第十六話 手合わせ
メルディエズ学園の図書室でユーキが座って静かに本を読んでいる。図書室にはユーキ以外に生徒は数えるくらいしかおらず、とても静かで読書をするにはピッタリだった。
ユーキは頬杖をつきながら本のページを開き、書かれてある文章を黙読する。本にはベーゼのことが書かれてあり、ベーゼの強さや特徴など三十年前のベーゼ大戦から今日までに得てベーゼの詳しい情報が記されていた。しかもベーゼの外見が分かるよう、手描きの絵も載っている。
ベーゼの種類や情報が多いためか本は分厚く、全て読むのに丸一日はかかるくらいだった。ユーキも読み始めたばかりなので最初の方のページを開いている。
「……成る程、ベーゼは三十年前から何種類も確認されているけど、この本にも載っていないベーゼもまだいるのか」
本の内容を確認しながらユーキは呟き、全ての文章を黙読すると次のページをめくる。ベーゼの情報を少しでも覚えるため、ユーキは本を読むことに集中した。
メルディエズ学園ではベーゼのことが記された書物は図書室から持ち出すことができず、中級生以上の生徒しか読むことが許されていない。しかし、ユーキはカメジン村での任務でベーゼと遭遇し、下位ベーゼを倒したため、下級生でありながらベーゼの情報が記された本を読むことを許されているのだ。
普通ならいくらベーゼを倒した経験があるからと言って下級生がベーゼの書物を読むことを許可されることはない。だが、ユーキはベーゼを倒しただけでなく、上位ベーゼと接触し、情報を持ち帰ったので特別に許可を得ることができた。
「へぇ、ベーゼにも俺たちみたいに階級があるのか。そして、階級が高いほど力も強い……」
記された文章を見てユーキは興味のありそうな声を出した。
ベーゼには階級があり、“下位ベーゼ”、“中位ベーゼ”、“上位ベーゼ”が存在し、階級によってベーゼたちの力は勿論、知能や数も変わってくる。
下位ベーゼはベーゼの中で最も数が多い先兵的な存在で、戦闘では常に最前線で戦っている。人間以上の力を持っているが知能は低く、戦闘や単純な作業しか行うことができない。階級の高いベーゼには本能的に従い、敵と判断した者には容赦なく襲い掛かる。
中位ベーゼは下位ベーゼと比べて力と知能が共に向上しており、戦場では下位ベーゼたちを指揮する部隊長的な存在である。上位ベーゼと比べると弱い存在だが、稀に言葉を話せるくらいの知能を持つベーゼが誕生するそうだ。
上位ベーゼは三つの階級の中で最も数が少なく、非常に高い力と知能を持つ。その強力な上位ベーゼの中でも特に強い力を持つベーゼは“最上位ベーゼ”と呼ばれており、ユーキがカメジン村の依頼で遭遇したベギアーデもこの最上位ベーゼに含まれている。
ベーゼの階級は以上の三つとなっている。だが、三つの階級以外にもう一つ、“蝕ベーゼ”と呼ばれる存在があり、この蝕ベーゼは正確にはベーゼではなく、ベーゼの瘴気に侵されてベーゼ化したモンスターや動物のことを指す。瘴気に侵される以外にも上位ベーゼの手でベーゼに造り替えられた存在も蝕ベーゼと呼ばれている。
蝕ベーゼはベーゼ化したモンスターや人間、動物の元々の力や知能によって強さが左右されるが、ベーゼ化する前と比べると確実に強くなっている。ただし、強くなる代わりに冷静さを失い、下位ベーゼ以上に凶暴で危険な存在と化してしまう。
精神力の強い存在であればベーゼ化しても冷静さを失うことはないが、この三十年の間でそのような存在は数体しか確認されていないと本には書かれてあった。
「……ベーゼは俺が想像した以上に面倒な存在みたいだな。こりゃ、注意して戦わないと酷い目に遭っちまう。特にこの蝕ベーゼは凶暴な分、ある意味で上位ベーゼよりも厄介かもしれないな」
ユーキはベーゼが危険な存在であることを改めて理解し、息を吐きながら椅子にもたれる。長いこと座りっぱなしで本を見ていたため疲れてしまったらしく、ユーキは上を向きながら目元を指で摘まむ。
「まだ読み始めたばかりなのにもう目が疲れてきた。いくら中身が十八歳でも体は十歳児、無理をしない方がいいかもな」
本の残りページを確認したユーキは全部読むのは難しいと感じ、表情を僅かに歪めながら本を閉じる。別に今日中に全てを読んでおかないといけないわけではないので、ゆっくり時間をかけて読んだ方がいいと感じていた。
「三十年前のベーゼ大戦ではまだベーゼの詳しい情報が無かったのにベーゼたちに勝ったんだよな。それを考えると三十年前にベーゼと戦った人たちってスゲェんだなぁ」
情報が無い時代で未知の侵略者であるベーゼに勝利した三十年前の戦士たちはとても優れた存在だったのだろうとユーキは感心する。同時にベーゼの詳しい情報を得て戦うことができる今の時代の戦士たちはとても運がいいと感じた。
三十年前にベーゼと戦った戦士たちのおかげで今自分たちはベーゼとまともに戦うことができる。三十年前の戦士たちが得た情報を無駄にしたいためにもしっかりと情報を覚えて戦いに役立てようとユーキは思った。
ユーキが天井を見上げながら休憩していると、図書室の出入口が開いてアイカが入ってきた。アイカは図書室を見回し、ユーキの姿を確認するとどこか不満そうな顔をしながらユーキの方へ歩き出す。
「ユーキ、こんな所にいたのね」
アイカが僅かに不機嫌そうな声を出し、アイカの声を聞いたユーキは前を向いて近づいて来るアイカの姿を目にする。
「アイカ、どうしたんだ?」
「どうしたんだじゃないわよ。今日は闘技場で手合わせをしてくれるって約束してくれてたじゃない」
「え? でもそれはお昼の二時頃じゃなかったか?」
軽く目を見開きながらユーキが確認すると、アイカは軽く溜め息を付きながらユーキの後ろを指差す。ユーキはアイカが指さす方を見ると木製の柱時計が置かれてあり、時計の針は二時十五分を指していた。
時計を見たユーキは目を見開き、約束の時間が過ぎていることを知る。長いこと本を読んでいたため、時間が経過していることに気付いてなかったのだ。
ユーキは表情を変えずにゆっくりとアイカの方を向く。目の前にはジト目でユーキを見るアイカの顔があり、目が合ったユーキは苦笑いを浮かべた。
「……ア、アハハハ、ゴメン。全然気づかなかった」
笑いながら謝るユーキを見てアイカは呆れたように溜め息を付いた。
「まったくもう、前も図書室で本を読んでて約束の時間が過ぎていたことに気付かずに遅刻してきたことがあったわよね?」
「うっ……」
「時間にルーズな人は嫌われるわよ?」
「気を付けます……」
説教されたユーキは首を落としながら反省し、アイカはそんなユーキを見ながら腕を組んだ。
ユーキはアイカに自分が転生者で精神は十八歳であることを伝え、真実を知ったアイカはユーキの言葉を信じ、彼の秘密を知る存在としてユーキに協力しながら接していた。ただ、歳が近いと分かったからかアイカはユーキの秘密を知る前と比べて若干厳しくなり、時間に遅れたりすると細かく注意するようになったのだ。
「……さあ、早く闘技場に行きましょう。今日はルナパレス新陰流の表の型というのを教えてくれるのでしょう?」
「ああ、分かったよ。ちょっと待っててくれ、借りてきた本を返してくるから」
机の上に置いてあるベーゼの情報が記された本を手に取ったユーキは本を元あった場所に返しに行き、アイカはユーキが戻ってくるのを待つ。そして、ユーキが戻ってくると二人は図書室を後にした。
――――――
校舎を出たユーキとアイカは学園の北東へ向かい、校舎から少し離れた所にある闘技場にやって来た。そこはバスケットコートほどの広さの四角い試合場を石レンガの壁で囲んだ場所で、壁の外側は若干高く、試合場を見下ろせるようになっている。
試合場では二人の男子生徒が自分の武器を使って試合をしており、外側では他の生徒たちが戦いを見学していた。ユーキとアイカも試合場の外側から他の生徒と同じように試合場で手合わせをしている生徒たちを見学する。
「おおぉ、気合い入ってるな」
「授業と違ってこの闘技場なら自分の武器を使って自由な戦い方ができるから、制限が無い分、力を入れているんだと思うわ」
「確かに授業だと先生から力を入れすぎるなとか、決められた回数以上の攻撃はするなとか言われてストレスが溜まりそうだからな」
「フフ、確かに」
苦笑いを浮かべるユーキの言葉にアイカは同意してクスクスと笑う。アイカもユーキと同じで戦闘訓練の授業ではストレスを感じると思っているようだ。
メルディエズ学園では戦闘訓練のような実技の授業を行う際は大訓練場に移動し、そこで武器や魔法の使い方や戦い方を学ぶことになっている。だが、あくまでも授業なので訓練中に生徒たちが怪我をしないように幾つか行動に制限があり、生徒たちはそれを守りながら授業を受けることになっていた。
主に本物の武器の使用や戦意のない者に対する攻撃、教師の許可を得ていないのに勝手に訓練を行ったりすることが禁じられており、それらを破れば処罰を与えられる可能性がある。そのため、戦闘訓練を受ける生徒の中には自由に訓練ができずに不満を感じる者も少なからず存在していた。
闘技場なら戦闘訓練のように行動に制限が無いため、生徒たちは自由に試合をすることができるので、ストレスや不満を感じることは無い。しかし、いくら制限がないとは言え、相手に大怪我をさせたり、度の過ぎた攻撃をすることは禁じられているため、生徒たちはやりすぎないよう注意しながら試合をしている。
ユーキたちが見学していると試合場に出てきた男子生徒たちが試合を止め、試合場の端にある階段の方へ移動する。その階段は試合場とユーキたちがいる場所を繋いでおり、試合場の男子生徒たちは階段を上がって試合場を後にした。
「どうやら終わったみたいだな」
「そうね。さあ、行きましょう」
試合場から生徒がいなくなると、アイカは階段の方へ歩いて行く。彼女の様子から早くユーキと手合わせしたくてウズウズしていたようだ。
ユーキはアイカの後ろ姿を見ながら「せっかちだな」と言いたそうに小さな笑みを浮かべてアイカの後を追う。二人は階段を下りて試合場に入ると真っすぐ真ん中に移動する。
「おい、また試合が始まるぞ」
「今度はどんな試合になるのかしら?」
試合場の外にいる生徒たちはユーキとアイカの姿を見ると小声で騒ぎ出す。
見学している生徒たちの中には他人の試合を見て参考にする者やどっちが勝つのか予想して楽しむ者など色々な生徒がいる。考え方は様々だが、集まっている生徒は全員が授業では滅多に見られない派手な試合を期待しているらしく、試合場を見つめながらワクワクしていた。
生徒たちが注目する中、アイカは排していあるプラジュとスピキュを同時に抜き、ユーキも月下だけを抜いて両手で握る。
「それじゃあ、始めますか」
「ええ、図書室でも言ったとおり、今日は貴方のルナパレス新陰流の表の型を見せて」
「ああ、分かってるよ」
確認するアイカを見ながらユーキは小さく笑い、足の位置をずらしながら月下を構えた。アイカもプラジュとスピキュを構えながらユーキをジッと見つめる。
ユーキがアイカの正体を明かした日から、アイカはユーキにルナパレス新陰流のことを色々尋ねるようになった。どんな剣術でどのような戦い方をするのか、色々質問してくるアイカにユーキはできるだけ分かりやすく説明した。
だが、言葉だけでは分からないところもいくつかあり、それらを理解するため、アイカはユーキに剣で手合わせしてもらい、試合の中でルナパレス新陰流の分からない点を理解しようと思った。
今回もアイカはユーキからルナパレス新陰流の表の型は裏の型と比べて戦い方がどう違うのか知るため、そして自分自身を強くするためにユーキと手合わせをするのだ。
「じゃあ、いくぞ?」
「ええ」
頷いたアイカは軽く足を曲げ、ユーキも目を鋭くする。見学している周りの生徒たちはどんな試合になるのだろうと口を閉じて試合場の二人に注目した。
「ちょっと待て!」
ユーキとアイカが試合を始めようとした直後、闘技場に声が響く。ユーキとアイカは目を見開きながら声が聞こえた方を向き、見学していた生徒たちも一斉に同じ方角を見る。そこには腕を組みながら腰にリヴァイクスを差したフレードの姿があった。
「あれ、ディープス先輩じゃない?」
「マジかよ! 上級生で神刀剣に選ばれたっていう?」
「凄~い、直接見たの初めて」
突然のフレードの登場に驚き、先程までユーキとアイカの試合を見るために口を閉じていた生徒たちがざわつき出す。ユーキとアイカもフレードが現れたことに驚き、無言で遠くにいるフレードを見つめている。
周囲が騒ぐ中、フレードは小さく笑いながら歩き、試合場に続く階段の前にやって来る。そして試合場の中にいるユーキとアイカを見ながら口を開いた。
「サンロード、俺と代われ」
「えっ?」
突然現れて代わるよう言ってくるフレードにアイカは目を丸くし、ユーキもまばたきをしながらフレードを見つめる。
「フ、フレード先輩、突然何を……」
「お前、これからルナパレスと手合わせすんだろう? だったら俺に代わってくれよ。一度ソイツの実力がどれ程のものが確かめてみてぇと思ってたんだ」
「そ、そんないきなり言われても……ユーキは今日、私と手合わせをする約束をしていたのですよ?」
「いいじゃねぇか。お前はこの数日、ずっとルナパレスと手合わせしてたんだろう?」
笑いながらユーキと戦ってみたいと語るフレードは階段を下りてユーキとアイカの下へ移動し、アイカはフレードを見ながら困ったような表情を浮かべた。
フレードが前からユーキの強さに興味を持っていたことも、ユーキと戦ってみたいと言っていたこともアイカは知っている。しかし、自分は昨日からユーキと約束していたため、突然現れて代わってくれと言われても素直に頷くことはできない。
「俺はこの数日、ずっと依頼で学園の外に出てたんだ。だから、ルナパレスと手合わせをする機会がなかったんだよ。昨日、受けていた依頼を完遂させ、ようやくルナパレスと手合わせをする機会が来たんだ」
「フレード先輩が多忙なのは理解しています。ですが、先に約束したのは私ですし、せめてこちらが終わった後にしていただけませんか?」
なかなか代わろうとしないアイカにフレードは面倒くさそうな表情を浮かべて自分の後頭部を掻く。
上級生であるフレードはユーキやアイカ以上に依頼を受けさせられるため、今回のような自由な時間は少なく、またいつ新しい依頼が入ってくるかも分からない。だから、時間があればできるだけ早くユーキと手合わせしておきたいと思っていた。
アイカとフレードのやりとりをユーキは黙って見ている。普通ならフレードを説得し、先に約束をしていたアイカと手合わせをするのだが、ユーキ自身も上級生であるフレードの実力がどれ程のものなのか興味があり、機会があれば戦ってみたいと思っていた。
ユーキは小さく俯いて黙り込み、しばらくすると顔を上げてアイカの方を向く。
「……アイカ、フレード先輩と代わってあげなよ」
「えっ?」
アイカはユーキの方を向いて驚き、フレードはユーキが自分と手合わせをする気があると知ってどこか嬉しそうな反応を見せた。
「実は俺も上級生である先輩と一度手合わせしてみたいと思ってたんだ。この機会に上級生がどれ程の実力を持っているのか、戦って理解しておきたいんだ」
「でも……」
「フレード先輩との手合わせが終わったら約束どおり表の型を見せるから、な?」
ユーキは左目を閉じてウインクをしながらアイカに頼み、そんなユーキをアイカは若干不満そうな顔で見つめる。約束したのに後から来たフレードと順番を変えてほしいと言われれば不満を感じてもおかしくない。
しかし、上級生は中級生以下の生徒と比べてかなり忙しく、難しい依頼を回されることが多い。しかもフレードは神刀剣に選ばれた生徒であるため、依頼の量も多く、自由時間は他の生徒と比べて少なかった。そんなフレードがようやく自由時間を得てユーキと手合わせしたいと言っているため、アイカは小さく俯いて考え込んだ。
しばらく考えたアイカは顔を上げ、小さく溜め息をつきながらユーキを見つめた。
「……分かったわ。でも、今回だけだからね?」
「あんがと」
順番を変わってくれるアイカを見てユーキは笑いながら礼を言い、フレードも「よし」と言いたそうにニッと笑った。アイカはユーキとフレードの顔を見ると「やれやれ」と言いたそうな顔でプラジュとスピキュを鞘に納め、階段の方へ歩いて行く。
アイカを見送ったユーキは視線をフレードに向け、フレードも視線をアイカからユーキに向けた。
「ようやくお前と戦うことができるな。楽しみにしてたぜ?」
「アハハハ、あまり期待しないでくださいね? 俺よりもフレード先輩の方が強いと思いますから」
楽しそうにするフレードを見ながらユーキは苦笑いを浮かべる。フレードが上級生の中でも優れた戦士であることは以前アイカから聞いているため、ユーキはフレードに勝てないかもしれないと感じていた。しかし、だからと言って負ける気も最初から手を抜く気はなく、全力で相手をしようとユーキは思っていた。
階段を上がったアイカは他の生徒たちと一緒にユーキとフレードの試合を見守る。試合場を見つめながらアイカは軽く溜め息を付く。
「男って言うのは勝手な連中ばかりだね」
背後から声が聞こえ、アイカはフッと後ろを向く。そこには右手を腰に当て、ヴォルカニックを佩するパーシュの姿があった。
アイカの近くにいた生徒たちはもう一人、神刀剣に選ばれた上級生が現れたことで驚きの声を漏らす。男子生徒たちは妖艶な雰囲気を出すパーシュに見惚れており、女子生徒たちは女子生徒の憧れであるパーシュを見て目を輝かせていた。
「パーシュ先輩、いらっしゃったのですか?」
「ああ、気分転換に闘技場の様子を見に来たんだ。そしたらフレードの馬鹿が強引にユーキと手合わせしようとしているのが見えてね」
パーシュは試合場にいるフレードを見ながら呆れたような顔をしており、アイカも試合場にいる二人に視線を向けた。
「アイツは昔から戦いには目が無い戦闘狂だから、時間に余裕ができれば相手の都合に関係なく勝負を挑むんだよ。特に相手が自分が強いと認めた相手なら尚更さ」
「そう、ですね。さっきも私とユーキが手合わせをしようとした時に半ば強引に代わってほしいと言ってきましたから……」
アイカは複雑そうな表情を浮かべながら語り、それを聞いたパーシュは少し申し訳なさそうな顔でアイカを見る。仲が悪いとは言え、同じ村の出身であるフレードが後輩に迷惑をかけたことに少なからず罪悪感を感じていた。
「悪かったね、アイカ。あの戦闘馬鹿のせいでユーキとの勝負を台無しにされちまって」
「い、いいえ、大丈夫です。私と違ってフレード先輩はずっと依頼を受けてユーキと手合わせする機会が無く、今回ようやく時間を作れたのです。それにフレード先輩との手合わせが終わった後に私がユーキの相手をすることになりましたから」
「アンタは心が広いね」
パーシュは不満を見せないアイカを見ながら感心する。アイカは自分を褒めるパーシュを見ながら少し照れくさそうな顔をしていた。
二人がお互いの顔を見合っていると周りの生徒たちがざわつき出し、アイカとパーシュは試合場に視線を向ける。試合場の真ん中では月下だけでなく月影も抜いたユーキとリヴァイクスを抜くフレードの姿があり、それぞれ構えを取りながら試合を始めようとしていた。
アイカとパーシュは構える二人を無言で見つめる。アイカとパーシュも内心ではユーキとフレードが手合わせをすればどんな戦いになるのか興味があったため、邪魔などはせずに二人の勝負を見守ることにした。
試合場の外側にいる生徒たちが注目する中、ユーキとフレードは得物を握りながら目の前の対戦相手を見つめる。ユーキは真剣な表情を浮かべており、フレードは楽しそうに小さな笑みを浮かべていた。
「さて、そろそろ始めるとすっか」
「お手柔らかにお願いしますね、先輩?」
「ワリィが、俺は手加減するのが下手なんだ。だから、怪我しても文句を言うなよ?」
笑いながらフレードは中段構えを取り、ユーキは楽しそうな顔で語るフレードを見て複雑そうな表情を浮かべながら双月の構えを取る。
フレードが持つ剣、海刃剣リヴァイクスは両刃の直剣で青い剣身に紺色の装飾が施されている。見た目から使われている素材は普通の鉄などではなく、魔法石や特別な金属が使われているとユーキは直感する。同時に神刀剣と呼ばれるからには強い力が宿っていると感じ、警戒心を強くした。
(フレード先輩がどんな戦い方をするのか、神刀剣にどんな力が宿っているのか、それらが分からない以上、こちらから攻撃するのは危険だ。慎重に戦った方がいいな……)
何の情報も無い敵と戦う以上、警戒した方がいいとユーキは感じ、構えを変えずに足を軽く曲げて何時でも移動できる体勢を取った。
「どうした、来ないのか?」
「……」
「来ねぇなら、こっちから行くぜ」
フレードはリヴァイクスを両手で握りながら地面を強く蹴って跳び、一気にユーキとの距離を縮める。ユーキはフレードの脚力に驚いて目を見開いた。
驚くユーキにフレードはリヴァイクスを斜めに振って袈裟切りを放ち、ユーキは咄嗟に月影でフレードの袈裟切りを防ぐ。月影とリヴァイクスがぶつかると試合場に剣戟の音が響いた。
月影を通じて左腕に衝撃が伝わり、ユーキは予想以上に重いフレードの攻撃に内心驚く。だがすぐに平常心を取り戻し、空いている月下で横切りを放ち反撃する。フレードは迫ってくる月下の刃を後ろに跳んで回避し、ユーキから距離を取ってリヴァイクスを構え直した。
「俺の攻撃を片手で止めるとは、思っていたよりもやるじゃねぇか?」
「こっちも予想以上に重たい攻撃にビックリしましたよ。おまけに一瞬で距離を詰められちゃいましたし、驚きの連続です」
「へっ、褒めたって何も出ねぇし、手を抜く気もねぇぞ?」
余裕そうに笑うユーキを見ながらフレードはニッと笑う。自分の攻撃を難なく防ぎ、余裕を見せるユーキを見てますます面白くなりそうだと思っているようだ。
フレードはユーキに向かって走り出し、間合いに入るとリヴァイクスを連続で振ってユーキを攻撃する。ユーキは月下と月影の両方を使ってフレードの連撃を防いでいく。最初の一撃と比べると軽い攻撃だが、長時間防ぎ続けるのは難しいと感じ、ユーキは僅かに目を鋭くした。
ユーキは後ろにゆっくりと下がりながらフレードの連撃を防ぎ続け、一瞬の隙を付いてフレードの左側面に回り込み、月下と月影を同時に右から横に振って反撃した。フレードは素早く左に回り込んだユーキを見て笑みを浮かべ、リヴァイクスを下向きに持って冷静に横切りを防ぐ。
攻撃を防いだフレードはリヴァイクスを振り上げて月下と月影を素早く払い、そのままリヴァイクスをユーキの頭上から振り下ろす。ユーキはリヴァイクスを鋭い目で見つめながら右へ移動して振り下ろしをギリギリでかわした。そして、そのまま左足で後ろ回し蹴りをフレードの脇腹に向かって放つ。
「何?」
いきなり体術を使ってきたユーキにフレードは驚いて声を漏らす。しかし、驚きながらも後ろに軽く跳んで蹴りをかわし、もう一度後ろに跳んでユーキから距離を取った。
月宮新陰流は実戦的な剣術を目指して開発された剣術であるため、刀だけでなく体術を使った戦闘もできるようになっている。ユーキも祖父から剣術を学んでいた時に最低限の格闘技を教えてもらっていたのだ。
ユーキは離れたフレードを見つめながら月下と月影を構え直し、フレードもユーキを見つめながらリヴァイクスを構え直す。二人の攻防を見ていた生徒たちは実戦のように思えて驚きの反応を見せ、アイカとパーシュもユーキとフレードの試合を見て目を見開く。
「す、凄い……」
「ああ、全力じゃないとは言え、あの戦闘馬鹿とあそこまでやり合えるとは……あの子、あたしらが思っている以上に強いかもしれないね」
上級生であるパーシュにも強いと言わせたユーキにアイカは驚くのと同時に感心した。ユーキはいったいどれほどの力を持っているのか、アイカはそう感じながら無言でユーキとフレードの試合を見守る。
アイカたちが試合に注目する中、ユーキとフレードは黙り込んでお互いを見つめている。どちらも相手が自分の想像以上の力と技量を持っていることに驚いていた。
「……大したもんだぜ。下級生でありながら俺とここまでやり合えるとはな」
構えを崩さずにフレードは笑いながら楽しそうに語る。ユーキは自分の実力を高く評価してくれるフレードを見て嬉しさを感じたのか、つられるように小さく笑った。
「こりゃあ、ちょいと本気を出して戦っても大丈夫かもしれねぇな」
フレードは笑いながら僅かに低い声を出し、リヴァイクスを握る手に少し力を入れる。すると、リヴァイクスの刃の部分から水が湧き出るように出現して刃だけを包み込む。その光景を見たユーキは目を見開き、試合を見ていたアイカとパーシュも同じように目を見開いた。
「パーシュ先輩、あれは……」
「ああ、間違い無い。あの馬鹿、リヴァイクスの能力を使うつもりだ」
若干興奮したような口調でフレードが神刀剣の力を解放するとパーシュは語り、アイカは驚きの表情を浮かべながらパーシュの方を向いた。
「アンタ、何やってんだい!」
パーシュの声を聞き、試合場のユーキとフレードは視線を試合場の外に向け、アイカと共に試合を見学しているパーシュを見つける。パーシュが闘技場に来ていることを知ったユーキは意外そうな顔をした。
「チッ、パーシュの奴、来てやがったのか……」
フレードはパーシュを鋭い目で見つめながら不満そうな声を出す。ユーキはフレードとパーシュが不仲であることを知っているため、フレードの反応を見て苦笑いを浮かべた。
「フレード! アンタ、下級生相手に神刀剣の能力を使うつもりかい? そんなことしてユーキが怪我したらどうするつもりだよ」
「うるせぇな、少しだけ力を解放するだけだ。それに大怪我しねぇように手加減もする」
「さっき手加減が下手だって自分で言ったじゃないか。そんなアンタが敵でもない相手に能力を使ったら怪我させる未来しか見えないよ」
「大丈夫だって言ってるだろうが! 後から来たくせにキーキー文句を言うんじゃねぇ。そもそも最初から真剣を使った試合してんだ、今更危険もクソもねぇだろう」
試合中なのにパーシュと口喧嘩を始めるフレードをユーキは目を丸くしながら見つめる。先程まで緊張や興奮を感じていたのに、二人のやりとりでそれらが完全に吹き飛んでしまった。
フレードはしばらくパーシュと口論をしていたが、これ以上言い争っても埒が明かないと感じたのか、パーシュを無視してユーキと向かい合った。
「悪いなルナパレス。さ、勝負を続けようぜ?」
「そ、それは構いませんが……いいんですか、パーシュ先輩のこと?」
「ああ、かまやしねぇよ。あんな口うるさい馬鹿」
パーシュを放っておくフレードを見てユーキは何と言えばいいのか分からずにまばたきをした。無視されたパーシュは険しい顔でフレードを睨んでおり、アイカは心配そうな顔でユーキとフレードを見ている。
試合を見守る生徒たちは神刀剣の能力を解放するフレードを見て、アイカのように不安そうな顔をしたり、神刀剣の能力を見られることに興奮したりしながら試合場に注目する。アイカたちが見ている中、ユーキは構え直し、フレードも試合を再開しようと中段構えを取った。
「こんな所にいたのですね」
突如聞こえてきた声に試合場のユーキとフレード、試合を見ていたアイカとパーシュは反応し、全員が声のした方を向く。ユーキたちの視線の先には両手を腰に当てながら立っているロギュンの姿があった。
「副会長?」
ロギュンの姿を見てアイカは意外そうな反応を見せる。普段生徒会の仕事で忙しいロギュンが闘技場にやって来るなどとても珍しいことだからだ。
ユーキたちが注目する中、ロギュンは表情を変えずに歩き、パーシュの隣にやって来て試合場を見下ろす。試合場のユーキとフレードも構えを解いてロギュンを見上げた。
「何だよ、真面目な副会長様がこんな所に来るなんて珍しいじゃねぇか。何しに来たんだ?」
「貴方を探しに来たんですよ。あと、パーシュさんとアイカさん、そしてユーキ君も……」
ロギュンが自分たちを探していたと知ってユーキとアイカは軽く目を見開き、パーシュとフレードは僅かに目を細くする。生徒会副会長が自らメルディエズ学園の実力者たちを探すなんて、何かあるとパーシュとフレードは感じ取っていた。
「皆さんが同じ場所にいたおかげで助かりました。他の場所を探しに行く必要が無くなりましたからね」
「……それで、あたしらに何の用なんだい?」
パーシュが改めて用事を尋ねると、ロギュンはパーシュの方を向いて口を開いた。
「すぐに生徒会室に来てください。大切な話があります」
「大切な話?」
「詳しいことは生徒会室で話します」
ロギュンはそれだけ言うと闘技場を後にし、アイカとパーシュはロギュンの後ろ姿を黙って見つめる。いったい何なのだろうと思いながらアイカとパーシュはお互いの顔を見つめ合い、とりあえず生徒会室に向かうためにロギュンの後を追って闘技場から出ていく。
試合場に出ていたユーキも移動するために試合を中断し、月下と月影を鞘に納める。フレードはいいところで邪魔が入ったため、不満そうな表情を浮かべていたが、生徒会から呼び出された以上は無視できないため、渋々リヴァイクスの能力を解除した。
能力が解除されると刃を包み込んでいた水は落ち、地面に染み込んでいく。フレードはリヴァイクスを振って剣身に付着している水を払い落とすと鞘に納めた。
「……ルナパレス、勝負はお預けだ。生徒会の用事が済んだら続きをやるから、忘れんなよ?」
「ハ、ハイ」
ユーキは目を鋭くするフレードを見つめながら頷き、ユーキの返事を聞いたフレードは背を向けて階段の方へ歩き出す。ユーキもフレードの後を追って階段へ向かい、二人は階段を上がって試合場から出る。
二人はそのまま闘技場を出ていき、残された生徒たちは呆然と去って行くユーキたちを見ていた。
今回から二章が開始します。
また、数日の間隔をあけてから投稿しますので、気を長くしてお待ちください。




