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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第十章~鮮血の邪教者~
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第百六十五話  冒険者として


 ユーキたちと別れたアイカたちは情報収集を開始する。情報を集めるのなら聞き込みをするのが一番だと考えたアイカとパーシュは街へ向かうことにした。

 既にアルガントの町の住民たちへの聞き込みはティアドロップを始め、冒険者たちがユーキたち町を訪れる前に行っているため、今更聞き込みなど無意味ではと思われる。しかし、ユーキたちが訪れた直後に新しい情報が入った可能性があるため、アイカたちは念のためにもう一度訊き込みをすることにした。

 ティアドロップのメンバーであるリタとフェフェナは聞き込みをしても大した情報は得られないだろうと思っているが、今回の仕事はメルディエズ学園の生徒に任され、自分たちはその手伝いなのでアイカたちが聞き込みをしたいと言うのならそれに従うしかなかった。

 アイカたちは人が多く集まる場所、情報が得られそうな場所をリタとフェフェナに尋ね、二人は冒険者ギルドと商業区の二つを上げた。

 冒険者ギルドはメルディエズ学園の生徒が近づけば騒ぎが起きるため行くことはできない。何より、リタとフェフェナが冒険者であるため、わざわざ冒険者ギルドに向かう必要は無いと考えたアイカたちは残っている商業区へ向かうことにした。

 商業区へやって来たアイカたちは早速商業区にいる住民たちに失踪事件に関する情報を知らないか尋ねる。声を掛けられた住民たちは失踪事件の話題が出ると表情を曇らせた。

 既にアルガントの町の住民の多くが失踪事件のことは知っているため、また街中で誰かが突然姿を消すのでは、今度は自分が消えるのではと不安になっているのだ。

 声を掛けられた住民たちは自分が持つ情報をアイカたちに教える。ただ、住民たちが知っている情報は殆どがイェーナから教えてもらった情報ばかりだった。

 アイカたちは知らない情報が得られるかもしれないと思いながら聞き込みを続けるが、結局有力な情報は何も得られず時間だけが過ぎていった。

 一時間ほど聞き込みをしたアイカたちは商業区の中にある小さな広場で休憩する。アイカ、パーシュ、フィランは広場の片隅にある長椅子に座り、その隣にある別の長椅子にリタとフェフェナが座った。


「何人にも聞いたけど、皆同じことを言うね」

「ええ、若い人たちがいなくなること以外は何も知らないみたいです」


 少し疲れた表情を浮かべるアイカは小さく俯きながら溜め息をつき、パーシュも長椅子にもたれかかりながら空を見上げる。フィランは疲れを露わにする二人を無言で見つめていた。


「やっぱ、短時間で新しい情報が入るわけねぇし、冒険者であるアタイらが知らない情報を町の連中が知っているはずがねぇか」


 リタは広場の中心に集まっている人々を見ながら遠回しにアイカたちの行動が無意味だと語る。リタの発言を聞いたパーシュは僅かに目を鋭くしてチラッとリタの方を見た。


「例え可能性は低くても、やってみないと分からないだろう? あたしらは少しでも可能性がある以上、大勢の人に声を掛けて情報を集めるつもりだよ」

「そうかよ。……まぁ、今回のアタイらはアンタたちの手伝いだから、アンタらに従うだけだよ」


 パーシュの方を見ながらリタは言うとおりにすることを伝え、パーシュは従うと言いながら薄っすらと不満を露わにするリタをジッと見つめる。二人の間には僅かに不穏な空気が漂っていた。

 アイカはパーシュとリタのやり取りを見て、今の状態では協力し合うことも効率よく情報を集めることも難しいと感じ、場の空気を和ませるために違う話題を出そうと考えた。


「そ、そう言えば、ずっと気になっていたんですけど、イェーナ夫人って凄くお若いですよね」


 笑みを浮かべながらアイカはパーシュたちに聞こえるよう少し大きめの声で喋り、アイカの声を聞いたパーシュたちは一斉にアイカに視線を向ける。


「初めて見た時は凄くお綺麗で、ヴェラリアさんのようなお嬢さんもいらっしゃるから驚いちゃいました」

「……ああぁ、確かに若く見えるね」

「え?」


 リタの言葉を聞いてアイカは思わず反応する。先程のリタの発言から、イェーナは見た目と同じ年齢ではないと言っているようにアイカは感じていた。

 パーシュもアイカと同じことを考えており、気になるような顔をしながらリタと見る。フィランは相変わらず無表情だが、少し気になっているのか視線だけを動かしてリタを見ていた。


「……アンタたちは今日初めてイェーナ夫人に会ったから知らないだろうけど、イェーナ夫人はああ見えて四十七なんだよ」

「えっ、四十七歳?」


 イェーナの実年齢を聞かされたアイカは軽く目を見開き、パーシュもアイカと同じ反応を見せる。

 三十代半ばくらいの外見なのに年齢は四十七歳と言われれば意外に思っても不思議ではない。ただ、この世界にはエルフのように数百年生きても見た目が若いままの亜人が多くおり、人間でも見た目と実年齢が違う人は珍しくないため、アイカとパーシュは衝撃を受けるほど驚きはしなかった。


「まさか、イェーナさんが四十代だったとはねぇ。考えて見れば、ヴェラリアは二十歳ぐらいだし、その母親であるイェーナさんが三十代というのは少し無理があるね」

「そうでもないわ。貴族の令嬢の中には十代前半で結婚させられ、十代半ばくらいで出産する人も珍しく無いもの」


 リタの隣に座るフェフェナは貴族と平民で結婚や出産の考え方などが違うことを語り、話を聞いたパーシュは「確かにそうだ」と言いたそうな表情を浮かべる。

 貴族の中には自分たちの立場を良くするため、他の貴族から支援を受けられるようにするため、子供を幼い頃に結婚させることがあり、国によってはそれを常識と考えることがあるのだ。

 フェフェナの話を聞いたアイカは貴族は自分たち平民と違って色々大変で面倒な事情があるのだと感じ、ある意味で平民として生まれたよかったと思っていた。

 

「四十七歳であの見た目なんて……イェーナ夫人はそういう体質なのですか?」

「いいえ、ヴェラリアの話では以前のイェーナ夫人はすぐに四十代と分かるくらいの外見だったみたいよ。それが少し前から突然肌に若々しさが戻って今の姿になったらしいわ」

「そ、そうなのですか。何か特別な方法を若さを取り戻しているのでしょうか?」

「さあ? ヴェラリアも訊いたことがあるみたいだけど、夫人は何もしていないって言ったみたいよ」


 肩を竦めながら答えるフェフェナを見たアイカは難しそうな顔をしながら俯いた。

 全ての生き物は時が流れている限り歳を取り続け、肉体は自然に老いていく。そのため、若さや美しさにこだわる者は何かしらの行動を取って自分を美しく見せようとする。

 何も行動を取らずに肉体が若さを取り戻すなどあり得ないため、アイカはイェーナが間違い無く何らかの方法で美しさを得ていると考えていた。

 しかし、イェーナがどのように若さを取り戻したのかなど今はどうでもよい。アイカたちがやるべきことは失踪した者たちを見つけるため、少しでも情報を集めることだった。アイカはイェーナのことはとりあえず忘れ、情報を集めることに集中する。


「さて、いつまでも此処で時間を潰してるわけにはいかないし、情報集めを再開するかねぇ」

「そうですね」


 パーシュを見たアイカは真剣な顔をしながら立ち、遅れてパーシュたちも一斉に立ち上がった。


「それで、次は何処行くんだい?」


 リタが次に聞き込みをする場所を尋ねると、アイカとパーシュは考え込む。商業区にはまだ行っていない場所が幾つもあるため、何処にするか二人は悩んでいた。

 アイカとパーシュが次の目的地を考えている時、フィランだけはある一点を見つめてる。そんなフィランに気付いたパーシュはふとフィランに視線を向けた。


「フィラン、何を見てるんだい?」

「……あれ」


 そう言ってフィランは自分が見ていた方角を指差し、アイカたちもフィランが見ている方を確認する。

 広場の外側、アイカたちがいる場所から300mほど離れた場所に周囲の一軒家よりも大きな建物があり、大勢の住民が出入口と思われる扉から外に出てくるのが見えた。


「あの、あそこの大きな建物は何ですか?」


 建物の大きさと住民たちが出てくる光景を見て普通の建物ではないと感じたアイカはリタとフェフェナに尋ねた。


「図書館よ。この辺りの歴史が書かれた本や森とかで採れる薬草や木の実が記された本とかを読むことができるわ」


 フェフェナが建物の説明をすると、アイカとパーシュはアルガントの町に図書館があると思わなかったのか意外そうな反応を見せる。そしてその直後、パーシュは何かに気付いたような反応を見せて図書館の方を向いた。


「アイカ、次はあの図書館に行ってみないかい? あそこならこの辺りの歴史や過去に起きた出来事とかを調べることができる。もしかすると今回の失踪に関係する情報とかが得られるかもしれないよ」


 パーシュの提案を聞いたアイカは一理あると感じ、小さく俯きながら考える。ここまで多くの住民に失踪事件のことを尋ねたが誰一人、有力な情報を持っていなかった。

 このまま住民たちに声を掛けても情報を得られる可能性は低いため、図書館へ行って書物を調べてみるのもいいかもしれないとアイカは感じる。


「そうですね。ちょっと調べてみましょう」


 アイカが図書館に行くことに賛成するとパーシュはニッと笑い、次に図書館を見続けているフィランに視線を向けた。


「フィラン、アンタはどうだい?」

「……町の人たちに聞いても貴重な情報が得られる可能性は低い。なら、調べ方を変えてみるのもいいと思う」

「つまり、図書館に行くことに賛成ってことだね?」


 パーシュの問いにフィランは無言で頷き、それを見たパーシュは次にリタとフェフェナの方を見た。


「と言うわけでこれから図書館に行くけど、構わないかい?」

「いちいち確認する必要なんてないよ。アタイらはアンタたちの手伝いなんだから、図書館で情報を集めるってんならついて行く」

「そうかい。なら、これから一緒に本を読みまくってもらおうかね」


 笑いながらそう言うパーシュは図書室の方へ歩き出し、アイカたちもパーシュの後を追って図書館へ向かった。


――――――


 アルガントの町の西門から少し離れた所にユーキたちの姿がある。西門を通って町の外に出たユーキたちは最も新しい失踪が起きた森へ向かうために一本道を歩いていた。

 案内役であるヴェラリアを先頭に立ち、その後ろをフレード、ユーキ、レーランがついて行く。屋敷の前でアイカたちと別れ、今いる場所に来るまでの間、ユーキたちは殆ど会話をせずに移動していたため、ユーキは若干気まずい気分になっていた。

 しばらく歩くとヴェラリアは道から外れて平原の中を進んでいき、後ろのユーキたちは黙って後をついて行く。ユーキがヴェラリアが向かう先を確認すると、500mほど先に小さな森があるのが目に入った。


「あそこが目的地の森だ」


 ヴェラリアは前を見ながら進む先にある森が失踪が起きた森であることを話す。

 ユーキはヴェラリアの背中を見ながら複雑そうな表情を浮かべ、フレードは愛想の無いヴェラリアを不満そうに見ていた。


「あのぉ、ヴェラリアさん。訊きたいことがあるんですが……」


 気まずい空気をなんとかしようとユーキはヴェラリアに声を掛ける。前を歩くフレードはユーキがヴェラリアに話しかけたことを意外に思ったのか歩きながら振り返り、ユーキの後ろを歩くレーランもユーキを見つめた。


「何だ? 失踪の詳しい話なら現場に着いてから話す」

「あ、いえ、事件のことじゃないんです。……ヴェラリアさんはどうしてクロフィ家の当主にならないのかなって思って」


 ユーキは屋敷で疑問に思っていたことをヴェラリアに尋ね、ユーキの質問を聞いたヴェラリアは小さく反応しながら立ち止まる。突然止まったヴェラリアを見て後ろをついてきていた三人も一斉に足を止めた。


「……私がなぜ当主を継がないかはお前には関係の無いことだ」

「それは、まぁ……」


 不機嫌そうな声を出すヴェラリアを見てユーキは自身の頬を指で掻く。場の空気を和ませようとしたつもりが逆に悪くしてしまったのではと感じてユーキは再び気まずそうな表情を浮かべた。


「おい、んな言い方はねぇだろう。ルナパレスはどうして当主を継がねぇんだって訊いただけじゃねぇか」


 フレードはヴェラリアが後輩であるユーキに冷たい態度を取ったことが気に入らないのかヴェラリアを睨みつける。

 確かになぜヴェラリアがクロフィ家を継がないのかはユーキやフレードには関係ない。だが喧嘩を売るような言い方をしていい理由にはならないため、フレードは気分を悪くしたのだ。

 振り返ったヴェラリアは目を鋭くしてフレードを見つめ、二人は無言で睨み合う。ユーキは自分のせいでフレードとヴェラリアがより不仲になってしまったのではと少し焦っていた。


「まあまま、落ち着いて」


 睨み合うフレードとヴェラリアをレーランは小さく笑いながら宥める。レーランが仲裁に入ってくれたのを見てユーキは少しだけ安心した。


「ヴェラリア、彼らは共に事件を調査する仲間なのだから、継がない理由ぐらいは話してもいいんじゃないかしら?」


 レーランを見ていたヴェラリアは無言で目を逸らす。自分から話そうとしないヴェラリアを見たレーランは静かに溜め息をついてユーキとフレードの方を向く。


「ごめんなさい。この子が当主を継がないのにはちゃんとしたい理由があるんです」

「理由?」


 ユーキは小首を傾げ、フレードも興味があるのか黙ってレーランの話に耳を傾ける。

 レーランはもう一度ヴェラリアを見てからユーキたちの方を向き直して口を開いた。


「既にご存じだと思いますが、ヴェラリアの御父上であるクロフィ男爵は四ヶ月前に病気で亡くなりました」


 クロフィ男爵のことを話し始めるレーランはチラッとヴェラリアの方を向く。ヴェラリアの前で亡くなった父親の話をするべきではないのだが、ユーキとフレードのちゃんと理由を説明するためにはクロフィ男爵の話をしなくてはいけない。

 レーランはヴェラリアに対して申し訳ない気持ちになりながら話を続ける。


「当主であった男爵が亡くなったことで一人娘であるヴェラリアが跡を継ぐはずだったのですが、当時のヴェラリアは男爵が亡くなったことで傷ついていました」


 ユーキはヴェラリアを見ながら父親を亡くした時にとても悲しんでいただろうと考え、ヴェラリアを気の毒そうな目で見つめた。


「クロフィ男爵が亡くなった後、ヴェラリアは心の傷を癒すためにしばらく冒険者として活動しました。その間、イェーナ夫人が当主の代行を務めることになったのです」


 レーランの話を聞いたユーキとフレードは反応し、同時にイェーナが当主代行になった理由を知って納得する。

 イェーナも夫であるクロフィ男爵を亡くして辛い思いをしているはず。それなのに娘であるヴェラリアが元気になるまで夫の職務を継いだのだと知ったユーキはイェーナは優しい母親だと感じ、フレードもイェーナの心の強さに感心した様子を見せていた。


「冒険者として活動している内にヴェラリアも心を癒していき、無事にクロフィ家の当主を継げる状態まで回復しました。ですが……」


 小さく俯くレーランを見てユーキは小さく反応し、フレードも僅かに目を細くしながらレーランを見つめる。


「当主になろうとした頃に今回の失踪事件が起こったんです。そして行方不明になった人の中にはヴェラリアの後輩である女の子がいるんです」

「後輩? 後輩って冒険者のか?」

「ええ、ヴェラリアとその子はとても仲が良く、これまで何度も一緒に依頼を受けてきました。その子は今回の失踪事件の調査をしている最中に姿を消してしまったんです」


 レーランは表情を暗くしながらヴェラリアの後輩である冒険者に何があったのか語り、話を聞いたユーキとフレードはその後輩は行方不明になった若者たちを捜索している時に姿を消した冒険者の一人だと察する。


「後輩が姿を消したことを聞いたヴェラリアは彼女を見つけるために行方不明者の捜索依頼に参加しようとしました。ですが、心の傷が癒えてクロフィ家の当主を継げる状態になったヴェラリアにはすぐにでも当主になってもらわないといけなかったのです」

「だが、ヴェラリアは当主を継がず、後輩を見つけるために冒険者を続けることを選んだってわけか」


 フレードはヴェラリアがクロフィ家の当主になっていない理由を察し、フレードとユーキはヴェラリアに視線を向ける。

 貴族の当主を継ぐ者は貴族の職務に集中できるようになるため、他の職務を全て辞職しなくてはならない。ヴェラリアもクロフィ家の当主になるには冒険者を辞めなくてはいけないが、後輩を見つけ出したいヴェラリアは冒険者を辞めることができなかった。


「ヴェラリアはどうしても後輩を見つけたく、イェーナ夫人に当主を継ぐのをもう少し待ってほしいと頼みました。本来なら決して認められないことですが、ヴェラリアの意志を知ったイェーナ夫人は失踪事件が解決し、ヴェラリアが正式に当主になるまでの間、自分が当主の代行を続けると言ってくださったそうです」

「そうだったんですね。……それじゃあ、屋敷で冒険者の力だけで解決したかったって言ったのは……」

メルディエズ学園みなさんの力に頼らず、自分の力だけで後輩を見つけ、助けたかったという意味です」


 当主を継がない理由に続いてヴェラリアがメルディエズ学園に依頼を出したことに反対していた理由を知ったユーキとフレードはヴェラリアに視線を向ける。

 ヴェラリアは二人と目が合うと目を閉じながらそっぽを向き、それを見たユーキは小さく笑った。


「ヴェラリアさん、貴女は凄い人ですね」


 幼いユーキの言葉にヴェラリアは反応して思わずユーキの方を向いた。


「後輩を助けるまで当主を継がずに冒険者を続け、自分の力で助けようと決意するなんて半端な気持ちじゃできないことですよ」

「ああ、ちったぁ見直したぜ」


 ユーキに続いてフレードもニッと笑いながらヴェラリアを評価する言葉を口にする。

 ヴェラリアはメルディエズ学園の生徒であるユーキとフレードに褒められて調子が狂ったのか僅かに表情を歪ませ、そんなヴェラリアを見たレーランはクスクスと笑う。


「ただ、本当に大切な仲間を助けたいのなら、例え嫌いな相手でも助けを求めることも大切だと思います。俺たちも行方不明になっている人たちを見つけたいという気持ちは同じです。自分たちだけで解決したいなんて思わず、俺たちを頼ってください」


 真剣な顔だが、優しさが感じられる口調で語るユーキをヴェラリアは無言で見つめ、しばらくすると腕を組みながらユーキに背を向けた。


「……幼い子供が大人びた口を利くんじゃない」


 動揺したりせず、冷静に答えるヴェラリアを見てユーキは打ち解けるのにまだ時間が掛かると感じて苦笑いを浮かべる。フレードは態度を変えないヴェラリアを見てつまらなそうな顔をしていた。

 ヴェラリアはユーキに背を向けたままチラッとユーキの方を向く。目の前にいるのはどう見ても十歳くらいの児童なのに、年齢に似合わない言葉を口にする。目の前にいる児童は何者なのか、ヴェラリアはユーキを見ながらそう思った。

 ユーキに対して様々な疑問を懐くヴェラリアだったが、今はユーキとフレードを案内している最中であるため、余計なことは気にせずに今やるべきことをやることにした。

 

「さあ、もうすぐ失踪が起きた森だ。現場に着いたら余計なことは考えず、しっかり手掛かりを見つけてもらうぞ」

「へえへえ、分かったよ」


 フレードはヴェラリアの態度に呆れたような表情を浮かべながら返事をする。

 ヴェラリアは目的地である森の方を向いて歩き出し、ユーキとフレードはその後をついて行く。レーランはユーキたちのやり取りを見て面白いと思ったのか、笑いながらユーキたちの後を付いていった。

 しばらく歩き、森の入口前までやって来るとユーキたちは手掛かりになりそうな物はないか念のために周囲を見回して確かめる。だが行方不明者に関わりがありそうな物は何も見つからず、ユーキたちは森へと入っていった。

 ユーキたちは森の中にある一本道を通って奥へと進んだ。森の中は明るく、足元も歩きやすくなっている。更に見通しも良く、余程運が悪くない限りは迷ったりしないだろうとユーキは思っていた。


「見通しがいいですね」

「此処はアルガントの近くにある森の中でも危険度が低いと言われており、失踪事件が起きる前は町の薬師などが薬草を採りによく訪れていたそうだ。……だからこの森で住民が失踪したと聞かされた時は誰もが驚いたものだ」


 人が消えるなんてあり得ない場所で少女たちが失踪したことはヴェラリアたち冒険者を始め、アルガントの町に住み多くの人々に衝撃を与え、住民たちには恐怖と不安を植え付ける結果となった。

 アルガントの町や周辺の村の住人たちが安心して生活できるよう、ユーキは必ず真相を突き止めてみせると心に誓う。


「ところで、アルガントの近くには他にも森はあるんですか?」


 他に森は存在するのか、ユーキは前を歩くヴェラリアに尋ねるとヴェラリアは前を向いたまま口を開く。


「町の北東に此処よりも大きな森がある」

「その森で失踪事件が起きたことはありますか?」

「いや、今のところは起きていない。その森は広いだけではなく、木々が密集して地面もあちこちが凸凹している。そのため方向感覚が狂いやすく、ベテランの冒険者でも運が悪ければ迷うと言われている場所だ」


 探索の技術を持つ冒険者でも迷うと聞かされたユーキは目を見開き、フレードは僅かに目を鋭くする。


「過去に何度かあの森を調べるために学者や冒険者が入ったそうだが全員迷ってしまい、数日経った頃にボロボロの状態で森から出て来たそうだ。中には運悪く命を落とした者もいたらしい」

「それじゃあ、その森に行方不明になった人がいるかどうか調べていないんですか?」

「ああ、迷う可能性が高いことから父上が管理者だった時に立ち入り禁止にしたんだ。それ以来、誰もあの森には入っていない」

「でも、もしかすると行方不明になった人があの森にいるかもしれません。調べることはできないんですか?」


 僅かでも行方不明者がいる可能性があるのなら危険な場所でも調べてみた方がいい、そう考えるユーキはヴェラリアに北東の森を調べられないか尋ねた。フレードもユーキと同じことを考えており、ヴェラリアの背中を黙って見つめている。

 ユーキとフレードが見つめる中、ヴェラリアはゆっくりと立ち止まり、振り返って二人を見た。


「私もお前と同じことを考え、レーランたちと共にあの森を調べさせてほしいと母上に頼んだことがある。立ち入り禁止にされた場所でも当主の許可を得られれば入ることができるからな。……だが、母上はあの森は危険すぎるし、失踪した人たちもあの森には入らないだろうと言って調査を許可してくれなかったのだ」


 イェーナから許可が下りなかったことを聞いたユーキは残念そうな顔をし、フレードも周囲に聞こえないくらい小さく舌打ちをする。


「その後も私たちはヴェラリアと共にイェーナ夫人に許可を求めたのですが、何度頼んでも答えは同じでした」

「許可を得ずに森に入るってのはできねぇのか?」


 許可が下りないのなら強引なやり方で調べるしかないと考えるフレードはヴェラリアとレーランに無許可で森に入ることは可能か尋ねる。するとヴェラリアは目を見開いてフレードの方を向いた。


「そんなことをしたら町の警備兵に拘束されてしまう。あの森はアルガントの町と同じように我がクロフィ家が管理している。森に入るのに町の管理者、つまりクロフィ家当主の許可が必要なら、許可を取る必要がある。無許可で入れば娘である私でも不法侵入と見なされる」

「マジかよ」


 法律的に危うい立場になると聞かされたフレードは表情を歪め、フレードの反応を見たヴェラリアは呆れ顔になる。ユーキも強引なやり方を思いついたフレードを見て苦笑いを浮かべた。


「まあ、許可が必要な場所でもそれ相応の理由があれば無許可で入っても罰せられることは無いがな」

「それ相応の理由?」


 ユーキが小首を傾げるとレーランがヴェラリアの代わりに答えた。

 

「当主の許可を得る余裕が無いくらいの緊急事態だったり、許可を得なくても入れるくらいの事情があれば可能です。例えば森の中に行方不明になった人たちがいると言う決定的な証拠がある場合は許可を得なくても森へ入れます」

「成る程……」

「しかし、今はあの森に行方不明者がいると言う証拠はありません。ですから森に入るには当主代行であるイェーナ夫人の許可が必要なのです」


 レーランの説明を聞いてユーキは腕を組みながら納得し、フレードも「面倒な規則があるな」と言いたそうに不満そうな顔をする。

 イェーナは娘であるヴェラリアを冒険者でも迷ってしまうほど危険な森に入れさせたくないから許可を下ろさずにいる。それは母親としておかしくない判断だとユーキは思っていた。だが、ユーキには一つだけ気になる点があった。


(ヴェラリアさんは当主を継ぐのを先延ばしにしてまで冒険者を続けて後輩を見つけ出そうとしていて、イェーナさんはそんなヴェラリアさんの意志を認めて冒険者を続けることを許可した。それだけヴェラリアさんが行方不明者を見つけることを応援しているのに何で危険だからと言って行方不明者がいるかもしれない森を調べることを許可しないんだ?)


 ユーキはイェーナに考え方に矛盾のようなものを感じていた。どうしてイェーナは森に入ることを許可しないのか、ユーキは難しい顔で考え込む。


「よし、お喋りはここまでだ。先を急ぐぞ」


 ヴェラリアはユーキたちに声を掛けると再び失踪現場に向かって歩き出し、フレードとレーランはその後をついて行く。ユーキも今は手掛かりを集めることが大切だと考え、フレードたちの後を追って現場へ向かった。


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