第百七十七話 血を穢した者たち
突然現れたアローガに対してアイカたちは警戒心を強くする。特にアイカはアローガがベーゼたちに加担する混沌士であると知っているため、周りの冒険者たちよりも強く警戒していた。
パーシュとフィランは現れたエルフの幼女を見て最初は何者だと疑問に思っていたが、現状と容姿からベーゼに加担する混沌士だと気付いて得物を構える。
「やっぱり戻って来たわね、アイカ・サンロード? アンタたちなら教団を潰すために必ず仲間を連れて戻って来ると思ったわ」
アローガはアイカを見ながら笑みを浮かべ、アイカは自分たちの動きが読まれていたことを知って微量の汗を流す。
アイカが焦っていると悟ったアローガは愉快になったのかより楽しそうな笑みを浮かべた。そんな中、アローガの後ろに控えている四人の信者は唸り声を出しながらアイカたちを睨んでいる。口からは僅かにヨダレが垂れており、その姿はまるで獲物に飛び掛かろうとする飢えた獣のようだった。
「もう少し待ちなさい。後でたっぷり暴れさせてあげるから」
困ったような顔をしながらアローガは信者たちを宥める。信者たちはアローガに従って少しだけ大人しくなるが、唸り声を上げ続けながらアイカたちを睨んでいた。
信者たちが大人しくなるとアローガはやれやれと言いたそうな反応を見せた。だがアイカたちの方を向くとすぐに小馬鹿にするような笑みを浮かべる。
「悪いわね、ほったらかしにしちゃって? でも、こうしとかないとコイツらすぐに暴れちゃうから」
「別に気にしていません。……それより、先程のはどういうことですか?」
「は? 先程って?」
アローガは不思議そうにしながら小首を傾げ、そんなアローガを見てアイカはムッとした。
「信者が冒険者と互角に戦っていることを不思議に思っていた時、貴女は単純な理由だと仰いました。あれはどういう意味なんですか?」
「ああぁ、そのこと。そんなに知りたいなら教えてあげるわ」
見下したような発言をするアローガにアイカはカチンときたのかプラジュを持つ手に力を入れる。パーシュやリタも態度の大きなアローガに腹が立つのか鬱陶しそうな顔でアローガを睨んでいた。
アイカたちが見つめる中、アローガはチラッと後ろにいる信者たちを見ながら口を開く。
「コイツらはベーゼになってるのよ」
「ベーゼ!?」
予想外の答えを聞いてアイカは目を見開き、パーシュたちもフィラン以外の全員が驚きの反応を見せた。
「アンタたちが必ずこの屋敷を襲撃してくると確信してたからね。戦力を増やすために信者たちを蝕ベーゼに作り変えたのよ」
「何て奴だ。戦力を増やすためだけに信者たちを瘴気で苦しめてベーゼに変えたのかい」
パーシュは低い声を出しながらアローガを睨みつける。戦力を増やすだけならベーゼを集めればいいのにわざわざ信者たちを蝕ベーゼに作り変えたアローガの行動にパーシュは気分を悪くした。
「は? 瘴気なんて使ってないわ。コイツらには血を飲ませてやったのよ」
「血?」
「そう、血を飲むことを慣習としているコイツらにはお似合いでしょう?」
「どういうことですか?」
理解できないアイカはアローガに尋ね、アローガは質問してくるアイカを見ると鼻で笑いながら腕を組んだ。
「いいわ、何も分かっていない間抜けなアンタたちに特別に教えてあげる」
挑発してくるアローガにパーシュは小さく舌打ちし、アイカやリタはジッとアローガを睨んだまま見つめていた。
「人間やモンスターをベーゼに変える方法は二種類あるの」
アローガは楽しそうな口調で語り始め、アイカたちは黙って見つめた。
敵が目の前で身構えることなく説明しているのだから、今の内に攻撃しようと普通は考えるだろう。だが、自分たちの知らない情報を得られるチャンスだと考えるアイカたちはアローガの説明を聞くことにした。
アイカたちが見つめる中、アローガは蝕ベーゼを作り出す方法について説明した。話によると蝕ベーゼを作り出す方法は二種類あり、一つは瘴気を吸わせること、もう一つはベーゼの血液を飲ませることだそうだ。
ベーゼたちは蝕ベーゼを作り出す際に瘴気を広げ、それを吸った生物をベーゼに変えているため、血液を飲ませて蝕ベーゼを作り出すことは滅多に無い。実際メルディエズ学園もベーゼが血液を使って蝕ベーゼを作り出すところを見たことが無かったため、アイカやパーシュも今まで血液が使われることを知らなかった。
蝕ベーゼを作る方法は二種類あるが、どちらも同じと言うわけではない。効力には違いがあり、メリットとデメリットも存在する。
瘴気は広範囲に広げることで一度に複数の対象をベーゼに変えることができる。精神力の強い者なら自我と理性を残したままベーゼに従おうと言う考え方を持つようになり、優秀な戦力を得ることができるのだ。
更に濃度の高い瘴気であればより強力な蝕ベーゼを作り出すこともできる。ただ、瘴気を吸ってからベーゼになるまで時間が掛かり、自我と理性が残らない存在の知能は下位ベーゼ以下となるため、複雑な命令は理解できない。
一方で血液は飲んだ対象しか蝕ベーゼに変えることができず、ベーゼ化した際の知能低下は瘴気でベーゼ化した存在よりも酷い。
稀に位の高いベーゼの命令にも従わない存在が生まれ、瘴気より自我と理性を残したままベーゼ化する確率も低い。だがその分、瘴気よりもベーゼ化するまでの時間が短く、攻撃性と凶暴性が増すため、強い戦力を短時間で作り出すには打ってつけの方法と言える。
アローガは蝕ベーゼを作り出す方法の説明を終えると誇らしげな笑みを浮かべながらアイカたちを見つめる。逆にアイカたちメルディエズ学園の生徒は蝕ベーゼを作り出す方法やメリット、デメリットを聞かされて表情を鋭くしており、リタたち冒険者たちは愕然としていた。
「教団の連中はアンタたちと戦う力を欲しがっていたから、あたしが連れてきていたベーゼの血を飲ませたの。アイツら、自分たちがベーゼの力を得られると知ったら狂ったように喜んで血を飲んだわ」
信者たちが血を飲んだ時のことを思い出したアローガは楽しそうに語る。アイカは信者たちをベーゼに変えて後ろめたさを感じる様子を見せないアローガに小さな怒りを感じていた。
「血を飲んだことで信者たちは瘴気でベーゼ化した奴らよりも強い力を手に入れた。その結果、冒険者たちと互角以上に戦うことができるようになったのよ。もっともその代償に自我と理性、知性を失っちゃったけどね」
「失ったんじゃなくて、貴女が奪ったんでしょう?」
アイカはアローガを睨みながら僅かに低い声で語り掛け、アローガはアイカを見ながら小さく鼻を鳴らす。
「ベーゼの血を飲むことは信者たちの長年の夢だったのよ? 全てを失ったけど結果的にアイツらの願いは叶い、あたしはそれを叶えてあげた」
「だから自分は感謝されるべきだと仰るのですか?」
「そうよ。と言うか、血を飲ませた時に信者たちはあたしに感謝していたわ」
罪悪感と言うものを全く感じていないアローガを見てアイカは「最低だ」と感じる。パーシュやリタもアローガの発言に腹を立て、自分たちの得物を強く握った。
「さて、お喋りはこれぐらいにして、ちゃっちゃとアンタらを始末させてもらうわ」
説明が終わるとアローガは右手を軽く上げて周りにいる信者たちに合図を送る。その直後、四人の信者は獣が鳴くかのように声を上げ、アイカたちに向かって走り出す。
迫って来る信者たちを見て一番前に出ている冒険者たちは剣や斧を構え、他の冒険者たちも武器を持たないロレンティアたち護るように構える。
すると外に出ていたフィランが素早く屋敷の中に戻り、冒険者たちと信者たちの間に入った。冒険者たちは突然自分たちの前に回り込んだフィランを見て目を見開く。
フィランはコクヨを脇構えに持つと混沌紋を光らせて暗闇を発動させる。発動した直後、フィランを中心にドーム状の闇が広がって信者たちと冒険者たちを呑み込む。
突然視界が黒一色となり、フィランの後ろで闇に呑まれた冒険者たちは驚き、走ってきた信者たちも本能で危険だと感じたのか急停止して周囲を見回す。闇に呑まれなかったリタやロレンティアたち、そしてアローガは軽く目を見開いて突然現れた闇を見つめている。
闇に呑まれて信者たちの動きが止まるのを見たフィランは信者たちに向かって走り出し、間合いに入ると素早く八相の構えに変えた。
「……クーリャン一刀流、四連舞斬」
フィランは素早くコクヨを四回振って四人の信者に攻撃する。暗闇の影響で視覚を封じられた信者たちは回避行動を取ることができず、四人全員がフィランの攻撃をまともに受けた。
信者たちは胴体を深く斬られ、傷口から血を噴き出しながら崩れるように倒れる。倒れるとそのまま意識を失い、四人の信者の体は闇の中で着ていた紅いローブごと黒い靄と化して消滅した。
あっという間に信者たちを倒したフィランは無表情でコクヨを軽く振り、同時に暗闇を解除して広げた闇を収縮させる。
闇が小さくなると呑まれていた冒険者たちは目が見えるようになって再び驚きの反応を見せ、リタたちも小さくなる闇と消えている信者たちに理解が追いつかず呆然としていた。その中でアイカとパーシュはフィランが闇の中で信者たちを倒したと知り、心の中で流石だと感じる。
「な、何が起きたんだ? さっきの黒い物体は何だよ?」
リタは目を丸くしながら隣にいるパーシュに尋ね、パーシュは驚いているリタを見て小さく笑う。
「あれがフィランの混沌術だよ。あの子は闇で敵に視覚を無力化させ、その隙に敵を倒したんだ」
フィランの強さを誇らしく語るパーシュを見てリタは驚き、フッとフィランに視線を向ける。自分よりも幼い少女が混沌士であり、ベーゼと化した信者を簡単に倒したと知って軽い衝撃を受けていた。
信者を倒されたことでアローガは一人になったが、焦ることなくフィランを見つめており、フィランも自分を見ているアローガを無表情で見つめ返した。
「大したものね。そこらの蝕ベーゼよりも強い連中をいとも簡単に倒すなんて」
アローガはフィランが周りにいる冒険者よりも強いことを認め、同時に面白い敵がいると感じて小さく笑う。フィランはアローガを見つめているとコクヨを中段構えに持って口を開く。
「……パーシュ・クリディック、彼女は私が相手をする。貴女たちは外にいる信者たちを倒して」
フィランの言葉にパーシュとアイカは反応し、アローガは笑みを消してフィランを見つめる。フィランが一人でベーゼに加担する混沌士と戦うと言うのだからアイカたちは驚いていた。
「本気かい? 相手は混沌士、それもどんな能力を使うか分からないんだよ? そんな相手に一人で戦うなんて無謀すぎる」
「……混沌術の能力が分からないのは向こうも同じ。全員で彼女と戦うより、苦戦を強いられている外に班に戦力を回すのが賢明だと思う」
「それはそうだけど……」
「……それに私の混沌術は仲間が近くにいると使い難い。一人の方が戦いやすい」
アローガを見たまま静かに話すフィランをパーシュは無言で見つめながら考え、しばらくすると静かに溜め息をついた。
「分かった、此処は任せるよ」
「パーシュ先輩?」
フィラン一人にアローガの相手をさせると判断したパーシュにアイカは驚き、リタやパーシュの近くにいる冒険者たちも驚いた顔でパーシュの方を向いた。
「先輩、いくらフィランでも一人で戦うのは……」
「分かってる。だけどあの子の言うとおり、まずは外にいるレーランたちを助けて救出した連中の安全を確保するべきだ。広場の奴らを片付けた後にフィランに加勢すればいい」
アイカはパーシュの話を聞くと僅かに表情を曇らせながら考え込む。確かに今も外ではレーランたちがベーゼとなった信者たちを相手に苦戦を強いられている。このままレーランたちだけで戦えばいずれ全滅してしまい、自分たちも追い詰められてしまう。
ロレンティアたちを護るため、エリザートリ教団との戦いに勝つためにもまずはレーランたちと合流し、広場にいる信者たちを倒すのが先決だとアイカは感じた。
「……分かりました」
アイカの返事を聞いたパーシュは頷き、続けてリタの方を向く。リタはパーシュと目が合うと若干複雑そうな表情を浮かべる。
リタはアイカとパーシュの近くで会話を聞いていたため、アローガをフィラン一人に任せ、自分たちはレーランたちに加勢しに行くことを知っており、リタもアイカと同じでフィランにアローガの相手をさせて大丈夫なのかと若干不安に思っている。
だが仲間であるレーランたちのことも心配で、ロレンティアたちのことも護らなければならないのでリタもパーシュと同じように先に外にいる信者たちを倒した方がいいと考えていた。
リタはパーシュを見ながら頷き、フィランにアローガを任せることに賛成だと伝える。リタの反応を見たパーシュはフィランの方を向く。
「フィラン、その子のことは任せるよ。あたしらが戻るまで何とか持ち堪えておくれ」
「……分かった」
フィランが返事をするとパーシュは背を向けて信者たちと戦っている冒険者たちの下へ走り、アイカもパーシュの後に続いて走り出す。
リタは冒険者たちに指示を出してから二人の後を追い、冒険者たちもロレンティアたちを護衛しながら一斉に屋敷の外に出た。
アイカたちが屋敷の外に出るとフィランは静かになったエントランスでアローガと向かい合う。フィランは無表情でアローガを見ているが、アローガは不機嫌そうな顔でフィランを睨んでいる。
「アンタ一人であたしの相手をするってぇの? 随分とナメられたものね」
「……別にナメてない。戦況から私一人で戦った方が有利に戦えると思って判断しただけ」
「それがナメてるって言ってんのよ。相手の実力も分からないのに自分だけで戦おうとする。……とんだ自惚れ女ね」
「……自惚れているのは貴女だと思う」
無表情のまま静かに言い返すフィランを見てアローガは奥歯を噛みしめる。人形のように恐怖や緊張を露わにせずに身構え、挑発までしてくるフィランに対してアローガは徐々に腹を立ていった。
「……いいわ。そんなに一人で戦いたいなら、望みどおり一対一で戦ってあげる。そして、一人であたしに挑んだことを後悔させてあげるわ!」
鋭い目でフィランを睨みながらアローガは両腕を横に伸ばす。するとアローガの右手の中に風、左手の中に水が集まり始め、フィランはアローガが魔法を使ってくると察して警戒する。
(……両手で属性の違う魔法を同時に発動すると言うことは、それなりの実力を持った魔導士と考えて間違いない。しかもエルフだから魔力も高いはず。……油断できない相手)
心の中でアローガを強敵と判断しながらフィランはコクヨを強く握り、足の位置を僅かに動かして動きやすい体勢を取た。二人の少女が向かい合う中、エントランスに張り詰めて空気が漂い始める。
「いくわよ、あれだけデカい態度を取ったんだから、少しは頑張ってよね?」
「……大きな態度を取ったつもりは無い」
言い返すフィランを見てアローガは表情を険しくし、両手をフィランに向けると右手から風の刃、左手から水球を放ってフィランに攻撃する。
フィランは魔法が放たれると迎え撃つためにアローガに向かって走った。
――――――
屋敷の二階にある教祖の部屋の前ではフレードの班が現れた信者たちと交戦していた。叫び声を上げながら信者たちは武器を振り回し、冒険者たちは表情を歪ませながら応戦する。
「コ、コイツら凄い力だぞ! 宗教団体の信者なのにどうしてこんなに力がつえぇんだ?」
「そんなの知らないわよ!」
戦士風の冒険者と女冒険者は武器を構えながら信者たちの予想外の身体能力に動揺する。他の冒険者たちも信者たちの強さに驚きの表情を浮かべていた。
フレードたちの前に現れた信者たちはベーゼの血を飲んで蝕ベーゼとなっており、身体能力が強化されている。だがそのことを知らない冒険者たちは自分たちが押されていることに驚きを隠せずにいた。
冒険者たちが必死に戦っている中、フレードは冷静に信者たちと交戦している。これまで多くのベーゼと戦い、勝利してきたフレードにとっては異常な力を持つ信者など何の脅威でもなかった。
「ったく、めんどくせぇ連中だな」
フレードは文句を言いながらリヴァイクスで信者の手斧を防ぐ。信者はフレードを威嚇するように声を上げながら手斧を振り回すが全てフレードに防がれていた。
相手の動きも見ずにただ手斧を振り回すだけの信者に呆れるフレードは静かに溜め息をつくとリヴァイクスで素早く手斧を払い上げて信者の体勢を崩す。その隙にフレードは袈裟切りを放って信者の体を切り裂いた。
斬られた信者は声を上げながら後ろによろめき、フレードは続けてリヴァイクスで突きを放ち、信者の体を貫く。
まともに突きを受けた信者は持っている手斧を落とし、糸の切れた人形のように首と両腕を下ろす。その直後、信者の体は黒い靄とかして消滅し、信者が消滅したのを見てフレードは意外そうな顔をする。
「コイツら、靄になって消えやがった。……てことは、コイツらベーゼになったってことか?」
エリザートリ教団の信者がベーゼ化していることを知ったフレードは周りにいる信者たちを確認する。よく見ると信者たちは全員肌が薄い灰色に変色し、飢えた獣のような殺気に満ちた顔をしていた。
フレードは信者たちがベーゼ化したことを不快に思うと同時に信者たちの力が強いのもベーゼ化した影響だと知って舌打ちをする。
「お前ら、気を付けろ! コイツらは既にベーゼになってやがる。殺す気で戦わねぇと殺されるぞ!」
周りで戦うフェフェナたちに声を掛けると、フェフェナや冒険者たちは驚きの反応をしながら目の前にいる信者たちを見つめる。
信者たちはヨダレを垂らしながらゆっくりと迫って来ており、冒険者たちはその姿に寒気を感じながら武器を構えた。
「ベーゼ化してるってことは、彼らは外で戦ったベーゼと同じくらい強いってこと?」
フレードの後ろにいるフェフェナが杖を構えながら尋ね、フレードは目の前にいる二人の信者を睨みながらリヴァイクスを右手で持ち、開いている左手の中に水球を作る。
「多分な。ただ見た感じ、コイツらは正気を失っている。ベーゼ化したことで理性と知性を無くしちまったんだろう。知性が低い分、外にいたベーゼよりも凶暴なはずだ」
目の前の信者たちが通常のベーゼより危険な存在だと聞かされたフェフェナは僅かに表情を歪める。
屋敷の外で戦ったベーゼも厄介だったのに目の前にいる信者たちはそれよりも恐ろしいと知り、フェフェナは勝てるのだろうかと不安を感じていた。
フェフェナが不安に思う中、フレードの前にいた二人の信者が手斧を振り上げながらフレードに向かって行く。フレードは信者たちが一定の距離まで近づくと大きく前に踏み込み、リヴァイクスで右側にいる信者に逆袈裟切りを放つ。知能が低下したことで防御すると言う考えができなくなっていたフレードの攻撃をまともに受けた。
斬られた信者は持っていた手斧を落として前に倒れ、靄となって消滅する。フレードが信者の一人を倒すともう一人の信者が手斧を振り上げてフレードを攻撃した。
フレードは信者を見ると軽く後ろに下がって振り下ろしをかわし、再び信者に向かって踏み込み、水球を持つ左手で信者の顔面に掌打を打ち込んだ。
「魔力掌打!」
掌打が顔面に命中した瞬間、水球が勢いよく破裂して信者にダメージを与え、そのまま後ろに吹き飛ばす。
水球が破裂した時の力で信者の顔には大きな傷が付いている。だが信者はまだ生きており、倒れたまま痙攣していた。フレードは信者に近づくとリヴァイクスで信者の喉を刺し貫いて止めを刺す。
喉を刺されたことで二人目の信者も黒い靄と化して消滅する。信者を倒したフレードは周囲を見回し、信者に苦戦している冒険者たちを見ると加勢するため、冒険者たちの下へ向かった。
それからフレードはベーゼ化した信者たちを一人ずつ倒していき、フレードが信者たちを倒す姿を見て冒険者たちも士気が高まり、残っている信者に攻撃する。結果、フレードたちは死者を出すことなく現れた信者を全て倒した。
信者たちを倒した直後、冒険者たちは気が抜けたのか一気に疲れを感じて廊下に座り込む。中には座らずに周囲を警戒する者もいるが少し疲れたような顔をしている。
フレードは疲れ果てる冒険者たちを見ながら情けなく思い、フェフェナも軽く溜め息をついた。
信者たちは倒したが、まだ教祖の部屋にはベバントがいるため、フレードとフェフェナはベバントを捕まえるために信組の部屋へ入る。
二人が部屋に入るとベバントが笑いながら拍手をした。
「やりますねぇ。ベーゼの力を得た信者たちを全て倒すとは、愚かとは言え、偉大なベーゼに歯向かうだけのことはあります」
「馬鹿なのはテメェらだろう。人間であることを捨ててまでしてベーゼの力を得ようとしたんだからな」
「フッ、我々教団にとってはベーゼになることこそが至高の喜びなのです。貧弱で力の無い人間として生き続けるより、強大な力を持つベーゼとして生まれ変わることが我々の望み。この素晴らしさ、貴方たちには到底理解できないでしょうけどね」
ベバントはフレードとフェフェナを見ながら哀れむような口調で語り、フェフェナはベバントの表情と発言を聞いて異常だと感じる。フェフェナが心の中でベバントを蔑んでいると、隣にいるフレードが呆れた様子で溜め息をついていた。
「生憎だが、俺らは化け物になってまで力が欲しいとは思わねぇ。そんなくだらねぇもんが無くても俺らは生きていける。力欲しさに他人の血を飲んだり、ベーゼを崇拝しようとするテメェらのことなんか理解したいとも思ってねぇんだよ」
フレードがエリザートリ教団の考えやベーゼの力を否定するとベバントは笑みを消し、目を細くしながらジッとフレードを見つめる。その表情からは僅かにフレードに対する怒りが感じられた。
「どうやら、貴方は私が思っていた以上の愚か者だったようですね。……いいでしょう、それなら貴方の言うくだらない力とやらで貴方を叩き潰して差し上げましょう」
そう言うとベバントは後ろにある机の上に置かれて聖杯を手に取って中身をフレードとフェフェナに見せる。聖杯の中には僅な量の血が入っており、血を見たフレードとフェフェナは目を鋭くした。
「ソイツがベーゼの血か」
「そのとおりです。しかも信者たちが飲んだ血とは違い、特別な力が施された物です」
「特別な力だと?」
「そう、偉大なベーゼが教団の幹部である私と教祖様のために用意してくださったのです」
笑みを浮かべながらベバントは自慢げに語り、フレードは聖杯に入っている血を見つめながら眉間にしわを寄せる。
(奴と教祖のために用意された特別な血、つまり教祖の手にもその特別な血が渡ってるってことか)
ベバントだけでなく教祖も特別な血を手に入れたとフレードは確信し、同時にベバントと教祖はまだ蝕ベーゼになっていないのだと知る。
「この血を飲めば私も偉大なベーゼと同じ存在になれる。そして、貴方たちはその力を得た私に消されるのです!」
力の入った声で語るベバントは聖杯に入った血を一気に飲み干す。血を飲むベバントを見たフェフェナは目を見開き、フレードは血を飲む前にベバントを止めるべきだったと思いながら舌打ちをした。
血を飲み干したベバントは聖杯を投げ捨てる。その直後、ベバントは胸の痛みと全身に燃えるような熱さを感じ、胸を押さえながら俯く。
「ぐおおおぉ! こ、これが……これがベーゼになるための……試練ですかぁ。……何と、心地よい痛みでしょう……」
不気味な笑みを浮かべながらベバントは体の痛みに快感を覚え、狂った様子のベバントを見たフェフェナは背筋を凍らせる。
ベバントがしばらく痛みに酔いしれていると、突如ベバントの体が紫色に光りだし、フレードとフェフェナは構えて警戒した。
フレードとフェフェナが見つめる中、光るベバントの体は変形し始める。身長が伸び、腕や足の筋肉は見る見る発達していく。体格が変わったことで着ていたローブは破れ、掛けていた眼鏡も床に落ちる。ある程度まで体が変化すると光は治まり、そこには姿を変えたベバントが立っていた。
身長が2.5mくらいまでに伸び、並の冒険者とは比べ物にならないくらいの筋骨隆々の肉体となっている。肌はすみれ色に変色し、上半身は裸で破れたローブは下半身を隠すロングスカートのようになっていた。
肉体が変化したベバントを見てフェフェナは驚愕し、フレードも鋭い目で見つめている。
「……素晴らしい! これがベーゼに生まれ変わった私ですか。何と美しく、たくましい体でしょう。しかも特別な血のおかげで意識もハッキリと残っている。やはりあのお方が用意してくださった血は素晴らしい」
ベバントは人間だった時とまるで違う自分の肉体に見惚れ、人間だった時よりも低くい声を出しながら歓喜する。しかも血を飲んだにも関わらずベバントは人間だった時と口調や態度が変わっていない。どうやらベバントが飲んだ特別な血は飲んでも自我と理性を失わないよう何か手が加えられていたようだ。
変わり果てたベバントの姿を見たフレードとフェフェナは完全に人間ではなくなっていると感じながらベバントの行動を哀れに思った。
フレードとフェフェナが見つめる中、ベバントは二人の方を向いて太い腕を見せびらかすように前に出した。
「どうです? これが生まれ変わった私の体、貴方たちを捻り潰すベーゼの姿です。この素晴らしい体を目にして死ぬことができるのですから、貴方がたは本当に幸せだと言えるでしょう」
「じょ、冗談じゃないわよ。何で怪物になったアンタの姿を見て幸せにならなくちゃいけないよの!」
勝手なことを言うベバントにフェフェナは杖を構えながら否定する。ベバントはフェフェナの反応を見ると深く溜め息をつきながら呆れたような反応を見せた。
「やれやれ、ここまで理解できない方々だったとは。……まぁいいでしょう。どの道、貴方がたは此処で死ぬのですから、何を考えようが問題ありません」
ベバントは右腕をゆっくりと引いてフレードとフェフェナにパンチを打ち込む体勢を取る。構えるベバントを見たフェフェナは緊迫した表情を浮かべながら一歩後ろに下がった。
「貴方たちの命は此処で消え、偉大なベーゼがこの世界を支配するための踏み台となるのです。ベーゼのために死ねることを誇りに思いながら天に旅立ちな――」
「うるせぇよ」
ベバントが喋っている最中、フレードは低めの声を出しながらリヴァイクスを振る。するとベバントの右腕は上腕部から両断され、切られた右腕はベバントの足元に落ちた。
「……は?」
何が起きたのか理解できないは目を丸くする。そんなベバントの目に入ったのは剣身が2mほどに伸び、刃に沿って水を高速回転させているリヴァイクスだった。
フレードは攻撃する瞬間に伸縮とリヴァイクスの能力を発動させ、伸びたリヴァイクスで素早くベバントの腕を両断したのだ。
最初は状況が理解できていなかったベバントだったが、目の前にあるリヴァイクスを見てようやく自分の腕が切り落とされたことに気付く。
「……な、何だとぉーーっ!!?」
ベーゼ化した自分の腕が切られたという信じられない光景を目にしたベバントは声を上げながら後ろによろめく。同時に切り落とされた右腕の痛みが襲い、ベバントは奥歯を噛みしめながら痛みに耐える。
フレードの隣に立っていたフェフェナは一瞬の間にベバントの腕を両断したフレードに驚き言葉を失っていた。
「何だよ、特別な血を使ったって言うからどれだけ強いのかと思ったが、この程度か」
ベバントが弱いことにガッカリした様子のフレードはリヴァイクスを振り上げてベバントに逆袈裟切りを放つ。リヴァイクスをベバントの胴体を難なく切り裂き、斬れらたベバントは断末魔を上げながら膝を付いた。
「ば、馬鹿な……なぜ、偉大なベーゼとなった私が……愚かで無力な人間などに……」
「テメェが俺らのことを見下すのは勝手だ。だがなぁ、お前だってさっきまではその見下していた人間だったんだぞ? そしてテメェは人間であることを捨ててベーゼに成り下がった」
フレードはゆっくりとベバントに近づきながらリヴァイクスの剣身を元の長さに戻し、ベバントの目の前まで来ると再びリヴァイクスを振り上げた。
「俺からして見れば、化け物になることを選んだテメェの方が遥かに馬鹿だよ」
そう言ってフレードはリヴァイクスを振り下ろし、ベバントの頭部を真っ二つにした。ベバントは驚きの表情を浮かべたまま動かなくなり、ゆっくりと左に倒れる。倒れた直後、ベバントの体は黒い靄となって消えた。
フェフェナはあっという間にベーゼ化したベバントを倒したフレードを見て呆然としており、部屋の外にいた冒険者たちも室内で起きた出来事を目にして驚いていた。
フレードはフェフェナたちが見ている中、リヴァイクスの剣身に纏われている水を消して軽く振った。
「短いベーゼとしての時間だったな?」
そこにいないベバントに対して嫌味のような言葉を言い放ったフレードは振り返り、フェフェナたちの方へ歩いていった。
フレードたちはその後、部屋に教祖が隠れていないかを調べ、教祖がいないことを確認すると別の部屋を探しに向かった。




