第百五十七話 決闘で得たもの
決闘の勝敗が決まり、客席にいた者たちは様々な反応を見せる。特に新入生たちは凄い戦いが見れたことに興奮していた。ただ、中にはオルビィンが負けたことが信じられずに驚いている生徒もいる。
「へっ、やっぱルナパレスが勝ったな」
「ハイ」
「流石、と言うべきだね」
「先生、凄い!」
アイカやパーシュたちはユーキの勝利を喜ぶように笑みを浮かべ、フィランは無表情のままユーキとオルビィンを見続けている。
カムネスは良い戦いだったと思ったのか目を閉じながら小さく笑っており、ロギュンも「流石だ」と思っているのかユーキを見ながら笑っていた。
教師たちも興奮や驚きの表情を浮かべており、ガロデスは全力で戦い、いい勝負を見せてくれたユーキとオルビィンに感動したのか微笑んでいる。スローネもニッと笑っているが、ロブロスだけは王女のオルビィンが負け、更に倒れた姿を見て表情を曇らせていた。
「お、おい、マルコシス! 早く殿下に回復魔法を掛けさせんか!」
オルビィンの身を心配するロブロスは大きな声を出して広場にいるオーストに指示する。
スローネは気絶しているだけなのオルビィンを急いで治療をさせようとするロブロスを見て、未だにオルビィンを特別扱いしていると感じて呆れた表情を浮かべていた。
オーストは離れた所にある広場の出入口近くで待機している二人の女性教師の方を向き、手を上げてこちらに来るよう指示する。
女性教師たちは小走りでユーキたちの下へ向かい、ユーキは近づいて来る女性教師たちを見ながら月下と月影を鞘に納めた。
ユーキたちの下へやって来た女性教師たちは傷を負っているユーキと倒れているオルビィンに回復魔法をかける。魔法によってユーキの体の傷は見る見る消えていき、痛みが引いたユーキは小さく笑いながら手当てをしてくれた女性教師に軽く頭を下げた。
オルビィンも回復魔法で傷をいやしてもらっているが、ユーキと違って目立った外傷は無いため、オルビィンの体に大きな変化は無かった。
治療が終わると女性教師たちはユーキの状態を確認したり、俯せのオルビィンを仰向けにしたりしてからゆっくりと下がった。
「オルビィン殿下は大丈夫なのか?」
オーストは気絶しているだけとは言え、一応オルビィンがどんな状態なのか女性教師たちに尋ねる。女性教師たちはオーストの方を見ると微笑みを浮かべた。
「ハイ、意識を無くされているだけです。ルナパレス君が上手く力を加減していてくれたらしく、骨や内臓などに問題はありません」
「そうか」
いくら決闘で、オルビィンを他の生徒と同等に扱うとは言え、王女であるオルビィンが重傷を負ってしまうことは避けたかったオーストは女性教師の答えを聞いてホッとする。
オーストが女性教師と話をしていると客席にいたアイカたちが広場に入って来る。アイカたち以外にもガロデスたち教師の姿もあった。
新入生たちは流石に広場に入るのはマズいと思っているのか客席に残っている。
「殿下はご無事なのか!?」
ユーキたちに近づいたロブロスはやや興奮しながらオーストや女性教師たちに尋ね、オーストはロブロスの反応を見ると少し引くような表情を浮かべる。
「え、ええ、気を失っておられるだけです。問題はありません」
「そうかぁ……」
安心したロブロスは深く溜め息をついて肩を落とす。オルビィンを必要以上に心配するロブロスを見て、アイカたちは呆れたような反応を見せる。
「おいおい、教頭先生よぉ。学園では王女様を特別扱いしないことになってるんだろう? だったら決闘で気絶したくらいでそこまで心配する必要はねぇだろう」
「う、うるさい、黙っておれ!」
声を上げるロブロスを見てフレードはニヤニヤと小馬鹿にするような笑みを浮かべる。
ガロデスはフレードとロブロスのやり取りを見て、ロブロスが先程の会話の意味をまるで理解していないと悟り、ロブロスと今後のことをしっかり話し合った方がいいかもしれないと感じた。
ロブロスを見た後、ガロデスは笑いながらユーキの方を向いた。
「ユーキ君、見事な戦いでした。槍を使い、混沌術も発動した殿下に苦戦を強いられながらも勝利するなんて、感服しました」
「いえ、俺は別にそんな……」
自分の実力を評価されて恥ずかしいのかユーキは自分の頬を指で掻きながら謙遜する。周りにいるガロデスたちは勝利しても決しておごらないユーキの態度を見て改めて立派な児童だと感心した。
ユーキが恥ずかしがっているとアイカが隣にやって来る。アイカに気付いたユーキはチラッとアイカに視線を向けた。
「お疲れ様、ユーキなら絶対に勝つって思ってたわ」
「ああ、何しろ上位ベーゼに勝つほどの実力者だからね。槍を使う相手に負けるなんてありえないよ」
アイカの後ろでパーシュもユーキが勝つことを確信していたと語り、二人の言葉を聞いたユーキは再び照れくさそうに笑みを浮かべた。そこへウェンフが近づき、ニコッと笑いながらユーキを見つめる。
「王女様がどんな混沌術を使うか分からなかったのに勝っちゃうなんて、やっぱり先生は強いですね」
「まぁ、途中からどんな能力か分かったから勝てたんだよ。もし混沌術の能力が分からなかったら勝てたかどうか分からなかった」
「そうなんですか?」
「ああ、オルビィン様は間違い無く強い戦士だ」
意外そうな顔をしながらウェンフは横になっているオルビィンの方を向く。アイカやパーシュも決闘を見てオルビィンを強者だと認めており、無言でオルビィンを見つめている。
ユーキたちが注目する中、オルビィンが声を漏らしながらゆっくりと目を開けた。オルビィンが意識を取り戻したことを知ったカムネスやガロデスが反応し、ロブロスは安心したような表情を浮かべる。
オルビィンは仰向けのまま半開きの目で周囲を確認し、自分の周りにガロデスたちがいることに気付くと目を見開いて起き上がる。
「な、何? どうしたの?」
「殿下、気が付かれましたか」
「気が付いた? フリドマー伯、何を言って……」
状況が理解できないオルビィンは小首を傾げながらガロデスを見上げる。するとオルビィンの頭の中にユーキの攻撃を受けて意識を失った記憶が蘇り、オルビィンは記憶の内容と周囲にガロデスたちが集まっている状況から何があったのかを悟り、汗を流しながら表情を固めた。
「お分かりになりましたか、殿下? 貴方はルナパレスとの決闘に敗れたのです」
黙ってオルビィンを見ていたカムネスが静かに声を掛け、カムネスの言葉を聞いたオルビィンは目を見開きながらカムネスの方を向いた。
「……あれは現実なの? ホントに私は負けたの?」
「殿下ご自身も分かっておられるはずです。ルナパレスに敗北したことを」
「グッ……ヌウゥゥ」
オルビィンは俯きながら悔しそうな声を出す。必ず自分が勝つと思っていたため、オルビィンは自分が負けたことにどうしても納得ができなかった。
「何で勝てなかったの? 私は今日まで必死に訓練を受けてきたし、学園に来る前も模擬試合で多くの戦士と戦って勝ってきたわ。それなのにこんな小さな子供の剣士に負けるなんて……」
「確かに殿下は今日まで努力をされて自分を鍛えてこられました。ですが、殿下はルナパレスに敗北してしまった。……理由はルナパレスが殿下より強かったから、それだけのことです」
「クッ!」
ユーキが自分より強いというカムネスの言葉を聞いてオルビィンは立ち上がり、表情を鋭くしながらカムネスを睨む。カムネスは自分と向かい合うオルビィンを落ち着いた様子で見ていた。
「私は首都で多くの兵士と訓練をして勝ったわ。その中には一流の冒険者に匹敵する者もいたのよ!?」
「強い兵士に勝ったからと言って殿下がルナパレスより強いと言うことにはなりません」
冷静に語るカムネスを見ながらオルビィンは再び悔しそうな表情を浮かべる。オルビィンが機嫌を悪くする姿をユーキたちは黙って見ており、ロブロスは僅かに顔色を悪くしていた。
「殿下は今日までご自分より強い相手と戦われなかっただけです。ご自分より弱い相手に勝ち続け、殿下はいつからか自分が誰にも負けないくらい強くなられたと思い込んでおられたのです」
「わ、私は別に思い込んでなんて……」
「では、決闘の前日に剣を使う者が槍を使う自分に苦戦すると言ったのはなぜです?」
「うう……」
言い返すことができないオルビィンは表情を歪ませ、そんなオルビィンをカムネスは表情を変えずにジッと見つめる。
カムネスに言い負かされているオルビィンを見たフレードは楽しそうにニヤニヤと笑っており、パーシュやロギュンはそんなフレードを見ながら呆れていた。
ロブロスは王族に無礼な態度を取るカムネスを見ながら小さく震えているが、ガロデスやスローネ、他の教師たちはオルビィンに敗北を分からせることが彼女の成長に繋がると考えているため、カムネスを止めることなく黙って見守っている。
何も言い返せないオルビィンは俯いたまま奥歯を噛みしめる。そんな時、黙って話を聞いていたユーキがオルビィンに近づき、俯くオルビィンを見上げた。
「オルビィン様、貴女は強かったです。正直、今回の決闘は俺も勝てるかどうか分かりませんでした」
「……何? 敗者に対する慰め?」
「いいえ、慰めるつもりはありません」
首を横に振りながら否定するユーキを見てオルビィンは目元をピクリと動かす。その目からは「じゃあ何が言いたい」という小さな苛立ちが感じられた。
オルビィンが不機嫌そうな顔をしているとユーキは真剣な表情を浮かべながら口を動かす。
「強くなるために自分を鍛えるのは当然のことですが、敗北を経験することも強くなるために必要なことです」
「は? 負けることが?」
ユーキの言っていることの意味が分からないオルビィンは目を細くしながら訊き返す。周りにいるアイカたちは真剣な様子で語るユーキを無言で見つめる。
「生き物は失敗から何かを学び、そこから新しい手段や選択肢などを見つけて成長します。敗北と言うのは俺たち戦士にとっての失敗、敗北を経験することでより強くなろうと言う意思を持ち、強くなるためのヒントを見つけて同じ相手に負けないように自分を鍛えようと思えるんです」
まるで師匠が弟子に重要なことを教えるかのようにユーキは語り、オルビィンは見た目と違って説得力なある言葉を口にするユーキに驚いたのか軽く目を見開いていた。
「敗北したからと言って特訓もせず、強くなろうと言う意思を持たずにただ落ち込んだり挫折している奴は強くはなれません。オルビィン様も俺に負けたことを受け入れられず、現実から目を逸らしていては強くなれませんよ?」
「なぁっ!」
ユーキの言葉を聞いてオルビィンは思わず声を出す。自分を負かした児童から成長しないと言われたことでオルビィンは衝撃を受け、同時に悔しさが込み上がってきた。
ロブロスはオルビィンに挑発的な発言をするユーキを見て不満そうな顔をする。だが、カムネスやガロデス、アイカたちはユーキがオルビィンのやる気を出させるために言っているのだと知っているため、黙って見守っている。
「オルビィン様は十歳児のガキに負けたことを受け入れず、弱いままでいるつもりですか?」
「ば、馬鹿なこと言うんじゃないわよ!」
オルビィンは声を上げながら顔を僅かに赤くし、拳を小さく震わせる。
「私はラステクト王国の王女、一度負けたくらいで落ち込むなんてありえないわ。もっともっと強くなって、誰にも負けないくらい強くなって見せる。……そして、アンタにもいつか絶対に勝つわ!」
リベンジを誓うオルビィンは興奮しながらユーキを指差し、今以上に強くなることを宣言する。
オルビィンの反応を見たユーキは、オルビィンは悔しさをバネにして努力するとカムネスが言っていたことを思い出して小さく笑った。
「なら、これまで以上に努力して誰よりも強くなってください」
笑いながら優しく語るユーキを見てオルビィンは意外そうな顔をする。先程まで真剣な顔で語り、自分を挑発するような発言をしていた児童が態度を変えたため、オルビィンは少し調子が狂うような気持ちになっていた。
「フ、フン……アンタに言われなくてもそのつもりよ」
腕を組みながらそっぽを向くオルビィンを見てユーキはニッと笑う。オルビィンを敗北させ、彼女に自分より強い存在がいることを教えて強くなろうと言う気持ちを抱かせるという当初の目的が達成されたため、ユーキやカムネスは満足していた。
オルビィンが負けを認めたことで決闘は終わり、ユーキは少し疲れたような反応を見せ、アイカやパーシュたちも気を楽にする。
ガロデスたちは無事に決闘が終わったため、明日からいつもどおり過ごすことができると感じた。
ユーキたちが様々な反応をする中、スローネは客席から自分たちを見る新入生たちに目をやる。新入生たちはどうすればいいのか分からず、落ち着かない様子を見せたり、友人同士でどうするか話し合ったりしていた。
「学園長、決闘が終わったわけですし、とりあえず新入生たちを帰した方がいいんじゃないですかぁ?」
「ああぁ、そうですね。……とりあえず、新入生たちに解散しても良いと伝えましょう」
スローネに言われるまで新入生たちのことを忘れていたのか、ガロデスは苦笑いを浮かべる。他の教師たちも新入生たちのことを忘れていたのか、同じような反応を見せていた。
決闘が終わったことでユーキたちが闘技場にいる理由は無くなったため、用の無い者は闘技場から自由に出て行くことができるようになった。そんな状態で新入生たちをいつまでも残しておくのは悪いと感じたガロデスはとりあえず新入生たちを帰そうと考える。
ガロデスは教師の一人に新入生たちに帰ってもよいことを伝えるよう指示し、指示を受けた教師は新入生たちの下へ向かうために広場を後にする。スローネや他の教師たちも決闘が終わったため、一人ずつ広場から出て行く。
「さ~て、これからどうするかねぇ」
決闘が終わってやることが無くなったフレードは両手を後頭部に当てながらこの後どうするか考える。パーシュも闘技場にいる理由が無くなったため、腕を組みながら悩んでいた。
ユーキとアイカもパーシュとフレードを見ながらどうするか考える。するとウェンフがどこか嬉しそうな笑みを浮かべながらユーキに近づいてきた。
「ねぇ先生、決闘が終わったなら私に剣の稽古をつけて」
「えっ?」
決闘が終わった直後に稽古を頼んでくるウェンフにユーキは目を見開く。
「稽古って、今から?」
「ハイ、早く決闘が終わって時間もあるから、最初の約束どおり稽古をつけてもらおうかなって思って」
ニコニコしながら語るウェンフを見てユーキは僅かに表情を曇らせる。
今日は本来、ウェンフにルナパレス新陰流の稽古をつける予定だったが、急遽オルビィンとの決闘をすることになり、約束を更に先延ばしにすることになってしまった。ウェンフもユーキから決闘の話を聞かされて稽古をつけてもらうのは無理だと納得していたが、決闘が正午を迎える前に終わったことで稽古をつけてもらう時間があると考えて頼んできたのだ。
決闘を終えた直後で少し疲れているユーキはできることなら稽古をつけるのは避けたいと思っている。しかし、決闘を受けることになったとは言え約束を破ってしまったユーキはすぐに断ることができなかった。
ユーキはどうするべきか考え、しばらくすると軽く息を吐き、苦笑いを浮かべながらウェンフを見た。
「……分かったよ。ただ、決闘が終わった後だからちょっとだけな?」
「やったぁ!」
稽古をつけてもらえることになりウェンフは笑顔で喜ぶ。ユーキと隣にいたアイカやパーシュ、フレードは意外そうな表情を浮かべながらユーキを見る。
「ユーキ、決闘が終わったばかりなのに大丈夫? 疲れてないの?」
心配するアイカが声を掛けると、ユーキはアイカの方を向いて頷いた。
「ああ、大丈夫だよ。先生の魔法で傷も治ったし、稽古をつけるのも少しだけだからな」
「貴方がそう言うのならいいけど、無理はしないでね?」
「分かってる」
気遣ってくれるアイカを見てユーキは笑い、アイカも笑うユーキを見て小さく笑みを返した。
「ルナパレス、稽古をつけるなら見物させてもらうぜ? お前の弟子である嬢ちゃんがどれくらいできるのか見てみてぇからな」
「ええ、いいですよ」
見られても問題無いため、ユーキはフレードの見学を認め、ウェンフも構わないのかフレードを無言で見ていた。
稽古をつけることが決まるとユーキはウェンフと共に広場の出入口へ向かい、フレードも二人と後に続く。
アイカとパーシュも闘技場を出るためにユーキたちと後をついて行き、フィランも二人と共に広場を後にする。
ガロデスたちに続いてユーキたちも広場を後にし、残ったのはカムネスとロギュン、オルビィンの三人となった。
「……ねぇ、カムネス。今日は何か予定はある?」
「いいえ」
「だったらこの後、私と手合わせしてくれないかしら? ユーキ・ルナパレスに勝つために少しでも力をつけたいの」
ショヴスリの柄を強く握りながらオルビィンは語り、カムネスはオルビィンに視線を向ける。既にオルビィンは必ずユーキを超えるという目標を持ち、少しでも強くなってやろうと思っているらしい。
オルビィンの意志を知ったカムネスは目を閉じながら嬉しそうな笑みを浮かべた。
「……分かりました、お付き合いします。とりあえず闘技場を出て大訓練場へ移動しましょう」
「分かったわ」
返事をするオルビィンは出入口の方へ歩き出し、カムネスとロギュンもオルビィンの後をついて行く。
「オルビィン様、決闘による怪我は魔法で治っていますが疲労は消えてはいません。気合いを入れ過ぎて倒れるようなことが無いようお願いします」
「分かってるわ」
「それと、ユーキ君は幼いとは言え貴女の先輩です。決闘が終わった以上、ちゃんと後輩として彼と接してもらいます」
「あ~もう! 分かってるってば!」
ロギュンの忠告にイライラするオルビィンは声を上げながらガニ股で歩いて行き、その後ろ姿を見てロギュンは軽く溜め息をつく。カムネスはオルビィンの後ろ姿をただ黙って見ていた。
「……成る程な」
闘技場の客席、アイカたちが座っていた場所から離れた所で一人の男子生徒が腕と足を組みながら広場を見つめている。ウェンフやオルビィンと共に入学してきた新入生、アトニイだった。
アトニイはウェンフたちが決闘を見に行くという情報を得て、ウェンフたちに気付かれないように闘技場にやって来てユーキとオルビィンの決闘を見物していたのだ。アトニイは客席に座りながら堂々と決闘を見ていたが、終わった後も誰一人アトニイの存在に気付いていない。
「ユーキ・ルナパレス、噂には聞いていたが槍相手にあれほどの戦いをするとは、本当にただの児童ではなさそうだ」
ユーキの戦う姿を見て彼に興味が湧いたのか、アトニイは笑みを浮かべている。その笑みはユーキと初めて会った時と違って不敵なものだった。
「アイツがこれからどこまで強くなるのかとても楽しみだ。強くなったアイツの戦いを間近で見ることができれば、その技術を真似て私自身のものにすることもできるだろう」
アトニイはゆっくりと立ち上がり、何かを企んでいるような顔をしながら広場を見つめた。
「だが、私もまずはやるべきことをやらなくてはならない。この学園で三ヶ月の勉学と訓練を受け、依頼を受けられるようにならなくてはユーキ・ルナパレスが戦う姿を見ることもできない。面倒だが、これも目的のためだ」
そう言うとアトニイは客席から出るため、近くにある階段の方へ歩いていく。歩いている間もアトニイは不敵な笑みを浮かべ続けている。
――――――
月明かりが殆ど無く、獣の鳴き声すら聞こえない不気味な夜。夜が好きな存在でない限りは町や村の外に出ようとは考えないくらい静かで気味が悪かった。
ラステクト王国の西部にはトジェル村と呼ばれる村があり、村の南西には小さな森がある。その森には色んな種類の薬草や木の実が自生しており、それらを採るために村人たちは明るい時間に森に入っていた。しかし、夜になると一気に不気味な雰囲気となるため、夜には誰も森には近づこうとしない。
森の北東にはトジェル村の村人と思われる三人の男の姿があった。三人の内、一人は周囲を照らすために松明を持っており、残りの二人はモンスターの襲撃を警戒しているのか、手斧や鎌を持って周りを見回している。
「おい、本当に行くのかよ?」
「何だ、怖気づいたのか?」
松明を持っている男は不安そうな顔をする鎌を持った男に声を掛けると、鎌を持った男は顔色を悪くしながら仲間の方を見た。
「だってよぉ、右も左も見えない暗い状態で進むんだぞ。不安で仕方ねぇよ」
「仕方ねぇだろう。夜にならねぇと例の薬草は見つからねぇんだから」
松明を持った男は呆れ顔をしながら怖がる鎌を持った男を説得する。二人の前を歩いている手斧を持った男は後ろから聞こえてくる仲間の会話を聞いて面倒そうな顔をしていた。
男たちが深夜に森に来た理由は夜になると採れると言われている薬草を採取するためだ。
二日前、トジェル村に薬草に詳しいと言う旅人がやって来て、村の近くにある森に夜になると採取可能な薬草が自生していること、その薬草はあらゆる病に効果があり、町に持って行けば高値で売れると村人たちに話した。
話を聞いた村人たちはトジェル村の生活費を得るためにその薬草を手に入れようと思っていたが、森には夜行性のモンスターが棲んでいて危険なため、村人たちは誰も近づこうとしなかった。
村人たちが誰も採取に向かわない中、男たちは自分たちが薬草を手に入れて近くの町で売ろうと考え、夜中に森にやって来たのだ。
「薬草の話だってホントかどうか分からねぇじゃねぇか。薬草のことを話した旅人も顔を見せず、話し終えたらすぐに村から出て行っちまったしよう。そもそも何でそんな貴重な薬草のことを俺らに話したんだ?」
「その旅人、村に来た時に首都までの道を教えてほしいって言ってたらしい。そんで村長が道を教えたらその礼として教えてくれたって言ってたぜ?」
ただ道を教えただけで貴重な薬草の話を教えるものなのか、と考える鎌を持った男は納得できないような表情を浮かべる。松明を持った男は旅人の話を信じているらしく、疑い様子を見せずに歩いていた。
「そろそろ例の薬草が生えている場所だ。夜行性のモンスターが出てくるかもしれないから注意しろ?」
手斧を持った男の言葉で二人の男は前を向き、周囲の警戒を強くする。森に棲みついている夜行性のモンスターは下級モンスターなので例え遭遇しても男たちには逃げ切る自信があった。
先頭の手斧を持った男は松明で照らされている足元を見回しながら目当ての薬草を探し、松明を持った男と鎌を持った男も同じように足元や近くに生えている木の根元などを見ていた。だが、いくら探しても目当ての薬草は見当たらない。
「何処にも無いぞ。やっぱり嘘だったんじゃねぇのか?」
「まだ探し始めたばかりだろうが。もっと奥まで行けば見つかるはず……」
松明を持った男が鎌を持った男に話しかけていると、男たちの右側、数m離れた所にある茂みが揺れ、その音を聞いた男たちは一斉の右を向く。
「な、何だ、モンスターか?」
「落ち着け。茂みを視界に入れたままゆっくりと後ろに下がるんだ」
手斧を持った男の指示を聞いた松明と鎌を持った男たちはゆっくりと後退を始め、手斧を持った男も手斧を構えたまま音を立てないように気を付けながら下がり始める。すると再び茂みが揺れ、男たちは緊迫した表情を浮かべた。
男たちはモンスターが飛び出してくると予想して警戒心を強くした。だが次の瞬間、茂みから薄い灰色の細長い何かが勢いよく飛び出し、真っすぐ男たちの向かって伸びて手斧と持った男の頭部を刎ね飛ばした。
斬り落とされた頭部は松明を持った男の足元に落ちる。茂みから飛び出した物はその速さと周囲の暗さからよく見えず、男たちは何が起きたのか理解できなかった。
「な、な、何だよこれ!? どうなってるん……」
松明を持った男が仲間の頭部を見ながら驚愕していると首を刎ねた細長い物が鞭のように素早くしなり、先端部分を松明を持った男の胴体に右から当て、刃物で斬ったかのように両断する。
男は状況を理解する間もなく絶命し、松明を持ったままその場に倒れた。
「う、うわああああぁっ!!」
一人残った鎌を持った男は腰を抜かしてその場に座り込む。急いで逃げなくては、そう思っているが腰が抜けた男は立ち上がることができず、震えながら仲間たちの死体を見ることしかできなかった。
男が震える中、細長い物は生き物のように動き、上から男に向かって振り下ろされる。そして怯えている男の胴体を切り裂いた。
「がああぁっ!」
苦痛の声が上げながら男は倒れ、同時に周囲に男の血が飛び散る。体を切り裂かれた男は表情を歪ませたまま息絶え、二度と動くことは無かった。
三人の男が死ぬと細長い何かは素早く茂みの中へ戻っていく。それが消えた後、その場には落ちた松明の明かりに照らされる男たちの死体だけが残った。




