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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第十章~鮮血の邪教者~
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第百七十四話  近づく決戦


 ユーキとアイカは大きな木の幹にもたれながら座って休んでいる。森に入ってエリザートリ教団の屋敷が見えなくなる所まで逃げ切り、完全に教団を振り切った二人は休息を取っていた。

 エリザートリ教団からは逃げ切れたが、ユーキとアイカはまだモンスターが棲みつく森の中にいるため、一切気を抜くことができない。何より、捕まっているロレンティアたちのためにもアルガントの町へ戻らなくてはいけないため、急いで森から出る必要があった。


「よし、そろそろ行こう」


 休んで少しだけ体力が回復するとユーキは立ちあがり、アイカも急がなくてはいけないことを理解しているため、文句などを言わずに立ち上がった。


「でも、どっちへ行くの? 周りは同じような風景でどの方角に町があるのか分からないわ」


 不安そうな顔をしながらアイカは辺りを見回す。二人の周りには多くの木々が生え、地面は凸凹している。今いる場所で何も考えずに歩けば感覚がおかしくなってどの方角へ進んでいたのかも分からなくなってしまう。アイカは一流の冒険者でも迷ってしまう森だと言う情報は間違いではないと納得した。

 アイカが不安に思う中、ユーキは落ち着いた様子で同じように周りを見回す。周りに生えている木の高さ、地形、頭上を見ながらどのように動くか考えていた。


「まずはアルガントがどっちにあるのかを知る必要があるな。町の方角が分かればそっちを目指して進めばいいから、同じ場所に戻って来る可能性も低くなる」

「でも、町がある方角をどうやって知るの?」

「大丈夫だ、手はある」


 そう言ってユーキは近くにある高くて幹の太い木に近づき、強化ブーストを発動させて自分の脚力を強化する。そして強くジャンプをし、木の枝に跳び上がった。

 枝に跳び乗るとユーキは続けて高い位置にある別の枝に跳び移って木のてっぺんを目指す。アイカは下からそれを見守っていた。

 落下しないように注意しながらユーキは6mほどの高さまで上がる。上がって来る途中、細かい枝とかが顔や体に当たってユーキは鬱陶しく思うが途中でやめたりせずに今いる所までやって来た。

 ユーキが登っている木は周りにある木と比べて高く、一番上まで上がれば森全体が見渡すことができる。ユーキは高い木に登り、アルガントの町の位置を確認して進む方角を決めようとしていたのだ。

 少し休んだユーキは再び高いところにある枝に跳び移り、8mほどの高さまで上がった。そこからは森の遠くを見渡すことができ、その光景にユーキは「おおぉ」と驚く。

 だがすぐに自分のやるべきことを思い出し、ユーキは目的地であるアルガントの町の位置を確認する。そして、数km離れた所に町があるのを見つけた。


「あった、あれがアルガントだな。……と言うことは、あっちが南西か」


 アルガントの町の方角を覚えたユーキは下を見てどっちに進めばいいかを確かめる。更にユーキはもう一度森を見回し、町とは正反対の方角に木々に囲まれた屋敷があるのを見つけた。

 ユーキは自分とアイカが走ってきた方角からその屋敷がエリザートリ教団の隠れ家で間違い無いと考える。

 アルガントの町とエリザートリ教団の隠れ家の位置を確認したユーキはもう見回す必要は無い考えて木を下りていく。

 時間を掛けて下りていき、ユーキは4mほどの高さまで下りてきた。そこからはアイカの姿も見えるため、此処なら慎重に下りる必要は無いと感じたユーキは枝から跳び下りて地面に着地する。

 強化ブーストで脚力を強化していたため、着地の際に痛みは感じず、ユーキは余裕の表情を浮かべながら立ち上がった。


「町の方角が分かった」

「ホント?」

「ああ、南西の方角だから、あっちだ」


 ユーキは進む方角を指差し、アイカはアルガントの町の方角が分かって安心したのかユーキが指す方角を見て小さく笑う。だが、アイカにはもう一つ気になることがあり、すぐにまた不安そうな表情を浮かべる。


「でも、この森って木と木が密集して方角が方向感覚がおかしくなりやすいんでしょう? 進んでる間に私たちも感覚がおかしくなって迷っちゃうんじゃ……」

「分かってるよ。だからある程度進んだらまた近くの木に登って進んでる方角が合ってる確かめるんだ」


 こまめに方角の確認をすると言うユーキの言葉を聞いてアイカは納得する。例え気付かないうちに違う方角へ進んでいたとしても、木に登って方角を確かめれば迷うことはない。

 アイカはユーキの頭の良さと能力を強化する強化ブーストがあれば無事に森から脱出できるかもしれないと感じていた。


「それじゃあ行こう。教団も俺たちのことを諦めてないはずだ。もしかするとベーゼを連れて森の中に入ってくるかもしれないし、急いで先へ進もう」

「そうね。……だけど、この森にはベーゼと教団以外にもゴブリンとかのモンスターも棲みついてるわ。ソイツらに襲われるかもしれないから、急いでいても油断しないようにね?」

「ああ、分かってる」


 忠告するアイカを見ながらユーキは頷き、月下と月影を抜いてから歩き出す。アイカもユーキの後に続いて歩き出し、二人は出口を目指すために森の南へ向かった。

 それからユーキとアイカは慎重に森の中を進んだ。途中で何度か休憩を取り、方角もこまめに確認して間違わないようにする。ゴブリンやオークと言った下級モンスターと遭遇することもあったが、二人は難なく倒して先へ進んだ。


――――――


 森の南側ではパーシュが入口前に立って森を見つめている。その後ろにはリタが立っており、二人の近くには乗って来たと思われる二頭の馬が大人しくしていた。

 パーシュは腕を組みながら真剣な表情を浮かべており、リタはそんなパーシュの後ろ姿を見ながら複雑そうな顔をしていた。


「……なぁ、もう三十分もこうしてるけど、まだいるつもりかい?」

「ああ」


 リタの問いにパーシュは森を見つめたまま返事をし、リタはパーシュを見ながら深く溜め息をついた。

 ユーキとアイカがベーゼに連れ去られた後、パーシュたちはアルガントの町へ戻ったイェーナにユーキとアイカを救出するための冒険者を至急集めるよう頼もうとした。

 ところが屋敷にイェーナの姿はなく、パーシュたちはイェーナが戻るまで屋敷で待つことにした。だが、なかなかイェーナは戻らず、痺れを切らしたパーシュは森に戻ろうとする。

 フレードは森に戻っても意味が無いのでイェーナが戻るまで待つようパーシュを止めるが、パーシュはこうしている間にもユーキとアイカが危険な目に遭っているかもしれないと言い返し、ジッとしていられないパーシュはフレードやヴェラリアの制止を振り切って屋敷を飛び出した。

 勝手に行動するパーシュにフレードは腹を立て、ヴェラリアもパーシュを心配する。パーシュが無茶な行動をするのではと不安を感じるヴェラリアはリタをパーシュに同行させ、二人は北東の森に向かい現在に至っている。

 森に戻ってきた後、冷静になったパーシュは感情的になって屋敷を飛び出したのは上級生としてあるまじき行為だと反省する。だが、仲間想いの彼女はユーキとアイカのことが心配でどうしても落ち着いて待つことができなかった。


(二人とも、頼むから無事でいてくれよ)


 パーシュは心の中でユーキとアイカの無事を祈る。本当は今すぐ森に入って二人を探しに行きたいが、迷いやすい森に一人で入るのは自殺行為だ。だから森の前でユーキとアイカの無事を祈りながらいずれやって来るであろうフレードたちを待つことにした。

 リタは休むことなく森の前に立つパーシュを見て無茶をしているのではと心配していた。


「なぁアンタ、此処に来てからずっと立ちっぱなしだろう? 少し休んだ方がいいんじゃないかい?」

「あたしは大丈夫だ。アンタこそ無理してあたしに付き合わなくていいよ。しんどいなら休んでもいいし、町に戻っても構わないよ」

「そうはいかないよ。アタイもヴェラリアからアンタに同行するよう言われてるんだ。自分だけ帰るわけにはいかない。……それに町に戻ってアンタが一人になったら、勝手に森に入るかもしれないからね」

「失礼だね。いくらあたしでも迷いやすい森に一人で入ったりしないよ。そもそも許可無しで森に入ったら不法侵入になるんだ、立場が悪くなるようなことはしない」


 振り返るパーシュは小さく苦笑いを浮かべながら一人で森に入らないことをリタに伝える。リタは笑っているパーシュを見ながら目を細くし、疑うような表情を浮かべた。

 リタの反応を見た後、パーシュは再び森の方を向き、ユーキとアイカが無事であることを祈り続けた。

 パーシュとリタが森の入口前にいる頃、ユーキとアイカは森の南側まで来ていた。長い時間、森の中を移動して二人はようやく森の出口近くまでやって来たのだ。


「ユーキ、あれを見て」


 アイカは前を見ながら隣にいるユーキに声を掛ける。アイカの視線の先、200mほど進んだ所には木々の無い平原となっており、ユーキとアイカは平原を見てようやく森から出られるのだと笑みを浮かべた。


「ようやく出口か。思った以上に時間が掛かっちまったな」

「ええ、途中通れない道とかがあって遠回りとかもしちゃったから……」


 ここまでの道のりを思い出すアイカを見てユーキは思わず苦笑いを浮かべる。アイカの言うとおり足場が悪かったり、倒木や大きな岩などが邪魔をして通れなかったりなど問題が起き、此処に来るまで時間が掛かってしまった。


「とにかく森を出よう。外を出たら急いで町に戻るんだ」

「そうね」


 ユーキとアイカは出口に向かって走り出す。森の中を移動していた二人は早く森以外の風景を見たいと思っているのか、全速力で出口へ向かった。

 足を止めずにユーキとアイカは走り続ける。出口は少しずつ大きくなり、二人は出口の十数m前までやって来た。

 ようやく外に出られる、そう感じたユーキとアイカは出口を見つめながら小さく笑う。だがその時、二人の数m先に体の大きなオークが一体現れた。

 ユーキはオークを見て自分たちを森から逃がさないようにしていると知り、僅かに目を鋭くする。


「俺たちは急いでるんだ。邪魔をするなぁっ!」


 声を上げながらユーキは強化ブーストを発動し、自身の脚力を強化して走る速度を上げ、そのままオークに向かって飛び込み蹴りを放った。

 腹部を蹴られたオークはそのまま森の外に向かって蹴り飛ばされる。鳴き声を上げながら森の外に飛び出したオークはそのまま背中から地面に叩きつけられた。

 オークが倒れた場所から左に10mほど離れた所では森を見つめるパーシュとリタの姿があった。


「何だぁ?」


 突然森から飛び出してきたオークに気付いたパーシュは軽く驚き、リタも目を見開いてオークの方を向いた。オークは小さく痙攣しながら倒れており、何が起きたのか理解できないパーシュとリタは呆然とする。

 パーシュとリタがオークを見ていると、オークが飛び出してきたところからユーキとアイカは姿を現した。


「……ッ! ユーキ、アイカ!」


 ユーキとアイカを見てパーシュは思わず二人に呼びかける。森から出て来た二人もパーシュの声に反応して声が聞こえた方を向き、パーシュとリタの姿を目にした。


「先輩!」


 アイカはパーシュが森に来ているとは思っていなかったため、パーシュの姿を見て驚きの反応を見せる。だ同時にパーシュと再会できたことを喜び、笑みを浮かべながらパーシュの下へ走った。ユーキもアイカと同じことを考えており、小さく笑いながらパーシュとリタの下へ走る。

 パーシュもユーキとアイカが無事だったことを喜びながら二人に駆け寄る。リタはユーキとアイカが無事だったこと、優秀な冒険者でも迷いやすい森から自力で出てきたことに驚きながら二人を見ていた。

 大切な後輩が無事だったことを嬉しく思いながらパーシュはアイカと合流し、アイカもパーシュと再会できたことを喜びながら持っているプラジュとスピキュを鞘に納める。ユーキも遅れてパーシュの前にやって来て月下と月影を納刀した。


「アンタたち、無事だったんだね?」

「ええ、怪我もありませんし、問題ありません」

「そうかい」


 パーシュは改めてユーキとアイカの姿を見て重傷を負っていないことを知ると小さく息を吐いて安心する。


「心配してたんだよ? ベーゼに捕まって森の中に連れていかれちまったんだから……」

「すみません」


 ユーキは少し申し訳なさそうな顔をしながら軽く頭を下げて謝り、アイカも同じようにパーシュに頭を下げる。

 頭を下げる二人を見たパーシュは謝ってほしいとは思っていなかったのに謝罪するため、少し複雑な気分になった。


「ところで、あの後どうなったんだい? 二人とも何処へ連れて行かれたんだ?」


 パーシュはベーゼたちに連れ去られた後どうなったのか気になり、真剣な顔でユーキとアイカに尋ねる。

 ユーキとアイカはパーシュの言葉に反応するとチラッとお互いの顔を見た後にパーシュの方を向いて目を鋭くした。


「……それはヴェラリアさんの屋敷に戻った時に詳しく話します。急いで町へ戻りましょう」


 ロレンティアたちのこともあり、ユーキはすぐにアルガントの町へ戻るようパーシュに伝える。ユーキの顔を見たパーシュは何かを察したような反応を見せた。


「分かった、急いでアルガントへ戻ろう。幸い馬があるから早く町へ戻れるはずだよ」


 パーシュはそう言いながら馬がいる方を向く。視線の先には手綱を引いて馬と共に歩いて来るリタの姿があり、リタはユーキたちの前まで来ると馬を止めて手綱をパーシュに渡した。

 手綱を受け取ったパーシュは馬に乗り、アイカを後ろに乗せる。リタも馬に乗るとユーキの手を引いて後ろに乗せた。


「全速力で町に戻るから、落とされないようにしっかり掴まりなよ」

「あ、ハイ」


 返事をしたユーキは両腕をリタの腹部に回して落馬しないように掴まった。ユーキの腕が腹部に触れてくすぐったいのかリタは小さく反応する


「あ、あまり強く掴むんじゃないよ?」

「え? ……ああぁ、すみません」


 自分の掴まり方に問題があると知ったユーキは慌てて腕の位置を変える。リタは僅かに頬を染めながら前を向く。

 ユーキとリタのやり取りをアイカはパーシュに掴まりながらジト目で見ている。今のアイカはユーキが自分以外の女性に触れていることに対して小さな嫉妬心を懐いているように見えた。

 馬を走らせる準備をしていたパーシュはアイカがユーキをジッと見ていることに気付くとニッと悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「いくら恋人だからって、小さな子供が他の女に触れたくらいで嫉妬するのは大人気ないぞ?」

「なっ! そ、そんなことじゃありません……」


 アイカは僅かに頬を染めながら否定し、パーシュはアイカ見ながらニヤニヤする。

 ユーキとアイカが恋仲ということは二人が半ベーゼ化し、体が元に戻って学園へ帰った後、パーシュやフレードのような二人と親しい一部の生徒や教師の耳に入った。ユーキとアイカの関係を知っているパーシュはアイカがユーキを見つめているのを見て嫉妬していると感じてからかってやろうと思ったのだ。

 出発の準備が整うとパーシュとリタはアルガントの町に向けて馬を走らせる。静かな平原の中を二頭の馬は走り、ユーキは馬に揺られながら早く町に戻ってロレンティアたちを助けることを考えていた。


――――――


 アルガントの町に戻ったユーキたちは真っすぐクロフィ家の屋敷へ向かった。屋敷に着くとフレードやヴェラリアたちが帰ってきたユーキとアイカを見て驚くが、すぐ二人が無事だったことに安堵の表情を浮かべる。フィランは相変わらず無表情だが、安心したような目でユーキとアイカを見ていた。

 パーシュたちはベーゼに攫われた後のことをユーキとアイカから詳しい話を聞くために食堂に移動する。

 食堂へ移動するとユーキはエリザートリ教団の屋敷で得た情報を伝えるため、イェーナを呼んでほしいとヴェラリアに頼む。だが、イェーナの話が出るとヴェラリアは複雑そうな表情を浮かべる。

 ヴェラリアの話によるとイェーナは未だに帰って来ておらず、パーシュとリタが屋敷を出た後、ヴェラリアは冒険者ギルドにイェーナがいないか確認に向かったが、イェーナはの姿は無かったそうだ。

 ギルドの人間に尋ねるとイェーナは冒険者の召集をした後にギルドを去り、その後は何処にいるか分からないと言われ、結局ヴェラリアはイェーナを見つけられずに屋敷に戻って来たそうだ。

 イェーナに報告できない状況にユーキは困り顔になりながらも、とりあえずパーシュたちに屋敷で手に入れた情報を伝えることにした。

 ユーキとアイカは森でベーゼに連れ去られた後、エリザートリ教団の隠れ家である屋敷に連れて行かれ、そこで捕まっていたロレンティアから教団の情報や若者たちの血を取る儀式について教えてもらったことを話す。そして教団の背後に支援者やベーゼと繋がっている混沌士カオティッカー、アローガがいることも伝えた。

 ヴェラリアや他のティアドロップのメンバーたちはロレンティアが無事なことを聞かされて安心した。だがそれと同時にロレンティアが儀式でいつ殺されてもおかしくない状態であることを知る。

 更にガルゼム帝国にエリザートリ教団を支援する者がおり、しかもそれが貴族かもしれないと聞かされてヴェラリアたちは衝撃を受ける。

 それからユーキとアイカは情報を一通り話し、全てを話し終えるとパーシュたちは深刻そうな顔をする。


「まさか、教団に手を貸す者がいるとは……」

「しかもそのうちの一人は混沌士カオティッカーなんでしょう? 馬鹿げてるとしか言えないわ」


 異常な宗教団体に協力する者がいると聞かされたヴェラリアとフェフェナは呟く。

 エリザートリ教団は自分たちの欲のために多くの人々の命を奪い、侵略者であるベーゼを崇拝している。そんな教団にどうして手を貸そうと考えられるのかヴェラリアたちは理解できなかった。


「教団は昔と違ってベーゼを崇拝するだけでなく、直接手を組んで以前よりも強力な組織へと変わっています」

「このまま彼らを放っておけば更に多くに犠牲者が出てしまいます。急いで教団の屋敷を叩き、壊滅させるべきです」


 ユーキとアイカはすぐにでも森に向かい、エリザートリ教団の屋敷に攻撃を仕掛けるべきだと提案する。ヴェラリアは二人の話を聞くと難しそうな顔で考え込んだ。


「あたしはユーキとアイカに賛成だよ。話を聞く限り、連中は二人が脱走したことを知っている。きっとアジトを襲撃されることを警戒して迎撃態勢に入るはずだ。連中が準備を済ませる前に攻め込んだ方がいい」

「しかもベーゼが味方についてるからすぐに戦いの準備は整うだろうし、かなりの戦力になるはずだ。ちゃっちゃと森へ行って教団を潰すべきだろうな」


 パーシュに続いてフレードもエリザートリ教団の屋敷に攻め込むことに賛成する。フィランも同じ気持ちなのか無言でヴェラリアたちを見ていた。


「ですが、森に入るにはイェーナ夫人の許可を得る必要があります。今は夫人もいませんし、勝手に森に入るのはマズいんじゃなでしょうか?」


 管理者の許可を得ずに特定の場所に足を踏み入れるのは違法行為になるため、レーランは管理者代行であるイェーナの許可を得なくては森に入れないと語る。するとフレードはレーランの方を見ながら小さく笑う。


「それについては問題ねぇだろう。確か許可が必要な場所でも緊急事態やそれなりの事情がある場合は許可を得ずに入っても罪にはならねぇんだろ?」

「え? ……ハイ、確かにそうですが……」

「森にはアルガントや周辺の村に住む連中を攫い、ベーゼと手を組むイカれた宗教団体がいて、すぐに潰さないとマズいことになる。これは緊急事態と言えるし、無許可で森に入る理由としては十分だと思うんだが?」


 フレードが北東の森に入れる理由を話すと、レーランは複雑そうな顔をする。レーランはアルガントの町の管理者でも、クロフィ家の人間でもないため、どう判断すればいいのかいまいち分からなかった。

 レーランはチラッと考え込むヴェラリアの方を見る。自分には判断できないが、クロフィ家の娘であるヴェラリアが問題無いと判断すれば大丈夫だろうと思っていた。


「……確かに教団の隠れ家があることや奴らが危険な組織だと判明されていれば許可を得ずに森に入っても咎められることは無いだろう」

「それじゃあ……」


 ユーキが声を掛けるとヴェラリアはユーキの方を向いて力強く頷く。


「母上がいない以上、許可を得ることもできない。……許可を取らずに北西の森に入り、エリザートリ教団の隠れ家を叩く!」


 ヴェラリアが北東の森に入ることを決意し、ヴェラリアの答えを聞いてユーキは笑みを浮かべる。アイカ、パーシュ、フレードもヴェラリアの答えを聞いて微笑んでいた。

 リタたちティアドロップのメンバーはリーダーであるヴェラリアが森に入ると決めたのならそれに従おうと思っているため、異議を上げたりせずに無言でヴェラリアを見ていた。

 ユーキたちが見つめる中、ヴェラリアは立ち上がって周りにいるユーキたちを見回しながら口を開いた。


「敵が護りを固める前に屋敷に攻め込み、捕まっているロレンティアたちを救出して教団を壊滅させる。よってこの後すぐに森へ向かう。急いで準備を進めてくれ」


 ヴェラリアが指示するとユーキは頷き、アイカたちも真剣な表情を浮かべてヴェラリアを見つめていた。


「私はこれから冒険者ギルドへ向かい、共に森へ行く冒険者たちを集める。幸い母上が明日の森の探索に協力してくれる冒険者たちに召集を掛けていたからな。すぐに集まるはずだ」

「できるだけ強い冒険者を集めてくれよ? ベーゼが手を貸している上に敵の中には混沌士カオティッカーがいるだ。それなりの実力者でないと勝負にならない」

「約束はできんが、努力しよう」


 パーシュの方を見てヴェラリアは頷く。アルガントの町にはヴェラリアたちティアドロップと同等の実力を持つ冒険者がそれなりにいるため、ヴェラリアは問題無く集められると思っていた。


「ヴェラリア、イェーナ夫人には森へ行くことを伝えておく?」


 フェフェナはイェーナに報告しておくかヴェラリアに尋ねる。許可を取る必要が無いとは言え、管理者の代行を任されているイェーナには一応声を掛けておくべきではないかとフェフェナは思っていた。


「いや、母上には伝えずに行く。時間が限られている状況でいつ戻って来るかも分からない母上を待つのは得策ではない。母上には全てが終わって町に戻ってから私から伝える」

「……そう、分かったわ」


 ヴェラリアの答えを聞いてフェフェナは納得した反応を見せる。

 何も話さず、勝手にエリザートリ教団の討伐に向かえばイェーナから叱られるだろう。だが、ヴェラリアは後輩であるロレンティアや捕まった人々を助けることが重要と考えているため、後で咎められることになるとしても構わないと思っていた。

 それからユーキたちは準備を済ませた後の集合場所や出発時間などを決めて解散し、ユーキたちは戦いの準備、ヴェラリアは同行する冒険者を集めるために冒険者ギルドに向かった。


――――――


 エリザートリ教団の屋敷の一階にある大広間では大勢の信者たちが集まり、膝立ちの状態で祈りを捧げながら同じ方角を向いていた。

 信者たちの向いている先には教祖とベバント、そしてアローガが立っており、集まっている信者たちを見つめている。

 大広間にはエリザートリ教団に所属している信者全員がおり、教祖から重要な話があると言われて集まっていた。


「信者の皆さん、よく集まってくださいました」


 教祖が喋ると祈りを捧げていた信者たちは一斉に顔を上げて教祖を見つめる。教祖は信者たちが自分の話を聞く状態になったのを確認すると両手を広げた。


「皆さん、今我が教団は恐ろしい事態に見舞わられています。まもなく、我々の下にメルディエズ学園の生徒とアルガントの町の冒険者たちがやって来ます。理由は我々を葬り去るためです」


 エリザートリ教団を壊滅させるために冒険者たちがやって来ると聞かされた信者たちは一斉にざわつき出す。信者の中には不満を感じる者や冒険者たちの行動を愚かに思う者などがおり、静かだった大広間はあっという間に騒がしくなった。


「静粛に」


 教祖は騒ぐ信者たちに声を掛け、教祖の声を聞いた信者たちは少しずつ静かになり、再び教祖に注目する。


「何も心配はいりません。私たちは偉大なるベーゼの加護を得ています。ベーゼと共に生きる私たちがこんなところで滅ぶことはありません」


 陶酔するような口調で語る教祖を見た信者たちは「おおぉ」と声を漏らしながら祈りを捧げてベーゼに感謝する。

 ベバントは信者たちと同じように祈りを捧げており、アローガは信者たちの姿を見ながら小さく不敵な笑みを浮かべていた。


「ですが、メルディエズ学園の生徒や冒険者たちは我々の信仰心を理解せず、愚かにも教団を滅ぼそうとしています。そんなことが許されるはずがありません。我々は偉大なるベーゼのため、愚かな者たちと戦わなくてはならないのです」


 教祖はこれからやって来る敵と戦うことを信者たちに伝え、信者たちは次々と同意の言葉やベーゼを崇めるような言葉を口にする。ベーゼを崇拝する信者たちにとってエリザートリ教団を滅ぼそうとする者は全員ベーゼの素晴らしさを理解しな愚か者にしか見えなかった。

 信者たちに戦意があることを確認した教祖はゆっくりと右手を上げる。すると騒いでいた信者たちは教祖から静かにするよう指示されたことに気付いて一斉に口を閉じた。


「これから我々は教団のため、偉大なベーゼのために愚かな者たちと戦います。私はその意思をアローガ様にお伝えしました。するとアローガ様は我々が愚か者たちと戦えるよう、ベーゼの力を授けてくださいました」


 教祖の言葉を聞いた信者たちは一斉に目を見開く。自分たちが崇めているベーゼの力を授けられる言われ、信者たちは次々と喜びの声を漏らした。


「皆さん、目の前にある聖杯をご覧ください」


 喜んでいた信者たちは教祖の言葉を聞いて一斉に自分たちの膝元を見る。そこには自分たちが儀式で使う質素な聖杯が置かれており、中には僅かな量の血が入っていた。

 この血は大聖堂に入る前に聖杯に注がれた物で、信者たちは最初、聖杯の中の血が何を意味するのか分からずにいた。

 しかし先程の教祖の言葉を聞いて聖杯の中の血がベーゼの血だと直感し、この血を飲めば自分たちはベーゼの力を得られると信者たちは考えて笑みを浮かべた。


「聖杯の中に入っているのは偉大なるベーゼの聖水です。それを取り込むことで皆さんはベーゼの力を得られます。……さぁ、皆さん。聖水を取り込むのです!」


 教祖が聖杯の中の血を飲むよう伝えると信者たちは迷わずに一斉に血を飲む。

 普段人の血を聖水と考えて飲む信者たちにとって血を飲むことに抵抗は無い。そしてベーゼの血は信者たちにとってどの血よりも有難い物であるため、信者は全員喜びながらベーゼの血を飲んだ。

 信者たちが聖杯を傾けて血を飲む姿を教祖は見ている。そんな教祖の右隣にアローガがゆっくりとやって来た。


「これで信者たちはベーゼの力を得られるわ。全員が強大な力を得ることができる」

「アローガ様、ありがとうございます。これで我々は冒険者たちを倒すことができます」

「……フッ」


 感謝する教祖を見たアローガは小さく鼻で笑う。それはまるで何も知らない者を哀れむような嫌な笑いだった。

 アローガと教祖が話をしていると、血を飲んだ信者の一人が突然表情を歪め、聖杯を落として自身の胸を掴み苦しみ出す。

 一人が苦しむと他の信者たちも次々と苦しみ出し、信者たちの異変に気付いた教祖とベバントは驚きの反応を見せた。


「こ、これは……」

「安心しなさい。これはベーゼの力を得るための必ず受けることになるものよ。この苦しみを乗り越えた時、アイツらはベーゼの力を得られるの」


 驚いていた教祖はアローガの説明を聞くと納得して信者たちを見つめ、ベバントも無言で信者たちを見守る。

 先程まで驚いていたのにベーゼと繋がりを持つアローガが問題無いと語るとそれを信じて不安を感じなくなる。教祖とベバントの心は完全にベーゼに魅了されていた。

 アローガたちが話している間も信者たちは苦しみ続けていた。口からはヨダレを垂らし、胸や喉を掻きながら倒れたり、丸くなりながら苦しさに耐える。だがしばらく経つと信者たちは苦しみから解放され、呼吸を乱しながら俯いた状態でゆっくりと立ち上がった。

 俯いている信者たちはゆっくりと顔を上げて唸るような声を出す。信者たちは全員飢えた獣のように険しい表情を浮かべており、肌は薄い灰色に変色している。目は赤くなって歯の一部も犬の歯のように尖っていた。

 信者たちの変化を見てベバントは軽く目を見開き、教祖は「おおぉ」と反応する。


「完成ね♪」


 アローガは不敵な笑みを浮かべたまま教祖やベバントに聞こえないくらい小さな声で呟いた。


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