第百五十八話 後輩との依頼
昼下がりのメルディエズ学園に授業終了の合図である鐘の音が響く。鐘が鳴ると授業を受けていた生徒たちが次々と教室から出て移動する。生徒の中には次の授業を受けるために別の教室へ移動する生徒もいれば、全ての授業を済ませて学生寮へ戻ったり、図書室などへ向かう生徒もいた。
授業を終えた生徒の中にはユーキの姿があり、教科書や羽ペンなどを持って廊下を歩いている。今日は依頼を受けずに授業に参加し、授業を全て終わらせて学生寮へ戻ろうとしていた。
「寮に戻ったらどうするかなぁ。今日はもう受けたい授業は無いし、いつもどおり剣の訓練でもして時間を潰すか」
持っている教科書を見ながらユーキはこの後の予定を決め、一階へ下りるために階段へ向かった。廊下を歩いているとユーキは多くの生徒とすれ違った。すれ違った生徒の中には新入生たちの姿もあり、皆笑いながら授業の内容やこの後の予定について友人と話している。
既に入学式から一ヶ月以上が経ち、新入生たちはすっかり学園生活に慣れていた。最初は先輩に対して緊張したり、遠慮がちな態度を取っていた新入生たちも今では進んで先輩である生徒たちと会話し、授業で分からなかったところや戦闘のアドバイスなどを訊くようになっている。
ユーキも二週間ほど前から多くの新入生たちに声を掛けられるようになり、ルナパレス新陰流のことやモンスターと戦うコツなどを訊かれていた。
すれ違う生徒の中に知り合いの新入生の姿があるとユーキは笑いながら挨拶し、新入生たちもユーキに気付くと頭を下げたりして挨拶を返す。
最初は大勢の新入生から色々質問されて困惑していたユーキも今では新入生たちから質問されることに慣れ、笑いながら答えることができた。
階段に辿り着くとユーキは一階へ下り、出入口に向かうために依頼ロビーの前を通過しようとする。すると、受付の方から女子生徒の声が聞こえてきた。
「だから、これは私が先に受けようと思ってた依頼なんだってばぁ」
「何言ってるのよ、私の方が先だったでしょう!」
二人の女子生徒の声を聞いてユーキは足を止め、声が聞こえた方を向く。ユーキの視線の先には掲示板の前で口論をしているウェンフとオルビィンの姿があり、二人の近くでは受付嬢が困ったような表情を浮かべている。
入学試験から一ヶ月以上が経過しているため、混沌士であるウェンフとオルビィンは正式に依頼を受けられるようになり、数日前からメルディエズ学園の生徒として活動している。ただ、今度の新入生で混沌士はウェンフとオルビィンの二人だけだったので、新入生で依頼を受けられる生徒は二人しかいなかった。
依頼ロビーには他にも生徒たちの姿があり、言い合いをするウェンフとオルビィンに注目している。生徒の中にはなぜ口論をしているのか分からずに呆然としている者もいれば、王女と亜人が口論する光景に驚いている者もいた。
「ウェンフにオルビィン様、何を揉めてるんだ?」
知り合い同士が口論しているのを見たユーキは何があったのか気になり、二人の下へ歩いていく。
「ウェンフ、オルビィン様」
ユーキが声を掛けると口論していたウェンフとオルビィン、受付嬢は一斉にユーキの方を向いた。
「あっ、先生!」
「ルナパレス、先輩……」
ウェンフが笑みを浮かべながらユーキを見る一方でオルビィンは若干複雑そうな顔をしている。
決闘で敗北してからオルビィンはユーキとどのように接すればいいのか分からず、会う度にぎこちない態度を取っていた。既に決闘から一ヶ月近く経っているがオルビィンの態度は未だに変わっていない。
ユーキが二人に声を掛けたことで他の生徒たちは空気が変わったと感じて様々な反応を見せる。そんな中でウェンフとオルビィンの近くにいた受付嬢は「助かった」と言いたそうに安堵していた。
「いったいどうしたんですか?」
受付嬢の反応に気付いたユーキは口論していた理由を聞くため受付嬢に声をかける。すると受付嬢はどこか疲れたような表情を浮かべた。
「実はウェンフさんと殿下がどちらが依頼を受けるかで揉めているんです」
話を聞いたユーキはチラッとウェンフとオルビィンに視線を向ける。ウェンフはユーキを見つめ、オルビィンは目を逸らしながら腕を組んでいた。
「二人が受けようとしてる依頼って、どんな依頼なんですか?」
「あ、ハイ。これです」
受付嬢は掲示板に張り出されている羊皮紙の一枚を取ってユーキに見せる。羊皮紙を受け取ったユーキは書かれてある依頼を確認した。
依頼してきたのはラステクト王国の西部、バウダリーの町の南西にあるトジェル村と言う村の村長で依頼内容は村から更に南西に行った所にある小さな森に棲みついているモンスターを討伐。依頼を受けられる生徒は中級生を含めて三人となっており、内容を確認したユーキは受付嬢の方を向いた。
「ウェンフとオルビィン様はどっちがこの依頼を受けるかで揉めてたんですよね? 依頼に参加できる生徒が三人なんですから、二人が一緒に参加すれば問題無いはずですけど?」
「ええ、一緒に依頼に参加するという点では問題ありませんし、二人も同じ依頼を受けることには納得しています。……ただ、どちらが代表として受けるかで二人は揉めているんです」
「代表? ……ああぁ、成る程ね」
受付嬢が言いたいことに気付いたユーキは納得したような反応を見せる。
メルディエズ学園では数人の生徒が一つの依頼に参加する場合、参加する生徒の内一人が代表として依頼を受けることになっている。代表になった生徒は責任ある立場になるが、その分、他の生徒とよりも少し多めに報酬が貰え、完遂した時も学園から大きく評価されるのだ。
評価されれば早く中級生になれるため、数人が参加する依頼を受ける時、生徒の中には自分が代表として依頼を受けようとする者が出てくる。そのため、生徒の中には誰が代表として依頼を受けるかで他の生徒と口論することがあるのだ。もっとも口論するのはごく一部の生徒だけで殆どの生徒は最初に依頼に目を付けた生徒に代表になる権利を譲っている。
ウェンフとオルビィンも少しでも早く中級生になるため、難しい依頼を選び、代表として依頼を受けようと思っていた。しかし、二人は同じ依頼を受け、自分が代表として依頼を受けるのだと口論していた。
「二人とも、自分が代表として依頼を受けたくて揉めてたってわけか」
「ハイ、そうなんです……」
受付嬢は困った様子でウェンフとオルビィンの方を向き、ユーキも呆れたような表情を浮かべながらウェンフとオルビィンを見て口を動かす。
「代表になった生徒は他の生徒よりも頑張ったって思われるかもしれないけど、大した違いは無い。別に絶対に代表にならないといけないって考える必要は無いと思うぞ?」
「でも、少しは他の生徒より成績が良くなるんですよね?」
「少しだけな。……と言うか、同じ依頼を受けずに違う依頼を受ければいいじゃないか」
口論するくらいなら別々の依頼を受けて代表になった方がいいのではと考えるユーキはウェンフとオルビィンに違う依頼を受けることを勧める。すると受付嬢は再び複雑そうな表情を浮かべた。
「実は、今張り出されている依頼で下級生が受けられる依頼はこの討伐依頼しかないんです。他の依頼は別の下級生が受けてしまい、残っているのは中級生と上級生が受けられる依頼だけで……」
「えっ、そうなんですか?」
他に依頼が入っていないことを知ったユーキは意外そうな反応を見せ、同時に他に依頼が無いためウェンフとオルビィンは口論をしていたのだと悟った。
ユーキが受付嬢の話を聞いている中、ウェンフとオルビィンは向かい合って目の前の相手を見つめていた。
「先に私がこの依頼を受けようとしてたんだから、私が代表として依頼を受ける」
「何言ってるの、私の方が早くこの依頼を受けようとしてたのよ。だったら私が代表になるべきでしょう」
「私が受ける!」
「私よ!」
徐々に声に力が入り、ウェンフとオルビィンは僅かに目を鋭くして睨み合う。受付嬢はまた口論を始めた二人を見て困り果てる。
「コラ、喧嘩しない」
受付嬢の隣でユーキが手を叩きながらウェンフとオルビィンを宥め、二人は睨み合うのを止めてユーキの方を見る。ユーキはウェンフとオルビィンを見ながら溜め息をついた。
「代表になるか決めるぐらいで喧嘩してどうするんだ。そんなことじゃ、他の生徒と一緒に依頼を受けた時も今回みたいに喧嘩になっちゃうぞ?」
ユーキは呆れた様子でウェンフとオルビィンに語り掛け、二人は年下のユーキに注意されていることが恥ずかしいと感じたのか俯いて黙り込んでいた。
「仲間と一緒に依頼を受ける際に最も大切なのはチームワークだ。チームワークが悪ければ依頼も成功しないし、自分や仲間の身を危険に晒すことに繋がる。依頼を完遂させるため、そして自分自身のためにも協力し合うことが大切だ」
「ハイ……」
「すみません……」
反省したのかウェンフとオルビィンは小さな声で返事をし、ユーキは二人を見ながらもう一度溜め息をついた。
「改めて確認するけど、二人はこの討伐依頼を受けるつもりでいるんだな?」
ユーキが確認するとウェンフとオルビィンは顔を上げ、ユーキを見ながら頷いた。
ウェンフとオルビィンは同じ依頼を受けることに文句はないが、自分が代表として依頼を受けることを譲ろうとは思っていない。
今の状態ではまたウェンフとオルビィンは口論を始めるだろうと感じたユーキは二人が納得し、問題が起きることなく代表を決める方法を考える。
「……よし、どっちが代表になるか、公平にジャンケンで決めよう」
『ジャンケン?』
聞いたことの無い言葉にウェンフとオルビィンは声を揃えて訊き返し、受付嬢も不思議そうな顔でユーキを見た。
「ジャンケンって言うのは俺が前に住んでた所で子供たちがやってた遊びなんだけど、大人たちも優先順位や組み合わせ、物事を決める時にやってるんだ」
ユーキはジャンケンを知らないウェンフたちに分かりやすく説明し、ウェンフたちは興味のありそうな顔で話を聞く。因みにユーキの正体を知っているアイカとスローネには既にジャンケンなど、一部の子供の遊びなどを説明していた。
ジャンケンとはどんなものなのか、ユーキはルールや手の動きや形などを細かく説明する。全ての説明が終わるとウェンフとオルビィンは理解したような表情を浮かべた。
「つまり、グー、チョキ、パーの三つの中から好きなをの一つ選んで同時に出し、相手より強い方を出した方が勝ち、と言うことなんですね?」
「そう言うこと」
ルールを理解したオルビィンを見ながらユーキは小さく笑う。決闘を行った日から複雑な関係だったオルビィンが自分の説明を聞いて理解してくれたのを見て、ユーキは少しだけ距離が縮まったと感じていた。
ウェンフもジャンケンがどんな遊びなのか理解したのか笑いながらユーキを見ている。ウェンフとオルビィンがジャンケンのルールを覚えたのを確認したユーキは交互に二人の顔を見た。
「これからジャンケンをして、勝った方が代表としてこの依頼を受けることができるってことにするけど、いいか?」
「分かりました」
「ええ、それでいいです」
ジャンケンで代表を決めることに異議の無いウェンフとオルビィンは納得し、向かい合って相手を見つめる。
「それじゃあ、行くわよ。負けても文句を言わないでよね?」
「うん」
ウェンフとオルビィンはお互いに右手を握りながら相手が何を出すのか予想する。二人の間ではユーキは視線を動かしてウェンフとオルビィンを確認し、その後ろでは受付嬢が見守っていた。
『ジャン、ケン、ポン!』
声を揃えて掛け声を発するウェンフとオルビィンは同時に手を出す。ユーキと受付嬢が二人の手を見るとウェンフはパー、オルビィンはチョキを出していた。
「チョキとパー、これって私の勝ちなんですよね?」
「ハイ」
ユーキの返事を聞くとオルビィンは「よし!」と笑いながら拳を握り、逆にウェンフは残念そうな顔をしながら自分のパーを見ている。
どちらが代表になるか決まるとオルビィンは受付嬢の方を見ながらユーキが持っている羊皮紙を指差した。
「それじゃあ、この依頼を受けるわ。代表は私で、一緒に参加するのはこの子。……大丈夫よね?」
「あ、ハイ。……ただ、殿下とウェンフさんはまだ依頼を受けられるようになったばかりですので、中級生が同行しなくてはいけません。同行する中級生が見つかるまでしばらくお待ちください」
「ああぁ、そうだったわね」
依頼を受けられるようになったばかりの生徒が難しい依頼を受ける際はしばらく中級生と共に依頼を受けなくてはならないことを思い出し、オルビィンは若干不満そうな顔をしながら納得する。
ウェンフも下級生になったばかりの自分たちは中級生が同行しないといけないことを知っているため、静かに中級生が見つかるのを待とうと考えていた。だがそんな時、ウェンフの視界にユーキが入り、ユーキを見たウェンフは何かを思いついて軽く目を見開く。
「あの、ユーキ先生って中級生ですよね? 先生じゃダメですか?」
「ん?」
同行する中級生がユーキでいいかウェンフは受付嬢に尋ね、ユーキはウェンフの方を向く。受付嬢やオルビィンもウェンフの提案を聞くとウェンフを見た後にユーキに視線を向けた。
「確かにユーキ君は中級生ですから同行することは可能ですが……」
「じゃあ、私は先生と一緒に行きたいです」
「ええぇ?」
突然依頼に同行してほしいと言われたユーキは目を軽く見開く。別に同行することが嫌なわけではないが、突然提案されたため少し困惑していた。
受付嬢はユーキを見ながら考え込む。ここまでの会話からウェンフとオルビィンはユーキのことを知っており、お互いに相手のことを理解しあっていると感じた受付嬢はユーキが適任ではないかと考えていた。
ウェンフも師匠であり、先輩であるユーキが同行してくれれば心強いと感じ、ユーキに一緒に来てほしいと思っている。
一方でオルビィンは決闘で自分を負かしたユーキと一緒に依頼を受けることに対して複雑な気持ちを懐いていた。しかし、自分に勝つほどの実力者でカムネスが認めるほどの生徒が一緒なら依頼の成功率も高くなるかもしれないという気持ちもあるため、ユーキに同行を頼むべきか悩んでいる。
しばらく考え込んだ受付嬢は顔を上げ、目を丸くしているユーキを見ながら口を開く。
「……ユーキ君、殿下とウェンフさんと一緒に依頼を受けていただけませんか?」
「俺がですか?」
「ハイ、お二人はユーキ君のことを信頼しておられるようなので……」
受付嬢の隣ではウェンフが小さく笑いながら、うんうんと頷いている。オルビィンは受付嬢の信頼しているという言葉を聞いて一瞬否定するような表情を浮かべるが、話がややこしくなって依頼を受けられなくなるかもしれないと感じ、何も言わずに黙っていた。
「もし何か予定があるのでしたら別の生徒に頼みますが……」
「いえ、予定はありません」
「でしたら、お願いします」
受付嬢は軽く頭を下げ、ウェンフはユーキを見つめながら「お願いします」と目で訴える。オルビィンも悩んだ結果、ユーキが同行した方が都合がいいと判断し、無言でユーキを見つめながら同行してほしいと心の中で思っていた。
ユーキは悩むような顔をしながらウェンフたちを見つめるが、剣の訓練などをする以外に予定も無く、明日も受けなくちゃいけない授業は無いため、下級生の依頼に同行するのもいいかもしれないと感じていた。
「分かりました、引き受けます」
「ありがとうございます」
頭を上げた受付嬢は微笑みながら礼を言い、ウェンフも嬉しそうに笑う。オルビィンも表情を変えずにユーキを見ているが、自分の望んだ結果になったため良しと思っていた。
「では、此処にいる三人で依頼を受理されたと記録しておきます。依頼主は少しでも早く来てほしいと言っておられたみたいですので、準備が整い次第、出発してください」
「分かりました。……ところで、訊きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「何でしょう?」
問いかけてきたユーキを見て受付嬢は不思議そうな顔をする。ユーキは持っている羊皮紙に目をやると手で軽く羊皮紙を叩く。
「ここにはトジェル村近くに棲みついているモンスターの討伐を依頼すると書いてありますけど、どうして参加できる生徒が三人だけなんです? 下級生に依頼する仕事だとしても、モンスターの討伐依頼なら最低でも五人は参加させるべきです。それなのに三人だけなんて、少なすぎませんか?」
ユーキは討伐依頼に参加する生徒が自分たちだけなことを変に思い受付嬢に確認する。受付嬢はユーキの問いかけに対して複雑そうな表情を浮かべた。
「私も依頼書を見た時に変だと思って依頼してきた人から話を聞いた子に確認したんですけど、なんでも依頼してきたトジェル村は貧乏で、お金も三人しか派遣できないくらいの額しか出せなかったみたいだ、と言っていました」
依頼金が少ないため、討伐依頼でも生徒は三人しか参加できないと聞かされたユーキは目を細くしながら納得する。
「依頼主は最初、トジェル村から一番近くにある町の冒険者ギルドに依頼しようと思っていたそうですが、冒険者ギルドに依頼するだけのお金が無いのでギルドよりも安い額で依頼できる学園に頼んだそうです」
「成る程……もう一つ訊いてもいいですか?」
「どうぞ」
「依頼書にはモンスターの討伐、と書いてありますがどんなモンスターを討伐するんです? 普通、学園やギルドに依頼する時、討伐対象であるモンスターの情報をできるだけ細かく説明することになっているはずなのに、この依頼書にはモンスターの情報が書かれていませんよ?」
依頼に参加できる生徒が少ないだけでなく、討伐するモンスターの情報も無いことに気付いたユーキは羊皮紙の依頼内容が書かれてある箇所を指差しながら尋ねる。確かに羊皮紙にはモンスターの詳しい情報が書かれていなかった。
「担当の子もモンスターの情報について尋ねたんですが、トジェル村の人もどんなモンスターなのか分からないみたいなんです」
「分からないみたいって、どういうことなんです?」
「分かりません。……詳しいことはトジェル村に着いた時に依頼主に訊いてみてください」
申し訳なさそうな顔で語る受付嬢を見たユーキは軽く溜め息をつく。まだ依頼先に向かってもいないのに疲れのようなものを感じたユーキは呆れ顔で首を横に振った。
受付嬢への質問が終わるとユーキは待機していたウェンフとオルビィンの方を向いた。
「俺は学園から支給されるアイテムや道具なんかを用意するから、オルビィン様とウェンフは自分の武器や使えそうな道具を準備しておいてくれ。準備が整ったら正門前に集合すること」
「分かりました」
「ハイ!」
返事をしたオルビィンとウェンフは校舎を出ると武器と道具を取りに行くため、女子寮へと向かう。ユーキも学園からの支給品の準備をする前に月下と月影、自分の道具を取りに男子寮へ移動した。
――――――
三十分ほど経過した頃、準備を終えたウェンフとオルビィンは正門前にやって来た。
ウェンフは学園から支給された剣を佩して腰にはポーチを付けており、オルビィンもポーチを腰に付けて愛用のショヴスリを肩に担いでいる。しかし、まだユーキが来ていないため、二人は正門の端でユーキがやって来るのを待った。
しばらく待っていると校舎の方から荷馬車に乗ったユーキが近づいて来るのが見え、気付いたウェンフはユーキの方を向いた。
「あっ、ユーキ先生」
「やっと来たのね。支給品を受け取るだけなのに何でこんなに時間が……」
オルビィンがユーキの方を見ながら不満を口にしようとした時、ユーキが動かす荷馬車の隣をグラントが歩いているのが見え、オルビィンは目を大きく見開く。
ユーキは荷馬車をウェンフとオルビィンの近くに停め、荷馬車が停まると同時にグラトンもゆっくりと止まった。
「待たせてゴメンな。トジェル村までは長い道のりだから道中の食料なんかを用意するのに時間が掛かっちゃったんだ」
「村までは結構あるんですか?」
「ああ、最短ルートを通っても二日半は掛かるみたいだ」
「うわぁ、凄く遠いだなぁ……」
予想していたよりも距離があることを知ったウェンフは僅かに表情を歪ませる。移動だけでも時間が掛かるため、目的地のトジェル村に着いた時には疲れてしまっているのではとウェンフは予想した。
「さぁ、出発するから荷台に乗れ」
ユーキが後ろの荷台を親指で指すとウェンフは素早く荷台に乗る。荷台には食料や使えそうな道具が入った木箱が幾つか乗っているが、ウェンフとオルビィンが乗るスペースは十分あった。
ウェンフが乗ったのを確認したユーキはオルビィンに視線を向けた。
「オルビィン様も乗ってください」
「わ、分かってます。……ところで、そのモンスターは何なんですか?」
オルビィンは荷馬車の隣で大人しくしているグラトンを見ながらユーキに尋ね、ユーキはチラッとグラトンに視線を向けた。
「ああぁ、そう言えばオルビィン様は見るのは初めてでしたね。コイツはグラトン、学園で保護しているヒポラングです。討伐依頼とかを受けた時は連れて行ってモンスター退治を手伝わせてるんです」
「ブォ~」
紹介されたグラトンはオルビィンの方を向き、大きく口を開けながら挨拶をするように鳴き声を上げる。グラトンが口を開けるのを見たオルビィンに驚いて思わず一歩下がった。
戦闘の技術を持っていてもオルビィンは本物のモンスターを目にするのは初めてなので少し警戒しているようだ。
「で、でも、モンスターなんでしょう。危険じゃないんですか?」
「モンスターですが人を襲ったりしません。それにある程度なら人の言葉を理解できる奴ですから、大人しくするよう言えば言うとおりにしてくれます」
ユーキは笑いながらうグラトンに危険は無いことを伝える。だが、初めて見た上にグラトンが指示に従うところを見たことが無いオルビィンは安心することができなかった。
オルビィンがグラトンを警戒しているとウェンフが荷台の上を移動してグラトンに近づき、黄茶色の体毛に覆われた体をそっと撫でる。
「大丈夫だよ、オルビィン様。グラトンは凄く大人しいから」
「ア、アンタ、平気なの?」
「うん、私とグラトンは友達だから」
ウェンフはニコニコ笑いながらグラトンを撫で続け、グラトンも細長い尻尾を器用に動かしてウェンフの頬を撫でるように触る。
ユーキはじゃれ合うウェンフとグラトンを見ながら笑みを浮かべ、オルビィンはモンスターと仲良くしていることが信じられないのか目を丸くしていた。
「……よし、そろそろ出発しようか」
ユーキが手綱を握りながら前を向くとウェンフは荷台の上で膝を抱えながら座り、オルビィンも急いで荷台に乗り込んだ。
オルビィンが荷馬車に乗った直後、目の前の閉まっていた正門がゆっくりと開いた。
「バウダリーを出たら南西へ向かう。グラトン、遅れないようについて来いよ?」
「ブォ~~」
グラトンが鳴くとユーキは馬に指示を出して荷馬車を動かし、グラトンもその後に続いて走り出す。
トジェル村に向かうため、ユーキたちはメルディエズ学園を出発した。




