第百七十三話 脱出
ユーキとアイカは信者に見られたことで微量の汗を流す。しかし見つかったからと言って取り乱せば逆に怪しまれてしまうため、二人は何とかしてこの場を切抜けようと思っていた。
黙り込むユーキとアイカに信者は近づき、目の前までやって来るとジッと二人を見つめる。顔でバレることを警戒したユーキとアイカはフードを深く被って顔を見られないようにした。
「此処は教祖様のお部屋だぞ。何をやっていたのだ?」
「……すみません。教祖様のお部屋とは知らず、少し扉が開いていたので、気になって覗いていました」
下手に誤魔化そうとすれば怪しまれると感じたユーキは何をしていたのか正直に話す。勿論、自分とアイカがエリザートリ教団の信者でないことがバレないよう、重要な部分だけは隠そうと思っていた。
信者は理由を話すユーキを見て目を鋭くする。いくら正直に話したとはいえ、勝手に教祖の部屋を覗くことが許されるはずがないと考えている信者はユーキとアイカを睨みつけた。
「気になっていたからと言って教祖様のお部屋を覗いていいと思っているのか?」
「も、申し訳ありません」
アイカは軽く頭を下げながら謝罪し、ユーキも続いて頭を下げた。
信者は不審な行動を取っていたユーキとアイカを無言で見つめる。すると扉が開き、中からアローガと教祖、ベバントが姿を見せ、ユーキたちはアローガたちの方を向いた。
「何事ですか?」
ベバントが目を細くしながら尋ねると信者はベバントの方を向いて軽く頭を下げた。
「ハッ、この二人が教祖様のお部屋を覗いておられたのです」
信者はチラッとユーキとアイカに視線を向け、ベバントも二人の方を向く。ユーキとアイカは盗み聞きした会話の内容からベバントがエリザートリ教団の神父であり、幹部であることを知り、幹部に顔を見られたら正体がバレるのではと小さな焦っていた。
ベバントは俯いているユーキとアイカをジッと見つめる。ベバントにとって、エリザートリ教団のトップである教祖の部屋を覗き見るなど失礼極まれない行動だった。
「覗いていたというのは本当ですか?」
「申し訳ありません。教祖様のお部屋とは知らずに覗いてしまい、どのような会話をされているのか気になってそのまま……」
ユーキは軽く俯きながら反省しているような態度と口調で語り、アイカは隣で動揺することなく喋るユーキを見ながら凄い精神力だと心の中で感心していた。
ベバントは教祖の方を向いて「どうしますか?」と目で尋ねる。教祖はベバントを見た後、視線を入口の前に立つユーキとアイカに向け、ゆっくりと二人に近づいた。
「……貴方がたは新人ですか?」
「ハイ」
教祖の問いにユーキは静かに答える。教祖は無言でユーキを見つめながら黙り込み、しばらくするとユーキとアイカを見ながら小さく頷く。
「新人なら仕方がありませんね。まだ教団の掟などを全て理解しているわけではないでしょうから」
「不問になさるということですか?」
ベバントは教祖の口から出た言葉に意外そうな表情を浮かべ、教祖はベバントを見ながら小さく頷いた。
「ええ。ただし、許すのは今回だけです。次に同じようなことをなさったら、しっかり罰を受けて貰います」
丁寧な口調で語りながら教祖はユーキとアイカを見つめる。ベバントは教祖が許すと言うのならこれ以上何も言うべきではないと感じているのか、無言で教祖を見ていた。
正体がバレずに済んだことにユーキとアイカは安心する。騒ぎを起こさずに屋敷から脱出したいと思っている二人にとって正体がバレるのは避けたいことだったため、心の中で助かったと感じていた。
ユーキとアイカが安心しているとベバントが二人を見つめ、ベバントに見られていることに気付いたユーキとアイカは顔を見られないように注意しながらベバントの方を向く。
「教祖様のご慈悲で今回は部屋を覗いたことは許します。しかし、次はありませんからね?」
『ありがとうございます』
頭を下げながらユーキとアイカは声を揃えて礼を言う。ベバントは腕を組みながら呆れなような表情を浮かべ、二人を見つけた信者はどこか納得できなような顔でユーキとアイカを見ていた。
教祖の隣ではアローガが部屋を覗いていた信者たちを見ている。自分たちの会話を盗み聞きしていたことが気に入らないのか、僅かに目を鋭くしていた。すると背の低い信者のフードの下から銀色の髪が僅かに見え、アローガはフッと反応する。
「ところで、この後は祈りを捧げるのでしたよね?」
覗き見の件が片付くと教祖はベバントにこの後の予定を確認する。ベバントは教祖を見ながら軽く頷いた。
「ハイ、既に多くの信者が礼拝室に集まっているはずです」
「ではベバント神父、貴方は礼拝室へ向かい、信者の皆さんと祈りを捧げてください。私もアローガ様とのお話が終わり次第向かいます」
「畏まりました」
ベバントは頭を下げながら返事をし、ユーキとアイカを見つけた信者も教祖の方を見て頷く。
教祖にとって祈りよりもベーゼの協力者であるアローガとの話の方が大切であることをベバントや信者は理解しているため、教祖が祈りを捧げることを優先しなくても文句は言わなかった。
ベバントは部屋から出ると礼拝室へ向かうために廊下を歩いて行き、信者もその後に続く。ベバントが部屋を出るのを見た教祖はユーキとアイカに視線を向けた。
「さぁ、貴方たちも礼拝室へ行きなさい」
「ハイ」
ユーキは返事をするとベバントと信者の後を追うようにゆっくりと歩き、アイカもそれに続いて歩き出す。これ以上この場にいると正体がバレれてしまう可能性があるため、二人は少しでも早く教祖の部屋から離れたいと思っていた。
「ユーキ、この後はどうするの?」
アイカは前を向いたまま、教祖たちに聞こえないくらい小さな声でユーキに声を掛ける。話しかけられたユーキは視線だけを動かしてアイカの方を見た。
「とりあえず、教祖の部屋から離れて、その後にあのベバントとか言う神父たちの目を盗んで屋敷から出るんだ」
「もう屋敷から脱出するの?」
「ああ、教祖やベバントたちに存在を知られた以上、このまま屋敷にいるのは危険だからな」
ユーキの話を聞いてアイカは納得した反応を見せる。確かに今の状態で長時間屋敷の中にいると正体がバレるかもしれない。騒ぎを起こさず、正体を知られずに屋敷から脱出するなら、この後しかチャンスはないとアイカは感じていた。
小声で話を済ませたユーキとアイカは目立った行動を取ってはならないと考えながらベバントの後を追うように歩いた。
「待ちなさい!」
教祖の部屋から2、3mほど離れた辺りで突然アローガがユーキとアイカを呼び止める。突然声を掛けられたユーキとアイカは目を大きく見開きながら立ち止まり、二人の前を歩いていたベバントと信者も立ち止まって振り返った。
アローガは廊下に出るとユーキとアイカの背後からゆっくりと二人に近づく。二人の背中を見るアローガの目は鋭く、明らかな敵意が込められていた。
ユーキとアイカは背後から感じる殺気に微量の汗を流し、前を向いたまま固まる。二人が動けずにいるとアローガは二人の真後ろに来て立ち止まった。
「……アンタたち、本当に教団の信者なの?」
アローガは僅かに低い声を出しながらユーキとアイカに問いかける。ユーキとアイカはフードで顔を隠しながらゆっくりと振り返ってアローガと向かい合う。
教祖はアローガの行動を不思議に思いながら廊下で向かい合うユーキたちを見ており、ベバントと信者も無言で見つめている。
「ちょっと顔を見せてくれない?」
目を細くしながらアローガは顔を見せるようユーキとアイカに要求し、二人は汗を掻いたまま黙り込む。顔を見せることだけは絶対にできないユーキとアイカは無言のままどうするべきが考えていた。
アローガは顔を見せないユーキとアイカを交互に睨む。しばらく二人を睨むとアイカの方を見て右手を上げ、手の平をアイカに向けながら手の中に風を集め始めた。
「風刃!」
『!?』
突然魔法を発動させるアローガにユーキとアイカは目を見開く。その直後、アローガの右手から風の刃がアイカの顔に向かって放たれた。
風の刃は至近距離からアイカに迫り、突然の出来事にアイカは回避行動を取ることもできずに直撃すると感じていた。だがその時、右隣にいたユーキがアイカに向かって跳びついてアイカを押し倒す。
ユーキが跳びついたことでアイカは倒れ、そのおかげでアイカは風の刃の直撃を免れた。代わりに風の刃はユーキのフードを掠め、天井に命中する。
数秒の間に起きた恐ろしい出来事にアイカは倒れたまま目を見開いて小さく震え、ユーキも大量の汗を流す。周りにいる教祖たちも突然の出来事に驚いたような反応を見せていた。
(おいおいおいおい! 普通いきなり無言で、それも目の前で魔法をぶっぱなつかぁ!?)
アイカの上に覆いかぶさるように倒れるユーキは心の中で叫ぶ。アローガが自分とアイカに不信感を懐いていることは分かっていたが、相手の正体を確かめずに魔法を撃つとは思っていなかったため、ユーキも流石に驚いていた。
アイカを助ける際に風の刃はユーキが着ているローブのフードを掠めたため、あと少し動くのが遅かったらユーキとアイカのどちらかが死んでいただろう。ユーキは間に合ってよかったと内心ホッとし、同時に間に合わなかったらどうなっていたことかと肝を冷やした。
ユーキはアイカの上から退くと倒れているアイカを起こす。アイカは先程の出来事に対する恐怖がまだ残っているらしく、呼吸が僅かに乱れていた。
アローガはユーキとアイカを見ると鼻で笑い、ゆっくりと拍手をする。
「やるじゃない。あの状態で仲間を護るなんて、大した瞬発力と反射神経ね?」
「……ッ!」
楽しそうな口調で語るアローガにユーキは表情を険しくし、目を鋭くしてアローガを睨みつける。
風の刃を受けたことでユーキのフードは大きく裂けて顔が露わになり、同時にアイカのフードも倒れた時にめくれてしまい、アローガたちにまる見えの状態になった。
「フフフフ、やっぱりね」
アローガはユーキとアイカの顔を見ると楽しそうに笑みを浮かべた。教祖やベバントはユーキとアイカの顔を見て、目の前にいるのがベーゼたちが捕らえたメルディエズ学園の生徒だと知って驚いた反応をする。
「フードから出ている銀髪を見てもしかしてと思ったわ。やっぱりアンタだったのね……ユーキ・ルナパレス」
ユーキはアローガが自分を認識していると知って表情を鋭くする。そして、髪の毛を見られていたことで正体がバレたのだと知り、自分の落ち度に腹を立てた。
「……俺のことを知ってるのか?」
様々な感情を懐きながらユーキはアローガに尋ねる。アローガはユーキを見ながら小馬鹿にするような表情を浮かべた。
「ええ、ベギアーデから聞いてるわ。ついでにそっちに金髪のお嬢ちゃんのこともね」
そう言ってアローガはアイカを顎で指しながら自慢げに話す。アローガの発言を聞いたユーキは自分の予想していたとおり、目の前にいるエルフの幼女は前に遭遇したマドネーと同じ立場の存在だと確信する。
「ベギアーデのことを知ってるってことは、やっぱりお前もマドネーと同じベーゼの協力者ってことか」
「協力者ねぇ……まぁ、そう思ってくれていいわ」
アローガは肩を竦めながら話を流し、そんなアローガをユーキとアイカは立ち上がりながら見つめた。
マドネーと同じ立場の存在だと分かった以上、ベーゼやエリザートリ教団の信者よりも警戒心を強くしなくてはならない。しかも教団の教祖たちが近くにいる状態で顔を見られてしまったため、騒ぎになるのは避けられない状況だった。
「アローガ様、この二人をご存じなのですか?」
黙ってユーキたちの会話を聞いていた教祖がアローガに声を掛ける。アローガはチラッと教祖を見た後、再びユーキとアイカの方を向いた。
「説明は後でしてあげる。……さっさとコイツらを捕まえなさい。できなければ殺してもいいわ」
アローガの言葉を聞いて教祖はフッと反応し、ベバントと信者の方を向いて捕まえるよう目で指示を出す。教祖としてはエリザートリ教団の人間としては混沌士の血を飲んでおきたいため、できるだけ生け捕りにしたいと考えていた。
教祖と目が合ったベバントと信者は教祖が何を考えているのか察し、背を向けるユーキとアイカに鋭い視線を向け、二人を捕まえようとゆっくりと近づいた。
ユーキは状況が悪いと感じ取るとアローガを警戒しながらアイカのに近づき、視線だけを動かしてアイカを見ながら小声で話しかける。
「……アイカ、俺が合図したら全速力でエントランスに向かうぞ」
「エントランスに?」
「ああ、そこから屋敷の外に脱出する」
アイカも同じように視線だけを動かしてユーキを見ると無言で頷く。アイカもこの状況では逃げるしかないと思っていたようだ。
ユーキとアイカが逃走を計画している間、ベバントと信者は少しずつユーキとアイカに近づいてきている。あと少し近づけば二人に跳びかかり、捕まえることができる状態だった。
ベバントと信者の気配を感じ取ったユーキは視線を動かして背後を確認する。
「……走れ!」
声を上げたユーキは振り返り、ベバントと信者に体当たりをして押し倒す。ベバントと信者が倒れるとユーキはエントランスに向かって走り、アイカもユーキとほぼ同時に走り出す。
突然走り出したユーキとアイカを見た教祖は驚きの反応を見せ、アローガは舌打ちをしながら左手をユーキとアイカに向けて魔法を放とうとする。するとユーキは走りながら後ろを向き、左手をアローガに向けて伸ばした。
「闇の射撃!」
ユーキは左手から紫色の闇の弾丸をアローガに向けて放つ。しかし闇の弾丸はアローガには当たらず、彼女の足元に命中した。
アローガに命中こそしなかったが、足元に闇の弾丸が当たったことでアローガは僅かに怯み、魔法の発動を阻止することにも成功する。その隙にユーキとアイカは走って角を曲がり、アローガの視界から消えた。
ユーキとアイカが視界から消えたことでアローガは機嫌を悪くし、表情を険しくする。そんなアローガの隣に教祖がやって来て倒れているベバントと信者を見た。
「何をしているのですか。すぐに警鐘を鳴らして信者たちにこのことを伝えなさい!」
「ハ、ハイ」
返事をしたベバントは立ち上がり、急いで廊下の隅へ移動する。廊下の壁には少し大きめの鐘が取り付けられており、ベバントは鐘の前まで来ると舌の部分についている縄を掴んで左右に揺らして鐘を鳴らした。
鐘の音は大きな音を響かせながら屋敷中に広がり、音を聞いた信者たちは一斉に反応する。ベバントが鳴らした鐘が警鐘で何らかの仕掛けで屋敷全体に響くようになっていたようだ。
警鐘の音を聞いた信者たちは屋敷の中で何か問題が発生したと知り、全員が一斉に走り出して近くの部屋に入る。そして部屋の中にある剣や手斧などを手に取って戦闘態勢に入った。
屋敷の中が徐々に騒がしくなり、信者たちが異常事態に気付いたと知ったベバントは信者と共にユーキとアイカのことを他の信者たちに知らせるために走り出す。
ベバントと信者が走っていく姿を見た教祖はアローガの方を向いて申し訳なさそうにしながら頭を下げた。
「申し訳ありません、アローガ様! 折角捕らえた混沌士を逃がすようなことになってしまい、何とお詫びをすればよいか……」
「……別にいいわよ、とっ捕まえれば済む話なんだからね。ただ、アンタたちごときがあの二人を捕まえられるかどうかは分かんないけど」
「ご安心ください、必ず捕らえてみせます」
アローガの機嫌を損ねてしまったと知った教祖は僅かに力の入った声を出しながらユーキとアイカを捕まえることを誓い、二人が逃げた方に向かって歩いて行く。
教祖の後ろ姿をアローガは黙って見つめている。ただ、教祖や信者たちに期待していないのか、呆れたような表情を浮かべていた。
――――――
信者たちは騒ぎながら警鐘が鳴った原因を調べる。そんな中、アローガたちから距離を取ったユーキとアイカは誰もいない廊下でエリザートリ教団のローブを脱いでいた。
既に教祖たちに顔を見られているため、信者に成りすますのは無理だと感じた二人はローブを脱ぎ捨てて動きやすい格好をすることにした。
「此処からは止まらずに真っすぐエントランスへ行こう。途中で信者たちと遭遇したら素早く倒して玄関から外に出るんだ」
「分かったわ」
ユーキとアイカは縄で体に巻き付けていた愛刀と愛剣を腰に差し、いつでも鞘から抜けるようにした。
エリザートリ教団は過激的な宗教団体であるため、隠れ家で異常が発生すれば間違い無く武器を持って調べると二人は予想している。もし武器を持った信者と遭遇し、戦闘になったら問題無く戦えるよう武器をちゃんと装備しておく必要があった。
準備が整うとユーキとアイカはエントランスに向かおうとする。幸いエントランスまでの道のりは覚えているため、道を間違えることなく移動することができた。
「お前たち、そこで何をしている!?」
エントランスがある方角から男の声が聞こえ、ユーキとアイカが声が聞こえた方を向くと数m先に剣と槍を持った信者が二人立っているのが見えた。
移動しようとした直後に信者と遭遇してしまい、ユーキは面倒そうな表情を浮かべ、アイカも目を鋭くしてプラジュとスピキュに手を掛ける。
信者たちは明らかにエリザートリ教団の者ではないユーキとアイカを見て持っている武器を構える。するとユーキとアイカが走って来た方角からベバントが姿を見せた。
「その二人を捕らえなさい! 我ら教団に仇なす侵入者です」
ベバントの言葉に反応した信者たちはユーキとアイカを睨みながら二人に向かって行く。ユーキは戦闘は避けられないと感じ、迎え撃つために月下と月影を抜いて信者たちに向かって走った。
ユーキと信者たちの距離は徐々に縮まり、遂にお互いが相手の間合いに入る。間合いに入った瞬間、信者の一人がユーキに向かって剣を真上から振り下ろした。だがユーキは左に移動して難なく振り下ろしをかわし、月下で信者の腹部に峰打ちを打ち込んだ。
峰打ちを受けた信者はその場に崩れるように倒れ、もう一人の信者は仲間が倒れたのを見て隙を見せる。その間にユーキは月影で信者に逆袈裟切りを打ち込んだ。月影による攻撃も峰打ちなため、信者は斬られることなくその場に倒れる。
一瞬の内に二人の信者を倒したユーキを見てベバントは目を見開いて驚いた。
「アイカ、行くぞ!」
「ええ!」
返事をしたアイカは走り出し、ユーキもエントランスに向かって廊下を走る。驚いていたベバントはユーキとアイカが走る姿を見て我に返り、慌てて二人の後を追った。
ユーキとアイカは立ち止まることなく廊下を走ってエントランスを目指す。途中で何度か信者と遭遇したが、二人は難なく信者たちを倒して先を急いだ。そして、ようやく廊下を抜けてエントランスに辿り着いた。
エントランスには十数人の信者が集まっており、ユーキとアイカがエントランスにやって来たのを見ると一斉に表情を険しくして持っている武器を構えた。
一階の玄関前では数人の信者が二人を逃がさないように集まっており、途中にある階段の踊り場、二階の階段前の広場にも大勢の信者がおり、敵の人数を見たユーキとアイカは面倒そうな反応を見せた。
「結構いるな。コイツら全員を相手にしてたら他の信者たちが集まって面倒なことになる」
「どうするの?」
アイカに声を掛けられたユーキは素早く周囲を見回す。そして二階と一階をつなぐ吹き抜けを見ると月下と月影を鞘に納めた。
突然納刀するユーキを見てアイカは不思議そうな顔をし、二人の前に立ち塞がる信者たちもユーキを睨みながら不思議に思う。するとユーキはアイカに近づき、両手で抱き上げてお姫様抱っこをした。
「ちょ!? ユーキ、いきなり何を……」
「掴まってろ」
ユーキがそう言うとアイカは何かをすると感じて言われたとおりする。両手にプラジュとスピキュを持っているため、腕をユーキの首に回して落ちないようにした。
アイカが掴まるとユーキは混沌紋を光らせ、自身の両足の脚力を強化すると吹き抜けに向かって走り出し、そのまま二階から跳び下りた。
二階から跳んだユーキを見て信者たちは驚き、アイカも目を見開く。ただこの時のアイカはユーキの突然の行動に驚きはしたが、二階から跳び下りることに恐怖は感じていなかった。
跳び下りる直前、ユーキは二階の階段前、踊り場にいる信者の人数から全員を相手にすると時間が掛かってしまうと感じ、一階の玄関前にいる信者だけを相手にしようと考えて吹き抜けから一階に跳び下りようと考えたのだ。
ユーキはアイカを抱きかかえたままエントランスの一階に着地する。強化で脚力を強化していたため、足が痺れることも痛みを感じることも無かった。
二階にいた信者たちはユーキとアイカが一階に下りたのを見て、慌てて一階に向かおうとする。信者たちが動き出した時、ユーキもアイカを降ろして月下と月影を抜き、アイカも玄関前にいる信者たちを見ながら構えた。
玄関の前には手斧を持った三人の信者、イプシロンアックスを持って赤いカピロテを被った体の大きな信者が立っており、ユーキとアイカを睨みつけている。
ユーキとアイカは信者たちを見ると同時に信者たちに向かって走り出し、手斧を持った三人の信者もユーキとアイカに突撃した。
アイカは前から迫って来る二人の信者を見てプラジュとスピキュを持つ手に力を入れる。そして、信者たちが間合いに入ると素早く左に回り込み、信者の一人にスピキュで逆袈裟切りを放つ。
スピキュは信者の首元に命中し、攻撃を受けた信者は意識を失って倒れる。アイカもユーキと同じように刃ではない峰の部分で攻撃したため、信者は斬られることなく気絶した。
「お、おのれぇ!」
もう一人の信者は正面からアイカに向かって行き、手斧を振り上げてアイカを攻撃しようとする。だがアイカは慌てずに少し姿勢を低くし、プラジュを右から横に振って信者の脇腹に峰打ちを打ち込んだ。
脇腹の痛みに信者は表情を歪め、呻き声のような声を出しながら倒れ、峰打ちを受けた場所を押さえる。アイカに襲い掛かった信者たちはあっという間に戦闘不能となった。
アイカが信者たちを倒した時、ユーキも信者と交戦していた。信者はユーキに何とか攻撃を当てようと手斧を振り回すが、何も考えずにただ振り回しているだけの攻撃がユーキに当たるはずがない。
ユーキは何も考えずに攻撃する信者を呆れたような顔で見ながら回避し、信者に隙ができると月下を左下から斜めに振り上げて峰打ちを打ち込む。
峰打ちを受けた信者は手斧を落としてその場に倒れ、信者が動けなくなったのを見たユーキは残っているカピロテを被った信者の方を見る。
カピロテを被った信者は低い声を出しながらユーキに近づき、重いイプシロンアックスを振り上げ、ユーキの頭部に向かって振り下ろす。ユーキは咄嗟に右へ移動して振り下ろしを回避し、素早くカピロテを被った信者の懐に入り、月下と月影を強く握る。
「ルナパレス新陰流、雪月!」
ユーキは腰に力を入れると上半身を強く左に回し、そのまま月下と月影を同時に右から横に振ってカピロテを被った信者の左脇腹に峰打ちを打ち込んだ。
カピロテを被った信者は脇腹の痛みに思わず声を上げ、持っているイプシロンアックスを落とすとその場に崩れるように倒れる。体が大きく、重量級の武器を扱う信者もユーキにとっては何の脅威にもならなかった。
玄関前にいた信者を全て倒したユーキとアイカは周囲を確認する。二階にいた信者たちは階段を下りて二人の向かって走って来ており、一階にいた他の信者もユーキとアイカを取り囲もうとしていた。
「急がないと退路を断たれる。アイカ、行くぞ!」
「ええ!」
ユーキとアイカは見張りがいなくなった玄関を開けて屋敷の外へ飛び出す。外に出ると山積みにされた薪、数台のボロボロの荷車などが置かれた広場が目に入り、ユーキとアイカは素早く周りを見て信者やベーゼがいないことを確認する。
危険が無いと判断すると二人は遠くに見える森に向かって全速力で走る。森の中は迷いやすくて危険だが、見通しの悪い森に入れば信者たちも簡単には追ってこれないと思い、森に逃げ込むことにした。
ユーキとアイカは森の中に入ると振り返らずに奥へ進み、そのまま森の中へ消えていった。
屋敷の前では信者たちが悔しそうな顔で森を見つめている。森は迷いやすく、モンスターもいるため、護衛のベーゼを連れずに入ることはできないようだ。
玄関前の信者たちが森を見ていると屋敷からベバントが出てきて周りにいる信者たちを見回した。
「何をしているのですか! 早くあの者たちを追いなさい」
「で、ですが、この森にはモンスターがいるため、我々だけで入るのは……」
「クゥゥ!」
森に入るのは危険だと言われたベバントは奥歯を噛みしめる。危険ならベーゼを連れて入ればいいと思われるが、エリザートリ教団はベーゼを崇拝する集団。崇拝するベーゼに自分たちから「一緒に森に入ってください」と頼むことはできなかった。
ベバントはユーキとアイカを取り逃がしてしまったことを悔しく思うと同時に焦りを感じていた。アローガに捕らえるか始末するよう言われていたのにどちらもできず、逃がしたと言う最悪の結果になったことでアローガや教祖から何か罰を受けるのではと不安になっていたのだ。
屋敷の中では大勢の信者たちがユーキとアイカが逃げたことについてざわつきながら会話していた。そんな中、二階では教祖が吹き抜けから信者たちが集まっている玄関を見ている。
「何と言うことでしょう。アローガ様から捕らえるよう命じられたのに取り逃がしてしまうとは……」
仮面で顔は見えないが、教祖はユーキとアイカが逃げたことに焦りを感じており、俯きながら弱々しく首を横に振る。そんな教祖を少し離れた所でアローガが見つめていた。
「やっぱり捕まえることはできなかったかぁ。……まぁ所詮は虫けら、最初から期待なんてしてなかったけどね」
廊下の壁にもたれながらアローガはつまらなそうな顔で腕を組む。
「ユーキ・ルナパレスのことだから、森を抜け出してアルガントに戻ったら仲間たちを引き連れて此処を襲撃してくるはず。そうなったら折角見つけた私たちを崇拝する組織も壊滅しちゃう。それはこっちにとって少し都合が悪いのよねぇ」
アローガはこれからどうするか壁にもたれたまま考え、しばらくすると目を細くしながら教祖を見つめる。
「……仕方が無い、あれをやるしかないわね」
何か良からぬことを思い付いたのか、アローガは低い声で呟いた。




