第百七十八話 仮面の狂信者
ユーキたちの班は教祖を探して一階を調べている。倉庫や会議室など部屋を一つずつ確認したが教祖の姿は何処にも無い。だがユーキたちは教祖は間違い無く屋敷の中にいると考え、諦めずに一階にある部屋を調べ続けた。
「此処にもいないなぁ……」
広いリビングのような部屋を調べ終えたユーキは廊下に出る。外ではヴェラリアや冒険者たちが近くにある別の部屋を調べており、調べ終えると廊下の真ん中に集まって全員が難しい表情を浮かべた。
ユーキとヴェラリアも冒険者たちの下に向かい、合流すると冒険者たちの顔を見つめて他の部屋にも教祖はいなかったと悟る。
教祖を探す班はユーキとヴェラリアを除いて六人で構成されており、二人は剣を持った戦士で二人は弓矢を持ったレンジャー、残りの二人は女魔導士、女神官となっており戦力としてはバランスが良かった。
「この辺りにある部屋は全て調べ終えた。となると、教祖はもう少し奥の方にいるかもしれないな」
ヴェラリアはまだ行ってない廊下の奥を見ながら呟き、ユーキや冒険者たちもヴェラリアと同じことを考えているのかヴェラリアが見ている方角に視線を向けた。
ここまでユーキたちは途中にあった部屋を全てこまめに調べたが教祖は信者の姿は無かった。そのため、全員が屋敷の奥に教祖が隠れているのではないかと予想している。
ただ、まだ奥に隠れているとは断定できず、近くに隠れている可能性もあるため、ユーキたちはより感覚を研ぎ澄ましながら奥へ進もうと思っていた。
「確かこの奥には大広間があったはずです。この屋敷にある部屋で最も広い場所だったような気がします」
ユーキは屋敷の中を調べていた時に得た情報を思い出してヴェラリアに伝えた。
「大広間か……どれぐらいの広さで、そんな構造になっているか覚えているか?」
「ハイ……天井が高く、五十人が入ってもまだ余裕があるくらいの広さでした。あと、扉や机と言った家具なんかも無く、本当に広いだけの部屋だったような……」
大広場がどんな場所なのかユーキは説明し、ヴェラリアや冒険者たちは今いる屋敷にそんなに広い部屋があったのだと知って少し驚いた反応を見せる。
ユーキが大広間の説明を終えるとヴェラリアは腕を組みながら俯いて考え込んだ。
「それだけ広い部屋なら隠れられる場所が幾つかあるはずだ。もしかすると隠し部屋などがあって、教祖はそこに隠れているかもしれない」
「俺とアイカも詳しくその部屋を調べたわけじゃないんでハッキリとは分かりませんが、可能性はあると思います」
「そうか……なら、その大広間を行ってみよう」
教祖が大広間にいるかもしれないと考えるヴェラリアは大広間に向かうことを決意する。
ユーキもヴェラリアと同じことを考えていたため、ヴェラリアを見ながら頷き、他の冒険者たちも反対する様子は見せず、真剣な顔でユーキとヴェラリアを見つめていた。
早速大広間に向かおうとユーキたちはまだ行ったことの無い廊下の奥へ進もうとする。だがその時、ユーキたちが進もうとした方角から低い唸り声が聞こてきた。
唸り声を聞いたユーキたちは一斉に声がした方を向く。そこには武器を持った四人の信者の姿があった。
信者の内、二人は大鎌を持った男の信者で、もう二人は剣を持った女信者、四人はゆっくりとユーキたちの方へ歩いて来る。ただ、その顔は肌色ではなく薄い灰色になっており、口元からはヨダレを垂らしていた。
ユーキは信者と遭遇したことで武器を構えるが、前に見た時と明らかに様子の違う信者たちを見て警戒心を強くする。
「ルナパレス、彼らが教団の信者たちか?」
初めてエリザートリ教団の信者を目にしたヴェラリアはサーベルを構えながらユーキに尋ねる。ユーキは視線だけを動かしてヴェラリアを見ると小さく頷いた。
「ハイ。……でも前に見た時と雰囲気が違います。前は普通の信者だったんですけど、今の彼らはまるで飢えた獣みたいになっています」
「どういうことだ? 信者たちはベーゼに操られているのか?」
「分かりません。ただ、一つだけハッキリしていることがあります」
「……彼らが私たちに対して明らかな殺意を懐いている、ということだな?」
ヴェラリアを見ながらユーキはもう一度頷いて信者たちに視線を向ける。信者たちの表情は険しく、誰が見てもまともじゃないと言える状態だった。
冒険者たちの中には信者たちに様子に小さな恐怖を感じる者もいたが、宗教団体の信者相手に恐怖を感じては冒険者の恥だと自分に言い聞かせて信者たちを睨み返す。ヴェラリアもサーベルを構えたまま足の位置を変え、何が起きても瞬時に動ける体勢を取った。
ユーキたちが戦闘態勢に入った直後、大鎌を持った二人の信者が低い声で叫びながらユーキたちに向かって走り出す。信者たちが迫って来るのを見て、弓矢を持つ冒険者たちは矢を放って迎撃した。
矢は信者たちの腕や足に一本ずつ当たった。しかし信者たちは立ち止まらず、走る勢いも落とさずにユーキたちに向かって行く。
矢を受けても何も感じない様子の信者たちを見て冒険者たちは目を見開いて驚いた。
「な、何だよアイツら、痛みを感じてないのか?」
「そんな馬鹿な! 急所でないとは言え、矢が刺さったままの状態で痛みを感じ無いはずがない」
予想外の事態に矢を放った冒険者たちは動揺し、他の冒険者たちも困惑しながら信者たちを見ていた。
「落ち着け! 冷静さを失うな」
取り乱す冒険者たちにヴェラリアが力の入って声で語り掛けるとヴェラリアの声を聞いて冒険者たちは我に返る。
冒険者たちの反応を見たヴェラリアは大鎌を持つ信者たちに向かって走り、ユーキもその後に続いて走り出した。
信者たちは距離を縮めて来るユーキとヴェラリアを見ると威嚇するかのように声を上げた。信者の一人はヴェラリアを睨みながら大鎌を振り上げ、もう一人はユーキに向けて大鎌を斜めに振ろうとする。
ヴェラリアは信者が大鎌を振り下ろそうとしているのを見て走る速度を上げ、信者の懐に入るとサーベルを右下から斜めに振り上げて信者を斬った。体を斬られた信者は痛みで一瞬怯むがすぐにまた大鎌を振り下ろそうとする。
倒れない信者を見たヴェラリアは小さく舌打ちをし、素早くサーベルを二度振って信者の体を斬る。続けて二度も斬られた信者は声を上げた。
流石に今度は効いたらしく信者は持っていた大鎌を落として仰向けに倒れた。倒れた直後、信者の体は黒い靄となって消える。
「何っ? 信者が消えた?」
目の前で信者の死体が消えたことにヴェラリアは驚き、近くにいたユーキもヴェラリアの言葉を聞いて驚きの表情を浮かべる。そんな中、ユーキの前にいた信者が大鎌を振ってユーキに攻撃した。
信者の攻撃に気付いたユーキは咄嗟に右へ跳んで大鎌をかわす。敵を前によそ見をしたことを反省しながらユーキは戦いに気持ちを切り替え、月下と月影を構え直して信者の左側面に回り込む。
「ルナパレス新陰流、朏魄!」
ユーキは信者に向かって踏み込みながら月下と月影で袈裟切りを放ち、続けて二本を同時に左から横に振って信者を斬る。
月下と月影で袈裟切りと横切りを受けた信者は致命傷を負い、大鎌を持ったまま前に倒れて動かなくなった。その直後、信者は着ているローブと一緒に黒い靄と化して消滅する。
信者の体が靄と化したのを見たユーキはヴェラリアの言っていたことは本当だと知って改めて驚く。そして同時に靄となって消えた信者たちを見て、信者たちはベーゼになっていると知った。
ユーキは残っている二人の女信者たちの方を向く。女信者たちは剣を握りながらゆっくりとユーキの方に歩いて来ており、ユーキは鋭い目で女信者を睨みながら月下と月影を構え直した。
するとユーキの後ろから二本の矢が飛んできて女信者たちの体に命中する。ユーキが矢が飛んできた方を向くと弓を構えるレンジャーの冒険者たちの姿があり、他の冒険者たちもレンジャーたちを護るように構えていた。
矢を受けた女信者たちは苦痛の声を漏らすがすぐに体勢を整えて冒険者たちの方を向き、声を上げながら冒険者たちに向かって走り出す。
興奮する獣のように向かって来る女信者たちを見て冒険者たちは僅かに表情を歪ませながら迎撃する。
レンジャーたちは矢を放ち、女魔導士は水球を放って攻撃し、矢と水球は女信者たちに直撃した。攻撃を受けた女信者は二人とも崩れるように倒れて消滅する。
現れた信者が全て倒されるとユーキたちは緊張を解いてヴェラリアの下へ向かう。ヴェラリアは精神的に少し疲れたのかサーベルを下ろして溜め息をついていた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、怪我は無い。だが……」
ヴェラリアは深刻そうな表情を浮かべながら自分が倒した信者がいた場所を見つめる。ユーキはヴェラリアの顔を見て彼女が何を考えているのか察し、同じように信者が倒れていた所を見た。
「まさか信者たちがベーゼヒューマンになっていたとは思いませんでした」
「ああ、私もいくらベーゼを崇拝する団体とは言え、ベーゼそのものになるとは思っていなかったから驚いた」
ユーキとヴェラリアは信者たちがベーゼになっていたことに衝撃を受け、それと同時にどうして信者たちがベーゼになっていたのか疑問に思う。他の冒険者たちも信者たちがベーゼに変わっていたことに驚いていた。
「なぜ信者たちはベーゼなどになっていたんだ?」
「分かりません。ただ、さっきの信者たちがベーゼになっていたということは、他の信者もベーゼ化していると考えて間違いないでしょう」
「では、リタたちもベーゼ化した信者と遭遇する可能性が高いと言うことか?」
「ええ」
「だとすると少々面倒だな……」
ヴェラリアは別行動を取っている仲間たちが信者と遭遇するのを想像して眉間にしわを寄せる。
ベーゼ化したことで信者たちは強い力を得ており、混沌士のアローガまで味方に付いているため、状況によっては自分たちが追い詰められることになるかもしれない。最悪の事態を想像したヴェラリアは僅かに汗を流す。
ユーキも信者がベーゼ化したことを知り、アイカたちのことを心配になっていた。しかし、自分たちには教祖を捕まえると言う重要な役目がある。アイカたちも心配だが、今は教祖を捕らえることに集中しなくてはいけない。
「とにかく教祖を探しましょう。皆のことも気になりますが、俺たちは自分たちのやるべきことをやりましょう」
「……そうだな。リタたちも優秀な冒険者だ。例え信者と遭遇しても簡単には負けたりしない。それに教祖を捕まえればベーゼ化した信者たちも大人しくなるかもしれないからな」
仲間たちのことも心配だが、まずは為すべきことを為し、その後に仲間たちの下へ向かうべきだとユーキとヴェラリアは考え、教祖を見つけることに集中する。
周りにいる冒険者たちは少し不安そうにしていたが、教祖を捕まえることが重要だと理解しているため、今は教祖を捕まえることだけ考えることにした。
話が済むとユーキたちは大広間を目指して廊下の奥へ進む。信者たちと遭遇したため、大広間に着くまでにまた信者たちが現れるかもしれないと予想するユーキたちは警戒しながら先へ進んだ。
ユーキたちは静かで薄暗い廊下を固まって進んでいき、しばらく移動すると目的地である大広間の前まで辿り着く。ユーキたちは大きな二枚扉の前に立って扉を見つめる。
不思議なことに先程信者と遭遇してからは別の信者とは一度も遭遇しなかった。ユーキたちはどうして信者が現れなかったのか疑問に思っていたが、まずは大広間に入り、教祖が隠れているかどうか調べることにした。
ユーキとヴェラリアは一緒に二枚扉を押してゆっくりと開ける。扉が完全に開くとユーキたちは警戒しながら大広間に入った。
大広間は体育館ほどの広さで天井までは5mはある。ユーキの情報どおり机や椅子と言った家具は何も無く、壁に松明が掛けられて部屋の隅には大量のロウソクが立てられており、屋敷の廊下や他の部屋と同じように不気味な雰囲気が漂っていた。
ユーキたちは大広間を見回しながら部屋の中央に進んでいく。すると、先頭を歩いていたヴェラリアが前を見ながら立ち止まり、ユーキたちもヴェラリアが止まったのを見え一斉に足を止める。
「どうしたんですか?」
「……見ろ」
ヴェラリアは前を見つめながら低い声で前を見るよう伝える。ユーキがヴェラリアの視線の先を見ると、数m離れた所に紅いフード付きローブを着て仮面を付けた人物、エリザートリ教団の教祖の姿があった。
本当に大広間に教祖がいたことにユーキは意外そうな表情を浮かべる。だが、他の場所を調べる必要も無くなったため、内心見つかってよかったと思っていた。
「こんな奥までやって来るとは、流石はメルディエズ学園の生徒にアルガントの町でも優秀な冒険者、と言うべきでしょうか」
教祖は機械的な声を出しながら大広間まで来たユーキたちに感心する。ユーキたちは教祖を見つめながら静かに身構えた。
「お前がエリザートリ教団の教祖、だな?」
ヴェラリアが教祖を睨みながら尋ねると、教祖はしばらく黙り込んだあとに小さく頷く。教祖の反応を見たヴェラリアはサーベルの切っ先を教祖に向けた。
「お前たちは血を飲むためだけに何の罪も無い人々を殺害し、その遺体をベーゼに差し出した。これ以上、お前たちの凶行を見逃すことはできない。大人しく投降しろ」
「凶行……聖水を飲むために人を殺めることが凶行だと言うのなら、お金を得るためにモンスターや偉大なるベーゼを殺める貴方たち冒険者、メルディエズ学園の生徒の行いも凶行と言えるのではないでしょうか?」
「くだらない屁理屈を言うな。私たちは人々を護るためにモンスターやベーゼを倒し、その報酬として金を得ている。自分のためだけに人を殺めるお前たち教団と一緒にするな」
自分たちをエリザートリ教団と一緒にするような発言をした教祖に苛つきながらヴェラリアはサーベルを構える。他の冒険者たちも教祖を睨みながら武器を構え、ユーキも双月の構えを取った。
戦闘態勢に入ったユーキたちを見た教祖は失望したかのように小さく溜め息をつく。
「貴方たちは何も分かっていませんね。……確かに昔の教団は力や知識、美しさなど信者が求めるものを手に入れるために人々を殺め、聖水を乗り込んできました。しかし今の教団は違います。強大な力を持つ偉大なベーゼのために若者を殺め、その死体を提供しているのです。聖水は死体を提供するついでに飲んでいるだけなのですよ」
「つまり、ベーゼのために人々を殺めているアンタたちは俺たちと同じだと言いたいわけか?」
ユーキが鋭い目で教祖を見つめながら尋ねると教祖はゆっくりと頷いた。
「そのとおりです。教団は偉大なるベーゼのために若者を殺め、ベーゼが望む世界を作るための架け橋となっています。若者たちの犠牲によってベーゼの世界が作られ、その世界にこそ私たち人類の幸福があるのです」
両手を広げながら幸せそうな語る教祖を見てユーキは軽蔑するような表情を浮かべる。
エリザートリ教団にはベーゼを崇拝する異常な人間が多いと聞いており、そのトップに立つ教祖は信者たちよりもベーゼに対する信仰心が強いのではと予想していた。
しかし、目の前にいる教祖はユーキが予想していた以上にベーゼを崇拝していたため、教祖はベーゼの狂信者となっているとユーキは感じていた。
ユーキが教祖を見つめる中、ヴェラリアや冒険者たちは教祖の異常さを目にして不機嫌になる。こんな異常者が支配する宗教団体によってアルガントの町や周辺の村の住人たちが命を奪われたと思うと腸が煮えくり返るような気分になった。
「我々教団は今後も偉大なベーゼのために活動を続けていきます。そのためにも貴方がたに教団を壊滅させられるわけにはいきません。皆さんには此処でベーゼと我々のための生贄となっていただきます」
教祖は広げていた両手を下ろしながら語り、ユーキたちは教祖の言葉を聞いて自分たちを殺そうとしていると知って警戒を強くした。
「……ただ、貴女だけは助けましょう」
そう言って教祖はサーベルを構えるヴェラリアを指差す。ユーキや冒険者たちは教祖の言葉に驚きながらヴェラリアの方を向く。
「は? 私を?」
ユーキたちが見つめる中、状況が理解できないヴェラリアは訊き返す。ヴェラリア自身にはエリザートリ教団に助けてもらう理由に心当たりがない。そのため、ユーキたち以上にヴェラリアは驚いていた。
「そうです。此処で彼らと手を切り、教団に付くのであれば身の安全は保証しましょう」
教祖は手を差し出してヴェラリアに自分の下へ来るよう伝える。
「どういうことだ、どうしてヴェラリアさんを仲間にしようとするんだ?」
「申し訳ありませんが、その問いに答える気はありません。それに今は彼女と話している最中です。黙っていていただけますか?」
ユーキに低めの声で言い放った教祖はヴェラリアの方を向き、手を取るよう目で意思を伝える。
ヴェラリアはユーキたちが注目する中、教祖を見つめながらサーベルを下ろす。そして、嫌悪するような顔をしながら口を開いた。
「断る。何のつもりで助けると言い出したのかは知らないが、お前たちのような異常な集団に助けてもらおうなどとは思っていない」
迷うことなく断ったヴェラリアを見てユーキは小さく笑う。ユーキは最初からヴェラリアが教祖の誘いを断ると分かっていたようだ。
他の冒険者たちもヴェラリアの返事を聞いて「流石はティアドロップのリーダーだ」と心の中で感心していた。
「……断るのなら、貴女も他の方々と同じように此処で命を落とすことになりますよ?」
「まだ負けるとも、死ぬとも決まったわけではない! 私たちはお前たち教団を倒し、殺された人々の無念を晴らす。仮に命を落とす結果となったとしても、冒険者として死ぬのなら本望だ」
意思を変えず、自分たちが勝つことを宣言したヴェラリアはサーベルを構え直して教祖を睨む。ユーキたちも教祖を見るといつでも戦える体勢を取った。
ヴェラリアの答えを聞いた教祖は手を下ろし、残念に思うような素振りを見せながら弱々しく首を横に振った。
「とても残念です。既に私たちの勝利が決まっているので助けようと思っていたのですが……」
「何、それはどういうことだ?」
意味深な言葉を聞いてユーキは教祖に訊き返す。
「既にベーゼの力を得た大勢の信者が屋敷の外で身を潜めています。貴方たちが屋敷に入り、捕らわれている若者たちを救出した直後、外で待機していた信者たちと屋敷に残っている別の信者たちで挟撃することになっているんです」
「何だって!?」
ヴェラリアはエリザートリ教団が自分たちを罠に嵌めようとしていたことを知って思わず声を上げる。教団が罠を張っていたことには驚いたが、捕まっている若者たちを救出しようとしていたことを教団が見抜いていたことにも驚いた。
「貴方がたが屋敷を襲撃して私を捕らえようとしていることも、捕らえた若者たちを救出することも最初から分かっていました。ですからわざと屋敷の中に入れさせ、救出を終えた頃に信者たちに襲撃させたのです」
教祖の手の中で踊らされていたことにヴェラリアは悔しさを感じて奥歯を噛みしめた。
もし教祖の言うとおり信者たちが屋敷の外に潜んでいるのなら、今頃屋敷の外にいるレーランたちが奇襲を受けているはずだ。そしてアイカたちが若者たちを助けて屋敷の外に出ようとしたところを屋敷の中に隠れていた信者たちに襲撃させ、挟み撃ちにする。アイカたちにとってかなり危うい状態だと言えるだろう。
アイカたちの班はともかく、レーランと一緒にいる冒険者の大半はベーゼとの戦闘で負傷したり、疲れている者ばかりだ。戦闘になれば苦戦を強いられるはずなのでヴェラリアはレーランたちのことを心配する。
教祖は不安を露わにするヴェラリアを見ながら口を動かし続けた。
「それに信者だけでなく、アローガ様も若者たちを救出した者たちの奇襲に参加しておられます。貴方がたが生き残る可能性はほぼ無いと言っていいでしょう」
「何っ?」
ユーキはアローガがアイカたちを襲っていると知って衝撃を受け、ヴェラリアも混沌士が外にいる者たちを襲撃していると知って驚愕する。
心配になったユーキはアイカたちの安否を確認するために伝言の腕輪を使おうとする。だが、ユーキが使う前に伝言の腕輪からアイカの声が聞こえてきた。
「ユーキ、聞こえる?」
「アイカか!?」
突然聞こえて来たアイカの声に驚いたユーキは伝言の腕輪に視線を向ける。隣にいたヴェラリアも驚いたが、アイカが連絡してきたことでリタたちが全滅してはいないと知って内心ホッとしていた。
「アイカ、大丈夫か?」
「えっ、大丈夫って……」
「今、信者やアローガの襲撃を受けてるんじゃないのか?」
「えっ? どうして知ってるの?」
ユーキが自分たちの現状を知っていることにアイカは驚きの声を出す。逆にユーキたちは教祖の言うとおり、アイカたちがアローガたちの襲撃を受けていると知って表情を僅かに歪ませる。
「実は今、一階の大広間にいるんだけど、そこで教祖を見つけたんだ」
「教祖がいたの?」
「ああ、それでアイカたちがアローガの襲撃を受けているって聞かされたんだよ」
「そうだったの……」
アイカはユーキが襲撃を受けていることを知っている理由を聞いて納得し、同時に教祖がユーキたちの目の前にいることを知った。
ユーキはアイカが普通に会話をしていることから戦闘中でも追い詰められている状況ではないと悟る。少しでもアイカたちが戦いやすくなるよう、急いで戦況確認をして信者たちの情報を教えなくてはと思っていた。
「それで、今はどんな状況なんだ?」
「ロレンティアさんたちを助けて広場に戻ったんだけど、待機していたレーランさんたちが信者たちの襲撃を受けて今加勢しているところよ」
「信者たちは全員ベーゼヒューマンになってる。しかも俺たちが今まで見て来たベーゼヒューマンとは何か違う」
「分かってる。信者たちはベーゼの血を飲んでベーゼになったらしいわ」
「血を飲んで?」
「ええ、アローガが言っていたの」
アイカは手に入れた情報や自分たちに何が起きたのかをユーキに説明する。情報を聞いたユーキは瘴気以外に人間をベーゼに変える方法があり、その情報をアローガが語ったと知って驚きの反応を見せていた。
なぜアローガがベーゼ化の情報を話したのかは分からないが、情報を話す点からアローガがアイカたちとの戦いで余裕を持っているのだけはハッキリと分かった。
「それで、そっちは今どんな状態なんだ?」
「今は信者たちと戦っている最中よ。数は向こうの方が多いけど、なんとか戦えてるわ」
「アローガは?」
「フィランが相手をしてくれてるわ。信者たちを倒して広場の安全を確保したら加勢に行くつもり」
混沌士であるアローガが戦闘に参加していると聞かされたユーキはアイカたちがかなりギリギリの状態なのではと感じる。
ユーキの隣で会話を聞いていたヴェラリアもリタたちが危ないのではと感じて表情を僅かに曇らせていた。
「……サンロード、聞こえるか?」
「ヴェラリアさん?」
「今からこちらの戦力を少しだがそちらへ向かわせる」
ヴェラリアは伝言の腕輪に顔を少しだけ近づけ、伝言の腕輪の向こう側にいるアイカに語り掛ける。ユーキや冒険者たちはヴェラリアの発言を聞いて一斉に彼女に視線を向けた。
「いえ、こっちは大丈夫です。今のままでも問題ありませんし、そっちも教祖を捕まえようとしている最中なのでしょう? でしたら人員をこちらに回す余裕なんて……」
「教祖以外は誰もいない。恐らく信者は全員そっちにいるのだろう。教祖一人を捕まえるだけなら数人をそっちに回しても問題はない」
「で、ですが……」
今でも十分戦えるのにユーキたちの班から救援を送ってもらうのは申し訳ないと感じているのか、アイカは複雑そうな声を出す。
アイカの声を聞いたヴェラリアはアイカが何を考えているのか察して伝言の腕輪をジッと見つめる。
「ロレンティアたちを護るためにもそっちの戦力は少しでも多い方がいい。増してやそっちには能力の分からない混沌士もいる。少しでも有利に戦える状況にするべきだ」
真剣な表情でヴェラリアは尋ねるとアイカは黙り込む。
ユーキはロレンティアたちを護りたいというヴェラリアの意思と優しさを知り、心の中で感心する。同時にアイカたちのために冒険者は向かわせると判断したことに感謝していた。
「分かりました、お願いします。……ただ、そちらも教祖を捕まえなくてはいけないので、本当に少しで結構です」
アイカはヴェラリアの意思の強さに押し負けたのか救援を送ってもらうことを頼み、アイカの返事を聞いたヴェラリアは冒険者たちの方を向いた。
「お前たち、急いで来た道を戻って屋敷の外へ向かってくれ」
ヴェラリアは二人の戦士とレンジャー、女神官にアイカたちの救援に向かうよう指示する。四人は無言で頷くとユーキたちに背を向けて走り出し、大広間を後にした。
冒険者たちが大広間から出て行くのを見たユーキは伝言の腕輪に視線を戻してアイカに語り掛ける。
「今冒険者たちが向かった。俺たちも教祖を捕まえたらすぐに戻るから、それまで頑張ってくれ」
「分かったわ。そっちも無茶をしないでね?」
「ああ」
返事をすると伝言の腕輪に付いている水晶の光が消え、ユーキはアイカと通信が切れたことを知る。
ユーキはアイカたちが無事なことを祈りながら顔を上げて教祖に視線を向ける。教祖はユーキたちを待っていたのか、アイカと話している最中も逃げようとせずにその場でジッとしていた。
「仲間のために人員を削って救援に向かわせるのは見上げたものですが、たった四人で私を捕らえるつもりですか?」
教祖がユーキたちを見つめながら語り掛けると、ヴェラリアは鋭い目で教祖を睨みながら口を開く。
「信者たちはベーゼ化しているようだが、お前の様子からベーゼにはなっていないと見た。ベーゼでもない普通の人間なら我々四人だけでも十分だ」
「成る程、そう言うことですか」
ヴェラリアの言葉を聞いた教祖は納得した様子を見せる。
「確かに私は信者の皆さんと違ってベーゼの力を得ていません。それなら僅か四人でも私を捕らえることは可能でしょう」
そう言いながら教祖は被っているフードをゆっくりと下ろす。フードの下からはカールの入った肩の辺りまである金髪が出ていた。
「貴女のその洞察力と他人を想う気持ちは本当に素晴らしいです。人の上に立てば多くの人が貴女を信頼し、共に同じ道を歩もうと考えるでしょう」
「……? さっきから何を言っている?」
突然喋る出す教祖を見てヴェラリアは小首を傾げ、ユーキたちも不思議に思いながら教祖を見つめる。ユーキたちが見つめる中、教祖は左手でそっと自分の仮面に触れた。
「私はその才能を冒険者や貴族としてではなく、教団の人間として活かしてくれることを願っていたのですが……無理なようですね」
残念そうな口調で語りながら教祖は仮面を外して素顔を見せる。次の瞬間、教祖の顔を見たユーキとヴェラリアは驚愕の表情を浮かべた。
「こんな結果になってしまったこと、本当に残念に思っていますよ……ヴェラリア?」
仮面の下から出てきたのはアルガントの町にいるはずのイェーナの顔だった。




