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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第十章~鮮血の邪教者~
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第百七十一話  救出と合流


 静かな廊下をユーキは裸足で走る。裸足なので大きな音が響くことは無いが、エリザートリ教団の隠れ家にいるため油断はできない。ユーキは信者に遭遇しないよう注意しながらアイカを探す。

 曲がり角などに差し掛かるとユーキは進む先に信者がいないか曲がり角の陰に身を隠しながら確かめる。その姿は敵地に潜入するスパイのようだった。

 ただ、ユーキは本物のスパイのような潜入や偵察の技術は持っていないため、転生前に見た映画やアニメの登場人物のやり方を真似しているだけだ。

 人影が無いのを確認したユーキは先へ進む。地下牢で少女から教えてもらった方角へ移動しながら途中にある小部屋などを調べるが、アイカを見つけることはできていない。


「此処も違う。洗礼室ってのは何処なんだ?」


 扉を少し開けて中を確認したユーキは洗礼室でないことを知ると静かに扉を閉めた。

 牢屋を出てから地下にある部屋を幾つも調べたが、まだ洗礼室を見つけることはできていない。ユーキは腕を組みながら次は何処を調べるか考える。


「もう少し奥にあるのかもしれないな。……ハァ、こんなことなら正確な場所も聞いておくんだった」


 急いでいたとは言え、しっかり情報も得ずにアイカの捜索に動いたことをユーキは少し後悔する。

 情報が無いのなら地下牢に戻って少女に洗礼室の正確な場所を聞いてくるべきなのだが、戻っている間にアイカがエリザートリ教団の洗礼を受けてしまうかもしれないという不安もあった。ユーキは戻るべきか、このまま捜索を続けるべきか腕を組みながら悩む。

 しばらく考え込んだ後、ユーキは顔を上げて何かを決意したような表情を浮かべた。


「……このまま当ても無く探し回るよりは一度戻って場所を聞いてきた方がいいよな。よし、一度牢屋に戻ろう」


 ユーキは少しでも早くアイカを見つけるために一度地下牢へ戻ることにし、来た道を戻ろうとする。すると、ユーキが進んでいた方角から声が聞こえてきた。


「放してください! 何処へ連れて行くのですか!?」


 廊下の奥から聞こえてきた少女の声にユーキは反応し、声が聞こえた方を向く。聞こえてきたのは紛れもなくアイカの声でユーキはアイカが近くにいることを知った。


「アイカの声! ……洗礼室はこの先か?」


 ユーキは薄暗い奥を鋭い目で見つめた。聞こえてきたアイカの口調からアイカは無理矢理何処かへ連れて行かれそうになっているとユーキはすぐに気付く。同時に洗礼を受けさせられるために洗礼室へ連れて行かれているのではと予想する。

 アイカが近くにいると分かった以上、地下牢に戻る必要は無くなったと感じたユーキは声が聞こえた方へ走る。アイカが洗礼を受ける前に助け出さなくては、ユーキは走りながらアイカの無事を祈る。

 壁掛け松明の僅かな明かりだけで照らされた廊下を四つの人影が歩いている。一人は武器と服を全て取り上げられて下着姿となったアイカ。他の三人は紅いフード付きローブを着たエリザートリ教団の信者たちだ。

 信者たちは全員フードを被っており、一人は二十代前半ぐらいの女で、残る二人は三十代後半ぐらいの男だった。

 アイカは両手を後ろに回されており、信者の一人はアイカが逃げたり抵抗されないよう両手を強く掴みながら無理矢理歩かせている。残る二人の信者は横に並びながらアイカの前を歩いていた。

 周りの信者を見ながら僅かに険しい顔をするアイカは両腕に力を入れて逃げようとする。だが信者も力を入れてアイカを抵抗を阻止した。

 いくらメルディエズ学園の生徒であってもアイカは十代の少女、丸腰の状態で男の信者に勝つのは難しかった。


「抵抗してはなりません。貴女はこれから洗礼を受け、穢れの無い清らかな存在となるのです」


 アイカの右斜め前を歩く女信者はアイカの方を向きながら静かに喋り、アイカは女信者をジッと睨みつける。


「私をどうするつもりなのですか? 先程、洗礼を受けてもらうと仰ってましたが、何をさせる気なのです?」


 自分をどうするつもりなのかアイカは女信者に尋ねるが、女信者はアイカの問いには答えず、再び前を向く。アイカは何も喋らない信者たちに腹を立てながら歩かされた。

 それからしばらく歩かされたアイカは狭い浴室のような部屋に連れて来られた。部屋の隅には人一人が入れるくらいの大きさの壺が幾つも置かれており、部屋の奥には大きな浴槽のような器が置いてある。器の中には湯が入っており、薄っすらと湯気が上がっていた。

 アイカは部屋を見ながら何の部屋なのか疑問に思う。信者たちはそんなアイカに構うことなく部屋の奥へ移動させる。

 浴槽のような器の前までアイカを連れてくると信者たちはアイカに両膝を付かせ、彼女の腕を横に伸ばさせながら動けないように押さえつけた。


「な、何をする気ですか?」


 信者たちを見ながらアイカは尋ねるが、信者たちは何も言わない。そんな信者たちの反応に不気味さを感じながらアイカは前に立っている女信者に視線を向ける。

 女信者は器の近くに置かれてある木製の丸い器が付いた棒を手に取り、器の中の湯をすくい上げた。

 すくい上げられた湯からも湯気が上がっており、それを見たアイカは湯がとても熱いことを知る。同時に自分が何をされるのか察して緊迫した表情を浮かべた。


「貴女はこの洗礼室で湯を被り、体の穢れを洗い流すのです。そして聖水を作り出し、信者たちの望みを叶える生贄となるのです」

「ふ、ふざけないでください! そんな熱いお湯、頭から被れるわけないじゃないですか!」

「安心してください。この湯は特別な物、被っても火傷など負いません」


 女信者の言葉を聞いたアイカは絶対に嘘だと感じる。器の中の湯は沸騰こそしていないが、間違い無く頭から被るような温度ではない。逃げないといけないと感じたアイカは立ち上がろうとするが、信者たちが押さえつけているせいで立ち上がれなかった。

 アイカが抵抗する中、女信者は両手で棒を握りながらアイカに近づき、すくい上げた湯をアイカに掛けようとする。

 逃れられないと感じたアイカは目を瞑った。だがその時、部屋の入口の方から小石が飛んできて女信者の右手に当たる。

 手の痛みに女信者は持っていた棒を落とす。棒の器に入っていた湯は落ちると同時に床に広がり、棒が落ちる音を聞いたアイカは目を開け、男の信者たちも驚きの反応を見せた。

 信者たちが何が起きたのか分からずに部屋の中を見回す。すると入口からユーキが飛び込むように部屋に入り、アイカの左腕を掴んでいる信者の顔に右フックを打ち込んで殴り飛ばした。

 ユーキの体は十歳児だが、身体能力は転生前の体より少し強めなので、混沌術カオスペルに頼らなくても成人男性を殴り飛ばすことができた。

 殴られた信者は背中から床に倒れ、仲間が襲われた光景を見た他の二人は驚愕しながら倒れる信者を見る。その隙にユーキはアイカの右腕を掴む信者に近づき、信者の顔と同じくらいの高さまでジャンプすると左足で信者の側頭部に蹴りを入れて信者を蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばされた信者は隅に置かれた壺にぶつかり、壺は高い音を立てて粉々になる。蹴り飛ばされた信者は気絶し、壊れた壺からは大量の水が流れ出て床に広がった。


「な、何ですかこの子は!?」」


 仲間たちを素早く倒したユーキを見て女信者は更に混乱する。女信者が混乱しているのを見たユーキは女に近づき、腹部にパンチを入れた。パンチを受けた女信者はその場に倒れて意識を失う。

 女信者を倒したユーキは静かに体勢を整える。すると最初に殴り飛ばされた信者が立ち上がり、ユーキを捕まえようと走って迫ってきた。

 ユーキは信者に気付くと落ち着いた様子で強化ブーストを発動させて自信の腕力を強化し、迫ってきた信者の懐に入り込む。そして両手でローブを掴むと信者を湯の入った器に向かって投げた。

 信者は熱い湯の中に投げ込まれ、湯の熱さと全身から伝わる痛みに声を上げながら器の中で暴れる。

 熱さと痛みに耐えながら信者は何とか器の外に出るが、既にローブが大量の湯を吸ってしまっているため、湯から出ても熱さから逃れることができずに床を転げ回る。

 やがて熱さと痛みに耐えられなくなったのか信者は俯せの状態で気を失った。


「……穢れをお湯で洗い流せたんだから本望だろう?」


 ユーキはずぶ濡れの信者を見下ろしながら低めの声で呟く。この時、ユーキはアイカを危険な目に遭わせようとした信者たちに対して怒りを感じており、僅かに目を鋭くしながら男を睨んでいた。

 膝をついていたアイカは信者が全て倒されると立ち上がり、ユーキの後ろ姿を見ながら笑みを浮かべる。


「ユーキ!」


 アイカが声を掛けるとユーキは表情を和らげ、小さく笑いながらアイカの方を向く。だがアイカを見た瞬間にユーキは笑みを消し、僅かに頬を赤く染めながら顔を背けて咳払いをする。

 ユーキの反応を見てアイカは不思議そうな反応をする。だが自分の体を見て下着姿であることに気付くと顔を赤くし、両手で胸を隠しながらユーキに背を向けた。

 アイカはまだ十六歳であるため、ユーキと両想いの仲であっても下着だけの姿を見られることに羞恥心を感じてしまう。しかもユーキは見た目は十歳児だが中身は十八歳と歳が近いため、余計に恥ずかしかった。


「だ、大丈夫か?」


 頬を染めるユーキはアイカの方を見ないように気を付けながら安否を確認し、アイカもユーキに背中を向け、俯きながら顔を赤くしていた。


「え、ええ、貴方のおかげで洗礼も受けずに済んだわ。……ありがとう」

「あ、ああぁ……」


 恥ずかしそうな顔をしながらユーキは返事をする。お互いに相手と向き合うことができず、背を向けたまま黙り込んだ。


「と、とりあえず、この格好を何とかしましょう? このままだとまともに動けないし、風邪もひいちゃうかもしれないから」

「そう、だな。……だけど、俺たちの制服や武器は全部取られちまったし、どうする?」


 落ち着きを取り戻したユーキはどのように服を調達するか尋ね、アイカは困ったような表情を浮かべながら部屋を見回す。すると意識を失っている信者たちの姿が目に入った。


「この人たちのローブがいいんじゃないかしら? これを着ていれば他の信者と会ってもすぐにはバレないと思うし……」

「成る程、確かに敵のアジトの中を移動するなら、信者の格好をするのが一番いいな」


 アイカの提案に賛成したユーキは倒れている信者たちに目をやる。

 湯を被った信者のローブは濡れているため、ユーキは蹴り飛ばして気絶させた信者に近づいてローブを丁寧に脱がしていく。アイカも気絶している女信者を起こさないように注意しながらローブを脱がせていった。

 ローブを脱がし終えるとユーキたちは急いでローブを着る。ユーキはこの時も下着姿のアイカを見ないよう注意し、アイカもユーキから少し離れた所でローブを着た。

 しばらくしてローブを着終えたアイカは袖や裾の長さを確認し、サイズに問題はないことを感じると小さく笑った。


「よし、これなら動きやすいし、大丈夫ね」

「……なぁ」


 ユーキが笑っているアイカに声を掛け、アイカはユーキに視線を向けた。


「これちょっとデッカくないか?」


 そう言ってユーキは複雑そうな表情を浮かべながら自分が着ているローブを見せる。フードは問題無いが袖は長すぎで垂れており、裾は床について歩けば引きずってしまう状態になっていた。

 ユーキがローブを奪ったのは身長170cmくらいの信者でユーキよりも約30cm背が高い。身長の低いユーキが着ればブカブカの状態になるのは当然だった。

 因みに女信者はアイカと身長が殆ど同じだったため、アイカは何の問題も無く女信者のローブを着ることができた。


「今は大きなローブしかないんだから、それを着るしかないわ」


 アイカはユーキの格好を見ながら仕方がないと話す。今手に入るエリザートリ教団のローブは全てユーキに合わないサイズの大きな物ばかりで、ユーキはどれかを選んで着るしかなかった。


「でもこんな状態で信者たちの前に出たら服を奪ったって疑われるかもしれないぞ? せめて怪しまれないよう、俺の体に合ったローブを着ないと……」

「そうは言っても、此処には貴方の体に合ったローブなんて無いわよ?」


 アイカは困り顔で部屋を見回すが、部屋の中には湯が入った器と壺以外には小さな机しかなく、代わりのローブなんて見当たらなかった。

 ユーキも部屋の中にサイズの小さいローブが無いことを知ると溜め息をついてどうするか考える。そんな時、机の上に置かれてある小さなナイフがユーキの目に入り、ナイフを見たユーキはフッと反応した。


「……そうだ!」


 何かを思いついたユーキは机に近づき、机の上に置かれてあるナイフを手に取る。アイカはナイフを手にしたユーキを見ながら何をする気なんだ、と不思議そうに表情を浮かべた。

 アイカが見ている中、ユーキはナイフで左裾の余分な部分を切って自分の左腕に長さを合わせる。袖を切ったことで隠れていたユーキの左手が姿を見せ、ユーキは自分の手を見ながらニッと笑った。

 左袖を切った後、ユーキは右袖、裾を切ってローブを自分の体に合せていき、余分な部分を全て切った時にはユーキにピッタリのサイズになっていた。


「よし、こんなものだな」


 ユーキはナイフを机に戻すともう一度自分が着ているローブを見て、おかしな部分が無いか確認する。アイカはユーキの体に合ったローブを見て違和感を感じなくなり、「おおぉ」という表情を浮かべた。


「これならもし別の信者たちに会っても服を奪った部外者だとは思われないだろう」

「確かに信者の子供か兄弟と思われるだろうから、すぐに疑われることは無いわね」


 アイカも違和感が無いことから大丈夫だと感じており、アイカの言葉を聞いたユーキは小さく頷く。ただ、靴は履いておらず二人とも裸足のままだった。

 ローブは少しサイズが違っても誤魔化せるが、靴はサイズが違えば履くことは難しく、強引に履いたとしても歩き難く、転んだりする可能性がある。

 歩き方がおかしかったり、何度も転んだりすれば正体がバレる可能性があるため、ユーキとアイカは裸足であることがバレないよう気を付けながら歩くことにした。


「……それで、これからどうするの? 此処ってエリザートリ教団の隠れ家みたいだけど、急いで脱出してパーシュ先輩たちに此処のことを伝える?」


 格好の問題が片付くとアイカはこの後の行動についてユーキに尋ねた。ユーキはアイカの様子から自分たちが何処にいるのか説明する必要は無いと感じ、腕を組みながらこれからどうするか考える。

 普通なら異常な宗教団体の隠れ家に連れて来られればすぐに脱出するべきなのだが、ユーキたちの目的はエリザートリ教団と彼らに手を貸すベーゼを倒すこと。

 倒すべき敵の隠れ家にいるのなら、何もせずに脱出するよりも信者に成りすまして隠れ家の中を調べ、少しでも情報を手に入れてから脱出してパーシュたちと合流するべきだとユーキは考えていた。

 しばらく考え込んだ後、ユーキは顔を上げてアイカの方を向いた。


「まずは地下牢へ行こう」

「地下牢?」

「俺が此処に連れて来られた時に目を覚ました場所だ。そこでヴェラリアさんの後輩の冒険者と会ったんだ」

「ヴェラリアさんの後輩に? 無事だったの?」

「ああ、怪我とかもしてなかった」


 ユーキが頷くとアイカは安心したのか小さく笑みを浮かべる。ヴェラリアが必死になって後輩を見つけようとしていたことを知っているため、後輩の冒険者が無事だと知ってアイカも少し嬉しさを感じていた。


「牢屋に戻ってその子から此処の情報をもう少し詳しく聞こう。その後、取り上げられた武器や制服を取り返して此処の構造とかを調べるんだ。その後、此処を脱出してアルガントに戻る」

「戻ってパーシュ先輩たちと合流した後、冒険者や町の兵士たちと一緒に此処に戻って来て捕まっている人たちを助け、教団を壊滅させるってことね?」

「そう言うことだ」


 ただ脱出するのではなく脱出した後のことも考えて情報を集めようとするユーキを見ながらアイカは頼もしく思う。ユーキと一緒ならどんな困難や問題も乗り越えることができる、アイカはそう感じていた。


「分かったわ。それじゃあ地下牢へ行きましょう」

「ああ。……とその前に」


 ユーキはそう言って自分が切った細長いローブの切れ端を拾い、倒れている信者たちに近づいて手足や口を縛る。そして部屋の隅に置かれてある壺を覗き込み、空の壺を見つけると一つの壺も中に一人ずつ気絶している信者を押し込んだ。

 全ての信者を壺の中に隠すとユーキは軽く息を吐きながら手を払う。アイカはその光景を目を丸くしながら見ていた。


「ユ、ユーキ、信者たちは気絶してたんだし、わざわざ壺に押し込んだりする必要は無かったんじゃない?」

「甘いぞアイカ。確か今は気絶してるけど、何時かは目を覚ましちまう。もし目を覚ましたら逃げたことがバレて仲間たちに報告するはずだ。そうなったら教団の連中が俺たちを探し始めて此処の調査も難しくなる。此処から出るまでは俺たちのことが教団にバレないようにしないといけないんだ」

「な、成る程……」


 先のことを考えているユーキの言葉にアイカは納得の反応を見せる。エリザートリ教団にバレないようにするのなら信者たちを倒すのが一番だが、無益な殺生を好まないユーキは信者たちを生かして壺に隠すことにしたのだ。

 アイカが納得するとユーキは信者たちが入っている壺をもう一度確認し、周りの水が入った壺を寄せて信者たちが入っている壺が動かないようにした。


「よし、これで大丈夫だろう。……さぁ、地下牢へ行こう」

「ええ」


 ユーキはアイカが返事をすると洗礼室を後にし、アイカもユーキの後に続いて洗礼室を出る。洗礼室を出た後、ユーキはアイカと共に通って来た道を戻り、後輩の冒険者が待つ地下牢へ向かった。


――――――


 地下牢では捕らえられた者たちが牢屋の中で大人しくしている。ユーキが脱走したことはまだエリザートリ教団に気付かれていないらしく、地下牢は静かで信者の姿も無かった。

 ユーキに情報を提供した冒険者の少女は牢屋の中で座り込みながら不安そうな顔をしている。一人で牢屋を抜け出し、仲間を助けに行ったユーキがどうなったのか心配しており、他の牢屋でもユーキを見ていた者たちも心配そうにしていた。


「あの子、どうしてるかしら? 教団の連中は騒いでないからまだ逃げ出したことはバレてないみたいだけど……」


 少女は膝を抱えながら俯いて呟く。そんな時、静かな地下牢にペタペタと音が聞こえ、少女や他の捕まっている者たちは顔を上げて音が聞こえる方を見た。

 薄暗い奥から紅いフード付きローブを着た二人の信者が走って来る姿が見え、信者たちを目にした少女は顔に緊張を走らせる。

 信者たちは少女の牢屋の前までやって来ると立ち止まって座っている少女の方を向く。少女は自分の前に立つ信者たちを見ると思わず後ろに下がる。すると信者の内、背の低い信者が軽く膝を曲げ、少女と目線を合わせるとフードを少し上げて顔を見せた。


「お待たせしました」


 フードの下にはユーキの顔があり、少女はユーキを見ると目を軽く見開いた。


「君、無事だったの?」

「ええ、仲間も助けることができました」


 そう言ってユーキは隣に立つ信者を見る。もう一人の信者がフードを少し上げるとその下からアイカの顔が出てきた。

 少女はアイカの顔を見るとユーキの仲間が無事だったことに安心して小さく笑った。


「そう言えば、まだ自己紹介してませんでしたね。俺はユーキ・ルナパレス、こっちはアイカ・サンロードです」

「よろしくお願いします」


 ユーキに紹介されたアイカは小さな声で挨拶をしながら軽く頭を下げた。


「私はロレンティア、アルガントの町のC級冒険者よ」


 二人を見て少女も名を名乗り、ユーキとアイカは真剣な顔でロレンティアを見つめる。


「ロレンティアさん、早速ですが今貴女が知っている教団やこの建物のことを教えてくれませんか? 此処を脱出した後に教団を潰せるよう、できるだけ情報を集めておきたいんです」


 ユーキが情報提供を求めるとロレンティアは小さく俯きながら考え込み、しばらくすると顔を上げてユーキを見た。


「……分かったわ。私が知っていることだけだけど」


 ロレンティアはそう言って自分が持つエリザートリ教団の情報について語り始める。

 まず、ユーキたちが今いるのはエリザートリ教団の隠れ家であり、本拠地でもある屋敷でアルガントの町の北東にある森の中央付近に建てられているらしい。

 屋敷は元々はガルゼム帝国の貴族が数年前に別荘として建てたのだが、屋敷を建ててからしばらく経った頃、森にゴブリンなどのモンスターが多く棲みつくようになり、危険だと判断した貴族が屋敷を放棄して廃墟となった。

 それから年月が経ち、冒険者でも迷いやすい森となってからは誰も近づかなくなり、アルガントの町を管理する貴族の許可を得なければ誰も入れなくなった。復活したエリザートリ教団は何らかの方法で森の中に屋敷があることや許可が無ければ森に入れないことを知り、屋敷を隠れ家として利用することにしたのだ。


「教団はモンスターが棲みつき、森に入るのに許可が必要だと言うところに目を付けてこの屋敷を隠れ家にしたって信者たちが話しているのを聞いたの」

「成る程ねぇ。確かに迷いやすく、滅多に人が近づかない場所なら隠れ家を作るのには打ってつけですからね」

「しかも教団の連中はベーゼと手を組んでいるから、森の中にいてもモンスターたちに襲われることもないの。だから森の中を自由に出歩くことができるらしいわ」

「それって、ベーゼたちに護衛をさせてるってことですか?」

「多分ね」


 ベーゼが自分たちよりも劣っていると考える人間を護っていると知ってユーキとアイカは驚く。

 過去にベーゼがこの世界でおこなったことや人間たちにしてきた仕打ちを考えると、ベーゼが人間の味方をするとは考え難い。ユーキとアイカはベーゼが何を考えてエリザートリ教団と手を組んでいるのか疑問に思う。


「どうしてベーゼは教団と手を組んでいるのでしょうか? 彼らは私たち人間や、亜人のことを餌や蝕ベーゼを作るための素材としか考えていません。そんなベーゼが信者たちの護衛をするなんて考え難いのですが……」

「私も初めてベーゼが教団と手を組んでいると聞いた時は同じことを思ったわ。だけど、捕まって此処で暮らしている内に本当にベーゼと教団が協力し合っているって知ったの」


 ロレンティアはベーゼとエリザートリ教団の関係を語り、アイカはロレンティアの話を聞いて信じられないような反応を浮かべる。

 だが実際にベーゼによって捕らえられ、エリザートリ教団の隠れ家に連れて来られているため、アイカはロレンティアの情報はいい加減ではないと感じた。


「……まぁ、どうしてベーゼが教団の味方をしているのかは後で調べればいいさ。ロレンティアさん、他に何か教団のことで分かったことはありませんか?」

「そうね……あとは儀式について幾つか分かったことがあるわ」


 エリザートリ教団の慣習の情報だと聞いてユーキとアイカは僅かに目を鋭くして反応する。他の牢屋でユーキたちの会話を聞いていた者たちの中には儀式の話題が出たことで表情を曇らせる者もいた。


「知ってると思うけど、教団は捕まえた人たちを殺してその血を飲んでいるの。その血を飲む儀式は四日に一度行われ、儀式の時には二人の人間を殺すみたいなの」

「一度の儀式で二人も……本当にイカれた連中だな」


 ユーキはエリザートリ教団の悪行を聞いて改めて不快に思い、アイカも教団の行いが許せずに目を僅かに鋭くした。


「あと、教団は歯向かう人たちは容赦なく襲うみたいだけど、生贄として捕まえた人たちは儀式以外では殺さないみたいなの。頭のおかしい連中だけど、そう言った教団の掟とかはちゃんと守ってるみたい」

「血を飲むなんて異常行動を取る連中も、自分たちで決めたことだけは守るのか……」


 エリザートリ教団の信者たちが都合のいい時だけ人間らしさを見せると聞いたユーキはムッとする。


「因みに一番新しい儀式はいつ行われたんですか?」

「昨日よ。その時は十代の女の子が二人連れて行かれて殺されたわ……」


 暗い顔をするロレンティアを見てユーキとアイカは軽く表情を歪ませる。自分たちが捕まる前日に儀式が行われたと知って二人は犠牲になった少女たちに対して申し訳ない気持ちになった。

 これ以上エリザートリ教団の犠牲者を出さないためにも、急いで情報を集め、パーシュたちの元に戻らなくてはいけないとユーキとアイカは考える。


「昨日儀式が行われたってことは、少なくともあと三日間は儀式が行われない、つまり誰も殺されることは無いってことですね?」

「ええ、掟は守る奴らだから大丈夫なはず……」


 ロレンティアの答えを聞いたユーキはチラッとアイカの方を向いた。


「アイカ、三日後にはまた儀式が行われる。その前にアルガントに戻ってパーシュ先輩たちと一緒にもう一度此処に来るんだ。そして、教団とベーゼたちを潰す」

「ええ。……それで、ロレンティアさんたちはどうするの? 脱出する時に一緒に連れて行くの?」


 アイカは少し不安そうな顔をしながらロレンティアや他の牢屋に閉じ込められている者たちを見る。自分たちが屋敷を脱出し、アルガントの町に戻っている間にロレンティアたちの身に危険が及ぶのではとアイカは心配していた。

 周りの牢屋では意識を保っている者たちが自分たちはどうなるんだと、と言いたそうにユーキたちを見ている。ユーキは捕まっている者たちを見ながら口を開いた。


「……此処に捕まっている人たちを全員連れて脱出するのは難しいだろう。大勢で移動すれば、目立って教団の奴らに見つかるかもしれない。屋敷がある森も広くて迷いやすく、モンスターも棲みついている。そんな場所を俺たちだけで皆を護りながら移動するのは危険すぎる」

「じゃあ、此処に残すの?」


 アイカがユーキに問うと、二人の会話を聞いていた者たちはざわつき出す。折角逃げられると思ったのに置いていかれると聞いて一気に不安になってしまったようだ。

 ざわつく者たちを見てユーキとアイカは軽く目を見開く。声を聞いたエリザートリ教団の信者たちが異変に気付き、地下牢に集まって来るかもしれないと思いざわつく者たちを何とか落ち着かせようとした。


「皆、静かに」


 ユーキとアイカが喋ろうとした時、ロレンティアがざわつく者たちに声を掛け、ロレンティアの声を聞いて全員が一斉に口を閉じる。静かになるとロレンティアは落ち着いた様子で喋り続けた。


「不安なのは分かるけど、森の広さや教団の監視を考えるとユーキ君の言うとおり、脱出するのは危険だわ。次の儀式が行われるのは三日後だし、寧ろ此処に残った方が安全だわ」


 ロレンティアは脱出するよりもエリザートリ教団の隠れ家に残った方が危険は少ないと地下牢にいる者たちに説明する。話を聞いていた者たちは冒険者であるロレンティアが言うのならそうかもしれないと感じたのか不安を口にすることはなかった。


「ユーキ君、アイカさん、私たちは自分たちの身を護るため、教団にこっちの計画を勘付かれないようにするために此処に残るわ。私たちのことは気にせず、貴方たちは屋敷を脱出して。そして、町に戻ってヴェラリアさんたちに救援を要請して」


 屋敷に残ることに対して不安を一切見せずにロレンティアはユーキとアイカに脱出するよう伝え、ユーキとアイカはそんなロレンティアを見てヴェラリアと同じ強い心を持った冒険者だと感じる。


「分かりました。脱出したら必ず助けに戻ってきます。それまで待っていてください」

「お願いね」


 救出することを誓うユーキを見てロレンティアは微笑みを浮かべた。


「ただこの後、屋敷の構造や信者の人数と言った情報を集めようと思ってるので、それが終わってから脱出しようと思ってます」

「分かったわ。無理はしないように気を付けてね」


 ロレンティアの忠告にユーキは無言で頷き、アイカも真剣な表情を浮かべながらロレンティアを見る。

 エリザートリ教団を壊滅させるために自分たちを信じ、屋敷に残る決意までしたロレンティアや他の若者たちのためにも必ず脱出してパーシュたちと合流しようとユーキとアイカは思った。

 話が済むとユーキとアイカは歩き出して地上へ繋がる階段を探しに向かう。ロレンティアや他の捕まっている者たちは上手くいくことを祈りながらユーキとアイカを見送った。


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