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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第十章~鮮血の邪教者~
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第百七十五話  邪教と戦う者たち


 アルガントの町の北門前にある広場、普段大勢の住民たちが集まって賑わっているが、この時はいつもと少し違っていた。住民の数は少なく、全員が驚きの表情を浮かべながら北門の方を見ている。

 住民たちの視線の先には大勢の冒険者や彼らが使うと思われる荷馬車が数台停められており、北門の前に集まっていた。

 集まった冒険者はティアドロップのメンバーを除いて二十五人で、全員アルガントの町を拠点に活動している者たちだ。殆どがC級で中にはB級冒険者もいるが、数えるくらいしかいない。そして、集まっている冒険者の半分はレンジャーのような偵察や探索を得意とする職業だった。

 冒険者たちの視線の先にはユーキたちメルディエズ学園の生徒、そしてティアドロップのメンバーの姿があり、集まっている冒険者たちを見ている。

 集まっている冒険者たちはアルガントの町の北東にある森を探索するためにイェーナが召集していた冒険者たちでヴェラリアが屋敷で話し合った後に冒険者ギルドに行って連れて来たのだ。


「皆、よく集まってくれた。心から感謝する」


 ヴェラリアは力の入った声で冒険者たちに声を掛け、冒険者たちは全員ヴェラリアに注目する。


「既にギルドから聞いていると思うが、皆に集まってもらった理由は北東にある森の探索で、これからその森へ向かう」


 集まってもらった理由をヴェラリアは説明し、話を冒険者たちはざわつきながら様々な反応を見せる。

 冒険者の中にはベテランですら迷うと言われている森の探索に向かうことに緊張と不安を感じる者もいれば、探索を楽しみにしている様子の者、明日探索に行く予定だったのに今から探索に行くことに驚く者もいた。

 冒険者たちを見たヴェラリアは彼らの反応は当然だと思いながら真剣な表情を浮かべる。彼らを納得させるためにも細かく説明しなくてはいけないと思っていた。


「皆の中にはなぜ突然森へ向かうのだと疑問に思う者もいるだろう。説明するから静かに聞いてほしい」


 ヴェラリアの言葉を聞いた冒険者たちは一斉に口を閉じてヴェラリアを見つめる。冒険者たちが静かになるとヴェラリアはゆっくりと口を開く。


「知っていると思うが、森の探索は私の母であり、この町の管理を任されているイェーナ・クロフィ男爵夫人が依頼した。理由は最近この辺りで起きている町や近隣の村の住人たちの失踪事件にある。行方不明になっている人々が北東の森にいる可能性があるため、母はギルドに依頼を出した」


 分かりやすく説明するヴェラリアを見て冒険者たちは再び小さくな声でざわつく。冒険者たちの中には失踪事件が関わっていると知っている者もいれば、何も知らずに依頼に参加した者もいるため、ヴェラリアを聞いて驚いていた。


「最初は私も母も失踪の理由が分からずにいた。だが、私たちティアドロップと共に調査をしてくれたメルディエズ学園の生徒たちのおかげで理由が判明した」


 ヴェラリアは自分の後ろで待機しているユーキたちを見ながら話し、冒険者たちはユーキたちの姿を見ると一斉に反応する。

 商売敵であるメルディエズ学園の生徒がアルガントの町にいることに冒険者たちは驚き、同時にティアドロップがメルディエズ学園と共に調査をしていたことに不満そうな反応を見せる。

 冒険者たちの反応を見たユーキは揉め事が起きるのではと感じ、ヴェラリアも冒険者たちを見て若干複雑そうな顔をしていた。


「メルディエズ学園の生徒と共に依頼を受けることに不満を感じる者もいるかもしれない。だが、彼らが失踪事件に関わっていることにはちゃんとした理由がある。説明するから聞いてほしい」


 声を掛けられた冒険者たちは静かになってヴェラリアを見つめ、冒険者たちが話を聞く状態になったのを確認したヴェラリアは説明を再開する。


「メルディエズ学園に依頼を出したのは母上で、今回の失踪事件にはベーゼが関わっていると考えておられた。私たちティアドロップは彼らに同行して町や北東の森の周りを調べていたんだ。そんな時、私たちはベーゼを崇拝する宗教団体、エリザートリ教団の存在を知り、奴らが関わっているのではと考えた」


 冒険者たちが注目する中、ヴェラリアはこれまでに得た情報を冒険者たちに話していく。

 エリザートリ教団が復活して若者たちを攫っていたこと、昔の教団と違って今はベーゼと直接繋がりを持っていること、失踪の調査をしていたロレンティアたちが若者たちと一緒に捕まっていることなどをヴェラリアは一つずつ話し、説明を聞いた冒険者たちは驚きの表情を浮かべた。


「教団は北東の森の中にある廃墟の屋敷を隠れ家としており、そこにロレンティアや攫われた人たちが捕らえられている。……つまり、私たちはこれから森の探索ではなく、森の中にある屋敷を襲撃し、教団を壊滅させるために行くのだ」


 依頼の内容が森の探索よりも危険度の高い内容だと知って冒険者たちは更に驚きの反応を見せる。だが、すぐにヴェラリアを見つめたまま真剣な表情を浮かべた。

 冒険者たちの中にはエリザートリ教団の存在を知っている者もおり、教団が過去に行った残虐な活動も理解していた。

 侵略者であるベーゼを崇め、自分たちの欲のために若者を殺害してその血を飲む異常者たちを冒険者たちは野放しにしようとは思っておらず、エリザートリ教団を壊滅させるために行くのなら迷わずに参加しようと考えていた。


「教団はベーゼと手を組み、殺害した若者の遺体を提供することを条件にベーゼの力を借りた。このまま奴らを野放しにすれば多くの人々が教団の犠牲になってしまう。それだけは何としても阻止しなくてはならない」


 説明を終えたヴェラリアは自分の意志を冒険者たちに語り、冒険者たちはヴェラリアに注目しながら話を聞いている。

 ヴェラリアの後ろで話を聞いていたユーキやアイカ、パーシュは堂々としながら自分の意志を伝えるヴェラリアを見てカッコよく思ったのか小さく笑っていた。


「だが、教団にはベーゼがついており、ベーゼとの戦いに慣れていない私たちだけでは勝ち目がない。教団とベーゼから多くの人を護るため、捕まっている人たちを助けるためにもメルディエズ学園の人間である彼らの力が必要なんだ」


 ユーキたちの方を見ながらヴェラリアは今回の依頼でユーキたちの力が必要不可欠であることを伝える。

 最初はメルディエズ学園の生徒と力を合わせることに不満を懐いていた冒険者たちもヴェラリアの話を聞いてユーキたちが関わっていることに納得し、今回は協力し合って依頼を熟すべきだと感じていた。


「教団は今頃、私たちが襲撃してくることを警戒して戦いの準備を進めているはずだ。奴らが態勢を整えてしまえば、教団を潰すのが難しくなってしまう。奴らを壊滅させるチャンスは今しかない。……皆、私たちと共に森へ行き、教団と戦ってほしい!」


 ヴェラリアが冒険者たちに声を掛けると、冒険者たちは一斉に声を上げて戦う意思があることをヴェラリアや彼女の後ろにいるユーキたちに伝える。集まっている殆どの冒険者はクロフェ家の実子であり、B級冒険者のヴェラリアの存在感や正義感に心を打たれて協力しようと思っていた。

 冒険者たちの意思を知ったヴェラリアは無言で冒険者たちを見つめているが、心の中では力を貸してくれることに感謝している。リタたち、ティアドロップのメンバーはヴェラリアの人をまとめる力を見て、彼女がリーダーであることを誇りに思っていた。

 捕まった人々たちを助けるため、教団を壊滅させるために冒険者たちはやる気を出す。ただ、冒険者たちの中にはイェーナの許可も無く北東の森に入って大丈夫なのかと心配している者がいた。

 心配している冒険者たちに気付いたヴェラリアは今回は許可を得なくても森に入れる状況なので問題無いと説明し、仮に森に入ってはいけなかったとしても自分が全ての責任を取ると言って冒険者たちを安心させた。


「ヴェラリアさんって凄い人よね? 冒険者たちの心をあそこまで掴むなんて……」

「ああ、クロフィ家の人間ってことあるだろうけど、彼女自身のカリスマ性も高いから冒険者たちも力を貸そうって考えたんだろうな」


 ユーキとアイカは小声で話しながらヴェラリアの人をまとめる才能に感服する。ヴェラリアが正式にクロフィ家の当主となれば、より多くの人が彼女を支持し、アルガントの町は今以上に住みやすくなるだろうと二人は思った。

 ヴェラリアはゆっくりと上を向いて空を見上げる。頭上には青空が広がっているが、空の様子からあと二、三時間で夕方になる。

 夕方になれば徐々に暗くなって視界が悪くなり、エリザートリ教団を壊滅させるのも難しくなるため、急いで森へ向かった方がいいとヴェラリアは感じていた。


「早速森へ向かう。日が沈めば暗くなって森の中を進むのも、教団を倒すのも難しくなる。全員用意した荷馬車に乗ってくれ」


 少しでも自分たちが有利な状態でエリザートリ教団の屋敷へ行きたいと思っているヴェラリアは冒険者たちに指示を出す。冒険者たちも明るいうちに依頼を終わらせたいと思っていたのか、ヴェラリアに指示されると停められている荷馬車に乗り込んだ。

 冒険者たちが荷馬車に乗るのを見て、ユーキたちも自分たちの荷馬車に乗る。全員が荷馬車に乗るとヴェラリアもユーキたちが乗る荷馬車の御者席に座り、馬に指示を出して荷馬車を動かす。

 他の冒険者たちが乗る荷馬車も動き出してユーキたちの荷馬車の後をついて行く。

 北門の前までやって来るとヴェラリアは警備兵たちに事情を説明して北門を開かせる。開門されるとユーキたちは荷馬車に乗って町の外へ出て行き、北東の森に向かって移動した。


――――――


 荷馬車を走らせ、北東の森に辿り着いたユーキたちは森の南側に荷馬車を停めて森の入口を見つめる。冒険者の中には北東の森に初めて来た者もおり、木が高く、広い森を目にして驚いていた。

 ユーキたちは冒険者たちの前に移動すると冒険者たちの方を向き、ユーキたちが前に移動したことに気付いた冒険者たちも視線を森からユーキたちに向けた。


「私たちはこれから森に入り、教団の隠れ家を目指す。だが、この森は迷いやすい上に私たちは屋敷の正確な位置は分からない。そこで、教団の屋敷から脱出したこの二人から話を聞こうと思っている」


 そう言ってヴェラリアはユーキとアイカを冒険者たちの前に出し、二人は冒険者たちと向かい合う。

 冒険者たちは目の前にいるメルディエズ学園の生徒がエリザートリ教団の隠れ家から脱出したと聞いて少し驚きの反応を見せる。

 本当に脱出したのか疑っている冒険者も何人かいるが、ヴェラリアが言うのだから本当に脱出したのだろうと考え、ユーキとアイカの話を聞くことにした。

 冒険者たちが話を聞こうとしているのを確認したユーキは真剣な表情を浮かべながら静かに口を動かす。


「……俺とアイカは教団の屋敷から脱出した後、木に登って方角を確認しながら森の中を移動して森の外に出ましたので、俺たちが皆さんを屋敷まで案内します」

「あと、森から脱出する時にモンスターとも戦闘になり、その時に森に棲みついているモンスターの種類なども覚えましたので、遭遇した時に戦いやすくなるよう後でモンスターのこともお話しします」


 ユーキとアイカは冒険者全員に聞こえるよう大きめの声で語り、冒険者たちは二人の話を黙って聞く。

 話を聞いている間、冒険者たちはユーキを見ながら幼い児童なのにしっかりしていると心の中で感心していた。


「俺とアイカが先頭になって森の中を進みますので、皆さんは俺たちの後をついて来てください。ただ、何度か木に登って方角の確認と修正をしますので、屋敷に辿り着くのに少し時間が掛かると思います」


 ユーキは冒険者たちを見ながら少し申し訳なさそうな顔をする。ユーキの話を聞いていた冒険者たちは迷いやすい森の中を進むのだから、方角確認をするのは当然だし、時間が掛かるのは仕方が無いと思っているのか文句を言うことは無かった。

 それからユーキとアイカは屋敷の特徴や屋敷で見た信者の大体の人数、森で遭遇したモンスターの情報を話し、冒険者たちは忘れないように情報を頭に叩き込んだ。

 全ての冒険者たちに情報が伝わるとユーキたちは森に入る準備をするため、荷馬車に積んである自分の武器や道具を手に取る。準備が整い、屋敷に辿り着いた後の行動を確認した後、ユーキたちはエリザートリ教団の屋敷を目指して森へ入っていった。

 静かで僅かに薄暗い森の中をユーキたちは固まりながら進んでいく。予定どおりユーキとアイカを先頭にパーシュたちやティアドロップのメンバー、他の冒険者たちは二人の後をついて行った。

 移動中、森の中に棲みついているモンスターやエリザートリ教団の信者に遭遇する可能性があったため、ユーキたちは警戒しながら慎重に進む。特にレンジャーの冒険者たちは耳をすませたり、木や地面に耳を当てたりして近づいてきている生き物がいないか念入りに調べた。

 ある程度進むと休息も兼ねて冒険者たちは状況確認をし、ユーキは木に登って森を見渡せる高さまで上がると自分たちが進んでいる方角を確認する。

 ユーキは目を凝らしながら周囲を見回し、遠くにあるエリザートリ教団の屋敷を見つける。地上に戻るとアイカたちに進む方角と屋敷を発見したことを伝えた。

 ヴェラリアはユーキが得た情報を冒険者たちに伝える。少しずつだが屋敷に近づいていることを知った冒険者たちはもうすぐエリザートリ教団と戦うことになると感じて少し緊張した表情を浮かべた。

 休息が終わるとユーキたちは再びエリザートリ教団の屋敷に向かって移動を再開した。


「教団の連中、どんな手を使ってあたしらと戦うんだろうね」


 パーシュは歩きながらエリザートリ教団がどのような戦法を使ってくるのか予想し、周りにいるユーキたちも歩いたままパーシュの方を見た。


「教団の奴らはルナパレスとサンロードが脱走したことで自分らの情報が町の冒険者たちに伝わると予想しているはずだ。多分、教団に所属している信者全員と手を組んでいるベーゼたちを使って俺らを迎え撃つはずだ」


 フレードはエリザートリ教団のどのように動くか予想し、フレードの話を聞いたリタとフェフェナは僅かに緊迫した表情を浮かべ、レーランは不安そうにしている。

 教団とベーゼの両方を相手にするため、激しい戦いになるのは間違い無い。そのため、ユーキたちがいるとしても、本当に勝てるのかとリタたちは小さな不安を感じていた。

 リタたちが不安に思っているのを感じ取ったヴェラリアは三人を無言で見つめ、チラッとフレードに視線を向けた。


「だが、教団の信者は人間で私たち冒険者と比べれば戦闘能力は低い。それを考えると脅威と言えるのはベーゼたちだけなのではないか?」

「確かにな。だが、ルナパレスとサンロードの話じゃ、教団にはかなりの人数の信者がいるようだ。そうだよな?」

「ハイ」


 アイカはフレードの問いに頷きながら返事をする。


「戦闘能力が低い分、数でそれを補ってくるはずだ。しかも奴らには混沌士カオティッカーの協力者までいやがる。信者どもが弱いからって油断はできねぇぞ」


 目を鋭くするフレードを見てヴェラリアは眉間にしわを寄せた。確かに戦闘能力が低くても、大勢で一斉に攻めて来られたら不利になる可能性がある。

 ヴェラリアは信者たちもベーゼと同じくらい警戒して戦った方がいいと自分に言い聞かせた。


「へぇ~? アンタにしては珍しく真面目なことを言うじゃないか。いつもならテキトーなアドバイスしかしないのにねぇ」

「悪かったな」


 からかってくるパーシュをフレードは軽く睨みつける。パーシュは小さく笑いながら前を向き、そんなパーシュを見たフレードは僅かに気分を悪くしながら鼻を鳴らした。

 これから激しい戦いが始まると言うのに口喧嘩をする余裕があるパーシュとフレードを見てヴェラリアやティアドロップのメンバーたちは目を丸くし、ユーキとアイカは軽く苦笑いを浮かべる。そんな会話をしながらユーキたちは森の奥へ進んでいった。

 数回の方向確認と休息を取りながら移動し、ユーキたちはエリザートリ教団の屋敷の南側、約500m離れた所までやって来た。まだ距離はあるが遠くには微かに屋敷が見え、ユーキたちは姿勢を低くして屋敷の様子を窺う。

 此処に来るまでの間、ユーキたちは運よくモンスターや信者、ベーゼと遭遇することも無く、全員が無傷で辿り着くことができた。

 ヴェラリアはついて来ている冒険者たちにエリザートリ教団の屋敷が見えたことを伝えるようリタたちに指示し、リタたちは姿勢を低くしながら冒険者たちに知らせに行く。

 屋敷が見えたことで敵と遭遇する可能性が高くなったと感じたユーキたちは目を鋭くして遠くにある屋敷を見つめた。


「さぁ、此処から本番だよ。いつベーゼや信者たちが襲ってくるか分からない。全員、気を引き締めな?」

『ハイ』

「……ん」


 パーシュの言葉にユーキとアイカは声を揃えて返事をし、フィランも小さく頷く。フレードは顔を背けながら「分かってる」と言いたそうに不満そうな表情を浮かべていた。

 パーシュがユーキたちと話していると冒険者たちに声を掛けに行っていたリタたちが戻ってくる。ヴェラリアはリタたちが戻るとユーキたちの方を向いて「いつでも動ける」と目で伝えた。

 ヴェラリアの意思を悟ったパーシュは小さく頷いてから屋敷がある方角を向いた。


「ギリギリの所まで慎重に進む。もし敵に見つかったら一気に走って屋敷に突入する。その後は予定どおり、捕まった奴らを救出する班と教祖を捕まえる班に分かれて行動する。いいね?」


 屋敷に入った後の行動を確認しながらパーシュはユーキたちに声を掛ける。ユーキたちはパーシュを見ながら頷き、冒険者たちも真剣な顔でユーキたちを見ていた。

 全ての確認が済むとユーキたちは音を立てず、静かに屋敷へ向かおうとした。そんな時、フィランが立ち止まり、無表情のまま前を見つめる。


「どうしたの、フィラン?」


 フィランに気付いたアイカは不思議そうに声を掛け、ユーキたちも一斉にフィランに視線を向けた。


「……来る」


 前を見たままフィランは呟き、ユーキたちは不思議に思いながらフィランが見つめている所を確認した。すると、屋敷の方から六体のインファが剣や斧を振り上げながら走って来る姿が目に入る。

 インファたちを見たユーキたちは早くも気付かれてしまったことに驚いて目を見開き、近くにいた冒険者たちもベーゼがは知って来るのを見て驚愕する。後ろの方の冒険者たちは何が起きたのか理解できず、背伸びをしたりしながら前を見ようとしていた。


「クソォ、まさかこんなに早く気付かれるとはね!」


 パーシュはベーゼたちに先に動かれたことを悔しく思いながらヴォルカニックを強く握り、ユーキたちも一斉の得物を構えてインファたちを睨む。


「でも、どうして私たちが近づいてきていることに気付いたのでしょう?」

「さあな! んなことよりも今はベーゼどもを迎え撃つことが先だ!」


 フレードはリヴァイクスを両手で握りながら表情を鋭くし、アイカも今は戦いに集中するべきだと考え、プラジュとスピキュを構えた。

 インファたちは鳴き声を上げながらユーキたちに向かって突撃して来る。それを見たユーキは双月の構えを取って迎え撃つ態勢を取った。フィランもコクヨを構え、ヴェラリアやティアドロップのメンバーたちも一斉に身構える。


「それじゃあ、行きましょうか」

「ああ」


 ユーキが隣のパーシュの声を掛けるとパーシュは返事をしてインファに向かって走り、ユーキたちもパーシュに続いて走り出す。

 冒険者たちも前にいる者が走ると次々に屋敷に向かって行く。走る冒険者の中にはやる気を高めるためか、声を上げながら走る者もいた。

 インファたちは走る速度を落とすことなく走り、先頭のユーキやアイカたちも全力で走りながら少しずつインファたちとの距離を縮めていく。


「全力で走って来てるところ悪いけど、俺たちにはお前らの相手をしてる暇はないんだ!」


 ユーキは走りながらインファたちに言い放つ。ユーキたちにはロレンティアたちを救出し、エリザートリ教団の教祖を捕らえると言う重要な目的がある。そのために体力は少しでも温存しておきたいため、インファたちとまともに戦おうとは思っていなかった。

 インファを睨むユーキは月影を握る左手を前に突き出し、魔法でインファたちを攻撃しようとする。だが、ユーキが魔法を撃つよりも先にパーシュが動いた。

 パーシュは走りながら左手をインファたちに向けると同時に混沌紋を光らせて爆破バーストを能力を発動させたる。


火球ファイヤーボール!」


 叫んだ直後、パーシュの左手から爆破バーストの力を付与した火球が放たれてインファの一体に命中する。火球は命中すると爆発してインファと左隣にいた別のインファを消し飛ばした。

 二体のインファを倒すとパーシュは残りの四体も倒すために再び火球ファイヤーボールを発動して二発の火球を放つ。

 火球は二体のインファに一発ずつ命中して爆発し、近くにいた別のインファたちは爆発に巻き込まれて消滅する。最初の火球を放ってから僅か十秒ほどで六体のインファは全て倒された。

 全てのインファを倒したパーシュはニッと余裕の笑みを浮かべ、そんなパーシュを見てユーキは頼もしく思う。ティアドロップのメンバーは改めてパーシュの強さに驚き、同行している冒険者たちはパーシュを見ながら目を見開いていた。

 正面のベーゼを倒したユーキたちは走る速度を落とさずに屋敷へ向かう。転んだりしないよう注意しながら走り続け、ユーキたちは屋敷の前にある広場に跳び出した。

 広場にも多くのベーゼがおり、鳴き声を上げながらユーキたちを威嚇する。屋敷の玄関前にはシューラフトと四体のインファが屋敷への侵入を防ぐかのように配置されており、その周りには大量のインファとモイルダーの姿があった。そして、広場の上空では八体のルフリフが飛んでおり、広場に入ったユーキたちを見下ろしている。

 ユーキたちメルディエズ学園の生徒たちは大量のベーゼを見ると表情を鋭くして武器を構え、ヴェラリタたちティアドロップのメンバーもベーゼを警戒しながら構える。他の冒険者たちは驚きや緊迫の表情を浮かべながら戦闘態勢に入った。

 冒険者たちの中にはベーゼを初めて見る者もいるため、そんな冒険者たちは若干不安そうにしていた。


「これより作戦を開始する! 広場のベーゼを全て倒して屋敷に突入し、突入後は決めた班に分かれて自分たちの役目を全うする。全員、油断せずに戦うんだ!」


 ヴェラリアが冒険者たちに声を掛けると驚いていた冒険者たちはハッと我に返り、表情を鋭くしてベーゼたちを睨む。まだ不安そうにしている冒険者たちも何人かいるが、必ず生きて帰るんだと自分に言い聞かせて戦う意思を強くした。

 冒険者たちの士気が高まるとヴェラリアはユーキたちの方を見て、冒険者たちは大丈夫だと目で伝える。ユーキたちもヴェラリアを見て問題無く戦えると感じながらベーゼたちに視線を向けた。

 ユーキたちがベーゼたちの方を向いた瞬間、上空を飛んでいるルフリフたちが一斉にユーキたちに向かって降下してきた。頭上から迫って来る八体のルフリフを見上げる冒険者たちは緊迫の表情を浮かべる。


「チッ! 鬱陶しい奴らだ」

「……先に倒す」


 飛行能力を持つ敵は厄介だと感じるフレードとフィランはルフリフたちを見上げながら得物を握る。フレードはリヴァイクスの剣身に水を纏わせ、フィランはコクヨの刀身を地面に近づけて落ちている小石や砂を刀身に纏わせた。


激流の礫トレント・グラベル!」

「……砂石嵐襲させきらんしゅう


 フレードとフィランはルフリフたちに向かって同時に神刀剣を振る。リヴァイクスに纏われていた水は無数の小さな水球となって放たれ、コクヨに纏われていた複数の小石や固められた砂もルフリフたちに向かって飛んで行く。

 水球と小石はルフリフたちの体や翼に無数の穴を開け、致命傷を負ったルフリフたちは一斉に落下する。そして、地面に激突する前に黒い靄となって消滅した。

 空中の敵を全て倒したフレードは余裕の笑みを浮かべ、フィランは無表情のままコクヨを下ろす。二人を見ていた冒険者たちはメルディエズ学園の生徒が簡単にベーゼを倒したこと、予想以上に強いことに驚いた。

 ルフリフが倒されたのを見たインファやモイルダーたちは鳴き声を上げてユーキたちに突撃する。走って来るベーゼたちに気付いたユーキたちは一斉にベーゼたちの方を向く。


「さて、あたしらも二人に負けてられないよ。ちゃっちゃと奴らを倒して屋敷に入るんだ!」

「ハイ!」


 ユーキは返事をするとベーゼたちに向かって走り、アイカとパーシュたちもそれに続いた。


「よし、私たちもやるぞ!」

「おう!」


 ヴェラリアもサーベルを構えてユーキたちの後を追うように走る。リタも返事をして弓矢を構え、フェフェナとレーランもロッドと杖を構えて魔法を発動する態勢に入った。

 周りの冒険者たちも近接武器を持つ者はベーゼに向かって行き、弓矢や杖を持つ者は前線で戦う者たちを援護するために動き始める。

 ユーキは正面から迫って来るインファを走りながら一体ずつ、月下と月影を交互に振って斬っていく。アイカは立ち止まって周りにいるインファと戦い、パーシュたちもモイルダーの飛びつきや引っ掻きをかわしながら反撃して倒していった。

 ヴェラリアはユーキたちから少し離れた所でサーベルを素早く振り回し、インファの体を連続で斬っている。

 連続切りを受けたインファは鳴き声を上げる間もなく倒れて静かに消滅し、インファを倒したヴェラリアはすぐに近くにいる別のインファの方を向いて構える。

 インファが剣でヴェラリアに袈裟切りを放つとヴェラリアは冷静にサーベルで防ぎ、剣を払うと逆袈裟切りで反撃した。

 体を斬られたインファは後ろによろめき、ヴェラリアはその隙をついてインファの喉元をサーベルで刺し貫く。喉を刺されたインファはその場に倒れ、黒い靄となって消滅する。


「よし、これで二体目だ」


 インファを倒したヴェラリアはサーベルを軽く振りながら呼吸を整えようとする。だがその時、一体のモイルダーがヴェラリアの背後から飛びかかってきた。

 反応が遅れたヴェラリアは「しまった」と目を見開きながら背後のモイルダーを見つめる。しかしその直後、右の方から一本の矢が飛んで来てモイルダーの胴体に命中する。矢を受けたモイルダーは態勢を崩し、ヴェラリアの前に飛び込むように倒れた。

 驚くヴェラリアが矢が飛んで来た方を見ると、そこには小さく笑いながら弓を構えるリタの姿があり、その両隣にはフェフェナとレーランが立っている。

 三人の姿を見たヴェラリアは助けてもらったと知り、リタを見ながら微笑みを浮かべ、心の中で感謝した。

 ヴェラリアがリタたちを見ていると、矢を受けたモイルダーが立ち上がり、再びヴェラリアに襲い掛かろうとする。

 モイルダーに気付いたヴェラリアは体勢を直される前に倒そうとサーベルを振り上げるが、ヴェラリアよりも早くフェフェナが動いた。


石の弾丸ストーンバレット!」


 フェフェナは杖の先をモイルダーに向け、先端から大きめの石をモイルダーに向けて飛ばした。石はモイルダーの左側頭部に命中し、石が当たったことで頭部が砕けたのか、モイルダーは崩れるように倒れて消滅する。


「完全に倒すまで油断しちゃダメよ♪」


 左目でウインクしながらフェフェナはヴェラリアに忠告し、ヴェラリアはフェフェナを見ながら苦笑いを浮かべた。すると、新たに三体のインファがヴェラリアに近づき、インファに気付いたヴェラリアはサーベルを構え直す。

 ヴェラリアがインファたちと向かい合う姿を見てリタたちは流石に三対一では分が悪いと感じたのか、素早くヴェラリアに駆け寄り、合流するとインファたちを睨みながら武器を構えた。

 広場のあちこちで冒険者たちはベーゼと激しい攻防を繰り広げる。慣れていない敵と戦っているため、冒険者たちは何度か不利な状況に立たされるが、その度に仲間たちの力を借りてベーゼを倒していった。

 

「少しずつだけど、ベーゼの数は確実に減ってきているな」


 ユーキは広場を見回しながら自分たちが有利であること知り、この勢いなら問題も無く広場のベーゼを全て倒せるだろうと感じながらユーキは屋敷に視線を向ける。すると玄関前に配置されていた中位ベーゼ、シューラフトが四体のインファを引き連れて動き出したのが目に入った。


「アイツ、俺とアイカを眠らせたベーゼか。……あの時の借り、此処で返させてもらうぜ」


 自分とアイカがベーゼに連れ去られる原因を作ったシューラフトを見つめるユーキは月下と月影を構え、真っすぐシューラフトに向かって走り出す。シューラフトは攻撃力は無いが、敵を眠らせる煙を発生させる厄介なベーゼであるため、ユーキは煙をばら撒かれる前に倒さなくてはいけないと思っていた。

 ユーキは全速力で走り、シューラフトとの距離を縮めていく。だがユーキが数m前まで近づいた時、周りにいた四体のインファがユーキに気付き、剣を振り上げながらユーキに向かって走り出す。

 インファたちに気付かれたことを知ったユーキは両腕を横に伸ばしながらインファたちを睨む。


「ルナパレス新陰流、繊月せんげつ!」


 インファとの距離がある程度まで縮まった瞬間、ユーキは地面を強く蹴ってインファたちに向かって跳び、二体のインファの間を通過する瞬間に月下と月影をを内側に振ってインファたちの胴体を斬る。斬られたインファたちは前に倒れ、俯せの状態になると黒い靄となって消滅した。

 二体のインファを倒したユーキは残っているインファを警戒して素早く構え直した。その直後、残り二体のインファが右、左斜め前から同時に剣でユーキに攻撃しようとする。

 ユーキは目を動かしてインファたちの位置を確認すると構えを崩さずに意識をインファたちに集中させた。


月待つきまち!」


 インファたちが自分の間合いに入った瞬間、ユーキは月影を右から横に振って最も近づいて来ている左斜め前のインファを斬り、続けて月下で右にいるインファに逆袈裟切りを放つ。完全に迎撃態勢に入っていたユーキは攻撃される前にインファたちを素早く斬った。

 インファたちは膝から倒れると消滅し、全てのインファを倒したユーキは残っているシューラフトの方を向いた。

 シューラフトは砲身のような口をユーキに向けており、ユーキはシューラフトを見て煙をばら撒く球体を吐き出そうとしていると気付く。


「させるかよ!」


 ユーキは月影を素早く鞘に納め、月下を両手で握ると上段構えを取る。そして強化ブーストを発動させて両腕の筋力と肩の力を強化した。


湾月わんげつ!」


 シューラフトを睨みながらユーキは月下を勢いよく振り下ろし、刀身から月白げっぱく色の斬撃をシューラフトに向けて放つ。

 過去に湾月を使ってからユーキは何度も斬撃を放つ練習をしていたため、今では失敗すること無く斬撃を放つことができるようになっていた。

 斬撃は勢いよく飛んで行き、勢いを落とすことなくシューラフトの体を通過する。斬撃はそのまま向かった先にある屋敷の壁に命中して消滅した。

 シューラフトは斬撃によって頭のてっぺんから真っ二つに両断され、体の片方がずれるとその場に崩れるように倒れて靄となって消えた。

 シューラフトを倒したことで仲間たちが眠らされる心配がなくなり、ユーキは月下を外に向けて振りながら静かに息を吐く。


「広場にいるベーゼの中で一番面倒な奴は倒したし、これで残っているのは下位ベーゼだけだな」


 ユーキが周囲を見回すと、周りではアイカたちがベーゼと戦っている。空を飛ぶルフリフや敵を眠らせるシューラフトを倒したとは言え、まだ大量のベーゼが広場にいるので気を抜くことはできなかった。

 屋敷に入るためにも広場のベーゼを全て倒さなくてはいけない。ユーキは月影を抜くとベーゼたちに向かって走る。

 その後、僅かに怪我人が出たがユーキたちは広場にいるベーゼを全て倒した。


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