第十五話 真実と絆
青空の下、ユーキはメルディエズ学園校舎の屋上にある背もたれの無い長椅子の上で仰向けになっており、風に当たりながら目を閉じて寛いでいる。屋上にはユーキ以外誰もおらず、ユーキの貸し切り状態になっていた。
カメジン村の依頼を完遂させてから既に二日が経過しており、ユーキはいつもどおりの学園生活に戻っていた。現在、ユーキは受ける授業が無いため、屋上でのんびりしていたのだ。
「……ベーゼ、明らかに普通のモンスターや亜人とは違う雰囲気を出していたな」
ユーキは目を閉じながら林で遭遇したベギアーデたちのことを思い出す。同時にあれがメルディエズ学園の生徒である自分たちの戦うべき邪悪な存在なのだと知り、小さな使命感のようなものを感じる。
カメジン村での依頼を終えてメルディエズ学園に戻ったユーキたちは急いで依頼中にベーゼと接触したことを受付に報告した。報告を受けた受付嬢たちは驚き、すぐに学園の教師や生徒会に知らせる。
ベーゼと直接接触したユーキは学園長室に呼び出され、そこで自分が上位ベーゼであるベギアーデに遭遇したことやベギアーデが話したことを細かくガロデスや教師であるオーストたち、そして生徒会メンバーであるカムネスたちに説明した。
ユーキの報告を聞いたガロデスたちは上位ベーゼがラステクト王国に存在していること、ベーゼが出現する穴が無い場所にベーゼが現れたことに驚いていたが、すぐに落ち着き、今後の活動方針や対策について話し合う。ユーキもガロデスたちの話し合いを聞きながらベーゼとの戦いがより増えるのではと感じていた。
「今後はこれまで以上に村や町の周囲を調べてベーゼの穴が開いてないか情報を集めるって学園長は言ってたっけ……あと、王様にもこのことを伝え、軍を動かして情報を集めるよう頼むとも言ってたし、こりゃあ、ますます忙しくなるかもな……」
メルディエズ学園にベーゼの穴を探索する依頼が多く入ってくることを予想しながらユーキは呟く。今でも学園に入ってくる依頼の数は多いのに、更に多くの依頼が入ってきたら生徒たちが疲労で倒れてしまうのでは、そう感じているユーキは目を閉じたまま少し気を重くする。
ユーキが横になっていると、頭の方から誰かが近づいてきた気配がしてユーキは目を開ける。目の前には逆さまになっているアイカの顔があった。
「こんな所にいたのね」
アイカは横になっているユーキの頭の方に立って彼の顔を覗き込み、アイカの顔を見たユーキはゆっくりと起き上がってアイカの方を向いた。
「アイカ、調子はどうだ?」
「いつもどおりよ。さっきまで授業を受けてたから気分転換に屋上に来たの」
「そっか」
ユーキは長椅子に座ると少しだけ横に移動してアイカが座るスペースを作る。アイカは気遣ってくれたユーキを見ると小さく笑って隣に座った。
「……カメジン村の依頼が終わってもう二日経ったのか」
「ええ、ベーゼのことやバドバンさんのこともあって、あの時は色々大変だったわ」
空を見上げながらユーキとアイカはカメジン村から戻った日のことを思い出す。
ベーゼに接触したことを報告する時、ユーキたちはバドバンが戦死したことも報告していた。報告を受けた受付嬢や教師たちはバドバンが戦死したことを残念に思っていたが、依頼中に生徒が戦死することは珍しくないため、深く悲しんだりはしなかった。
しかも依頼を受ける前に生死は自分の責任と書かれた羊皮紙にサインもしたため、学園側や指揮を執っていたアイカが責任を取ることもなく話は終わったのだ。バドバンが自分の意思で命を落とすかもしれない依頼を受けたため、ユーキは学園側が悲しまなくてもそれを不快には思わなかった。
「……バドバンさんは気の毒だったとしか言えないわね」
「ああ、傲慢で嫌な奴だったけど、ちょっと可哀そうだな……そう言えば、アーロリアは学園に戻ってからどうしてるんだ?」
「詳しくは分からないけど、あの依頼で自信がついたみたいで、少しずつ討伐依頼に参加する回数を増やそうとしているみたいよ」
「そうか」
アーロリアが頑張っていると聞いたユーキは小さく笑う。今回の依頼で一番成長したのは彼女なのかもしれないとユーキは思っていた。
二人はしばらく無言で空を眺めていた。すると、アイカがあることを思い出して目を軽く見開いた。
「そうだ。あの時、貴方に訊こうと思っていたこと、訊いてもいいかしら?」
「あの時? ……ああ、夜の見張りの時のか」
アイカの言葉を聞いてユーキはカメジン村でゴブリンを警戒していた時のことを思い出す。あの時はアイカが何かを訊こうとした時にゴブリンが襲撃してきてため、質問の内容を訊くことができなかった。
本当はゴブリンの討伐が終わった後に訊こうとアイカは思っていたのだが、ベーゼやバドバンの件があって訊くのを忘れていたのだ。
「それで、訊きたいことって何?」
ユーキは改めて質問の内容を尋ねる。アイカはジッとユーキの顔を見つめながら静かに口を開いた。
「……ユーキ、貴方はいったい何者なの?」
「ん? どういう意味だ?」
質問の意味が理解できず、ユーキは小首を傾げた。
「……貴方、本当に十歳の子供なの?」
「!」
ユーキは目を大きく見開きながらアイカを見る。今のアイカの質問はユーキが見た目どおりの十歳児とは思っていないような発言だったため、ユーキも思わず顔に緊張を走らせた。
アイカはユーキの顔を見ると、何か隠していると感じ、僅かに目を細くしながらユーキを見つめる。疑うような表情を浮かべるアイカにユーキは微量の汗を流す。
「……どういう意味か理解できないなぁ」
「誤魔化さないで」
苦笑いを浮かべるユーキにアイカは若干低い声を出し、アイカの反応を見たユーキは誤魔化しは通用しないと感じて表情を固める。
「最初は普通の子供よりしっかりしている子だと思ってたけど、あの日の夜、自分の過去を話している時や私の過去を聞いた後の様子や言葉から、育ちが良いだけであそこまで深い考え方はできないと感じていたの。例えるのなら、見た目は十歳児だけど中身は大人みたいな感じ……」
(す、鋭い……)
ユーキはアイカの考えがほぼ当たっていることに驚きながらアイカの顔を見つめる。アイカはユーキの表情が少し崩れていることに気付き、ゆっくりと顔をユーキに近づけた。
「……ユーキ、正直に話して。貴方、本当は何者なの?」
数cm手前まで顔を近づけたアイカは改めてユーキの正体を尋ね、ユーキはギリギリまで近づいたアイカの顔に頬を少し赤くする。アイカは完全に自分が普通の人間ではないと勘付いており、ユーキは鼓動を早くしながら汗を流した。
アイカは真剣な顔をしながら無言でユーキを見つめ、ユーキはそんなアイカの迫力と圧力に徐々に余裕を無くしていく。転生前の世界でも今ほど緊張したことは無かったので落ち着くことができなかった。
「……ハァ。分かった、話すよ」
勘の鋭いアイカを誤魔化せないと思ったのか、それともアイカの迫力に耐えられなかったのか、ユーキはとうとう折れてしまった。ユーキの答えを聞いたアイカは表情を和らげ、ゆっくりと顔をユーキから離す。
アイカの顔をが離れるとユーキは深く深呼吸し、気持ちが落ち着くと複雑そうな顔をしながらアイカを見る。
「それで、貴方は何者なの? もしかして、本当は人間じゃなくって何十年も生きてきた亜人なの?」
「違う違う、俺は正真正銘人間だ。ただ、普通の人間じゃないのは確かだな」
ユーキの言っていることが理解できないアイカは不思議そうに小首を傾げる。そんなアイカを見ながらユーキは静かに口を開く。
「実は俺はな……」
自分が何者なのか、ユーキは目の前にいる異世界の少女に一から説明し始める。自分はこの世界とは別の世界に住んでいたこと、その世界で命を落とし、経験と記憶をそのままにこの世界に児童として転生したこと、誤魔化しなどは一切せず、アイカに全てを正直に打ち明けた。
話すことを全て話すとユーキは疲れたような顔で前を向く。自分の秘密を説明する時にアイカの知らない単語なども言ったため、それらを分かりやすく説明するのに苦労したので疲れを感じていたようだ。
話を聞いたアイカは目を軽く見開きながらユーキを見つめた。最初はとんでもない話の内容に混乱しかかっていたが、少しずつユーキの話が理解できるようになっていき、今は気持ちも落ち着いている。
「……つまり、貴方は本当は十八歳で、女神の力で別の世界から転生したってこと?」
「ああ、信じられないような話だが、本当だ」
「じゃあ、カメジン村で見張りをしていた時に話してくれたご両親が死んだって話は……」
「それも本当だ。俺の両親は俺が物心つく前に死んだ、それからずっと爺ちゃんが育ててくれたんだ」
ユーキは前を見ながら目を閉じ、アイカはそんなユーキを無言で見つめる。
別の世界から転生した、なんて言われれば普通の人は信じないだろう。アイカも最初は信じられなかったが、説明している間のユーキの態度と様子からアイカはユーキが嘘をついているとは思えないと感じるようになっていた。
しばらくユーキの顔を見ていたアイカは目を閉じながら小さく笑って上を向いた。
「驚きました。まさか私よりも年上だったなんて」
アイカの発言にユーキは目を軽く見開いてアイカの方を向く。今の発言はユーキの心が十八歳だと信じているように聞こえた。
「……アイカ、信じてくれるのか?」
「ええ、秘密を話している時の貴方は嘘を言っているようには見えませんでしたし、今までの貴方の態度から人を騙すような性格じゃないことは分かりますから」
「……そっか」
信じてもらえないと思っていたのに目の前の少女は信じてくれる、ユーキはアイカを見ながら笑みを浮かべた。ユーキにとって異世界に転生してから初めて心の底から嬉しさを感じた瞬間だったかもしれない。
「それにしても、この世界とはまったく違う世界が存在するなんて……って、ベーゼの世界があるのですから、別の世界があってもおかしくありませんよね」
「ハハ、そうだな……ところで、さっきからずっと敬語で喋ってるけど、どうかしたのか?」
正体を話した時からアイカの言葉遣いが変わっていることが不思議に思えたユーキはアイカに尋ねた。アイカは視線を動かしてユーキを見ると小さく苦笑いを浮かべる。
「私、歳の近い人や年上の人には敬語で話すようにしなさいって言われて育てられたんです。ユーキが私よりも年上だと分かったから、敬語を使った方がいいと思って……」
「成る程、だから今まで俺とだけはタメ口で話してきたのか……」
アイカは自分以外の人と敬語で話し、自分にだけ砕けた口調で話していた理由を知ってユーキは納得する。
十八歳だから敬語で話すというアイカの考えはユーキも理解できた。だが、十八歳なのは精神だけで、体は十歳なので敬語を使う必要は無いだろうと思っている。何より、ずっと砕けた口調で接してきたのにいきなり敬語で話されると違和感が感じられた。
「……なぁ、アイカ。できれば今までどおり軽く接してくれないか?」
「えっ、でも……」
「今までタメ口だったのにいきなり敬語で話しかけられると変な感じがするんだ。それに突然敬語で話されると距離を置かれたような気がしちまってな……」
「私は別にそんな……」
「勿論、アイカが距離を置いているわけじゃないって言うのは分かってる。でも、俺としては敬語を使われるより、今までどおりタメ口で話してほしいんだ」
アイカはユーキを見ながら複雑そうな表情を浮かべ、小さく俯きながら考える。しばらく黙り込むとアイカは顔を上げてユーキを見た。
「……分かったわ。貴方がそう言うのなら」
「ありがとな」
再び砕けた口調で喋るアイカを見てユーキは微笑みを浮かべて礼を言う。
ユーキが年上だと分かった以上は敬語を使うべきなのだが、敬語を使われるのを嫌がっている人に敬語を使うのは逆に失礼だと感じ、アイカは敬語を使わずにユーキと接していくことを決めた。
アイカが転生後の世界で自分の正体を知る存在となり、ユーキはアイカのことがこれまで以上に頼りにできる存在になったと感じる。アイカもユーキの本当の姿を知ることができ、よりユーキのことを知りたいと思うようになった。
「アイカ、分かってると思うけど、この事は俺と君の二人だけの秘密にしてくれ? 大勢の人に俺が転生者だってことを知られると色々と面倒なことになりそうだからな」
「ええ、分かったわ」
秘密を誰にも話さないと約束するアイカを見てユーキは安心する。ただでさえ自分はメルディエズ学園で注目されているのに、更に転生者であることがバレれば間違い無く大騒ぎになってしまうとユーキは確信していた。
「ねぇユーキ、よかったら貴方が転生する前に住んでいた世界のこと、詳しく教えてくれないかしら? どんな世界に住んでいたのか興味があるの」
「ん? 別にいいけど……」
ユーキは転生前の世界のことを話せる範囲だけ話し、アイカはユーキの世界のことを聞かされると少し興奮したような表情を浮かべる。その姿はまるで母親からおとぎ話の本を読んでもらって楽しそうにする少女のようだった。
それからユーキは静かな屋上でアイカに転生前の世界やその世界で自分がどんな暮らしをしていたのかなどをアイカに細かく話した。
今回で第一章が終了します。
本当は十話くらいで終わらせるつもりでしたが、思った以上に長くなってしまいました。一章が長かったので、二章以降も同じくらいの長さになると思います。
次回の投稿はしばらくしてから始めるつもりです。一章が終了したので、次回からは投稿するまでの期間を少し長くするかもしれません。




