第百八十三話 後輩からの要請
静かな正午、メルディエズ学園では昼休みが始まり、生徒たちは昼食を取るために中央館の食堂へ向かう。料理を受け取り、そのまま食堂で食事をする者もいれば、外に出て中庭で食べる者もいる。外は晴天で食事をするには最高の状態だった。
中央館から少し離れた所ではユーキが中庭の芝生で胡坐をかきながらサンドイッチを食べている。その隣ではグラトンがユーキが用意したリップルやキャベツに似た野菜、キャルザクを丸ごと口に入れて食べていた。
ユーキは少し前までグラトンを散歩させていた。そんな時に昼食の時間になり、散歩のついでに一緒に食事をすることにしたのだ。
「うん、今日のサンドイッチは結構いけるな」
口に中の物を噛みながらユーキは持っているサンドイッチを目にする。ユーキが食べているサンドイッチは細かい干し肉、輪切りにしたトマト、千切りにされたキュルザクを少し固めのパンに挟んだ物でユーキ自身が作った物だ。
ユーキは転生前の世界にいた時、自分で朝昼晩の食事を作っていたため、異世界に転生してからもよくサンドイッチなどの料理を作って食べていた。
今食べているサンドイッチもユーキが自分で作った物でそれなりに評価できる味だったが、転生前の世界で食べたサンドイッチと比べるとやはり劣っていた。
卵や黒コショウなどを入れればサンドイッチももっと美味しくなるとユーキは思っているが、異世界では卵も黒コショウもそれなりの値段がするため頻繁に使うことはできない。そのため、ユーキは安く手に入る食材で作れるサンドイッチで我慢していた。
美味しい料理を食べたいと思いながらユーキはサンドイッチを食べる。その隣ではグラトンが座りながらキャルザクやリップルを尻尾で掴んで口の中に入れ、バリバリと噛み砕いでいた。
「……お前さぁ、もう少し行儀よく食べろよ。キャルザクやリップルの欠片が口からこぼれ落ちてるぞ?」
グラトンを呆れ顔で見ながらユーキはグラトンの足元を見る。確かに座っているグラトンの足の近くには噛み砕かれたリップルやキャルザクに欠片が落ちており、汚い食べ方だと思われ手もおかしくなかった。
「ブオォ?」
口の中の物を全て飲み込んだグラトンはユーキを見ながら不思議そうにする。グラトンの反応を見たユーキはジト目になりながら深く溜め息をついた。
「お前、戦いや日常的な指示は理解できるのに、どうして食べ方とかは理解できないんだよ?」
「ブォ~」
「『ブォ~』じゃないよ。まったく、庭を汚して管理人さんに怒られるのは俺なんだから、もう少し綺麗に食べてくれよな」
不満そうな顔をしながらユーキはサンドイッチの残りを頬張る。グラトンもユーキをしばらく見た後、残っているリップルとキャルザクを口に運んだ。二人のやり取りは主人と懐いたモンスターと言うよりも、友達か兄弟がじゃれ合っているように見えた。
ユーキとグラトンが食事をする姿は同じように中庭で昼食を取っている他の生徒や別の理由で中庭に来ていた生徒たちの目に入っている。メルディエズ学園でも有名な二人を見た生徒たちは興味のありそうな表情を浮かべていた。
「見てよあそこ、ルナパレス君とグラトンがいるわ」
「ホントだ、一緒に仲良くお昼食べてる。可愛い~」
生徒たちは小声で友人と話しながらユーキとグラトンを見つめる。特に女子生徒の中には二人に愛着を持つ者もおり、笑いながらユーキとグラトンを見つめていた。
最初はモンスターと言うことで警戒されていたグラトンも今ではメルディエズ学園のマスコット的な存在となっており、生徒たちも興味を持って自分から近づくことが多くなっていた。
中庭の生徒たちが注目していることに気付いたユーキは複雑そうな表情を浮かべる。他の生徒から注目されることは普段からよくあるので慣れているが、食事中に見られると食べ辛くて仕方が無かった。
ユーキが食事の手を止めて遠くにいる生徒たちを見ている中、グラトンは自分の昼食であるキャルザクとリップルを食べ終えた。しかしまだ物足りないのか、自身の出腹を手で擦っている。すると、ユーキの足の上に置かれてある、まだ手が付けられていないサンドイッチが目に入った。
グラトンはサンドイッチを見ると静かに手を伸ばし、太い指で器用に掴むと口の中に入れた。
「あっ、グラトン! それは俺の……」
サンドイッチを盗られたことに気付いたユーキは目を軽く見開きながらグラトンを見上げた。グラトンはユーキに気付かれても気にする様子は見せずにサンドイッチを食べている。
「グラトン、お前なぁ!」
食事を続けるグラトンをユーキは険しい顔で見つめる。口の中のサンドイッチを飲み込んだグラトンはようやくユーキの方を向いて小首を傾げた。
ユーキはグラトンを見ながら「ヌゥ~!」と不服そうな反応を見せ、遠くで二人のやり取りを見ていた生徒たちはその光景が面白いのかクスクスと笑っていた。
それからしばらくして昼休みの時間が終わり、食事を済ませた生徒たちは授業や訓練、依頼を受けるために中庭を後にする。そんな中、ユーキは自分が食べたサンドイッチとグラトンがこぼしたキャルザクとリップルの欠片を片付けていた。
「まったくもう。食べかすだらけにするは、人の昼飯を勝手に食べるは、飯の時はもう少し行儀良くしてくれよな?」
「ブォ~」
グラトンは返事をしているのか大きく口を開けて鳴く。ユーキはグラトンを見ながら呆れたような表情を浮かべ、本当に分かっているのかと疑問に思っていた。
落ちているキャルザクとリップルの欠片を全て拾い集めたユーキは背筋を伸ばす。長い時間、腰を曲げながら拾っていたため少し疲れたようだ。その後、ユーキは集めた欠片をゴミ捨て場へ持って行った。
ゴミ捨て場に行った後、ユーキはグラトンを連れて校舎の入口前にある広場までやって来る。今日は授業を受ける予定も無いため、歩きながらこれからどうするか考えていた。
「さて、これから何しようかな。受ける授業も無いし、簡単に依頼でも受けるか」
ユーキは歩きながら独り言を口にし、グラトンは四足歩行をしながら前を歩いているユーキを見ていた。
「ユーキ先生!」
校舎の方から声が聞こえてユーキは立ち止まり、ユーキが止まると同時にグラトンもつられて止まる。ユーキが声がした方を向くと入口前にこちらを見ながら笑って手を振るウェンフの姿があった。
ウェンフはユーキが自分に気付いたことを知ると早足で近づき、ユーキとグラトンの前までやって来た。
「ウェンフ、どうしたんだ?」
「先生、今忙しいですか?」
「いや、大丈夫だけど」
ユーキが軽く首を横に振りながら言うとウェンフは嬉しそうな反応を見せ、ユーキはウェンフを見ながら不思議そうにする。
「実はこれから依頼を受けるんですけど、付き添ってくれる中級生を探していたんです。よかったら一緒に依頼を受けてくれませんか?」
「ああぁ、そう言うことか」
自分に声を掛けてきた理由を知ったユーキは腕を組みながら納得する。
ウェンフは依頼を受けられるようになってから今日までに何度も依頼を受けてきた。だがその殆どがドブ掃除や薬草採取と言った簡単な依頼ばかりでゴブリンなどの下級モンスターの討伐依頼は数えるくらいしか受けていない。しかも下級生は決められた授業や戦闘訓練を受けなくてはいけないため、依頼を受けられる機会も少なかった。
下級生が中級生の付き添い無しで討伐依頼のような難しい依頼を受けるには多くの依頼を受けて経験を積まなくてはいけない。ウェンフはまだ中級生無しで依頼を受けられるほど実績を積んでいないため、討伐依頼を受ける際には付き添う中級生を見つけなければならないのだ。
今回ウェンフがユーキに依頼の同行を求めたのも難しい依頼を受けるためであり、ユーキもウェンフが声を掛けて来た理由を聞いてどんな依頼なのか予想できていた。
「受ける依頼はモンスターの討伐依頼か?」
「ハイ、しかも私や同行する生徒はまだ一度も戦たことが無いモンスターなんです」
予想どおり討伐の依頼だと聞いたユーキは「やっぱり」と心の中で感じた。
ユーキはこの後依頼を受けようと思っていたが、それはやること無いから受けようと思っていただけで、絶対に受けたいと言うわけではない。つまり自分が受けなくても何の問題も無かった。
退屈しのぎで依頼を受けるくらいなら、ウェンフが少しでも早く一人で難しい依頼を受けられるよう一緒に依頼を受けて経験を積ませる方がいいとユーキは感じていた。
「分かった、一緒に行こう」
「ありがとう、先生!」
尻尾を揺らしながらウェンフは礼を言い、ユーキは一番弟子が喜ぶ姿を見て小さく笑みを浮かべた。
「それじゃあ、依頼の話をするからロビーに来てください。一緒に行く人はもう揃ってます」
「分かった」
依頼の詳細を聞くため、ユーキはウェンフと共に校舎に入ろうとする。するとユーキは立ち止まり、振り返ってグラトンの方を向いた。
「グラトン、お前はそこで待ってろ。大人しくしてるんだぞ?」
「ブォ~」
グラトンが鳴くとユーキは再び校舎の方へ歩き出す。昼食の時のようにまた面倒なことをしないでほしいと思いながらユーキはウェンフと一緒に校舎へ向かう。
「そう言えば、今日はアイカさんは一緒じゃないんですか?」
ウェンフはユーキと行動を共にすることが多いアイカがいないことを不思議に思いながら尋ね、問い掛けられたユーキはウェンフの方を向く。
「ん? ああ、今は別の生徒と一緒に依頼に出ているんだ」
「そうなんですか? てっきり先生と一緒に依頼を受けるのかと思ってました」
ユーキの隣を歩くウェンフは意外そうな表情を浮かべ、ユーキはウェンフの言葉を聞いて軽く苦笑いを浮かべる。
「そりゃあ、彼女だっていつも俺と一緒ってわけじゃないさ。アイカにも人付き合いや他の生徒と一緒に依頼を受けることだってあるよ」
「へぇ~、先生と凄く仲が良いからいつも一緒だと思ってました」
ウェンフは尻尾を振りながら楽しそうな微笑みを浮かべる。その笑顔は親しい友人をからかっているような顔に見え、ユーキはウェンフの顔を見てフッと小さく反応した。
この時のユーキはウェンフが自分とアイカが恋仲であることに気付いてからかっているのではと感じていた。だが、ウェンフが本当に自分とアイカの関係に気付いているのかどうかは分からない。かと言ってユーキも自分からウェンフに訊くつもりも無いので、それ以上何も言わずに歩いた。
校舎に入ったユーキとウェンフは真っすぐ依頼ロビーに向かう。今日は依頼を受ける生徒が少ないため、依頼ロビーは静かだった。
ユーキとウェンフが依頼ロビーにある受付前までやって来るとそこには二人の生徒が立っていた。一人は以前一緒に依頼を受けたことがあるラステクト王国の王女、オルビィン・ロズ・エイブラス。もう一人はウェンフ、オルビィンと共に入学した紫黒色の短髪の男子生徒、アトニイ・ラヒートだった。
「お待たせぇ!」
ウェンフは手を振りながらオルビィンとアトニイに近づき、声を聞いた二人もウェンフの方を向く。そして、同行しているユーキを見て二人は軽く反応した。
ユーキとウェンフは依頼ロビーを静かに歩き、オルビィンとアトニイの前までやって来た。
「同行する中級生はルナパレス先輩なのですか?」
「ああ、ウェンフに手伝ってほしいって頼まれてね」
オルビィンの問いにユーキは答え、返事を聞いたオルビィンは「ふ~ん」と言いたそうな反応を見せる。
一見興味の無さそうな顔をしているオルビィンだったが、前回共に依頼を受けた時からユーキのことを頼りになる先輩と思うようになっており、内心では同行する中級生がユーキで良かったと思っていた。
ユーキはオルビィンへの挨拶をすませると彼女の隣に立っているアトニイに目をやる。アトニイはユーキを見つめながら小さな笑みを浮かべていた。
「君は確かアトニイ・ラヒート、だったっけ?」
「ハイ、覚えていてくださったのですね」
「勿論。それに君は今学園で有名になってるからね」
アトニイを見上げながらユーキは首を軽く縦に振る。ユーキの言うとおり、アトニイは現在メルディエズ学園で注目される存在になっていた。
入学式から既に三ヶ月以上経過しており、混沌士でない新入生も規定された教育や訓練を終え、下級生として依頼を受けられるようになっていた。
下級生になったばかりの生徒たちは戦いの技術や知識を得るために決められた授業と訓練を受けながら簡単な依頼を受ける。そんな中でアトニイは下級生になってから僅かな期間に多くの依頼を受け、それを全て完遂させた。
しかもアトニイは決められた授業や訓練もしっかり受けているため、同期の下級生や先輩の生徒たちもアトニイに注目するようになっていたのだ。
ユーキも入学式の日に出会ったアトニイが大活躍しているのを知って優秀な生徒だと感心していた。
「君もウェンフやオルビィン様と一緒に討伐依頼を受けるのか?」
「ハイ、依頼を探しに来た時にウェンフに声を掛けられて一緒に受けることになったんです」
アトニイは小さく笑いながらチラッとウェンフの方を向き、ウェンフもアトニイを見ながらニコニコしている。
ユーキは入学式に会った時からアトニイとは一度も会話しておらず、共に依頼を受けたことも無い。だからアトニイがどんな生徒なのよく分かっていなかった。だが今回依頼で同行するため、この機会に今注目を集めているアトニイがどんな人物なのか知っていこうと思っている。
「よろしく、アトニイ。分からないことがあったら訊いてくれ。あと、この依頼で君と少しでも仲良くできたらいいなって思ってるよ」
「ええ、私もです」
アトニイが返事をするとユーキは右手を前に出して握手を求め、アトニイは少しの間を空けてからユーキの手を握った。
ユーキとの握手を済ませたアトニイは続けて隣に立っているオルビィンの方を向いた。
「オルビィン殿下もよろしくお願いします」
アトニイは笑いながらオルビィンに声を掛ける。二人はユーキが来る前に一度挨拶をかわしているが、アトニイは共に依頼を受ける仲間として改めて挨拶をしておこうと思っていた。
「……ええ、よろしく。足を引っ張らないように気を付けてよね?」
「ハイ」
興味の無さそうな態度で挨拶をするオルビィンにアトニイは返事をする。オルビィンの態度を見たユーキは相変わらずだな、と感じながら小さく溜め息をついた。
「それじゃあ、依頼の確認をするよ?」
ユーキたちの挨拶が終わるとウェンフが声を掛け、三人はウェンフに視線を向ける。ウェンフの手には羊皮紙があり、そこにはこれから受ける依頼の詳細が書かれてあった。
オルビィンとアトニイはユーキが来る前に依頼書を見ているため、どんな内容かは知っている。しかしユーキはまだ依頼の内容を知らないため、ウェンフはユーキに説明するついでに依頼内容を確認することにしたのだ。
「依頼主はガルゼム帝国の南にあるグロズリアの村の村長さんで、依頼内容は村の周辺に現れるモンスターを全て倒すこと」
「帝国の村か……」
依頼主がいる村の名前を聞いたユーキは真剣な表情を浮かべる。
ユーキはガルゼム帝国での依頼は何度も受けたことがあるが、グロズリアと言う村には一度も行ったことが無いため、どんな村なのかは知らなかった。
「ウェンフ、そのグロズリアの村ってどんな所なんだ?」
「詳しくは分からないんですけど、羊やヤギを育ててそのお肉や毛を売って生計を立ててる村だって受付のお姉さんが言っていました」
「成る程……それで、村の周辺に現れるモンスターは何なんだ? ゴブリンとか家畜を襲うモンスターか?」
グロズリアの村の周辺に現れるモンスターの種類を尋ねるとウェンフは首を左右に振った。
「違います。スケルトンです」
「スケルトン? スケルトンってアンデッドの?」
「ハイ、一週間くらい前から村の近くで見かけるようになって、夜になると村に近づいてくることもあるって書いてあります」
ウェンフは羊皮紙をユーキに差し出し、羊皮紙を受け取ったユーキは書かれてある内容を確認する。確かに羊皮紙には出現するモンスターがスケルトンだと書いてあった。
ユーキは異世界に転生してから様々なモンスターと戦ってきたが、スケルトンやゾンビのようなアンデッドとは戦ったことが無い。理由はユーキが下級生だった時にアンデッドモンスターの討伐依頼が一件も入ってこず、中級生になってからはベーゼと戦うことが多くなり、モンスター討伐の依頼を受ける機会が減ったからだ。
しかも中級生になってからもアンデッドモンスターの依頼は受けることが無かったため、異世界に来てから半年以上経った今でもアンデッドモンスターとの戦闘を経験したことが無いのだ。
「……俺は入学してから今日までスケルトンと戦ったことが無い」
「えっ、そうなんですか?」
ユーキにスケルトンとの戦闘経験が無いことを知ったウェンフは意外に思い、オルビィンとアトニイも少し驚いたような表情を浮かべていた。
「戦闘経験が無いって、大丈夫なんですか、ルナパレス先輩?」
付き添う中級生がアンデッドモンスターと戦ったことが無いと知ったオルビィンは小さな不安を感じ、目を細くしながらユーキを見る。いくら中級生でも経験が無いと聞けば不安を感じるのも無理はなかった。
「多分、大丈夫だと思いますよ。戦ったことは無いですけど、スケルトンの情報や戦い方とかは知ってますから」
ユーキはオルビィンの方を向きながら自分の頭を指で軽く突き、情報が頭の中に入っていることを伝える。オルビィンはユーキを見ながら「本当に大丈夫なのか」と感じていた。
アトニイはユーキが初めてアンデッドと戦うことになると知っても不安そうな素振りを見せたりせずにユーキを見ている。これまでに学園内で聞いたユーキの戦闘能力と実績を考えれば、例え戦闘経験が無くても問題無くスケルトンと戦えるだろうとアトニイは思っていた。
「大丈夫だよオルビィン様。先生ならスケルトンなんてあっという間に倒しちゃうから!」
不安を見せるオルビィンにウェンフは笑いながら声を掛ける。ウェンフも自分の師匠であり、メルディエズ学園でも優秀な生徒と言われているユーキなら低級モンスターのスケルトンに負けるわけないと信じていた。
オルビィンはユーキを信じるウェンフを見て難しそうな表情を浮かべた。確かにユーキはメルディエズ学園の生徒の中では強く、前に一緒に依頼を受けた時も初めて遭遇した蝕ベーゼに勝利している。それを考えるとウェンフの言うとおり、スケルトンと初めて戦っても大丈夫かもしれないと感じられた。
ユーキは自分を持ち上げるウェンフを見ながら苦笑いを浮かべている。自分のことを信じてくれるのは嬉しいが、必要以上に高く評価されると若干複雑な気分になってしまう。
戦闘経験が無いのなら付き添いを断るべきだと思われるが、ユーキは戦闘経験が無くても低級モンスターのスケルトンが相手なら勝つ自信があるため、断ろうとは思っていなかった。
「と、とりあえず、俺たち四人でグロズリアの村のスケルトン討伐依頼を受けるってことでいいんだな?」
「ハイ!」
ウェンフは元気よく返事をし、アトニイも無言で頷く。二人とも今いる四人なら難なく依頼を完遂できると思っていた。
依頼に参加する生徒が決まり、ウェンフとアトニイはいつ出発するか、どのルートを通ってグロズリアの村に向かうか話し合う。そんな中、オルビィンは俯いて若干暗い表情を浮かべていた。
「オルビィン様、どうしたんですか?」
オルビィンが暗いことに気付いたユーキが声を掛けるとオルビィンは一瞬驚いたような反応を見せて顔を上げた。
「な、何でもありません」
若干慌てた様子で首を横に振るオルビィンをユーキはまばたきをしながら見つめる。
「もしかして、誰もスケルトンと戦ったことが無いから不安なんですか? ……すみません、本当なら中級生の俺がオルビィン様たちに色々アドバイスをするべきなんですけど、俺も戦ったことが無かったので……」
「い、いえ、経験者がいないとか、そんなことは問題ありません。ただ……」
「……?」
オルビィンは再び暗い顔をしながら俯き、オルビィンを見たユーキは不思議そうにする。
「先生、出発する時間の確認をしたいんですけど」
「ん? ああぁ、分かった」
ウェンフの方を向いた後、ユーキはもう一度俯くオルビィンを見てからウェンフとアトニイの下へ向かった。
それからユーキたちは出発の時間やルートなどを確認し、全てが決まると受付嬢に依頼を受けることを伝えた。
依頼の期間とグロズリアの村までの距離からユーキたちは今日中に出発することになり、四人は依頼の準備をするために一度解散した。
――――――
準備を済ませたユーキたちは集合場所である正門前に集まった。正門の前にはユーキが用意した荷馬車が停められており、荷台にはグロズリアの村までの道中で使う道具や食料などが積まれている。
荷馬車の前には腰に月下と月影を差し、ポーチを付けたユーキとグラトンが立っており、ウェンフたちが来るのを待っている。すると学生寮がある方向から準備を済ませたウェンフたちがやって来た。
ユーキと合流したウェンフ、オルビィン、アトニイはユーキの前で横一列に並ぶ。三人ともユーキと同じようにポーチを腰につけ、ウェンフとアトニイは剣を佩し、オルビィンはショヴスリを肩に担いでユーキと向かい合う。
今回は下級モンスターであるスケルトンの討伐が仕事だが、ウェンフたちは初めてスケルトンと戦うため、予想外のことが起きても対処できるようしっかり準備をしてきた。
「よし、全員揃ったな。今回の依頼にはグラトンを連れて行く。スケルトンと戦闘になったらコイツにも戦ってもらうつもりだ」
隣にいるグラトンをユーキは手で軽く叩き、グラトンは目の前にいるウェンフたちを見ながら自身の腹を掻いている。
「グラトン、今回も頑張ろうね」
「ブォ~」
久しぶりに会うグラトンにウェンフは笑いながら声を掛け、グラトンはウェンフを見ながら大きく口を開けて鳴く。
「……一緒に依頼に行くのはいいけど、私たちの食料まで食べないようにしてよね?」
「ブォ?」
ウェンフとグラトンのやり取りを見ていたオルビィンがグラトンに話しかけるとグラトンは小首を傾げながら不思議そうにする。それを見たオルビィンは呆れたような顔をしながら溜め息をつく。
オルビィンはグラトンが与えられた餌だけでなく、たまに生徒たちが食べている料理なども食べてしまうことを知っているため、依頼中に自分の食料も食べてしまうのではと不安に思っていたのだ。因みにオルビィンは過去に依頼を受けた時にグラトンと一緒に行動したため、グラトンを間近で見ても驚いたりしなかった。
アトニイはオルビィンの隣でグラトンを無言で見つめている。メルディエズ学園で飼われている大きなヒポラングを目にし、アトニイは興味のありそうな表情を浮かべていた。
「アトニイはグラトンを見るの初めてだったか?」
ユーキはアトニイがグラトンを見つめていることに気付くと声を掛け、話しかけられたアトニイはユーキの方を向く。
「いえ、遠くから何度か見たことはありますが、ここまで近づいたのは初めてです」
「そっか。知ってると思うけど、コイツは大人しいから生徒に危害を加えたりはしないから安心してくれ」
危険が無いと聞かされたアトニイは納得したのか無言で頷いた。
「それじゃあ、出発しよう。全員荷台に乗ってくれ」
ユーキはそう言って御者席の乗り、ウェンフたちはユーキに指示に従って一人ずつ荷台に乗り込んだ。
メルディエズ学園から目的地であるグロズリアの村までは早くても一日は掛かるため、村人たちを助けるためにも少しでも早く学園を出る必要があった。
ウェンフたちが乗ったのを確認したユーキは馬に指示を出して荷馬車を動かし、荷馬車が動くとグラトンもその後をついて行く。
グロズリアの村からの依頼はどんなものなのか、ユーキたちは色々なことを考えながらメルディエズ学園を出発した。
本日から投稿を再開します。
今回から十一章が始まりますが、もしかすると短めの内容になるかもしれません。
いつもと同じように一定の間隔を空けて投稿するつもりですので、よろしくお願いします。




