第百六十八話 朝の話し合い
日付が変わり、アルガントの町に朝が訪れる。町の住民たちが朝食や仕事の準備を進める中、クロフィ男爵の屋敷でも使用人やメイドたちが朝食などの準備をしており、屋敷を活動拠点としているユーキたちも目を覚まして身だしなみを整えていた。
着替えが済むと朝食を取るため、ユーキたちは部屋を出て食堂へ向かう。食堂に来るとそこには既にイェーナとヴェラリアの姿があった。
「おはようございます」
パーシュが代表で挨拶をするとイェーナは笑みを浮かべ、ヴェラリアはチラッとユーキたちに視線を向けた。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「ええ、いいベッドだったのでぐっすりと」
イェーナの問いにパーシュは笑みを浮かべながら答え、彼女の後ろにいるユーキたちも笑う。フィランはいつもどおり無表情のままイェーナを見つめていた。
挨拶が済むとユーキたちは使用人に案内されて自分たちの席に付き、朝食が出てくるのを待つ。しばらく待っているとメルディエズ学園の食堂では出されないような豪華な朝食が出された。
ユーキたちは目の前の朝食に少し驚いた表情を浮かべる。全員分の朝食が出されるとユーキたちは食事を始めた。
メルディエズ学園では友人同士で喋りながら朝食を取っているのだが、今は依頼中で依頼主と共に食事をしているため羽目を外すことはできない。ユーキたちは騒いだりせず、静かに料理を口へ運んだ。
朝食が済むとメイドたちは食器を片付け、それと同時に紅茶の入ったティーカップがユーキたちの前に出された。
「お味の方はいかがでしたか?」
朝食が終わってリラックスしているユーキたちにイェーナが料理の感想を訊くと、紅茶を飲んでいたパーシュはティーカップを置いてイェーナの方を向く。
「どれも美味しかったです。あたしらには勿体ないくらいの朝食でした」
パーシュは素直に思ったことを伝え、ユーキとアイカもイェーナを見て笑っている。実際、朝食に出された料理はメルディエズ学園の食堂では出されないような料理が多く、食材なども立派な物が使われていて美味だった。
「ただ、俺的にはもう少し肉とかを多めに出してもらいたかったな」
「おい!」
食い応えのある料理を求めるフレードは笑いながら肉を希望し、食事を用意してもらいながら贅沢を言うフレードにパーシュは声を掛ける。フレードの発言を聞いたユーキは苦笑い、アイカは困った表情を浮かべ、ヴェラリアは目を細くしながら呆れ顔でフレードを見ていた。
ユーキたちが様々な表情を浮かべながらフレードを見ている中、イェーナはクスクスと笑いながら口に手を当てていた。
「そうでしたか。では次はお肉の料理を出すよう、料理長にお伝えしておきますね」
「イ、イェーナさん、コイツの言うことをいちいち気にしなくても……」
フレードの希望を叶えようと考えるイェーナにパーシュは困り顔になり、ヴェラリアもイェーナを見ながら軽く溜め息をつく。二人の反応を見たイェーナは微笑みながら紅茶を一口飲んだ。
「ところで皆さん、本日はどうされるご予定ですか?」
イェーナはユーキたちを見て今日はどのように行動するか尋ねる。ユーキたちも話題が行方不明者のことになると表情を僅かに鋭くした。
「昨日情報収集を行いましたから、今日は町の周辺を調べて行方不明者を探そうと思ってます」
「捜索ですか。……ですが、いなくなった人たちが何処にいるか分からないのに探すと言うのは大変なのではないでしょうか?」
パーシュの話を聞いたイェーナは僅かに表情を曇らせながら行方不明者の捜索が困難になるのではと予想する。確かにユーキたちは昨日の情報収集で血痕の付いた布切れとエリザートリ教団の情報以外、手に入れることはできなかった。
しかしどうすることもできないと言う状態ではないため、ユーキたちは焦っていない。
「捜索する場所は既に決めてあります」
「あら、そうなのですか?」
「ええ。……それで、そのことでイェーナさんに一つお願いがあるんです」
真剣な顔で見つめるパーシュを見てイェーナは不思議そうな顔をする。パーシュはイェーナを見つめながら静かに口を開いた。
「イェーナさん、町の北東にある森に入る許可を貰えませんか?」
北東の森と言う言葉を聞いてイェーナはフッと反応し、ヴェラリアもパーシュを見ながら僅かに目を鋭くする。
実はユーキたちは昨日、情報交換をする時に今日の予定を簡単に決めており、その時にヴェラリアから教えてもらった北東の森を捜索することを決めていた。だが、森に入るにはイェーナの許可が必要なため、朝になったらイェーナに森に入れるよう頼んでみることにしたのだ。
イェーナはパーシュを見た後、気持ちを落ち着かせるかのように再び紅茶を一口飲んだ。
「……北東の森に入る許可を私に求めると言うことは、その森がどんな場所なのか皆さんはご存じなのですね?」
「ハイ、昨日ヴェラリアさんから聞きました」
直接ヴェラリアから北東の森のことを聞いたユーキがイェーナの問いに答える。
イェーナはユーキを見た後にチラッとヴェラリアに視線を向け、「どうして話したのですか?」と目で尋ね、イェーナと目が合ったヴェラリアは謝罪をしているのか無言で頭を軽く下げた。
ヴェラリアの反応を見たイェーナは静かに溜め息をつきながら持っていたティーカップをテーブルの上に置いたユーキたちの方を向いた。
「ご存じなら、詳しい説明は不要ですね。……許可することはできません」
予想どおりの答えが返ってきたことでユーキは小さく反応し、アイカたちも無言でイェーナを見つめる。
アイカたちもユーキと同じでいきなり頼んでも断られるだろうと予想していたため、驚いたりすることはなかった。
「許可できないのは、やっぱり北東の森が危険な場所だから、ですか?」
「ハイ。……ヴェラリアからお聞きしていると思いますが、北東の森は広く、木々が多いことから方向感覚が通常の森以上に狂いやすくなる場所です。そのため、一流の冒険者の方々も迷いやすい場所なのです。それに私はあの森には行方不明者がいる可能性は低いと思っています」
「それもヴェラリアさんが教えてくれました」
イェーナの考えや危険な場所であることもしっかり理解しているとユーキは真剣な顔で伝え、そんなユーキをイェーナは見つめた。
「危険な場所にわざわざメルディエズ学園からいらっしゃった皆さんを入れるわけにはいきません。あそこは皆さんが想像している以上に危険な場所なのでヴェラリアや町の冒険者たちにも出入りを禁じているのです」
「分かっています。ですが、俺たちは北東の森に行方不明になっている人たちがいるかもしれないと考えてるんです」
ユーキは北東の森を捜索したい理由を話し、ユーキの言葉を聞いたイェーナとヴェラリアは同時に反応をする。
「昨日の情報確認で俺らは今回の事件で消えた連中は誰に攫われたって考えてるんだ」
イェーナとヴェラリアの反応を見たフレードがなぜ北東の森を調べようと考えたのか説明し始め、二人は黙って根拠を語るフレードに視線を向ける。
「俺とルナパレスたちが手掛かりを探しに北西の森へ行った時、そこで血の付いた服の一部を見つけた。そこから失踪した奴らが誰かに襲われて連れ去られたと考え、その犯人がベーゼかエリザートリ教団なんじゃねぇかって予想してんだ」
「エリザートリ教団? 三十年前に存在していた宗教団体ですか?」
フレードの口から出た団体名にイェーナは軽く目を見開き、ユーキたちはイェーナが既に崩壊している教団のことを知っていることを意外に思う。だが、よくよく考えれば三十年前には存在していたエリザートリ教団のことを四十七歳であるイェーナが知っていても不思議ではなかった。
話を聞いていたイェーナはチラッとヴェラリアの方を向き、ヴェラリアはイェーナを見ると無言で頷いてエリザートリ教団のことを知っていると目で伝える。ヴェラリアもアルガントの町に戻った後、エリザートリ教団のことを色々調べ、教団が想像していた以上に危険な組織なことを知った。
ヴェラリアの反応を見たイェーナはエリザートリ教団のことを一から説明する必要は無いと感じて再びフレードの方を向く。フレードもイェーナが自分の話を聞く状態になったのを見て説明を続けた。
「今回行方不明になった奴らは十代半ばから二十代前半の若い奴らで、教団が攫っていた連中も十代半ばから二十代前半の奴らだった。消えた奴らの年齢が同じことから教団が誘拐したんじゃねぇかと俺らは考えてる」
「……ですが、エリザートリ教団は三十年前に既に崩壊しています。崩壊した組織が今回の失踪事件に関わっているとは思えませんが……」
「俺らも最初はそう思ってた。だが、ルナパレスはベーゼを崇拝し、他人の血を飲むようなイカれた連中の集まる団体が完全に崩壊したとは思っておらず、この三十年の間に復活したんじゃねぇかって考えてる。俺らもルナパレスの話を聞いて、復活してる可能性があると考えたんだ」
「教団が復活して人々を攫っているというわけですか?」
「あくまでも可能性として考えてるだけだがな」
嘗てアルガントの町の周辺で悪行を尽くしていた組織が復活しているかもしれないと聞かされたイェーナは難しい顔をする。ヴェラリアも平気で誘拐や殺人を犯す教団が復活していたとしたらとんでもないことになると感じて表情を僅かに歪ませた。
「それで皆さんは復活しているかもしれない教団が攫った人々を北東の森に連れて行ったと考え、森を調べてみたいと思っているのですか?」
「それもありますけど、一度も調べたことの無い森を調べる価値があるという考えや失踪事件が起きている場所から森にいる可能性が高いと言う考えもあります」
パーシュはエリザートリ教団のことだけでなく、これまでの状況や情報から北東の森を調べるべきだとイェーナに伝える。
「母上、私も同感です。今回の一件にベーゼや教団が関わっているかは分かりませんが、現状を考えるのなら、多少危険でもやはりあの森を調べるべきです」
ヴェラリアはパーシュの背中を押すように北東の森を探索するべきだと進言する。ヴェラリアも以前から北東の森を調べてみたいと思っていたため、ユーキたちの考えに賛同していた。
「やはり許可できません。先程もお話ししたようにメルディエズ学園から派遣された皆さんを、そして大切な一人娘を危険な森へ行かせることはできません」
「母上!」
考えを変えようとしないイェーナに対してヴェラリアは思わず力の入った声を出す。
イェーナの愛情はヴェラリアも十分理解している。だが自分は冒険者であるため、失踪した人々を見つけ、助け出したいと思っていた。
北東の森に失踪した人々がいる可能性が少しでもあるのなら多少危険だとしても調べようとヴェラリアは考えている。しかしイェーナはヴェラリアの身の安全を優先して考えており、自分の意思を理解してくれないイェーナにヴェラリアは悲しさを感じていた。
ヴェラリアは納得できない顔でイェーナを見つめる。すると、黙って話を聞いていたアイカがイェーナを見ながら口を開いた。
「イェーナ夫人、私たちのことはお気になさらないでください。私たちは危険を承知の上で依頼を受けています。北東の森が迷いやすい場所だとしても私たちは抵抗を感じたりしませんし、命じられれば捜索します。……でもそれは、ヴェラリアさんも同じだと思います」
アイカの言葉を聞いたヴェラリアはフッとアイカの方を向き、イェーナやユーキたちもアイカの方を見る。
「生意気なことを言うようですが、ヴェラリアさんも大勢の人を助けるために冒険者になられたはずですし、冒険者になった時から命を落とすことや危険な場所に足を踏み入れることを覚悟されていたはずです」
イェーナを見つめながらアイカは自分が思ったことを力強い口調で喋り続けた。
「お嬢さんであるヴェラリアさんを大切に思う気持ちも分かります。ですが、ヴェラリアさんの人々を助けてあげたいと言う気持ちも汲んであげてほしいのです」
依頼主に対して偉そうな言い方をするのは失礼だとアイカも理解している。だが、自分たちと同じように他人のために依頼を受けたり、モンスターと戦ったりするヴェラリアの意志が理解できるアイカはヴェラリアに北東の森を調べる権利を与えてほしいと思っていた。
「イェーナ夫人、行方不明になった人たちのためにも、ヴェラリアさんのためにも彼女が森に入ることを許可してあげてください」
アイカは北東の森を捜索する許可を求めると同時に冒険者としてのヴェラリアを信じてほしいとイェーナに話す。
ユーキたちはイェーナを説得するアイカの姿を見て少し驚いた表情を浮かべており、ヴェラリアも商売敵であるメルディエズ学園の生徒が自分のためにイェーナを説得しようとする姿を見て驚いていた。
イェーナはアイカが見つめる中、目を閉じながら黙り込み、しばらくするとゆっくりと目を開けた。
「……確かに、私はヴェラリアを大切に思いすぎるあまりヴェラリアの意思を無視し、冒険者としての実力を信じてあげられてなかったのかもしれませんね」
アイカの言葉で自分の間違いに気付いたのかイェーナは考え方を改め、ヴェラリアやユーキたちはイェーナの言葉を聞いて一斉に反応する。
イェーナはそれから再び考え込み、やがて真剣な表情を浮かべながらユーキたちを見た。
「……分かりました。北東の森に入ることを許可します」
北東の森に入る許しを得たユーキとアイカは微笑みを浮かべ、パーシュとフレードは「よし!」と言いたそうにニッと笑う。フィランは表情を変えずに自分の紅茶を静かに飲んでいる。
「ヴェラリア、貴女もティアドロップのメンバーたちと一緒に彼らに同行し、行方不明になった人たちを探してください」
今まで許可を下ろしてくれなかったイェーナがようやく森に入ることを許可してくれたことにヴェラリアは小さな衝撃を受け、同時に母親が自分の意志を理解し、力を信じてくれたことに対して喜びを感じていた。
「母上、ありがとうございます」
「お礼を言う必要はありません。私は貴女を傷つけたくないと言う考えから貴女の覚悟や冒険者としての意志をこれっぽっちも考えてきませんでした。……ごめんなさいね」
謝罪するイェーナを見てヴェラリアは微笑みながら「良いのです」と首を横に振る。ヴェラリアもイェーナが自分を想って許可を下ろさなかったことを理解していたため、イェーナを責めようとは思っていなかった。
アイカは笑いながらヴェラリアの気持ちを理解してくれたイェーナを見つめる。それと同時に母親から大切に思ってもらっているヴェラリアを羨ましく思った。
「それじゃあ、早速森を調べに行くか」
北東の森に入る許可を得るとフレードは席を立ち、ユーキたちも森の調査へ向かおうとする。すると、ヴェラリアと話していたイェーナが軽く目を見開きながらユーキたちを見た。
「あっ、待ってください。許可は出しますが、今日森に入るのは控えてください」
「はあ? 何でだ?」
許可したのに森に入らないでほしいと言ってくるイェーナにフレードは訊き返す。ユーキたちも矛盾にする言葉に理解できないような反応を見せながらイェーナに視線を向けた。
「先程もお話ししたようにあの森は迷いやすく、優秀な冒険者でも運が悪ければ迷ってしまうほどの場所です。そんな場所に今回初めて訪れる皆さんだけで入るのは危険です」
「だから、俺らは危険な場所でも自分たちの意思で入るから、アンタたちは気にしなくてもいいって……」
「例え皆さんが危険を承知の上で入るのだとしても、迷ってしまう可能性が高い森に皆さんとティアドロップだけを入れることはできません。何よりもあの森は皆さんだけで調べるには広すぎます」
真面目な顔でユーキたちを見ながらイェーナはゆっくりと立ち上がった。
「私はこれから冒険者ギルドへ向かい、皆さんと共に森を探索してくださる冒険者を集めます。すぐに集めるのは難しいので、森を探索は明日になさってください」
イェーナが冒険者を集めると言うのを聞いて、ユーキたちは今日森に入らないでと言った理由に納得した。
森を探索する技術や知識を持たないユーキたちが無事に森から出るため、そして効率よく探索ができるようにする準備をするため、イェーナは今日は森に入らないでほしいと言ったのだ。
「メルディエズ学園との共同なのでどれほど集まるかは分かりませんが、できるだけ多くの冒険者を集めるつもりです。冒険者が集まりましたら、皆さんは彼らと共に北東の森の探索を行ってもらいます」
「分かりました。そう言うことなら今日は森に入るのをやめておきます」
パーシュはイェーナが自分たちのことを考えて森に入らないでほしいと言ってるのを理解したため、異議を上げることなく森に入るのを諦めた。
ユーキとアイカもパーシュと同じ気持ちなため、不満そうな反応は見せていない。フレードはすぐに森を調べたいと思っていたのか、若干納得できないような顔をしている。
しかしイェーナが自分たちのために準備をしようとしているのは理解できたため、フレードは文句を言ったりはしなかった。
「それじゃあ、今日はどうしますか?」
ユーキがこの後の予定についてパーシュに尋ねると、パーシュは紅茶を一口飲んでからユーキの方を見る。
「あたしは北東の森の下見に行ってみようかなって思ってる。森に入ることはできなくても、外から森がどんな場所なのか確認することぐらいはいいはずだよ。……ですよね、イェーナさん?」
「ええ、それでしたら問題ありません」
近づくだけなら構わないとイェーナは許可し、パーシュはチラッとユーキたちの方を向いた。
「と言うわけで、あたしは森の様子を見に行くけど、アンタらはどうする?」
「俺も行きます。一流の冒険者でも迷ってしまうと言われる森がどんな場所か気になりますし、もしかすると復活したかもしれない教団やベーゼの手掛かりとかが見つかるかもしれませんから」
ユーキはパーシュと共に北東の森を見に行くことを決める。パーシュはユーキが自分と同じ選択をすると思っていたのかユーキを見ながら小さく笑った。
「先輩、私も森へ行きます」
「……お前の提案に乗るようで気に入らねぇが、俺も森を見に行くことにするぜ」
「アイカとフレードも森行きか。……フィランはどうするんだい?」
パーシュは黙っているフィランの意見を聞くために声を掛ける。フィランは自分のティーカップに入っている紅茶を全て飲み、空になったティーカップをテーブルの上に置くとパーシュの方を見た。
「……前日に調べる場所を確認するのは常識。少しでも効率よく調べるのなら、一度森を見ておいた方がいい」
「つまり、アンタも森へ行くってことだね?」
フィランは表情を変えることなく無言で頷く。全員の意見を聞いたパーシュは次に黙って話を聞いていたヴェラリアの方を向いた。
「あたしらは森へ下見に行く。アンタたちティアドロップにも一緒に来てもらうけど、構わないかい?」
「ああ、私もお前たちと同じで森を見ておきたいと思っていたから同行させてもらう。リタたちも母上が森に入る許可を出してくださったと知れば下見に行くことに賛成してくれるはずだ」
ヴェラリアの話を聞いたユーキは心の中でよかったと思いながら小さく笑う。
アルガントの町で活動しているティアドロップなら町の周りに詳しく、北東の森がどんな場所なのかも分かっているはずなので、彼女たちが一緒に来てくれれば森の細かい情報を得ることができ、明日の探索に役立つだろうとユーキは思っていた。
「なら早く行こうぜ? 細かく調べるなら、できるだけ早く森へ行った方がいいだろう」
「待て、まずリタたちに森へ行くことを伝えないといけない。今の時間ならリタたちはギルドにいるはずだ。私はリタたちにこのことを話して連れて来る。お前たちはそれまで待っていてくれ」
他のティアドロップのメンバーを呼びに行かないといけないと聞かされたフレードは面倒そうな表情を浮かべながら、「早くしてくれよ」と言いたそうにヴェラリアを見つめる。
ヴェラリアは冒険者ギルドへ向かうため、イェーナに軽く頭を下げてから食堂を後にする。ヴェラリアが退室すると、ユーキたちも部屋に戻って準備をするために全員が席を立った。
「じゃあ、あたしらも外出の準備をしてきます」
「分かりました。気を付けてくださいね」
忠告するイェーナを見てパーシュは小さく笑い、静かに食堂から出て行く。ユーキたちもイェーナの顔を見たり、軽く頭を下げたりしてから食堂を後にする。
ユーキたちが退室し、静かな食堂にはイェーナ一人だけが残った。
「……」
イェーナは出入口である扉を無言で見つめ、しばらくすると紅茶を一口飲んでから立ち上がり、食堂を後にした。
――――――
食堂を出たユーキたちは借りている部屋へ向かい、自分たちの得物や道具の入ったポーチを装備して外出の準備をする。準備が済むと部屋から出て屋敷のエントランスへ移動し、ティアドロップのメンバーを呼びに行ったヴェラリアが戻るのを待った。
エントランスで待つこと二十分、ティアドロップのメンバーを呼びに行っていたヴェラリアが戻ってきた。屋敷に入ったヴェラリアやリタたちは昨日と同じ装備をしており、ユーキたちを見たヴェラリアは意外そうな顔する。
「何だ、ずっとエントラスで待っていたのか?」
「ええ、ヴェラリアさんたちが来たらすぐ出発できるようにしておこうと思いまして」
準備万端であることを伝えるユーキを見てヴェラリアはやる気があるなと思ったのか小さく笑う。レーランはユーキたちを見ながら笑顔で頭を下げ、リタとフェフェナは待機していたユーキたちを見て「せっかちな連中だ」と思ったのか呆れたような顔をする。
「ヴェラリアから話は聞いたよ。例の森の様子を見に行くんだってね?」
「ああ、あの森に行方不明になった人たちがいるかもしれないからね」
パーシュの言葉を聞いたリタは静かに溜め息をつく。ティアドロップのメンバーはユーキたちよりも前に北東の森に行方不明者がいるかもしれないと予想していたため、今になって森に行方不明者がいると聞かされても驚いたりしなかった。
「あと、これから俺たちが行く森にはベーゼか教団の奴らが隠れてる可能性もある。油断するんじゃねぇぞ?」
「それは此処に来る途中でヴェラリアから聞いたわ。でもそれはあくまで可能性でしょう? 本当に教団が復活しているかどうかはまだ分からないじゃない」
今の段階ではエリザートリ教団が復活していることも、ベーゼが失踪事件に関わっていることも可能性の一つでしかないと考えるフェフェナはユーキたちの予想が信じられないような顔をする。フレードはそんなフェフェナを見て小さく鼻を鳴らした。
「戦場では何が起きるか分からねぇ。まったく予想もしてねぇ事態になることだってあるんだ。可能性が低いからって教団は復活してねぇって考えるのか? 随分戦場をナメてるようだな」
「何ですってぇ?」
フレードを軽く睨みながらフェフェナは低い声を出し、フレードも小馬鹿にするような笑みを浮かべながらフェフェナを見る。
これから共に北東の森を調べると言うのに口喧嘩を始めようとする二人を見てパーシュとヴェラリアは溜め息をついた。
「やめな、フレード! 今からベーゼや教団の関係者がいるかもしれない森に向かうって言うのに協力者に喧嘩を売るような発言をするんじゃない」
「フェフェナもだぞ。フレード・ディープスの言うとおり、戦場では何が起きるか分からない。可能性が低いからと言って軽く考えるな」
パーシュとヴェラリアが注意をするとフレードは小さく舌打ちをし、フェフェナは僅かに表情を曇らせて黙り込む。出発前から小さな問題を起こす二人をユーキとアイカは疲れたような顔で見つめる。
「そ、それじゃあ森へ向かいましょうか。北東の森は昨日私たちが行った森よりも少し距離があるので用意した荷馬車に乗って行きましょう」
気まずい雰囲気を感じ取ったレーランは苦笑いを浮かべながら声を掛け、ユーキたちは玄関の方へ歩き出す。フレードとフェフェナもお互いを軽く睨みながらユーキたちより少し遅れて玄関に向かう。
屋敷の外に出ると玄関前には少し大きめの荷馬車が停められている。ティアドロップが移動の足として用意した物だ。
ユーキたちは準番に荷台へ乗り、御者席にはヴェラリアが乗った。全員が乗ったのを確認するとヴェラリアは手綱を握って馬を走らせ、屋敷の敷地から外へ出る。
街道に出るとユーキたちは森に向かうため、まずアルガントの町の北門に向けて荷馬車を走らせた。




