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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第十章~鮮血の邪教者~
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第百六十九話  森からの襲撃


 北門から外に出たユーキたちは目的地の森に向かって荷馬車を走らせる。草原の中を移動する間、ユーキたちは効率よく調べられるよう、森に着いた後にどのように行動するか話し合った。

 アルガントの町を出てからしばらく経ち、ユーキたちは目的地である北東の森に辿り着いた。森の南側にやって来たユーキたちは荷馬車を降り、森の入口を見ながら驚きの表情を浮かべる。

 ヴェラリアが言っていたとおり、目の前の森は昨日ユーキたちが調べた森とは比べ物にならないくらい広く、木々が密集していて奥の方がよく見えない。更に森の中は午前中だと言うのに薄暗いため、森を見たユーキはこれなら冒険者たちが迷ってもおかしくないと感じた。


「……確かに凄い森ですね」


 ユーキは木と木の間から僅かに見える奥を見ながら呟く。アイカやパーシュ、フレードも森を見ながら目を軽く見開いていた。

 迷いやすいと聞いていたため、北東の森は見通しが悪い場所だと予想していたが、自分たちが思っていた以上に奥が見難かったため、ユーキたちは意外に思っていた。


「この森はアルガントの倍近くの広さがある。過去に森に入ったことがある町の冒険者たちも入口近くや少し奥までした行ったことがない。そのため、森の中央付近がどうなっているのか、何があるのかまでは分かっていないのだ」


 ヴェラリアは森を見つめながら腕を組み、冒険者ギルドが森の情報を殆ど持っていないことを語る。ヴェラリアの話を聞いたユーキは地元の冒険者でも詳しくないと知って厄介に思う。

 迷いやすいことや、クロフィ家当主の許可を得なければ入れないことから北東の森の情報はとても少ない。森の奥がどうなっているのか分からず、どんな地形になっているのかも分からないのなら、探索にはかなりの時間と手間が掛かってしまうだろう。

 ユーキたちは明日冒険者たちと共に探索しても、一日や二日で森の全てを調べるのはまず無理だと思った。


「因みに、今はこの森についてどのくらいのことが分かっているのですか?」


 アイカが現在掴んでいる情報について尋ねると、ヴェラリアの隣に立っていたリタがアイカの方を向いて自身のポーチに手を入れる。


「これを見とくれ」


 リタはポーチから丸められた羊皮紙を取り出すと広げてユーキたちに見せる。ユーキたちはリタの近くに集まって羊皮紙を見ると、そこには北東の森の全体図が描かれてあった。

 取り出された羊皮紙は北東の森の地図で、森に入る許可を得た際に冒険者たちが効率よく探索できるようアルガントの町の学者が冒険者ギルドの協力を得て作った物だ。ただ優秀な冒険者でも迷いやすいことから、地図は森を探索できるだけの技術と知識を持つ冒険者にだけ配られることになっている。

 ティアドロップも冒険者ギルドから技術と知識を認められ、森に入る許可を得た際には調べられるよう地図を渡されており、今回ユーキたちと下見に行くため持ってきたのだ。

 リタの地図に描かれてある森の周辺には細かい字で森の地形やどのような植物が自生しているかなどが書かれてある。だが、ヴェラリアの言ったとおり奥の方は調べられていないため、森の中央部分には何も書かれていなかった。


「今の冒険者ギルドアタイらが分かっていることは入口の辺りに薬草のような使えそうな植物が生えていることや歩き難い地形になっていること、ゴブリンのような下級モンスターが棲みついていることぐらいしか分かっていない。それ以外のことはまだ調査中だ」

「何だよ、殆ど分かってねぇのと同じだな」

「おい、フレード」


 不満を口にするフレードにパーシュは声を掛け、説明したリタもフレードを見ながらムッとする。二人のやり取りを見てユーキたちはまた口喧嘩を始めるのではと感じたが、リタはフレードに言い返したりせず、冷静に説明を続けた。


「この森は奥に行けば行くほど木々がより密集して方向感覚がおかしくなりやすくなる。しかも足元も凸凹になって歩き難くなっちまうから、時間を掛けて少しずつ調べていくしかないんだよ」

「感覚が狂っちまう上に歩き難くなる、か……それならどんなに探索が得意な奴でも迷っちまうと言われもおかしくないね」


 パーシュは森の状態や地形から一流の冒険者でも迷うことがあるという言葉が大袈裟ではないと感じて納得する。

 少しでも気を抜けば迷って森から出られなくなるかもしれない、そう感じたユーキとアイカは僅かに表情を歪ませ、不満を口にしていたフレードも面倒そうな反応を見せる。フィランは無表情のまま地図を見続けていた。


「明日の探索では森の探索が得意な冒険者たちが共に行方不明者の捜索をしてくれる。その時に手掛かりを探しながら少しでもこの森の情報を手に入れよう」

「そうね、情報が得られれば今回の事件が解決した後も探索しやすくなるだろうし」


 今後のことをしっかり考えるヴェラリアにフェフェナは賛同し、フェフェナと同じことを考えるリタとレーランもヴェラリアを見つめている。

 会話を聞いていたユーキは事件の解決だけでなく、解決した後のことも考えるヴェラリアを見て、やはり彼女にはクロフィ家の当主としての才能とそれを継ぐ資格が十分あると感じていた。


「よし、それじゃあ此処からは荷馬車で決めたとおり、二手に分かれて森の周辺がどうなっているか調べるよ?」


 情報確認が終わるとパーシュはユーキたちを見ながらこの後の予定について語り出し、ユーキたちはパーシュを見て彼女の話に耳を傾ける。


「ユーキ、フレード、リタ、レーランの四人は森の西側に向かいながら周辺を調べておくれ。あたしとアイカ、フィラン、ヴェラリア、フェフェナは東側に向かって移動し、同じように森の周りを調べる。いいね?」

「ハイ」


 ユーキが返事をするとアイカやヴェラリアたちもパーシュを見ながら頷く。

 チームメンバーはあまり変わっていないが、ユーキたちの実力や戦闘スタイル、昨日行動を共にしていない者たちとのコミュニケーションを考えるのなら、この分け方が一番だと話し合って決めた。


「それじゃあ行こうか。何かあったら伝言の腕輪メッセージリングで連絡するんだよ?」

「お前に言われなくても分かってらぁ。お前こそ、ちゃんと連絡を入れて……」


 フレードがパーシュに言い返そうとした時、森の方から何かの気配を感じ取ったフレードは僅かに目を鋭くする。パーシュ、フィランもフレードと同じように気配に気付き、視線だけを動かして森の方を見た。

 ユーキとアイカは様子が変わったパーシュたちを見て一瞬不思議に思ったが、三人が腰の得物に手を掛けているのを見ると状況を察して周囲を見回す。何がいるかはまだ分からないが、パーシュたちの様子から自分たちに敵意を向けている存在であることは理解できた。


「おい、どうしたんだ?」


 ヴェラリアはユーキたちの動きを不思議に思いながら声を掛ける。するとユーキは真剣な表情を浮かべながらヴェラリアを見た。


「気を付けてください、近くに何かいます」


 ユーキの言葉を聞いたヴェラリアたちティアドロップのメンバーは目を見開く。ヴェラリアは腰のサーベルに手を掛け、リタは弓矢、フェフェナとレーランは杖とロッドを構えて周囲を警戒した。

 近くにいるのは何なのか、ユーキたちは身構えながら考える。すると森の中から無数の影が飛び出し、ユーキたちは一斉に影の方を見た。

 ユーキたちの前にはスキンヘッドで薄茶色の肌を持ち、両手の五本指から鋭い爪を生やすベーゼ、モイルダーが五体おり、ユーキたちを見ながら威嚇するように鳴き声を上げる。

 モイルダーが現れたのを見たユーキたちは表情を鋭くしながら自分たちの愛剣、愛刀を抜き、ティアドロップのメンバーたちも驚きの表情を浮かべながらモイルダーたちを見た。


「モイルダー! ……やっぱり今回の事件にはベーゼが関わってたか」


 ユーキは月下と月影を強く握りながら二ノ字構えを取り、アイカたちも一斉に得意な構える。だがその直後、森から更に大量の何かが飛び出してユーキたちの側面に回り込む。それは剣を持ち、黒緑色のフード付きマントを纏った下位ベーゼ、インファだった。

 モイルダーに続いて合計十二体のインファが現れ、ユーキたちを左右から挟む。ユーキたちは新たに現れたベーゼに目を見開き、インファたちの方を向いて構え直す。


「今度はインファかよ!?」

「一気に下位ベーゼが十七体も……」


 フレードとアイカは自分たちを取り囲むベーゼたちを確認してから前にいるインファたちを睨み、パーシュとフィランもヴォルカニック、コクヨを構えながらインファやモイルダーの動きを警戒する。

 ヴェラリアたちティアドロップのメンバーたちも目の前にいるインファたちを見つめながら武器を構えている。彼女たちは過去に二度ほどベーゼと遭遇し、戦ったことがあるためベーゼを目にしても驚いたりはしなかった。

 しかしユーキたちのようにベーゼとの戦いには慣れているわけではなく、一度に十体以上のベーゼと遭遇したことは無いため、ヴェラリアたちは若干緊迫した表情を浮かべている。


「まさか母上の予想が的中するとはな。しかもこれほどの数のベーゼが森にいたとは……町や周辺の村に住む人たちを攫ったのはベーゼで間違い無いと言うことか」


 ヴェラリアはユーキたちの方を向き、これからどうするか目で尋ねる。ヴェラリアと目が合ったパーシュはじわじわと距離を詰めて来るインファとモイルダーの方を向いてヴォルカニックを強く握った。


「とりあえず、コイツらを全員ぶっ倒すよ。ベーゼが今回の事件に関わってると分かった以上、ただの失踪事件と考えて行動することはできない。コイツらを倒した後に町へ戻り、イェーナさんにベーゼが関わってることを報告して作戦を練り直すんだ」


 パーシュが力の入った声で指示を出すとユーキたちはベーゼたちを見ながら闘志を強くする。ヴェラリアたちは大勢のベーゼを前にしても怯む様子を見せないユーキたちを見ながら、流石はベーゼと戦う戦士だと感心した。

 ユーキたちは戦闘態勢に入ってベーゼたちの動きを窺う。その直後、最初に森から出て来た五体のモイルダーが一斉にユーキたちに跳びかかった。


「チィ! 全員散れぇ!」


 フレードが叫ぶとユーキたちは一斉に走って跳びかかってきたモイルダーから距離を取る。だがそれと同時にインファたちも動いたユーキたちに向かって走り出し、一気に距離を詰めてきた。

 ユーキたちは足を止めると迫ってきたインファたちを見ながら構え直す。全員が一斉に走ったことで固まっていたユーキたちは散り散りになった。

 最初に集まっていた場所から左に数十mほど離れた場所にユーキ、アイカ、リタは移動し、パーシュ、フレード、フェフェナは右の方へ移動する。そしてフィラン、ヴェラリア、レーランの三人は後退してベーゼたちから距離を取った。

 ユーキたちの周りには四体のインファと二体のモイルダーがおり、ユーキとアイカはリタを挟むように背を向けながら構えている。リタは僅かに表情を歪ませながら周りにいるベーゼたちを見ていた。


「完全に囲まれてるけど、どうすんの?」


 リタは弓矢を構えながらユーキとアイカに声を掛ける。二人はベーゼたちの立ち位置を確認しながら月下と月影、プラジュとスピキュを強く握った。


「大丈夫です、コイツらは俺たちが何とかします」

「リタさんはご自分の身を護ることだけ考えていてください」


 アイカはリタに指示を出すと目の前にいるベーゼたちに向かって走り出し、ユーキも少し遅れて正面にいるベーゼたちに向かって行く。突撃する二人の姿を見てリタは大きく目をも開いた。

 ユーキの前には二体のインファ、一体のモイルダーがおり、インファは走ってくるユーキを見ると鳴き声を上げながら剣を振り上げてユーキに向かって行き、モイルダーはインファたちより少し遅れて走り出す。

 真正面から距離を詰めて来るベーゼたちを見たユーキはその行動を愚かに思いながら構えを変え、月下と月影を外側に向けて横にした。


「ルナパレス新陰流、繊月せんげつ!」


 インファたちにある程度近づいたユーキは足に力を入れて走る速度を上げ、一気に距離を詰める。そして、二体のインファの間を通過する瞬間に月下と月影を同時に内側に向かって横に振り、インファたちの胴体を斬った。

 斬った直後、ユーキは前を向いたまま急停止し、斬られたインファたちは鳴き声を上げながら前に倒れ、その直後にインファたちの体は黒い靄となって消滅する。

 一瞬で二体のインファを倒したユーキは続けて前から迫って来るモイルダーを睨む。モイルダーはインファたちが倒されたにも関わらず走る速度を落とさずにユーキに迫っていき、目の前まで近づくと爪でユーキを切り裂こうと右腕を斜めに振って攻撃した。

 ユーキはモイルダーの爪を見ると素早く月影を振り上げてモイルダーの右手首を切り落とす。手首を失ったモイルダーは鳴き声を上げながら体勢を崩して後ろに下がる。ユーキは怯んだモイルダーを見ると、モイルダーに向かって大きく踏み込んだ。


朏魄ひはく!」


 踏み込んだユーキは月下で袈裟切りを放ってモイルダーの胸部を斬り、続けて月下を左から横に振って腹部を斬った。二度斬られたモイルダーは仰向けに倒れ、そのまま靄となって消滅する。


「よし、とりあえずこっちは片付いたか」


 殆ど疲れを感じていないような表情を浮かべながらユーキは月下と月影を外側に向かって軽く振った。

 一方、アイカは二体のインファとその後ろにいるモイルダーの計三体と向かい合いながらプラジュとスピキュを構え、インファたちの動きを窺っていた。

 インファたちは隙の無い構えを取るアイカを威嚇するように鳴き声を上げるが、アイカは微動だにせずにインファたちを睨みつけた。

 表情を変えず、無駄な動きも取らないアイカを見ながら二体のインファは威嚇したり、小さく左右に動いたりする。そんな中、インファたちの後ろにいたモイルダーが高く跳び上がり、両手の爪を光らせながらアイカに向かって降下した。

 アイカは頭上から迫って来るモイルダーを見ると軽く後ろに跳んで距離を取り、モイルダーが自分が立っていた場所に着地した瞬間に前に踏み込んだ。


「サンロード二刀流、仄日斬そくじつざん!」


 アイカは右手に持つプラジュで袈裟切りを放ってモイルダーを斬った後、スピキュで逆袈裟切り放ちモイルダーを斬る。連続で斬られたモイルダーは後ろにふらつきながら下がり、そのまま仰向けに倒れて靄と化した。

 モイルダーが消滅するとアイカはすぐに体勢を整えようとする。だがそこへ二体のインファがすきを突くかのように剣を振り上げながらアイカに迫ってきた。

 インファたちに気付いたアイカは咄嗟に左へ跳んでインファたちの正面から移動し、自分から見て左側にいるインファに向けてスピキュを握る左手を伸ばす。


光の矢ライトアロー!」


 魔法を発動させたアイカは左手の前に白い光を作り出し、それを光の矢にしてインファに向けて放つ。光の矢はインファの胴体に命中し、攻撃を受けたインファは怯んで後ろによろめく。

 インファが怯んだのを見たアイカは走ってインファとの距離を詰め、目の前まで近づくとプラジュとスピキュを振り上げた。


斜陽剣しゃようけん!」


 アイカはプラジュとスピキュで同時に逆袈裟切りを放ち、インファの体を斬る。二本の剣で同時に胴体を斬られらインファのダメージは大きく、声を上げる間もなくインファはその場に崩れるように倒れ、そのまま黒い靄となって消えた。

 一体目のインファを倒したアイカはもう一体のインファに目をやる。インファは既にアイカの2mほど前まで近づいており、アイカが間合いに入ると剣を振り下ろして攻撃した。アイカはスピキュでインファの剣を防ぐとプラジュで右から横切りを放って反撃する。プラジュはインファの腹部を斬り、斬られたインファは声を上げながら後ろに下がった。

 インファが後退するとアイカは素早く体勢を整えてインファに近づき、右腕を振り上げ、左腕を右に向けて伸ばす。


「お別れです、太陽十字斬たいようじゅうじざん!」


 アイカはスピキュを右から横に振った直後、プラジュを振り下ろしてインファを十字に斬る。頭部と胴体を斬られて致命傷を負ったインファは倒れ、そのまま静かに消滅した。

 自分の近くにいたベーゼを全て倒したアイカは静かに息を吐いて気持ちを落ち着かせる。


「す、凄い、あっという間に倒しやがった……」


 ユーキとアイカの戦う姿を見ていたリタは呆然としながら呟く。自分が襲われることも無く、そして出る幕も無くベーゼが倒されたことにリタは驚く。同時にメルディエズ学園の生徒がベーゼに対して高い戦闘力を持っているのだと改めて理解した。


――――――


 ユーキたちが戦っている場所から南東に20mほど離れた所では無表情のフィランがコクヨを中段構えで持ちながら目の前にいる四体のインファと一体のモイルダーと向かい合っている。

 フィランの後ろでサーベルを持つヴェラリアとロッドを握るレーランが身構えながらベーゼたちを警戒していた。


「五体のベーゼが相手なんて……」


 三人で五体のベーゼと戦うことにレーランは不安そうな顔をしていた。

 人数から三対五の戦いになってはいるが、神官であるレーランは仲間の傷を癒すことが仕事であるため、前に出て敵と戦うことはない。そのため、ベーゼたちとはフィランと戦士であるヴェラリアの二人が相手にすることになる。つまり実際は二対五と言うことになるため、レーランは自分たちが圧倒的に不利だと感じて焦っていたのだ。

 レーランはただでさえ人数的に不利な状況なのに自分は前に出て戦えず、フィランとヴェラリアにベーゼの相手を任せなくてはならないことを申し訳なく思い小さく俯く。

 ヴェラリアはレーランを見ると彼女を護るように前に移動してサーベルを構えた。


「そんな顔をするな。数では劣っているが、見たところ敵は過去に遭遇したベーゼの先兵らしき存在だ。あの程度の敵なら数で劣っていても十分戦えるし、メルディエズ学園の生徒であるフィラン・ドールストも一緒に戦ってくれるのだ。最悪の結果にはならないはずだ」

「で、でも……」


 レーランはヴェラリアの背中を見つめながら再び不安な表情を浮かべる。するとヴェラリアは振り向いてレーランを見た。


「心配するな。お前はいつもどおり後方で待機し、私たちが負傷したら回復魔法で傷を癒してくれ」

「……分かったわ」


 リーダーであるヴェラリアが心配ないと言うのなら信じようと思ったのかレーランの顔から不安が消え、真剣な表情を浮かべる。ヴェラリアもレーランの反応を見てもう大丈夫だと感じたのか小さく笑みを浮かべた。


「……貴女たちが戦う必要は無い」


 二人の前に立つフィランが静かに声を掛け、ヴェラリアとレーランはフィランの方を見る。自分たちの会話をちゃんと聞いていたことを知って意外に思ったが、それよりも戦わなくてもよいと言われたことの意味が分からずにいた。


「戦わなくてもいいとはどういうことだ? 私たちが足手まといになると言いたいのか?」


 自分が弱く思われていると感じたヴェラリアは僅かに目を鋭くしてフィランの後ろ姿を見つめる。レーランも敵が前にいるのに空気が悪くなったことで再び不安そうな表情を浮かべてしまう。


「……違う、貴女はレーランを護ってほしい。ベーゼたちは、私一人で倒す。もしも私が倒し損ねてそっちに行ったら、対処してほしい」


 フィランは無表情でそう言うとベーゼたちに向かって走り出し、その姿を見たヴェラリアとレーランは目を見開く。いくらメルディエズ学園の生徒でもたった一人で五体のベーゼの相手をするのは危険すぎると思っていた。

 ベーゼたちは走って来るフィランを見ると鳴き声を上げながら一斉にフィランに向かって突撃した。全てのインファは剣を振り上げながら走り、その中をモイルダーが爪を光らせながら走る。

 フィランは走って来るベーゼたちの位置を確認すると走る速度を上げて一気に距離を詰め、ベーゼたちが間合いに入った瞬間に素早くコクヨを二回振って二体のインファを斬った。

 斬られたインファたちは崩れるように前に倒れて靄と化し、フィランはインファたちが消えるのを確認すると視線だけを動かして残っているベーゼの位置を再確認した。残っている三体の内、二体のインファは一体ずつフィランの左右に回り込んでおり、モイルダーはフィランの正面から跳びかかって来た。

 ベーゼたちはほぼ同時にフィランに襲い掛かろうとしており、フィランは迫って来るベーゼたちを見るとコクヨを握る手に力を入れて素早く足の位置を変える。


「……クーリャン一刀流、快刀舞陣かいとうぶじん


 フィランはベーゼたちが間合いに入った瞬間にコクヨを振り、ベーゼたちを一度ずつ素早く斬る。

 胴体を斬られたインファたちはその場に倒れて消滅し、モイルダーは頭部を真っ二つにされて空中で黒い靄と化した。

 近くにいるベーゼを全て倒したフィランはコクヨを下ろすと周囲を見回して他にベーゼが隠れていないか確認する。フィランの後方ではヴェラリアとレーランがあっという間に五体のベーゼを倒したフィランを見て呆然としていた。


「う、嘘……」

「本当に一人で全てのベーゼを倒すとは……」


 目の前で起きたことが信じられないのかレーランとヴェラリアは固まる。この時の二人は幼い少女に見えるフィランが自分たちよりも遥かに強い剣士なのだと悟り、その強さに驚くと同時に味方でよかったと思っていた。


――――――


 フィランたちから北東に40mほど離れた所ではパーシュとフレードが背中合わせで愛剣を握っており、周りには二体のモイルダー、四体のインファが二人を取り囲んでいる。そしてパーシュたちから少し離れた所ではフェフェナが杖を握りながら岩の陰に隠れて二人を見ていた。

 戦いが始まった直後、パーシュは魔導士であるフェフェナを前に出すのは危険だと感じ、自分とフレードを囮にしてフェフェナを安全な場所へ移動させた。移動させる際、ベーゼたちはフェフェナを襲うとしたが、パーシュがけん制してベーゼたちの気を自分とフレードに向けさせてフェフェナを逃がしたのだ。


「さてと、どうするかねぇ」


 パーシュはヴォルカニックを両手で握り、笑いながらどう戦うか考える。パーシュの後ろでは同じようにリヴァイクスを両手で持つフレードがどこか不満そうな顔をしながら目の前にいるインファを睨んでいた。


「……おい、何でフェフェナを下がらせたんだ? 魔導士のアイツが魔法で援護してくれりゃあ戦いやすいだろうが」

「馬鹿だねぇ。敵の数が多く、動きやすいこの場所でフェフェナを一緒に戦わせたら真っ先に魔導士のあの子が狙われちまうだろう? しかもあの子はベーゼとの戦い方やどんな生態なのかも分かってないんだ。だったら一緒に戦わせるよりも、あたしとアンタの戦いを見てもらって、次にベーゼと戦う時に問題無いよう見学してもらった方がいい」

「ケッ、相変わらず甘ちゃんだな、テメェな」

「アンタが考えなさすぎるんだよ」


 呆れたような口調で語るパーシュを見てフレードはムッとしながら前を向いた。

 視界に入るベーゼの位置を確認し、続けて後ろを見てパーシュの前にいるベーゼの位置を確認した後、フレードは前を向いて黙り込む。しばらくすると何かを思いついたようにフッと顔を上げた。


「さて、それじゃあ、ちゃっちゃと片付けるかね」


 小さく笑みを浮かべるパーシュは左手を前に伸ばして手の中に火球を作る。同時に混沌紋を光らせて爆破バーストの能力を発動させ、爆発の力は火球に付与した。


火球ファイヤーボール!」


 パーシュは手の中の火球を正面にいるモイルダーに向けて放つ。火球は勢いよく飛んで行き、モイルダーに直撃すると爆発してモイルダーを跡形も無く吹き飛ばした。

 戦いを見守っていたフェフェナはパーシュが一瞬でベーゼを倒したことに驚いて目を丸くする。パーシュが強いだけでなく、彼女の火球ファイヤーボールが普通と違って命中すると同時に爆発することにも驚いていた。

 パーシュの前にいるインファとモイルダーは鳴き声を上げてパーシュに向かって走り出し、それを見たパーシュはベーゼたちを鼻で笑いながら左手を伸ばし、再び火球を撃とうとした。するとパーシュの背後で構えていがフレードが伸縮エラスティックを発動させてリヴァイクスの剣身を5mほどに伸ばす。同時に剣身の刃部分に水を纏わせ、刃に沿って水を高速回転させて切れ味を高めた。


「伏せろ!」


 フレードは叫ぶと同時に勢いよく左に回転しながら剣身が伸びたリヴァイクスを横に振る。リヴァイクスはフレードの前にいる三体のインファを胴体から両断し、そのままパーシュの方へと向かっていく。


「いいっ!?」


 パーシュは右側から迫って来るリヴァイクスに気付くと驚いて咄嗟に姿勢を低くした。リヴァイクスは座り込むパーシュの数cm上を通過し、そのままパーシュの前にいたインファとモイルダーを両断する。ベーゼたちは何が起きたのか理解できないまま固まっていた。

 リヴァイクスを振りながら一回転したフレードは最初に向いていた方角を向きて止まり、目を閉じながら伸びているリヴァイクスの剣身を元に戻し、刃部分に纏われていた水も消滅させる。


渦の剣陣ヴォーテクス・サークル


 フレードが呟くとリヴァイクスで斬れたベーゼたちの体が腹部から真っ二つにされ、一斉に黒い靄となって消滅する。戦いが始まる直前、フレードは渦の剣陣ヴォーテクス・サークルを使って周りにいるベーゼを全て倒してやろうという作戦を思いついて実行したのだ。

 ベーゼが倒された光景を見てフェフェナは口を開けたまま呆然とする。自分が恐ろしい相手と思っていたベーゼが僅か数十秒で全て倒されてしまったため、驚きのあまり言葉を失う。

 フェフェナが驚いている中、フレードはリヴァイクスを軽く振りながら余裕の笑みを浮かべる。


「まっ、ざっとこんなもんか」

「『こんなもんか』、じゃない!」


 笑みを浮かべるフレードの後頭部を立ち上がったパーシュが強く引っ叩いた。


「イッテェー! 何しやがる!」

「それはこっちの台詞だ。いきなり危ないじゃないか! もう少しであたしも真っ二つになるところだったんだよ!?」

「何言ってんだ、ちゃんと伏せろって言ったじゃねぇか」

「何処の世界に声を掛けると同時に剣を振り回す馬鹿がいるんだい! せめて二、三秒経ってから動きな」


 危うく斬られるところだったパーシュはもの凄い剣幕でフレードに文句を言い、フレードも上級生なら避けられるだろうとパーシュの方を向きながら言い返す。

 先程まで張り詰めた空気の中、共に戦っていた者たちが声を上げながら口喧嘩をする姿をフェフェナはキョトンとしながら見ていた。


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