表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第十章~鮮血の邪教者~
173/270

第百七十二話  屋敷調査


 階段を上がって一階に出たユーキとアイカはエリザートリ教団の関係者がいないか周囲を警戒する。誰もいないことを確認するとまず没収された武器と制服を取り返すため、一階から探索を始めた。

 今はエリザートリ教団の信者の格好をしているが、顔を見られると信者ではないと気付かれる可能性があるため、できるだけ目立たないように屋敷の中を移動する。

 ユーキとアイカは歩きながら周囲を見回す。屋敷の中は静かで床や壁はあちこちが汚れたり、大小様々な大きさの傷が付いていた。


「改めて見ると凄い屋敷ね。古びてるけど広くて二階もあるし、隠れ家にするには十分だわ」

「ああ、しかも滅多に人が入らない森の中に建ってるんだ。見つかる可能性も低いと思うよ」


 良い条件が揃っていることから、ユーキは異常な宗教団体の中に良い隠れ家を見つけられる頭の良い者がいるのかもしれないと予想する。

 復活したエリザートリ教団は見つかり難い隠れ家を手に入れ、信者の中には頭の切れる信者がいる。更にベーゼと手を組んでいることから、間違い無く昔以上に厄介な組織になっているとユーキとアイカは感じていた。

 エリザートリ教団に対する警戒心を強くしながらユーキとアイカは屋敷の奥へ進み、没収された物を探す。

 幾つか部屋を見つけ、物音を立てないよう慎重に中を調べるが武器も制服も見つからない。だがここまでに得た情報から屋敷の中にあると二人は確信しているため、諦めずに探し続けた。


「なかなか見つからない。何処に隠したのかしら……」


 アイカは難しい顔をしながら歩き、ユーキも無言で前を見ながら歩いている。すると二人の視界に扉が入り、新しい部屋を見つけたユーキとアイカは扉に近づく。

 扉の前まで来るとユーキは扉に耳を当てて中に誰もいないか確認する。中から物音が聞こえず、誰もいないと知ったユーキはゆっくりと扉を開けた。

 中を見るとそこには無数の棚が置かれてあり、畳まれた紅いローブや質素な聖杯が幾つも置かれてある。他にも空の樽に入った無数の剣や槍、手斧などもあり、部屋を見たユーキとアイカはそこが倉庫だと知った。


「ローブや武器があるってことは、此処に俺たちの制服とかもあるかもしれない」

「そうね、早速探してみましょう」


 自分たちの持ち物があることを期待しながらユーキとアイカは倉庫に入り、武器と制服を探す。倉庫はそれほど広く無いため、探せばすぐ見つかると二人は考えていた。

 ユーキは部屋の隅に置いていある棚やその横に置かれてある樽の中を見て武器と制服、そして伝言の腕輪メッセージリングを探す。探している間、ユーキは何かを考えているのか目を鋭くしていた。


「ユーキ、あったわ!」


 後ろからアイカの声が聞こえ、ユーキは軽く目を見開きながら振り返った。そこには棚の前で畳まれた自分たちの制服を持つアイカが立っており、彼女の近くにある樽の中には月下と月影、プラジュとスピキュも入っている。

 ユーキは没収された物が他のローブや武器と同じように綺麗に畳まれ、樽に入れられていたことを知って意外に思う。てっきりぞんざいに扱われていると思っていたため、丁寧に畳まれたり、樽に入れられているのを見て少し驚いていた。

 制服と武器が見つかると二人は続けてポーチと伝言の腕輪メッセージリングを探すが、すぐに部屋の奥にある机の上に置かれたポーチと伝言の腕輪メッセージリングを見つけた。全ての持ち物を見つけたユーキとアイカは一安心する。


「何とか全部見つけられたな」

「ええ、でもどうして他の物と同じように綺麗に置かれてたのかしら?」

「多分、いつか自分たちが使う時が来ると思って大切に保管しておいたんだろう」


 アイカはユーキの言葉を聞いて驚いたような反応を見せ、同時に小さな不快感を感じる。メルディエズ学園の制服はともかく、プラジュとスピキュはアイカにとって父の形見であるため、それを異常な宗教団体に使われるなど許せないことだった。

 自分の武器を使われたくないのはユーキも同じで信者たちに使われる前に月下と月影を取り返せてよかったと思っている。

 ユーキは樽に入っている月下と月影を手に取る。すると二本の刀は薄っすらと水色に光りながら小さなくなり、ユーキの体に合った長さになった。

 刀が小さくなるのを見て、アイカは「おおぉ」と反応する。アイカはユーキが転生者であると聞かされた時に月下と月影が使う者の体に合わせて長さを変えることを聞かされていたため、小さくなった月下と月影を見ても驚きはしなかった。

 ユーキはアイカから自分の制服を受け取り、ユーキもアイカにポーチと伝言の腕輪メッセージリングを手渡した。

 

「よし、急いで着替えよう」

「そうね。……あっ」


 何かに気付いたアイカはチラッと自分が着ているローブを見た。

 よく考えるとアイカは下着だけの状態でローブを着ているため、制服に着替えるためにローブを脱げば再びユーキに下着姿を見られることになる。それに気付いたアイカは恥ずかしく思い制服を抱きしめながら頬を赤く染めた。

 ユーキは頬を赤くするアイカを不思議そうな顔で見ているが、ローブの下が下着であることを思い出すと同じように頬を染めながらアイカに背を向けた。


「お、俺、部屋の隅にいるから、先に着替えてくれ」

「え、ええ、分かったわ」


 アイカが返事をするとユーキは背を向けたまま部屋の隅へ移動し、壁を見つめながらアイカの着替えを見ないようにする。

 普通なら部屋を出て外で待つべきなのだが、いつ信者と遭遇するか分からない状況で外に出るのは危ない。信者と遭遇するのを避けるためにユーキは部屋の隅で待つことにした。

 アイカも外に出るのは危険だと理解しているため、ユーキが部屋の中にいるとしても文句は言わなかった。ユーキが壁の方を向いたのを確認するとアイカは近くの机に制服を置いてローブを脱ぎ始める。

 ユーキは背後から聞こえてくる布の擦れる音を聞いて鼓動を速くしながら俯く。少し前にアイカの下着姿を見ているとは言え、やはり歳の近い美少女が自分の近くで着替えていることに恥ずかしさを感じるようだ。ただ、恥ずかしいのはアイカも同じで顔を赤くしながら着替えている。

 それからしばらく経ち、アイカはメルディエズ学園の制服に着替え終えた。腰にはポーチ、左手首には伝言の腕輪メッセージリングを付けて腰にプラジュとスピキュを佩する。制服や靴などに問題がないことを確認したアイカは「よし」と軽く頷いてからユーキの方を向いた。


「ユーキ、もういいわよ」

「あ、ああ……」


 声を掛けるとユーキは振り返ってアイカを見る。いつもどおりの格好をしているアイカを見ると鼓動がゆっくりになり、ユーキは小さく息を吐いた。


「んじゃあ、次は俺が着替える番だな」


 ユーキは近くの机に月下と月影、制服を置くとローブを脱ぐ。ユーキが着替えるのを見たアイカは思わず背を向けてユーキを見ないようにし、そんなアイカを見たユーキは思わず瞬きをする。


(別に見ないようにしなくてもいいだろう? 俺はアイカと違って子供の体なんだから)


 なぜ自分と同じように着替えを見ないようにしているのか、アイカの行動が理解できないままユーキは着替えを続ける。

 確かに児童あるユーキの着替えなら見ても問題はないと思われるだろう。だが、アイカはユーキの精神が十八歳であることを知っているため、歳の近い少年の着替えを見ているように思えてユーキを見ることに抵抗を感じてしまっていた。

 ユーキはアイカの反応を不思議に思いながら着替え、制服を着るとポーチと伝言の腕輪メッセージリングを付けて月下と月影を手に取る。無事に戻ってきた愛刀たちを見ながらユーキは嬉しそうに微笑んだ。


「ユーキ、もういい?」

「ああ」


 アイカは若干恥ずかしそうな顔をしながら振り返り、ユーキがメルディエズ学園の制服を着ているのを見ると息を吐く。ユーキは自分と同じような反応をするアイカを見て再び不思議そうにする。


「……無事に制服と武器を取り戻せたけど、この後はどうするの?」

「屋敷の中を調べながら情報を集める。ロレンティアさんたちを救出する時に効率よく動けるよう、情報を集めながら屋敷の構造を覚えておかないといけないからな」

「それは分かってるけど、このまま調べるのは危険じゃないかしら?」


 武器を取り戻したとはいえ、制服を着た状態でエリザートリ教団の隠れ家を調べるのは危険なのではとアイカは小さな不安を感じていた。


「勿論、このまま屋敷の中をうろついたりしないさ。この上からもう一度ローブを着て、変装した状態で調べるんだ」


 流石に隠れ家の中を制服姿のまま移動しようとはユーキも思っておらず、脱ぎ捨てたローブを見ながら信者に成りすますことを話す。

 変装するなら大丈夫だと感じたアイカは納得した表情を浮かべる。だがこの時、アイカには一つ気になることがあった。


「……でも、いくらローブを着ても武器を持ったまま屋敷の中を移動すれば怪しまれるんじゃないかしら?」


 アイカは佩しているプラジュとスピキュを見ながら再び不安そうな顔をする。だがユーキは余裕の表情を浮かべながら自分が持つ月下と月影に目をやった。


「確かローブを着て腰に差したり、佩したりすればバレるかもしれない。だけど……」


 ユーキは月下と月影を左手で持つと開いた右手で近くの棚に置かれてあるロープを取る。そして二本の刀を垂直にしたまま腰に当て、ロープで体に巻き付けた。

 月下と月影を巻きつけてるとユーキは自分のローブを着る。すると月下と月影はローブによって隠され、外からは見えないようになった。

 しかも体に合わせるように垂直にして巻きつけているため、ローブの形が崩れることも無い。何も知らない者からは普通にローブを着ているように見える。


「こうすればローブの下に制服を着ていても、剣を隠しても気付かれることは無い。ポーチも小さいから目立たないし、安心して屋敷の中を移動できる」

「確かにこれなら怪しまれることは無いわね」


 ユーキのアイディアにアイカは驚くと同時に感心する。状況に応じて物事を判断し、都合のいい選択をするユーキを見てアイカは頼りになると思った。

 アイカもユーキと同じように佩していたプラジュとスピキュを垂直にして腰に巻き付け、その状態のままローブを着て制服と愛剣たちを隠した。プラジュとスピキュはガードの部分が少し短めなので動く際に邪魔になることはない。

 因みにユーキの月下と月影の鍔も普通の鍔と比べて小さい喰出鍔はみだしつばであるため、体に密着させても違和感などはなく、巻きつけた状態でも普通に動くことができた。

 ローブを着て再びエリザートリ教団の信者の格好になったユーキとアイカはおかしなところはないかもう一度自分たちの姿を確かめる。問題ないことを確認するとフードを被って顔を隠した。


「よし、それじゃあ行こう」

「ええ」


 準備が整うと二人は扉に近づき、外に誰もいないのを確認してからゆっくりと外に出る。廊下に出たユーキとアイカは周囲を見回し、まだ一階の調べてない場所を調べるために薄暗い奥へ進んだ。

 廊下を移動している時に二人は自分たちと同じように紅いフード付きローブを着た信者と何度かすれ違った。

 信者たちを見てユーキとアイカは誤魔化せるか少し不安を感じていたが、問題無く信者たちの横を通過でき、誤魔化すことに成功するとユーキとアイカは静かに息を吐いて安心した。だが、屋敷の中を多くの信者が移動していると知って僅かに緊迫した表情を浮かべる。

 その後、ユーキとアイカは一階を移動し、小部屋や大量の食料などが置かれた食堂と思われる広間、ゴミ捨て場と思われる場所を見つける。しかしエリザートリ教団の有力な情報何も得られなかった。

 一階を全て調べ、これ以上情報は得られないと判断した二人は二階を調べるために二階へ続く階段を探す。


「一階には情報や重要な部屋は無かったわね。……となると、二階に情報がある可能性が高いってことね」

「……」


 アイカは呟きながら歩く横でユーキは難しい顔をしながら歩いている。アイカは先程から黙ってばかりいるユーキを見て不思議そうな顔をする。


「どうしたの?」

「……此処、物資や食料がかなり充実してると思わないか?」


 ユーキの言葉を聞いてアイカは小首を傾げる。ユーキは歩きながら前を向いて静かに口を開いた。


「これまでの情報から、教団は数ヶ月前に復活したと思われる。数ヶ月しか経っていないのに沢山の武器や道具、食料を簡単に手に入れることができるとは思えない。更に廃墟とは言え、こんなに大きな屋敷を手に入れている。どう考えてもおかしい」

「確かに……」

 

 アイカはユーキの話に一理あると感じて難しい顔をする。確かに倉庫で見た武器や道具、食堂らしき場所で見た食料の量は多く、人との関りを避ける宗教団体が短い時間でそれだけの物を手に入れられるとは思えない。


「でも、教団はベーゼと手を組んでるから、ベーゼの力を借りて手に入れたんじゃないの?」

「ベーゼはこの世界の人たちにとって侵略者だ。侵略者のベーゼがこの世界の食料や武器を大量に手に入れるなんてできるはずないだろう?」

「い、言われてみれば……それじゃあ、彼らはどうやってあれだけの物資や食料を手に入れたの?」


 エリザートリ教団が活動に必要な物をどのように調達しているのか分からず、アイカは頭を悩ませる。ユーキは前を向いたまま僅かに目を鋭くして考えていた。


「……もしかすると、教団のバックに手を貸している奴がいるかもしれない」

「協力者が?」

「ああ、それもそれなりの権力か財力を持つ存在だと思う。そう考えるのなら、頭のおかしい教団があれだけの物資と食料、森の中にある屋敷を手に入れられたことにも納得がいく」


 侵略者であるベーゼを崇拝するエリザートリ教団を支援する者がいるかもしれないと言う話にアイカは緊迫した表情を浮かべる。勿論、ユーキの推測であって間違い無いとは言えないが、現状から考えると十分あり得る話だった。


「……もし、本当に教団に力を貸している人がいるとしたら、ユーキはどんな人だと思うの? やっぱり貴族とか?」

「さあな、今の段階ではまだ分からない」


 情報が少なく、協力者がいると言う証拠もまだ見つかっていないため、ユーキはハッキリとアイカの問いに答えることができなかった。


「とにかく、今の俺たちがやるべきことは教団の情報を集めて此処から脱出することだ。協力者についてはアルガントに戻ってパーシュ先輩たちと合流した後に考えよう」

「そうね……」


 今はやるべきことをやる、ユーキとアイカはそう自分に言い聞かせながら二階へ続く階段を見つけるため、静かな廊下を警戒しながら移動した。

 しばらく廊下を歩いたユーキとアイカは屋敷のエントランスと思われる薄暗い広場に出た。そこは二階から一階が見下ろせるよう吹き抜けになっており、大量のロウソクの明かりと壁付ランプによって照らされている。

 広場の中央には二階へ続く階段があり、数人の信者たちが広場のあちこちで会話をしていた。信者たちがいるのを見たユーキとアイカは警戒心を強くし、怪しまれないように二階へ続く階段へ移動する。

 階段を静かに上がり、踊り場に出るとユーキとアイカは目の前の壁に掛けられているエリザートリ教団のシンボルマークが描かれた大きな布を目にする。

 ユーキはシンボルマークを見て若干不満そうな表情を浮かべながら左右にある階段の内、左の階段を上がって二階へ移動し、アイカもその後をついて行く。

 二階に上がったユーキとアイカは周囲を見回して状況を確認した。二人が出た場所は広場になっており、そこにも数人の信者の姿がある。

 広場の左右には屋敷の奥へ続く通路があり、ユーキとアイカはまず右奥を調べるために右側の通路へ向かう。勿論、信者たちがいるので怪しまれないように移動した。

 二階も一階と同じで薄暗く、壁付ランプや床に置かれた大量のロウソクだけで照らされ、不気味さが感じられる。ユーキとアイカは薄暗い廊下の真ん中を歩きながら奥へ進む。


「一階には食堂や倉庫とかがあったけど、二階には何があるのかしら?」

「多分、会議室や儀式を行うための部屋とかがあるんじゃないか? それか信者たちの居住空間になってるとか」

「と言うことは一階よりも信者と遭遇する可能性が高いってこと?」

「一階を探索している時に殆ど信者と遭遇しなかったから、そうかもしれないな」


 信者と遭遇する可能性が高くなれば自分たちがエリザートリ教団の信者でないとバレる可能性も高くなる、そう感じたアイカはより警戒心を強くする。ユーキも信者たちに気付かれないよう注意しながら二階の探索をしようと自分に言い聞かせた。

 二人は怪しまれないように注意しながら二階を移動する。ユーキが予想したとおり二階には信者が多く、一階を調べていた時よりも信者とすれ違った。ユーキとアイカは信者たちに顔を見られないようフードを深くかぶりながら移動し、部屋を一つずつ調べた。

 二階には会議室のような部屋以外に石でできた祭壇のある礼拝室のような部屋があった。礼拝室の床は他の部屋と違って至る所に小さな赤いシミのような物が付いている。

 ユーキとアイカは礼拝室を調べた時にシミを見てそれが人間の血液であると気付き、此処で儀式が行われたのだろうと表情を歪ませる。

 これ以上エリザートリ教団の儀式による犠牲者を出さないためにもユーキとアイカは必ず教団を壊滅させようと改めて誓った。

 一通り二階を調べたユーキとアイカは二階の情報を確認するため、誰もいない廊下に移動した。


「やっぱり二階は信者が多かったな。話し合いや祈りを捧げるために使う部屋も沢山あったけど、どの部屋もボロボロで臭かった。とてもまともな人間が使う場所とは思えなかった」

「ええ、中でも祈りを捧げる部屋は床に壁に血が付いていたから酷かったわ。私たちも地下牢を出ずに大人しくしていたら、あの部屋で血を抜かれていたかもしれないのよね……」


 最悪の結末を迎えた自分を想像したアイカは僅かに顔色を悪くし、ユーキも自分が血を抜かれる場面を想像して苦虫を嚙み潰したよう顔をする。


「このままだとロレンティアさんたちも生贄にされちまう。三日以内にアルガントに戻って、パーシュ先輩たちを連れてこないと大変なことになる」


 ユーキの言葉を聞いてアイカは「分かっている」と言いたそうに真剣な顔で頷いた。

 簡単な情報を確認を済ませた二人は情報収集と探索を再開するために来た道を戻り、まだ調べていない場所を調べようとした。


「いやぁ、それにしても怖いくらい順調ですね」


 何処からか男の声が聞こえ、ユーキとアイカは反応して辺りを見回す。すると少し離れた所で扉が僅かに開いて隙間から明かりが漏れているのが見えた。

 状況からユーキとアイカは扉の向こうに部屋があり、そこから声が聞こえていると予想する。もし部屋の中に信者がいてエリザートリ教団に関わる話をしているのなら何か情報を得られるかもしれないと二人は感じていた。

 ユーキとアイカは気付かれないよう静かに扉に近づき、僅かに開いているドアの隙間から部屋の中を覗き込んだ。

 部屋の中は二人が今まで見てきた部屋と比べて少し綺麗な部屋だった。床や壁は汚れておらず、部屋の隅には本棚が置かれ、奥には机と椅子、中央には来客用と思われる四角いテーブルとそれを挟むように椅子が置かれてある。

 来客用のテーブルには二人の人物が向かい合うように座っていた。一人は十歳ぐらいで右手の甲に混沌紋を入れた萌葱色のミディアムヘアのエルフの幼女で足を組んで座っている。

 もう一人はエリザートリ教団にの信者と同じ紅いフード付きローブを着た身長160cmぐらいの人物だ。ただ、他の信者と違ってローブには金色の装飾が入っており、赤い二つ目が付いた銀色の仮面で顔を隠していた。

 仮面をつけた人物の後ろでは薄い茶色の短髪で眼鏡をかけ、紅いローブを着た四十代の男が立っており、笑いながら座っている二人を見ている。

 ユーキとアイカは三人の様子からエリザートリ教団の幹部ではないかと予想する。


「僅かな時間で教団が復活し、これほどまで大きく活動できるとは、これもアローガ様のおかげです」


 眼鏡を掛けた男は満面の笑みを浮かべてエルフの幼女を見つめる。ユーキとアイカは男の声を聞いて目の前の男が先程の声の主だと知り、同時にエルフの幼女の名がアローガだということを知った。


「当然よ、あたしらが力を貸せば壊滅したちっぽけな宗教団体だって強力な組織に生まれ変わることができるわ」

「いやはや、流石は偉大なるベーゼと直接関係を持たれているお方ですな」


 媚びるような口調で語る眼鏡の男を見てアローガは小さく鼻を鳴らす。そんなアローガの反応を見た仮面の人物はチラッと男の方を見た。


「ベバント神父、アローガ様はそのように機嫌を取るような態度は好まれないようですよ?」


 仮面の人物は低い機械的な声を出しながら眼鏡を掛けた男に声を掛け、ベバントと呼ばれた男はフッと反応して仮面の人物を見た。


「し、失礼しました、教祖様」

「謝る相手が違いますよ?」

「ハ、ハイ」


 仮面の人物の言葉を聞いてベバントはアローガの方を向いて頭を深く下げる。どうやら仮面の人物がエリザートリ教団の教祖のようだ。

 目の前にエリザートリ教団の教祖がいると知ったユーキとアイカは目を見開きながら驚く。教祖からなら有力な情報が得られると感じ、二人は気配を消して耳を傾ける。

 アローガは頭を下げるベバントを興味の無さそうな顔で見た後、教祖の方を向いて椅子にもたれ、両足を机の上に乗せた。


「……それで、順調に進んでんの?」

「ハイ、生贄となる若者は問題無く集まっています。いつものように聖水を取り出し、用済みとなった死体を偉大なるベーゼの皆様に提供させていただきます」


 教祖の言葉を聞いてアローガはニッと不敵な笑みを浮かべた。

 部屋の外にいたユーキとアイカは会話の内容から、エリザートリ教団は血を取り出した後に若者たちの遺体をベーゼに差し出していると知って衝撃を受ける。


「虫けらどもの死体は食料にもなるし、蝕ベーゼを作り出す素材としても利用できる。そんな死体をプレゼントしてくれるアンタたち教団には感謝してんのよ?」

「勿体ないお言葉です」


 教祖はアローガに深く頭を下げ、ベバントも同じように頭を下げる。二人の反応を見てアローガは機嫌が良くなったのはニヤニヤと笑みを浮かべた。


「これからも虫けらどもの死体を用意してね? それなりの数を用意してくれたらアンタたちの望みを叶えるようベギアーデに言っておいてあげる」

「よろしくお願いいたします」

 

 顔を上げた教祖はアローガを見つめ、ベバントもどこか嬉しそうな表情を浮かべてアローガを見ていた。


(あのエルフ、ベギアーデのことを知ってるのか。混沌士カオティッカーでベーゼのことにやたらと詳しい……もしかすると、前に会ったマドネーとか言う女と同じ立場なのか?)


 ユーキは心の中でアローガが以前戦ったベーゼに加担する混沌士カオティッカー、マドネーの仲間なのではと予想する。

 アローガが何者で、何を企んでいるのかは分からない。だが、ベーゼ側に強力な力を持った敵がいるということは理解できた。


「ところで教祖様、あのことはアローガ様にお伝えしいなくてよろしいのですか?」

「あのこと? ……ああぁ、例の混沌士カオティッカーたちのことですね」


 教祖の言葉を聞いてベバントは軽く頷く。二人の会話を聞いたアローガは椅子にもたれたまま小首を傾げた。


「実は少し前、森を調べに来たメルディエズ学園の生徒、それも混沌士カオティッカーを二名捕らえたのです」

「何ですって? アンタたちが混沌士カオティッカーを?」


 予想外の報告にアローガはテーブルに乗せていた足を下ろして体を前に乗り出す。教祖は驚くアローガを見ながら小さく頷いた。

 部屋の外にいるユーキとアイカは教祖が自分たちのことを話していると知ると小さく反応する。しかし教祖たちは自分たちが逃げたことに気付いているわけではないため、慌てることは無いと自分に言い聞かせた。


「正確には我々教団ではなく、力を貸してくださっているベーゼの方々です。今はこの屋敷の地下牢に閉じ込めております」


 ユーキとアイカが地下牢から抜け出していることを知らない教祖は二人の居場所をアローガに伝え、アローガは「ふ~ん」と腕を組みながら椅子にもたれる。


「メルディエズ学園の生徒、それも混沌士カオティッカーを捕まえるなんてやるじゃない。褒めてあげるわ」

「ありがとうございます」

「それで、ソイツらからも儀式で血を奪って信者たちに飲ませるの?」

「勿論です。混沌士カオティッカーの血を飲めば、信者たちはより強い力を得られるはずですし、運が良ければ混沌術カオスペルを開花させるかもしれませんから」


 教祖は若干興奮しているような口調で語り、ベバントも笑みを浮かべながら神に感謝するかのように手を合わせた。

 アローガは教祖とベバントの姿を見ながらニッと笑っている。この時、アローガは血を飲んだくらいで強くなれるはずがないと心の中でエリザートリ教団の慣習を馬鹿にしていた。

 アローガにとってエリザートリ教団の教義や慣習はくだらないもので、彼女は教団を人間の遺体を提供してくれる便利な道具としか思っていなかった。


「まぁ、儀式は好きにやってちょうだい。ただ、そのメルディエズ学園の生徒たちの死体は必ずあたしらに渡しなさい?」

「勿論です」

「ならいいわ。……因みにその捕まえたメルディエズ学園の生徒ってどんな奴らなの?」


 メルディエズ学園の生徒についてアローガが尋ねると、教祖の代わりにベバントがアローガの問いに答えた。


「信者からの報告では、一人は金髪の少女でもう一人は十歳ぐらいの銀髪の児童だったそうです」

「……! 銀髪の児童?」


 アローガはベバントの方を向いて僅かに目を鋭くする。この時のアローガはエリザートリ教団が捕らえたメルディエズ学園の生徒の一人に心当たりがあり、銀髪の児童に興味を懐いていた。

 表情の変わったアローガを見てべバロンは少し驚いたような反応を見せ、教祖も無言でアローガを見ている。


「……ねぇ、その銀髪の児童、ちょっと見せて」

「……? 構いませんが」


 突然捕まえたメルディエズ学園の生徒を見たいと言い出すアローガを不思議に思いながら教祖は立ち上がり、教祖が立つとアローガも少し遅れて立ち上がった。

 部屋の外にいたユーキとアイカはアローガたちが部屋から出ようとしていると知って大きく目を見開いた。


「マズイ、外に出てくる」

「どうするの、ユーキ?」

「とりあえず、此処から離れるんだ」


 ユーキとアイカは小声で話しながらアローガたちに気付かれる前に部屋から離れようとした。


「おい、そこで何をしているんだ」


 突然廊下に大きな声が響き、ユーキとアイカは声がした方を向く。そこには四十代前半ぐらいの男の信者がおり、ユーキとアイカを見つめている。部屋の前で中の様子を窺っている二人を見て不審に思い声を掛けてきたのだ。

 信者に見つかってしまい、ユーキとアイカの顔に緊張が走る。同時に部屋の中にいたアローガたちも信者の声を聞いて扉の方を向いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ