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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第十章~鮮血の邪教者~
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第百六十三話  クロフィ家の淑女


 屋敷の正門前までやって来たユーキたちは荷馬車を停め、近くにいた見張りの警備兵に声を掛ける。警備兵たちはユーキたちがメルディエズ学園の生徒だと知ると門を開け、門が開くとユーキたちは荷馬車に乗ったまま敷地へと入った。

 少し小さめの中庭を通って一番奥にある屋敷へと向かう。屋敷は過去にユーキたちが見てきた貴族の屋敷と比べると些か質素な作りで壁や屋根は若干傷んでいるが、他の建物と比べたら立派な物と言える。

 玄関の前に荷馬車を停めたユーキたちは一斉に降りて玄関の前まで移動する。すると玄関の扉が開いて中から五十代後半ぐらいの初老の執事が姿を現した。


「いらっしゃいませ、メルディエズ学園は方々ですね?」

「ああ、アンタらの主人であるクロフィ男爵夫人から依頼を受けて来た」


 パーシュが執事に屋敷を訪ねた理由を話すと執事は軽く頭を下げた。


「窺っております。どうぞ、お入りください」


 執事はユーキたちを屋敷へ招き入れ、ユーキたちは一人ずつ屋敷へ入っていく。全員が屋敷に入ると執事は静かに玄関を閉めた。


「では、皆様を来客用のお部屋までご案内いたします。こちらへどうぞ」


 そう言うと執事は一階の奥にある通路に向かって歩き出し、ユーキたちは執事の後をついて行く。

 執事に案内されながらユーキたちは静かな屋敷の中を歩いて行く。使用人やメイドの数は少なく、数人が窓拭きや床掃除などをしているだけだった。

 ユーキたちは屋敷の傷んだ外装や屋敷内にいる使用人やメイドの少なさを見て、当主だったクロフィ男爵が亡くなったことで屋敷の修繕や使用人を雇うことができない状態になっているのではと感じていた。

 しばらく移動するとユーキたちは一つに部屋に連れて来られ、執事は扉を開ける。部屋の中には来客用のテーブルやそれを挟むように置かれた長いソファー、部屋の隅にはワインボトルやグラスが置かれた棚などが置かれてあった。

 ユーキたちは部屋を見回しながら部屋に入り、執事は入口前で姿勢を正しながらユーキたちを見た。


「では、奥様をお連れしますので、皆様はこちらでお待ちください」


 そう言って執事は静かに扉を閉め、執事が立ち去るとユーキたちは来客用のソファーに腰を下ろす。

 ユーキとアイカ、フィランの三人は長いソファーに座り、パーシュとフレードはユーキたちから見て左右にある一人掛けソファーに座った。そのすぐ後に二人のメイドがやって来て待機しているユーキたちに紅茶を出し、ユーキたちは出された紅茶を飲む。


「……屋敷を見て思ったんですけど、あちこち傷んでましたね」


 紅茶を一口飲んだユーキはティーカップをテーブルに置いて屋敷の感想を口にする。ユーキの言葉を聞いたアイカたちも紅茶を飲むのを止め、ユーキに視線を向ける。


「多分、男爵が死んだことで貴族としての役目を熟すことができず、十分な金を得ることができなくなってるんだと思うよ」


 パーシュは持っているティーカップの中に入っている紅茶を回しながら予想を口にし、パーシュの話を聞いたユーキは金銭が無ければ修繕も雇用もできないと納得の反応を見せる。

 現在は男爵夫人がクロフィ家の当主の代行であるため、クロフィ男爵の貴族としての職務は男爵夫人が引き継ぐことになっている。しかし、貴族の妻が夫の職務を手伝っていたはずもなく、クロフィ男爵の職務を問題無く継いでいるとは考えにくい。

 上手く職務を熟せていないせいで収入を得られず、屋敷の修繕と言った必要なことができないのではとパーシュは考えていた。

 ユーキたちもこれまで得た情報から今のクロフィ家は貴族としてまともに活動できていない可能性が高いと考えていた。


「もしもこのまま貴族として成果を出すことができなけりゃ、この家もいずれ没落貴族になっちまうかもしれねぇな」

「フ、フレード先輩、此処でそんな話をするのはマズいと思いますよ?」


 場所を考えずに言いたいことを言うフレードを見てアイカは慌てて止め、フレードは問題無いと思っているのか軽く鼻を鳴らしながら紅茶を飲んだ。

 パーシュはフレードの態度を見て呆れた表情を浮かべ、ユーキは複雑そうな顔をする。フィランは相変わらず興味の無さそうな顔を自分のティーカップの紅茶を飲んでいた。

 ユーキたちは紅茶を飲みながら会話をして依頼主である男爵夫人が来るのを待つ。そんな時、来客室の扉をノックする音が聞こえ、ユーキたちは口を閉じて一斉に扉を見た。


「お待たせいたしました」


 外から先程の執事の声が聞こえ、ユーキたちは男爵夫人が来たと知ってティーカップをテーブルの上に置いて立ち上がる。その直後に扉が開いて執事が部屋に入り、その後ろから一人のドレスを着た女性が入って来た。

 女性は三十代半ばくらいの顔で身長160cm強、肩の辺りまであるカールの入った金髪に薄紫の目を持ち、白と赤が入った紅色のドレスを着ている。頭には高価そうな銀色の髪飾りを付け、無数の小さな宝石が付いた首飾りを掛けていた。

 ユーキたちは現れた女性の雰囲気と格好から目の前にいるのがクロフィ男爵夫人だと察し、フィラン以外の四人はその貴族と呼ぶに相応しい姿に軽く目を見開いた。


「こちらがクロフィ家の当主代行であるイェーナ・クロフィ様でございます」

「皆様、よくお越しになられました」


 紹介された男爵夫人、イェーナはニコッと笑いながらユーキたちに挨拶し、ユーキたちも軽く頭を下げて挨拶を返した。

 イェーナは部屋に入るとユーキ、アイカ、フィランが座っていたソファーの向かいにあるソファーまで移動し、執事もイェーナの後をついて行くように部屋に入り、彼女の後ろに立った。


「どうぞ、お掛けください」


 座るよう言われ、ユーキたちは先程まで座っていたソファーにゆっくりと腰を下ろす。イェーナもユーキたちが座るのを確認してから静かにソファーに座った。


「改めまして、イェーナ・クロフィです。メルディエズ学園からわざわざお越しいただき、ありがとうございます」

「いいえ、仕事ですから当然です。私はパーシュ・クリディックと言います。そっちの女子たちがアイカ・サンロード、フィラン・ドールストです」


 パーシュに紹介されたアイカは小さく笑いながら頭を下げ、フィランは無表情のままイェーナを見つめている。


「男子は小さい子がユーキ・ルナパレス。そっちの仏頂面したのがフレード・ディープスです」

「仏頂面で悪かったなぁ?」


 馬鹿にするパーシュをフレードは鋭い目で睨み、パーシュはフレードの顔を見ると小馬鹿にするような笑みを浮かべた。


「せ、先輩たち、夫人の前なんですから……」


 ユーキは依頼主と挨拶をしている最中なのにいつものように口喧嘩を始めようとする二人を止め、フレードは不満そうな顔でそっぽを向き、パーシュも笑みを消して目を閉じる。

 イェーナはパーシュとフレードのやり取りをまばたきをしながら見ており、しばらく二人を見た後、視線をユーキに向ける。


「そちらの少年も今回の依頼を受けた生徒さんなのですか?」


 イェーナはパーシュの方を見ながらユーキについて尋ねる。やはり十代半ばくらいの生徒たちの中に幼い児童がいることため、イェーナは小さな違和感を感じているようだ。

 ユーキは自分がいることを不思議に思うイェーナを見て苦笑いを浮かべ、イェーナに声を掛けられたパーシュは軽く咳をしてイェーナの方を向いた。


「この子はまだ幼いですが、生徒としての実力は確かです。これまでも多くの依頼を完遂してきました。期待していてください」

「はあ……」


 パーシュを見ながらイェーナは不思議そうな顔で返事をする。仲間の生徒から実力はあると言われても、やはり児童なのですぐには信じられなかった。

 イェーナは無言でユーキを見つめ、ユーキは苦笑いを浮かべながらイェーナを見ていた。


「コホン……早速ですが依頼の詳しい話を聞かせてもらってもいいですか?」


 気持ちを切り替えたパーシュはイェーナに依頼の説明を求め、ユーキたちも真剣な顔でイェーナを見つめる。フィランもジッとイェーナに注目していた。

 ユーキたちが見つめる中、イェーナは僅かに表情を暗くし、静かに口を開いた。


「既にご存じと思われますが、皆さんに依頼する仕事は失踪した人々の捜索と原因の調査です。行方不明になったのはこの町やその周辺にある村の人たち、それも十代半ばから二十代前半の若い人たちがいなくなっているのです」


 メルディエズ学園では聞かされなかった依頼の詳細にユーキやアイカたちは僅かに目を鋭くする。アルガントの町を管理するイェーナが依頼してきたのだからアルガントの町に関わる依頼であることは予想できていたが、周辺の村も関わっていたと知って意外に思っていた。


「最初の行方不明者が出たのは今から四ヶ月ほど前、夫が病死してしばらく経った頃でした……」


 イェーナはユーキたちがアルガントの町に来るまでの間に何が起きたのかより詳しく説明していく。


 最初に消えたのはアルガントの町の住民である十代後半の少女で、町の中で突然姿を消してしまった。家族は町の警備兵たちに捜索を依頼したのだが発見されず、現在も何の情報も得られていない。

 当時の警備兵たちは家出か何かだと思っていたのだが、その後もアルガントの町から若い男女が次々と姿を消し、失踪事件のことを耳にしたイェーナは警備兵だけでなく、町の冒険者ギルドにも行方不明者の捜索を依頼した。

 しかし、それでも行方不明者は誰一人発見されず、時間だけが過ぎていってしまった。そんな中、アルガントの町だけでなく近くの村からも若い男女が数人消えたと言う情報がイェーナや冒険者ギルドに耳に入った。

 アルガントの町の外でも行方不明者が出ていると知ったイェーナは只事ではないと考え、冒険者ギルドに周辺の村にも冒険者を派遣するよう要請した。だがアルガントの町と同様、周辺の村でも行方不明者は発見されず、それどころか捜索に向かっていた冒険者も数人、依頼中に行方をくらませてしまったのだ。

 冒険者まで消えたと知ったイェーナは何がどうなっているのか分からず頭を悩ませていた。そんな中、今回の失踪にはベーゼが絡んでいるかもしれないと感じたイェーナはメルディエズ学園に依頼を出すことにしたのだ。


 一通りの説明を済ませたイェーナは静かに深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、詳しい話を聞いたユーキたちは難しい表情を浮かべる。


「冒険者までもが消え、最初はモンスターに襲われたのではと思っていました。ですが、ギルドが派遣した冒険者は全員が優秀な冒険者でモンスターに襲われた可能性は低く、警備が厳重な町にモンスターが出るというのも考えられません。となると、ベーゼが密かに町や村の若い人たちを攫っているのかもしれないと感じ、皆さんに依頼を出したのです」

「ベーゼが人攫いかぁ、あり得ねぇことじゃねぇな」


 フレードはベーゼの仕業である可能性は高いと感じながらソファーにもたれかかった。

 ベーゼは人間やモンスターを蝕ベーゼに改造して仲間にするため、今回の失踪事件もベーゼが戦力を増やすために引き起こしたのかもしれないとフレードだけでなく、ユーキたちもベーゼの仕業かもと考えていた。


「ベーゼが関わっている可能性がある以上、冒険者や兵士だけでは事件の解決は難しいです。皆さん、行方不明となった人たちの捜索に力を貸してください」


 イェーナは改めてユーキたちに捜索と調査に手を貸してほしいと頭を下げて頼む。ユーキたちは最初から断るつもりなど無く、イェーナを見つめながら頭を下げる必要は無いぞと思っていた。


「勿論、全力で当たらせていただきます。そしてもしベーゼが現れた場合、一体残らず始末しますよ」

「ありがとうございます」


 顔を上げたイェーナは微笑みながらパーシュに礼を言い、パーシュもイェーナに笑みを返した。


「依頼中の食事と寝床はこちらで提供いたします。食費や宿泊代などはお気になさらないでください。あと、必要な物があれば可能な限りご用意させていただきます」

「マジか、助かるぜぇ」


 協力的なイェーナにフレードは思わず笑みを浮かべる。フレードの態度は依頼主、それも貴族夫人に対する態度ではないため、イェーナの後ろで控えている執事は少し不満そうな反応を見せていた。


「せ、先輩、男爵夫人に対してそのようは言葉使いは失礼ですよ……」

「いいえ、良いのですよ」


 焦り顔のアイカにイェーナは微笑みながら声を掛ける。アイカはイェーナが心の広い女性でよかったと安心し、パーシュは呆れた様子でフレードを見ていた。


「え~、ここまでで何か不明な点や質問などはございますか?」

「あのぉ、幾つか質問してもいいですか?」


 ユーキがイェーナを見ながら軽く手を上げ、来客室にいる全員がユーキに注目する。


「貴方は、ユーキ・ルナパレスさん、でしたね。……何でしょうか?」

「行方不明になった人たちのことなんですが、年齢以外に何か共通点とかはあるんですか?」

「共通点、ですか? ……いいえ、年齢以外に分かってることはありません」

「そうですか……じゃあ、今日までに何人の人が行方不明になってるんですか?」

「確認されているだけでも、六十五人が行方不明になっています」

「六十五人……」


 予想していたよりも失踪した存在が多いことにユーキやアイカたちは衝撃を受ける。これ以上行方不明者を出さないためにも早急に原因を調べ、行方不明者を見つけなくてはとユーキは思った。

 だが、原因を調べようにも今の段階で情報が無さすぎる。先程も他に情報が得られるかもしれないと思ってイェーナに尋ねたのだが、結局何も分からなかった。

 年齢以外に共通点は分からず、この先六十五人からどれだけ行方不明者が増えるかも分からない。情報の無い今のユーキたちにはどうすることもできなかった。


「パーシュ先輩、捜索をする前にまずは色々と情報を集める必要があると思うんですが……」

「ああ、分かってる。今の状況じゃあ何もできやしない。とりあえずこの辺りで何が起きているのか、最近変わったことが起きていないかを調べてみた方がいいだろうね」


 パーシュも効率よく行動するには情報収集をするべきだと考えており、ユーキの考えを否定することなく同意した。アイカとフレードも同じことを考えており、ユーキとパーシュを無言で見つめている。


「まずは二手に分かれて行動する。片方は町で聞き込みとかをして情報を集め、もう片方は町の外に出て住民たちが消えた場所へ行き、何か手掛かりがないか調べる。それでいいかい?」

『ハイ』

「チッ、お前に仕切られるのは気に入らねぇが、それしか他に方法はねぇな」


 返事をするユーキとアイカ、不満を口にしながらも納得するフレードをパーシュは無言で見つめ、三人を見た後にここまで黙り続けていたフィランの方を向く。


「フィラン、アンタもそれでいいかい?」

「……ん、構わない」


 小さな声で返事をしながらフィランは頷き、全員が情報収集に賛成するとパーシュはイェーナに方を向いた。


「じゃあ、あたしらは早速情報を集めに行きます。それと、冒険者が協力してくれるって聞いてるんですが……」


 パーシュが冒険者の話をするとユーキとアイカは反応し、フレードは嫌そうな顔をする。商売敵である冒険者と共に行動するため、ユーキとアイカは上手くやれるか小さな不安を感じており、フレードは不満を感じていた。


「ええ、この町で活動する冒険者チームに協力を要請しています」

「なら、その冒険者たちに町の中や行方不明者がいなくなった場所に案内してもらいたいんですけど、呼び出してもらえます?」

「分かりました。ではすぐに……」


 イェーナが冒険者たちを呼びに行くため、立ち上がろうとする。すると部屋の外から女性の騒ぐ声が聞こえてきた。


「お、お嬢様、お待ちください。奥様はまだメルディエズ学園の生徒の皆様とお話の最中です」

「分かっている、だから行くのだ!」


 二つの女性の声が聞こえ、ユーキたちは扉に視線を向ける。そしてユーキたちが扉の方を向いてすぐに扉が勢いよく開いて二人の女性が入って来た。

 女性の内、一人は先程ユーキたちに紅茶を持ってきたメイド。もう一人は二十代前半ぐらいで身長は165cmほど、ロングボブの金髪に薄紫の目を持ち、青い長袖と薄い灰色の長ズボンに鉄製のブーツを履いた姿をしている。他にも銀色のハーフアーマーを身に付けてサーベルを佩しており、戦士のような雰囲気を漂わせていた。

 戦士風の女性は素早く部屋の中を見回し、ユーキたちを確認すると早足でイェーナの方へ歩き出す。後ろにいたメイドは申し訳なさそうな顔をしながらユーキたちを見た。


「ヴェラリア、何を騒いでいるのです? お客様の前で失礼ですよ」


 イェーナは戦士風の女性をヴェラリアと呼んで注意し、ヴェラリアは不満そうな顔をしながらイェーナを見つめる。


「どういうことですか!? 私はメルディエズ学園の生徒を呼ぶことに納得していませんよ?」


 力の入った声を出してヴェラリアはイェーナに抗議し、そんなヴェラリアをイェーナは困ったような顔で見つめる。ヴェラリアの発言から、彼女はユーキたちが今回の依頼を引き受けることを知っており、そのことに反対しているようだ。

 突然部屋に入って文句を言うヴェラリアを見てユーキとアイカは呆然としている。フレードは気に入らなそうな顔をしており、パーシュとフィランはヴェラリアの態度を気にしていないのか、黙ってヴェラリアを見つめていた。


「私たちだけで行方不明者を見つけることはできます。なのにどうしてメルディエズ学園に依頼を出したのですか?」

「そのことは何度も話したはずですよ? 町や周辺の村に住んでいる人たちだけではなく、調査を行っていた冒険者の中からも行方不明者が出てしまいました。冒険者まで消えたとなるとあのベーゼが関わっている可能性があります。だからこそ、冒険者や軍よりもベーゼに詳しいメルディエズ学園に依頼を出したのです」

「しかし、まだベーゼが関わっていると決まったわけではありません」

「少しでも可能性がある以上、準備しておくに越したことはありません。貴女ならそれぐらい分かるはずですよ?」

「ですが……!」


 どうしても納得できない様子のヴェラリアはチラッとユーキたちの方を見ると鋭い視線を向けた。ヴェラリアと目が合ったユーキは軽く目を見開いて少し驚いた反応を見せる。


「おい、何なんだこの姉ちゃんは? 部屋に入るなり騒ぎやがるが……」


 フレードはイェーナの方を見ながらヴェラリアを指差して尋ねる。イェーナはフレードやユーキたちの方を見るか軽く頭を下げた。


「失礼しました。この子は私の娘でヴェラリアと言います」

「娘さんですか?」


 ヴェラリアの正体を知ったユーキはもう一度ヴェラリアを見る。確かに髪と目の色はイェーナと同じで顔立ちも似ているため、ユーキやアイカたちは間違い無くイェーナの娘だと納得する。


「実は今回、皆さんに協力する冒険者チームと言うのはこの子が所属しているチームなのです」

「えっ? では、お嬢様は冒険者なのですか?」


 アイカはイェーナの言葉を聞いて意外そうな顔をする。

 貴族出身の人間が冒険者になることは珍しいことではないため、ユーキたちはヴェラリアが冒険者であることには驚いていない。ただ、依頼主の娘が所属している冒険者チームが協力してくれるとは思っていなかったため、その点には少しだけ驚いていた。

 ヴェラリアが冒険者であることを知ったユーキたちは驚くと同時にヴェラリアが不満そうにしていることにも納得した。

 冒険者であるヴェラリアたちが行方不明者を見つけ出せずにいる中、商売敵であるメルディエズ学園に依頼すれば不満に思うのも無理の無いこと。ヴェラリアがユーキたちのいる部屋に来たのも、そのことでイェーナに文句を言うためだったのだ。

 ユーキたちがヴェラリアを見つめる中、ヴェラリアはユーキたちから目を逸らす。その顔からは嫌悪感が感じられ、それを見てユーキは僅かに複雑そうな表情を浮かべる。


「ヴェラリア、これから貴女と貴女の仲間たちには失踪事件を解決するため、メルディエズ学園の皆さんに助力してもらいます」

「母上、ですが……」


 ヴェラリアはやはり納得できず、イェーナを説得しようとする。するとイェーナは僅かに目を細くし、ジッとヴェラリアを見つめる。


「ヴェラリア、これはお願いではありません。母として、そして当主代行としての命令です」

「うっ……」


 代行と言う言葉とイェーナからの威圧感にヴェラリアは思わず口を閉じる。ヴェラリアもクロフィ家の娘であるため、現状でこれ以上不満を口にするのは得策ではないと本能で感じ取った。


「いいですね、ヴェラリア?」

「……分かりました」


 ヴェラリアは俯きながら小さな声で返事をする。イェーナはヴェラリアの返事を聞くと微笑みを浮かべてユーキたちの方を向いた。


「町や失踪現場への案内はこの子たちがしてくれます。分からないことがあれば何でも訊いてください」

「はあ……」


 笑いながら語るイェーナを見ながらパーシュは軽く返事をする。先程までヴェラリアに鋭い視線を向けていたイェーナが突然笑顔を浮かべるのを見て、パーシュは少し変わった人だなと感じた。


「ヴェラリア、皆さんはこの後すぐに情報収集に向かいます。貴女はチームの人たちを召集してください」

「……既に全員、エントランスで待機しています」

「そうですか。では貴女もそちらで待機していてください」

「ハイ……」


 返事をしたヴェラリアは一礼し、静かに部屋から出て行く。ヴェラリアと一緒に部屋に入ったメイドも困惑したような顔をしながらユーキたちに一礼して退室した。


「申し訳ありません。突然部屋に入ってきて失礼な態度を……」


 ヴェラリアが出て行くとイェーナは苦笑いを浮かべながらユーキたちにヴェラリアの無礼を詫びる。いくら冒険者とメルディエズ学園の生徒が不仲とは言え、先程の娘の言動は問題があるとイェーナは思っていたようだ。


「気にしなくていいですよ。事情が事情ですし、あたしらも慣れてますからね」

「そう言っていただけると助かります。あの子、先程は失礼な態度を取っていましたが、本当は仲間想いで優しいなのです」


 娘を庇う発言をするイェーナを見て、パーシュは小さく笑いながら「分かってる」と言いたそうに頷く。ユーキも自分の娘を想うイェーナを見て良い母親だと感じていた。

 話すべきことを全て話し、もう質問も無いことを確認したパーシュは立ち上がり、それに続くようにユーキたちも一斉に立った。


「それじゃあ、早速取り掛かります。今日はとりあえず情報を集めて、明日には町の中や周辺の捜索をしようと思っています」

「分かりました、よろしくお願いします」


 イェーナは立ち上がると頭を軽く下げ、改めてユーキたちに調査と頼んだ。ユーキたちは情報収集に向かうため、扉の方は歩いて行く。

 

「……皆さん」

「ハイ?」


 部屋を出ようとした時にイェーナがユーキたちに声を掛け、ユーキたちは足を止めてイェーナの方を向いた。


「先程もお話ししたように、行方不明になっている人たちは若い男女ばかりで、姿を消した冒険者も若い人たちでした。……もし今回の一件がベーゼの仕業で、彼らが人々を攫っているのだとしたら、皆さんもベーゼたちに狙われるかもしれません。くれぐれもお気をつけください」


 イェーナは行方不明になった者たちと歳の近いユーキたちに真剣な顔で忠告する。確かに行方不明になっている男女は十代半ばから二十代前半なので、ベーゼが関わっているのならユーキたちベーゼに攫われる可能性も十分あった。


「ご忠告感謝します。でも心配いりませんよ、あたしらは並のベーゼに負けるほど弱くはありませんから」


 パーシュは小さく笑いながら問題無いことを伝え、ユーキとアイカも心配してくれるイェーナを見ながら微笑む。フレードもニッと笑っており、フィランは無表情のまま、まばたきをしていた。

 余裕を見せるユーキたちを見てイェーナは心配は不要だと感じたのか安心したような笑みを浮かべた。

 

「そうですか。……頑張ってください。いい報告をお待ちしております」


 期待するイェーナを見たパーシュは静かに扉を開けて部屋から出て行き、ユーキたちもそれに続いて退室した。


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