第百五十九話 貧村の苦悩
そよ風が吹く昼の平原の中をユーキたちの荷馬車が走り、グラトンがその後ろを付いて来ている。メルディエズ学園を出た時と同じで御者席にはユーキが座り、荷台にはウェンフとオルビィンが乗っていた。
メルディエズ学園を出発してから既に二日が経過しており、ユーキたちは野営や途中にある町の宿屋などで夜を過ごしながらここまでやって来た。
二度ほど下級モンスターの襲撃を受けたが、混沌士であるユーキたちやグラトンは難なくモンスターたちを倒すことができ、今は目的地であるトジェル村の近くまで来ている。
若干凸凹している道を走る荷馬車は何度か小さく揺れ、揺れる度に荷台に乗るウェンフは尻に痛みを感じて表情を歪める。ユーキとオルビィンは揺れを気にしていないのか、無表情で前を見ていた。
「うううぅ、お尻が痛い……ユーキ先生、まだ時間は掛かるんですか?」
尻の鈍い痛みに耐えるウェンフは早くトジェル村に着いてほしいと思いながらユーキに尋ねる。声を掛けられたユーキは視線だけを動かしてウェンフの方を見た。
「そろそろ着くはずだよ。もう少しだけ我慢してくれ」
「ハ~イ……」
まだ荷馬車に揺られなくてはならないと知ったウェンフは力の無い声で返事をする。そんなウェンフを見たオルビィンは情けないと思ったのか軽く溜め息をついた。
メルディエズ学園からトジェル村までは一番短いルートを通っても二日半掛かる。依頼主は少しでも早く生徒が村に来ることを望んでいるため、ユーキたちはできるだけ急いで村へ向かおうとしていた。
その結果、ユーキたちは予定よりも少しだけ早い二日でトジェル村の近くまで来ることができた。
「まったく、お尻が痛いくらいで情けない声を出さないでよね」
「そんなこと言われても……オルビィン様は痛くないの?」
「私は平気よ。首都にいた頃は国王であるお父様と一緒によく馬車で貴族たちが管理している町へ行ってたの。移動する度に馬車に揺られてたからお尻が痛いことや長距離の移動には慣れてるわ」
王女であるオルビィンが長旅や馬車の揺れに慣れていると聞かされたウェンフは驚いて軽く目を見開き、ユーキも二人の会話を聞いて前を見ながら意外そうな顔をする。
「凄いんだねぇ、王女様だからこういうことには慣れてないって思ってた」
「失礼ね、王族だからって楽な方ばかり選んでるわけじゃないわ」
世間の厳しさを知らない箱入り娘と一緒だと思われていたオルビィンは不満そうな表情を浮かべる。
「国を管理する王族や貴族は時には平民たちの苦労をその身で経験する必要があるの。平民の苦労や生活を理解できないようじゃ国民を幸せにすることなんてできないからね」
王族だからと言って楽な選択をしたり、不自由のない生活をしていい訳じゃないとオルビィンは真面目な顔で語る。普段はお転婆で少し傲慢なところもあるオルビィンも上に立つ者として何が大切なのか理解しようと思っていたのだ。
ユーキはオルビィンが立派な王族になろうとしていることを知って小さく笑みを浮かべる。ウェンフもオルビィンの意思を知って感動したのか「おおぉ」と驚いたような反応を見せた。
「オルビィン様って凄いんだね。最初は自分が一番だって思い込んでる変わったお嬢様だって思ってた」
「なっ!? アンタ、本当に失礼なキャッシアねぇ!」
オルビィンは僅かの顔を赤くしながらウェンフを睨み、ウェンフは怒るオルビィンを見て誤魔化すように笑った。
ユーキはウェンフとオルビィンの会話を聞いて二人は相性がいいかもしれないと感じ、いいライバルになるのではと思いながら前を見る。すると、遠くに小さな村があるのが見え、ユーキは軽く反応した。
「村が見えたぞ」
ウェンフとオルビィンはユーキの言葉を聞いて同時に前を向き、数百m先にある村を目にする。
「あれがトジェル村?」
「方角とここまでの時間を考えると間違い無いだろう。少しだけど予定より早く着いたな」
目的地が見えたことでウェンフはもうすぐ討伐依頼が始まると知って少し緊張した様子を見せ、オルビィンもジッと村を見つめる。
ウェンフとオルビィンは今まで薬草採取やドブ掃除など簡単で危険度の低い依頼ばかりを受けてきたため、初めて受ける討伐依頼に緊張だけでなく、どんなことが起きるのだろうと言う小さな期待のようなものを感じていた。
一秒でも早くトジェル村に着きたいと思っているユーキは手綱を操って馬の走る速度を上げる。荷馬車の後に続くグラトンも遅れないように走る速度を上げた。
トジェル村の前までやって来たユーキは入口の前に荷馬車を停め、グラトンも荷馬車の隣で止まった。村は木製の柵で囲まれており、村の中に小さな畑が幾つもある。ユーキたちがいる位置からは民家が幾つか見え、その周りには村人と思われる数人の男女の姿があった。
ユーキたちがトジェル村を見回していると入口の近くを通りがかった一人の青年がユーキたちに気付いて近づいてきた。だが、ユーキたちの傍にいるグラトンを見ると驚いて足を止める。
「あの~! 此処ってトジェル村ですよね?」
数m先にいる青年に気付いたユーキは少し大きめの声で呼びかける。青年は御者席に座る児童を見て困惑したような顔をした。
「そ、そうだが、君たちは何だい?」
「メルディエズ学園の者です。この村からモンスター討伐の依頼を受けて来ました」
ユーキは自分たちが何者なのか説明し、ユーキたちがメルディエズ学園の生徒だと知った青年は自分たちを助けに来てくれたと知って軽く目を見開いた。
「メルディエズ学園の生徒だったのか、よく来てくれたね。……でも、そっちのモンスターは……」
青年はすぐに不安そうな表情を浮かべて荷馬車の隣にいるグラトンに目をやる。メルディエズ学園の生徒がモンスターと一緒にいるのだから不安を感じるのは当然だった。
ユーキは青年の反応を見ると小さく苦笑いを浮かべる。グラトンを連れて行ったことの無い町や村を訪れる度にそこの住民や警備の兵士たちに警戒されるため、何度も似た経験をしてきたユーキは住民たちを見るとつい笑ってしまうのだ。
「コイツは大丈夫です。モンスターですが大人しいですし、こっちの言うことはちゃんと聞いてくれますから」
グラトンに危険はないことをユーキは説明する。荷台で話を聞いていたウェンフは青年が初めてグラトンを見た時の自分に似ていると感じたのかクスクスと笑っていた。
オルビィンは驚いている青年を見て、グラトンが問題を起こすのではと不安そうな顔をしてしまう。しかしメルディエズ学園を出てからここまで移動してきたが、グラトンはユーキの指示をちゃんと聞いていたため、そこまで心配することは無いだろうと言う気持ちもあった。
青年はグラトンを警戒しながらゆっくりとユーキたちの荷馬車に近づき、グラトンが大人しくしているのを確認すると静かに息を吐いて気持ちを落ち着かせる。
「……遠い所からわざわざありがとうございます。村長の所へ案内するので付いて来てください」
「分かりました」
青年はユーキたちに背を向けると村の奥へと歩き出す。ユーキも馬に指示を出してゆっくりと荷馬車を動かし、グラトンも荷馬車の速度に合わせて歩き出した。
ユーキたちは青年に案内されてトジェル村の中を移動する。村に入った直後、村人たちはユーキたちに注目し、特にグラトンに対して不安や警戒の表情を浮かべていた。
村人たちの視線にユーキは再び苦笑いを浮かべ、ウェンフやオルビィンは無言で村の中を見回す。村人たちに見られながら移動していると、ユーキたちは村長の家に辿り着いた。
ユーキは村長の家の前に荷馬車を停めると御者席から降り、ウェンフとオルビィンも荷台から降りる。ユーキたちが降りたのを確認した青年は玄関の前に立ち、軽く扉をノックした。
「誰だ?」
「私です村長。メルディエズ学園の生徒たちが到着しました」
「何、来たのか? すぐにお通ししろ」
許可が出ると青年は扉を開けてユーキたちを通す。
ユーキは青年に軽く頭を下げてから村長の家へ入り、ウェンフとオルビィンも同じように頭を下げてから家に入った。グラトンは体の大きさから家の中には入れないため、玄関の前に座って大人しくしている。
家の中に入るとユーキたちの前には一人の初老の男性が立っていた。六十代半ばくらいで身長は165cmほど、濃い黄色の目に薄い灰色の短髪と少し太めの眉毛を生やし、革製の長袖と長ズボンの格好をしている。
「よくお越しくださいました。私が村長のゴレゾンと申します」
「ユーキ・ルナパレスです」
頭を下げるゴレゾンにユーキは同じように頭を下げて挨拶をする。
ようやくメルディエズ学園の生徒が来てくれたこと安心したのか、頭を上げたゴレゾンは笑みを浮かべた。しかし、ユーキと後ろにいるウェンフ、オルビィンを見ると意外そうな顔をしながら玄関の外を確認する。
「あ、あのぉ、貴方がたが依頼を受けた生徒、ですか?」
「ええ」
ユーキの返事を聞いたゴレゾンは目を目を見開く。メルディエズ学園の生徒が来たことに喜んで気付いていなかったが、やって来た生徒が児童と二人の女子生徒と知ってゴレゾンは驚いていた。
モンスター討伐を依頼したので体力のありそうな男子生徒が来ると期待していたのだが、派遣されたのがモンスターと戦うのに向いてなさそうな生徒なのでゴレゾンは失望したのか表情を僅かに曇らせた。
ユーキはゴレゾンの反応を見て彼が何を思っているのか察し、ゴレゾンから目を逸らしながら苦笑いを浮かべる。
児童である自分と女子生徒二人が派遣されればゴレゾンのような反応をされても仕方が無いと感じているユーキはガッカリされたことに不満を感じなかった。何よりもユーキは何度も似たような経験をしているため、今更気分を悪くしたりしない。
ただ、オルビィンはゴレゾンの反応を見て自分たちが期待されていないと気付き、僅かに不機嫌そうな顔をしていた。
「あ、あのぉ、念のために確認しておきたいのですが、皆さんの中で代表である生徒はどなたですか? もしや、あなたが代表なのですか?」
ゴレゾンは若干暗い声を出しながらユーキに問い掛け、ユーキはゴレゾンを見た後に後ろで待機しているオルビィンを見た。
「いえ、代表は彼女です。今回の依頼は下級生が受ける依頼で、私は彼女たちの付き添いで来ました」
ユーキがオルビィンを紹介すると、オルビィンは不機嫌そうな顔のまま一歩前に出てゴレゾンを見つめる。
「今回依頼を受けさせていただいたオルビィンです」
オルビィンは低めの声で挨拶をして軽く頭を下げる。ユーキはオルビィンの態度を見てゴレゾンから期待されていないことに気付いて腹を立てていると悟った。
「オルビィン?」
ゴレゾンはオルビィンの名前を聞くと何処かで聞いたことがあると感じて俯く。ユーキたちを案内してくれた青年も同じことを思っていたのか、玄関の近くで俯きながら考えている。
しばらくするとゴレゾンは何かに気付き、目を見開きながら顔を上げてオルビィンを見つめた。
「も、もしや、この国の王女……オルビィン殿下、ですか?」
ゴレゾンは震えた声を出しながらオルビィンに尋ね、青年も驚いた様子で顔を上げる。だが、王族が貧相な村にいるわけがないと考えるゴレゾンと青年は目の前にいる女子生徒が王女のオルビィンだとは思えず、ジッとオルビィンを名乗った女子生徒を見つめていた。
ユーキはゴレゾンがオルビィンの正体に気付いたのではと少し驚いた反応を見せた。此処でもしオルビィンの正体がバレれば色々と面倒なことになるかもしれない、ユーキはそんな不安を感じながらオルビィンの方を見た。
「……いいえ、違います。名前が同じなだけで別人です」
目を閉じながらオルビィンは自分が王女とは別人だと話す。オルビィンは王女としてラステクト王国の国民たちにその名前を知られているが、直接オルビィンを見た国民は首都で暮らす者以外は殆どいないため、トジェル村の住人たちもオルビィンを見ても本人だと気付かなかった。
オルビィンは自分から王女であることを名乗るつもりはなく、一人のメルディエズ学園の生徒として依頼主と接しようと思っている。そしてユーキと同じように自分の正体を知られると騒ぎになるかもしれないと考え、正体がバレないようにしようと思っていたのだ。
目の前のオルビィンが王女であるオルビィン・ロズ・エイブラスではないと聞かされたゴレゾンと青年は「やっぱりな」と言いたそうな顔をする。やはり王女が自分たちの村に来るはずが無いと二人は思っていた。
「そ、そうですか、失礼しました」
「いいえ……それより、依頼の話を聞かせていただけますか?」
「ハ、ハイ、そうですね。どうぞ、お座りください」
依頼の話になるとゴレゾンは近くにある木製の机を見ながらユーキたちに席に付くよう伝え、ユーキたちは机に近づく。
ユーキは代表であるオルビィンを椅子に座らせ、自分とウェンフはオルビィンの後ろに立つ。オルビィンが座るとゴレゾンも向かいの席に付いた。
ただ、オルビィンは依頼を受けた生徒たちの代表であっても彼女やウェンフは討伐依頼は初めてなので、依頼の受け方やどう動くかなどは理解できていない。そのため、オルビィンの後ろにいるユーキがゴレゾンから話を聞き、その後の流れなどを決めることになっている。
「早速ですが、依頼の詳細を聞かせてください」
ユーキはゴレゾンに話しかけるとゴレゾンにユーキたちを見た後に深く息を吐く。深刻そうな顔をするゴレゾンは小さく俯きながら口を動かす。
「発端は一週間ほど前でした。村に一人の旅人が訪れて首都までの道を教えてほしいと言って来たのです」
ゴレゾンは依頼のことを詳しく説明するため、過去の出来事を話し始める。ユーキたちは依頼に関わる重要な話だと考え、黙ってゴレゾンの話を聞いていた。
「我々は旅人に首都までの道を教えました。そうしたら旅人は南西にある森に夜にしか採取できない薬草が自生していると教えてくれたのです」
「薬草?」
「ハイ、その薬草は大変珍しく、町に持って行けば高値で売れるそうなのです」
「道を教えてもらった礼として高く売れる薬草の情報を教えてくれたと言うことですね?」
「ええ、この村は野菜などを育ててそれを町で売ったり、南西の森で採れた薬草や木の実を売って生計を立ているのですが、最近は薬草や木の実の量が減り、野菜の育ちも悪くなって食費などを得るのが難しくなっているんです。そんな時、普段薬草を採りに行ってる森に高値で売れる薬草があると聞かされたので天の助けだと思いました」
金銭的に問題があることをゴレゾンは複雑そうな顔で話し、ユーキはゴレゾンを僅かに目を鋭くして見つめる。
メルディエズ学園で依頼を受けた時にトジェル村は貧乏だと聞かされていたが、食費を得ることもできないくらい追い込まれているとは思っていなかったので内心驚いていた。
「村の生活費を得るため、その薬草を手に入れようと思っていたのですが、薬草が自生している森には夜行性のモンスターが棲みついているため、夜中に森に入れば襲われる可能性が高かったのです。ですから村の者は誰も薬草を採りに行こうとしませんでした。そんな時、村の若者が三人、皆が寝静まった頃に村を抜け出して薬草を採りに向かったのです」
「若者?」
「私の友人たちです」
話を聞いているユーキたちにゴレゾンの家まで案内してくれた青年が声を掛けてきた。ユーキたちが青年の方を見ると、青年は暗い表情を浮かべながら俯いている。
「友人たちは村の生活費と自分たちの小遣いを得るため、深夜に村を出て森へ向かったんです。ですが、夜が明けても友人たちは帰って来ず、心配になった私は別の友人たちを連れて森へ捜しに行きました。そしたら、少し進んだ所で仲間たちの死体を見つけたんです」
モンスターが出現する森の中で死体が発見されたと聞いたユーキは表情を鋭くし、ウェンフとオルビィンは一瞬だが表情を歪ませる。この時のユーキたちは青年の友人たちがモンスターに襲われ、そのモンスターを討伐するのが自分たちの仕事だと理解した。
青年は友人を殺されてどこか悔しそうな顔をしており、そんな青年をゴレゾンは気の毒そうに見つめていた。
「村人に被害が出たため、冒険者に討伐を依頼しようと思ったのですが金銭的に余裕がなく、仕方なく夜の森に入るのを禁じるだけにました。幸いあの村には夜行性のモンスターしか棲みついていませんので、明るいうちなら問題無いと思ったのです。……ところが明るいうちに森に入ったにもかかわらず、採取に行った村の者が犠牲になってしまったんです」
「えっ? でも、その森には夜行性のモンスターしか棲みついていないのでしょう?」
「ええ、ですが襲われた者の遺体には明らかに夜行性のモンスターに付けられた傷とは思えない傷が付いていました。……どうやら私たちの知らないうちに昼間に活動するモンスターも棲みついたみたいなのです」
「……因みに森に棲みついている夜行性のモンスターとは何なんです?」
「ムーンドッグです。夜に活動し、眠っている動物や自分より小さなモンスターを襲う奴らです。しかし、遺体には噛み傷や引っ掻き傷など、ムーンドッグがつけたような傷は無く、刃物で斬られたような切傷や強い力で潰されたような傷が付いていました」
夜行性のモンスターとは明らかに違うモンスターが襲ったと聞かされたユーキは小さく俯きなが難しい顔をする。
ムーンドッグは白に近い灰色の体毛を持つ狼のような下級モンスターで下級生やランクの低い冒険者でも余裕で倒せる存在だ。狼に似ていることから牙や爪などで攻撃するので切傷などを付けられたと聞いたユーキはすぐにムーンドッグとは別のモンスターが村人を襲ったと気付いた。
「もしかして、夜中に森へ入った三人もそのモンスターに襲われたんですか?」
「……ハイ、彼らの遺体にも似たような傷が付いていましたので間違い無いと思います。ただ、誰もそのモンスターが村の者を襲っているところを見ていないのです……」
最初に若者たちを襲ったモンスターと昼間に村人たちを襲ったモンスターが同じだと知ったユーキは自分たちが討伐するモンスターは予想していたよりも手強い相手かもしれないと感じる。同時に依頼書にモンスターの情報が書かれていなかったのはトジェル村の村人たちが誰もそのモンスターを目撃していないからだと知った。
ゴレゾンは安全な昼間でも薬草や木の実を採取することができなくなったことで深刻な表情を浮かべていた。
ただでさえトジェル村の生活費を得るのが難しくなっているのに、昼間に森に入れなくなってしまえば更に生活費を得るのが難しくなる。そうなれば村人たちは食費を得ることもできなくなり、いつかは村人全員が飢え死にしてしまう。トジェル村は危機的状況に追い込まれていた。
「このままでは村はお終いだと考え、我々は村中の金銭をかき集めてメルディエズ学園にモンスターの討伐を依頼したのです」
「成る程」
説明を聞いたユーキは納得の反応を見せ、ウェンフとオルビィンも真剣な表情を浮かべていた。
ゴレゾンは席を立つと悲痛な表情を浮かべながらユーキたちを見つめる。
「お願いします、村人たちを森に棲みついているモンスターを討伐してください!」
必死に頼んでくるゴレゾンをユーキたちは無言で見つめる。既にトジェル村に犠牲者が出ているため、このままではモンスターがトジェル村を直接襲撃する可能性があった。
村が襲撃されればより多くの犠牲が出てしまうため、ユーキたちは必ずそのモンスターを倒さなくてはならないと思っていた。
「分かりました。そのモンスターは必ず私たちが倒します」
ユーキは討伐を約束し、ウェンフも笑みを浮かべながらゴレゾンを見る。オルビィンも王女としてラステクト王国の民を必ず護ると決意していた。
モンスターを倒すと宣言したユーキやウェンフ、オルビィンを見たゴレゾンは不思議な気持ちになる。最初は児童と女子生徒だけで頼りないと思っていたが、真剣な表情で討伐を約束するユーキたちを見て、彼らならやってくれるかもしれないと感じていた。
「それでは、早速モンスターの討伐に向かいます」
「分かりました。森には村の者に案内させます」
ゴレゾンは待機している青年に合図を送り、青年は小さく頷いてから玄関を開けて外へ出て行く。ユーキたちも討伐の準備をするためにゴレゾンの家を出て停めてある荷馬車へ向かった。
外に出るとグラトンが地面に座りながら待っており、ゴレゾンの家の周りには十数人の村人が集まっていた。ようやくメルディエズ学園の生徒が到着したと聞いて村人たちが様子を見に来たのだ。
村人たちはゴレゾンの家から出てきたユーキたちを見ながら不安そうな反応を見せる。彼らも派遣されたのが児童と二人の女子生徒であるため、あまり期待を持てずにいた。
ユーキは村人たちから期待されていないのを感じ取ると苦笑いを浮かべながら荷馬車に近づき、荷台に積まれてある荷物からモンスター討伐に使えそうな道具を選んでポーチに入れる。
ウェンフとオルビィンも自分たちのポーチに道具を入れていく。今回が初めての討伐依頼なため、何を持って行けばいいか分からない二人はとりあえずユーキと同じ道具を持って行くことにした。
「よし、こんなところかな。……念のため、モンスターと戦っている時の動きとかを確認しよう」
準備を済ませたユーキはウェンフとオルビィンに声を掛け、二人はユーキに視線を向ける。
ウェンフとオルビィンにとって今回はメルディエズ学園に入学して初めての実戦なので、怪我をしたり、死亡と言う最悪な結果にならないために二人は真剣な表情を浮かべながらユーキの話に耳を傾ける。
「まず、戦闘が始まったら自分の身を第一に考えて戦うこと。一人で敵に突っ込んだり、手柄を得るために無茶な戦い方をしたりしないようにしてくれ。混沌術も自由に使ってくれていい」
「ハイ、先生」
「分かりました」
ユーキの忠告を聞いてウェンフは返事をし、オルビィンもショヴスリを肩に担ぎながら頷く。
「あと、村長の話を聞いて分かってると思うけど、村人たちを襲ったモンスターに関してはまったく情報が無い。だから、どんな奴が相手なのか分からない。もしかすると中級や上級モンスターである可能性もある。状況によっては俺とグラトンで相手をするから二人は後退してくれ」
「でも、私もオルビィン様も混沌士だから、強いモンスターが出てきたら一緒に戦った方がいいんじゃ……」
「そうですよ、全員で戦った方が勝率が高くなります」
相手が強敵なら全員で挑んだ方がいいのではとウェンフとオルビィンはユーキを説得する。
ウェンフはユーキだけに戦わせ、自分たちだけ後退することに抵抗を感じて共闘した方がいいのではと提案した。だがオルビィンは敵を前にして後退すると言う見っともない行動を取ることに納得できず、共闘するべきだと進言したのだ。
「……確かに混沌士である二人は並の生徒より強いけど、実戦の経験が浅い。実戦の感覚や決断するタイミングとかが分からない状態で無理をするのは危険すぎる。だから絶対に無茶な行動はしないと約束してくれ」
真面目な顔で話すユーキを見てウェンフとオルビィンは小さく反応する。目の前にいるのは自分たちよりも年下の児童だが、メルディエズ学園の生徒の先輩で自分たちよりも実戦経験があるため、ユーキの言うことには説得力があると二人は感じていた。
「分かりました、無茶だけはしません。ね? オルビィン様」
「ええ……」
戦いの先輩であるユーキが無理をするなと言うのなら、後輩であるウェンフとオルビィンはそれに従わなくてはいけない。勿論ユーキが自分たちの身を案じて言ってくれていることも理解しているため、ウェンフは不服に思っておらず、オルビィンも納得した。
「でも、今回の依頼は私とこの子の依頼なんです。私たちもモンスターとの戦闘に参加しないと意味がありません。ですから、問題無く戦えると思っている間は戦い続けます」
「オルビィン様ぁ……」
ユーキの忠告を理解していないような発言をするオルビィンにウェンフは困り顔になる。だが、依頼を受けた下級生たちが戦いに参加せずに後退するわけにはいかないと言うオルビィンの考えも一理あるため、ウェンフはオルビィンの考えを否定することはできなかった。
「勿論、問題無い状況なら戦ってくださっても構いません。ただ、イザという時は俺の指示に従ってくださいね?」
「分かってます」
小さく笑うユーキを見てオルビィンは軽くそっぽを向いて返事をする。二人のやり取りを見ていたウェンフはオルビィンが無茶をするかもしれないと感じて小さな不安を感じていた。グラトンはユーキたちが会話する姿を黙って見ている。
ユーキたちは戦闘時の確認をしていると一人の中年の男性がやって来た。その男性は四十代半ばぐらいで身長は170cm程、青い目に濃い茶色の短髪にちょび髭を生やしている。服装は僅かに汚れており、穿いている長ズボンの端が破れていた。
「お待たせしました。私が皆さんを案内させていただく、ジェグリスと申します」
「ユーキ・ルナパレスです。こっちの子たちがウェンフとオルビィン、そっちのヒポラングがグラトンです」
挨拶をしたユーキはウェンフとオルビィン、ついでにグラトンの紹介をする。紹介されたウェンフとオルビィンは頭を下げ、グラトンは大きく口を開けて軽く鳴いた。
ジェグリスは口を開けるグラトンを見て驚きの反応を見せるが、ユーキたちの方を向くと苦笑いを浮かべる。
「そ、それでは森までご案内します。森は歩いて十分ほどの所にあります」
「分かりました、お願いします」
ジェグリスはユーキたちに背を向けると村の出入口の方へ歩き出し、ユーキたちもその後に続いてい歩き出す。
周囲の村人たちはユーキたちを見ながら心の中でモンスターを倒してほしいと願い続けた。
「先生、いったいどんなモンスターなのかな?」
ウェンフが小声でユーキに語り掛けると、ユーキは前を向いたまま視線だけをウェンフに向ける。
「さぁな。ただ、村の人を無惨に殺した奴だ。侮らない方がいい」
ユーキの言葉を聞いてウェンフは緊張した様子で歩き、オルビィンも目を鋭くして前を向いていた。
それからユーキたちは村人たちに見守られながら出入口までやって来て、トジェル村の外に出るとジェグリスに案内されながら南西へ向かった。




