第百六十六話 血と欲の教団
歩き出してから数分後、ユーキたちは薬草を採りに来ていた少女たちが姿を消した場所に辿り着く。そこは小さな広場で周りに生えている木々の枝には木の実が生っており、根元には薬草と思われる草が生えていた。
「此処で少女たちは姿を消してしまったんですね?」
「ああ。五日前に少女たちの捜索を行っていた町の兵士たちが来た時、此処で誰かが木の実と薬草を採っていた形跡があったそうだ。女性のものと思われる足跡もあり、兵士たちは此処で少女たちが消えたのだと結論を出したらしい」
ヴェラリアは広場を見回しながら失踪現場で得られた情報を語り、話を聞いたユーキは僅かに目を細くしながら広場を見た。
「俺たちが来るまでの間に新しい手掛かりは見つかったんですか?」
「残念ながら、何も得られなかった」
僅かに低い声を出しながらヴェラリアは目を閉じる。失踪から五日も経っているのに何の進展もないことをヴェラリアは悔しく思っていた。
少女たちが失踪した直後、アルガントの町の兵士は広場を隅々まで調べたが、手掛かりは何も得ることができず、その後も兵士や冒険者たちが手掛かりを探しに広場を訪れたが、何も見つけられなかった。
ヴェラリアは兵士や冒険者たちが何か見落としているかもしれないと考え、案内した際にユーキたちと一緒に手掛かりを探してみようと思っていた。
「とりあえず、調べてみようぜ。今なら何か見つかるかもしれねぇからな」
フレードはそう言って広場の中心に向かって歩き出し、ユーキたちも後に続いて広場に入った。
広場に入ったユーキたちは分かれて失踪の手掛かりになりそうな物を探し始める。だが、手掛かりと言えるようなものは何も見つけることはできずにいた。
ユーキは木の根元やその周りを調べており、少し離れた所ではフレードが茂みの前にしゃがみ込みながら手掛かりを探している。二人から離れた所ではヴェラリアとレーランが茂みの中や足元に何か落ちていないか確認していた。
「クソォ、何も見つからねぇなんてなぁ。……ルナパレス、そっちはどうだ?」
「ダメです。何もありません」
木の前に立つユーキはフレードの方を向くと首を横に振り、フレードは茂みの前で姿勢を低くしながら自身の後頭部を掻く。
前に調べた者たちが手掛かりを得られなかったことや、今も何も見つけられていない現状から、フレードは今調べている場所が本当に少女たちが姿を消した現場なのか疑い始めていた。
ユーキはその後も自分の周辺や足元を細かく調べて手掛かりを探すが何も見つけられず、軽く息を吐きながら目の前の木に立ったまま寄り掛かった。
「これだけ捜しても手掛かりゼロなんて……もしかすると此処にはもう手掛かりと言えるような物は何も残ってないのかもしれないな」
一番避けたい事態を想像しながらユーキは上を向き、自分が寄り掛かっている木や周りにある別の木の枝を見る。すると、ユーキの正面に生えている木の枝に細長い小さな布状の物が巻き付いているのが目に入った。
布状の物に気付いたユーキは木に近づいて枝を見上げる。何が巻き付いているのか確認しようにも枝までの高さは4m近くある上に小さくてよく見えない。
近くで確認したいユーキは強化を発動させて自身の脚力を強化し、強く地面を蹴って枝と同じ高さまで跳び上がり、枝にしがみ付いた。
突然跳び上がったユーキを見たフレードは何かを見つけたと感じ、ヴェラリアとレーランは児童であるユーキが自分よりも遥かに高い木の枝に跳び付いたのを見て目を丸くしている。ユーキが跳び上がる姿を見たヴェラリアとレーランはこれが混沌士の力なのかと感心しながら驚いていた。
フレードたちが見守る中、ユーキは枝に巻き付いている布状の物を確認した。それは衣服の素材に使われるような白い布で強い力によって破かれたような形をしている。
ユーキは枝に掴まりながら布を綺麗に取ると飛び下りて地面に着地し、着地すると同時にフレードたちがユーキの下に集まってきた。
「ルナパレス、何か見つけたのか?」
「ハイ、これです」
フレードを見ながらユーキは手に入れた布を見せ、フレードは布を手に取ると顔の前まで持ってきて確認し、ヴェラリアとレーランも布を見つめた。
ようやく手掛かりが見つかってユーキたちは良しと思い、同時に高い木の枝に引っかかっていたため、今まで発見できなかったのだと納得した。
「……コイツは、明らかに人の手で作られた物だな」
「ああ。……この森で姿を消した少女たちは二人とも白い服を着ていたと聞いている。二人の少女の内、どちらかが着ていた服の一部で間違い無い」
行方不明になった少女の衣服の一部だとヴェラリアは確信し、ユーキとフレードは布切れを見ながら目を鋭くする。衣服の一部が発見されたことで今いる広場で少女たちが失踪したのは間違い無いとユーキは考えた。
「布の形から、強い力で衣服を引き裂かれ、その一部が風で飛ばされて枝に引っかかったのだろう」
「それだけじゃないわ。そこを見て」
レーランはそう言って布切れを指差す。そこには小さい赤いシミのようなものが付いており、ユーキたちはシミを見てそれが血痕だとすぐに気付いた。
「血が付いてるということは何者かに襲われ、傷つけられた時に服が破かれて血が付いてしまったということになるわ」
「……傷つけた存在がいるとなると、少女たちが自分から姿を消した言う線は完全に消えるな」
布切れの形と血痕から少女たちが誰かに襲われてそのまま連れ去られたとユーキたちは考え、同時にこれまで姿を消した若者たちも襲われて攫われたに違いないと感じていた。
現状とこれまでに得た情報から考えるとイェーナの言うとおりベーゼが人々を攫った可能性が高い。だが、布切れと血痕だけでベーゼの仕業だと断言することはできず、ユーキたちは難しい表情を浮かべながらもう少し情報を集めるべきだと考えた。
「とりあえず、もう少しこの広場を調べてみましょう。もしかするとまだ木の枝や目の届かない場所に手掛かりがあるかもしれませんから」
ユーキが手掛かり探しを続けるよう話すとフレードは頷き、ヴェラリアとレーランも「それがいい」と言いたそうな顔でユーキを見ていた。
フレードは血痕の付いた布切れをユーキに返し、ユーキは布切れを自分のポーチに仕舞ってから手掛かり探しを再開しようとする。
「ユーキ、聞こえる?」
手掛かりを探そうとした時、突如広場にアイカの声が響いてユーキたちは一斉に反応する。
ヴェラリアとレーランはその場にいないアイカの声が聞こえたことに驚いて周囲を見回しているが、ユーキとフレードは声が聞こえた理由にすぐに気付いたため、落ち着いた様子を見せていた。
ユーキは自身の左腕にはめられている伝言の腕輪を見つめ、フレードも同じように伝言の腕輪に視線を向ける。声が聞こえた時から二人はアイカが伝言の腕輪で連絡を入れたのだとすぐに分かった。
「アイカか、どうしたんだ?」
「ユーキ……本当に連絡できたのね」
伝言の腕輪からアイカの意外そうな声が聞こえてきた。ユーキもアルガントの町のアイカと通話ができたことの少し驚いたような表情を浮かべている。
「まさか本当に町の外にいる貴方と連絡が取れるとは思わなかったわ」
「ああ、スローネ先生は2km以内なら会話できると言ってたけど、やっぱり実際に使ってみないと信じられないよな」
ユーキは伝言の腕輪を見つめながら苦笑い浮かべ、伝言の腕輪からはアイカの複雑そうな笑い声が聞こえてきた。
二人の会話を聞いていたフレードもメルディエズ学園で新しい伝言の腕輪の通話可能範囲を聞かされていたが、本当に遠くにいるアイカと繋がるとは思っていなかったため、ユーキとアイカの会話するのを見て軽く目を見開いている。
ヴェラリアとレーランはアイカの声が聞こえたことに動揺した反応を見せている。だが、ユーキが腕輪に話しかける姿を見て何かに気付いたような表情を浮かべた。
「そ、それはもしや、伝言の腕輪か?」
ヴェラリアは少し驚いた顔をしながら伝言の腕輪を指差してユーキに尋ね、ユーキはヴェラリアとレーランの方を向く。
メルディエズ学園では多くの生徒が使っている伝言の腕輪も冒険者たちの間ではとても貴重で珍しいマジックアイテムとして見られており、S級とA級の冒険者でも一部の者しか所持していない。そのため、B級冒険者であるヴェラリアとレーランも初めて実物を見たため驚いていたのだ。
「ええ、今回の依頼は連絡が重要だと考えて持ってきたんです」
「そ、そうだったのか……」
行方不明者捜索のためにメルディエズ学園が優れたマジックアイテムをユーキたちに渡していたことを知ってヴェラリアは意外そうな顔をする。
メルディエズ学園が今回の依頼に五人の混沌士を派遣し、伝言の腕輪まで持たせて事件解決に力を入れていると知ったヴェラリアは商売敵であるメルディエズ学園に対する見方を少し改めようと思っていた。
「……しかし変だな。伝言の腕輪の通話可能は距離は数百mのはずだ。此処から町までは1km以上あるはずなのにどうして町にいる者と会話ができる?」
自分の知っている伝言の腕輪と性能が違うことをヴェラリアは腕を組みながら不思議に思う。ユーキはヴェラリアを見て不思議に思うのは当然だと感じたのか小さく苦笑いを浮かべた。
スローネが開発した新しい伝言の腕輪はまだメルディエズ学園の外には知られていない。今の段階で通話可能範囲が広がった伝言の腕輪をメルディエズ学園の教師が作ったと知られると色々面倒なことになるかもしれないと感じたユーキはこれ以上新しい伝言の腕輪のことを話さない方がいいかもしれないと考えた。
「ユーキ、どうしたの?」
伝言の腕輪から再びアイカの声が聞こえ、ユーキはハッとしてから伝言の腕輪に視線を向けた。
「ああぁ、何でもない。……それで、どうしたんだ?」
ユーキは改めてアイカに連絡を入れてきた理由を尋ね、フレードもアルガントの町で何か起きたのではと思い、目を鋭くする。ヴェラリアとレーランも町で何か進展があったのかもしれないと感じ、伝言の腕輪のことを考えるのをやめ、ユーキとアイカの会話に耳を傾けた。
「そっちの状況が気になって連絡を入れたの」
アイカが状況確認のために連絡を入れたのだと知ったフレードは「紛らわしい」と言いたそうな顔で頭部を掻いた。ユーキはフレードの反応を見て再び苦笑いを浮かべる。
「それでどう? 何か手掛かりは見つかった?」
「ああ、広場で血痕の付いた布切れを見つけた。ヴェラリアさんの話では行方不明になった子が着ていた服の一部らしい。……血痕が付いていたから、女の子たちは襲われてそのまま何処かへ連れて行かれたみたいだ」
真剣な表情を浮かべたユーキは低めの声で語り、ユーキの声を聞いてフレード、ヴェラリア、レーランも同じように真剣な表情を浮かべた。
「襲われたって、ベーゼに?」
「それはまだ分からないけど可能性は高い。とりあえず俺たちはもう少しこの辺りを調べてみるつもりだ」
「そう、分かったわ」
「それでそっちはどうなんだ? 何か情報は手に入ったのか?」
自分たちが得た情報を伝えたユーキは続けてアイカたちの方で何か情報を得たのか尋ねる。
外よりも町の方が有力な情報が得やすいと考えていたユーキたちはアイカたちがいい情報を手に入れたかもしれないと思っていた。
「……ダメ、こっちではいい情報は手に入らなかったわ。町の人たちも詳しいことは何も知らないみたい」
「そうか……」
アルガントの町では何も情報を得られていないと聞かされたユーキは残念そうな顔をし、フレードは若干不満そうな顔をしている。ヴェラリアとレーランも新しい情報が得られたかもと期待していたのか、少しだけ表情を曇らせながらアイカの話を聞いていた。
「君たちは今も町で聞き込みを続けているのか?」
「いいえ、今は町の図書館にいるわ」
「図書館?」
「町の人たちに聞いても新しい情報を得られないから、図書館の本を読めば何か気になる情報が手に入るかもしれないと思ってパーシュ先輩たちと一緒に調べてる最中なの」
「図書館か……」
図書館には様々な本があり、アルガントの町の住民たちの知らない失踪事件に繋がる情報が得られるかもしれないとユーキは予想する。
他にも過去に町の周辺で起きた事件や出来事とかが記された書物などがあれば、そこに昔現れたベーゼに関する情報が書かれているかもしれないとユーキは考えていた。
「アイカ、図書館にいるなら昔アルガントの周辺でベーゼに関する事件が起きていないか調べてみてくれないか?」
「ベーゼに関することを?」
「ああ、昔この辺りでベーゼが事件が起こしていたなら、その時にベーゼが何処に現れ、どんな活動していたのかを記した本があるはずだ。もし今回の失踪事件にベーゼが関わっているのなら、本に書かれてある情報からベーゼたちがどんなふうに動くか、どの辺りに良く現れるかとか、色々なことが分かるかもしれない」
「成る程……」
ユーキの話を聞いたアイカは一理あると感じるような声を出す。
ベーゼが過去に事件を起こし、その時と同じ場所、もしくは近く再びベーゼが現れた時、そのベーゼは過去に事件を起こしたベーゼと似た活動をしていた。そのことからメルディエズ学園や各国は、知能の低いベーゼは同じ場所やその周辺に出現した場合、過去と似た行動を取る可能性が高いと考えたのだ。
ユーキも過去にアルガントの町の近くでベーゼが出現していたのなら、今回の事件に関わっているかもしれないベーゼも昔出現したベーゼと似た行動を取る可能性があるので、過去の出来事を調べれば活動内容や居場所を特定できるかもと思っていた。
ただ、まだ今回の事件にベーゼが関わっていると決まったわけではないため、可能性の一つとしてアイカたちに調べてもらおうと考えている。
ヴェラリアとレーランは伝言の腕輪を見つめるユーキを見て呆然としている。ユーキが児童とは思えない頭の良さを見せたことで二人は軽い衝撃を受けていた。
目の前にいる児童は何者なのか、ヴェラリアとレーランはユーキの正体に疑問を懐きながら彼を見つめる。
「分かったわ。パーシュ先輩たちにも伝えておく」
「よろしくな。何か分かったら屋敷に戻った時に教えてくれ」
情報交換が終わり、ユーキはフレードたちに手掛かり探しを再開しようと目で伝え、フレードもユーキを見ながら小さく頷く。
ユーキがヴェラリアとレーランの方を見ると、驚いていた二人はユーキと目が合った瞬間に思わずフッと反応した。
「……あっ! ちょっと待って」
通話を終えようとした時、伝言の腕輪から再びアイカの声が聞こえ、ユーキたちは伝言の腕輪に視線を戻した。
「どうしたんだ?」
「図書館で情報を集めている時にアルガントの周辺のことが書かれた歴史書を読んだんだけど、そこに気になることが書いてあったの」
「気になること?」
「ええ、ベーゼや今回の失踪事件に直接関係しているかどうかは分からないけど……」
ユーキはアイカの言葉を聞いて僅かに目を鋭くする。真面目なアイカが見つけた情報なら関係あるかどうか分からなくても聞く価値はあるとユーキは考えた。
「どんなことが書いてあったんだ?」
詳しく聞くためにユーキは見つけた情報について尋ねる。すると伝言の腕輪からアイカの静かな声が聞こえてきた。
「この辺りには昔、過激的な宗教団体が存在していたみたいなの」
「宗教団体?」
「ええ……“エリザートリ教団”と呼ばれていたそうよ」
「エリザートリ教団……」
聞いたことの無い組織の名前にユーキは呟き、フレードも初耳なのか分からないような表情を浮かべていた。ヴェラリアとレーランも聞いたことが無いのか不思議そうな反応を見せている。
「そのエリザートリ教団って言うのはどんな団体なんだ?」
「今は存在してないけど、規模の小さい団体だったみたい。あと“欲するものを持つ者を取り込むことで欲していたものを手にすることができる”と言うのを教義としていたらしいの」
「何だそれ?」
教義の内容が理解できないユーキはまばたきをしながら尋ねる。するとアイカは僅かに低い声を出した。
「さっきも言ったようにエリザートリ教団は過激的な団体で、強い力を求めている人は強い戦士や魔導士を取り込み、美しさや知識を求めている人は綺麗な人や頭の良い人を取り込んだって歴史書には書いてあったわ」
「さっきから取り込むって言うけどよ、結局そりゃあどういう意味なんだ?」
話を聞いていたフレードは意味が分からず、詳しく説明するようアイカに求める。ユーキも「取り込む」という言葉の意味が分からず、フレードと同じように分かりやすく説明してほしいと思っていた。
フレードが伝言の腕輪に話しかけると、僅かな間を空けてからアイカの声が聞こえてきた。
「……血です」
「血ぃ?」
予想もしていなかった答えにフレードは思わず聞き返し、ユーキとレーランは思わず目を見開く。ヴェラリアもアイカの言葉を聞いて目を鋭くした。
「ハイ……教団の信者たちは欲しいものを持っている人たちの血を飲むことで、その人が持っている強さや美しさを得られると信じていたみたいです」
「馬鹿な、血を飲んだだけで欲しがってるもんが手に入るわけねぇだろうが」
「私やパーシュ先輩たちも教義の意味を知った時に同じことを考えました。ですが信者たちはそれを信じ込んでいたらしく、多くの人々を捕まえて殺害し、その血を飲んだそうです」
「ケッ! 自分から他人の血を飲むなんて、まるでヴァンパイアだな」
フレードはエリザートリ教団の活動を不快に思い眉間にしわを寄せ、ユーキとヴェラリアも嫌そうな顔をしている。レーランは嫌な話を聞いて気分が悪くなったのか少しだけ顔色が悪くなっていた。
他人の血を飲むために大勢の人たちを攫って殺害するような異常な団体をアルガントの町の人々が放っておくはずがない。
現在エリザートリ教団が存在していないのは、当時の町の住民やその周辺で暮らす人々の手によって教団の信者たちが捕まり、教団そのものが崩壊したからではないかとユーキは推測した。
「あと、教団に攫われた人たちの多くが若い人たちで、十代半ばから二十代前半の人たちばかりだったみたいよ」
アイカが被害者の年齢を言うとユーキたちは一斉に反応する。エリザートリ教団が誘拐したのが十代半ばから二十代前半の若者ばかり、そして今回の失踪事件で姿を消したのも同じ十代半ばから二十代前半の男女だけだ。
失踪した者たちの年齢がエリザートリ教団に誘拐された者たちの年齢と同じで、そのことに気付いたアイカはエリザートリ教団のことを教えたのだとユーキたちは悟った。
アイカが言ったとおり、エリザートリ教団が今回の事件やベーゼに関係しているかどうかは分からない。だが、被害者の年齢が同じなら何かしらの関りがあるかもしれないとユーキは感じていた。
「アイカ、君は今回の失踪事件に教団が何らかの形で関わっていると思っているのか?」
「……断言はできないけど、可能性はゼロじゃないと思ってるわ」
「そうか……」
ユーキは俯くと考え事をしているのか黙り込み、黙り込むユーキをフレードたちは黙って見ている。
しばらくすると顔を上げたユーキは伝言の腕輪を見つめて口を開く。
「アイカ、もし時間があるなら教団のことも詳しく調べてみてくれないか?」
「教団を?」
「ああ、君の言うとおり教団が今回の事件に関わってる可能性がある。念のために教団の情報を集めてほしいんだ」
周りにいるフレードたちはユーキの言葉を聞いて一斉に反応する。存在していない宗教団体が失踪事件に関わっている可能性があると聞いてフレードたちは少し驚いたようだ。
「……分かったわ。少し時間が掛かるかもしれないけど」
「頼んだよ」
ユーキがそう言うと伝言の腕輪に付いている宝玉の光が消え、通話が終わったことを確認したユーキは顔を上げる。
「おいルナパレス、どういうことなんだ?」
「アイカにも言ったように今回の一件には教団が関わっている可能性があります。ですから、教団の事を調べれば何か分かることがあるかもしれないと思ったんです」
「だが、その教団は今は存在してねぇってサンロードも言ってたじゃねぇか」
「確かに……だけど、欲しいものを手に入れるために他人の血を飲む、なんて考える集団がそんな簡単に消えるとは思えないんですよ」
真剣な顔をするユーキを見てフレードは反応し、僅かに目を鋭くした。
「……教団が復活してるかもしれねぇって思ってるのか?」
「ハイ。……ただ、これもベーゼと同じように可能性の一つで、本当に復活しているかどうかは分かりません。だけど、警戒しておいた方がいいと思います」
確かに本当に復活しているかどうかは分からない。だが、ここまでに得た情報から絶対に関わっていないとも断言できなかった。フレードは腕を組みながら俯き、やがて顔を上げてユーキを見つめる。
「まぁ警戒しておいて損する、なんてことはねぇからな。一応ベーゼだけじゃなく、教団が関係してるって線も疑っとくか」
若干面倒そうな顔をしながらもエリザートリ教団が関わっているかもしれないと考えてくれるフレードを見てユーキは笑みを浮かべた。
「とにかく、教団やベーゼが今回の失踪事件に関わっているかどうかはもう少し情報を集めてから判断するしかねぇな」
「そうですね。……ヴェラリアさんとレーランさんはエリザートリ教団について何か知っていますか?」
ユーキがヴェラリアとレーランにエリザートリ教団について尋ねると、ヴェラリアはユーキを見ながら軽く首を横に振った。
「いいや。私はアルガントの生まれだが、町では教団の噂すら今まで一度も聞いたことが無い。」
「私も教団については今日初めて知りました。神官の修業をするために町の教会で暮らしていたこともありましたけど、教会の方々からは何も聞かされていません」
「そうですか……」
ヴェラリアだけでなく、神官であるレーランすらもエリザートリ教団について何も知らないと聞かされてユーキは残念そうに呟く。
自分やフレードよりもアルガントの町に住みながら冒険者として活動している二人ならエリザートリ教団の情報を何か知っていると思っていたのだが、二人が何も知らないと聞いてユーキは意外に思っていた。
「恐らく、私やレーランが生まれる前に教団は何らかの理由で崩壊し、それ以来は誰も教団に触れなかったから存在を忘れられてしまったのではないか?」
「あるいは過激な団体だったから、町の人たちは知っていても子供や教団が崩壊した後に生まれた人たちには教えていないのか……」
なぜ今までアルガントの町でエリザートリ教団の情報を聞かなかったのか、ヴェラリアとレーランは難しい顔をしながら考える。
ヴェラリアとレーランが何も知らない以上、図書館のある情報だけが頼りなため、ユーキとフレードはアイカたちが良い情報を手に入れてくれることを願った。
「とりあえず、俺らは予定どおりこの辺りを調べて失踪した女たちの手掛かりを探すぞ?」
「ああ、手掛かりだけでなく、ベーゼが残した痕跡とかも見つかるかもしれないからな」
エリザートリ教団の件はひとまず置いておき、自分たちのやるべきことをやろうと考えるフレードとヴェラリアは広場を見回して手掛かり探しを再開する。ユーキとレーランもエリザートリ教団のことはアイカたちに任せて手掛かりを探し始めた。
それからユーキたちは広場の隅々まで調べたが血痕の付いた布切れ以外に手掛かりと言える物は何も見つからなかった。
「……見つかりませんね。この広場にはもう手掛かりは無さそうです」
「だな、もう少し奥の方を調べてみるか。もしかすると、女たちがどの方角に連れて行かれたかが分かるかもしれねぇ」
ユーキも他の場所を調べた方がいいと思っていたのかフレードの考えに同意して頷く。既に小さな広場を調べて数十分が経過しているため、別の場所を調べた方が手掛かりが見つかる可能性があるとその場にいる全員が思っていた。
「ヴェラリアさん、別の場所に案内してもらっていいですか?」
「分かった。ただ、私たちより先に森を調べていた兵士や冒険者たちは奥の方を調べていない。どの辺りを調べればいいかは私やレーランも分からない。手掛かりが見つからなくても文句は言うな?」
「勿論ですよ」
ユーキが返事をするとヴェラリアは「よし」と小さく頷いて森の奥へ歩いて行く。ユーキとフレードはヴェラリアの後をついて行き、最後にレーランが三人の後を追った。
その後、ユーキたちは広場の奥、森の様々な場所を調べたが手掛かりになりそうな物は愚か、少女やベーゼの物と思われる足跡すら見つからなかった。
長い時間を掛けて森を調べたが結局見つからず、パーシュが決めた集合時間が近づいてきたため、ユーキたちは仕方なく森を後にしてアルガントの町ヘ戻った。




