第百六十二話 貴族夫人の依頼
ガルゼム帝国の東部にあるアルガントの町。帝国に存在する小都市の中では二番目に大きい町と言われており、人口も多く町を護る警備兵の人数も多い。
アルガントの町の近くには広い森があり、そこで採れる薬草などを使って作られるポーションは効力が高いと帝国内でも評判だった。
青空の下にあるアルガントの町の中では大勢の住民が街道や広場などに集まって談話や買い物などをしている。街道では荷馬車に乗る商人や冒険者、馬に乗っている警備兵の姿もあり、住民たちを避けながら街道の中を移動していた。
賑やかな街道の中に荷馬車に乗るユーキの姿があった。ユーキだけでなく、アイカ、パーシュ、フレード、フィランもおり、御者席にはフレードが乗って手綱を握り、荷台にはユーキたちが乗っている。
「此処も人が多いですね」
荷台から街道に風景を見るユーキは軽く目を見開いており、アイカとパーシュも街道を見回していた。
町に入ってから今いる街道に来るまでユーキたちは街中を見てきたが、何処も住民が多く予想以上の人が住んでいると知ってユーキは驚いた。
「このアロガントは帝国にある小さな町の中では人口が多い方だからね。昼になると大勢の人が外に出てこんなに騒がしくなるらしいよ」
胡坐をかくパーシュは前もって入手していたアロガントの町の情報を語り、話を聞いたユーキはパーシュの方を見ながら「へぇ~」という顔をする。
「確か、今回依頼してきた人はこの町を管理する貴族なんですよね?」
「ああ、こんなに大勢の住民がいる町を管理するなんて、貴族も大変だねぇ」
アイカの問いに答えるパーシュは若干気の抜けたような声を出しながら空を見上げる。アイカはあまり関心が無さそうな反応をするパーシュを見て小さく苦笑いを浮かべた。
今回、ユーキたちはある依頼を受けてガルゼム帝国に入国し、少し前に依頼主の貴族がいるアルガントの町に到着した。そして、依頼主の下に向かうため、町の中を移動して今いる街道までやって来たのだ。
「おい、もうすぐ依頼主様の屋敷に着くぞ」
御者席のフレードは荷台のユーキたちに声を掛け、ユーキたちは一斉にフレードの方を向く。もうすぐ依頼主と対面すると知ったユーキは気持ちを切り替えて真剣な表情を浮かべ、同時に依頼主はどんな人物なのか予想する。
ユーキたちが乗る荷馬車は街道の真ん中を走りながら依頼主が待つ屋敷へ向かう。
――――――
遡ること二日前、メルディエズ学園ではいつものように生徒たちが授業や依頼を受けたりしている。既に入学式から三ヶ月が経過しており、新入生たちは全員が依頼を受けられるようになっていた。
生徒たちが学園内で賑わう中、ユーキは依頼ロビーでウェンフ、オルビィンの二人と向かい合って会話をしていた。
「それじゃあ、これから二人で依頼を受けに行くのか?」
「ハイ、近くの村でゴブリンの討伐に行ってきます。ね、オルビィン様?」
「え、ええ……」
笑顔で話しかけてくるウェンフを見て、オルビィンは少し照れくさそうな顔をしながら返事をする。依頼ロビーには他にも生徒たちの姿があり、大勢がオルビィンと親しくするウェンフを見て目を丸くしていた。
トジェル村の依頼を受けて以来、ウェンフとオルビィンは一緒に行動することが多くなった。明るい性格で行動力のあるウェンフはオルビィンがラステクト王国の王女だからと言って控えめな言動は取らず、同じメルディエズ学園の生徒としてオルビィンと接している。オルビィンもそんなウェンフを少しずつ心を開くようになっていたのだ。
ユーキはオルビィンを見て少しずつウェンフと仲良くなっていると知り、小さく笑みを浮かべた。
「それじゃあ先生、いってきます」
「ああ、ゴブリンだからって油断するなよ? 弱いモンスターでも数が多ければ厄介だからな」
「ハーイ!」
元気よく返事をしたウェンフは校舎の出入口に向かって歩き出し、その後ろ姿を見たユーキはウェンフが調子に乗って失敗するのではと小さな不安を感じていた。
「オルビィン様、ウェンフが無茶をしないよう見守ってあげてください」
「ええ、分かってます」
小さく頷きながら返事をするオルビィンはウェンフの後を追って校舎の外へ出て行く。二人を見送ったユーキは軽く息を吐いてから振り返って掲示板の方を向いた。
「さて、俺も依頼を探しに行くかな」
「ユーキ・ルナパレス君」
掲示板を見に行こうとしたユーキに眼鏡をかけた男子生徒が背後から声を掛け、ユーキはゆっくりと男子生徒の方を向いた。
「貴方は?」
「生徒会の者です。会長がお呼びです、至急生徒会室へ向かってください」」
「生徒会室に?」
生徒会の生徒から声を掛けられてユーキは意外そうな顔をする。ただ、ユーキは以前にも似たような体験したことがあるため、生徒会の生徒が声を掛けてきた理由を察して僅かに目を細くした。
「……もしかして、仕事の依頼ですか?」
「それは会長から直接お聞きください」
否定せず、ハッキリと答えない男子生徒を見てユーキは間違い無く依頼だと確信する。
ユーキは生徒会から依頼を任されることが嫌なわけではない。寧ろ生徒会に信頼されているため、面倒な仕事でなければできるだけ引き受けようと思っていた。
「……分かりました。すぐに行きます」
返事をしたユーキは生徒会室へ向かうため、階段の方へ歩き出す。この後、外せない予定があるわけでもなく、依頼を探そうと思っていたため、生徒会から依頼を任されるのはユーキにとって都合が良かった。
階段を上がって三階に来たユーキは真っすぐ生徒会室へ向かう。廊下をしばらく歩き、生徒会室の前までやって来たユーキは扉を軽くノックした。
「ハイ」
ノックした直後、扉の向こうからロギュンの声が聞こえてきた。
「ユーキです。会長から呼ばれていると聞いて来ました」
「入ってください」
許可が出るとユーキは静かに扉を開けて入室する。中に入るとそこには自分の席に座るカムネスとその隣に立つロギュン以外にアイカ、パーシュ、フレード、フィランのよく知るメンバーの姿があり、ユーキは自分の方を向くアイカたちを見て目を軽く見開いた。
「なんだ、アイカたちも呼ばれていたのか?」
「ええ、重要な依頼を任せたいって言われて……」
ユーキは意外に思いながら扉を閉め、カムネスの席の前に立っているアイカたちに元へ向かう。
生徒会室の現状からユーキは今度の依頼はアイカたちと共に依頼を受けること、神刀剣の使い手であるパーシュたちが同行することから難易度の高い依頼だと考える。
アイカたちと合流したユーキはカムネスを見つめ、アイカたちもユーキを見た後にカムネスの方を向いた。
「全員揃ったな。……では、早速本題に入ろう」
「おい、ちょっと待て」
カムネスが話を始めようとした時、フレードが不機嫌そうな顔をしながらカムネスに声を掛け、カムネスは視線だけを動かしたフレードを見る。
「何だ?」
「状況から重要な依頼を任せるために俺らを呼び出したってのは分かる。だがよぉ、何で俺とパーシュが一緒に依頼を受けねぇといけねぇんだ? 俺らが仲が悪いのはお前も知ってるだろう」
不仲なパーシュと共に依頼を受けることに納得できないフレードは親指でパーシュを指しながらカムネスに尋ねる。パーシュもフレードと同じ気持ちなのか不満そうな顔をしながらフレードをジッと睨んでいた。
「あたしだって同じだよ。アンタなんかと一緒に依頼を受けるなんて不満しかない」
「はっ、相変わらず喧嘩腰だなテメェは。そんなんじゃ男にモテねぇぞ?」
「余計なお世話だよ。そう言うアンタこそ、その見下した態度を何とかしないと女に嫌われるよ」
パーシュとフレードはいつものように口論を始め、そんな二人を見たユーキとアイカは「また始まった」と言いたそうな顔をする。
フィランはパーシュとフレードの関係や喧嘩をすることに興味が無いため、無表情のまま視線だけを動かして二人を見ていた。
パーシュとフレードはユーキたちのことを気にもせずに睨み合い、カムネスは二人を無言で見つめる。すると、カムネスの隣にいたロギュンがパンパンと強めに手を叩き、ユーキたちはロギュンに視線を向けた。
「そこまでです。貴方たちを呼び出したのにはちゃんと理由があります」
日常的な出来事とは言え、副会長として生徒の口論を放っておくことのできないロギュンは二人を落ち着かせながら説明することを伝える。
ロギュンの言葉を聞いて睨み合っていたパーシュとフレードは少しだけ表情を和らげてロギュンの方を向いた。
「今回の依頼は依頼主から優れた生徒を派遣してほしいと要請があったのです。ですから我がメルディエズ学園の中でも上位の実力を持つ生徒、つまり貴方がた五人を選んだのです」
「それでどうしてあたしとフレードが一緒に依頼に参加しないといけないんだい?」
「ああぁ、俺らの内、どちらかを別の奴と変えればいいだけじゃねぇか」
いくら優れた生徒を派遣してほしいと要請があったとは言え、他にも優秀な生徒がいるのに自分たちを同じ依頼に就かせる意味が分からないパーシュとフレードは機嫌を悪くしながらロギュンに尋ねる。
ロギュンはパーシュとフレードの顔を見ると小さく息を吐きながら眼鏡を指で軽く押し上げた。
「今回の依頼を任せられそうな生徒は全員が別の依頼を受けて学園の外に出ているんです。今学園内にいる生徒の中で条件にあった生徒は貴方たちだけなんです」
「お前やカムネスがいるじゃねぇか」
「私も会長も既に別の依頼を引き受けています。しかも指名されていますので別の生徒に任せたり、交代することはできません」
他に生徒がいないため、パーシュとフレードには一緒に依頼を受けてもらうしかないとロギュンは説明し、パーシュとフレードは表情を歪めて不満を露わにする。
「他に任せられる生徒がいない以上、お前たちには一緒に依頼を受けてもらう。……いいな?」
カムネスが声を掛けるとパーシュとフレードは黙り込み、カムネスは二人が返事をするのを無言で待つ。
「……ケッ! わぁったよ。やりゃいいんだろう、やりゃあ!」
「ちゃんとした理由もないのに断っても自分の立場が悪くするだけだからね」
自分たちの立場を悪くしないため、フレードとパーシュは渋々依頼を引き受ける。引き受けた二人を見てロギュンは「よし」と言いたそうな顔をしながら小さく頷く。
パーシュとフレードはお互いに相手をジッと睨み合い、そんな二人の様子を見たユーキとアイカは問題が起きることなく依頼を完遂できることを心の中で祈っていた。
ユーキとアイカを見ているロギュンは二人の様子から今回の依頼を受けることに嫌がっていないと感じ、依頼を受けてほしいと二人を説得する必要は無いと考える。
フィランに至っては与えられた依頼を不満に思うことも無く引き受けてくれるため、ロギュンはフィランの説得も不要だと感じていた。
「では、改めて依頼の説明をさせてもらう」
カムネスは自分の机の上に置かれていある一枚の羊皮紙を手に取り、書かれたある文章に目をやる。ユーキたちも依頼の説明が始まると真剣な顔でカムネスに注目した。
「今回の依頼主はガルゼム東部の町、アルガントを管理するクロフィ男爵夫人だ」
「男爵夫人?」
依頼主が誰なのか聞いたアイカは意外そうな表情を浮かべ、ユーキたちもフィランを除いて全員が同じ反応を見せる。
「男爵ではなく、その奥様が町を管理なさっているのですか?」
「クロフィ男爵は四ヶ月ほど前に病で他界し、その妻である夫人が男爵の代わって町の管理をしているそうだ」
カムネスが男爵夫人が町の管理者をしている理由を話すとユーキたちは納得した表情を浮かべる。
ユーキがいる異世界では爵位を持つ貴族が他界した場合、その子供が次の当主となる。しかし、子供がいなかったり子供が当主を継げない状態だった場合は貴族の伴侶、つまり貴族夫人が跡継ぎができるまでの間、当主の代行を務めることになっているのだ。
貴族夫人が町の管理者を務めることは珍しく、ユーキたちは跡継ぎがいないのかと疑問に思う。そんなユーキたちを見ていたカムネスは再び羊皮紙に目をやった。
「クロフィ男爵夫人からの依頼は行方不明になった者の捜索とその原因の調査だ」
「行方不明者の捜索だぁ? そんなの奥さんが管理する町の兵士や冒険者たちにやらせればいいじゃねぇか。何でわざわざ学園に依頼してくるんだよ?」
人探しやその原因調査と言う面倒で時間が掛かる仕事をメルディエズ学園に依頼してきたことに疑問を感じるフレードはどこか不満そうな顔をしながらカムネスに尋ねる。すると、黙って話を聞いていたロギュンがカムエスの代わりに口を開く。
「学園に依頼して来たクロフィ家の使用人の話では、今回の失踪事件にはベーゼが関わっている可能性があるそうです。ですから冒険者や町の兵士よりもベーゼとの戦闘を得意とする私たちに依頼をしようと夫人は考えられたそうですよ」
「ベーゼが……」
宿敵が関わっていると聞いたユーキは目を僅かに鋭くし、今回の依頼は自分が思っている以上に大変な仕事になるかもしれないと感じた。
「ベーゼが関わってるから俺らに依頼したってことは分かった。だが、それならもっと大勢の生徒を派遣するよう要請するべきだろう。何で俺ら五人だけなんだよ」
「捜索と調査には町で活動する冒険者チームが協力してくれることになっているそうなので、大勢を派遣しなくても問題無いそうです」
「はあ? 冒険者にも依頼してんのか? 冒険者を雇うくらいならその金を生徒の派遣に回せっつうんだよ」
フレードは再び不満そうな表情を浮かべながら文句を言う。パーシュもフレードと同じことを考えていたのか腕を組みながら僅かに眉間にシワを寄せていた。
「我々はアルガントの町やその周辺についてまったくと言っていいくらい無知だ。効率よく捜索と調査ができるよう、夫人が土地に詳しい冒険者を雇ってくださったのだろう」
「……ああぁ、成る程ね」
冒険者を雇った理由を知ってパーシュは納得の表情を浮かべる。フレードも土地勘の無い自分たちのために冒険者が力を貸してくれると聞いて一応納得したような反応を見せた。
だがそれでも、商売敵と一緒に行動することに抵抗があるのか、まだ少しだけ嫌そうな顔をしていた。
「詳しいことは町に着いた時に夫人から直接聞いてくれ」
「依頼しに来た人はできるだけ早く派遣してほしいと言っていたそうなので、すぐに準備をして出発してください」
「ハイ!」
ユーキは真剣な表情を浮かべて返事をし、アイカもカムネスを見ながら「任せてください」と目で自分の意志を伝えた。
「あと、今回はグラトンを連れて行くな。アルガントはモンスターが町に入ることを禁じているらしいからな」
「そうなんですか……」
グラトンを連れて行けないと言われたユーキは少し残念そうな顔をする。グラトンは嗅覚が優れているため、グラトンの嗅覚を使えば行方不明者の捜索が楽になるだろうとこの時のユーキは思っていた。
「フレード、冒険者と共同するからと言って喧嘩を吹っ掛けるような言動はするな?」
「わぁってる。俺だってガキじゃねぇんだ、やる時は真面目にやる」
鬱陶しそうな顔をするフレードは小指で自身の耳を掻きながら返事をする。フレードの反応を見たカムネスは視線だけを動かしてパーシュとフィランを見た。
「パーシュ、ドールスト、一応フレードが問題を起こさないよう、見張っておいてくれ」
「あいよ」
「……ん」
フレードは自分を疑うカムネスを目を細くしながら睨みつける。そんなフレードに顔を見たパーシュは本人に気付かれないくらい小さく笑っていた。
ユーキたちは早速出発するために生徒会室を出ようとする。すると生徒会室の扉をノックする音が聞こえ、ユーキたちは一斉に扉の方を向いた。
「ハイ」
「私だ、スローネだよ」
スローネが生徒会室を訪れたことにカムネスとロギュンは反応する。スローネを呼んではおらず、会う約束もしていないのになぜ生徒会室に来たのか二人は不思議に思っていた。
「どうぞ、お入りください」
何の用で生徒会室を訪れたのか分からないが、とりあえず入ってもらうためにロギュンは入室を許可する。許可した直後、扉が開いてスローネが生徒会室に入ってきた。
相変わらずスローネの髪はボサボサで着ている教師の制服にもあちこちにシワや汚れが付いている。身なりの整っていないスローネを見てカムネスとフィランを除く全員がジト目になっていた。
「よぉ、ルナパレス。やっぱり此処にいたんだね」
スローネはユーキを見ると頭を掻きながら彼の下へ歩いて行く。どうやらスローネは生徒会ではなくユーキに用があるようで、ユーキはスローネを見ながら意外そうな顔をする。
「スローネ先生、俺が此処にいるってよく分かりましたね?」
「探している時にアンタが生徒会室に向かったって生徒会の奴が話しているのを聞いて来たんだよ」
「そうだったんですか……それで、俺に何か用ですか?」
ユーキが用件を訊くとスローネはニッと嬉しそうな笑みを浮かべながら制服のポケットに手を入れて何を取り出す。それは二つの伝言の腕輪だった。
「伝言の腕輪ですか?」
「ただの伝言の腕輪じゃないよぉ? 改良を加えて会話できる範囲が広くなった物さぁ」
「ええぇ?」
スローネの話を聞いてユーキは驚き、周りにいたアイカたちも驚いた反応を見せる。
現在、存在する伝言の腕輪の会話可能範囲は500m圏内で、これまでどの国でもそれ以上の効果範囲を持つ物を作ることはできなかった。それなのに会話できる距離が伸びた伝言の腕輪を作ったのスローネが言うのだから驚くのは当然だ。
「効果範囲が広くなった物ができたって、本当なのですか?」
「ああ、計算が正しければコイツは半径2km以内にいる伝言の腕輪を持つ奴と会話ができるはずだよぉ」
「に、2km!?」
アイカが驚いているとスローネはアイカの方を向き、笑いながら顔を近づけて小さな声を出した。
「ルナパレスから聞いた転生前の世界の情報を元に改良したんだよ」
「……ああぁ、成る程」
新しい伝言の腕輪を作れた理由を知ってアイカは納得する。
スローネはユーキに頼んで何度か彼が住んでいた転生前の世界の話を聞かせてもらい、その情報を使って新しいマジックアイテムを開発しようと計画していた。そしてその結果、会話可能な範囲が広がった伝言の腕輪を作ることの成功したのだ。
パーシュたちにはアイカとスローネの会話が聞こえず、どうして新しい伝言の腕輪ができたのか分からずにいる。ユーキはアイカとスローネが小声で話している姿を見て改良できた理由を察し、より優れたマジックアイテムを作り出したスローネの技術と知識に感心していた。
「スローネ先生、いったいどのようにしてその伝言の腕輪を完成させたのですか?」
カムネスは静かにスローネに問い掛けると、スローネはアイカから離れてカムネスの方を向いた。
「まぁ、作り方は後で学園長たちを交えて説明するよ。今回は新しい伝言の腕輪をルナパレスに試してもらいたくて来たんだ」
「ルナパレスに?」
「ああ、新しい伝言の腕輪ができたら最初に使わせてほしいって約束してたからね」
スローネはそう言うとチラッとユーキに視線を向け、スローネと目が合ったユーキは小さく反応する。
実際は新しい伝言の腕輪が出来たら最初に使わせる、などと言う約束をユーキとスローネは交わしていない。これはユーキから得た情報を元に作った新しい伝言の腕輪を情報を提供してくれたユーキに最初に使わせたいと言うスローネなりの気配りだった。
「成る程……ですが、ルナパレスはこれから依頼でガルゼム帝国に向かわなくてはなりません。試用は彼が戻った後にしていただけますか?」
「依頼?」
カムネスの話を聞いたスローネはユーキの周りに立っているアイカたちを目にする。カムネスの話と現状からスローネはユーキがアイカ、パーシュ、フレード、フィランの四人と共に依頼を受けたことを知り、同時に神刀剣の使い手が三人も参加することから重要性な依頼なのではと考えた。
「……そうかい。ならコイツを持って行きな」
そう言ってスローネは改良した伝言の腕輪をユーキに差し出した。
「えっ、これをですか?」
「効果範囲のチェックはしてないけど、問題無く使えるはずだから今回の依頼で使ってみとくれ」
「は、はあ……」
ユーキはスローネから二つの伝言の腕輪を受け取り、アイカやパーシュたちはユーキの周りに集まって伝言の腕輪を観察する。
伝言の腕輪を見つめ、なかなか準備に取り掛かろうとしないユーキたちを見たロギュンは軽く溜め息をつき、両手をパンパンと叩いた。
「皆さん、伝言の腕輪の観察や使えるかどうかの確認は後でしてください。今はアロガントの町へ向かうための準備が先ですよ」
ロギュンの言葉を聞いたユーキたちは自分たちのやるべきことを思い出してフッと顔を上げ、早足で生徒会室から出て行く。
ユーキたちの後ろ姿をカムネスは無言で見つめ、ロギュンは疲れたような顔で溜め息をつく。スローネはユーキたちを見ながらニッと笑って手を振っていた。
それから準備を済ませたユーキたちはガルゼム帝国に向かうため、メルディエズ学園を出発した。
――――――
無事にアロガントの町に辿り着くとユーキたちは依頼主であるクロフィ男爵夫人に会うためにクロフィ男爵家の屋敷へ向かう。
情報ではクロフィ男爵家の屋敷は町の中央付近にあるため、ユーキたちは町の奥に向かって街道を移動する。
町の奥へ進むにつれて住民たちの数は少なくなり、大きめの建物が増えてきた。周囲の雰囲気が変わり始めたことからユーキたちは少しずつ目的地の屋敷に近づいていると感じる。
それから更に町の奥へ進み、住民の姿が殆ど見られなくなった頃、数百m先に立派な屋敷が建っているのがユーキたちの目に入った。
「もしかして、あれがクロフィ男爵家の屋敷か?」
「多分そうだと思うわ。周りの建物とは明らかに作りが違うし」
ユーキとアイカは遠くに見える屋敷を見つめ、目的であるクロフィ男爵家の屋敷だと確信する。パーシュとフィランも二人と同じように屋敷に注目した。
「よし、ちゃっちゃと屋敷に行って依頼主から話を聞こうかね。フレード、もっとスピードを上げな」
「いちいち命令すんじゃねぇ!」
パーシュに文句を言いながらフレードは手綱を握り、荷馬車を引く馬に指示を出した。馬は走る速度を僅かに上げ、街道の中を走っていく。
本日から投稿を再開します。
今回の第十章は若干過激な場面が含まれる内容になると思います。
今までと同じように一定の間隔をあけて投稿しますので、よろしくお願いいたします。




