を見開きながら周囲を見回す。
「どうしたの、ウェンフ?」
ウェンフの隣に座っているオルビィンが声を掛けるとウェンフは返事をせずに立ち上がって一本道を挟んだ向かいにある森を見つめる。
無言で立ち上がったウェンフを見たユーキたちは不思議すな顔をする。だが同時に何か異変が起きているのではと感じていた。
「……向かいの森から何か来る」
森を見つめながらウェンフは目を鋭くし、ウェンフの言葉を聞いたユーキたちは一斉に反応して立ち上がった。
キャッシアであるウェンフは人間であるユーキたちよりも聴覚が鋭いため、森の方からユーキたちには聞こえない小さな音を聞いて立ち上がったのだ。
ウェンフだけでなく、グラトンも森から聞こえてきた音に気付いて森を見つめている。
立ち上がったユーキたちはウェンフが見ている森を見つめながら自分たちの得物に手を掛け、ウェンフも森を睨みつける。その直後、向かいの森から五体のホブゴブリンが姿を現した。
ホブゴブリンたちは通常のゴブリンと同じ薄緑色の肌をしているが身長は2m近くある。手にはあちこち錆び付いている鉈が握られており、通常のゴブリンとは明らかに違う迫力が感じられた。
一本道に出たホブゴブリンたちは周囲を見回し、数m先にいるユーキたちに気付くと鳴き声を上げながらユーキたちに向かって歩き出す。ホブゴブリンたちの様子からユーキたちを狩るつもりのようだ。
「あらら、こりゃあ戦うしかないな」
近づいて来るホブゴブリンたちを見ながらユーキは腰の月下と月影を抜く。既に何度もベーゼやモンスターと戦ってきたユーキにとってホブゴブリンなど驚く存在ではなかった。
ユーキだけでなく、ウェンフたちもホブゴブリンを脅威と思っていないのか、落ち着いて剣やショヴスリを構える。グラトンもホブゴブリンを見つめながら小さく唸り声を上げた。ユーキたちが戦闘態勢に入った直後、ホブゴブリンたちは一斉にユーキたちに向かって走り出す。
ホブゴブリンを見ていたユーキたちも迎え撃つために一斉にホブゴブリンに向かって走り出した。グラトンだけは四人よりも少し遅れてホブゴブリンに向かって行く。
先頭を走っていたユーキは双月の構えを取り、一番近くにいるホブゴブリンに近づいて行く。ホブゴブリンも険しい顔でユーキを睨みながら距離を縮めていった。
ユーキはホブゴブリンとの距離や鉈の長さなどを確認して警戒を強くする。するとホブゴブリンの1mほど前まで近づいた瞬間、ホブゴブリンが鉈を勢いよく振り、ユーキに袈裟切りを放った。
迫って来る鉈を見たユーキは表情を鋭くし、鉈に意識を集中させながら軽く左に移動して月下と月影を弧を描くように同時に動かして鉈を流す。その直後、月下と月影でホブゴブリンに逆袈裟切りを放って反撃した。
ホブゴブリンはユーキの速いカウンター攻撃を防ぐことも避けることもできずに胴体を斬られ、崩れるようにその場に倒れる。
「よし、まず一体目」
ユーキは月下と月影を軽く外に向かって払いながら呟くとすぐに周囲を確認する。ユーキの周りではウェンフたちも同じようにホブゴブリンと交戦していた。
ウェンフは剣を両手で握りながら中段構えを取り、目の前にいるホブゴブリンと睨み合っていた。唸り声を上げて威嚇するホブゴブリンに対し、ウェンフは動かずに見つめている。
動かず、攻撃もしてこないウェンフが気に入らないのか、ホブゴブリンは鳴き声を上げながら前に踏み込み、持っている鉈をウェンフの頭上から振り下ろして攻撃した。
真上から近づいて来る鉈を見たウェンフは素早く左斜め前に踏み込んでその場を移動し、ホブゴブリンの鉈を回避する。そして、ホブゴブリンとの距離が縮まると素早く右から横に剣を振ってホブゴブリンの腹部を切った。
斬られたホブゴブリンは苦痛の声を上げながら前に倒れ、そのまま動かなくなる。ホブゴブリンを倒すことに成功したウェンフは軽く息を吐きながら剣を下ろす。今のウェンフならホブゴブリンも難なく倒すことが可能だった。
ウェンフから少し離れたと所ではオルビィンがショヴスリを構えながらホブゴブリンと向かい合っている。ホブゴブリンは鉈を扱う自分では槍を使うオルビィンに勝てないと思っているのか、オルビィンに近づこうとせずに構えたまま固まっていた。
「どうしたの? 早くかかって来なさいよ」
何時まで経っても攻撃してこないホブゴブリンをオルビィンは呆れたような顔で挑発する。
ホブゴブリンはオルビィンが挑発していることが分かるのか、歯を噛みしめながらオルビィンを睨む。挑発されても何もしないホブゴブリンを見たオルビィンは小さく溜め息をついた。
「そっちが来ないなら、こっちから行くわよ」
そう言うとオルビィンは力強く前に踏み込み、ショヴスリを勢いよく前に突き出して攻撃した。ホブゴブリンはショヴスリを鉈で防ごうとするがオルビィンの放った突きが思いのほか速く、防御が間に合わずに腹部を貫かれる。
腹部の痛みにホブゴブリンは鳴き声を上げて後ろによろめく。だが倒れることは無く、痛みに耐えながらオルビィンに反撃するために近づこうとする。しかしオルビィンが接近を許すはずもなく、ショヴスリを素早く右から横に振って近づいてきたホブゴブリンの左脇腹を殴打した。
脇腹を殴られたホブゴブリンは足を止めて再びよろめいた。その隙にオルビィン素早くショヴスリを引きながら後ろに下がり、怯んでいるホブゴブリンの頭部に向けて突きを放った。
ショヴスリの槍先はホブゴブリンの眉間を貫いて頭部を貫通する。頭部を貫かれたホブゴブリンは即死し、両腕をブランと揺らしながら動かなくなった。
ホブゴブリンが死んだのを確認したオルビィンはショヴスリを引き抜き、同時にホブゴブリンの死体は地面に倒れる。
「たった一体で私に勝とうなんて百年早いのよ」
オルビィンは倒れているホブゴブリンを見下ろしながらショヴスリの石突部分で地面を叩く。ウェンフと同じようにモンスターよりも恐ろしいベーゼと戦ったことのあるオルビィンにとってホブゴブリンなど敵ではなかった。
ユーキたちから少し離れた所ではグラトンがホブゴブリンを見つめている。ホブゴブリンは自分よりも体の大きなグラトンを目の前にして驚く様子を見せており、グラトンはゆっくりとまばたきをしながらホブゴブリンを観察していた。
ホブゴブリンは自分を見るグラトンを警戒してはいるが、ただ向かい合っているつもりはないらしく、鉈でグラトンに袈裟切りを放って攻撃する。だが鉈はグラトンの左腕に当たるも傷をつけることができず、ホブゴブリンは攻撃が効かないことに驚きの反応を見せた。
ヒポラングは体毛は硬く、厚い皮膚と脂肪を持っている。そのため、弱い攻撃では致命傷を負わせることは難しい。グラトンはそんなヒポラングの中でも体が大きく、体毛も普通のヒポラングより若干太く量も多いのでホブゴブリンの攻撃程度では傷を負うことは無かった。
最初はホブゴブリンを興味本位で見ていたグラトンだったが、攻撃されたことで目の前のホブゴブリンをを敵と見なし、鳴き声を上げた後に右手を横から強く振ってホブゴブリンの左側面を左腕ごと殴った。
殴られたホブゴブリンは大きく飛ばされ、体を地面に叩きつけられる。ホブゴブリンはグラトンの攻撃で左腕が折れ、あまりの激痛に地面を転げ回った。そんなホブゴブリンを見ていたグラトンは高くジャンプし、倒れているホブゴブリンの真上に飛び込んだ。
ホブゴブリンは体の大きなグラトンの下敷きになり、左腕だけでなく体中の骨が折れてしまい、内臓も圧し潰されて絶命する。
グラトンがホブゴブリンの上から移動したた時、ホブゴブリンは口や鼻から血を流していた。
「グラトンの方も片付いたか。となると、残っているのはアトニイだけか」
ユーキはグラトンの戦いを見届けるとアトニイの方を向く。アトニイは右手で剣を握りながら残っている最後のホブゴブリンと向かい合っていた。
アトニイは緊張した様子などは見せておらず、落ち着いた様子でホブゴブリンを見つめている。
ホブゴブリンは唸り声を上げながら鉈を構えてアトニイの隙を伺う。だがアトニイは一向に隙を見せず、ホブゴブリンはなかなか隙を見せないアトニイに徐々に苛ついていった。そして我慢の限界がきたホブゴブリン鉈を振り上げながらアトニイに走って近づき、正面から攻撃しようとする。
アトニイは突っ込んできたホブゴブリンを見て小さく嘲笑い、剣を握る手に力を入れると地面を蹴ってホブゴブリンの懐に入る。ホブゴブリンに近づいたアトニイは剣を素早く振ってホブゴブリン両腕、両足を一度ずつ切り、ホブゴブリンの四肢に深い切傷を付けた。
斬られたホブゴブリンは鳴き声を上げながら膝をつき、持っていた鉈も地面に落とす。戦いを見ていたユーキはアトニイの素早い剣捌きに目を見開く。
ホブゴブリンが苦しんでいるとアトニイは剣を振り上げ、ホブゴブリンに袈裟切りを放った。胴体を斬られたことでホブゴブリンは止めを刺され、ゆっくりと右に倒れて動かなくなる。
(凄いな。低級モンスターとは言え、ホブゴブリンはあっという間に倒すなんて……やっぱアトニイはかなり強いんだなぁ)
ユーキはアトニイの戦いを見て大勢の生徒たちが注目していることに納得し、ユーキ自身も優秀な人材がメルディエズ学園に入学してくれたことを内心喜んでいた。
アトニイは持っている剣を軽く振って剣身についている血を払い落とすとゆっくりと鞘に納めてユーキたちの方を向く。そして、自分よりも早くホブゴブリンを倒していたユーキたちを見て軽く目を見開いた。
「ルナパレス先輩たちはもう倒していたんですか。やっぱり皆さんは私よりもずっと強いんですね」
「いや、君も十分強いよ。戦いを見てたけど、一瞬で四回も斬るなんて並の人間にはできないことさ」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
謙遜するアトニイはユーキを見ながら小さく笑い、ユーキもアトニイを見ながら笑みを返した。
ホブゴブリンを全て倒したユーキたちはホブゴブリンの死体が人目に付かないよう森の中へ運んで隠し、隠し終えるとすぐに荷馬車に乗ってその場を移動した。理由はモンスターの死体の匂いを嗅ぎつけて別のモンスターが集まって来るかもしれないと考えたからだ。
他にもモンスターの死体の近くで休息を取りたくないと言う理由もあったため、ユーキたちは場所を変え、移動した先で休息をとってから移動を再開することにした。
その後ユーキたちは違う場所で改めて休息を取り、しばらくすると再びガルゼム帝国の国境を目指して移動した。
――――――
日が沈み、周囲は暗くなって静寂に包まれる。空には月が出ているため、薄っすらとだが遠くを見ることは可能だった。
広い平原の中に川があり、川の流れる音が静かな夜の中に響く。月明かりに照らされる川にはほんの少しだが幻想的な雰囲気が感じられた。そんな川の近くでユーキたちは焚き火を囲みながら座っていた。
あれからユーキたちは何度か休息を取りながら移動し、ガルゼム帝国の国境に辿り着いた。その後も地図を確認しながらグロズリアの村に向かって移動していたのが、徐々に辺りが暗くなり始め、夕方になる頃にはこのまま進むのは危険だと判断し、川で野営を張ることにしたのだ。
野営を張り終わる頃には既に周囲は暗くなり、ユーキたちは少し早めの夕食を取った。
食料はメルディエズ学園から持ち出したパンと干し肉でユーキたちは少しずつ千切って食べている。ユーキの後ろではグラトンが座りながら同じように学園から持ち出された野菜を食べていた。
「むぅ~、学園が用意してくれるお肉って本当に硬い~」
「贅沢言わないの。保存性や持ち運びをよくするには干し肉が一番なんだから」
干し肉を食べるウェンフはオルビィンの言葉に若干不満そうな表情を浮かべ、それを見たオルビィンは溜め息をつく。二人のやり取りを見ていたユーキは苦笑いを浮かべ、アトニイもパンを食べながらウェンフとオルビィンを見ていた。
「ルナパレス先輩、食事が終わったらどうするんですか?」
オルビィンはパンを頬張りながら右隣に座るユーキに尋ねる。声を掛けれたユーキは持っている干し肉をかじりながらのオルビィンの方を向いた。
「とりあえず、明日通る道とかを確認します。少しでも早く村に着くためにも最短ルートを確認しておかないといけませんからね」
「そうですか」
予定を聞いたオルビィンは近くに置いてある自分の水筒を取って水を飲んだ。
「あとはスケルトンとの戦い方とかを確認しておこうかなと思ってます」
「ブッ!」
ユーキの言葉を聞いたオルビィンは思わず口の中の水を僅かに噴き出す。
突然水を噴き出したオルビィンユーキとウェンフは驚き、アトニイも不思議そうな顔をしながらオルビィンを見ている。
「ど、どうしたんですか、オルビィン様?」
「ケホッ、ケホッ! な、何でもありません……」
オルビィンは咳き込みながら首を横に振った。そんなオルビィンをユーキは小首を傾げながら見ている。
「そう言えば、学園を出る前にも暗い顔をしていましたが、具合でも悪いんですか?」
「いいえ、そう言うわけではありません」
「それじゃあ、どうして……」
「ホ、ホントに何でもありません。大丈夫ですから!」
僅かに声を大きくしながらオルビィンは慌てた様子を見せ、そんなオルビィンを見たユーキたちはオルビィンが何かを隠していると悟った。
ユーキたちと目を合わせられないオルビィンは居心地の悪そうな顔をしながら目を逸らし、ユーキは真剣な表情を浮かべてオルビィンを見つめる。
「……オルビィン様、俺たちはこれから依頼でモンスターの討伐に向かいます。モンスターと戦うと言うことは命を懸けて戦うと言うことです。悩みや問題を抱えた状態で命懸けの戦闘を行ったら隙を作ったり、敵に足元を掬われることに繋がります。そうなったらオルビィン様の身が危うくなりますし、俺たちも命を落とすかもしれません」
真面目な話をするユーキにオルビィンは少し緊張した表情を浮かべる。ウェンフも真剣な様子で喋るユーキを見て少し驚いているような顔をしていた。
「依頼を完遂するため、そしてオルビィン様や俺たちが問題無く戦えるようにするためにも、悩みや不安があったら今話してください。俺たちで解決できることだったら力になりますから」
「ぬうぅぅ……」
ユーキの言葉にオルビィンは表情を曇らせながら俯き、ユーキたちは黙ってオルビィンが答えるのを待つ。しばらくするとオルビィンは溜め息をつき、顔を上げて恥ずかしそうな表情を見せた。
「実は私……スケルトンとか、ゾンビと言った類のモンスターが、ちょっと苦手なんです」
「えっ?」
オルビィンの口から出てきた言葉にユーキは思わず聞き返し、ウェンフも猫耳をピクピクと動かしながらオルビィンを見つめていた。
「苦手って、スケルトンやゾンビが怖いってことですか?」
「ち、違います。苦手と言っても昼間や明るい所では問題無いんです。……ただ、夜とか暗い場所でスケルトンとかを見てしまうと、そのぉ……不気味に感じると言うか、不安になると言うか……」
若干矛盾しているようなオルビィンの言葉にユーキは思わずまばがきをする。ウェンフとアトニイは照れくさそうに語るオルビィンを黙って見つめている。
オルビィンは自分の秘密を話したことが恥ずかしいのか再び目を逸らして頬を僅かに赤く染める。ユーキはオルビィンを見ると複雑そうな表情を浮かべながら自身の頬を指で掻いた。
「え~っと、色々訊きたいことがあるんですが……まず最初に訊かせてください。スケルトンが苦手なのに、どうして今回の討伐依頼に参加したんですか?」
「……最初、ウェンフから一緒に依頼を受けようと誘われたんです。その時はまだどんな依頼を受けるか決めていなくて、ウェンフとどんな依頼にするか考えていたんです」
説明を聞いていたユーキはチラッとウェンフの方を向いて「本当か?」と目で尋ねる。ユーキと目が合ったウェンフは頷いてオルビィンの言ったとおりであることを目で伝えた。
「ウェンフがどんな依頼にするか悩んでいた時、私は『どんな依頼でも私と一緒なら大丈夫、絶対成功する』と言いました。その後、ウェンフはスケルトンの討伐依頼を選んだんです。アンデッドモンスターの討伐と聞いて、私は夜や暗い場所で戦うのではと想像して不安になりました。でも、依頼を受ける前に大丈夫だと言ってしまったため……」
「成る程、引っ込みが付かなくなって苦手なスケルトンの討伐依頼に参加することになってしまい、ここまで来てしまったというわけですね?」
「……ハイ」
オルビィンは小さく俯いて返事をし、事情を知ったユーキはオルビィンを見ながら腕を組む。すると二人の会話を聞いていたウェンフが複雑そうな顔をしながらオルビィンに近づいた。
「オルビィン様、どうして言ってくれなかったの? 苦手って言ってくれたら別の依頼に変えたのに……」
「あそこまで大きく出ておいて『やっぱり無理です』、なんて言えるわけないでしょう? 私にもプライドがあるのだから」
ラステクト王国の王女と言う国民の手本にならなくてはいけない立場であるため、決めたことを途中で変えるような考え方はできなかったのだろう。オルビィンは恥ずかしそうにしながら断れなかった理由を話した。
「まあ、オルビィン様の気持ちも分からなくはないです。誰だって恥ずかしいことを知られたくなくて隠そうと考えることがありますから」
話を聞いていたユーキはオルビィンの言いたいことが理解できるため、スケルトンが苦手なことを黙っていたことを責めなかった。オルビィンやウェンフ、アトニイはユーキの言葉を聞いて一斉にユーキに視線を向ける。
「それに普段平気な物でも、周りの雰囲気が変わることで苦手になったり、抵抗を感じたりすることもあります。ホラー映画とかも明るい部屋で見るのと暗い部屋で見るのとで怖さが違いますし……」
「ホラーエイガ?」
「あっ、いやぁ、何でもないです」
思わず転生前の世界の言葉を口にしたユーキは慌てて誤魔化す。苦笑いを浮かべるユーキを見たオルビィンは不思議そうな顔をしていた。
「と、とにかく、カッコつけて引き下がれなかったことも、苦手な物を隠していたことも悪いことじゃないですし、恥ずかしいことでもありませんから気にしないでください」
「ハ、ハイ、ありがとうございます」
「でも、これからは苦手なことは前もって話しておいた方がいいですよ? 今回のような状況にしないためにも」
「わ、分かりました……」
オルビィンは恥ずかしさと申し訳なさを感じながら返事をし、ユーキはオルビィンを見ながら小さく苦笑いを浮かべる。
ユーキとオルビィンの会話を聞いていたウェンフは自分にも責任があると感じており、次に他の人と依頼を受ける際は苦手が無いか確認してから依頼を受けようと思っていた。
「それでオルビィン様、オルビィン様は明るい場所なら問題無くスケルトンと戦えるんですよね?」
「ハ、ハイ、明るい所なら大丈夫です。……あと、暗い場所でも全然戦えないと言うわけじゃなくって、周りの不気味さで戦い難くなるというか何と言うか……」
オルビィンの説明を聞いたユーキは「そうですか」と言いたそうに小さく頷く。
「今回の依頼でスケルトンが夜や暗い場所に現れるかどうかはまだ分かりません。もし暗い場所で戦うことになった場合は無茶をせず、危険だと感じたらすぐに後退してください」
「……分かりました」
自分のことを気遣ってくれるユーキにオルビィンは心の中で感謝をする。しかし同時に暗い場所では全力を出せず、ユーキたちに戦いを任せることになるかもしれないことに対して申し訳ない気持ちになっていた。
依頼に参加している以上、スケルトンとは戦わなくてはいけない。オルビィンはメルディエズ学園の生徒としての役目を全うするため、暗い場所で戦うことになったとしてもできる限りのことはやろうと思っていた。
「それじゃあ、ついでにスケルトンとの戦い方について確認しておこう」
オルビィンの話が終わり、ユーキは次にスケルトンとの戦闘方法についてウェンフたちに話し始める。ウェンフとアトニイはユーキに注目し、オルビィンも気持ちを切り替えてユーキの話に耳を傾けた。
「スケルトンはアンデッドの中では弱い方で普通に攻撃すれば問題無く倒せる。ただ、アイツらは既に死んでるからこっちの攻撃に対して痛みや恐怖なんかを感じない。敵が自分より強くても突っ込んで来るし、こっちが攻撃を命中させた後も怯んだり後退することは無い。完全に倒すまでは気を抜かず、警戒し続けるようにしろ」
ウェンフたちを見ながらユーキはスケルトンの情報を語り、ウェンフたちは黙ってユーキの話を聞いた。
ユーキが話すスケルトの情報はメルディエズ学園の図書室にあったモンスターの資料から得たものだ。
モンスターやベーゼと戦う際に少しでも有利に戦えるよう、ユーキは細かく資料を読んでいた。しかも強化で記憶力を強化しながら読んでいたため、資料で得た情報の殆どは頭に入っている。
「あと、スケルトンは打撃に弱いから戦うのならメイスやハンマーと言った打撃武器を使った方がいい」
「打撃武器? ルナパレス先輩、私たちが使っている武器は剣と槍です。打撃攻撃などできませんよ?」
自分たちの武器の特性からアトニイはスケルトンの弱点を突つけないと語り、ウェンフとオルビィンもアトニイの話を聞いてスケルトンと戦う際に手間取るのではと感じる。だが、ユーキはアトニイを見ながら小さく笑みを浮かべた。
「大丈夫、剣でも鞘に納めた状態で振れば打撃武器の代わりになる」
「ああぁ、成る程」
剣でもスケルトンに決定的なダメージを与えることが可能と聞かされたアトニイは納得する。
「オルビィン様はショヴスリを振り回して攻撃すれば打撃を喰らわせることができます。しかも槍は長いので振り回せば遠心力が付いて剣やハンマーで攻撃するよりも大きなダメージを与えられるはずですよ」
「確かにそれならスケルトンにもダメージを与えられますね」
オルビィンもユーキの話を聞いてアトニイと同じように納得の表情を浮かべる。
敵に有効な武器を持っていなくても、発想などを変えれば身近にある物で対抗する術が思いつくのだとオルビィンは学んだ。
「それと、スケルトンには魔法を使うスケルトンや普通のスケルトンよりも丈夫で攻撃力の高い奴もいる。スケルトンと遭遇したらまず見た目や武器なんかを確認した方がいい」
スケルトンの種類によって戦い方を変える必要があるとウェンフたちは知り、今度の依頼は自分たちが思っている以上に難しいかもしれないと感じていた。
「スケルトンのことで俺が知っているのはこれぐらいかな。何か質問とかはあるか?」
「先生、スケルトンのことじゃないんですけど、幾つか訊いてもいいですか?」
「何だ?」
ユーキが返事をするとウェンフは疑問に思っていることを幾つか尋ね、ユーキはウェンフの質問に答えていった。オルビィンとアトニイも幾つが質問し、ユーキは二人の問いにも分かりやすく答える。
それからユーキたちは明日の予定などを確認し、それが終わると夕食を再開した。ユーキたちが食事をしていると自分の分を食べ尽くしたグラトンがユーキたちの分を食べようとする。
勝手に食料を食べようとするグラトンをユーキは呆れながら注意し、そんな二人のやり取りをウェンフたちは笑ったり、意外そうな顔をしながら見ていた。
夕食が済むとユーキたちはしばしの休息を取り、明日の準備をしてから眠りについた。




