第百五十五話 ユーキvsオルビィン
ユーキとオルビィンは得物を構えながら目の前に立つ相手を見つめる。二人が戦闘態勢に入ったことで闘技場には僅かだが緊迫した空気が漂い始め、それを感じ取った客席のアイカたちもいよいよ決闘が始まると真剣な表情を浮かべた。
オーストはユーキとオルビィンが構えるのを見た後、持っている羊皮紙に目をやる。
「では改めて決闘のルールを説明する。時間は無制限、魔法の使用は禁止、相手を気絶させるか降参させるかで勝敗が決まる。分かっていると思うが、決闘とは言え生徒同士で命のやり取りをするのは許されることではない。くれぐれも相手を殺害するようなことはしないように」
「ハイ」
「分かってますよ」
ユーキとオルビィンは向かい合いながら返事をする。もし相手を殺害したなんてことになれば、ユーキは王族を殺害した大罪人になってしまい、オルビィンも国民を手に掛けた王女となってしまうため、二人は間違っても相手を殺めようなどとは思っていなかった。
「また、今回の決闘では魔法は禁止だが、混沌術の使用は可能とする。全力で相手と戦いたいのであれば使ってもよいし、混沌術を使いたくないと思うのであれば使わなくてもいい。それは各自の判断に任せる」
混沌術が使えると聞かされたユーキはチラッとオーストを見ながら意外そうな顔をする。逆にオルビィンは混沌術を使うことができると知ってどこか楽しそうな笑みを浮かべていた。
ルール説明を終えたオーストはゆっくりと後退してユーキとオルビィンから離れる。勝負の開始を宣言した後にすぐに戦いが始まれば巻き添えを喰らう可能性があると感じて距離と取ったのだ。
「混沌術を使ってもいいのなら使わせてもらうわ。もっとも私が混沌術を使う前に勝負が付いちゃったら意味ないけど」
余裕を見せるオルビィンをユーキは無言で見つめる。相手がどんな戦い方をするのか、どれ程の技術を持っているのか分かっていないのにどうしてこれほどの自信を持てるのかユーキは内心不思議に思っていた。
「アンタも私に勝ちたいのなら迷わずに混沌術を使った方がいいわよ?」
「そうですね……でも、混沌術を使うかどうかはオルビィン様の実力を見てから判断します」
「はっ、随分余裕ね。……私の槍を受けた後も同じ台詞が言えるかしら」
鼻を鳴らしながらオルビィンは膝を軽く曲げ、ユーキも月下と月影を握る手に力を入れた。客席のアイカたちも静かに二人を見守る。
アイカたちが注目する中、オルビィンは槍先をユーキに向ける。オルビィンの槍は長さこそ通常の槍と同じくらいだが、穂の根元の両側には蝙蝠の羽のような形をした突起が付いており、穂先も普通の槍と比べると少し大きい。メルディエズ学園の生徒たちが使っている槍と違って特別な雰囲気を漂わせていた。
「ショヴスリか……普通の槍と違って突起が付いてる分、面倒な武器だな」
オルビィンの得物が何なのか理解したユーキは小声で呟きながら僅かに表情を歪める。
ユーキはどんな武器を使う相手と対峙しても問題無く戦えるよう、時間があれば武器のことを勉強していたため、オルビィンが使う槍の種類が何なのかすぐに分かった。
オルビィンの構えとショヴスリの槍先の向きを確認したユーキは軽く膝を曲げる。オルビィンの得物が何なのか分かったとしても、オルビィン自身がどんなふうに槍を使うかは分からないため、油断はできなかった。
目を僅かに鋭くしながらユーキはオルビィンがどう動くか予想し、オルビィンは余裕の笑みを浮かべながらユーキを見ていた。そんな二人を離れた位置に立つオーストは黙って見ている。
「それでは……始めぇ!」
オーストは右腕を振り上げながら決闘開始を宣言する。決闘が始まるとユーキはオルビィンへの警戒をより強くした。
「先手必勝!」
ユーキが動く前に仕掛けようと考えたオルビィンはユーキに向かって走り出し、間合いに入った瞬間にショヴスリで突きを放つ。
開始直後に攻撃してきたオルビィンを見て、ユーキは冷静に月影で真正面から迫ってきたシュヴスリを左に払った。
初撃を防いだユーキを見てオルビィンは「へぇ」と小さく笑う。流石に最初の攻撃、それも真正面からの突きで勝負が決まるとは思っていなかったようだ。
まだまだ楽しめる、そう感じながらオルビィンはショヴスリを引き、今度は連続で突きを放ってユーキを攻撃した。
ユーキは月下と月影を交互に振ってショヴスリを払い、攻撃を防いでいく。オルビィンの突きはそれほど重くないため、ユーキは余裕で防御することができた。
客席のアイカやパーシュ、フレードはオルビィンの連撃を表情一つ変えるユーキを見て流石と思い、ウェンフもユーキの勇姿を見て笑っており、カムネス、フィラン、ロギュンは無言で見ている。
ガロデスたちも笑みや驚きの表情を浮かべ、新入生たちはユーキとオルビィンの戦いに少し興奮しているような様子だった。
しばらく攻撃したオルビィンは軽く後ろに跳んでユーキから距離を取った。
「なかなかやるじゃない。カムネスに一目置かれるだけのことはあるわね」
オルビィンは自分の攻撃を全て防いだユーキを見て少しだけユーキの実力を認めたような発言をする。だがオルビィンは全力で戦っていないため、まだ自分の方が強いと思っていた。
「ちょっとはできるみたいだし、私も少しだけ本気を出そうかしら」
笑みを浮かべるオルビィンは前に踏み込み、ショヴスリを右から大きく横に振ってユーキを攻撃する。
ショヴスリの穂先の突起部分は光りながらユーキの左側面に迫ってくる。それを見たユーキは後ろに軽く跳んでショヴスリの穂先を回避した。
だが回避した直後、オルビィンは弧を描くようにショヴスリを振り上げ、ショヴスリをユーキに向かって振り下ろした。
頭上から迫って来るショヴスリを見たユーキは軽く目を見開き、咄嗟に月下と月影を交差させて振り下ろしを防ぐ。ショヴスリを止めた瞬間に高い金属音が響き、同時に衝撃がユーキの腕に伝わる。先程突きを防いでいた時よりも重さがあり、ユーキは僅かに目元を動かした。
「あら、今のを防ぐなんてやるじゃない」
「それはどうも」
意外そうな顔をするオルビィンにユーキは小さく笑いながら返事をする。
振り下ろしは確かに重かったが決して耐えられない重さではなく、両手に痺れなども残っていないため、ユーキにはまだ余裕があった。
連続突きに続き、薙ぎ払いの後の振り下ろしまで防がれたオルビィンは笑みを浮かべるユーキを見て僅かに目を鋭くする。突きよりも重く、防ぐのが難しい攻撃が通用しなかったことにオルビィンは少しだけ気分を悪くした。
オルビィンは後ろに跳んでユーキから離れるとショヴスリを構え直す。ユーキも距離を取ったオルビィンを警戒しながら月下と月影を横にして二ノ字構えを取った。
「……アンタ、攻撃を防いだからって調子に乗らない方がいいわよ? こっちはまだ本気じゃないんだから」
「べ、別に調子に乗ってはいないんですけど……」
「いいえ、その余裕そうな笑み、明らかに私の攻撃を防いでいい気になってるわ。見た目と違って嫌な性格してるわね?」
一人で勝手に思い込んで機嫌を悪くするオルビィンを見ながらユーキは複雑そうな表情を浮かべる。客席でユーキとオルビィンの会話を聞いていたアイカも困り顔をしており、パーシュとフレードは呆れていた。
「だいたいアンタ、決闘が始まってから一度も攻撃してこないじゃない。何なの? 私の攻撃なんて余裕で防げるってことを証明するために攻撃してこないの?」
「いや、俺はオルビィン様がどんな攻撃をして来るか確認するために防御を続けているだけで……」
「そう、普通の攻撃では勝てないぞって言いたいわけね!」
話を聞かずに更に機嫌を悪くするオルビィンを見ながらユーキは困り果てる。これ以上自分が何を言ってもオルビィンは機嫌を悪くするだけ、ユーキはそう感じて小さく溜め息をついた。
「いいわ、余裕で防げるって言うのなら、こっちも全力で戦ってあげる。アンタにヴァルシル神槍術の恐ろしさを教えてやるわ」
オルビィンはショヴスリを握る手に力を入れ、前に出している左足を少しだけ動かす。ユーキはオルビィンの表情と動きを見て本当に本気で攻撃して来ると感じ、二ノ字構えを双月の構えに変えた。
「……分かりました。なら俺も様子見はやめて攻撃に移らせてもらいます」
「フン! 残念だけど、今更戦い方を変えても遅いわ。なぜなら私が本気を出せば、アンタに攻撃する隙なんて無くなるからよっ!」
力の入った声を出しながらオルビィン大きく踏み込んでユーキに突きを放つ。ユーキは右に移動して正面からの突きをかわすと反撃するためにオルビィンに近づこうとする。だがオルビィンは素早くショヴスリを操り、距離を詰めようとするユーキにショヴスリを右から横に振って攻撃した。
ユーキは左から迫って来るショヴスリを月影で防いだ。しかしオルビィンの攻撃は止まらず、防がれた直後にショヴスリを振り回してユーキに攻撃する。
ショヴスリを両手で剣のように素早く振るオルビィンに少し驚きながらもユーキは月下と月影で連撃を防いでいく。
しばらく攻撃を防いでいたユーキは後ろに大きく跳んで距離を取るとオルビィンの左側に回り込むように走り、近づくと月影で袈裟切りを放つ。槍と違って刀には峰があるため、誤ってオルビィンを斬らないよう峰打ちで攻撃した。
オルビィンは器用にショヴスリを操って袈裟切りを柄の部分で防ぐ。攻撃を難なく防いだオルビィンは距離を取って反撃しようとする。だがユーキはオルビィンが距離を取るよりも先に月下で袈裟切りを放った。
攻撃を防いだ直後に新たな袈裟切りが放たれたのを見てオルビィンは軽く目を見開いて驚くが咄嗟にショヴスリを動かし、柄で月下を防いだ。
ユーキは月影と月下の連続攻撃が防がれるとすぐにその場を移動してオルビィンの左側へ回り込み、月影で右横切りを放ち、少し遅れて月下でも同じように右横切りを放つ。
オルビィンは先程と同じようにショヴスリの柄で月影を防ぐが、そのすぐ後に柄を握る左手に迫る月下を見て思わず後ろに下がり、月下を回避した。
「クゥッ、何なのよコイツの剣は!?」
初めて見る剣術にオルビィンは驚きながら距離を取り、ショヴスリを構え直すとユーキに突きを放って反撃した。
ユーキは月影で突きを払うとオルビィンに近づこうと前に出る。だがオルビィンはユーキの前でショヴスリを両手で回して壁を作り、そのまま後ろに下がった。
距離を取ったオルビィンはショヴスリを右から振ってユーキに攻撃し、ユーキは月下と月影を縦に持ってショヴスリを防ぐ。
ユーキは両手に力を入れ、月下と月影でショヴスリを押し返すとオルビィンに近づき、月下で袈裟切りを放った。オルビィンは後ろに跳んで袈裟切りをギリギリでかわし、そのまま二度後ろの跳んでユーキから離れる。
「す、凄い戦い……」
客席でユーキとオルビィンの戦いを見ていたアイカは目を見開きながら呟く。ウェンフも二人の戦いを見て驚いており、新入生たちは激しい戦いを目にして言葉を失っていた。
「ユーキも凄いけど、王女様もなかなかやるね。自分の力に自信があると言うだけのことはある」
アイカの隣に座っているパーシュもオルビィンの実力を評価しており、意外そうな顔をしながらユーキとオルビィンを見ている。
パーシュは最初、オルビィンを口だけで大した実力は無い王女だと思っていたが、ユーキと戦う彼女の姿を見て口だけの存在じゃないと知り、オルビィンに対する見方を変えた。
「あそこまでできるとは思ってなかったぜ。……カムネス、どう思う?」
フレードがカムネスに声を掛けると、カムネスはフレードの方は見ず、戦っているユーキとオルビィンを見ながら口を開いた。
「殿下は既に本気を出しておられる。ルナパレスも全力かどうかは分からないが、それなりに力を出して戦っているはず。ルナパレスは戦いの中で相手の攻略方法を見つけるのが得意だ。このまま行けばルナパレスが優勢になるだろう」
「やっぱそう思うか」
ユーキが勝つとカムネスから聞いたフレードはニッと笑みを浮かべる。いくら優れた槍術を使うとは言え、自分たちが認めたユーキが負けるはずないとフレードは思っていた。
「……ただ、ルナパレスも殿下もまだ混沌術を使っていない。混沌術を使うことで戦況が変化する可能性もある」
「ああ~そう言えば混沌術は使ってもよかったんだったな……で、王女様はどんな混沌術を使うんだ?」
フレードはオルビィンがどんな能力を開花させたのかカムネスに尋ね、戦いを見ていたアイカたちもフレードの言葉を聞いてオルビィンの混沌術が気になり、カムネスに視線を向ける。
「……彼女の混沌術はある意味でとても強力な能力だ」
「強力?」
「ああ、今回のような決闘などでは特に使える能力と言えるだろう」
静かに語るカムネスを見ながらアイカたちはオルビィンの混沌術がどんな能力なのか考える。すると、新入生たちは驚いたような声を上げ、声を聞いたアイカたちは広場に視線を向けると攻防を繰り広げるユーキとオルビィンの姿が目に入った。
アイカはユーキとオルビィンを見ながら改めて凄い戦いだと感じる。オルビィンの混沌術がどんな能力かは気になるが、それよりもユーキとオルビィンの戦いが気になり、考えるのをやめて戦いに集中した。
「ユーキ、頑張って」
小さな声で応援しながらアイカはユーキを見つめる。
アイカたちが見ている中、ユーキは月下と月影を交互に連続で振ってオルビィンを攻撃する。オルビィンはユーキの攻撃をショヴスリの柄を使って防ぎ、反撃の隙ができれば突きや薙ぎ払いなどでユーキを攻撃した。
お互いに相手の隙を窺いながら攻防を続け、しばらくすると二人はお互いに後ろに跳んで距離を取り、得物を構えながら相手を見つめる。長い時間攻防を繰り広げていたにもかかわらず、二人の息は乱れておらず、顔にも疲れは出ていなかった。
「……アンタ、思った以上にやるじゃない」
「そう言うオルビィン様も俺が思った以上に強いですよ」
小さく笑いながら語るユーキを見てオルビィンは僅かに目を細くする。
「正直、ここまでやるとは思っていなかったわ。人を見下すだけのことはあるわね」
「いや、あの、俺は別に見下してなんか――」
「だけど、それもここまでよ! ここからはヴァルシル神槍術の技で一気に決着をつけさせてもらうわ!」
そう言うとオルビィンはショヴスリを頭上で回し始めた。回す速さは徐々に上がり、ユーキはオルビィンが何か大きな技を仕掛けてくると悟って警戒を強くする。その直後、オルビィンはショヴスリを回しながら大きく前に踏み出した。
「天空の重撃!」
オルビィンは回していたショヴスリをユーキに向かって勢いよく振り下ろす。ユーキは頭上から迫って来るショヴスリを見ると咄嗟に後ろに跳んで回避する。かわした直後、ショヴスリは地面に当たり、僅かに地面を凹ませた。
凹んだ地面を見てユーキは目を見開き、客席にいたアイカたちも一斉に反応する。
(成る程、頭上でショヴスリを回して遠心力を付け、振り下ろしの攻撃力を上げたのか)
技の仕組みに気付いたユーキはオルビィンから離れると月下と月影を構え直す。オルビィンは既に体勢を整え、次の攻撃に移れる状態となっていた。
ユーキが構え直した直後、オルビィンは前に踏み込んでショヴスリを右から大きく横に振る。ユーキは後ろに跳んでオルビィンの攻撃をかわすが、その直後にオルビィンはショヴスリを左から横に振ってきた。
回避した直後に再び迫ってきたショヴスリを見てユーキは僅かに表情を鋭くしながら月下でショヴスリを止める。防御に成功したユーキはショヴスリを押し返してからオルビィンに向かって勢いよく走った。
「ルナパレス新陰流、繊月!」
ある程度まで距離を詰めたユーキは更に走る速度を上げ、オルビィンの左側を通過する瞬間に月下で彼女の腹部に峰打ちを放つ。
オルビィンはもの凄い速さで攻撃してきたユーキに驚きながらも咄嗟にショヴスリを縦に持ち、ギリギリでユーキの攻撃を柄の部分で防いだ。
(あの距離で繊月を防ぐなんて、思っていた以上にオルビィン様の反応速度は速いみたいだな)
ユーキはオルビィンが攻撃を防いだことに意外に思い、同時に今日まで必死に努力して体力や技術を得たのだろうと感心した。
優れた技術を持っているオルビィンが自分の力を過信して、成長を止めたままなのは勿体ない。そう思ったユーキはオルビィンのためにも必ず彼女に勝とうと思った。
オルビィンの後ろに移動したユーキは振り返り、オルビィンを見ながら双月の構えを取った。一方オルビィンはユーキの速い攻撃に驚いたような反応を見せている。だがすぐに鋭い表情を浮かべ、ユーキの方を向きながらショヴスリを構えた。
「私を驚かすなんて生意気なことするじゃない。お礼に私もアンタが驚くような技を見せてあげるわ」
不満そうな顔をするオルビィンはショヴスリを強く握り、両足を曲げると強く地面を蹴ってユーキに向かって勢いよく跳んだ。
「飛竜の貫き!」
オルビィンは跳んだ状態のままユーキに向かってショヴスリで突きを放つ。跳んだ時の勢いと槍を突き出す時の腕力によってオルビィンの突きは今までの突きよりも威力の高いものになっていた。
ユーキはオルビィンの突きを見て今までの攻撃とは何かが違うと感じ取り、咄嗟に右へ移動して突きをかわす。だがかわした直後、オルビィンはショヴスリを左に振り、柄の部分がユーキの左脇腹を命中した。
「グッ!」
痛みでユーキは僅かに声を漏らし、そのまま2mほど飛ばされて背中を地面に叩きつける。アイカたちは決闘が始まってから初めて攻撃を受けたユーキを見て驚きの反応を見せた。
倒れたユーキはオルビィンの追撃を警戒しながら素早く両足を上げ、勢いよく下ろすとその反動を利用して跳ね起きる。
殴打された左脇腹と叩きつけられた背中の痛みで僅かに表情を歪ませながらユーキは体勢を直す。ただ、脇腹も背中も深い傷は負っていないため、痛みが引くとユーキは何事も無かったかのようにオルビィンの方を向いた。
「へぇ、私の攻撃を受けたのにまだ動けるの。剣の技術だけじゃなくって根性もそれなりにあるみたいね、褒めてあげるわ」
「それはどうも。俺も正直、一撃貰うとは思っていませんでした。やっぱりオルビィン様は凄いですね」
「当然よ。私はラステクトの王女、いずれ国を任される存在として日頃から努力してるのよ」
自分が常に努力していることをオルビィンは自慢げに語り、そんな姿を見たユーキは小さく苦笑いを浮かべる。
槍の腕からオルビィンがヴァルシル神槍術の特訓に力を入れ、勉学も努力していることはユーキにも分かる。だが、その努力を自慢する性格は少々問題があるため、それさえ無ければ本当に立派な王女になるのにとユーキはオルビィンを見ながらそう感じていた。
「常に努力して生きてきた私がカムネスに認められているとは言え、子供に負けるなんて見っともない姿は見せられないわ」
自分は絶対に負けないという自信を懐きながらオルビィンをショヴスリを構え直す。ユーキもオルビィンを見つめながら構えた。
「センセー!」
客席の方からウェンフの声が聞こえ、ユーキは視線を動かしてウェンフの方を見る。ウェンフはアイカの隣に座りながら真剣な顔でユーキを見ており、その目からは「頑張れ」と応援する意思が感じられた。
ウェンフやアイカたちを見たユーキは微笑み、視線をオルビィンに戻す。
「俺も弟子や恋人たちが見てる前で見っともない姿は見せられません。……ですから、こっちもそろそろ本気を出させてもらいます」
「あら、今まで本気じゃなかったの? 負け惜しみを言うなんて、それこそ見っともないんじゃない?」
鼻で笑いながらオルビィンは挑発的な言葉を口にするが、ユーキは挑発に乗ることなく両足を軽く曲げる。そして、地面を強く蹴ってオルビィンに向かって走り出した。
走ってくるユーキを見たオルビィンはまたすれ違いざまに攻撃して来ると予想し、ショヴスリを斜めに傾けて持ち、すぐに防御を取れる態勢に入った。
ユーキはオルビィンが体勢を変えたのを見ると混沌紋を光らせて強化を発動させ、右腕の腕力を少しだけ強化する。オルビィンはユーキの攻撃を警戒していたため、ユーキが混沌術を使ったことに気付いていなかった。
オルビィンが強化を使ったことに気付いていないと知ったユーキは走る速度を上げて一気にオルビィンに近づき、真正面からオルビィンに攻撃を仕掛けようとする。
予想していた攻撃と違い、前から攻撃してこようとするユーキを見てオルビィンは意外に思ったが、正面からの攻撃なら余裕で防げると小さく笑った。
ユーキは余裕を見せるオルビィンに向けて月下で袈裟切りを放ち、オルビィンはショヴスリの柄でそれを防ぐ。だが攻撃を防いだ瞬間、強い衝撃と重さがオルビィンを襲い、オルビィンは思わず目を見開く。
(な、何よ、この重い攻撃は!?)
心の中で驚きながらオルビィンはユーキの攻撃に必死に耐えようとする。しかし、強化で腕力を強化したユーキの攻撃に耐えきれるはずがなく、結局押し切られて体勢を崩した。
オルビィンが態勢を崩すのを見たユーキはチャンスを逃すまいと素早く体勢を整え、左足でオルビィンに後ろ回し蹴りを入れた。
「ううぅっ!」
蹴りはオルビィンの左脇腹に命中し、まともに蹴りを受けたオルビィンは表情を歪めながら倒れ、蹴られた箇所を左手で押さえながら痛みに耐える。
ユーキが強化で強化したのは右腕の腕力だけなので、左足による後ろ回し蹴りのダメージは大きくない。そのため、オルビィンは骨が折れると言った重傷を負うことは無かった。
「な、何よ今のは? それにさっきの攻撃も今までとは比べ物にならないくらい重かったわよ……」
痛みに耐えながらオルビィンはユーキを睨みつける。ユーキはオルビィンを見つめたまま持っている月下と月影を見せた。
「状況によって剣だけじゃなく、体術も使って戦う。これが俺の使うルナパレス新陰流です。あと、袈裟切りを放つ時に混沌術を使わせてもらいました」
そう言いながらユーキは右手の甲に入っている混沌紋を見せる。話を聞いたオルビィンは混沌術を使ったから攻撃に変化があったと知って心の中で納得し、同時に一撃を喰らったことを悔しく思っていた。
「此処からは手加減無しで行かせてもらいます」
真剣な表情を浮かべながらユーキは改めて本気で戦うことを宣言した。
「ル、ルナパレスめ、殿下になんてことを……」
客席から決闘を見ていたロブロスは震えた声を出す。王女であるオルビィンを攻撃したユーキを見て、とんでもないことをしてくれたな、とユーキに不満を懐いていた。
「何言ってるんですかぁ、教頭。学園では殿下も普通の生徒と同じように扱うことになってるでしょう? だったらルナパレスに蹴られても問題無いはずです」
驚くロブロスに後ろに席に座っているスローネが気の抜けたような声で語り掛ける。スローネの声を聞いたロブロスは目を見開きながら振り返った。
「馬鹿を言うな! 王族である殿下を蹴り飛ばしたのだぞ。これが問題無いと言えるのか!?」
「学園では王族も平民も皆平等です。学園の中、それも決闘をしているのであれば、誰が誰を傷つけても罪に問われないはずですよぉ? 何よりも、殿下ご自身も特別扱いされたくないって仰ってましたしねぇ」
「お、お前と言う奴は……もし殿下に何か遭って学園の信用が失われることになったらどうする!」
スローネの態度と発言に腹を立てるロブロスは表情を険しくし、スローネは目を細くしながらロブロスを見ている。
確かに王女であるオルビィンに蹴りを入れるなど本来なら許されないことだが、今のオルビィンはメルディエズ学園の生徒であり、現在は決闘の真っ最中であるため、ユーキがオルビィンを攻撃しても問題は無い。
スローネだけでなく他の教師もそのことを理解しているのだが、自分やメルディエズ学園の立場が大事なロブロスは例え学園の規則に反していないことでも納得できずにいた。
「教頭先生、落ち着いてください」
興奮するロブロスにガロデスが静かに声を掛け、ロブロスはフッとガロデスの方を見る。
「スローネ先生の仰るとおり、今の殿下は学園の一生徒ですし、今回の決闘は殿下からユーキ君に申し込んだもの。怪我を負うかもしれないと言うことはユーキ君も殿下も承知していますし、例えユーキ君が殿下に怪我を負わせたとしても、法的には問題ありません」
「が、学園長、しかし……」
どうしても納得できないロブロスは不安そうな顔でガロデスに異議を唱えようとする。するとガロデスは真剣な顔でロブロスを見つめた。
「生徒たちを導く私たち教師が状況で生徒の扱いを変えたり、校則に背くような行動を取っては生徒たちに示しがつきません。それこそ、学園の信用を失うことに繋がるのではないでしょうか?」
「うっ、それは……」
「入学式の時も教頭先生は今と同じような発言をされていました。あの時、殿下のご心配をしているようで本当は学園の信用が失われることを心配しているのでは、と殿下に指摘されたではありませんか。……お忘れですか?」
若干低い声を出して尋ねるガロデスを見てロブロスは口を閉じる。
以前オルビィンの前で信用を失うような発言をしたことを思い出したロブロスはその時と同じことをしていることに気付き、これ以上の発言は自分の立場を悪くすると悟って黙り込んだ。
ロブロスが黙るのを見たガロデスは「やれやれ」と言いたそうに首を小さく横に振りながら広場に視線を戻し、スローネも俯くロブロスを見て楽しそうに笑っていた。
(ユーキ君が混沌術を使った以上、殿下も混沌術を使うことになるでしょう。……いったいこの後、どのような戦いになるのか……)
混沌術が使われたことでより戦いが激しくなるかもしれない、そう思いながらガロデスはユーキとオルビィンを見つめる。




