第百六十一話 三人の勇士
ユーキたちは武器を構えながらイェルグァーの様子を窺う。ウェンフの雷撃砲を受けたことでイェルグァーもそれなりにダメージを受けてはいるが、それでも普通に動くことができた。ユーキたちはイェルグァーの体力の多さに驚きながら次の攻撃を警戒する。
「モハヤ貴様ラニ容赦ハシナイ。時間ヲ掛ケ、ジックリ甚振ッテカラ殺シテヤル!」
叫ぶイェルグァーは四本の腕をユーキたちに向けて伸ばし、手の平らから紫の光弾を放って攻撃した。
四つの光弾を見たユーキは素早く右へ跳んで回避行動を取り、オルビィンは驚きの表情を浮かべながら右へ跳んだ。ウェンフも左に大きく跳んで光弾をなんとか回避する。
無事に光弾をかわしたユーキたちは反撃するために素早くその場を移動して体勢を整える。
ユーキはイェルグァーの真正面に立ち、ウェンフは右側面に回り込んだ。オルビィンはユーキの右側、少し離れた所でショヴスリを構える。先程攻撃を受けた件もあるため、今まで以上にイェルグァーを警戒していた。
体勢を整えたユーキは強く地面を蹴ってイェルグァーに突っ込み、間合いに入った瞬間に月影で袈裟切りを放つ。イェルグァーは正面から攻撃してきたユーキを見て自分を見下していると感じたのか表情を鋭くしながら後ろに下がって袈裟切りをかわした。
回避に成功するとイェルグァーは右腕を右から振ってユーキに反撃しようとする。だが次の瞬間、ユーキは後退したイェルグァーに月下で突きを放って左肩を貫いた。
「グオオォッ!」
貫かれた痛みにイェルグァーは思わず声を上げる。しかし大した痛みではないのか、すぐに表情を険しくしてユーキを睨みつけた。
「虫ケラガ、調子ニ乗ルナァ!」
イェルグァーは背中の触手を素早く動かすとユーキの頭上から刃の付いた先端を勢いよく振り下ろした。
頭上からの攻撃に気付いたユーキは上を見た瞬間に月下を引き抜き、大きく後ろに跳んで触手を回避する。回避したユーキを見たイェルグァーは触手を操り、刃をユーキに向けると勢いよく触手を伸ばした。
正面から迫って来る触手を見ながらユーキは右へ跳んで回避し、かわした直後、ユーキは真横の触手に向けて月下と月影を同時に振り下ろして触手を切ろうとする。ところが刃が触手に触れた瞬間、月下と月影は高い金属音のような音を響かせながら弾かれた。
月下と月影が弾かれたことにユーキは一瞬驚きの反応を見せるがすぐに表情を鋭くし、後ろに跳んで距離を取った。距離を取るとユーキは双月の構えを取ってイェルグァーを警戒する。
(月下と月影が簡単に弾かれた。グラトンが投げた岩を砕いた時も思ったけど、アイツの触手はかなり硬いみたいだな……あれじゃあ、普通に攻撃しても傷をつけることすらできない。やっぱ強化で俺の腕力か月下と月影の切れ味を強化して攻撃するしかないか)
触手には普通の攻撃は通用しないと悟ったユーキは対抗策を考えながら足の位置を変えてすぐに移動できる態勢を取る。
ここまでの攻防からイェルグァー自身の体には普通の攻撃でもダメージを与えられるが、触手だけは硬度が高くて並みの攻撃は通用しないことが分かった。これらの情報からイェルグァーの触手は攻撃するための剣と自身の身を護る盾の役割があるのだとユーキは感じる。
イェルグァーに効率よくダメージを与えるには、まず触手を何とかしないといけない。そう考えながらユーキは触手を見つめ、月下と月影を強く握った。
ユーキが戦法を決めた直後、イェルグァーは触手を右から横に振ってユーキに攻撃してきた。しかも今度は先端の刃でユーキを斬ろうとしているらしく、刃の部分がユーキに迫って来ている。
触手を睨むユーキは強化で両腕の腕力を強化し、月影で刃を止めた。月影と触手の刃がぶつかるとイェルグァーは触手に力を入れてユーキを押し飛ばそうとする。ユーキもイェルグァーの押す力が強くなったのを感じて左腕に力を入れた。
ユーキとイェルグァーは険しい表情を浮かべながら月影と刃で鍔迫り合いをする。イェルグァーは自分の刃を止めるユーキを見て不快に感じ、左手をユーキに向けて光弾を撃ち込もうとした。するとイェルグァーの右側からウェンフが近づき、電気を纏っている剣を振り上げる。
「ルナパレス新陰流、朏魄!」
ウェンフは剣を両手で強く握り、ユーキから教わったルナパレス新陰流に技を使った。前に踏み込みながら袈裟切りを放ち、続けて左から右に横切りを放ってイェルグァーの右脇腹を素早く斬る。
「ガアアァッ!」
斬られたイェルグァーは苦痛の表情を浮かべる。しかもウェンフは雷電の力を剣に付与していたため、斬られた時の痛みだけでなく電気が走る痛みも感じていたため、ユーキの突きを受けた時よりも痛みは強かった。
ユーキを攻撃しようとした時に邪魔をされたイェルグァーはウェンフを鋭い目で睨み、右腕を二本ともウェンフに向けて光弾を放った。
ウェンフは放たれた光弾を見て目を見開き、走ってその場を移動する。攻撃を終えた直後に体勢を直していたため、何とか回避することができた。
イェルグァーはウェンフを追撃しようと、ウェンフを追うように右腕を動かして光弾を撃とうとする。すると今度はオルビィンが左斜め前からショヴスリを構えながらイェルグァーに向かって跳んだ。
「さっきのお返し、しっかりさせてもらうわよ! 飛竜の貫き!」
足を貫かれた時の怒りを込めてオルビィンは力強く突きを放ち、イェルグァーの脇腹に近い方の左腕をショヴスリで貫く。力を込めて攻撃したため、ショヴスリの刃は深く刺さった。
左腕を貫かれたイェルグァーは痛みに耐えながらオルビィンを見る。数分前に自分に傷をつけた人間が再び自分に攻撃してきたことでイェルグァーは更に怒りをこみ上げた。
「鬱陶シイ虫ケラドモガァ! 消エ失セロォ!!」
怒号の声を上げながらイェルグァーはユーキと鍔迫り合いをしていた触手も引いて手元に戻す。その直後、触手をいきおきよく振り回して周囲にいるユーキたちを攻撃した。
振り回される触手を見たユーキは咄嗟に姿勢を低くし、ウェンフとオルビィンは走って近くにある岩の陰に隠れる。
触手はウェンフとオルビィンが隠れている岩に当たると鈍器で殴ったかのように岩を砕き、岩が砕かれるのを見てウェンフとオルビィンは目を見開いて驚く。
「クッ、何て奴だ。頭に血が上って無茶苦茶な攻撃をしやがる。しかも俺が近くで姿勢を低くしているのに狙ってこないなんて、周りが見えていないな」
姿勢を低くしながらユーキはイェルグァーの行動に呆れていた。戦場で冷静さを失うことほど愚かな行動は無いと言われ、味方だけでなく敵からも軽んじられる。ユーキもイェルグァーを見て内心情けなく思っているが、ユーキにとっては都合のいい状況だった。
ユーキは触手を振り回すイェルグァーを見ながら強化を発動させて自身の動体視力を強化した。するとイェルグァーや触手の動きがスローモーションのように遅くなり、ユーキはその状態のまま素早く立ち上がってイェルグァーに向かって走り出す。
ゆっくりと迫って来る触手を体を反らしたり、姿勢を低くしたりしながらユーキは避けていき、イェルグァーの目の前まで近づくと鋭い目で睨みつけた。
「ヌウゥ!?」
いつの間にか目の前まで接近していたユーキに気付いたイェルグァーは目を見開いて驚く。驚くイェルグァーを見ながらユーキは動体視力の強化を解除して両腕の腕力を強化した。
「ルナパレス新陰流、上弦!」
ユーキは月下と月影を連続で振ってイェルグァーを攻撃する。袈裟切り、逆袈裟切り、振り下ろしなど様々な角度から愛刀を振ってイェルグァーの体を斬っていき、斬られるたびにイェルグァーは苦痛の声を上げた。
イェルグァーの体を八回斬ったユーキは後ろに二回跳んで距離を取り、反撃に備えて双月の構えを取る。体中を斬られたイェルグァーは唸るような声を出しながら痛みに耐え、痛みが引くと殺意の籠った目でユーキを睨んだ。
「貴様ァ、虫ケラノ分際デ我ヲココマデ傷ツケルトハァ! 貴様ダケハ楽ニハ殺サン! 我ト同ジヨウニ全身ヲ切リ刻ミ、時間ヲ掛ケテナブリ殺シテヤルゥ!」
「……お前、さっきから同じようなことばかり言ってるぞ? それに虫けら虫けらって、人を見下すのも大概しとけよ? 傲慢な奴は碌な死に方しないぞ」
「黙レェェ!!」
見下している人間に説教をされたことでイェルグァーは再び感情的になりユーキに向かっていく。腕と足を虫のように動かしながら近づき、背中の触手の先端をユーキに向けて攻撃する態勢に入る。
迫って来るイェルグァーを見たユーキは双月の構えを解き、イェルグァーに向かって走り出す。そして、一定の距離まで近づくと月下を強く握って更に走る速度を上げた。
「ルナパレス新陰流、繊月!」
ユーキは走りながら地面を蹴ってイェルグァーとの距離を一気に縮め、イェルグァーの右側を通過する瞬間に月下でイェルグァーの脇腹に近い方の右腕を斬り落とした。
斬られた腕は地面に落ちると黒い靄となって消滅し、腕を失ったイェルグァーは断末魔を上げながら倒れる。冷静さを失ったイェルグァーはユーキにとって何の脅威にもならなかった。
「バ、馬鹿ナ、誇リ高キベーゼノ我ガ、虫ケラ相手ニ苦戦スルナド、アリ得ン」
現実を受け入れられないイェルグァーは痛みに耐えながらユーキの方を向く。
ユーキは月下と月影を下ろしながら振り返り、目を僅かに細くしながらイェルグァーを見つめる。そんなユーキを見たイェルグァーは馬鹿にされていると感じ、触手をユーキに向けて先端の刃を光らせた。
「死ネ、愚カナ虫ケラァ!」
声を上げながらイェルグァーはユーキに向けて勢いよく触手を伸ばして攻撃した。
ユーキは目を鋭くしてイェルグァーを見ると強化を発動させて自分の右腕の腕力、月下の切れ味を強化する。
迫って来る触手を見つめながらユーキは足を軽く曲げ、目の前まで近づいてきた瞬間に左へ移動して触手をかわす。回避すると同時に月下を触手に向けて振り下ろし、触手を切り落とした。
今回は腕力と月下の切れ味を強化していたため、前のように弾かれることなく楽に触手を切ることができた。
「ナ、何ダトォ!?」
触手を切り落とされたのを見てイェルグァーは驚愕する。先程は攻撃を難なく防げたのに今回は簡単に切られたので驚くのは当然だった。
イェルグァーが切られた触手を見ていると左側からウェンフが近づき、剣を持たない左手を掲げる。するとウェンフの左手は青白い電気を纏い、電気は鋭い獣の爪の形に変わった。
「雷獣の爪!」
声を上げながらウェンフは電気の爪を纏った左腕を振り下ろしてイェルグァーの胴体を切り裂く。電気の爪であるためイェルグァーの体に傷はついていないが、かなりのダメージを与えることができた。
「ガアアアアァッ! オ、オノレェ、ケダモノ如キガァーーッ!」
痛みと痺れに表情を歪めながらイェルグァーは二本の左腕をウェンフに向け、光弾で反撃しようとする。
ウェンフはイェルグァーが光弾を撃とうとしているのを見て回避行動を取ろうとする。だがその時、ウェンフから見て右の方からオルビィンが走って来るのが見えた。
オルビィンは走ってイェルグァーに近づき、ウェンフに向けられている左腕に向かったショヴスリを振り下ろして殴打する。オルビィンに殴打されたことでウェンフに対する攻撃は阻止され、イェルグァーの手の中から光弾が静かに消滅した。
「オルビィン様?」
自分を助けたオルビィンを見てウェンフは意外そうな顔をした。
オルビィンはウェンフの隣まで移動するとイェルグァーを睨みながらショヴスリを構え直す。今回は前のように攻撃に成功しても突撃したりせず、距離を取ってイェルグァーの様子を窺っている。
「これでさっきの借りは返したわよ?」
ウェンフの方は見ずにオルビィンは僅かに力の入った声を出す。どうやら先程ウェンフがショヴスリを回収してきたことで借りを作ってしまったと感じ、その借りを返すためにウェンフを助けたようだ。
オルビィンを見ながらウェンフは不思議そうな反応をする。彼女は別にオルビィンに貸しを作ったつもりも作ろうとも思っていなかったのでオルビィンの言っていることの意味が理解できていなかった。そのため、訳が分からず目を丸くしながらオルビィンを見つめている。
攻撃を邪魔されたイェルグァーは鬱陶しそうな顔でオルビィンを睨み、オルビィンは無言でイェルグァーを睨み返す。ウェンフも現状を思い出して剣を構えながらイェルグァーを睨む。
「貴様ラ、ヨクモ我ヲコケニシテクレタナァ! 必ズ皆殺シニシテヤルゾォ!」
「ハッ、さっきから馬鹿みたいに似たようなことばかり言って、他に言うことは無いの?」
オルビィンは鼻で笑いながらイェルグァーを挑発し、イェルグァーはオルビィンを睨みながら奥歯を噛みしめる。
「そんな馬鹿なアンタにいいことを教えてあげるわ。……目の前の敵だけに意識を向けるのは三流のやることよ?」
そう言いながらオルビィンはチラッとイェルグァーの後ろを見る。オルビィンの視線の先には何とジャンプしながらショヴスリを頭上で回すもう一人のオルビィンの姿があった。
オルビィンはウェンフを助ける直前に再び双児を発動させて分身を作っていた。ユーキとの決闘で発動していた時と違って分身を作ってからイェルグァーに倒されるまでの時間が短かったため、再発動するまでのクールタイムが短かく、戦闘中にもう一度発動することができたのだ。
分身を作った後、本物のオルビィンはウェンフの援護に向かい、分身であるもう一人のオルビィンは本物とウェンフがイェルグァーの気を引くのをその場で待ち、隙を見せた瞬間に攻撃を仕掛けようとしていたのだ。
ショヴスリを回す分身のオルビィンはがら空きになっているイェルグァーの背中を見つめている。
「攻撃してきた敵ばかり気にして、他の敵に気を配らなかったアンタの負けよ!」
分身のオルビィンが声を上げるとイェルグァーはフッと振り返り、背後からの奇襲に気付く。イェルグァーは急いで対処しようと思ったが既にオルビィンの攻撃準備は整っていた。
「天空の重撃!」
遠心力の付いたショヴスリをオルビィンはイェルグァーに向かって勢いよく振り下ろす。ショヴスリはイェルグァーの背中を殴打し、同時に穂先の突起部分が背中に刺さって大きなダメージを与えた。
オルビィンの渾身の一撃を受けたイェルグァーは地面に叩きつけられるように俯せに倒れ、背中から伝わる衝撃と痛みに声を漏らす。破壊力の高い天空の重撃をまともに受けたことでイェルグァーも動けなくなったようだ。
分身のオルビィンは軽く呼吸を乱しながら倒れるイェルグァーを見下ろし、本物のオルビィンとウェンフも警戒しながらイェルグァーに近づく。
少し離れた所ではユーキがイェルグァーを倒したウェンフとオルビィンを見て意外そうな顔をしている。初めての討伐依頼でベーゼと言う予想外の敵と遭遇し、苦戦を強いられながらも勝利した二人にユーキは内心驚いていた。
「馬鹿ナァ……我ガ虫ケラト、ケダモノ相手ニ、敗北スルナド……アッテハナラナイコトダ……」
倒れているイェルグァーは自分が負けたことが信じられずに掠れた声を出し、声を聞いたユーキやウェンフ、オルビィンはイェルグァーに注目する。
「我ハベーゼ、虫ケラ、ケダモノヲ支配スル高貴ナ存在……コノ世界ニ存在スル生物ハ……我ラベーゼニ支配サレテコソ、生キル資格ヲ得ラレルノダ……」
「はあ? 馬鹿じゃないのアンタ? 私たちはアンタたちみたいな化け物に支配されなきゃ生きていけないほど弱くないのよ。そもそも、アンタたちに私たちを支配する権利なんて無いわ。くだらない妄想をしないでよね」
瀕死の状態にもかかわらず傲慢な態度を取り続けるイェルグァーにオルビィンは呆れ果てる。もう一人のオルビィンも同じような反応を見せ、ウェンフは不愉快そうな顔でイェルグァーを見ていた。
「思イ上ガルナ虫ケラ……我ラガ支配者、大帝陛下ガ復活ナサレレバ……貴様ラナド、ゴミトシテ無様デ滑稽ナ生ヲ歩ムシカデキナクナルノ、ダカラナァ……」
見下すような笑みを浮かべながらイェルグァーはオルビィンを挑発する。
オルビィンはボロボロの状態で楽しそうにするイェルグァーを見て軽く溜め息をつき、ショヴスリを逆手に持って槍先をイェルグァーに向けた。もう一人のオルビィンも同じようにショヴスリの槍先をイェルグァーに向ける。
『続きは地獄でやってなさい』
二人のオルビィンは声を揃えてそう言うと同時にショヴスリでイェルグァーの頭部を貫いた。
頭部を貫かれたことが致命傷となったのかイェルグァーは笑みを浮かべたまま動かなくなり、その直後にイェルグァーの体は黒い靄となって消滅した。
イェルグァーが消滅したのを見たユーキは周囲を見回して他にベーゼがいないか確認する。森からは生き物の気配や視線は感じず、離れた所には自分の方へ歩いて来るグラトンとジェイソンの姿があった。
別の方角を見てもベーゼやモンスターの姿は無いため、安全だと判断したユーキは軽く溜め息をつく。そして、ウェンフとオルビィンの状態を確認するため、月下と月影を鞘に納めながら二人の方へ歩いていく。
「二人とも、大丈夫か?」
ユーキが声を掛けるとウェンフとオルビィンはフッと反応し、緊張が解けたのかウェンフはその場に座り込み、オルビィンは深く息を吐きながらショヴスリを落とす。同時に双児によって作られた分身のオルビィンも消滅した。
二人の反応を見たユーキはどちらも怪我をしていないと知って安心する。
「未知のベーゼと戦い、討伐に成功したなんて普通の下級生にはできることじゃない。二人とも凄いぞ」
「えへへへ」
ウェンフは座りながらユーキを見て微笑みを浮かべる。ウェンフの場合は冒険者をやっていた時に少しだけモンスターと戦い、ユーキと出会った時もベーゼと戦ったことがあるので初めての実戦とは言えない。そのため若干複雑な心境だったが、師匠であるユーキに褒めてもらえたのは嬉しいことなので素直に喜んだ。
オルビィンはウェンフと違って初めての実戦、しかもベーゼとの戦闘も初めてだったため、勝利したことで強い達成感を感じていた。
「オルビィン様はどうでした? 初めての実戦は」
「……正直、恐怖を感じました」
真面目な顔で俯きながらオルビィンは自身の手を見つめる。戦闘が終わった後にもかかわらず、オルビィンの手を小さく震えていた。戦闘が終わり、緊張が解けたことで戦闘の恐怖を改めて実感したようだ。
「今まで、戦いの技術を学ぶために努力してきた自分ならどんなモンスターと遭遇しても余裕で勝てると思っていました。でも今回、実戦が思っていた以上に厳しく、危険なものだと言うことを学び、自分の考え方が甘すぎたと理解しました」
戦いで自分が学んだこと、間違って認識していたことをオルビィンは語り、ユーキは黙ってオルビィンの話を聞いていた。ウェンフも立ち上がってオルビィンを見つめている。
「あのイェルグァーとか言うベーゼに襲われた時もルナパレス先輩が助けてくれなければ、私は死んでいました。それを思い出すと怖くて体が震えてしまうんです……」
「その恐怖に慣れてください」
ユーキはオルビィンに静かに声を掛け、オルビィンは顔を上げてユーキの方を向く。
「俺たちはベーゼからこの世界を護るために何度も戦場に出ることになります。戦場に出れば常に死と隣り合わせとなり、いつ命を落としてもおかしくありません。その命を落とすかもしれないと言う恐怖に慣れ、常に平常心を保てるようにならないといけないんです」
戦場で大切なことを語るユーキを見つめながらオルビィンとウェンフは話を聞く。自分たちよりも長い間ベーゼやモンスターと戦い、命を懸けてきたユーキの言葉には説得力があると二人は感じていた。
「ですが、恐怖を感じることも大切です。敵の力、死を恐れることで人間は強くなろう、生き延びようと言う意思を持つことができます。敵や死に恐怖を感じず、何も考えずにただ敵と戦う奴は本当の意味で強くなれないし、生き延びることもできません。……戦いの恐怖を感じながら、それに呑まれないように慣れる。二人ともそれを忘れないように」
「……分かりました」
「ハイ!」
オルビィンとウェンフは真剣な表情を浮かべて返事をし、ユーキはそんな二人を無言で見つめる。今回の戦闘でウェンフとオルビィンはメルディエズ学園の生徒として大きく成長したとユーキは感じ、二人がこれから多くの依頼を受けて優秀な生徒になってくれることを願った。
ユーキたちの会話が終わると遠くにいたグラトンがジェグリスと共にユーキたち下にやって来る。グラトンとジェグリスに気付いたユーキたちは表情を和らげて二人の方を向く。
「だ、大丈夫ですか?」
ジェグリスが心配そうな顔でユーキたちに尋ねるとユーキはジェグリスの方を向きながら小さく笑った。
「ええ、全員無事です。ベーゼも倒すことができました。これで明るい時間に襲われることは無いでしょう」
「そ、そうですか……」
「ブォ~!」
ユーキの話を聞いてジェグリスは安心したのか肩を落としながら軽く息を吐く。グラトンはユーキたちが大怪我をしてない姿を見て喜んでいるのか大きく口を開けて鳴き声を上げた。
「さて、無事にベーゼを倒すことはできたけど、まだ他のベーゼが森の中に潜んでいる可能性がある。念のために森に入って他にベーゼや凶暴なモンスターがいないか調べておこう」
「そうですね」
トジェル村の人たちが安全に森に入れるようユーキは当初の予定どおり森の中を捜索をすることにし、ウェンフとオルビィンもそうした方がいいと考えているらしく、異議を上げなかった。
ユーキたちから数十m離れた森の中、焦げ茶色のフード付きマントを羽織り、フードで頭部を隠した一人の人物が木の陰からユーキたちの様子を窺っている。その人物はローフェン東国の軍師であるチェン・チャオフーだった。
「……予想はしていたが、まさかこうもアッサリ倒されたとはな」
目を僅かに細くしながらチャオフーはユーキと近くにいるウェンフ、オルビィンを見ている。
チャオフーはイェルグァーがユーキたちの前に現れた時からユーキたちとイェルグァーの戦いを観察していたのだ。そしてイェルグァーがユーキたちに倒される光景もしっかり見ていた。
「ベギアーデに頼まれ、この一ヶ月間あちこちでイェルグァーの戦闘を観察してきたが、この森を選んだのは失敗だったかもしれないな。おかげでユーキ・ルナパレスと遭遇し、イェルグァーを失うことになってしまった」
今日まで自分がやって来たことを思い返しながらチャオフーは腕を組んで木に寄り掛かる。
「まったく、わざわざ旅人のフリまでしてありもしない薬草の話をでっち上げ、人間どもをこの森におびき寄せたと言うのに……」
チャオフーは僅かに低い声を出しながら目を鋭くする。どうやらトジェル村に立ち寄って村人たちに薬草の情報を教えたのはチャオフーだったらしい。
遠くで会話をするユーキたちをチャオフーは見つめ続ける。しかし、その顔からはイェルグァーが倒されたことに対する怒りや苛立ちは感じられなかった。
「……まぁ、所詮は試作体の蝕ベーゼ、上位ベーゼを倒した経験のある奴に勝てるはずがないか。それに戦闘能力を確認できたのだから失ったところで問題は無い。似たような奴なら素材があれば幾らでも作れることだしな」
イェルグァーの死に興味の無さそうな態度を取りながらチャオフーは静かに語る。人間の姿をしていても、仲間が倒されて冷徹な態度を取っていられるのはやはり彼女が最上位ベーゼだからだと言えるだろう。
チャオフーはマントの下から羊皮紙の束を取り出す。そこにはこの一ヶ月でチャオフーが得たイェルグァーの戦闘記録や能力が細かく記されていた。
「これだけあれば十分だろう。ユーキ・ルナパレスと戦ったことで混沌士と戦った場合の情報も得られたし、イェルグァーが倒された以上、情報収集を続ける意味は無いな」
そう言うとチャオフーは足元に紫の魔法陣を展開させ、ベギアーデに報告するために転移する。チャオフーが転移してから数分後、ユーキたちはチャオフーが立っていた場所までやって来たが、彼らはチャオフーが見ていたことに気付くことなく森の捜索を行った。
その後、ユーキたちは案内役のジェグリスを護衛しながら森の中を捜索したが、モンスターと遭遇することは無く、無事に依頼を終えることができた。
――――――
捜索を済ませたユーキたちはトジェル村に戻り、村人たちを襲っていたのがベーゼでそれを討伐したことをゴレゾンに報告する。
ゴレゾンは報告を聞いて驚きの反応を見せながらジェグリスに確認し、ジェグリスは全てが真実であることをゴレゾンに伝えた。
トジェル村の近くに棲みついていたのがベーゼだったことを知ったゴレゾンはベーゼが村を襲撃していたらどうなっていたか、と最悪の事態を想像して青ざめる。だが、ユーキたちが討伐してくれたおかげで最悪の事態になることは避けられたため、ゴレゾンはユーキたちに深々と頭を下げて礼を言った。
ユーキとウェンフは感謝するゴレゾンや他の村人たちを見ながら村人たちを救えたことに喜びを感じて微笑みを浮かべる。オルビィンも王族として国民が喜ぶ姿を目にし、少し照れくさそうな反応をを見せていた。
報告を済ませたユーキたちはメルディエズ学園に戻るために荷馬車に乗り、ゴレゾンやトジェル村の村人たちに別れを告げて村を後にする。村を出る際、ゴレゾンたちは手を振ってユーキたちを見送った。
「さぁて、此処からまた二日近くかけて学園に戻る。学園に戻るまで気を抜かないように」
「ハーイ!」
「ハイ」
荷馬車が平原を走る中、御者席に乗るユーキは荷台に座っているウェンフとオルビィンに声を掛け、二人はユーキの後ろ姿を見ながら返事をした。グラトンも荷馬車の速度に合わせながら隣を走っている。
「オルビィン様、最後まで油断しないように頑張ろう?」
「お互い様よ。アンタも討伐が済んだからって気を抜き過ぎないでよね」
オルビィンは若干不満そうな顔をしながら向かいに座っているウェンフに言い返す。自分は油断するつもりなど無いのに忠告されて少し気分を悪くしたようだ。
ウェンフはオルビィンがなぜ不満そうな顔をしているのか理解できずに小首を傾げ、無言でオルビィンの顔を見ていた。
オルビィンはウェンフと目を合わさないように右を向いたまま黙っている。
「……あっ、そう言えばまだオルビィン様にお礼言ってなかった」
「お礼?」
「うん、ベーゼに攻撃されそうになった時、オルビィン様が槍でベーゼの腕を殴ってくれたおかげで攻撃されずに済んだの。……あの時はありがとう」
イェルグァーが光弾を撃とうとしていた時にオルビィンがイェルグァーの攻撃を阻止してくれたことをウェンフは改めて礼を言い、オルビィンは礼を言うウェンフを見て軽く目を見開く。
入学してからオルビィンは同期の生徒や他の生徒たちから少し距離を置かれ、畏まった接し方をされていた。王女として扱われたくないオルビィンは畏まった態度を取られる度に不快な気分になっていたのだ。
だがウェンフは他の生徒と違い、ラステクト王国の王女である自分に畏まったりせず、友人のように普通に接して礼を言ってくれるため、オルビィンは親しみのようなものを感じており、心の中で礼を言われたことを嬉しく思っていた。
「あ、あれはショヴスリを持ってきてくれた借りを返しただけよ。お礼を言う必要なんて無いわ」
「えっ? 槍を拾っただけなのにあそこまでしてくれたの? オルビィン様って優しいんだね」
「ッ! う、うるさいわねぇ」
顔を僅かに赤くしながら声を上げ、オルビィンの反応を見たウェンフは微笑みを浮かべる。
「そ、それに私たちはメルディエズ学園の仲間なんだから、助けるのは当然でしょう?」
「うん、そうだね」
照れくさそうにするオルビィンを見ながらウェンフは頷き、ウェンフの反応を見たオルビィンを恥ずかしそうにしたままそっぽを向いた。
御者席のユーキは前を向きながらウェンフとオルビィンの会話を聞いて笑みを浮かべていた。
(やっぱりこの二人は気が合いそうだ。きっといい友達になるだろうな)
弟子であるウェンフと王女であるオルビィンが友人になるかもしれないと感じ、ユーキは二人の仲が良くなってくれることを願った。
(……それにして今回遭遇したベーゼ、イェルグァーだったか。今まで遭遇したことの無かったベーゼだったな。学園の図鑑にも載っていなかったし……)
笑っていたユーキは前を見ながら真剣な表情を浮かべる。未知のベーゼと遭遇したことでユーキはベーゼ側がまだ自分たちの知らない戦力を隠していると考え、この先の戦いでも苦戦することがあるかもしれないと予想した。
(学園に戻ったらすぐに会長や学園長たちに報告した方がいいな……)
今後のベーゼとの戦いに備え、忘れずに報告しようと考えながらユーキは道に沿って荷馬車を走らせた。
今回で第九章は終了します。次回はこれまでどおり、しばらくしてから投稿を再開する予定です。
暑い日が続く中、物語を考えたり、書くのは大変でした。熱中症にならないよう毎日細めに水分を補給しながら過ごしています。
私だけかもしれませんが、去年よりも熱くなっているような気がします。
次にキャラクターの名前の由来を説明させていただきます。
オルビィンは英語で「素直」を意味する「オルビーディエント」が由来となっています。
イェルグァーはドイツ語で「猟兵」を意味する「イェーガー」から来ています。
今回も読んでくださった皆さんに感謝いたします。熱中症にならないよう気を付けてお過ごしください。
では、失礼いたします。




