第百六十七話 邪悪を崇める者たち
アルガントの町へ戻ったユーキたちはアイカたちと合流するためにクロフィ家の屋敷へ向かう。集合時間にはまだ時間があるが、余裕を持って戻れるようにより道などは一切しなかった。
ユーキたちが屋敷の着いた時、正門前には既に情報収集を終えたアイカたちの姿があった。アイカたちの姿を見たユーキは自分たちと違い、町の中にいたのだから先に戻っていても不思議ではないと感じながらアイカたちと合流する。
合流するとヴェラリアはリタたちに本日のティアドロップの仕事は終わったこと、後ほどメンバーで情報確認をすることを伝えてから解散させた。リタたちが去るとユーキたちはお互いが手に入れた情報の確認と交換をするために屋敷へ移動する。
屋敷に入るとヴェラリアはイェーナに戻ったことを伝えるためにユーキたちと別れてイェーナの部屋へ向かう。ユーキたちはメイドによって一階の居間へ案内され、居間に入ると丸いテーブルを囲むように椅子に座った。
「さてと、早速情報の確認をしようかね」
座りながら腕を組むパーシュはユーキたちに視線を向ける。ユーキ、アイカ、フレードの三人は黙ってパーシュを見つめており、フィランはいつもどおり無表情で視線だけをパーシュに向けていた。
「まずは失踪現場がどんな状態だったか報告しておくれ」
パーシュはそう言って失踪現場に向かったユーキとフレードの方を向く。フレードはパーシュが見つめる中、両手を後頭部に当てながら背もたれに寄りかかった。
「女たちが消えた現場に行って色々調べたんだが、木の枝に引っかかってた血痕が付いた布切れ以外は何も見つからなかった」
「足跡とか、女の子たちの痕跡とかも見つからなかったのかい?」
「ああ、サンロードとの通話が終わった後に森の奥も調べてみたんだが、結局何も無かった」
面倒そうな顔をしながらフレードは語り、報告を聞いたアイカは少し残念そうな表情を浮かべる。布切れが見つかったため、伝言の腕輪での会話が終わった後に何か有力な手掛かりが見つかったのではとアイカは少し期待していたようだ。
「他に何か情報は得られたかい?」
「さっきも言っただろう、何も見つからなかったから森の中を一通り調べてから帰ってきたんだ。……ただ、捜索している時にヴェラリアから気になる場所があるって話を聞いた」
「気になる場所?」
フレードの話を聞いたパーシュが反応し、アイカも気になるような表情を浮かべる。フィランは表情を一切変えずにチラッとフレートの方を見た。
ヴェラリアからどんな話を聞いたのか気になるアイカたちは説明してくれるのを待つ。するとフレードの代わりにユーキが口を開いた。
「アルガントの町の北東に俺たちが行った森よりも大きな森があるそうです。そこはとても迷いやすい森で、優れた探索能力を持つ冒険者でも迷うほどだそうです」
「町の近くにそんな森があったの?」
アイカは少し驚いた反応を見せながらユーキに確認し、ユーキはアイカを見ると小さく頷く。
ユーキたちと別れた後、アイカたちは町の住民たちに聞き込んだり、図書館の本を調べたりして情報を集めたが、ユーキたちがヴェラリアから聞いた森の情報は得られなかった。そのため、アイカたちはユーキから聞いて初めて森のことを知ったのだ。
「話を聞いた時、その森に行方不明になった人たちがいるかもしれないと思ってヴェラリアさんにその森を調べられないか確認したんだけど、あまりに危険な森だからイェーナさんの許可が無いと冒険者でも入れないそうだ」
「イェーナ夫人の?」
「ああ、その森はクロフィ男爵が亡くなる前に入ることを禁じたみたいで、入るには当主であるクロフィ男爵の許可が必要だったらしい。だけどクロフィ男爵が亡くなったため、代行であるイェーナさんの許可を取る必要があるみたいなんだ」
森に入るには許可が必要だと決めたクロフィ男爵が他界したのだから、貴族の職務を引き継いでいるイェーナの許可を取るのは当然だとアイカはユーキの話を聞いて納得する。この時、アイカやパーシュも話を聞いてアルガントの町の北東にある森に行方不明者がいる可能性があると考えていた。
「町の冒険者や軍の人たちは調べたの? 森に行方不明になった人たちがいる可能性があるのなら、当然冒険者たちはその森を捜索したんでしょう?」
「いや……帰り道でもヴェラリアさんから色々聞いたんだけど、ティアドロップや他の冒険者たちもあの森はまだ調べてないらしい」
アルガントの町の冒険者たちがまだ北東の森を捜索していないと知ったアイカとパーシュは軽く目を見開く。
最初の行方不明者が出てから既に四ヶ月も経過しているのに町の周辺にある森で最も大きく、行方不明者がいる可能性が高い森が未調査だと聞いたのだから驚くのは当然だ。実際、ヴェラリアから直接話を聞いたユーキとフレードもまだ一度も調べられていないと聞かされた時は驚いていた。
「事件が発覚して数ヶ月が経ってるのにどうして冒険者たちはその森の調べてないんだい?」
「さっきも言ったように森に入るにはイェーナさんの許可が必要です。ヴェラリアさんや他の冒険者たちも森を調べるため、イェーナさんに森に入る許可を求めたそうなんですけど、イェーナさんは許可してくれなかったみたいですよ」
「何でだい?」
行方不明者を見つけるためなのにどうして許可が下りないのか理解できないパーシュは僅かに眉間にしわを寄せながらユーキに尋ねる。
「ヴェラリア曰く、その森はスゲェ危険だから夫人が入ることを許可しないんだとよ」
ユーキの代わりにフレードがパーシュの問いに答え、パーシュはフレードの方を向く。
危険だから森に入れたくないと言う考えは分からないことではない。しかし、少しでも行方不明者がいるのなら調べるべきではないのかとパーシュやアイカは思っていた。
「冒険者たちもあたしらと同じように常に危険を覚悟で活動しているんだ。危険だから許可できないって言われて納得するはずがないんじゃないか?」
「ああ、ヴェラリアも納得できなくて何度も森に入れてほしいと頼んだらしいんだが、夫人は許可してくれなかったんだとよ。……と言うか、夫人はあの森に消えた連中は入っていないって考えてるらしい」
「はあ? 冒険者たちは可能性があるって言ってるんだろう? それなのに何で……」
フレードはパーシュを見ながら「さあな」と言いたそうに肩を竦める。パーシュは納得できない表情を浮かべながら椅子にもたれかかった。
「いずれにせよ、イェーナさんの許可を得ない限り森には入れません。無許可で入ったら不法侵入罪で捕まっちゃうみたいですしね」
ユーキはヴェラリアから聞かされたことをアイカたちに細かく説明した。
法的な意味で捕らえられるのはメルディエズ学園の生徒として都合が悪いと感じたアイカとパーシュは森を調べるのならしっかりイェーナの許可を得ようと考える。
その後、ユーキとフレードは特別な理由があれば無許可でも森に入れることやヴェラリアが後輩の冒険者を見つけるために当主を継がずに冒険者を続けていることなどを自分たちが手に入れた情報を全てアイカたちに話した。
「俺たちが手に入れた情報はこんなところだ。……で、そっちはどうだったんだ?」
フレードはアルガントの町でどんな情報が手に入ったかアイカたちに尋ね、ユーキも気になっているような顔をしながらアイカたちを見つめた。
パーシュはユーキとフレードを見ると気持ちを落ち着かせるように静かに深呼吸をしてから口を開く。
「町の人たちに色々訊いてみたんだけど、皆同じようなことを言ったよ。若い連中が次々と姿を消してるとか、自分の家族が狙われるかもしれないとかね。そればっかりで消えた連中の手掛かりとかは何も知らないとさ」
「失踪した人たちに共通点があるとか、いつ頃いなくなったとか、そう言ったことは何も知らなかったんですか?」
「ああ。色んな人に声を掛けたけど、やっぱりイェーナさんやヴェラリアの知らない情報は持ってはいなかったよ」
一般人から有力な情報を得られなかったと聞いてユーキは残念に思いながら静かに息を吐き、フレードは小さく舌打ちをする。アルガントの町は人が多く、町の外よりも良い情報が集まるだろうと考えていたフレードは行方不明者の情報が得れなかったことに小さな不満を感じていた。
パーシュはユーキとフレードの反応を見て、フレードが不満を感じていることに気付くと僅かに目を細くしてフレードを見つめる。森で手掛かりを得られなかったのに、町で情報が手に入らなかったと知ると不満そうにするフレードにパーシュは少し苛ついた。だが、此処でフレードに何かを言えば喧嘩になって話が進まなくなると感じ、パーシュはフレードの態度に我慢しながら話を続ける。
「あと、図書館に行ってこの辺りの歴史や過去に町の周辺で現れたベーゼのこととか色々調べてみた。……まずベーゼについての情報だけど、この数年の間に町や周辺の村の近くに現れたことが何度かあったみたいだよ」
「それじゃあ、その時にも町や村の人たちはベーゼに攫われたですか?」
目を鋭くするユーキが尋ねるとパーシュはユーキを見ながら軽く首を横に振る。
「いいや、攫われたことは一度も無かったらしい。過去に現れたベーゼの殆どが下位ベーゼや蝕ベーゼと言った知能の低い連中で人々を襲うことはあっても連れ去るようなことはしてないみたいだ」
「……下位ベーゼと蝕ベーゼは知能が低い。生きたまま連れ去るなんて複雑な行動は取れない」
表情を変えずに黙っていたフィランが呟き、ユーキはフィランに視線を向ける。確かにフィランの言うとおり、下位ベーゼ以下の存在は知能が低く本能で活動するため、生け捕りと言った高い知能を必要とする行動を取るのは難しい。
ここまでの情報からユーキは今回の失踪事件にベーゼが関わっている可能性は低いかもしれないと感じていた。
「ベーゼのことはこれぐらいしか分からなかった。あとは……」
「パーシュ先輩……」
次の情報を話そうとするパーシュにアイカが声を掛ける。パーシュがアイカの方をチラッと見るとアイカは一冊の本を見せ、本を見たパーシュはフッと反応し、何か察したのか真剣な表情を浮かべて頷いた。
ユーキとフレードはアイカが持つ本を見ると不思議そうな表情を浮かべる。そんな中、アイカは持っている本を静かに机の上に置いた。
「これは今日図書館で借りてきた本なんだけど、ここには過去にアルガントの周辺で起きた出来事とかが書かれてあるの」
「過去に起きた出来事?」
「ええ。……例のエリザートリ教団のことも書かれてあったわ」
アイカの口から出た言葉にユーキとフレードは反応する。森を調べていた時に伝言の腕輪を通して聞かされた宗教団体のことが書かれてあると知ったユーキとフレードの顔に一瞬だが緊張が走った。
ユーキとフレードが見つめる中、アイカは静かに本を開いてページをめくっていく。そして、あるページが開かれるとユーキとフレードが見やすいよう、本の向きを変えて二人に見せた。
「あの後、ユーキに言われて教団のことを先輩たちと調べたんだけど、ここに詳しいことが書かれてあったの。どんな団体で、いつ頃作られたとかが……」
アイカは開かれているページを指差しながらエリザートリ教団のことが書かれてある箇所をユーキとフレードに教える。アイカが指差す箇所を確認するとエリザートリ教団のことが細かく書かれてあり、ページの右端には五角形の中に左を向いた髪の長い女の顔、その右隣に上向きの剣が入った紋章が描かれてあった。
「この女の顔と剣が描かれた絵って、もしかして教団のシンボルマークか?」
「ええ、伝言の腕輪でも話したけど、教団は欲しいものを持つ人の血を飲むことを慣習としているの。女に人の顔は美しさ、剣は強さを表していて、この二つが信者たちが最も得ようとしていたものだからシンボルにしたみたいよ」
シンボルマークの意味を聞かされてユーキは改めてエリザートリ教団は異常な団体だと感じ、フレードも教団の活動に腹を立てたのか小さく舌打ちをした。
ユーキはエリザートリ教団の慣習を不快に思いながら本に目をやり、アイカは一つずつ教団のことを説明し始める。
エリザートリ教団はガルゼム帝国で活動していた組織で所属する信者たちは欲しているものを持つ者の血を飲むことで欲しがっているものを得られると信じていた。
若さと美しさを求める者は若く美しい者を、体力や魔力を求める者は戦士や魔導士を殺害してその血を飲んでおり、信者たちは求めるものを得られることから血を「聖水」と呼んでいたそうだ。
組織はベーゼ大戦以前から存在しており、当時からエリザートリ教団は異常と言えるほどの過激な活動していた。教団を知る人々は他人を殺害してその血を飲む彼らに恐怖し、帝国貴族たちも教団を監視しながら当時の教祖や信者たちを捕らえる機会を窺っていた。だがガルゼム帝国が教団を警戒する中、ベーゼが現れてベーゼ大戦が勃発してしまう。
ガルゼム帝国を始め、他の国々は大陸を護るために侵攻するベーゼたちと戦いを繰り広げていた。そんな時、エリザートリ教団は別の世界の存在で強い力を持つベーゼに注目し、ベーゼの力を得るためにその血を手に入れようとする。
しかし小規模な教団にはベーゼを捕らえて血を手に入れるだけの力はなく、ベーゼを捕らえようとした信者たちは次々と殺されてしまった。
力の差からベーゼの血を手に入れることは無理だと考え、諦めようとする信者が出てくるようになった。だが信者たちが諦めようとする中、当時のエリザートリ教団の教祖はベーゼの力に強い憧れのようなものを感じ始め、徐々にベーゼを崇めるようになっていったのだ。
教祖がベーゼを崇めるようになったことで信者たちも少しずつ崇め始め、やがてエリザートリ教団は血を求めるだけでなく、ベーゼを崇拝する団体へ変わっていった。
ベーゼを崇拝するようになってから、エリザートリ教団は様々な方法でベーゼと接触し、自分たちが捕らえた人間を貢物として捧げ、ベーゼに気に入られようとした。同時に気に入られれば信者たちが求めていたベーゼの血を手に入れられると考え、よりベーゼに気に入られようと彼らの侵攻に加担するような行動まで取ったのだ。
人々を攫って殺害するだけでなく、侵略者であるベーゼを崇拝、協力することからガルゼム帝国はエリザートリ教団を野放しにできないと判断し、ベーゼ大戦の最中に軍を動かして教団のアジトを襲撃した。
この時のエリザートリ教団はベーゼと接触できてはいたがベーゼの協力を得ていたわけではなかったため、教祖と幹部である信者たちを難なく捕らえることができた。その後、教祖たちは処刑され、結果教団は組織として機能しなくなり、ベーゼ大戦中に壊滅した。
本に書かれてあるエリザートリ教団の情報を理解したユーキとフレードは教団がベーゼを崇拝しており、三十年以上も前に壊滅していることを知って意外に思い、同時に現在教団が存在していない理由を知って納得する。
「異常な団体だとは思っていたけど、まさかベーゼを崇拝していたとは思わなかった……」
「強い力を手に入れるためにあんな化け物どもに魂を売っちまうとは……俺らが思っていた以上に教団の連中は馬鹿だったみてぇだな」
エリザートリ教団の行動にユーキとフレードは呆れ果て、説明したアイカやパーシュも哀れむような反応を見せていた。
「教祖や幹部が処刑された後、散り散りになっていた信者たちも次々に捕まって教団は完全に壊滅した。それから三十年間、教団は人々から忘れられ、ごく一部の人しか知らない存在になったそうだよ」
「成る程な、三十年前に壊滅したから俺らみたいな若い奴は教団のことを何も知らねぇってわけか」
大戦中で人々の意識がベーゼに向けられている時に壊滅した組織なら、アルガントの町の住民で覚えている人が少ないのもおかしくない。そしてエリザートリ教団が壊滅した時に生まれていなかったヴェラリアやレーランが教団のことを知らなくても不思議じゃないと思いながらフレードは納得した。
「それにしてもユーキ、何でわざわざあたしらに教団のことを調べさせたんだい?」
説明が終わるとパーシュはユーキに声を掛ける。わざわざ壊滅した組織のことを調べさせる理由が分からず、パーシュはずっと疑問に思っていた。勿論、アイカもパーシュと同じ気持ちで不思議そうな顔でユーキを見つめる。
ユーキはアイカとパーシュ、フィランに注目される中、真剣な表情を浮かべてアイカたちに視線を向けた。
「今回の失踪事件にエリザートリ教団が関わっている可能性があるからです」
「それはアイカから聞いたよ。どうして教団が関わってると思ってるんだい?」
「理由は二つあります。一つはベーゼを崇拝し、他人の血を平気で飲む集団が完全に壊滅したとは思えないからです」
ユーキは自分の頭の中にある可能性をアイカたちに説明し、アイカとパーシュは黙ってユーキの話を聞いた。
「もう一つは今回の事件と教団に共通する点が多いからです」
「共通する点?」
アイカはユーキが気になる言葉を口にしたことで確認するように訊き返し、パーシュもフッと反応した。
フレードは森で手掛かりを探している時にユーキからエリザートリ教団が関わっていると言う話を聞いていたが、共通点があると言う話は初めて聞いたため、気になるような表情を浮かべていた。
「まず、今回の事件はアルガントの町の周辺で起きています。教団も壊滅する前はこの辺りで過激的な活動をしていました」
「確かにそうだね……」
「他にも失踪した人が十代半ばから二十代前半の若い男女で、教団が攫っていた人たちも十代半ばから二十代前半の人たち。そして、今回の事件にはベーゼが関わっている可能性があり、教団はベーゼを崇拝していた。……俺にはこれらが偶然同じだとはどうしても思えないんですよ」
ユーキの話を聞いたアイカたちは失踪事件とエリザートリ教団には共通する点が多いことに気付いて難しい顔をする。
「アイカから教団の話を聞かされた時に俺は共通点に気付き、もしかすると壊滅したはずの教団が何かしらの理由で復活して人々を攫ってる。そして、以前の教団と同じようにベーゼとも繋がってるんじゃないかって仮説を立てたんです」
「あり得ない話じゃないね」
「勿論、あくまでも仮説ですから絶対とは思っていません。……だけど、教団が復活しているかもしれないと考えながら行方不明者の捜索をした方がいいと思っています」
可能性がある以上は警戒しておいた方がいいというユーキの考えを聞いてパーシュは俯きながら考え込む。
普通なら深く考えることは無いと思われるが、ユーキの予想や勘はこれまで何度も当たっているため、パーシュは今度のユーキの仮説も当たるのではと思っていた。
「確かに警戒はしておいた方がいいかもね……アンタたちはどう思う?」
パーシュは他の意見を聞くためにアイカとフレードの方を向く。すると、アイカは真剣な顔でパーシュを見ながら口を開いた。
「私はユーキの考えに賛成です。ユーキの仮説や推測はこれまで何度も当たっていますし、ここまでの情報から復活してる可能性が高いと私は思っています」
「俺も同感だ。ルナパレスはガキだが頭はいいからな。コイツが可能性があるって言うと十分あり得ると思えちまうんだよ」
アイカに続いてフレードも笑みを浮かべながらエリザートリ教団が復活している可能性が高いと語り、パーシュはフレードに視線を向ける。
ユーキは自分を必要以上に評価するアイカとフレードを見て複雑な気持ちになっているのか苦笑いを浮かべていた。
「フィラン、アンタはどう思ってるんだい?」
残っているフィランの意見を聞くためにパーシュが声を掛けると、フィランは表情を変えずにチラッとパーシュを見た。
「……これまでの功績から、ユーキ・ルナパレスの予想は当たる可能性は高い。だから、教団は復活していると思う」
フィランもユーキの考えに賛同していると知ったパーシュは「そうだよね」と言いたそうにしながら小さく頷き、フィランの意見を聞いたパーシュはユーキたちの視線を向ける。
「それじゃあ、とりあえずはユーキの言うとおり、教団が復活している可能性があると考えながら行方不明者の捜索をする。そして、もし本当に教団が復活していてベーゼと繋がりを持ち、今回の失踪事件を引き起こしていたのなら教団と戦う……それでいいね?」
パーシュの確認にユーキとアイカは頷き、フィランは頷くことなく無言でパーシュを見ている。フレードは場を仕切るパーシュが若干気に入らないのか椅子にもたれながら面倒くさそうな表情を浮かべていた。
ユーキたちが今後の方針について話し合っている時、廊下ではヴェラリアがユーキたちに気付かれないよ気配を消しながら会話を聞いていた。
――――――
不気味な雰囲気を漂わせる闇夜、その下には大きな森が広がっており、その中に屋敷が建っている。レンガ造りで下級の貴族が暮らすような小さな屋敷と比べものにならないくらいの大きさだった。ただ屋根や壁には蔓や苔が付いており、人が住んでいるか疑ってしまいたくなるような外観をしている。
屋敷の中には明かりがあるが、壁に付いている数少ないランプや屋敷のあちこちに置かれたロウソクによって照らされているだけなので薄暗い。しかも壁や床には様々な大きさの傷が付いており、物音も聞こえず不気味さが感じられた。
気味の悪い屋敷には地下もあり、複数の牢屋が作られている。石レンガで出来た廊下には壁掛け松明が一定の間隔を空けて付けられており、天井から水が垂れていた。地下牢と言うこともあって上の階よりも不気味さが感じられる。
「嫌だぁ! 放してよぉ!」
静寂に包まれた石レンガの廊下を茶髪の三つ編みで下着だけを身につけた十代半ばくらいの少女が声を上げながら歩いている。
少女は何かに怯えているのか涙目になっており、両腕を背中に回した状態で紅いフード付きローブを着た人物に腕を掴まれながら無理矢理歩かされていた。
「お願い、やめてぇ! 助けて、誰か助けてぇー!」
声を上げながら少女は必死に助けを求める。だが誰も助けてくれず、少女はローブを着た人物と共に地上へ繋がる階段を上がって地下を後にした。
複数ある牢屋の中には下着姿の少年少女の数人に分けられて入れられており、全員が怯えた表情を浮かべたり、放心状態になりながら床に座り込んでいた。
屋敷の一階の奥にある薄暗い大きな部屋。そこは十畳ほどの広さで部屋の至る所には赤いシミのような物が付いており、中央には石で出来た大きめの祭壇が置かれ、周りには十数本のロウソクが置かれてある。祭壇の前では紅いフード付きローブを着た八人の男女が小声でブツブツと何かを言いながら膝立ちの状態で祈りを捧げていた。
祭壇の上には金色の長髪で豊満な胸部を持った十代後半ぐらいの少女が下着姿のまま仰向けで寝かされている。少女は祭壇の上から移動できないよう両手両足を縄で縛られて祭壇に固定されており、更に声を出せないよう口を布で縛られていた。
祈りを捧げる八人の前では彼らと同じように紅いフード付きローブを着た男が立っている。その男は他の者たちと違ってフードを下ろしており、薄い茶色の短髪に青い目を持ち、眼鏡をかけた四十代半ばくらいの外見をしていた。
「我らが主よ、弱き者たちに力と知恵を与え、世を生きる術をお与えください」
祭壇の方を向きながら男は祈りのような言葉を口にする。言葉の内容から男は神父のような存在のようだ。
「ンンーッ! ンンーーッ!」
神父の言葉を聞いて祭壇の上の少女は泣きながら声を上げる。口を縛られているため何を言っているのかは分からないが、神父たちの行動に怯え、拒んでいるのは確かだった。
「恐れることはありません。痛みも恐怖も感じること無く、貴女は弱き者たちが生きるための架け橋となるのです」
声を上げる少女に神父は宥めるように声を掛ける。神父は微笑みを浮かべているが、その顔からは薄っすらと恐怖が感じられ、少女は神父の笑顔を見て青ざめた。
少女が僅かに静かになると神父は顔を上げ、祭壇を挟んだ向かい側を見た。そこにも神父たちと同じように紅いローブを着た人物が立っているが他の者たちと比べて少し体が大きく、紅いカピロテを被っている。顔は覆面で隠されて見えないが目の部分だけ穴が開いており、手にはイプシロンアックスが握られていた。
カピロテを被った人物は神父と目が合うとイプシロンアックスを両手で握り、ゆっくりと振り上げて祭壇の上の少女を見下ろす。少女はカピロテを被った人物を見て再び声を上げ始めるが、神父や周りにいる者たちは気にする様子を見せなかった。
「主よ、この者に苦痛無き死と大いなる祝福を……」
神父が呟くとカピロテを被った人物は振り上げていたイプシロンアックスを勢いよく少女の首元に向けて振り下ろした。
イプシロンアックスが振り下ろされると同時に少女の声は聞こえなくなり、薄暗い部屋の奥に何かが転がっていく音が静かな部屋に響く。部屋の隅に転がっていたのは先程まで泣き喚いていた少女の頭部だった。
頭部を失った少女の体はピクリとも動かず、祭壇からは血が静かに流れ、部屋の中に血の臭うが充満する。だが、部屋にいる者たちは誰も不快そうな反応を見せなかった。
「さぁ、皆さん。この娘の聖水を取り込み、その知恵と美しさを得るのです」
神父は振り返り、笑いながら祈りを捧げている男女たちに声を掛ける。すると八人はローブの袖に手を入れ、質素な作りの聖杯を取り出して一斉に祭壇に近づき、流れる血を聖杯に入れてそれを飲んだ。
八人は血を飲む時に幸せそうな顔をしており、神父も八人を見て微笑み、カピロテを被った人物も無言で八人を見つめていた。
カピロテを被った人物の後ろにある壁には五角形の中に女の横顔と剣が入った絵、エリザートリ教団のシンボルマークが描かれた布が掛けられている。そう、部屋の中にいるのは全員が教団の信者だったのだ。
信者たちが血を飲んでいると部屋の扉が開き、フード付きローブを着た信者が茶髪の三つ編みをした少女と共に部屋に入ってきた。神父は二人を見ると笑みを消して血を飲んでいる八人の方を向く。
「皆さん、新たな聖水の提供者が来ました。次に聖水を求める信者たちを呼んできてください」
神父の指示を聞いた信者たちは血を飲むのをやめると聖杯を仕舞い、無言で部屋から出て行く。八人が退室すると三つ編みの少女を連れて来た信者は少女は祭壇の方へ歩かせる。
「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だぁ! 助けて、助けてぇーーっ!」
これから何をされるか理解している少女は泣き叫びながら助けを求める。しかし神父もカピロテを被る信者も少女をの言葉を無視し、祭壇の上にある金髪の少女の遺体を退かして三つ編みの少女を祭壇に寝かせ、手足を縄で縛った。
「フフフフ、いいわねぇ。これを見れるだけでも来た甲斐があるってものだわ」
部屋では一人の幼い少女が壁にもたれながら楽しそうに笑いながら祭壇に寝かされる少女を見ていた。
少女は十代前半で身長140cmほど、外ハネの入った萌葱色のミディアムヘアに若干鋭い黄緑色の目、更にエルフの耳を持ち、灰色の長袖を着て明るい緑のミニスカートを穿いた格好をしていた。少女の手の中には白いアンティークボックスがあり、その中には沢山のクッキーが入っている。更に少女の右手の甲には混沌紋が入っていた。
「あたしらを崇拝し、役に立ちそうな素材を提供してくれる虫けらども。……ヴァーズィンもなかなか使える奴らを見つけてくれたわね」
アンティークボックスの中に入っているクッキーを摘まむと少女はそれを口の中に放り込む。少女は五凶将と呼ばれる五体の最上位ベーゼの一人、アローガことユバプリートだった。
アローガは祭壇で作業をする神父たちを見ながらクッキーを噛み砕き、それを飲み込むとニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「コイツらはあたしらベーゼの力に強い憧れを懐いている。ベーゼの力を手に入れるためにあたしらの頼みを何でも聞いてくれるとても便利な手足だわ」
優秀な奴隷を手に入れた気分を良くするアローガは呟きながら祭壇の方へ歩いて行く。彼女もベーゼであるため、人間の血を見たり、臭いを嗅いでも不快にはならなかった。
アローガが祭壇に近づくと少女を祭壇に固定していた神父はアローガに気付き、彼女の方を向いて満面の笑みを浮かべる。
「これはアローガ様、いつこちらに?」
「ついさっきよ。アンタたちがちゃんと仕事をしてるか様子を見に来たの」
「そうでしたか。このような小汚い場所にわざわざ足を運んでいただき、ありがとうございます」
神父はアローガに深く頭を下げて感謝し、ローブを着た信者やカピロテを被る信者も無言で頭を下げる。神父たちが頭を下げる姿を見たアローガは小さく笑いながら静かに鼻を鳴らした。
「ところで、アンタたちのボスはいるの? 折角来たんだから、挨拶しておこうと思ってるんだけど」
「……申し訳ありません。教祖様は現在、表の仕事を行っている最中でこちらには……」
「そう、いないんじゃ仕方が無いわね。また明日会いに来るわ」
そう言ってアローガは神父たちに背を向け、出入口の方へ歩き出した。
「誠に申し訳ありません。アローガ様がお越しになったことは必ず教祖様にお伝えいたします」
神父は再び深々と頭を下げて謝罪し、他の二人もつられるように頭を下げた。アローガは神父たちの方を向くことなく前を向いたまま歩き続ける。
(……フフフフ、コイツら無能だけどそれなりに使えるからね。もうしばらくいいように利用させてもらうわ)
不敵な笑みを浮かべながらアローガは静かに部屋から出て行く。アローガが出て行った後、別のエリザートリ教団の信者たちが部屋にやって来て金髪の少女に行った儀式のような行為を三つ編みの少女に行う。
その後、三つ編みの少女は金髪の少女と同じ末路を辿った。




