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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第十章~鮮血の邪教者~
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第百八十二話  教団壊滅


 エントランスに入ってきたアイカたちをフィランは無表情で見つめる。表情こそ変わってはいないが、心の中ではアイカたちが来てくれて少し安心していた。


「フィラン、動けるかい?」


 パーシュはアローガを警戒しながらフィランに声を掛ける。メルディエズ学園でも上位の実力者で神刀剣の使い手であるフィランが一人で挑んだとは言え、ボロボロになって倒れている姿を見てパーシュは少し驚いていた。


「……ん、大丈夫」


 フィランはパーシュを見ながら小さく頷く。フィランが問題無いと知るとアイカは安心した表情を浮かべ、パーシュも小さく息を吐きながら笑う。

 アローガは楽しんでいたところを邪魔したアイカたちを鋭い目で睨みつけ、そのアイカたちを始末できなかった信者たちに対しても苛ついていた。


「チッ、折角ベーゼの力を与えてやったのに、役に立たない信者たちね」


 舌打ちをしながら不満を口にするアローガを見てアイカは目を鋭くする。ベーゼの血を与え、信者たちを蝕ベーゼに変えておきながら失敗した信者たちを悪く言うアローガにアイカは小さな苛立ちを感じていた。

 アローガが機嫌を悪くする中、フィランは倒れたまま腰のポーチに手を入れて回復用のポーションを取り出す。アイカたちが来て自分が有利になった今の内に傷を癒しておこうと思っていたのだ。


「あの人形娘、何勝手なことしようとしてんのよ」


 フィランが傷を癒そうとしていることに気付いたアローガは鬱陶しそうな顔をしながら右手をフィランに向け、手の中に風を集めて魔法を撃とうとする。だがアローガが魔法を撃とうとした瞬間、アイカが走ってアローガに近づき、プラジュで袈裟切りを放った。

 アイカに気付いたアローガは魔法を中断し、後ろに跳んで袈裟切りをかわした。

 アローガの魔法を阻止したアイカはプラジュとスピキュを構え直すとフィランを護るようにフィランとアローガの間に入る。

 邪魔をしたアイカを睨みながらアローガは両手をアイカに向けた。


「あたしの邪魔する気? だったら先にアンタを八つ裂きにするわよ?」

「そっちがその気なら、私も全力で相手をさせてもらいます」


 脅しと言えるアローガの警告を聞いてもアイカは怯まず、フィランを護ろうとする。するとアイカと共のエントランスに入ってきたパーシュもアイカの右隣にやって来たヴォルカニックを構えた。


「アンタ、あたしの可愛い後輩たちを虐めるつもりかい? だったら、あたしも加勢させてもらうけど、構わないよね?」

「チッ、また鬱陶しい小娘が……」


 別のメルディエズ学園の生徒が邪魔をするのを見てアローガは呟き、左手をパーシュに向けて魔法を放とうとする。だが今度はリタや他の冒険者たちも一斉に動いてアローガを取り囲んだ。

 冒険者たちは目の前にいるエルフの幼女は混沌士カオティッカーなので、一人でも油断してはいけないと考えており、持っている武器を構えながらアローガを警戒する。

 アイカたちがアローガを警戒している間にフィランはポーションを飲んでアローガとの戦闘で負った傷を全て治した。傷が回復するとアイカとパーシュの下へ移動し、二人と同じように構える。

 フィランが回復した姿を見てアイカとパーシュは小さく笑い、アローガは目を鋭くしてフィランを睨みつけていた。


「次から次へと目障りな虫けらどもね。こうなったら全員まとめて吹き飛ばしてやるわ!」


 アローガは冒険者たちの立ち位置を確認すると強力な魔法でアイカたちをいっぺんに倒そうと考え、両手を天井に向かって掲げる。

 アイカたちはアローガが動くのを見ると何か仕掛けてくると感じて一斉に身構える。だがその時、二階に続く階段の方から水球が飛んで来てアローガの足元に命中した。

 突然足元に飛んできた水球を見てアローガは軽く目を見開いて魔法の発動を中断し、アイカたちも驚きの反応を見せた。


「チッ、外したか」


 エントランスに男の声が響き、エントランスにいる全員が声が聞こえた方を向くと、階段の踊り場に右手にリヴァイクスを握り、左手をアローガに向けるフレードの姿が目に入った。現状から、アローガの足元に命中した水球はフレードが放った水撃ちアクアシュートだったようだ。

 フレードの周りには彼と共に教祖の捜索を行っていたフェフェナたちの姿があり、フェフェナはリタを見ながら笑って手を振る。

 リタや彼女の周りにいる冒険者たちはフェフェナたちが無事な姿を見ると安心したのか小さく笑みを浮かべた。


「よぉ、苦戦してるみてぇだな?」


 からかうような笑みを浮かべるフレードはアイカたち、特にパーシュを見ながら声を掛ける。パーシュはフレードが自分に言っていると知ると目を細くしながらフレードを見つめた。


「別に苦戦なんてしてないよ。これからそこのエルフと戦おうとしてたところさ」

「本当かぁ?」


 ニヤニヤと笑いながらフレードはパーシュに尋ね、パーシュはフレードの顔を見ると少し腹が立ってきたのか静かに歯ぎしりを立てる。

 アイカはからかうフレードと歯ぎしりを立てるパーシュを見て、また喧嘩を始めるのかと思いながら困り顔になる。


「アンタこそ、二階なんかに行って何してるんだい。確か教祖を探しに行ってたはずだろう?」

「ああ、探してたぜ。二階にある教祖の部屋にいると思って探しに行ったんだが、いたのはイカれた神父だけ。しかもソイツ、ベーゼになって襲ってきやがったんだ」


 エリザートリ教団の神父が蝕ベーゼになって襲ってきたと聞いたアイカとパーシュは反応し、アローガも目を細くしながらフレードを見る。


「もっとも、ベーゼになった瞬間に俺が切り刻んでやったがな」


 フレードはリヴァイクスの剣身で自分の左手を軽く叩きながら戦いの結果を語る。

 話を聞いていたアローガは驚いたような反応を見せ、自分のこめかみにそっと手を当てて何かを感じ取るような素振りを見せた。


(……確かにベバントの魂は感じられない。てことはホントにやられたってこと?)


 アローガは手をこめかみに当てたまま心の中で呟く。どうやらアローガは遠くにいるベーゼや仲間の魂を感じ取り、生死を確認することができるようだ。


(何やってんのよ、あの馬鹿! 折角ベギアーデが手を加えた特別な血を与えてやったって言うのに、こんなガキどもに負かされるなんて……)


 ベバントがあまりにも情けない最期を遂げたことにアローガは苛ついて奥歯を噛みしめる。こめかみに当てていた手を下ろしたアローガは目を鋭くしてフレードの方を向いた。

 フレードは自分を睨むアローガに気付いくと鼻で笑いながらリヴァイクスを構え、アイカたちもアローガに視線を向けた。

 その時、今度はエントランスの一階、左側にある通路から四人の冒険者がエントランスに飛び込むように入って来る。それはヴェラリアに指示されてアイカたちの救援に向かっていた冒険者たちだった。


「お、おい、大丈夫か?」


 救援にやって来た冒険者の内、戦士の冒険者がエントランスにいる仲間たちに声を掛ける。声を聞いたアイカたちは冒険者たちの方を向いて戦士や彼の周りにいる三人を見つめた。


「貴方たちはユーキと一緒に教祖を探しに行っていた……」


 アイカが冒険者たちに声を掛けると、戦士の冒険者はアイカの方を向いた。


「あ、ああ、ヴェラリアからアンタたちの救援に向かうよう言われて来たんだ」


 走って来たのか戦士は少し呼吸を乱しながら自分と仲間たちが戻ってきた理由を語る。

 しかしエントランスの状況を見て、既にベーゼ化した信者は全て倒されたと悟った戦士は「折角走って戻って来たのに」と思いながら疲れた表情を浮かべた。


「アンタたちが来たってことは、ヴェラリアたちは教祖の所にいるのかい?」

「ああ、教祖を捕まえるから残るって……」


 リタの問いに戦士が答えるとエントランスにいる冒険者たちはヴェラリアたちがエリザートリ教団の教祖と遭遇し、捕らえようとしていると知ってざわつき出す。冒険者たちは無事に教祖を捕らえられるのか、この戦いは自分たちの勝ちだ、と様々な思いを懐いていた。

 冒険者たちの会話を聞いていたアローガは教祖であるイェーナがどうなったのか気になり、ベバントの生存を確認したようにこめかみに手を当てて確認する。ところがイェーナの魂の気配は感じられず、アローガは大きく目を見開いた。


(ベバントだけじゃなくって、イェーナもやられたってこと? 人間どもの会話を聞く限り、イェーナの所にはユーキ・ルナパレスと数人の冒険者が行ったってことになるわ。つまり、イェーナはユーキ・ルナパレスに倒されたってことになる。……あのガキ、こっちが思っている以上に厄介そうね)


 難しい顔をするアローガはユーキが非常に手強く、ベーゼにとって脅威になるのではと思っていた。

 アローガはこの時、イェーナが倒されたと知っても怒りなどは感じていなかった。アローガにとってイェーナはそれほど重要な存在ではないため、死んでも問題は無いようだ。

 戦士の冒険者から話を聞いたアイカはユーキなら必ず教祖を捕らえてくれると信じており、自分も今やるべきことをやろうと考えながらアローガの方を向いた。


「教祖が捕まるのも時間の問題です。屋敷の周りにいるベーゼや信者は殆ど倒しました。残っているのは貴女だけです」


 アイカの言葉を聞いたアローガは考えるのを止めてアイカの方を向き、鋭い目でアイカを睨みつける。


「一人だからあたしに勝ち目は無い、だから投降しろって言いたいの?」

「ハイ、こちらも無駄な争いはしたくありません」

「ハッ! そこの人形娘と言い、随分とあたしをナメてるみたいね、アンタたち?」


 低い声を出しながらアローガは右手をアイカに向けて伸ばし、アイカや周りにいるパーシュ、フィランたちも警戒を強くする。


「人数が多いからって勝てると思ってんの? あたしが本気を出せば、アンタら虫けらなんてあっという間に全滅させられるのよ?」


 アローガは自身の混沌紋を光らせ、右手に水を集めて魔法を撃つ準備を始める。エントランスにいる全員はアローガの攻撃を警戒して一斉に身構えた。


(こんなザコどもなんて“本当の姿”になればあっという間に蹴散らせるわ! ……だけど、今の段階で本当の姿をコイツらに見せるのは色々と都合が悪い。かと言ってこの姿アローガのままでコイツら全員と戦って勝つのも難しい。何よりも例の血の効力を早くベギアーデに報告しないといけないし……)


 現状や周囲にいるアイカたちの立ち位置、人数などからアローガはこのまま戦い続けても自分には何のメリットも無いと考える。

 アイカたちを警戒しながらどうするか考えた結果、アローガは不服そうな顔をしながら魔法の発動を中断し、右手を下ろして混沌紋の光も消した。


「此処でアンタらを皆殺しにしてやる……と言いたいところだけど、現状であたしがアンタらと戦ってもいいことなんてなのも無いわ」

「はぁ? 何言ってやがるんだ」


 意味の分からないことを言い出すアローガにフレードは訊き返す。アローガはフレードの方をチラッと見るとムスッとしながら口を動かした。


「今回はあたしらの負けってことにしてやるわ。ただ、負けを認めるからと言ってこのまま大人しく捕まるつもりも倒されるつもりもないの。こっちにも都合ってものがあるしね」

「何だとぉ?」

「アンタ、もしかして逃げる気かい?」


 パーシュはアローガが何をしようとしているのか察してヴォルカニックを構え直し、アイカたちもアローガが逃げようとしていることを知ると一斉にアローガを睨みつける。

 周囲から睨まれているにもかかわらず、アローガは余裕の表情を浮かべながらパーシュの方を向いた。


「なぁに? 逃がさないって言いたいの? 残念だけどアンタたちじゃあ、あたしを捕まえることはできないわよ」


 アローガがそう言うと彼女の足元に紫の魔法陣が展開され、魔法陣を見たアイカたちメルディエズ学園の生徒は目を見開く。

 過去にも足元に紫の魔法陣を展開した存在が転移して逃走したのを見たため、アイカたちはアローガが転移魔法で逃げようとしているとすぐに気付いた。

 このままでは転移で逃げられると考えるアイカ、パーシュ、フレードはアローガを捕まえようと彼女に向かって走り出す。アローガは正面から走って来るアイカとパーシュを見ながら二ッと笑った。


「戦場では戦士たちの望んだ結果になることが最も重要なの。あたしにとってはこの場から逃走することが最も重要、戦いに負けたとしても問題無いわ。逃走に成功できれば、その時点であたしの勝ち、なのよ」


 そう言った瞬間、アローガの姿は消え、足元の魔法陣も消滅する。アローガが消えたことでエントランスにはアイカたちだけが残った。


「クソォ、逃げられた!」


 パーシュはヴォルカニックを強く握りながら奥歯を噛みしめる。アイカはアローガが立っていた場所を見ながら顔をしかめており、フレードは険しい顔で舌打ちをした。フィランも無表情ではあるがアローガに借りを返せなかったことを心の中で少し悔しく思っている。

 一方でリタやフェフェナ、冒険者たちは突然消えたアローガに驚きの表情を浮かべている。冒険者たちの殆どが転移できる魔法や能力など見たことが無いため、アローガが消えたことに衝撃を受けていた。

 アローガを捕まえることはできなかったが、結果的にアローガを撃退することができ、エリザートリ教団の信者も粗方倒すことができたので、アイカたちにとって大きな問題は無い。アイカたち気持ちを切り替え、今やるべきことをやることにした。

 アイカたちは負傷者の応急処置やユーキたちの下に送る救援ことについて話し合う。そんな中、教祖の捕縛に向かっていたユーキとヴェラリアが戻って来た。

 ユーキとヴェラリアが戻るとアイカたちは二人が無事だったことを喜びながら駆け寄る。だが、ユーキとヴェラリアの表情は少し暗く、二人は一緒に教祖の捕縛に就いていた冒険者たちの遺体を運んでいた。

 冒険者たちの遺体を見たアイカたちは驚き、何があったのかユーキとヴェラリアに問い掛ける。二人は教祖と遭遇した大広間での出来事をアイカたちに話した。

 ユーキとヴェラリアは教祖がベーゼ化したことや一緒にいた冒険者が教祖に殺されたこと、自分たちが教祖を倒したことをアイカたちに話す。ただ、教祖の正体がヴェラリアの母、イェーナであることは敢えて伝えなかった。

 説明を聞いたアイカたちは冒険者たちが戦死したことを残念に思う。しかしユーキとヴェラリアだけでも無事だったため、二人が生還したことは素直に喜んだ。

 その後、ユーキたちは屋敷の中や周りに信者の生き残りがいないか調べ、誰もいないことを確認するとアルガントの町へ戻ることを決める。

 しかし既に空は薄暗くなっており、今の状態で森の中を移動するのは危険と判断したユーキたちは屋敷で一夜を過ごすことにした。

 夜が明けるとユーキたちはアルガントの町に戻るために森へ入っていく。

 こうしてエリザートリ教団の隠れ家を襲撃する作戦は冒険者に数人の死傷者を出しながらも教祖と信者の全滅させたと言う形で幕を下ろした。


――――――


 青空が広がり、そよ風が吹く午前、アルガントの町の南門前にはユーキたちの荷馬車が停められており、その近くにはユーキたちが立っている。ユーキたちの向かいには男性貴族が着るような高貴な服装をしたヴェラリアとティアドロップのメンバーの姿があった。

 依頼を終えたユーキたちはメルディエズ学園に戻るために南門に来ており、ヴェラリアたちは世話になったユーキたちを見送るために同行していたのだ。


「本当にもう戻るのか? もう少しゆっくりしていってくれても構わないのだぞ?」

「有難いけど、今回の依頼で得た情報を急いで学園に報告しないといけないからね。すぐにでも戻らないといけないんだよ」

「そうか……」


 苦笑いを浮かべるパーシュを見ながらヴェラリアは少し残念そうな顔をしている。ヴェラリアだけでなく、他のティアドロップのメンバーも同じような表情を浮かべながらユーキたちを見ていた。

 出会ったばかりの頃は商売敵であるユーキたちを避けていたリタやフェフェナも今回の一件でメルディエズ学園の生徒に対する見た方を変えており、ユーキたちと友好的に接していこうと思うようになっていた。その矢先にユーキたちがメルディエズ学園に戻ることになったので少し残念に思っていたのだ。


「もしアルガントに立ち寄ることがあったら屋敷に寄ってくれ。歓迎するぞ」

「ありがとね。アンタも町の管理者として頑張るんだよ?」

「……ああ」


 パーシュの言葉にヴェラリアは一瞬暗い表情を浮かべるがすぐに微笑んで返事をする。

 実はヴェラリアは昨日、エリザートリ教団を壊滅させてアルガントの町に戻った後、クロフィ家の新たな当主となり、同時に町の新しい管理者となっていた。理由は当主代行であったイェーナが行方不明となり、町の管理をする者がいなくなったためだ。

 本来は当主代行であるイェーナと話し合ってから当主となるべきなのだが、イェーナ本人がいないこととヴェラリアが正当な当主の後継者であるため、話し合いをせずに当主となった。

 ユーキはヴェラリアの暗い表情を浮かべたことに気付くと無言でヴェラリアを見つめる。ユーキはイェーナの代わりにクロフィ家の当主となったヴェラリアに心の中で少し同情していた。


 エリザートリ教団を壊滅させてアルガントの町に戻ったユーキたちは負傷した冒険者や救出したロレンティアたちを治療するため、彼女たちを町の神殿へ連れて行った。

 ロレンティアたちを神殿で預けた後、ユーキたちメルディエズ学園の生徒とヴェラリアたち冒険者は二手に別れ、ユーキたちはクロフィ家の屋敷、ヴェラリアたちはエリザートリ教団の壊滅に成功したことを報告するために冒険者ギルドへ向かった。

 冒険者ギルドにエリザートリ教団壊滅依頼の完遂を報告したヴェラリアは冒険者たちと一緒に報酬を受け取る。その後リタたちと別れて屋敷に戻り、ユーキたちと合流して執事たちに依頼の結果を報告した。

 報告を聞いた執事はイェーナにも依頼を完遂したことを伝えようと話したが、その時イェーナは屋敷にはおらず、何処にいるのか分からない状態だと話した。

 アイカたちは行方が分からないイェーナを心配していたが、ユーキとヴェラリアは深刻な表情を浮かべていた。二人はイェーナがエリザートリ教団の教祖で蝕ベーゼになったこと、既に命を落としていることを知っている。この時のヴェラリアはイェーナを心配するアイカたちを見て複雑な気持ちになっていた。

 ヴェラリアは心配するアイカたちを見ながらイェーナの秘密を話すべきか悩んでいた。そんな時、パーシュがエリザートリ教団の教祖は誰だったのかユーキとヴェラリアに尋ね、教祖の話題が出たことでヴェラリアは目を見開いた。

 母親であるイェーナがエリザートリ教団の教祖だったことや彼女が犯した罪をおおやけにし、真実を町の住民に伝えるのが娘としての義務かもしれないと考えたヴェラリアはアイカたちに教祖がイェーナだったことを話そうとした。

 だが、ヴェラリアが話そうとした瞬間、ユーキが教祖の正体は異常な中年の男だったと語った。

 偽りの情報を教えたユーキにヴェラリアは驚き、どうして嘘をついたのか疑問に思っていた。ヴェラリアはユーキが教祖の正体を話した後、真実を伝えようとしたがユーキに制止され、伝えることができなかった。

 結局アイカたちはエリザートリ教団の教祖はベーゼを崇拝する男だと信じ、執事も教祖の正体を町の住民たちに報告することを話してユーキたちは解散した。

 解散した直後、ヴェラリアはユーキになぜ真実を話さなかったのか尋ねた。ヴェラリアの問いにユーキは、もし真実を話せばクロフィ家の信頼は失われ、ヴェラリアもクロフィ家の当主になれず、町の管理もできなくなる。だから嘘をついたと語った。

 ユーキの答えを聞いたヴェラリアはいくらクロフィ家の信頼を守るためとは言え、嘘をつくのは問題があるのではと話す。だがユーキはヴェラリアなら立派な当主になり、アルガントの町を今よりも素晴らしい町にできるはずだから当主として頑張ってほしいと語り、ヴェラリアはユーキが自分のことを新しい当主として信頼していると悟った。

 ヴェラリアはクロフィ家の正当な跡継ぎである自分の立場とイェーナが犯した過ちのことを考え、どうするべきか考えた。その結果、母であるイェーナが人々を傷つけ、迷惑を掛けた分、自分がクロフィ家の当主としてアルガントの町を立派にし、町の住民が幸せに過ごせるようにすることが娘である自分の義務であり、イェーナの過ちに対する責任の取り方ではないかと考え、クロフィ家の当主になることを決意した。

 当主になることを決意したヴェラリアは執事の下へ向かい、クロフィ家の当主になることを伝え、同時にイェーナの捜索をするよう指示した。

 執事は正当な当主の跡継ぎであるヴェラリアが当主になると聞くと、すぐに町の住民たちに当主代行のイェーナが行方不明になったこと、ヴェラリアが新しい当主になったことを伝え、イェーナ捜索の手配もしておくと話した。

 既にこの世にいないイェーナを探させることにヴェラリアは心を痛めたが、これもアルガントの町のためであり、イェーナの凶行を止められなかった自分への罰だと考えて受け入れることにした。

 ヴェラリアがクロフィ家の新しい当主、アルガントの町の管理者になったことはすぐに町中に伝わり、住民たちは驚くと同時にヴェラリアが当主に就任したことを喜んだ。そして、イェーナがいなくなったことを心配した。

 住民たちの反応を執事から聞かされたヴェラリアは彼らのためにも素晴らしい当主になることを決意した。


 クロフィ家の当主となったヴェラリアはイェーナの代わって力を貸してくれたユーキたちに感謝をし、予め用意されていた報酬も渡した。

 報酬を受け取った後、ユーキたちは疲れを取るためにアルガントの町で休息を取り、日付が変わるとメルディエズ学園に戻るために南門へ向かい、現在に至る。


「早くイェーナさんが見つかるといいですね」

「……ああ、そうだな」


 微笑むアイカを見たヴェラリアは小さく笑いながら真実を隠していることに対する罪悪感を感じる。ヴェラリアだけでなく、ユーキもアイカたちを騙していることに心を痛めていた。

 イェーナがエリザートリ教団の教祖だったことを知っているのはユーキとヴェラリアの二人だけ。クロフィ家やアルガントの町の将来を考え、しばらくは隠しておくつもりだが、時が来れば真実を話そうとユーキとヴェラリアは思っていた。


「そう言えば、アンタは当主になったから冒険者は引退するんだよね。そっちの方は大丈夫なのかい?」


 パーシュはヴェラリアが冒険者を引退したことでティアドロップがどうなるのか気になって尋ねる。するとヴェラリアは微笑みながらパーシュの方を向いた。


「ああ、私が引退したからリタにティアドロップの新しいリーダーを任せた。そして、私が抜けた穴はロレンティアを仲間にして埋めるらしい」


 ヴェラリアの代わりに救助した後輩冒険者のロレンティアをティアドロップの新メンバーにすると聞かされたユーキたちは意外に思ったのか少し驚いた表情を浮かべる。フィランはいつもどおり無表情で話を聞いていた。


「ロレンティアはC級だからまだアタイらと一緒に行動できないけど、これからビシバシ鍛えてチャチャッとB級にしてやるつもりだよ」

「ええ、ヴェラリアの代わりになってもらうんだから、私たちと同じくらい強くしてあげないとね」

「二人とも、あまり厳しくし過ぎないようにね?」


 ロレンティアを鍛えることを楽しそうにするリタとフェフェナを見てレーランは苦笑いを浮かべる。三人のやり取りを見てヴェラリアやユーキたちは小さく笑った。


「さ~てと、そんじゃあ、そろそろ行くか」


 出発の時間が近づいたことでフレードは御者席に乗り、ユーキたちもフレードの方を見てからもう一度ヴェラリアたちの方を向く。


「それじゃあ、あたしらは行くよ。世話になったね」

「こっちも色々助けてもらって感謝する。また来てくれ」


 別れの挨拶をしたパーシュはニッと笑ってから荷馬車の荷台に乗り込む。アイカも頭を下げてから荷台に乗り、それに続いてフィランも無言で荷台に乗った。

 アイカたちが乗ったのを見たユーキはもう一度ヴェラリアたちの方を向く。ユーキと目が合ったヴェラリアは僅かに表情を暗くしながらユーキを見つめる。


「……ルナパレス、色々世話になったな」

「いいえ、俺は何も……」


 イェーナのことで複雑な気持ちになるユーキはヴェラリアと同じように少し表情を曇らせながら軽く俯く。しかし、いつまでも気にしてはいられないため、心の中でしっかりするよう自分に言い聞かせて顔を上げた。


「ヴェラリアさん、頑張ってくださいね」

「……ああ、ありがとう」


 ヴェラリアが礼を言うとユーキは微笑んで荷馬車に乗り込み、ヴェラリアはユーキの後ろ姿を見守った。

 全員が荷馬車に乗り込むとフレードは手綱を握り、馬に指示を出して荷馬車を動かす。ユーキたちが乗る荷馬車は開いている南門の方へ走っていき、ヴェラリアとティアドロップのメンバーたちは離れていく荷馬車を見送った。

 南門を通過してアルガントの町を出たユーキたちはメルディエズ学園に戻るためにラステクト王国を目指す。ユーキたちが乗る荷馬車は南に向かって一本道を走った。

 アイカとパーシュは御者席のフレードとどのルートを通ってメルディエズ学園に戻るか話し合い、フィランは目を閉じながら両膝を抱えて座っている。

 ユーキはアイカたちを見た後、荷馬車に揺られながら青空を見上げた。


(もしベーゼを崇拝していなければイェーナはヴェラリアさんと幸せに暮らせたし、ヴェラリアさんも晴れ晴れとした気持ちで当主を継げたはずだ。なのにこんな結果になっちまうなんて……)


 ベーゼと関わったことでイェーナとヴェラリアの関係が滅茶苦茶になったことを考え、ユーキはやり切れない気持ちになる。同時に一つの絆を壊したベーゼにユーキは怒りを感じていた。


(人を利用し、一つの家族を壊す奴らを俺は許さない。……必ずベーゼとの戦いに勝ってみせる!)


 ユーキは拳を強く握りながらベーゼに勝利し、今いる世界を護ることを改めて誓った。


今回で第十章は完結です。

読まれた方は既に気付いていらっしゃると思いますが、十章に登場した教団の名前は実在したある人物から来ています。そしてその人は吸血鬼のモデルとなった人物です。


今回も登場人物とベーゼの名前の由来を説明させていただきます。

ヴェラリアはロシア語で「信念」を意味する「ヴェーラ」から来ています。

シューラフトはドイツ語で「眠り・睡眠」を意味する「シュラーフ」が由来です。


次の章はどのような内容にするかまだ考え中ですが、決まり次第投稿ます。

それでは今回はこれで失礼します。

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