第百五十六話 二人のオルビィン
ユーキは倒れているオルビィンを見つめ、オルビィンも倒れたままユーキを睨みつけている。二人から少し離れた所ではオーストがユーキとオルビィンを見守っていた。
脇腹の痛みが引いたのか、オルビィンは落ちているショヴスリを拾ってゆっくりと立ち上がる。体勢を直してユーキと向かい合う形になると、オルビィンはユーキを睨みながら両手でショヴスリを握った。
立ち上がったオルビィンは見てユーキは態勢を整えるために大きく後ろに跳んで距離を取り、月下と月影を構える。
「やってくれたわね。この私に一撃入れた挙句、他の生徒が見ている場で恥を掻かせるなんて……」
悔しさと怒りを露わにしながらオルビィンはショヴスリを構え直して槍先をユーキに向ける。ユーキはオルビィンが攻撃してくると予想して警戒を強くした。
「さっきの攻撃で混沌術を使ったって言ったわよね? ……だったらこっちも使わせてもらうわ。混沌術をね!」
オルビィンは混沌術の使用を宣言し、ユーキは遂にオルビィンが混沌術を使うと知るとより警戒を強くする。それと同時にオルビィンがどんな混沌術を使うのだろうと疑問に思った。
ユーキが警戒する中、オルビィンは大きく前に踏み込んでユーキに突きを放つ。ユーキは迫って来るショヴスリを月影で左に払って防いだ。その直後、オルビィンは自身の右手の甲の混沌紋を光らせて混沌術を発動させた。
混沌術が発動した瞬間、オルビィンの体は薄っすらと紫色に光り、光る体からもう一人のオルビィンが左にずれるように現れた。
「何っ!?」
突然現れたもう一人のオルビィンにユーキは驚き、客席のアイカたちもカムネスとフィランを除いて一斉に目を見開いた。
現れたもう一人のオルビィンは顔だけでなく、髪型、身長、服装、持っているショヴスリまでまったく同じでユーキたちは驚きを隠せずにいる。だが、オルビィンが混沌術を使うと言った直後にもう一人のオルビィンが現れたため、ユーキやアイカたちは後から現れたオルビィンが混沌術によって作り出された存在だと確信していた。
もう一人のオルビィンは驚いているユーキに向かって持っているショヴスリで突きを放った。ユーキは咄嗟に月下でショヴスリを右へ払い、ギリギリで攻撃を防ぐ。
防御に成功するとユーキは態勢を整えるために大きく後ろに跳んでオルビィンたちから離れる。二人のオルビィンはユーキを追撃せず、横に並んでショヴスリを構えた。
「どう? 少しは驚いた?」
ユーキから見て左側のオルビィンが笑いながら声を掛け、ユーキは話しかけてきたオルビィンを見ながら小さく笑みを返す。
「ええ、ビックリしましたよ。それがオルビィン様の混沌術なんですね?」
「そうよ。私の力を最大限まで活かすことができる最強の混沌術!」
右側に立っているオルビィンは誤魔化すような様子は見せず、ドヤ顔で自分の混沌術の能力だと説明する。
普通、戦闘で相手に自分の混沌術の情報を語るのは余裕がある時だけで、戦況が五分五分の状態だったり、敵の情報が少ない時に話すのは得策とは言えない。現在、オルビィンはユーキが全力で戦うこと、混沌術を使ったことしか分かっておらず、ユーキがどの混沌術がどんな能力なのかまでは分かっていなかった。
だが、自分の実力に自信があるオルビィンは混沌術を使った今なら負けないと確信しているのか、余裕を見せながらもう一人の自分が出現したのは混沌術のおかげであることを認めた。
二人のオルビィンは余裕の笑みを浮かべながら槍先をユーキに向け、ユーキは双月の構えを取ってオルビィンたちを見つめる。その直後、右側のオルビィンがユーキに向かって走り出し、ショヴスリを勢いよく振り下ろして攻撃してきた。
ユーキは咄嗟に後ろに下がって振り下ろしをかわす。振り下ろされたショヴスリを地面に当たって小さく砂埃を上げる。
回避したショヴスリをユーキは目を鋭くしながら見つめる。するとユーキの左側にもう一人のオルビィンが周り込み、右からショヴスリを振って攻撃してきた。
側面からの奇襲にユーキは思わず目を見開き、慌てて月影でショヴスリを止めた。だが防御した直後に最初にショヴスリを振り下ろしたオルビィンがユーキの右側に回り込んで突きを放つ。
反応に遅れたユーキは慌てて後ろに下がり、突きを回避しようとするが間に合わず、ショヴスリの穂先はユーキの腹部を掠めた。
「うっ!」
攻撃を受けたユーキは声を漏らす。幸いショヴスリは制服を少し破いただけでユーキ自身は無傷だった。
「今の攻撃をかわすなんてやるじゃない。だけど……」
「いつまで持つかしらね!」
左のオルビィンと右のオルビィンが交互に喋り、持っているショヴスリを同時に振り上げると勢いよく振り下ろしてユーキを攻撃する。
ショヴスリを見上げたユーキは僅かに表情を歪ませながら強化で自身の脚力を強化し、大きく後ろに跳んで振り下ろしをかわす。
回避に成功するとユーキは構え直して二人のオルビィンを見つめ、オルビィンたちも態勢を整えながらユーキに注目した。
「あらあら、こっちが二人になった途端に防戦一方になったわね。本気を出して戦うんじゃなかったの?」
「それともあれはハッタリだったのかしら?」
挑発するオルビィンをユーキは表情を変えずにジッと見つめる。先程まで一対一だったのに突然二対一になったことでユーキは押されていた。しかし、勝てないとは思っておらず、その目からは闘志は消えていない。
客席のアイカたちは突然戦況が変わったことに驚きを隠せず、愕然としながらユーキとオルビィンの戦いを見ている。生徒たちだけでなく、教師のガロデスたちも意外な戦況に驚いたような表情を浮かべていた。
「あれが、オルビィン殿下の混沌術……」
「ま、待ってください。王女様は二人で師匠を攻撃してますよ? 決闘なのに二対一なんて、反則じゃないんですか?」
驚いているアイカに若干興奮したウェンフが声を掛ける。ウェンフの声を聞いたアイカはフッと反応してウェンフの方を向く。確かに決闘なのに二人で一人を攻撃するのはルール違反ではないかとアイカも感じていた。
「残念だけど、あれは反則にはならないよ」
パーシュが広場を見ながらウェンフに声を掛け、アイカとウェンフはパーシュに視線を向けた。
「もう一人の王女様は混沌術によって作り出された分身だ。混沌術によって分身や仲間を作り出してもそれは能力を使ったとみなされるから人数が増えても反則にはならないんだよ」
「そ、そんな……それじゃあ師匠は一人で二人の王女様と戦わないといけないんですか?」
「そう言うことになるね」
ウェンフはパーシュの言葉に表情を歪ませ、アイカも深刻そうな顔をする。三人の後ろで話を聞いていたフレードも混沌術を使って分身を作ったのであれば仕方がないと考えているらしく、僅かに表情を鋭くしており、フィランは無言でユーキとオルビィンを見ていた。
カムネスも腕を組みながら二人のオルビィンと向かい合うユーキを見ている。実はカムネスは入学式の日にオルビィンの混沌術がどんな能力なのか本人から聞いていたため、アイカたちのようにオルビィンの混沌術を見ても驚きはしなかった。つまりカムネスはオルビィンの実力だけでなく、混沌術の能力を知ってた上でユーキにオルビィンとの決闘を頼んでいたのだ。
今回の決闘の目的はオルビィンを負かして彼女に自分の力を過信していることを分からせることだ。それならユーキを勝たせるためにオルビィンの混沌術の情報を教えるべきだったのではと考えられる。
だが、オルビィンもユーキの混沌術の情報を知らないため、ユーキにだけオルビィンの混沌術の情報を教えてしまってはフェアな勝負にはならないと考えたカムネスはユーキに何も教えなかった。
それにもし前もってユーキにオルビィンの混沌術の情報を教えていれば、オルビィンが負けた時に「自分が負けたのは相手が混沌術の情報を知っていたから」と言い訳をされる可能性がある。
負けても言い訳をさせないため、カムネスはオルビィンにユーキの情報を教えず、ユーキにも何も話さずに決闘をさせることにしたのだ。
(殿下にご自分よりも強い者がいることを理解していただくためにも、ルナパレスには殿下のことを何も知らない状態で戦ってもらい、完全な勝利を得てもらわなくてはならない)
目的を達成するためにもユーキにはオルビィンの情報が無い状態で戦ってもらわなくてはならない、そう考えながらカムネスは目を鋭くして広場を見つめる。
(ルナパレス、君なら例え殿下の情報を何も得ていなくても勝つことが可能なはずだ。……殿下の今後のためにも必ず勝ってくれ?)
カムネスは誰にも聞こえない声でユーキに語り掛けた。
アイカたちが見守る中、ユーキはオルビィンたちを警戒し続ける。目の前に立っている二人のオルビィンの内、ユーキから見て右のオルビィンは中段構えを取っており、左のオルビィンは上段構えを取りながらユーキを見ていた。
ユーキはオルビィンたちの動きに注意しながらオルビィンの混沌術がどのような能力なのか考える。
(あの分身を作り出す能力がオルビィン様の混沌術で、二人の内、どちらかが本物のオルビィン様なのはまず間違いない。……一見、自分と同じ姿の分身を作り出す能力に見えるが、あの分身は幻覚とかそっち系の分身じゃない)
頭の中で分析しながらユーキは視線を動かして自分の制服を見る。制服には先程オルビィンに攻撃された時に破かれてできた穴があった。
(さっき攻撃された時、一人の攻撃を防いだ時にもう一人の攻撃で制服が破れた。つまり、分身の方にも実態があるってことになる。幻覚みたいな分身なら実体の無い方が偽物だってすぐに分かるけど、これじゃあ本物のオルビィン様を見分けるのは難しいぞ)
偽物と本物が見分けられない上に両方の攻撃に注意しなくてはならない現状をユーキは厄介に思う。しかもユーキはこの時、オルビィンの混沌術には他にも秘密が隠されているかもしれないと感じていた。
「なぁに? 攻めてこないの?」
ユーキが考えているとオルビィンが声を掛けてくる。ユーキは顔を上げると笑みを浮かべるオルビィンたちを見つめた。
「二対一で不利になったから攻めるのは危険だと思ってるの? フッ、だらしないわね」
「これは混沌術の能力なの。だから二対一になったからって卑怯だとか言わないでよ?」
二人のオルビィンは交代で喋りながらユーキを挑発する。ユーキは目の前で身構えるオルビィンを見つめながら小さく笑みを浮かべた。
「勿論、そんなことは言いません。実戦では突然敵の数が増えて不利になることなんてよくあります。相手の数が一人増えたからと言って弱音を吐く気なんてありませんよ」
余裕の態度を取りながらユーキはオルビィンたちに言い返す。厄介な戦況とは思っているが、勝てないとは思っていないユーキは月下と月影を握る手に力を入れる。
ユーキを見ていた二人のオルビィンはどこか気に入らなそうな顔をする。自分たちの方が有利なのに先程と態度が変わらないユーキに少し腹を立てていた。
「こんな状況でもまだ諦めないなんて、往生際が悪いわね。いいえ、ただ状況が理解できてないだけなのかしら」
「まぁ、そんなことはどっちでもいいわ。アンタがどう考えようと私の有利に変わりはないし、徹底的に力の差を分からせてあげる」
右側のオルビィンはショヴスリを構えたまま走ってユーキに近づき、もう一人のオルビィンも遅れとユーキに向かっていく。最初に走ったオルビィンはユーキが間合いに入ると突きを連続で放って攻撃する。ユーキは月下と月影で連続突きを全て防いだ。
攻撃を防がれるのを見たオルビィンは小さく舌打ちをしながら攻撃を中断し、左に跳んでユーキの右側面に回り込み、ショヴスリを左から横に振って攻撃する。
ユーキはオルビィンの方を向くと月下で横振りを防ぎ、反撃するためにオルビィンに近づこうとする。だがそこへもう一人のオルビィンが背後に回り込み、ショヴスリを振り下ろして攻撃してきた。
背後からの攻撃に気付いたユーキは振り返らず、最初に攻撃してきたオルビィンに向かって全力で走り、背後からの振り下ろしを回避した。正面に立つオルビィンは迫って来るユーキを見て距離を取ろうとするが、ユーキはオルビィンが動く前に混沌術で自身の脚力を強化して走る速度を上げ、オルビィンの前まで近づくとジャンプしてオルビィンの頭上を一回転しながら通過し、背後に着地する。
着地した瞬間、ユーキは振り向きながら月下を横に振り、隙だらけのオルビィンに峰打ちを打ち込もうとする。
着地した直後、しかも真後ろから攻撃したため、オルビィンは回避できないとユーキや見守っていたアイカたちは考えた。だが次の瞬間、オルビィンは前に跳んでユーキの峰打ちをかわす。
「何っ!」
予想外の出来事にユーキは驚き、アイカたちも目を見開く。ユーキはオルビィンの頭上から背後に回り込み、回り込んだ直後に振り返って攻撃した。
しかしオルビィンは振り返ることなく前に跳んでユーキの攻撃を回避したため、ユーキたちは衝撃を受けていた。
(どういうことだ? 背後に回り込んだ直後に攻撃したのにあんなに簡単に回避するなんて……)
驚きを隠せないユーキは背中を見せるオルビィンを見ながら何が起きたのか考える。
(普通、戦闘では相手の動きとかを見て次の攻撃を予測し、防御や回避をするものだ。相手や武器なんかを見ない状態で回避行動を取っても失敗する可能性が高い。もしさっきの攻撃で俺が横切りじゃなくて突きを放っていたら前に跳んでもかわすことはできなかった。なのにオルビィン様は迷わずに前に跳んで俺の攻撃をかわした。まるで俺がどんな攻撃をするか分かっていたみたいだ……)
どうしてオルビィンが自分の攻撃を予測できたのか、ユーキは難しい顔をしながら考え続けた。そんな時、背後を向けているオルビィンの奥でもう一人のオルビィンが自分を見ている姿が目に入る。奥にいるオルビィンはショヴスリを構えながらニッと笑みを浮かべていた。
ユーキが笑っているオルビィンを見ていると、ユーキの前にいたもう一人のオルビィンが振り返った。
もう一人のオルビィンが自分の方を向いたことに気付いたユーキは態勢を整えるため、後ろに跳んで距離を取る。強化で脚力を強化したままだったため、ユーキは遠くへ跳ぶことができ、オルビィンたちから離れると素早く月下と月影を構えた。
オルビィンたちも合流し、横一列に並びながらショヴスリを構えた。
「フフフ、驚いた? そりゃあ振り返ることなく背後からの攻撃をかわせたんだから驚くわよね」
「ええ、確かに驚きました」
真剣な表情を浮かべながらユーキは呟き、ユーキの反応を見た二人のオルビィンはようやく一泡吹かせられたと感じて見下したような笑みを浮かべる。
「混沌術を発動した私にはもう死角は無いわ。どんな攻撃も見抜くことができるのよ」
「見抜く?」
オルビィンの言葉を聞いてユーキは反応し、二人のオルビィンを見つめながら再び考える。
しばらく考えるとユーキは何かに気付いたのか軽く目を見開き、自分の考えが当たっているか確かめるために行動に移ることにした。
ユーキは強化を発動させて再び脚力を強化し、オルビィンたちに向かって走り出す。オルビィンたちは走って来るユーキを見つめながら迎撃態勢を取り、それを見たユーキは走る速度を上げる。
突然速度を上げたユーキにオルビィンたちは驚き、ユーキから見て右側のオルビィンが突きを放って迎撃する。
ユーキは素早く右へ移動してショヴスリをかわし、オルビィンの左側へ回り込んで反撃しようとする。だがオルビィンはユーキの方を向き、ショヴスリを回して壁を作り、ユーキが近づけないようにした。
壁ができたことで正面からの攻撃は難しいと悟ったユーキはオルビィンの左側に回り込もうとする。すると、ショヴスリを回すオルビィンの背後からもう一人のオルビィンが現れ、回り込もうとするユーキに突きを放った。
目の前に現れたオルビィンを見てユーキは目を鋭くし、月下でショヴスリを払って防ぐ。防御に成功するとユーキは軽く後ろに跳び、再びオルビィンたちから距離を取った。
「やっぱりそうだったか」
「は?」
ユーキの言葉の意味が理解できないオルビィンは訊き返し、客席にいたアイカたちも不思議に思いながらユーキを見つめる。
アイカたちが注目する中、ユーキはオルビィンを見つめながら口を動かす。
「……オルビィン様、貴女は分身と視野を共有していますね?」
「!」
二人のオルビィンはユーキを見ながら同時に目を見開く。オルビィンたちの反応を見たユーキは自分の予想が当たってる可能性は高いと感じた。
「さっき俺がオルビィン様の背後に回り込んで峰打ちを打ち込もうとした時、オルビィン様は前を向いたまま前進して峰打ちをかわしました。背後に回り込んだ直後の攻撃、それもどんな攻撃か分からないのに少しの移動だけで避けきるなんて普通の人間には無理です。だからオルビィン様が俺の攻撃をかわした時は驚きました」
いかに厳しい特訓を受けた優秀な人材でも攻撃を見ずに簡単な動きだけで避けることはできないとユーキは静かに語り、オルビィンたちはユーキの話を黙って聞いている。
「だけどその時、俺は攻撃を避けたオルビィン様じゃなく、もう一人のオルビィン様が俺を見ていたのを目にしました。そしてその後、オルビィン様が『死角は無い、どんな攻撃も見抜ける』と言ったのを聞いてピンと来たんです。……オルビィン様は俺の攻撃をちゃんと見て避けたんじゃないかってね」
表情を変えずに話し続けるユーキを見てオルビィンたちは僅かに眉間にシワをよせる。彼女たちの反応からユーキの推測は間違ってはいないようだ。
「ただ確信するにはまだ情報が足りなかったんで、もう一度確かめることにしたんです」
「……それがさっきの攻撃ってこと?」
「ええ。オルビィン様に攻撃を仕掛ける時、もう一人のオルビィン様に俺の姿が見られないようにし、ショヴスリを回した直後に左側に回り込んで攻撃しようとしました。そしたら、もう一人のオルビィン様も俺が回り込もうとした方へ回り込んできた。どう動くか読まれないよう、ショヴスリを回した直後に素早く左へ移動したのに……」
「だから何よ?」
「その時、俺の目の前でショヴスリを回していたオルビィン様は最初の攻撃を避けた時と同じように俺の姿をハッキリと見ていました。最初の攻撃も、さっきの攻撃も俺を見ていないオルビィン様はもう一人のオルビィン様が俺を見ている状況で的確な行動を取っていた」
攻撃を避ける際には攻撃が来る方角、命中するまでのタイミングなどをしっかり理解しないと回避や防御をすることはできない。だがオルビィンはユーキの攻撃を確認せずに避けたため、オルビィンが見た光景はもう一人のオルビィンにも見ているのではとユーキは推測したのだ。
「これらの情報から俺は二人のオルビィン様は視野、つまり目を共有して行動していると考えたんです」
自分の推測を全て話し終えたユーキはオルビィンたちを見つめ、「何か間違っていますか?」と目で尋ねた。オルビィンたちはショヴスリを構えることなく、無言でユーキを見つめている。
やがてユーキから見て左側になっているオルビィンが小さく鼻で笑いながら口を開いた。
「……まさかヒント無しで見抜くとは思わなかったわ」
「流石はカムネスが一目置く子、褒めてあげる」
左側のオルビィンに続いて右側のオルビィンも笑いながら喋る。否定せず、認めるような発言をすることからユーキの推測は当たっているようだ。
「そうよ、私はもう一人の私が見た光景を見ることができるの。そして、もう一人の私にも私が見た光景が見えている」
「もう一人の自分を作り出し、目で見た光景をも共有することができる。……これが私の混沌術、“双児”の能力よ!」
自身の混沌術に誇りを持っているのか、オルビィンたちは自慢げに笑いながら能力を明かす。客席でオルビィンの話を聞いていたアイカたちは混沌術の能力を知って驚きの表情を浮かべていた。
ユーキは推測を認めるオルビィンをジッと見つめている。最初はオルビィンが自分の推測を真っ向から否定すると思っていたのにアッサリと認めたため、心の中では少し意外に思っていた。
「随分簡単に認めるんですね? てっきり否定するかと思ってたのに……」
「ええ、認めるわ。アンタの言うとおり、私は視野を共有しているんだもの」
右側に立っているオルビィンは笑みを浮かべたまま語り、隣に立っているもう一人のオルビィンも余裕を見せながらユーキを見つめている。
「普通、自分の能力を見抜かれれば大抵の奴は慌てたり、否定するわね。でも、私はそんなことはしない……なぜだと思う?」
オルビィンの言葉にユーキは僅かに表情を鋭くする。その直後、左側に立っているオルビィンがショヴスリを構え直して槍先をユーキに向けた。
「例え能力を見抜かれても私が負けることは無いからよ」
「視野を共有してることを知ったところで不利になるわけじゃないからね」
右側のオルビィンもショヴスリを構えながら自分たちが有利であることを語る。
確かに視野を共有していることが分かっても戦況に大きな変化はなく、ユーキが二人のオルビィンを同時に相手することも変わりなかった。
構える二人のオルビィンを見ながらユーキは静かに双月の構えを取る。アイカたちはユーキがこの後どのように戦うのか気にしながら見守った。
ユーキが構えた直後、左側のオルビィンがユーキに向かって走り出し、右側のオルビィンは体を回しながらショヴスリを振り始める。ユーキは後方にいるオルビィンを気にしながら突撃して来るもう一人のオルビィンを見つめた。
走ってきたオルビィンは正面からユーキに突きを放って攻撃する。ユーキは右に軽く移動して突きをかわすとオルビィンに近づき、月影で袈裟切りを放った。
オルビィンは素早く後ろに跳んで袈裟切りを回避し、右からショヴスリを振って反撃しようとする。だが反撃しようとした直後、ユーキはオルビィンに向けて月下を振り下ろした。
袈裟切りをかわした直後の振り下ろしにオルビィンは目を見開き、咄嗟にショヴスリを横にして振り下ろしを止めた。
ギリギリで防御が間に合い、オルビィンは内心ホッとしていた。だがユーキは続けて月影を左から横に振り、オルビィンの右脇腹を狙って攻撃する。
脇腹に迫る月影に気付いたオルビィンは再び目を見開き、慌てて後ろに跳んで攻撃をかわす。オルビィンは追撃を警戒し、大きく後ろに跳んでユーキから距離を取る。
「アンタ、調子に乗るんじゃないわよぉ!」
オルビィンがユーキを睨みながら声を上げた直後、もう一人のオルビィンが舞うようにショヴスリを振り回しながらユーキに近づいてきた。
「旋風の舞!」
ユーキの左側に回り込んだオルビィンは振り回していたショヴスリを勢いよく振り下ろしてユーキに攻撃する。
オルビィンの攻撃に気付いたユーキは咄嗟に右へ移動し、振り下ろしをギリギリで回避した。だが回避した直後、振り下ろされたショヴスリから風が吹き、その勢いでユーキは僅かに体勢を崩してしまう。
「クソッ!」
体勢が崩れたユーキは思わず声を漏らすが、咄嗟に足に力を入れて踏ん張ったことで倒れずに済んだ。だが、その一瞬の隙をオルビィンが見逃すはずがなく、ユーキが体勢を直している間にユーキに接近した。
真正面から近づいてきたオルビィンを見てユーキは目を鋭くし、そんなユーキにオルビィンは右からショヴスリを振って攻撃する。
ユーキは咄嗟に強化を発動させて両腕の腕力を強化すると、月下と月影を縦に持ってショヴスリを防ぐ。腕力を強化したため、少し体勢が悪くても問題無く防御することができた。
防御に成功したユーキはすぐにオルビィンに反撃しようとする。だがその時、オルビィンの背後からもう一人のオルビィンが飛び出して来た。
「さっきはよくも一方的にやってくれたわね?」
もう一人のオルビィンはユーキの右斜め前から突きを放って攻撃する。ユーキは迫ってきたショヴスリを見ると咄嗟に上半身を後ろへ反らすが回避が間に合わず、穂先の突起部分がユーキの胸部を掠めた。
「グゥッ!」
胸から伝わる痛みにユーキは表情を歪める。今度は制服だけでなく、ユーキ自身も傷ついてしまったようだ。
ユーキの反応を見たアイカはユーキが傷ついたことを知って驚愕し、パーシュ、フレード、ロギュン、ウェンフは目を見開いている。カムネスは僅かに目を鋭くし、フィランは相変わらず無表情で見ていた。
ガロデスとスローネも少し驚いた顔をしており、ロブロスはどこか嬉しそうに笑っている。新入生たちは実戦に近い決闘を見て驚いているのか全員が声を出さずに黙り込んでいた。
ユーキは胸部の痛みに耐えながら足に力を入れて体勢を保ち、後から攻撃してきたオルビィンを見る。オルビィンは笑みを浮かべながらユーキを見つめていた。
「判断を間違えたわね? さっきの攻撃、体を反らすんじゃなくて移動していれば完全に避けることができたのに」
「何を考えてたのか知らないけど、移動しなくてもかわせると思ってたのなら、それは思い上がりよ」
右側のオルビィンに続いて左側のオルビィンもユーキを小馬鹿にした発言をする。二人のオルビィンに見られる中、ユーキは目を閉じて小さく笑い、それに気付いたオルビィンたちは反応した。
「移動はできませんよ。ここで距離を取ったらオルビィン様を倒すチャンスを逃しちゃいますから」
「は?」
「どういうことよ?」
ユーキが何を言っているのか分からないオルビィンたちは怪訝そうな顔をする。その直後、ユーキは強化でもう一度両腕の腕力を強化し、月下を使って目の前にある右側のオルビィンのショヴスリの下から勢いよく跳ね上げた。
突然跳ね上げられたショヴスリにオルビィンは驚き、もう一人のオルビィンも思わず片割れの方を見る。その隙をついてユーキは双月の構えを取って左側のオルビィンの目の前まで近づき、月影でオルビィンに袈裟切りを放った。
オルビィンはユーキの攻撃に気付くと咄嗟にショヴスリの柄で袈裟切りを防ぐ。だが防いだ直後、ユーキは続けて月下を右から横に振ってオルビィンの脇腹に峰打ちを打ち込んだ。
「うあぁっ!」
脇腹の痛みにオルビィンは思わず声を上げ、ユーキは真剣な顔でオルビィンを見ている。
「例え視野を共有できても、二人が敵を見ていなければ何の意味もありません」
僅かに低い声を出しながらユーキはオルビィンの失敗を指摘した。
ユーキの狙いは二人のオルビィンを自分の近くに集め、その状態で自分をオルビィンたちの視野から外すことだった。近くにいる状態でオルビィンたちの視野から外れれば必ず隙ができ、二人を素早く攻撃できるとユーキは考えたのだ。
しかし、二人のオルビィンが都合よく近づいて来てくれるはずがないと考えたユーキは二人のオルビィンの内、一人を連続で攻撃し、散々追い込んだ後に距離を取った。
オルビィンの性格から一方的に攻撃された後に距離を取られれば挑発していると考え、やり返すために必ず距離を縮めるとユーキは考えていたのだ。結果、オルビィンは反撃するため、もう一人の自分がユーキと戦っている隙に近づいて攻撃を仕掛けた。
ユーキはオルビィンの攻撃を受けながらもその場に留まり、オルビィンたちが油断しているところを狙ってショヴスリを跳ね上げ、二人のオルビィンの意識をショヴスリに向けさせる。そして二人の視野から外れた隙にユーキは左側のオルビィンに近づいて攻撃したのだ。
攻撃を受けたオルビィンは苦痛の表情を浮かべながら体勢を崩す。するとオルビィンの体は紫色の光の粒子となって消滅した。
ユーキは目の前で消えたオルビィンが双児で作られた分身だと知るとすぐに残っている本物の方を向いた。本物のオルビィンは跳ね上げられたショヴスリを構え直し、分身を倒したユーキを見て驚愕している。
驚いているオルビィンの姿を見たユーキはオルビィンが無傷であることに気付く。視野を共有しているため、分身の身に何かが起きれば本物にも何か影響が出るのではと思っていたが、本物が無傷なことから視野は共有できてもダメージまでは共有されないのだとユーキは知った。
「ま、まさか分身を一撃で倒すなんて……」
「強化で腕力を強化してましたからね。分身もそれなりのダメージを受けたはずです。……さて、これでまた一対一になりましたけど、まだ続けますか?」
「あ、当たり前よ! 分身を倒したぐらいで調子に乗るんじゃないわよ」
「二対一でも俺を倒せなかったのに一人で俺に勝てるですか? 俺の予想では双児の分身は一度消滅するとしばらく作れなくなるんじゃないかって思ってるんですけど……」
「うっ!」
ユーキの言葉にオルビィンは思わず表情を歪める。どうやら図星のようだ。
一度分身が消滅してから次に作れるようになるまでどれだけの時間が掛かるのは分からない。だが、自分と全く同じ姿と能力を持ち、しかも視野まで共有できる強力な分身を作るのだから、すぐには作れるようにはならないとユーキは予想していた。
ユーキは月下と月影を下ろしながらゆっくりとオルビィンに向かって歩き出し、オルビィンは近づいて来るユーキを見てショヴスリを構える。オルビィンの顔からは先程まで見られた余裕や笑みは一切見られなかった。
「このまま戦っても結果を見えています。降参してください」
「う、うるさい! 言ったでしょう、分身を倒したぐらいで調子に乗るなって」
「……相手と自分の力量を理解し、潔く負けを認めるのも強さだと俺は思ってますよ?」
「クウゥゥ、大人びた口を利くのは止めなさい! 私はヴァルシル神槍術を使う存在、例え混沌術が使えなくても、剣士なんかには負けないわ!」
声を上げながらオルビィンはユーキに向かって走り出す。今のオルビィンは追い込まれた焦りから冷静に考えることができなくなっている。もうオルビィンに勝機は無い、戦っているユーキだけでなく、客席にいるアイカたちもそう思っていた。
ユーキは突っ込んでくるオルビィンを見ると小さく溜め息をついてから両足を軽く曲げる。
「オルビィン様、貴女には槍の才能がありますし、学園に来る前も努力をしてきたはずです。ですが、自分より強い戦士はいないと思い込んでいる限り、今まで以上に努力をしようと思わないでしょう。……今のままでは貴女は今より強くはなれません」
オルビィンを見ながらユーキは小さな声で師が弟子に言い聞かせるかのように語る。らしくないことを言っているとユーキ自身理解しているがオルビィンの才能と強さ、今後の活躍を考えるとどうしても言っておきたいと思ってしまう。
「貴女が強くなるために、俺はここで貴女を倒します」
そう言うとユーキは月下と月影を構え直して両足に力を入れた。
「繊月!」
オルビィンが数m前まで近づくとユーキは地面を強く蹴るとオルビィンに向かって勢いよく走り、オルビィンとすれ違う瞬間に彼女の腹部に月下で峰打ちを打ち込んだ。
「うぐぅっ!」
痛みで表情を歪めるオルビィンの足は遅くなり、やがてゆっくり立ち止まると持っているショヴスリを落とし、その場で俯せになって倒れた。
ユーキはオルビィンの後方、3mほど離れた所で月下と月影を下ろし、静かに息を吐く。客席にいたアイカたちはユーキと倒れるオルビィンを少し驚いた様子で見ている。
離れた所にいたオーストはオルビィンに駆け寄り、オルビィンが気絶しているのを確認するとユーキの方を向いて右手を上げる。
「勝者、ユーキ・ルナパレス!」
ユーキの勝利を告げるオーストの声は静かな闘技場に響いた。




