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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第十章~鮮血の邪教者~
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第百七十六話  教団の罠


 広場を制圧すると冒険者たちは他に敵がいないか周囲を見回している。その間、ベーゼたちと戦って負傷した冒険者たちは神官たちの回復魔法や所持していたポーションなどで傷を癒した。

 屋敷の玄関から少し離れた所ではユーキたちメルディエズ学園の生徒、ヴェラリアとレーランが立っている。外にいるベーゼは倒したが、まだ屋敷の中にはエリザートリ教団の信者たちがいるのでユーキたちは警戒心を緩めずに玄関の扉を見ていた。

 ユーキたちが扉を見つめる中、パーシュは爆破バーストを発動させ、ヴォルカニックを持っていない左手を扉に向けて左手から火球ファイヤーボールを放つ。火球は扉に命中すると同時に爆発して扉を吹き飛ばした。


「これで突入できるね」


 パーシュは壊れた玄関を見ながら小さく笑う。パーシュの隣で玄関が吹き飛ぶ光景を見ていたヴェラリアとレーランは改めて混沌術カオスペルの力に驚いたのか目を丸くしていた。


「ヴェラリアさん、大丈夫ですか?」

「……あ、ああ。大丈夫だ」


 ユーキに声を掛けられて我に返ったヴェラリアは軽く首を左右に振る。まだ自分たちにはやるべきことがあり、ここからが戦いの本番であることを思い出したヴェラリアは両手で自分の頬を軽く叩いて気合いを入れ直した。


「これより屋敷の突入する! 予定どおり突入後は教団の教祖を捕らえる班とロレンティアたちを救出する班に分かれる」


 ヴェラリアが大きな声で広場にいる冒険者たちに呼びかけ、屋敷に突入することを伝える。ただ、ヴェラリアは全員で屋敷に突入せず、冒険者を何人か広場に残すことにしていた。

 エリザートリ教団に捕まった若者たちを救出し、屋敷から脱出した後は教団を壊滅させるまで安全な場所で若者たちを護らなくてはならない。ヴェラリアは若者たちの安全を確保するためにも広場に何人か冒険者を残しておくべきだと思っていた。

 ヴェラリアは森に入る前に予め冒険者たちに安全地を確保することを伝えており、残す冒険者も既に決めていたため、何に問題も無く話を進めることができた。


「レーラン、広場の方は頼むぞ?」

「ええ、任せて」


 レーランは微笑みながら返事をする。レーランも安全地を確保する冒険者の一人として選ばれており、広場に残ることになっていた。


「よし、行くぞ!」


 役割の確認が済むとヴェラリアは破壊された玄関から屋敷に突入し、ユーキたちや冒険者たちもそれに続く。広場に残るレーランたちはユーキたちが屋敷に入る姿を見ながら彼らの無事を祈った。

 屋敷に入ると薄暗く広いエントランスがユーキたちを出迎える。ユーキたちは信者たちの襲撃を警戒して一斉に身構え、エントランスを見回す。ところがエントランスには信者は一人もおらずとても静かだった。


「どういうことだ? 誰もいねぇぞ」


 予想外の状況にフレードはリヴァイクスを構えながら驚き、一度屋敷を見ていたユーキとアイカも無人のエントランスを見て軽く目を見開いていた。ユーキたちはもう一度エントランスを見回すが、やはり信者やベーゼの姿は何処にもない。


「信者たちは何処にいるんだ?」

「分かりません。もしかすると別の所で待ち伏せしているのかもしれません」

「だとしたら厄介だな」


 ユーキの言葉を聞いてヴェラリアは面倒そうな表情を浮かべる。しかし、危険だからと言ってヴェラリアは引き返すつもりなどなく、ユーキたちの方を向いて口を開いた。


「此処で二手に分かれる。一度屋敷に入ったことのあるルナパレスとサンロードには案内役として別々の班に入ってもらう」

「ハイ」

「分かりました」


 効率よく屋敷の中を移動するためにも自分たちは分かれて行動するべきだと考えるユーキとアイカは不満そうな顔をすること無く返事をする。

 ヴェラリアはユーキとアイカを見て「期待しているぞ」と言いたそうに小さく頷く。それからヴェラリアはユーキたちの実力を考えながら二つの班に分けた。

 班分けをした結果、ユーキ、フレード、ヴェラリア、フェフェナは教祖を捕らえる班に入り、アイカ、パーシュ、フィラン、リタは捕まっている若者たちを救出する班に入ることになり、他の冒険者たちも人数が偏らないよう平等に分けられた。


「それじゃあ、此処からは別行動だ。油断せずに行け?」

「分かってるって。アンタも気を抜くんじゃないよ?」


 忠告するヴェラリアにリタは余裕の笑みを浮かべながら返事をし、ヴェラリアとフェフェナはリタの反応を見ると若干心配そうな表情を浮かべた。


「ユーキ、気を付けてね? あのアローガって混沌士カオティッカーが何処かに隠れてるかもしれないから」

「ああ、分かってる。そっちも気を付けてな? 何かあったら伝言の腕輪メッセージリングで連絡してくれ」


 ユーキはそう言って自分の左腕にはめられている伝言の腕輪メッセージリングを見せ、アイカも頷きながら自分の伝言の腕輪メッセージリングを見せた。

 パーシュとフレードは相手を心配する気が無いのか、声を掛けたりせずに無言で見つめ合っており、フィランは目を閉じたまま黙っている。他の冒険者たちも小声で別行動を取る仲間たちに気を遣ったり、声を掛けたりしていた。


「よし、行動開始だ」


 ヴェラリアがそう言うとユーキたちは真剣な表情を浮かべ、自分たちの役目を全うすることに気持ちを切り替える。

 若者たちを救出する班はアイカを先頭に右側にある通路からエントランスを出て地下牢へ向かう。


「さて、私たちも行くのだが、まずは何処へ行くべきか……」


 アイカたちがエントランスから出て行くのを見たヴェラリアは小さく俯きながら呟く。どういうわけかユーキたちはすぐには動かず、エントランスに留まっていた。


「教祖の部屋は二階にありましたから、教祖はそこにいるかもしれません」


 ユーキが教祖の居そうな場所を話すとヴェラリアはユーキに視線を向ける。ユーキたちは教祖が何処にいるか考えるためにすぐに動かず、エントランスに残っていたのだ。

 捕らわれているロレンティアたちの居場所は地下牢だと分かっているが、教祖は屋敷の中を自由に動けるため、ユーキたちは教祖が今何処にいるのか分かっていない。増してやエリザートリ教団はユーキたちが屋敷を襲撃することを読んでいたはずなので、警戒した教祖が見つかり難い場所に隠れている可能性があった。

 

「確かに敵の襲撃を受けた際、組織のリーダーは自室に籠ることがある。だが、教祖も私たちが来ることは予想していたはずだ。真っ先に向かわれそうな自分の部屋にいるとは考え難い」

「だけど俺らの裏をかいてわざと自分の部屋にいるかもしれねぇぞ?」


 ヴェラリアとフレードがそれぞれ教祖の行動を予想し、ユーキは難しい顔をしながら考える。冒険者たちも教祖や信者が何処にいるのか隣にいる仲間と喋りながら考えていた。


「じゃあ二手に分かれて探さない? 片方が教祖の部屋に行って、もう片方は他の場所を探すの」


 フェフェナは少しでも早く見つけられるよう分かれて捜索することを提案する。ユーキ、フレード、ヴェラリアの三人はフェフェナの提案を聞いて考え込んだ。


「……確かに分かれれば教祖の部屋も調べられますし、広い屋敷の中を効率よく探せますね」

「だな。俺は分かれて探しても構わねぇぜ」

「俺もです」


 ヴェラリアが考えているとユーキとフレードは二手に分かれることに賛成し、ユーキとフレードの答えを聞いたヴェラリアは俯き、しばらくすると顔を上げてユーキたちの方を見た。


「そうだな、此処で二手に分かれて捜索しよう」


 ヴェラリアも効率を考えて分かれることにし、他の冒険者たちも賛成する様子を見せていた。

 話がまとまるとユーキたちは早速二つの班に分かれる。一階はユーキとヴェラリアの班が調べ、二階と教祖の部屋はフレードとフェフェナの班が調べることになった。

 最初は教祖の部屋に行ったことがあるユーキが二階を調べると進言したのだが、一階の方が二階より調べる所が多いため、屋敷の構造に詳しいユーキには一階を調べてほしいとヴェラリアが頼んできたため、一階を捜索することになった。

 班分けが終わるとユーキたちはすぐに動いた。ユーキとヴェラリアの班はエントランスの左側にある通路へ向かい、フレードとフェフェナの班は階段を上がって二階へ向かう。

 屋敷の奥に進めば進むほど信者やベーゼと遭遇する可能性が高くなるため、ユーキたちはより警戒心を強くして先へ進んだ。

 二階に上がったフレードたちは薄暗い廊下を歩いてユーキに教えてもらった教祖の部屋へ向かう。

 フレードの班はフレードとフェフェナを含めて八人おり、全員で途中にある部屋や倉庫を確認するが教祖どころか信者の姿すら無かった。


「此処も空か……」


 誰もいない小部屋を調べたフレードは静かに扉を閉める。フェフェナや同行している冒険者たちも別の部屋を調べているが、どの部屋にも教祖や信者はいなかった。


「これだけ捜してもいないとなると、二階にはいないのかもしれないわね」


 フェフェナは難しい顔をしながらフレードに近づき、フレードは廊下を見回しながら小さく舌打ちをした。


「もしかすると教団の連中、もう一人も屋敷にはいねぇのかもしれねぇな」

「逃げたってこと?」

「これだけ捜してもいねぇんだ、あり得るんじゃねぇか?」


 最悪の状況になっているかもと言うフレードを見てフェフェナは僅かに表情を歪ませる。彼女もいくら探しても信者が見つからないため、逃げられたかもと薄々感じ始めていたのだ。


「だけど、まだそうと決まったわけじゃないわ。何処かに隠れてるかもしれないわよ?」

「わぁってる。だが、逃げ出した可能性があるってことも頭に入れておけよ?」


 僅かに目を鋭くするフレードを見て、フェフェナは教祖や信者が屋敷の中に残っていることを願う。その後、周りの部屋を全て調べたフレードたちは教祖の部屋に向かうために再び移動した。

 信者たちの奇襲を警戒しながらフレードたちは一つずつ部屋を調べて屋敷の奥へ進む。そして遂に目的地である教祖の部屋の前までやってきた。

 部屋の前に立つフレードとフェフェナは無言で扉を見つめ、後ろにいる冒険者たちも同じように扉を見ている。

 扉の向こうにエリザートリ教団の教祖がいるかもしれない、そう思っている冒険者たちはどこか緊張したような様子を見せていた。


「此処が教祖の部屋……」

「ああ、ルナパレスから教えてもらったとおりなら間違い無い」

「じゃあ、早速中を調べてみましょう」


 フェフェナはそう言うとドアノブにそっと手を伸ばそうとする。するとフレードが突然フェフェナの手を掴み、手を掴まれたことにフェフェナは驚いてフレードの方を向く。


「な、何なの?」

「……中に誰かいる」


 フレードが扉を睨みながら呟くとフェフェナや周りの冒険者たちが一斉に反応する。教祖の部屋の中から気配がすると聞き、フェフェナたちは部屋に教祖、もしくは信者がいるのではと予想した。


「やっぱり、教祖は自分の部屋にいたのね」

「いいや、そうとは限らねぇ。気配はするがそれ以外は何も分からねぇ」


 そう言ってフレードはフェフェナの手を引いて少し後ろに下がらせ、リヴァイクスを両手で握る。その直後、リヴァイクスの剣身から出た水は刃の部分に纏われ、水は刃の部分に沿って高速で回転して切れ味が増した状態となった。

 リヴァイクスの状態を確認したフレードはリヴァイクスを振り上げ、扉を素早く四回切る。扉に何か仕掛けられているかもしれないと考えたフレードは扉を切って開けることにしたのだ。

 切られた扉は大きな音を立てながら崩れ、外から部屋の中が見えるようになる。フレードたちが部屋の中を確認すると清潔感のある部屋の中央に薄い茶色の短髪に眼鏡を掛け、紅いローブを着た男が立っていた。


「おやおや、やはり此処に来られましたか」


 男はフレードたちを見ながら笑みを浮かべ、フレードは胡散臭い笑みを浮かべる男をジッと睨みつけた。


「お前が教団の教祖か?」

「私が? とんでもない、私はただの神父です」

「神父? ……てことは、お前がベバントか?」


 フレードはユーキとアイカから聞かされたエリザートリ教団の幹部の情報を思い出し、神父を名乗る男に名を尋ねる。すると神父は再び笑みを浮かべてフレードやフェフェナたちを見た。


「私をご存じとは恐縮です。いかにも私はエリザートリ教団の神父、ベバントです」


 ベバントは誤魔化すことなく素直に自分の正体を認め、フレードたちは一斉に身構える。教祖ではなかったがエリザートリ教団の幹部が目の前にいるのだから全員が警戒するべきだと思っていた。


「教団の幹部なら丁度いい、教祖の居場所を知ってんだろう? ……教祖は何処にいるんだ?」

「申し訳ありませんが、お教えすることはできません。そもそも教祖様は貴方がた如きがお会してよい存在ではありませんので」


 教祖を誇るような口調で語るベバントを見て、フレードは周囲に聞こえないくらい小さく舌打ちをした。


「いやぁ、それにしても驚きました。もう少し時間が掛かると思ったのですが、まさかこんなにも早く屋敷に攻め込んで来るとは」

「……その様子だと、やっぱ俺らが来ることは分かってたみてぇだな」

「ええ、偉大なるベーゼのお導きによって私たちは全てを知ることができました」

「偉大なるベーゼ、か……くだらねぇ」


 フレードはベーゼを崇めるベバントに嫌悪感を懐きながら呟く。するとフレードの言葉を聞いたベバントは笑みを消し、僅かに眉間にしわを寄せてフレードを見つめる。


「今の言葉は聞き捨てなりませんね。強大な力を持つベーゼをくだらないと仰るなど、許されないことですよ」

「くだらねぇモンをくだらねぇって言って何が悪いんだ。俺からして見れば連中はただ餌を貪り食う無知な野獣と同じだ」

「何と愚かな。ベーゼの素晴らしさを理解できないだけでなく、理性を持たない獣と同じと考えるとは……」


 ベバントは可哀そうな物を見るような目でフレードを見つめながら首を弱々しく横に振った。

 フレードは自分の考え方が正しいと思っているベバントを睨みながら心の中で呆れ果てる。フェフェナもベバントの発言と態度からベーゼに狂信しているのだと悟って僅かに恐怖を感じていた。


「貴方のようなベーゼを悪と見なす者は生かしておけません。偉大なベーゼのために此処で死んでいただきます」

「ハッ、随分余裕じゃねぇか。武器も持ってねぇのにたった一人で俺らとやり合う気か?」


 状況が理解できてない様子のベバントを見てフレードは鼻で笑う。フェフェナや冒険者たちもエリザートリ教団の幹部とは言え、一人で自分たちと戦うなど無謀すぎだと思っていた。

 フレードはリヴァイクスを構えながらゆっくりと教祖の部屋に入ろうとする。しかしベバントは追い詰められているような様子は一切見せず、落ち着いてフレードたちを見つめていた。


「一人ではありませんよ。私だけでなく、偉大なベーゼを崇拝する同志がいますから」

「何?」


 ベバントの意味深な言葉にフレードは聞き返す。その直後、フレードたちの左側、5mほど離れた所にある扉が大きな音を立てて壊れ、音を聞いたフレードたちは一斉に左を向く。扉が壊された部屋からは手斧や槍を持ち、紅いフード付きローブを着た信者が四人出てきた。

 フレードたちは突然現れた信者たちを見て戦闘態勢に入った。だがその時、今度はフレードたちの背後から音が聞こえ、フレードたちは振り返る。そこには剣を持った五人の信者が唸るような声を出しながら歩いてくる姿があった。


「後ろにも信者たちが!」

「何だと! 何処に隠れてやがったんだ?」


 途中にあった部屋は全て調べ、信者がいないことを確認したのに後ろから信者が現れたことにフレードは驚く。フェフェナたちも驚きの反応を見せており、自分たちが調べていなかった場所に隠れていたのか疑問に思った。

 フレードたちは現れた信者たちに挟まれる状態となり、武器を構えながら仲間の背後を護るように信者と向かい合う。教祖の部屋ではベバントが廊下で挟み撃ちにあっているフレードたちを見ながら笑みを浮かべていた。


「さぁ、信者の皆さん。我々とベーゼの邪魔をする愚かな者たちに鉄槌を下すのです」


 両手を広げながらベバントは信者たちに命令し、信者たちは返事をするように低い声を出す。フレードは目の前にいる信者を睨みながら奥歯を噛みしめた。


――――――


 静かな地下牢ではエリザートリ教団に捕まっていたロレンティアたちが牢屋の中でそわそわしていた。少し前から頭上で騒音が聞こえ、教団が地上で騒いでいるのではと感じていた。


「いったい何が起きてるの? 信者たちも少し前に来てから誰も地下牢に来なくなったけど……」


 ロレンティアは牢屋の外を見ながら呟き、他の牢屋に入っている若者たちも落ち着かない様子で辺りを見回していた。

 数時間前、ユーキとアイカが地下牢を出てしばらく経った頃にエリザートリ教団の信者たちが地下牢にやって来た。その時に信者たちからユーキとアイカが逃げたことについて色々訊かれたが、ロレンティアたちは何も知らないと白を切った。

 ユーキとアイカが逃げたことを知っていたと話せば罰を受けるのは明白だったため、ロレンティアたちは何も見ていない、何も聞いていないと言って誤魔化した。

 信者たちはロレンティアたちがユーキとアイカに手を貸したと言う証拠を見つけることができず、その時は何もせずに地下牢を去る。その後はどういうわけか信者たちは一度も地下牢を訪れず、ロレンティアたちは不思議に思っていた。

 地下牢に誰も来なくなったことを不思議に思いながらロレンティアは俯く。そんな時、地上に続く階段の方から複数の足音が聞こえてきた。

 ロレンティアや捕まっている者たちが一斉に顔を上げて足音が聞こえる方を見ると、アイカやパーシュたちが大勢の冒険者を連れて走って来るの姿が目に入る。


「皆さん、助けに来ましたよ」


 牢屋の前までやって来たアイカは捕まっている者たちに声を掛け、救助が来たことを知った若者たちは一斉に喜ぶの声を出す。ロレンティアもアイカの姿を見て思わず笑みを浮かべる。


「落ち着いてください。騒ぐと教団に勘付かれてしまいます。すぐに鍵を開けますので待っていてください」


 若者たちを落ち着かせたアイカは牢屋の鍵を探しに向かう。アイカはユーキと共に一度地下牢に来て何処に何があるのか調べていたため、鍵が保管されている場所も見当がついていた。

 アイカが鍵を探している間、パーシュたちは捕らえられている若者たちを見て目を見開き、フィランは無言で周りを見回している。多くの人がエリザートリ教団に攫われたことは知っていたが、予想していたよりも大勢いたことにパーシュたちは小さな衝撃を受けていた。


「リタさん!」


 パーシュたちが地下牢を見回しているとロレンティアがリタに声を掛け、ロレンティアに気付いたリタは再び目を見開いて彼女の牢屋に駆け寄る。

 ヴェラリアの後輩であるロレンティアはティアドロップのメンバーとも面識があるため、リタの姿を見て思わず名前を呼んだのだ。


「ロレンティア、大丈夫かい?」

「ハイ」


 ロレンティアが無事な姿を見てリタは笑みを浮かべ、ロレンティアも先輩と再会して安心したのか小さく笑った。他の冒険者たちも捕まっている者の中に仲間の冒険者がいるのを見つけると、無事に再会できたことを喜んだ。

 パーシュはロレンティアや若者たちを見ながら微笑んでいた。だが、この後屋敷の外に脱出しないといけないので気を抜くことはできず、すぐに真剣な表情を浮かべてエントランスまでのルートを頭の中で確認する。そんな中、鍵を探しに行っていたアイカが戻ってきた。


「先輩、鍵が見つかりました」


 パーシュの隣に来たアイカは束になっている鍵を見せた。


「よし、すぐに皆を出してやってくれ」

「ハイ」


 アイカは一番近くにある牢屋から順番に一つずつ鍵を開けていく。鍵は幾つもあるため、正しい鍵を見つけるのに少し時間が掛かってしまったが、無事に全ての鍵を開けてロレンティアたちを出すことができた。

 牢屋から出られたロレンティアたちは深呼吸をしたり、体を伸ばしたりなどして解放感を味わう。ただ、一部の若者はエリザートリ教団の仕打ちで心が傷ついているため、牢屋から出ても放心状態のままだった。

 アイカたちは放心状態の若者たちを見て、彼らのためにも必ず教団を倒そうと心に誓う。


「それじゃあ行くよ。屋敷の外ではレーランたちが広場を確保してるから、とりあえずそこまで行くんだ」


 パーシュは地上へ続く階段に向かって歩き出し、アイカたちも一斉に続く。捕まっていたロレンティアたちは下着姿で武器も持っていないため、アイカたちに護られながら移動するしかなかった。

 ロレンティアや捕まっていた冒険者たちは敵と遭遇してもまともに戦えない状態であることを悔しく思いながらアイカたちについて行った。

 アイカたちは一階に上がり、来た道を戻ってエントランスへ向かう。勿論、信者が何処から現れるか分からないため、周囲を警戒しながら静かに移動する。

 しかし不思議なことに移動している間、信者とは一度も遭遇せず、気配すらも感じない。地下牢に向かう時も信者やベーゼと一度も遭遇しなかったため、アイカたちはどうなっているんだと疑問に思っていた。

 不思議に思いながらもアイカたちは薄暗い廊下を進んでいく。そして一度も敵と遭遇することなく目的地であるエントランスに辿り着いた。

 無事にエントランスまで来れたことで捕まっていた者たちは笑みを浮かべ、リタたちも余裕を見せている。ただ、アイカとパーシュだけはあまりにも簡単に救出できたため、安心感ではなく気味悪さを感じていた。


「……おかしいです。屋敷に来た時はベーゼたちが襲撃してきたのに、屋敷に突入からは一度も敵と遭遇していない」

「アンタもそう思うかい? ……あたしも同感だよ。いくら何でも順調すぎる」


 アイカの隣に立つパーシュは目を鋭くしてエントランスを見回す。ベーゼやエリザートリ教団が何の抵抗も見せないなんて必ず何かあるとパーシュは感じていた。


「教団やベーゼは何かを企んでいるのでしょうか?」

「分からない。……とにかく今はロレンティアたちを屋敷の外へ連れて行こう。奴らが何を企んでいるかはその後に考えればいい」

「そうですね……」


 今はロレンティアたちの安全を確保することが重要だと考えたアイカは屋敷から脱出することに集中した。

 アイカたちは破壊されている玄関に向かってゆっくりと歩き出した。その時、屋敷の外から大きな呻き声のようなものが聞こえ、アイカたちは一斉に立ち止まる。


「何だい、今のは?」


 パーシュは驚きの表情を浮かべながら玄関を見つめる。すると今度は若い女の悲鳴が聞こえ、フィランを除いた全員が緊迫した表情を浮かべた。


「今度は悲鳴!?」

「様子がおかしい、皆行くよ!」


 外で何かとんでもないことが起きていると直感したパーシュとリタは玄関に向かって走り出し、アイカたちもそれに続く。

 先頭を走るパーシュとリタが屋敷の外に出ると、そこには予想外の光景があった。なんと広場を武装した大勢のエリザートリ教団の信者が取り囲み、レーランたちと交戦していたのだ。

 パーシュとリタが目を見開いて驚いている中、アイカたちも外に出て広場の光景に目を見開いた。

 屋敷にいるはずのエリザートリ教団の信者たちが外におり、広場にいるレーランたちを襲っているのを見てアイカたちは衝撃を受ける。だが同時に自分たちが屋敷の中で信者たちと遭遇しなかった理由を知った。


「アイツら、屋敷で見かけないと思ったら外にいやがったのか」

「でも、どうして信者たちが外に?」

「さぁね。今はそんなことよりも奴らを何かとするのが先だよ」


 パーシュがヴォルカニックを構えるとアイカたちも一斉に武器を構えた。

 広場を確保していた冒険者たちは襲い掛かる信者たちと必死に戦っている。どういうわけか信者たちは戦闘経験豊富な冒険者たちと互角に戦っており、既に数人の冒険者が倒れていた。

 信者の殆どは剣や手斧を持った冒険者たちと体格の近い信者だが、その中にはイプシロンアックスを持ち、カピロテを被った体の大きな信者もおり、声を上げながらイプシロンアックスを振り回している。

 広場にいる冒険者たちの中でレーランは回復魔法で負傷している冒険者の治療している。だが仲間たちが信者たちとの戦闘で次々と負傷し、レーランは治療が追いつかない状況に少し焦っていた。

 リタや冒険者たちはレーランたちが宗教団体の信者に押されていることが信じられず驚いている。


「それにしても、異常な人たちとは言え、宗教団体の人間が冒険者と互角に戦えてるなんて、どうなってるの?」

「理由は単純よ」


 突如背後から少女の声が聞こえ、アイカたちは一斉に振り返って屋敷の中を見る。エントランスの中央では腕を組むアローガが立っており、その後ろには槍を持つ四人の信者がいた。

 屋敷の中にアローガと信者たちがいるのを見てアイカたちは驚愕し、アローガはアイカたちの驚く顔を見て不敵な笑みを浮かべる。

 アローガたちが現れたことでアイカたちはアローガたちと広場を襲う信者たちに挟まれる状態になってしまった。


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